第215話 アーニャの見る世界
「一体何が起こったのだ……」
海から引っ張り上げられた侍、ユキミツ氏は茫然自失と言った雰囲気で、最初にそう口からひねり出した。
「とりあえず反省会は戻ってからにしましょう」
乾燥と清潔を用いて彼を乾かした後、ギルドの訓練場に戻る。
なぜ訓練場か。気になったことはその場で検証するのが良いからだ。
「まずアーニャのステータスですが、エンチャントアイテムによって強化しています。ベース5種類がすべてプラス20されて居て、それだけで平均30くらいのステータスに成っています。そこに全ステータス1割強化の全強化Ⅰ、魔力強化、聖闘拳をかけているため、トータルステータスは平均40以上です」
アーニャはこの割り振りだとVITが低い。ただ、VITは防具に掛けた盾で代用できるから問題ないのだ。
「それではMPの消費が厳しすぎるだろう?」
「そこはMPタンクのマジックアイテムでカバーしています。エンチャントアイテムは連続使用時間に制限がありますが、起動コストを軽減できます。今日のスキル不利だと消費MPは25だから、市販品のMPタンクで最長4分間戦えます」
ディアナの首飾りを使っているので倍以上戦えるが、それはまぁ言わなくていいだろう。
「なるほど」
「しかしそれではステータスは私より低い!それで一方的にあしらわれたというのか!?」
「あしらうって言うほど余裕なかったぜ」
とは言え、軽くあしらったように見えたのは事実なんだよね。
「アーニャ、ステータスを表示して。数値と、後はスキル欄」
「あいよ」
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名前:アーニャ
職業:-
レベル:-
HP:10
MP:11
STR:9
VIT:7
INT:12
DEX:19
AGI:15
スキル:魔力感知3、魔力操作3、(魔力制御2)、無属性魔術1、風属性魔術1
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日々のトレーニングで、仲間になった時からわずかばかりステータスが伸びている。
一番伸びが良いのがINTで、そのほかVIT以外すべて増えている。だか、見るべきはスキル欄。魔力感知と魔力操作がそれぞれ1次職の限界と言われる3まで到達している。
二人には見えないと思うが、魔力制御と言う謎スキルも2へ上がっている。
「未成年にも関わらず、魔力感知や魔力操作があるな」
「この二つは詠唱魔術を覚えると勝手に発生します。彼女は成人前ですが、発火や松明と言ったスキルを使うことが出来ます。使いませんでしたが、他にも詠唱魔術をいくつか」
MPが低いので教えられる詠唱魔術は少なかったが、魔弾、強風、魔矢、盾の4種類はとりあえず使うことが出来る。
「ですがアーニャが使っていたのは、詠唱魔術ではありません。まだ名前が決まって居ない技術なので、私たちは手動魔術と呼んでいます」
「手動?」
「スキルとして魔術をする際の魔力の動きを魔力操作で真似て、魔術を発生させる技術です。見てもらった方が速いと思います。アーニャ」
「はいよ」
アーニャは訓練場の端にある的に向けて、魔弾を発動する。パンっ!と目標の前で衝撃音がはじけて、魔術が放たれたことがわかる。
こうしてみると、手動魔術は魔力の動きがほとんどない。アーニャが扱える魔力量がそもそも少ないというのもあるのだろうが、6レベルの感知を持っても、動いている魔力では無くそれによって発生した波がわずかに観測出来るくらいだ。
「見えました?」
「……いや」
「魔力は見えぬ。しかし某がやられたのは……これか」
ユキミツ氏は気づいたらしい。
「斬撃や蹴りに合わせてこの魔弾の手動魔術を発動させて、威力を増したり、ありえない方向に弾いたりしていました」
人間、意図しない方向やタイミングの動きには弱いのだ。
アーニャの魔弾はINTが低いので大した威力では無いが、それでも不意打ちでもらえばバランスを崩したり、武器をはじかれたりする。
「……これは、極めし者の技なのか?」
「いえ、魔術師ギルドでほそぼそと研究されている技術の一つですね。INTが高いとうまく魔力の操作が出来なくて、魔力の流れをうまく再現できないようです。縁あってアーニャを見習いとして迎えたあと、無属性魔術の素質があったのでダメ元で挑戦させてみました」
こればかりは、彼女が頑張った結果だ。
「……これは……技術なのか。子供がこのような……いや、子供だからという事か?」
「成人した後にどれだけ使いこなせるかは、まだ未知数です。魔術師ギルドでもこんな研究してないですしね」
そもそも、あそこは未成年は登録できない。
「容易くなしえる技では無いのだろうな。剣の筋も良かった。血のにじむような努力があったのだろう」
……あったっけ?
アーニャはどっちかと言うと、読み書き計算の方が血がにじんでいた気がするが。
「もう一つ聞きたい。某のスキル、ことごとく見破られ、妨害された。なぜであるか?」
それは俺も良く分からないので聞きたかった話。
スキル発動時には魔力の動きが伴うから、スキルを使ったかな?という事は分かるのだが、何のスキルが発動したかは分からない。
霞二刀をはじめ、アーニャは殆どのスキルを理解して回避していたように見えた。
「魔力の動きが素直だから、何のスキルを使ったかバレバレだぜ。霞二刀だっけ、アレとか特に、初手が幻影なのは魔力を見れば一目瞭然だろ」
「いやいや、そんなこと無いから」
「いやいや……え?……マジで?」
アーニャの問いに、ギルド長、ユキミツ氏も合わせてうなづく。
彼女の話によると、威力強化系のスキルは武器などの攻撃手法に魔力の塊が集中するし、手数系のスキルは各攻撃の始点に魔力の流れが出来る。身体強化系の魔術は身体全体を魔力の膜が覆うらしい。
「見えてる世界がだいぶ違うな。いつから?」
「ひと月ぐらい前からかな。ちょうど手動魔術がうまく行くようになるちょっと前。というか、この見え方がするようになったから、手動魔術で細かい制御が出来るようになったんだぜ」
かなり細かい魔力の動きを視覚的にとらえることが出来ているらしい。
なるほど。後で天啓様に聞いてみよう。
「さっきの戦い、スキルを使ってくれるとむしろ分かり易くて楽だった。最初に霞二刀を使う前が一番きつかったぜ」
二人が手合わせした条件だと、威力強化系のスキルは意味がない。
手数系のスキルは読みやすいから妨害も余裕。むしろスキルを使わず剣技で攻められた方が、ステータスや技術、実戦経験の差が出るため辛いという事か。
……むぅ。この境地に達している達人は……わずかに居るのか。集合知には推測位の情報が記録されている。見えるものが違い過ぎて、当人も気づかないのではないかと言う予測もあるな。
「……スキルに頼った某が愚かだったか。最初に霞二刀を見破られた時、冷静に分析すべきだったのだな」
……戦いの中でそれに気づくのは無理だと思うけどね。
「こんなところで話して良い技術だったのであろうか?」
「まぁ、言って出来るモノでもないですし、良いんじゃないですかね。アーニャしか出来なきゃ、世迷い言の類ですし」
魔力操作の訓練に関して、アーニャは毎日起きている間はずっと続けている。その恩恵だろう。
今でこそ意識せず体内魔力の対流を作れるようになったが、最初はかなり集中してやらねば形にすらならなかった。
魔術師のエトさんも、体内の魔力を操作するのはすぐにできるようなことは無かったし、生活のすべてを訓練に全振り出来たアーニャと違って、モノにするにはかなりの時間と根気が必要だろう。
そもそも『出来るのか』と言う疑念はついて回るだろうし。
「面白い話だな。論文は書かないのか? 冒険者ギルドでの評価も上がると思うが」
「アーニャだけじゃ眉唾だし、俺が出来ないのでチャチャを入れる輩も出そうですから」
技術としては面白いが、魔物を相手にするのにどの程度有用かは分からない。
しかし魔術師ギルドにしてると首を突っ込んでくるのは間違いない。そんなことのために時間を割きたくないというのが正直なところだ。
「良い勉強になった。貴殿らのパーティーにはまだまだ隠し球が有りそうだな。3日後の作戦でも活躍を期待している」
「某も、もう一度鍛えなおそう。機会があれば、またお手合わせ願いたい」
とりあえず、アーニャの試験はこれでひと段落だ。
成人も近いし、ランク1への手続きは行っておいてくれるとのこと。成人後にもう一度試験を受けなくていいのは楽でいい。
「こちらこそ。そう言えば、左手に麻痺があるんですよね。再生治癒が使えますが、癒しましょうか?」
先ほどの戦いでも、左側は死角になっていた。特にひじとその下が上手く動かないのか、身体のバランスを取る位にしか使えていない。
「申し出はありがたいが、既に後遺症に成ってしまっていてね。再生治癒でも治らないようなんだ」
後遺症は確かに再生治癒でも治りづらいらしいな。でもそんなの関係ねぇ。
「大丈夫ですよ。INT1000越えなら腕くらい余裕で生やせますから。二の腕あたりから行きましょうか」
ブンブンとバスタードソードが風を切る。
切り落としてから再生させる治療法は不評だった。
……結局、後日実施することに成るのだけどね。
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