第186話 死者との取引
「……何のことでしょう」
驚愕に歪んだ表情は一瞬のうちに拭い去られ、ハオラン・リーは惚けた様子でそう返した。
「……真偽官の前では、質問に質問で返すのは罪に問われる場合もありますが」
「そう言われましても。いまさら死んでいる私を何の罪に問えましょう」
おっと、そう来たか。
確かに自分が死人であることを受け入れるなら、まぁ隠し事は素直に答える理由もないな。
墓穴の中まで持って行く覚悟の秘密を、墓荒しに教えてやる義理は無い、という事だろう。
まぁ、正直に答えないというだけで、応えているようなものなのだけれど。
「どういうことだ?」
「兵長殿には詳しく伝えしておりませんでしたが、私たちはとある商隊を追って入国しておりまして。彼らがその商隊ではないかと思ったわけです。詳しくはチョイットさんに聞いてください。入国担当は彼ですので。……さて、そう言うわけで、私としてはまだ生きているかもしれない人の方にしか興味が無いのですけれど、お話しいただけませんかね?」
商隊は全員で12人。その内一人はウェインだろう。
3人は襲撃者側、3人は死んだとして、ウェインを含めた残り6人はどこへ行った?
魔物なら拉致されたと考えるのが普通。
人類の犯行でも……捕らえられたと考えるのが良いだろう。3人の遺体が残っているところを見ると、死霊術師だったとしても、全死体を確保していくような変態では無かったという事だ。
「……貴方がどこの誰かもわからない。ここがミャケだと言われましたが、我々にはその確証も無いですし、そもそも我々を襲った犯人でないという確証も無い。そちらの真偽官が本当にそうかもわからないし、そもそも私たちが死んでいる、と言うのも真実か不明だ。強力な幻覚なら、同じようなことが出来る可能性は否定できない。それで、何を語ることがあるのでしょう」
ちっ、頭が切れる商人だな。
他の二人もだんまりか。どうしよう……こいつらを尋問して経緯が分かったとして、俺たちのやるべきことはそう変わらないから放置で良いか?
敵が見えない状態で動くのはリスクが高いのだが……襲撃された理由が突発的な物なら、兵長さんから死霊術師が関与して居そうな事件の話を聴いた方が早いかな。
「おい」
その時、ハオラン・リーの正面に立ったのはアーニャだった。
「なんだこの小娘は?」
「死んでまで手間かけさせんじゃねぇよ。ウェインはどうなった?なんでお前たちはウェインを連れて行った?」
「……はっ、特に何か話す必要性も感じられっ!?」
その言葉の途中までで、リーの言葉は途切れた。
アーニャの拳が顔面に叩き込まれ、潰れて地面に叩きつけられ、三回転しながら塀まで転がっていったからだ。
……スキルマシマシで殴ったな。
「話すかひき肉になるかどっちだ」
「……アーニャ、やめとけ。俺のMPが削れるだけだ」
死体をいくら痛めつけた所で意味は無い。
あいつの身体を動かしているのは俺のMPだから、ダメージを受けるとつまり俺のMPが無駄になったのと同じことに成る。
「リ、リターナー殿……いくら死体と言っても……」
「ああ、気にしなくて大丈夫ですよ。別に何度でも治せますから」
成り行きを見守っていた兵たちが警戒態勢に入っているな。
「彼らが襲われたのが偶然なのか、それとも襲われる理由があったのか、それくらいは調べておくべきですよね。まぁ、当人たちに語る気は無いようですが」
口を閉じて推移を見守っていた二人が身構える。
まぁ、そう身構えるんじゃないよ。ヒザマヅケ。
「なっ!」「身体が勝手にっ!」
3人の肉体は俺のスキルの影響下にある。鼻がひしゃげたリー氏も一緒に座っていてもらおう。
「バガナぁ、こん゛なこども゛に反応でぎないなど!?」
「ほら、こう潰れちゃったら話すのも支障が出るでしょ。義体構築」
鬱陶しいのですぐ直す。治癒で治らないからコストが高いんだよね。
「……ごめん」
「別に構わないけど、どうせなら首をはねるくらいしないと効果ないからね」
「教育に悪いからやめなさい」
……俺がアーニャと初めて会ったときは、眉間めがけてナイフ投げつけられたんだけどな。
タリアはパーティーメンバー1物騒なスキルを使うが、倫理観的なところは常識人だね。
「リターナー殿、可能であれば彼らの襲われた地点の現場検証も行いたい。真偽官殿は連れてはいけないので穏便に協力をお願いしたいのですが?」
「私もそうなんですけどね」
死人に鞭打ったところで良い事などないのだ。
「とりあえず一人ひとり聞いてみますか。ああ、でもその前に、見ていただいた方が良いですよね」
「見る?何をだ?」
「死を」
そう言ってハオラン・リーへのスキルを解除する。
そうなれば彼の肉体は、力を失って地面へと倒れこむのみだ。
「ひっ!?」
「!?」
取り残された二人が息を飲む。周りを囲んでいた兵士たちも同じ様子。
倒れたハオラン・リーの目は見開かれ、口は半開きのまま、四肢は力を失っている。その様相は決して生者の有り方では無かった。
……やはりスキル解除は余りいい気はしないな。
「お二人は彼より後に起こしましたから、知らなかったでしょうが、彼はお二人の亡骸を見ておられますよ。心の強いお人だ。さて……人格再填」
「っ!?何が起きた!私は一体……」
もう一度スキルを発動させると、彼は意識を取り戻す。
集合知にも残っていた通り、死後の記憶も継承するらしい。
「こういうのは余り私の精神にも良くないですし、死者を弄ぶのは好みではありません。……でも、私は目的のためなら手段を選びませんよ?さて、それじゃあ皆様を個室へご案内いたしましょう。兵長殿、お願いいたします」
「……あ……ああ」
三人を個別の部屋に通して質問を行う。
ハオラン・リーはどうせ死んだモノとすぐには口を割らなかったが、方士のタツロウ・ワンは同じ亡者のアルタイルさん達に説得させたところあっさりと落ちた。
それを聞いて、騎士のスコット・チェンも知っている事を話してくれた。
彼らはハオラン・リーとベイルの護衛のため騎士で、クーロンでとある権力者に使えているらしい。スコットは正規の騎士、タツロウは見習いの魔術師だとか。
ベイルはクーロンの権力者に多い珍しい種族の可能性が高く、とある事情により身を隠していたやんごとなき御方の息子の可能性があるとか。
そこで調査のために犯罪組織を使って孤児院から連れ出したのは、ハオラン・リーと相方の斥候だったミン・カンと言う男。
ウォールまではこの二人とウェインに、クロノスの冒険者を雇って旅をしていたらしい。
ウォールで国境を越えてきたタツロウやスコットと合流したが、その際にモーリスへの攻勢があった。
魔物の脅威を避ける事、それに目的地が本島であった事からボホールへ。リャノとの国境で警戒網がひかれていることに気づいたため、先行したミン・カンと別れてタマットへ入った。
ボホールの国境の件があったためハリオからは街に極力よらずにいた所、タマットで俺たちが出した買取依頼を発見。
そこで念には念を入れて、極力街や村には寄らず、また国境を超える港町では斥候を先に入らせて状況を確認することで警戒しながらここまでやってきたらしい。
ただ、彼らの上司については話せない――これはおそらく家族、友人に身の危険が及ぶからだろう――し、実際にベイル……つまりウェインがどんな血筋であるかは知らないらしい。
真偽官殿に確認もしてもらった。
「と、いうことで、私は半年ほど前に亡くなったクーロンの帝に関連する話なのかと予想しているのですが?」
「っ!?」
何か知ってることは無いかと想起で記憶をたどって居たら、ウォール辺境伯とそんな話をしていたのを思い出した。クーロンはその絡みのゴタゴタで国が荒れ、そこを魔物に攻められていたはず。
モーリスが崩壊したのはその余波だ。
「……私から話せることは無い」
「そうですかね? 私たちが敵とは限りませんし、どうせあなたは死人なのだから、目の前の悪魔にすがってみてもいいのでは?」
「……ふざけているのか?」
「ふざけてなどいませんよ。あなたを殴り倒したアーニャは、グレイビアード孤児院の出身です。私は彼女の依頼で、貴方からウェインを取り戻す事を目的にはるばる王都から追ってきました」
「……取り戻す?たかが子供一人を?何をバカな」
「たかが子供一人、じゃないですよ。彼女の兄弟です。大切な、ね」
「……貴様もあそこの出身か?」
「いいえ、私がグレイビアード孤児院とかかわったのは、あなた方がウェインを連れ出したひと月以上後の話です。その後もミラージュのたくらみの後始末やらなんやらで、追いかけることに成ったのはふた月以上後になりますね」
「ぼろを出したな。それならお前らがここにいるのは可笑しいではないか」
「いえ、何もおかしくありませんよ。私たちにはそれが出来る。ただそれだけの話です」
「子供連れでふた月以上の差を詰められると?その能力がありながら、やってることは子供探しだと?」
「ええ。その通りですよ」
「ばかばかしい。そんな人間いてたまる者か」
「ここにいるじゃないですか。……それに、いつから私たちが正常な人間だと思っていたのです? ねぇ、アルタイル殿」
収納空間から取り出したアルタイルさんに話を振る。
「なっ!いつの間に!?」
この部屋の中には俺とハオラン・リーしかいなかった。
他の亡者に出てきてもらうには、さすがに兵長たちの目はちょっと邪魔だったからな。あとでこっそり説明するにしても、とりあえずは身を引いてもらったわけだ。
「ワタル殿は狂人の類ですね。私では死人を脅すのに死人を並べようとは思いません」
アルタイルさんが自分の収納空間から格納済みの亡者たちを取り出していく。
「!?こいつらはまさか!」
「はい。私が連れている死人、貴方と同じ人格再填によってふたたびこの世界に戻ってしまった亡者の皆さまです。ご挨拶を」
「「「いぇ~い」」」
「いやそこはもうちょっと緊張感もってよ」
なんでそんな軽いんだよ君ら。そりゃ、次に出るときは戦闘じゃないよってさっき伝えたけどさ。
「私は仲間のために命を懸ける程度の、まともな人間じゃないですよ。他人の命も、死者の尊厳も勝手に掛けます」
「っ!悪魔かっ!」
「似たようなものですね」
正確には神の遣わした勇者らしいが、それって暗殺者の類だろう?
「んで、私の今の目的はアーニャのためにウェインを取り戻す事なので、彼に危険が及ぶ前に何とかしようと思っていたらこの状況ですからね。あなた方が襲われた心当たりとか、さっさとゲロって欲しいんですよ。ああ、交換条件を付けても良いですよ。彼らもそうですし。スコットさんは家族の元へ返す事、タツロウさんはとある挑戦をすることを条件に、協力してくれることに成りました。死者との取引なんて、実に悪魔的でしょう?」
「……狂っている」
「ようやく気付きました?」
そもそも、この世界のまともな神経の持ち主なら死霊術師になんかなりゃしない。
「それで、どうです? 黙っていたって火葬されて灰になって埋められるだけなんですから、生者を気取ってちょいとばかり悪魔と現世に喧嘩を売ってみるのも良いと思いますけど?どうせ今より悪い事なんてそう無いでしょう」
「……少なくとも、今は死ぬより最悪だよ」
「それはご愁傷様です」
俺も死んだ後に死霊術師に呼び戻されたいとは思わないかもな。
……異世界に来たいとも思っていなかったけどさ。
「んで、どうします。二人は御協力いただけたので、現場検証くらいはもう済ませられるのですけど、おとなしく灰になります?」
ハオラン・リーから詳細な話を聴きたいのは保険の意味が強い。
ウェインを探すだけなら、この島を捜索した方が速いのだ。
「……交換条件は……どんなことでもいいのか?」
「神の奇跡が許す範囲なら」
「……ベイルが見つかったら、ある方の所に送り届けてほしい。報酬も出そう。悪い扱いにはならないし、姉弟だという彼女にとっても悪い話では無い」
ふむ。クーロンに代わりに行けと?
……ウェインが買われた理由は気にはなるんだよな。アーニャと一緒に中央に行くよう鍛えても良いかと思っていたけど、それで何かの拍子にクーロンから追われることに成ったら馬鹿らしい。
しかし、この手の代行はめんどくさいんだよね。
「答えはノーですね。私に出来るのは、貴方が送り届ける手伝いをするくらいです」
「……私が?」
「死んだくらいで、自分の仕事を人に託さないでください。クーロンのお偉方に関わるのは面倒ですからね。死体でも動けるのだから、そこは自分で働く方向で」
こいつらの話だと、ミン・カンと言う男が大陸側に残っているはずだ。
後顧の憂いを絶つためにも、ハオラン・リーにはちゃんと働いてもらわなければならない。
「…………わかった。乗ろう」
しばらくの沈黙ののち、ハオラン・リーは意を決してそう答えた。
「おっと、素直ですね。ようこそ渇望者たちへ」
こうして、順調に厄介事は増えていくのだった。
思いのほか長くなってしまいました。2話に分けても良かったかも。
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