第174話 死霊術師の行方
大規模な防衛戦の翌日、朝から戦場で死体の回収に明け暮れた俺たちは、アルタイル氏を始めとして数人をその場で勧誘し、彼らの亡骸を辺境伯の館へと持ち込んだ。
最初にアルタイル氏との交渉をしたのはこのためである。
彼は重力の魔導師。裏属性と呼ばれる魔・退魔・雷・重力・時・空間を得意とした魔導師から派生し、重力、転じて質量を操る上級呪文を覚える比較的珍しい2次職である。
彼の操れる上級魔術の中に質量軽減と言う付与属性の魔術がある。
これは単独の物体――手で持って自重や向きに関係なく分解しない物体が定義っぽい――の質量を軽減する魔術であり、INT10につきかけた対象の質量1キロを低減できる。最低質量は1キロ。
原理はおそらくだが、実体の一部を収納空間と同じような亜空間に転送しているのだろうと考えられている。
この質量軽減だが、予想通り収納空間の質量制限を緩和することが可能であった。
つまり単独の物体で術者のINT範疇なら1キロ、最大MP1点分に抑えることが可能になる。
2次職48レベルに到達している彼のINTなら、多少ガタイの良い成人男性くらいまでらなMP1制限で収納が可能になる。いやぁ、チートだね。彼の遺体を見つけてこの可能性に気づいた時、不謹慎にも小躍りしそうになってしまった。
その場で交渉できなかった遺体を軒並み収納空間に押し込んで、館の裏庭に並べられた辺境伯閣下にとっては単なる地獄だったろうが。
「身元の確認は進めなければならんな。冒険者ギルトにも確認を依頼せねば。さすがにここでやるわけには行かぬ。訓練場を市民に開放しよう」
途中で大亀討伐に参加したタリアが、踏み出す者をぶっちぎって極めし者になってしまうという問題は発声したものの、防衛線の後始末は順調に進んだ。
とはいうものの、すぐにウォールを出発できる訳も無し。
辺境伯へのスキルの説明と実証、それに真偽官による確認で翌日が無くなった。
その後第三者による亡骸の身元確認、人格再填による勧誘、家族がいる者への面会や遺言の作成、前例のない行政手続きやギルドの手続きに忙殺されること五日。
更にタリアの事で陛下と宰相閣下、それにアインス子爵・男爵にも便宜を図る内容を辺境伯と内容を詰めるのに追加で一日。
ついでに自分の商会からの仕事が届いて手続きを進めるのに合間の時間を取られ、出発は大いに遅れることに成った。
そんな雑務に追われる日もめどが立ち、明日の朝にはウォールの街を発つ、と言うタイミングの夜。
俺は再度辺境伯の執務室に呼ばれていた。
「すぐに済む。座っていてくれ」
執務室の一角に作られた応接スペースに座って待つ。
ハーフエルフらしい執事の男性が出してくれたのはブランデーだった。どうやら仕事の話をするつもりではないらしい。
「吞みながら話そう。まずは、面倒を掛けたな……助かった」
「お役に立てていたなら良かったです。私としても、死霊術師のスキルを認めていただけたのは有難かったので」
今回の戦いで亡くなったと確認が取れたのは141人。結局俺はその全員に義体構築と人格再填を使っている。
内、人格再填で呼び起せなかったものが23人。理由は分からない。性別と種族は関係なく、年齢は上の方に偏っていた。この辺りは集合知にも情報が無い。
残り118人の中で、ウォールの街で眠ると決めたのは67人。この街の出身領兵で、家族のいる者も多い。俺の目的が少なくとも中央で戦う事と知って、帰れぬ旅に出るよりもこの地で眠ることを選んだ者たちだ。
彼らの最後の別れは既に済ませてある。それが彼らやその家族にとって救いになったか、俺には分からない。善きものであったことを祈るだけだ。
アルタイル氏を始めとした残りの51人が俺の眷族として、収納空間に収容されている。
多くは冒険者で、幾つかの条件の元に俺に協力してくれることに成った。彼ら彼女らには、俺の目的が魔王を討つことであることを伝えている。
契約時点で知らなかったのはアルタイル氏くらいになった。
「真偽官の確認も取れたしな。被害者の中には家族の居る領兵も多かった。……地上防衛部隊に魔術師が多ければ、もう少し被害も小さかっただろう。これは采配のミスだ。出来る限り便宜を図る必要もあったし、その一つに使わせてもらったという面の方が大きいだろう」
「閣下がそうおっしゃるのであれば」
辺境伯が先導してくれたおかげで、死霊術に関する反発はほぼ起きなかった。
教会や魔術師ギルドが動かなかったのは意外だったが、教会は実務担当まとめのマッカラン氏が動いたとかなんとか。と言うか、神殿長、副神殿長が不在となったため、彼が実権を握ったらしい。一度この屋敷で見かけたが、何か暗躍でもしているのだろう。
「……その死霊術についてなのだがな」
「はい」
「……陛下にお願いして、この国の転職可能な職からは外してもらおうと考えている」
「……閣下はそうお考えになりましたか」
そう思う理由も、おおむね予想がつく。
俺のやってきた1次職強化の取り組みの結果、2次職である死霊術は近くなり過ぎた。
40レベルでも混乱をきたす。50レベルに達するものが多く成ればさらにだろう。
そして、死霊術師のスキルは、命を懸けて得るだけの価値がある。少なくとも、それを必要とする人にとっては。
「この職は簡単に使えてよい物ではないと、私はそう感じた。むろん神の定めた職であるから、禁止することは出来ぬ。だからと言って放置するのも望ましくない」
「どうするつもりですか?」
「転職リストからは外し、国外から入って来るものについても一定の制限を設けるのが良いと考える。錬金術師以上に、すべての死霊術師を国家の下に置き、人格再填などのスキルを利用する場合、真偽官の立ち合いを必須とする。これくらいか」
「そうなると、求める者は国を出ますが?」
「それも望ましくはないがな。……遺体の持ち出しも禁じねばならぬか。出来れば他国と連携し、制限を掛けたいところだが……」
「どちらにせよオリジナルが存在しますからね」
神が与えた職に就くための遺物は、各大陸にオリジナルが一つ存在する。
この東大陸のモニュメントは旧ザース王国領に存在し、現時点では魔物の勢力下だ。容易にはアクセスできないが、それでも向かう者は出るだろう。
「むしろザースまで行って転職できるほどの力があるなら、それもまた良しとすべきであろうな。大いなる力には、恩賞を与えるべきだ。貴殿のようにな」
「私はたまたま運が良かっただけですよ」
「運も力さ。……貴殿は死霊術師を制限することを否定はせぬか?」
「混乱を招く、と言う意味では道理でしょう」
使い道は多数考えられる強力な力だが、問題も多く抱えている。
特に今回使った人格再填と、操られているだけの屍体操作の差が普通の人には分からない。それは確実に悲劇を生む。
「それに、私は求められれば知恵も力もお貸ししますが、流れの冒険者であることは譲れません。なので責任の持てない、閣下や国が行うことに口を出すつもりはございません」
「そう言って特使になったのだったな」
「それに何より、覚悟なく使ってよい力だとは思っておりません」
「……その通りだな」
俺の覚悟は示してある。乗るか反るかは、死人当人に決めれ貰えばいい。
「話が出来て良かったよ。貴殿の覚悟も、伝えさせてもらおう」
そう言って辺境伯はブランデーを一気に煽る。
……今回の件は、いろいろと思うところがあったのかな。
「あとの事はこちらに任せてもらって大丈夫だ。ありがとう」
辺境伯との話はそれで終わった。
きっとここ数日の出来事も、この国が変わっていく流れの一つに成るだろう。だが、それを悠長に眺めている猶予は俺たちにはない。
明日からまた、奴隷商人を追う旅路が再開するのだ。
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