第169話 魔物からの誘い
空気を切り割く爆音とともに、カマソッツは断末魔の悲鳴を上げる間もなく消滅した。
転送牢獄が崩壊し、周囲の喧騒が戻って来る。
聞こえてくるのは爆音と振動、注意していなかったが大亀はまだ健在だ。
「……ひやぁ、何とかなったな」
自身の倍ある大剣を担ぎ上げて、グランドさんが自身の放ったスキルの爪痕を確認している。
「お疲れ様です。MPが足りてよかったです」
「ああ、だいぶ楽させてもらった。そっちこそ、良くMP持ったな」
「結構減りましたけどね。あいつから貰ってましたから」
途中から詠唱不要になった魔素吸収で、MPを回復しながら戦っていた。
おかげでまだ三分の一ほどのMPが残っている。
「無事か!?」
最初に高速移動スキルでやってきたのは、顔見知りの副団長殿の一団だった。
「ええ、無事ですよ。オーガ司令・ディアボロス、および悪しきモノ・カマソッツを討伐しました」
「ああ、外からも中の様子は何とかわかった。大きな怪我も無いようだし……いや、恐るべき強さだな」
「倒したのは、そちらのグランドさんですけどね」
ディアボロスは72重掛けエンチャントソードで倒せたかもしれないが、共食い後のカマソッツは最後、俺では決め手に欠けた。
やはり高火力持ちが居ると、それだけで取れる戦術の幅が広がるな。
「戦況の方はどうなっていますか?」
「ここを避けるように3次攻撃が始まった。前線部隊は半分以上が2陣と入れ替わったよ。他の門に向かった魔物も居るようだ。撃退は出来ているが、亀は依然侵攻を止める気配はない」
「最後のは見れば」
街からはいまだに炎と雷撃が飛び交っているが、どれだけ大亀のダメージに成っている事やら。
この戦いで最も厄介なのはさっきの二体では無く、あの亀なのだ。あれを止めない事に話にならない。
「とりあえず、ドロップ回収しようぜ。猪どものも含めてそこいらに落ちまくってんだろ」
「ああ、そうですね」
ディアボロスとカマソッツはどちらも1万G級だった。
それなりに価値がある物が落ちているはずだが……。
「それにはおよびませんよ」
その声は背後から響いた。
「魔投槍!」
振り向きざま、多重詠唱を併用して横一線に5発の魔槍を放つ。
その一つがフードをかぶったローブ姿の魔物を捕らえ、その姿を霧散させるが……魔術が当たった手ごたえが無い!
「おお、怖い怖い。極めし者殿は殺気に満ち溢れておられる」
「っ!幻覚か!」
辺りを警戒するが、声のくる方向が近く出来ない。
魔力探信を再起動。周囲に多数の魔力反応……うまく起草されて居るのかどれも魔術の残滓のようなレベル。本体が居ない?
死霊術師のレベルが上がったことで、俺は中級レベルの幻覚耐性を有している。それを抜いて、気づかれずに幻覚を見せるのは至難の業だ。可能だとすれば、先の二体より明らかに各上だろう。
「姿が見えたほうが、お互いに話しやすいと思うのですけれど、いかがでしょうか?」
「……どうやら幻影系の魔術のようだな」
光や音を操作して空間に虚像を生み出す幻影。
確かにそれなら、俺のレジストに影響を受けずに幻覚を見せられるのも納得がいく。
「取り巻きの皆さん、私が用があるのはそこの極めし者殿だけですので、しばらく大人しくしていただけますかね。代わりと言っては何ですが、私も話している間は事を起こすのは控えますので。ねぇ、そちらにとっては良い時間稼ぎでしょう?」
「……俺に何の用だ?」
副団長から囁きで時間を稼げとの指示。離れた所にいる部隊が、周囲を探っている。
タリア達からも念話が来ているな。大丈夫とだけ返して、目の前の魔物の気配を集中して探る。
「お初にお目にかかります。ワタル・リターナー殿ですよね。私、ルサールカ様の配下が一人、伝染する・ノーフェイスと申します。以後お見知りおきを」
「ノーフェイス?聞かない名前だな」
「人に名乗るのも初めてですので。実のところ中間管理職の伝達役のようなものでして、先陣切って戦うようなものではありませんから、知らないのも無理はない」
「その伝達役が何の用だ?」
「いえね、ちょっと興味がございまして。エリュマントス様を打ち破った実力、どれほどのものかと思ってみておりましたが、なかなかに面白い。これまでにない戦い方をされる。ディアボロスもカマソッツもオーバーサウザンツ、それを一人で手玉に取り圧倒するのは中々に面白い見世物でした」
「自分のボスが戦ってるのを高みの見物か?」
「私はあくまでサポート役ですので。そしてボガード様が危惧されていたことも分かりました。ご存知です?王国の名の有る魔物には、貴方に対して『手を出すな』と言う伝令が回っていることにを」
「ん?……殺せでは無くてか?」
「返り討ちにあってレベルを上げられたら面倒でしょう。カマソッツが戦い方を間違ったせいで、また相当レベルを稼がれたようですがね」
「ああ、とても美味しいボーナスタイムだったよ」
群体で自分のコピーを出すなら、倒されれないHPを確保するのがセオリーだろうに。頭に血が上って、人類が戦闘中にもレベルアップで強くなるって事を考慮に入れない戦略を取ったアレは、確かに馬鹿だ。
しかし辛らつだな。
「まあ、過ぎてしまったことは仕方ありません。過去は水に流して、未来の話をするのが有意義というもの。人間ってそう言うものですよね」
……どっちかって言うと、人間は過去に縛られる生き物だと思うのだがな。
「それでなんだ?今度はお前が俺とやり合うっていうのか?」
「いえいえ。戦うなと言われてますからね。今日はお誘いですよ」
「誘い?」
「はい。もしよろしければ、こちら側につきませんか?」
ノーフェイスと名乗った魔物は、口だけをニヤリと吊り上げてそう訊いてきた。
「貴方ならきっと素晴らしい魔人に成れるでしょう!ルサールカ様と同じ10万Gに届くかも!その気があるのであれば、人格を維持したまま不老不死の肉体を手に入れる事が出来ます!その力だって、簡単に今以上にあげることが出来る。食事も睡眠も排泄も不要になりますし、人生の煩わしい物から解放されて、欲望のままに力を振るう事だって可能ですよ!」
そう言ってノーフェイスはケタケタと笑う。
「キサマ!」
「おっと、他の方々にはあまり興味ありません。3次職のそちらの方は隷属紋を刻めば素材としては有用かも知れませんが、人格を保証するほどのメリットはなさそうですので」
「……すりつぶすゾ」
魔人。魔物側についた人類の総称。
その中には人間時代の人格を有したまま、魔物に身を変えた者も存在する。
多くは人間の領域内で活動するための隠遁スキルにコストを割いていて大きな力を持たないが、そこに拘らない者の中には、確かに武で名を馳せる者もいる。
確かにまぁ、今の俺の知名度やスキルで魔物化すれば、それくらいの力は得られるかもしれないが……。
「返答はノーだ。俺の求める者は魔物とは対極にある」
俺は地球に変えるのだ。この世界で化け物共の仲間入りをするつもりはない。
「むぅ。全く迷いなき返答。ここまで心が動かないとは、残念ですね」
「……人の心を見透かすな」
「人類だってするでしょう?わかりました、とりあえず勧誘はあきらめることといたしましょう」
そう言うとノーフェイスは頭を下げる。
「頑張って倒していただいて申し訳ないのですが、ディアボロスの核となっていた力の腕輪と、カマソッツの世界樹の若葉は回収させていただきました。あの鈍亀の強化に使わせていただこうかと思うので、頑張って倒せればまた入手できるかもしれませんよ」
「てめぇ、それが狙いで前線に!」
「始めてしまったからには、どうなるにせよ終わらせねばいけませんから。ああ、それから一つアドバイスを。あの亀のコアはモーリスの流民の若者や子供、総勢35人です。あまりオーバーキルに成るような攻撃で倒しますと、巻き込まれて死んでしまいますからご注意を。倒せればですけどねぇ」
「下郎が!にこやかにいう事かっ!」
「魔物ですから。それでは皆様、良い終焉を」
顔無し男が空間に溶けて消える。魔力反応も無くなり、どうやら引いたらしい。
「くそっ!ドロップ品が結構持っていかれてやがる!」
「シャドウ系の魔物も暗躍しているでしょう。拾えるものは拾って、戦線に戻りましょう。あいつが亀に何をするか分からない」
装軌車両がこっちに向かってくるのが見える。
人形操作の接続が切れて墜落したビットや、中破したフェイスレス、そのほかの残骸を回収する。ついでに大剣も返してもらう。これは余り見せてはいけないものだ。
蛸の足は大破していて、一から作り直さないと使えそうにない。蜘蛛の足はまだ使えるな。ビットは2機。フェイスレスは仕込んである永続付与のマジックアイテムは生きているが、戦うには心もとない。
「俺もいったん引かせてもらうぜ。武器も無いし、HPもMPも減ってステータスデバフも酷い」
「そうだな。前線を張りなおしている。皆、いったん本陣まで戻り体制を……」
副団長殿がそう言いかけたどの時。
「ぐぉぉぉんっ!!!」
大亀が大きく吠えて、淡い光を放つ。
ズシンッ!ズシンッ!ズシン!断続的に、しかしこれまでより明らかに早く響く大地の揺れ。
山陸亀が加速を始めたのだった。
魔物の強さざっくりですが
エリュマントス >> 共食いカマソッツ > ディアボロス > カマソッツ > ブギーマン(10%強)
です。ディアボロスはまともに戦えば強敵のはずでしたが、運がなったですね。
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