第162話 ウォール防衛線・開戦
□ウォールの街・西の農地□
斥候部隊が上げた照明弾に照らされながら、亀はその巨体をゆっくりと進めている。
自らの余りの重さゆえに、一歩一歩、一足一足踏みしめながらでしか進めないらしい。動いているのはどれか一本の足のみだ。なるほど、動きが遅いわけだな。
亀の現在位置は西門から約10キロ地点。オリーブ畑の真っただ中だ。
手前8キロほどは麦畑となっていて見通しが良い。取り巻きとの主戦場はこちらに成るだろう。
『聞け!親愛なるウォールの民、そしてこの窮地に立ちあがってくれた勇敢なる者たちよ!』
拡張念話によって、辺境伯の声が街全体に響く。
『今我々は存亡の危機に瀕している。いつもの事ではない!都市国家モーリスを滅ぼし、数多の難民を生み出した魔物が、このウォールの街にも迫っている!』
『しかし、それに屈する我々ではない。すでに我らは昨日の我らとは違う力を得て、周囲の魔物どもを駆逐しつつある!慌てて出てきた愚鈍な亀に後れを取ることなどありえない!』
『さぁ、数多の勇者たちよ!その力を存分に発揮し、悪しき魔物どもを一匹残らず駆逐せよ!』
『目標、10キロ地点を通過!』
『行け!攻撃ののろしを上げろ!増幅魔法陣!』
西門の前方に、直径200メートルを超える巨大な魔方陣が現れる。
通過する魔術の射程を100倍まで増加させるバフ魔術。
『魔術師隊、射撃用意!撃て!』
その瞬間、西から強烈な光が放たれた。
千を超える炎の矢、雷撃の矢が、魔法陣によって強化され山陸亀に雨となって降り注ぐ。
『グォォォンッ!』
山陸亀の雄たけび。放たれた魔術の雨が突き刺さろうとしたその時、正面に輝く青い盾が現れてその攻撃を防ぎ、無数の閃光が瞬く。
単なる盾ではあるが、デカい!
『っ!怯むな!第ニ射用意、撃て!』
「「「炎矢!」」」
力ある言葉の叫びが響く。同じように放たれた火箭は、蒼く輝く盾によって同じように防がれる。
抜けている物もあるかも知れないが、これは効果が見えないな。
『1次職の者は構わず打ち続けろ!相手のMPも無限ではない!MPが尽きた者はローテーションを!急ぎはポーションで回復を!』
雨あられに打ち込まれるアロー系魔術。しかし亀が歩みを止めることは無い。
「……効いてるの?」
大亀に打ち込まれる魔術の雨を、俺たちは街の外、近接部隊の陣のはずれで、装軌車両の上から眺めていた。
「分からん。盾の特性を考えれば、あれだけの攻撃を受ければ砕けるはずだけど……多重に張っている?MPもINTも足りると思えないんだが」
「いくら自然回復とポーションがあっても、防がれてちゃ意味が無いわよ」
「だな。ちょっくら検証してみる」
遠距離から見ているだけでは分からない事もある。
「多重詠唱!深淵なる闇の神の命にて、すべてを闇へと還す影の矢を射る!影矢!」
多重詠唱によって生まれた8本の影矢が、辺境伯の魔術に乗って陸亀へと届く。
そして、その感覚が魔力感知によってフィードバックされた。
「っ……こいつは厄介だな」
「何かわかった?」
「ああ。あの亀の背中に多分結構な数の魔物が乗ってて、そいつらが陰から盾の魔術を使ってる」
今、俺は時間差をつけて4か所に着弾するように8本の矢を放った。
MPダメージと魔術破壊の特性を持った《シャドウ・アロー》は、確かに敵の盾を打ち消した。しかし各々の矢は別の盾に当たって消えた。消えたタイミングはバラバラだった。
「陸亀はINTもMPもそんなに高くないと思う。こっちは攻撃、相手は防御で人海戦術の力押しをしている状態だな」
魔術の反応によって分かった事を囁きでシルド団長に伝える。
他にも同様の報告が上がっていたようだ。
『土魔術に切り替えたほうが良いか?』
『……いえ、強風による防御をされた場合、打つ側と受ける側のコストが見合いません。それより側面から甲羅の上の魔物を始末しましょう。装軌車両で一撃離脱を掛けます』
『なるほど、、助かる』
「『まず我々が仕掛けます。それで効果があれば、その後の指揮はお任せします!』。アーニャ、亀の側面に回り込む!」
「了解。内圧確認、オーケー!装軌車両メルカバ―、発進するぜ!振り落とされんなよ!」
アーニャの合図でメルカバ―が動き出す。
今の装軌車両は運転席と助手席以外が取り外され、客間の壁もきれいになくなっている。四方の支柱から手すりが伸びているが、身体を支えられるのはそれだけだ。
アーニャは進行してくる大亀の向かって左側面に回り込むように進路を取る。
亀の動きは変わらないので、片足がオリーブ畑を抜けるまでには到達するはずだ。
「ワタル!暗くて地面が見えない!」
「夜間用のライトを準備すべきかもね!でも、おかげで向うからもこっちは見えないはず!」
「闇の精霊に視界を共有してもらうからそれで走って!静かなる闇の精霊さん!光挿さぬ闇の中、確かにある物の形を皆に示して!影光視界」
タリアの精霊魔術で、周囲の闇から物体が浮き上がって来る。なんだこりゃ!
「これどうなってるんですか!?」
突然の視界の変化にバーバラさんが叫ぶ。
「よくわかんない!」
「タリア姉さんサンキュー!見えれば何でもいいや!」
駆動音を響かせながら、装軌車両が闇の中を掛ける。
結構な音を立てているものの、亀の足音と街からの砲撃にかき消されてこちらに気づいた魔物はいない。
何匹か自然発生している雑魚は撥ねたようだが、それくらいだ。
「おっと、予想より早く右足が出た。地上部隊が突撃を敢行したな」
索敵灯に照らされた足元のオリーブ畑から、魔物たちが飛び出していくのが見え得た。
編成は……わからん!先行しているのは犬となんだ?トカゲか?精霊魔術で確保した視界も範囲外だ。
「ワタル、どうする?」
「俺たちの目標はあくまで後ろ!側面500メートルくらいまで近づけて!」
「了解!」
「夜目が利くのが気づいたみたい!」
「ひきつけてから倒す。アーニャ、左側面を敵に向けて!タリア、バーバラさん、いけますか?」
「いつでも!」「はい!」
向かって来ているのは大型の死猟犬に、突撃甲虫?
また殺意の高い編成だな。
「魔弾!」「飛翔拳!」「発射!」
俺の魔弾が、バーバラさんの飛翔拳が、そしてタリアが額から放ったビームがそれぞれ魔物を吹き飛ばす。
続けざまにもう一打。スキルを使うほどの相手では無いが、今は時間を節約したい。
「右からも!」
「うっとおしいな!アーニャ、魔物から離れる方に!封印解除!」
魔物に向かって放り投げたのは礫旋風の封魔弾。
高DEXのおかげで見事ヒットし、石礫交じりの旋風が魔物たちを吹き飛ばす。この魔術なら闇の中ではそう目立たない。
「そろそろだな。反転用意。魔術何発か撃ったら逃げるのでよろしく」
「了解」
さて、ここからなら一部の魔術は射程距離に入っている。とりあえず亀に取り付いている奴らを落として、街からの砲撃を通さないとな。
「ワタル、次が来るわよ」
「分かってる」
エンチャントアイテムたちを起動。魔力強化、全強化Ⅰ、魔力加算Ⅰ。おそらくINT強化で今できる全部。久しぶりに付与魔術師の杖も登場だ。そこに戦士の魔物特攻を乗せる。
「偉大なる炎の神よ!荒ぶる風の神よ!二柱の力を併せ、荒れ狂う炎の嵐を呼べ!炎風にてここに残るは、焦爛なる燃え殻のみとなる!火炎暴風!」
詠唱魔術を放った瞬間、山陸亀の半身を、螺旋撒く炎の嵐が飲み込んだ。
そのサイズは火旋風の比では無く、輝きはまぶしいほどに闇夜を照らす。
『グォォォンッ!』
大亀が吠える。
教えてもらっていた中級の詠唱魔術、覚えておいてよかった。
「ここまで熱風が漂ってくるわ!すごい威力ね!」
「暴風系は中級魔術では一番範囲が広くなる広域殲滅魔術だからね。さてもう一発」
「荒ぶる風の神よ!天に轟く雷神よ!二柱の戮力にて、今!雷撃の嵐にて終焉をもたらせ!降り注ぐは、雨より多き雷光なり!轟雷暴風!」
炎の嵐が消えたと思ったその時、今度は空から轟音と共に雷の嵐が降り注ぐ。
その輝きは炎の嵐に勝るとも劣らず、耳をふさいで尚、鼓膜がおかしくなりそうな轟音が轟く。
「二次職の魔術っ!おかしくありませんかっ!」
「俺はINTが高いから!」
バーバラさんの叫びにそう答えた。
2次職のレベルアップと異能のおかげで、INTは既に700を超えた。そこにブーストを掛けた魔術。3次職と比較して何の遜色も無い。
十数秒で雷撃が収まる。周囲のオリーブ畑を巻き込んで、焦げたにおいがこちらまで漂って来ている。
しかし亀は健在だ。
「あれで倒せないの!?」
「倒せるようならモーリスは落ちなかっただろうね。撤収!」
こんなところで魔物に囲まれて戦いたくはない。
こっちに向かって来ていた魔物たちが、魔術の余波で足を止めてるうちに西門まで戻ろう。
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