第158話 屍体操作――コープス・マニュピレイト――
「……我が魔素にて踊れ。屍体操作」
遺体に向けてスキルを放つと、魔力が流れ、それが力を失った四肢の隅々まで広がっていく。
感覚としては人形操作に近い。だけど、フェイスレスを制御しているときと比べても、肉体の質感は段違いでいい。まさに身体がもう一つ増えた感じ。
肉体的な損傷は魔力で補えているようだ。これは俺のINTの高さが影響している気がする。
「身体を起こすよ」
遺体を操作して身体を起こす。
光を失って、焦点の定まらない瞳が不気味に空を見上げる。……視界共有……なるほど、俺とタリアが見える。
そのまま簡単に身体を動かす。腕を回し、屈伸してジャンプ。
そのたびに傷口から乾ききっていない黒ずんだ体液が流れ出し、異臭が立ち込め始める。
「……さすがにちょっと気分が悪いわ」
「同感だ。耐性を得てるとは言え、余り腐乱死体を操作するのはやりたくないね」
他の多くの職業と同じく、死霊術師もレベルアップで複数のスキルや耐性を獲得する。レベル10までに、不快耐性として死臭・腐臭耐性、さらに病耐性として人感染症(体液)耐性を獲得しているが、だからと言って不快感が無くなるわけでは無い。
「とりあえず、ステータスを確認しよう」
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名前:トーマス・ファンゴ
状態:死亡(27)
職業:斥候
レベル:45
HP:185
MP:98
STR:36
VIT:25
INT:37
DEX:68
AGI:69
素質:なし
スキル:初心者スキル,斥候スキル
魔術:なし
加護:なし
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屍体操作は単に死体を操るだけじゃない。
その人が持っているスキルや魔術を使うことが出来る。ステータスも、こうして生前の物を確認することが出来る。
……標準的な斥候のステータスだな。素質が無しに成っているのは、お亡くなりになったからだろうか。
「とりあえず、身元は判明だな」
屍体操作で操作した肉体の能力は、生前の能力依存に成る。
この場合、彼を操作すれば、俺はレベル45の斥候としてのスキルを自由に使えるわけだ。体力は無いので、スキルが切れるまで肉体をフルスペックで使うことが出来る。
損傷は回復しないが、HPがあるうちはダメージを受けても問題なく動く。
人の尊厳を足蹴にするようなスキルだが、それはばかりは気にしても仕方ない。
「言っちゃなんだけど、このステータスなら、フェイスレスの方が強いわよね」
「そうだね。アレは俺のINTを参照しているから、能力は高い。そもそも死霊術師があまりいない理由は、自分より強い死体を確保するのが難しいからって面もあるし」
この屍体操作は人形操作より燃費がいいし、複雑な操作も可能だ。だけど操る死体の性能は生前の能力依存なので、元の能力が高くないと利用価値は半減する。
そもそも俺は自分のステータスが高いから、自分より強い死体を操って戦う、ってスタイルにはならない。
「レベル10じゃ、死霊術師の真価は発揮できない。最低でも40。本当の力が活かされるのは、多分50を超えて、3次職に成ってからだろうね」
死霊術師が死霊術師足る由縁のスキルは、10刻みで取得していくことに成る。40でこの職業の在り方を変えるスキルを取得するが、それまでは出来の悪い人形遣いだ。
とりあえず、幾つかスキルを発動させて使い勝手を試させてもらう。
問題なく発動するけど、索敵系のスキルとかは自分で発動した方が感覚を掴みやすいか?慣れの問題もありそうだな。
「さて、それじゃあ戻ろうか」
「……彼はどうするの?」
「連れて帰るさ。ウォールに行けば家族か知り合いが居るかもしれん。運搬も清潔を掛けて、収納空間に放り込んでいくよ。客室には居れたくないだろ?」
「……そうね」
世知辛い話ではあるが、うちの車両は霊柩車では無いので亜空間で我慢してもらおう。
ちゃちゃっと済ませで再出発。街道が合流したところで更に二人分の遺体を見つける。こちらは防具が残っていたから、戦いのさなかにやられたか、おとりになったか……。どちらにせよ、改修して街までは運ぶだけだ。
国境まであと少しと言ったところで、モーリスからの避難民に追いついた。
他のルートから合流したらしく、30人以上の人が集団で国境の砦を目指していた。さすがに全員は乗らないな。
けが人は治療をして、装軌車両で先を行く。露払いのため、比較的遠くの魔物も積極的に狩って、街道に魔物が出てこないように処理しておいた。
「……砦の周辺には墓地があるのか」
土葬されているのであろう。死者探査に多数の反応が引っかかる。
クロノスは都市部は火葬、それ以外の村落は土葬が主流だ。反応が偏っているのは、既に分解されて死体として認知できなくなったからだろう。
結局、砦までに回収された遺体は4人。
全員年齢が高めで、ステータスから全員兵士か冒険者と思われる。おとりに成るか、しんがりを務めるかして亡くなったのだろう。
逆に非戦闘員の死体が無いのは、さらわれている可能性が高い。魔物として出て来なければいいんだけど。
砦を抜け、街道を走り、ウォールの街の北側へ。
領兵と合同の出張所を出している冒険者ギルドの支店で、4人の遺体を預けた。スキルのおかげで名前や年齢も分かって居るので、それも合わせて伝えて置く。
死霊術師のスキル効果を説明するのがとてもめんどくさかった。知名度の低い職業はこの辺が面倒だな。
一通りの手続きを終えて、辺境伯の館に戻る。
なんだかんだで疲れたな。こういう日はどっぷり風呂に使って、ゆっくり寝たい。残念ながらこの館どころか、この街にも風呂は無いのだけれど。
「お疲れの所申し訳ありません。旦那様がおよびです」
夕食を終えて一息つこうかと言う時間、ウォール辺境伯に呼ばれたのだった。
………………
…………
……
□ウォール辺境伯亭・応接間□
「すまない。遅い時間に呼んでしまって」
「いえ。むしろこの時間まで働きに成られるのは、閣下も人の事を言えませんね」
「街の外の件がまとまりそうなのでな。私が許可せねば動かぬから仕方ない。それで、外はどうであった?」
砦からさらに南で見たこと、こちらに向かっている難民や、遺体の回収について一通りの報告をする。
「ちょっと聞いた話だと、まだ増えそうですね。けが人や老人を抱えているほど動きが遅い。そう言う人を助けるため、ウォールから戻っているモーリス兵や冒険者もいるようです」
「聞いている。難民の問題は頭が居たいが、貴殿のおかげで冒険者に成れない者にも仕事を作れそうだ。治安の悪化は防げるだろう」
難民キャンプで付与魔術師と錬金術師への斡旋を始めたらしい。
明日からは本格的なレベル上げも始まり、動けるものから建築や暖房機作成の人員に回せるようになるという話。
「何よりです」
「うむ。追っている奴隷商の情報は見つかったか?」
「いえ、そちらは手掛かりなしです。キスキンへは入国して居なさそうでした」
「ふむ……国境の兵にも確認しているが、今のところ思い出した者はいない。行先は分かってないが……一つ、情報が手に入った」
「本当ですか?」
「ああ。冒険者ギルドで、この街までそれらしい商人を護衛した冒険者のペアが見つかった。3週間ほど前の事だ」
……よし、着実に追いついている。
「渡はつけてある。直接話を聴くだろう?」
「はい、お願いします」
これでアーニャの心配も少しは晴らせると良いのだけど。
明日の10時にギルドで会えると聞いて、予定を調整しなおすのだった。
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