第132話 再生治癒で治療してみた
その日、アース健康増進軒は朝から緊張に包まれていた。
普段は子供たちの学習部屋となっている2階の一室にはベッドが運び込まれ、パーティションが区切られ、普段は使われない薬剤が持ち込まれていた。
「リタさん、落ち着いてスキルを使えば大丈夫ですよ。まずは歯の治療からです」
今日はレベル上げて再生治癒を取得したリタさんが、コーウェンさんに治療を施す日である。
「分かって居ます。大丈夫です。臓器の位置も覚えていますから、問題ありません」
まずは歯の治療だっつってんのに、緊張で聞こえていないらしい。
毎日の解毒で体調、体力共に回復したコーウェンさんだが、腎臓を患っている状況は変わっていない。
ここ1週間ほどの療養でかなり体力を戻し、生活に支障は無くなりつつある。
再生治癒で一気に完治まで持って行きたい処。
「リタ、お前なら大丈夫だ」
コーウェンさんが背中をたたく。どっちが治療される側か分からなくなりそうだな。
「一週間ちょっと前まで裁縫師だった娘の何が大丈夫なんでしょう」
「アース式育成術を信じるんだ」
「ワタルさん、なんでもその名前を冠すれば良いってものじゃありません」
ダメかねアース式。名前を付けるのは重要なんだがな。それで認知度が上がる。
「まあ、最初の患者がお父さん、というのも心配は心配でしょうが、再生治癒で問題が起きたという話も聞かないですから」
とは言え、局所再生はまだまだ検証段階で集合知にも情報が無い。
アインスで俺が血反吐を吐いたように、どんな副作用が出るか不明だ。なので色々準備してある。
「まずは、私がコーウェンさんを眠りの霧で眠らせます。その後抜けている歯の治療。それがうまく行けば、次は内臓の治癒です」
再生治癒も、魔力操作を使って患部を指定することで効果が上がるのは他の回復魔術と同じだ。
多くの場合、指や手足などと言った外部から見てわかりやすい患部の治療に使われる。これらは明らかに見てわかるので、術者は無意識に再生する個所をコントロールするが、内臓だとそうも行かない。
健康な箇所に過剰回復を掛けた場合どうなるかの知見は無い。リタさんが緊張するのも分からなくはない。
「手順は理解しています。お借りしたアイテムでMPもINTも十分です。……はじめましょう」
横たわるコーウェンさんに、詠唱魔術で眠りの霧を発動する。
俺は何気にこの魔術が一番怖い。魔術的な眠りなので大丈夫だとは思うが、高INTで人に掛けて、そのまま永遠の眠りに成らないという保証がない。
気休めだがコーウェンさんのINTを上げられるだけ上げて、魔力操作で出来るだけINTの効果影響を下げる。確認すると穏やかな寝息を立て始めていた。よし、魔術無効化は不要そうだ。
「まずは、歯ですね。口の中を目視て……なかなかむすかしいですね」
「ああ、口内観察用の道具も作るべきでしたね。今度準備しましょう」
いくら自分の親とは言え、口元に顔を近づけてのぞき込むのは嫌だろう。むしろ親だから嫌か?
「患部が目視出来ました。スキルを使います。再生治癒!」
リタさんがスキルを発動する。2次職のスキルは魔素の動きも活発だ。
俺の魔力感知のレベルでも、スキルの残滓が光となって確認できる。淡い光が立ち上るのは神秘的だな。
「っ!口内が切れたようです!」
「歯ぐきを突き破って新しい歯が生えてきているので問題ないです」
「隙間に対して、生えてきた歯が大きすぎるような……」
「あ、なるほど。……再生治癒の方が強力なのでこのまま押し切っちゃいましょう」
抜けた部分が周りの歯で埋められていて、再生した歯の並びが微妙に悪い。
歯の矯正とかは正常化が必要だ。抜けたばかりでないとこういう弊害が発生するのか。
……全部引っこ抜いて綺麗に再生する、という手もあるが……今回はとりあえず後回しだな。
「一本目終わりました。2本目行きます」
治療する歯は全部で3本だ。MPは十分持つはず。
大なり小なり歯並びの問題は発声したが、歯の再生は一応うまく行った。これでかみ合わせが悪いようなら、抜いて全再生しかない。
「ふぅ……見えていても、不安になりますね。次は内臓ですね」
「はい。細かい場所をイメージできれば最良ですが、難しいと思うので胸の下から下腹部全体を範囲にとる様にスキルを使うのでも、多分大丈夫ですよ」
「やってみます」
リタさんが慎重にスキルを発動する。
再生治癒の魔力の流れは複雑だな。治癒なんかが平面に書かれた図形なら、こっちは立体図形の組み合わせみたいな動きだ。2次職の魔術は皆こんな感じなのだろうか。
「……終わりました」
スキルの発動が完了する。コーウェンさんに変化はない。
「一応、解毒と治療を掛けておきましょう」
2次職以上のスキルに成って来ると、集合知の情報も徐々に怪しくなってくる。
保険の意味合いが強いが、毒素除去と不要物質の除去作用がある二つの魔術はかけておいたほうが良い。
施術が終わった所で、魔術無効化で眠りの霧を打ち消す。
これでしばらくすれば目を覚ますはずだ。
「初めての治療でしたが、どうでした。MP的に足りていますか?」
再生治癒は2次職中盤で覚えるが、使用MPは固定では無く、INTと治癒対象の欠損の大きさに影響を受けるらしい。
「……何回も連続で使うのは難しそうです。ですが今の量なら、私一人のMPでも足りそうです」
INTの上昇スキルを多重掛けしているので、多少は効率も上がっているかな。
しばらくするとコーウェンさんが目を覚ました。体調を聞くと、変わった感じはしないという回答。
「ステータスは?」
「……おお!みろ、健康になっているぞ!」
久しく見なかった状態欄の健康表示に、歓喜の声を上げる。
「……良かった。……ほんと良かった。ワタルさん、ありがとうございます」
「リタさんが頑張った成果ですよ」
「いえ、ワタルさんが居なかったら、自力で治癒魔術を取得することなどできなかったでしょう。日々の治療を繋ぐだけで精いっぱいの生活でしたから」
一度生活が苦しくなると、脱却が難しいらしい。
貧民街にはそう言った、その日をしのぐので精一杯の人たちがいまだ多数いるだろう。
そう言う人たちを社会復帰させるのが、アース健康増進軒の役割だ。
「他にも健康に問題を抱えて、その日暮らしをしている人は多数います。そう言った人たちを癒していきましょう。差し当たって、エイダールの子供たちですね」
「ええ、そうですね」
その日は診療時間を調整して、エイダール孤児院の子供たちの治療に時間を当てた。
心疾患を患っているテッド少年のみ完治には至らなかったが、それ以外の子は喘息持ちも含めてステータス状態を健康に持って行くことが出来た。
テッド少年も症状表示が改善したので、複数回治療を繰り返すか、悪化した際に再生治癒を使うことで成人まで命を繋げる可能性が高まった。
「正常化が欲しくなりますねぇ」
「ははは、3次職は人の常識から両足はみ出しますよ」
そんな軽口をかわせるほど気は軽い。
とばりの杖や魔物の強化をフル回転させても、リタさんを3次職にするのは相当の時間がかかる。
そう言ったところは、リタさんがアインス男爵と相談して進めることに成るだろう。
無理なく進めてもらえるように、よく相談しておこう。
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