第129話 王との謁見
この世界の王は、地球の歴史上に数多いた権力者たちとは既に全く違う立場である。
職業システムが世界に広まる前から存在している関係上、政治的な指導者的な側面や、象徴的な面もある程度持ち合わせてはいるが、実際の所、そちらの役割はさほど大きくない。
この世界において、国王とはすなわち、王という職業に就いた人物である。
王は、端的に行ってしまえば村長や領主に連なる国土防衛能力を主軸とし、神に選ばれた資質を持つ者のみが付くことのできる特殊職である。
王の能力は多岐にわたるが、国内の魔物自然発生率の抑制や、魔物自身の能力の抑制、さらには各地にある転職神殿の有効化など、必要不可欠な能力ばかりである。
革って直接戦闘能力は、無くは無いが事実上の4次職相当としては極めて低く、戦いにおいては指揮官としての比重の方が大きいといったスキルとステータス。
国にとって非常に重要な人物であり、国王にもしものことが有れば、その国は即座に瓦解する危険がある。
「その様なお方が、わざわざ平民の謁見に顔を出すとか、私がどこかの間者だったらどうするんですか」
「そのための真偽官であろう?」
「この間、スキルの穴を露呈したばかりじゃないですか」
「いや、そうなのだがな。むしろそれを発覚させた貴殿だからこそ信用できるという面もある。警護も十分に付ける。直接の授受は宰相閣下が行われる。問題は無いと判断させられた」
権限無いのね。
国王は統治者、宰相は国王の業務を代行する行政トップという位置づけだ。
宰相は神の定めた職業では無いので、変わりはいくらでもいる。逆に国王は変わりが居ないので、何かあったら王太子が即位して代わりを務めないと、スキルの効果が失われて国が荒れる。
「なんでまた」
「人類初の極めし者を見てみたい、というのが理由だそうだ。王子や王女も同じことを仰られた。結果、陛下が代表してという事でねじ伏せられたそうだ」
なんとも頭の痛い話だなぁ。
「っぽどのことが無い限り、直接言葉を交わすことは無いだろう。置物とでも思ってくれ」
「……それも不敬罪に引っかかりそうですよ」
「しらん。捧剣の儀行わないそうだが、その辺りはどれくらい知識はある?」
「平民が知りうる範囲でなら、多分一通りは」
ギルドの講習で教えてくれたり、過去の英雄譚で語られて居たりするので、平民でも知ってる人は知っている。子どもなんかが詳しくて、大人は忘れているとかも多々あるけど。
逆に細かい作法などは問われる機会は少ない。うだうだいうなら国を出る、という冒険者は多いし、他の国は虎視眈々と有力な人材が自国に来てくれることを期待している。
「であれば問題ない。出来るだけ大人しく、事を荒立てず、さっさと終わらせるよう努めてくれ。その後もあるんだ」
謁見が終わった後は、ミラージュ関連の情報聴取の予定。
そのタイミングで現在の行方不明者の二人の捜査状況も教えてくれるとのことだ。
「善処します」
全くあてに成らないと思われている返事を返した数十分後には、謁見が始まった。
□クロノス王国王城・謁見の間□
「これより国王陛下の入場となる。皆、静粛に」
赤絨毯がまっすぐ伸びる謁見の間の中央で、片膝をつき頭を下げて王様の入場を待つ。
段になった広間の上には向かって左寄りに玉座が一つ置かれており、右手には宰相さんが経っている。団の上には騎士が2名。こちらは宰相の護衛だろう。
他の関係者は団の下、左右に分かれる形で並んでいる。ほとんどは騎士。その中に交じって文官が数名。そのうち一人は真偽官だろう。
絨毯の赤に染まった視界の端で影が揺れ、足音が響く。
「それではこれより、先のアインスにおける魔物軍勢襲撃事件について、功労者であるワタル・リターナーとの面談を行いたいと思います」
「うむ。みな、面を上げよ」
陛下の言葉に従って顔を上げる。
クロノス国王は年齢は30台半ばから後半くらい。人間のように見えるが、確か国王先代が半獣人で御妃様がエルフだったはずだから、人種的にはハーフエルフに成る。既に年齢は50を超えているはずだ。
宰相は典型的なハーフリンク。いや、子供にしか見えねぇ。
騎士たちはヒューマンがそれなりに居るように見えたが、実際のところ不明。いや、さすがクロノス。多様な人材が豊富だ。
「まずは功績について、領主であるトフリ・アインス子爵に変わり、ウル・アインス公使、前に出て述べよ」
「は!」
今日の男爵閣下は公使としてのお仕事だ。呼ばれた男爵が斜め前に出て、予定通りの功績を読み上げてくれる。
「凪の平原を管理するアインスが魔物の軍勢に襲撃を受けた際の戦闘に参加し、単独で敵の将の一体、オーク将軍エリュマントスを撃破。その後の戦闘においても、新兵器として封魔矢の提供、継続した防衛戦への参加と、数々の功績を上げております。また、ワタル・リターナーは人類初の踏み出す者であり、そして付与魔術師を極めし者」であります」
今回の謁見はアインスでの仕事がメインなので、王都に来る間の話とか、着た後の出来事とかはとりあえず含まれない。……ハズ!ぶっちゃけ、上の方がどう絡んでくるか分からん。
「では、ワタル・リターナーに問う。まず、オーク将軍エリュマントスを倒したことは真実か」
「はい」
俺の回答に、陛下や宰相の視線が揺れる。真偽官はそちらか。
「では、いかようにして倒した?」
「それにはまず、私のスキルについてご説明しなければなりません。冒険者に成る前に一般職であった時期があり、その時に収納空間が定着しました。現在も利用することができます」
質問の内容はあらかじめ決まっている。予定通りの回答をしていくだけだ。
「最終的に、突進してくるエリュマントスの頭部のある位置に、奪った大剣を収納空間で出現させ串刺しにしたことが決め手となりました」
「なるほど。報告と相違ない。では次に……」
そうして謁見は進んでいく。事前に質問予定は連絡をもらっているので、このやり取りは真偽官の前で確認するという名目しかない。
アインス男爵は褒章の話をしていたが、別にもらえなくても良いのだ。男爵と子爵の後ろ盾は既に使わせてもらっている。
「以上に成ります」
「うむ。素晴らしい功績であるな。アインス子爵が功労者として推すのもうなづける。……ところで、王都に来てからも色々と精力的に活動しているようだが?」
おや、これは予定になかった質問だな。
「……アインス男爵、アインス子爵の後ろ盾をいただけましたので、私に出来ることに力を注ごうかと」
「ふむ。そちらについても追々聞きたい処ではあるが……こたびの活躍、大儀であった。特に二百年来の怨敵であるオーク将軍の討伐は偉業と言えよう。王国は貴殿に騎士爵の受勲を用意している」
「もったいないお言葉、ありがたきに存じ上げます。しかし、受勲に関しては辞退させていただきたいと考えております」
既に宰相閣下には辞退の申し出は伝わっている。
一部の騎士や役人は知らなかったようで息を飲む音が聞こえるが、これは予定調和だ。
「理由を聞いても?」
「私は根無し草の冒険者であります。たとえ一代限りの準貴族の身分であっても身に余る立場と考えております」
「貴殿にはその資質があると見込んでの話であるが? それに耳にしている王都での活躍を考えれば、準男爵、あるいはその上に肩を並べる活躍も可能であると考えている」
おっと、ここで粘って来るか。
しかも騎士より上の貴族になれる可能性もあるぞと餌をまくか。そんな釣り針見え見えの罠に引っかかる俺ではありませんよ。
「……私は極めし者としての知名を得ましたが、これは運が良かっただけであり、私の実力というには過ぎた物でしょう。受勲についても、過ぎたるものと考えていることに変わりありません。しかし何より、私は冒険者であります」
せっかくなので集合知から得られる故事でも引用させてもらおう。
「かつて名をはせた偉大なる冒険者、セント・ハイソンはこう述べております。『我が前に道は無く、我が歩みが道となる。我に続く者たちのため、我は最後の一歩まで先を行こう。我に続く者たちよ。我が力尽きて朽ち果てたその屍を踏み越えて、さらなる道を作るが良い。いずれ来るその時に至るまで、何人も我の歩みを止めてくれるな』と」
これはすでに古典として扱われている有名な戯曲の一つ。
当時、まだ職業システムが浸透していなかった時代に魔物との戦いで活躍し、おそらく人類最初の3次職に到達した人物の言葉、とされて居る。
「私はこの先を行きます。それが冒険者としてのあるべき姿でしょう。極めし者となったものに何ができるのか、それを示す事こそセント・ハイソンの志を継ぐものとなるでしょう」
「極めし者のさらに先を目指すというのか」
「はい。複数の職で踏み出す者や極めし者へ至る、また、2次職や3次職の極めし者となる。その先に何があるのか分かりません。けれど、私は目指します。それがかつて、ただの無法者とののしられた冒険者の存在を、英傑に至る者へ改めた、かつての英雄への最良の手向けとなるでしょう」
謁見の間は静まり返っている。
宰相閣下は他には聞こえぬほど小さな声で『古典まで精通しているか』と、感嘆の言葉を漏らしていた。
すいませんね、それは神様にもらった集合知のおかげです。
「……あい分かった。まことに惜しい事ではあるが、受勲は取りやめ、褒章としては別の物を用意しよう。品は追って、男爵を通じて授受するものとする。……陛下、何かございますでしょうか?」
宰相閣下の視線が、これまで一言も話さなかった国王陛下に向く。
「……ワタル・リターナーよ。一つ問う」
「はい」
「……極めし者とは、いかようじゃった?」
……また難儀なことを訊いてきたぞ。
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