第101話 簡単な料理を作ってみた
「調理器具は中古品だから、一応清潔で洗浄して、それから使おう。野菜も清潔でいいかな」
カマドには炭をくべて火を起こし、先に湯を沸かす。
湯が沸くまでにまず準備するのはひき肉だ。安いが硬く、好んで消費されていないすね肉などを叩いてミンチにする。
「まな板に耐久力強化、包丁に切れ味強化を掛けて、あとはひたすら刻む」
たかが生肉。面白いように切れていく。
気を付けないとステータスの所為で、耐久力を上げたまな板が切れるか、包丁が欠けるな。付与二重にするかなぁ。
「……ぐちゃぐちゃにしか見えないけど」
「それでいいんだよ。多分、結構刻んだ方がおいしい。買った中で、一つ古いパンがあったでしょ。あれをザルでコスって、ボウルに細い粉にしてもらえる?」
タリアの様子を見ながら、2キロ分の肉を刻み終える頃には、ロバートさん達が水くみを終えて戻ってきた。
「ミスト茶です。しばらくはくつろいでいてください」
思いのほかしんどかったらしい二人に、サンワサ村で購入しておいたお茶を出してから料理を続ける。
玉ねぎを刻み、ひき肉とパン粉、卵と混ぜ合わせたらひたすらこねる。こね終えたら玉にして空気を抜き、大ダライに並べておく。握りこぶしくらいの団子が22玉分できた。
特別寝かせる必要はないはずなので、収納空間に放り込む。
「次はブイヨンとソースの準備をしよう」
セロリ、人参、玉ねぎを刻み、洗った鶏ガラと合わせて湯の張られた鍋にぶち込み、ローリエを加えて火にかける。使ったのは一番大きな鍋。あとはひたすら煮詰めればブイヨンになるはず。
それから卵を黄身と白身に分けて、ボウルに黄身と塩と酢を適量。分量は集合知で分かる範囲をちょっとアレンジ。マヨネーズはこの世界だと西大陸にしかないし、白身も合わせて使う。
白身はコンソメに使いたいのと、日本だと黄身しか使わないはずだからそのレシピで行こう。
「この油を10回に分けてこれに入れて混ぜてください。1回分入れたら、このフォークで200回ほどかき混ぜてください。全部入れて、とろみのある乳白色に成ったら完成です」
混ぜるのは休憩中の二人に任せる。
首をかしげながらもしっかり作業をしてくれるのでありがたい。二人ともまじめだよね。
「……完成系の味が想像できないわね」
「今日食べるものと、そうじゃ無い物を同時に作ってるからね」
ここまでで2時間くらいかかっている。
そこから更に野菜を同じ厚さに切って、蒸し器にセット。これで二口のかまどが埋まってしまったから、蒸しあがるまで別作業。
集合知を参照しながら進めているけど、やはりカマドでいろいろ作るのは手がかかるな。
「タリア、ブイヨンをコンソメにするのに使うから、鶏肉、セロリ、人参を刻んてもらえる。さっき肉を刻んだのと同じ感じ」
「……すごく勿体ないことしてる気がするけど、分かったわ」
材料をタリアに渡して、刻むのはお任せ。
基本は出来ているので、教えなくて良いのが楽だ。
さて、最後に……プリンでも作ろう。
城内の農家さんから購入したヤギのミルクをボウルに移して、錬金術師のスキル加熱で温める。温め具合は熱可視化と言うパッシブスキルで確認できる。
温まった所に卵を入れて、さらにハチミツを加えてひたすらフォークで混ぜる。
クロノスには泡だて器が無いのが辛いな。あとで作ろう。
裏ごしできないから……そう言えば撹拌なんてスキルがあったな。これを使えばマヨネーズも楽勝?
ちょっと水桶で試して……あ、ダメだ。ボウル程度の大きさだと中身が吹き飛ぶわ。
魔力操作でINTを調節しても、制御のレベルが足らないから余剰分がコントロールできない。あきらめよう。
加熱や冷却は調整精度とMP消費にINTが乗るのに、なんで撹拌は威力に乗るんだよ……いやまぁ、錬金窯で金属混合物を混ぜる用のスキルだからか。
料理人のスキルに使いやすいのがあるな。そっちを使えって事なのだろう。
木のカップに液を注いで……蒸すより加熱で良いか。幸いMPは十分にある。
タライに湯を貼ってカップを並べ、フライパンの蓋で閉じて加熱。80度で10分くらい?加熱し終えたら、しばらくは自然に粗熱を取る。その後冷却で冷却だな。
「……刻み終えたわ」
「こちら、これでいいのでしょうか」
タリアとロバートさんの作業も終わったようだ。
マヨネーズはいい感じ、じゃあ少し休憩を挟もうかな。
………………
…………
……
「そんなわけで、錬金術師のスキルを使って料理をしてみたわけですが」
「ワタルさん、先日まで戦士じゃなかったですか」
「……俺の職の事は良いでしょう。封魔弾を使えば、レベル何て簡単に上がるんだから」
せっかくの試食会なので水を差さないでほしい。
「アインスから頑張ってついてきたお二人をねぎらって、後、タリアの学習が今後捗る様に、“甘いもの”を用意してみました」
ミスト茶を入れなおして、4人でテーブルを囲む。
タリアの作った鳥ミンチには卵白を混ぜて蓋をしてある。ブイヨンが十分煮込まれたら、半分くらいをコンソメにする予定だ。コンソメスープはこの世界だとまだ宮廷料理なんだよね。
今は大体16時過ぎ。夕飯には早いが、お茶の時間にはちょっと遅い。まぁ、プリンはお腹に溜まらないからね。
「スキルで程よく冷やしてありますから、スプーンですくって食べてみてください」
差し出されたカップに、ロバートさんとリネックさんは訝しげにプリンをつつく。
タリアは俺が異界の知識をもとに何か作っていると知っているから、まぁおかしなものでは無いだろう、と言う雰囲気だが、真っ先に手を付ける気は無いらしい。
「あ、いらない?」
「いえ、いただきます」
二人が恐る恐るといった雰囲気で、すくったプリンを口に運ぶ。
ロバートさんは一口含み、舌の上で転がして、しばらくして驚愕に目を見開き、もう一口。あとは無くなるまで手が止まることは無かった。
あ、リネックさんは冷静に味わって食べるタイプだな。
どれ、自分も。
……うん、ぼちぼち。ハチミツだからやっぱり味がハチミツっぽい。舌触りもぼちぼち。
砂糖があればよかったんだけど、クロノスだと輸入品しか無いからすぐには手に入らないんだよなぁ。
しかし、出来はともかく久々の甘味は美味い。ああ、やっぱこれが数百円とかで買える日本に帰りたいわ。
「……ワタルは今すぐ料理人に成るべきよ」
「本末転倒だろ」
こちらも一気に食べたらしいタリアが、物欲しそうにこちらを見ながらのたまった。
ミルクが少ししか手に入らなかったから、あまりは無いんだ。あげないよ。
「無茶な行軍について来て良かったと、いま心から思いました」
「それはどうなのさ」
「いや、これは素晴らしいな。何がどうなったらこうなるのか分からんが、とにかくすばらしい」
リネックさん、語彙力が仕事していないですよ。
似たようなお菓子は上流階級ではもう作られているんだけどな。物流が発展し、魔物から食料が供給されていても、食文化的にはまだまだ未熟だ。
「甘いものっていうと、果実とかジャムとか、これははちみつだけど、ただのハチミツとは全然違うわね」
「プリンって料理。原材料は卵とミルク、それにハチミツだけだよ。アインスでは卵もミルクも安定供給では無いから手を出さなかったけど、レシピはそう難しくない」
王都では鶏卵が量産されていて、比較的安価に量手に入れる事が出来る。
これは日本でも行われているような、効率最重視の大規模鶏舎があるためだ。卵は栄養価が高く、飼育に人の食べない種子や油を搾ったカスが使えるため、積極的な開発が行われた結果である。
さらに肉は食料に、羽は衣服や寝具に、鶏糞は肥料に成るので捨てるところが無い。
ミルクはチーズやバターに加工されてしまうから、王都でも流通量が少ない。
自分で牛やヤギを飼っている農家さんは食用、飲用にしているけれど保存の問題があって流通が難しいのだ。収納空間は密閉されてない液体を保存出来ないし、冷却保存はコストが高い。
……冷却コストが高いのはエンチャントでどうにかできるか?これも検討項目だな。
「これって、ワタルの国の御菓子よね?」
「今ここでその話する?そうだけどさ」
「……決めたわ。私、何としてもワタルの国に行く」
「今ここでその決意する?しかもプリンで」
あなた、自分の家族や友人を助けるという目標はどうした。
いや、日本についていくという話なら終わった後だろうけどさ。知らんよ?ついて来れるのかなんて。
「まぁ、お気に召してもらえましたかね」
ちょっと反応がオーバー過ぎてあれだが、どうやら気に入ってくれたらしい。
「さっき作っていた別の料理は夕飯に出すつもりですが、食べていきますか?」
そう聞くと二人は顔を見合わせる。そしてタリアの方を向く。
タリアは『私の分が十分あるなら好きにしていいわ』とのたまった。なんだろうね。
「ご相伴にあずからせていただいても?」
「俺はそのつもりでしたので。じゃあ、夕飯前にもう一仕事してからですね」
夕飯にはまだ早いし、明日の錬金の準備もしてしまおう。
ワタルは家事の基本知識は在りますが、集合知からレシピを得ているものもあります。
今作っているものだと、ハンバーグとプリンは地球の知識ベース、ブイヨン(コンソメ)は集合知から、マヨネーズは半々に成ります。
前から少し話に出ていたかもしれませんが、収納空間では密閉しないと液体や気体を収納できません。
密閉自体はコルク栓のように逆さにしたら漏れない、程度でよいのでよいのですが、ミルクは保存性が悪く密閉容器に入れて運ぶほどの価値を見いだせていない為、流通量が少ないです。
(密閉容器があれば主に酒が詰められます)
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