キス*チュードク2 7-2
ホワイトデー当日。
3月12日
『どこ行くんですか? 』
『 内緒 』
と連れてこられた場所は遊園地。
「遊園地なんて久しぶりです」
「そっか、それはちょうど良かった。
いっぱい楽しもうね」
「はい! 」
本当に久しぶりだ。
いつ以来だろうか。
もう覚えていないほど来ていなかった。
ジェットコースターに乗って叫んでいる人たちやメリーゴーランドに乗っている小さな子供たちがいる。
これはいっぱい楽しまなければもったいない。
「最初はなにに乗ります? 」
「なんでもいいよ」
なんでもいいと言われれば困るけど自由に選べるという喜びもうかんでくる。
なんか子供の頃に戻ったようだ。
いまも子供のうちにはいると思うけどいままでそんなものから遠く離れていた。
休みの日や遊ぶときといったら合コンとか、合コンのついでにカラオケとかそんなんばっかりだった。
だからこんなウキウキとした気持ちは久しぶりすぎて抑えきれない。
「あ、あれ乗りましょ! 」
と指差したのはコーヒーカップ。
ウキウキしすぎてどうかしてしまっているのかもしれない。
「え…あれ? 」
葵先輩を引かせてしまったかも。
そんなの気にせずにレッツゴー。
葵先輩の手を引いてコーヒーカップへと向かった。
コーヒーカップが終わり降りようとしたがそれは子供たちによって止められてしまった。
コーヒーカップの周りにはたくさんの子供たちがいて、あたしたちが乗ったのを珍しく思ったのかもしれない。
「お兄ちゃんたちコイビト? 」
一人の女の子がかわいい声で言ってきた。
「ちがうよ。
あたしたちは… 」
「コイビトだよ」
…え
子供にウソついちゃいけないよ
横から話にはいってきた葵先輩を見ると柔らかく笑っていた。
「えーショック~。
ちがうんだったらわたしのカレシになってもらおうと思ってたのに」
大げさに残念がったと思ったらこんな小さくてかわいい子供から想定外な言葉がでてきた。
なんて返せばいいのか…
「そっか、それは残念だね。
きっと俺よりもいい人見つかるよ」
こんな返しをするなんて…葵先輩がカッコよく見えてしまった。
容姿がかっこいいのは知ってるけど笑顔で子供の目線と同じようにするために膝を曲げて話す姿はなんというか…
やばい惚れそう。
絶対他の女子だったらもうやられてる。
「ふんっ、残念だな。
ま、お前にはカレシなんて一生
できねーよ」
みつからないよ、と小さな女の子が葵先輩に言葉を返すと後ろから今度は男の子の声がした。
なんという口調の悪い子供なのだろうか
まるで恭弥みたいだと思い出したくもない人を思い出してしまった。
「なによー! 」
「なんだよ? 」
…これがこんな小さくてかわいい子供たちの会話なんだろうか。
一瞬疑ってしまったぞ。
本当に子供なんだろうかって。
「葵先輩。
子供にウソついちゃいけませんよ」
子供たちからやっと解放されて言いたいことが言えた。
「なにが? 」
葵先輩はわかっていないのか。
とぼけた顔を向けてきた。
「だからあたしたちがコイビトだって」
「ああ、それね。
別にいいでしょ? 今日はそんなもののようなものだし」
理解しがたい。
「いいとかそういう問題じゃ…」
「それより次はなに乗る? 」
いいように丸くおさまられてメリーゴーランドに乗ることになった。
簡単にまとめて馬と馬車のようなものがある。
あたしは馬に乗った。
「葵先輩。
他の席空いてますよ? 」
空いているというのにあたしの後ろに乗ってきた。
その行動に疑問に思う。
席がいっぱいいっぱいならわかるけどそうじゃないのにわざわざ後ろに乗ってくるなんて。
「別にいいじゃん」
覆いかぶさるように体重をかけられるし。
「またそれですか…」
別にいい、その一言で簡単にまとめられてしまっている気がする。
そんな会話をしているうちにメリーゴーランドは回り始めてこのままの状態でいるしかなくなった。
知らないうちにお腹にまわっている手。
両手でぎゅっと抱きしめられるようにされながら葵先輩の顔はあたしの肩にのせている。
なんかこれって……
馬の頭を一点に見つめる。
「本当のコイビト同士みたい? 」
「…!! 」
図星を言われて体をビクッとびつかせてしまった。
これじゃあ肯定しているようなもんじゃん…。
「図星か…。
嬉しいな。俺もおんなじこと考えてたから」
耳元でつぶやかれると体が熱くなっていった。
こうなってしまうのは健全になってしまってこういうことに慣れなくなってしまったから…?
「でっ、でも
今日だけですからね」
恥ずかしさを隠すための強がり。
葵先輩の顔を見ずただ真っ直ぐにまわっている景色を見る。
「…うん。
そうだね 」
すると、ぎゅっと両手に力がこもり葵先輩はあたしの背中におでこを押しつけた。
なんなんだろうか
この切ないような空気は
メリーゴーランドが終えると絶叫マシンのジェットコースターに向かい、緊張しながらも乗ってやっぱり絶叫した。
「少し疲れましたね 」
テーブルのあるイスに座ると飲み物を買ってきたものを置く。
「けっこうまわったね」
そう、絶叫マシンを乗ったあとも違うところにいき、また絶叫マシンを乗ってへとへとになっていた。
だからいま飲んでいる炭酸入りのメロンソーダが体中にいきわたる。
「そうですね。
次はなにに乗りましょうか」
もう楽しくてあっという間に時間がすぎていった。
だけどまだ楽しめる時間はある。
「じゃあ、今度は俺が選んでいい? 」
「もちろん。いいですよ」
ずっとあたしが乗るものを選んでいた。
葵先輩が選ばせてくれていたから。
「そろそろ行こっか」
ちょっとした休憩をとりイスから立ち上る。
あたしは断る理由もなく、どこに行くのかも伝えられないまま葵先輩についていったのだった。
「…本気、ですか? 」
「本気って? 」
これは乗り物ではなくて鑑賞するもの……ん~…違うかな、入るものかな。
「まじで入ろうとしているんですか? 」
「うん。まじで入ろうとしてる」
どうして葵先輩はこんなところにわざわざ入りたいと思えるんだろう。
勝手に足が後ずさりする。
どうせならこのまま逃げれれば…
そこでガシッと手首を掴まれた。
「逃げるなんてダメだよ?
俺が選んでいいって咲夜ちゃん、言ったよね? 」
…ああ、言わなければ良かった。
今更ながらに後悔。
あたしの前に立ちはだかるもの
それはお化け屋敷。
お化け屋敷にいい思い出なんてない。
学校の文化祭の日、生徒の作ったお化け屋敷でも怖かったんだ
本場はもっと怖いはず…。
「じゃ、行くよ」
掴まれたままの手を引かれて中に入っていく。
どうしてこうも葵先輩は楽しそうに笑っていられるのか
どうしてこんなものの中へと自〈みずか〉ら入ろうとするのか
絶望への道に歩んで行った。
〈 きゃあー 〉
「 …っ!! 」
甲高い女性の声がしただけでもビクッと
怯えてしまう。
中に入って離されそうになった手は
逆にあたしから掴んで離さなかった。
「けっこうよくできてるね。
ほら、あれとか」
よくもそんな平常心でしかも楽しそうにいられるのか。
「ゆ、指はさしちゃだめだよ」
「さしてないよ」
クスッと頭上から笑い声がした。
だってずっと下向いてるから仕方ないもん。周りの状況なんてうかがえない。
それに、ほら、とか言われたら指さしてるとか思っちゃうもん。
葵先輩の手を掴んで下を向いていればなにも見ることなく出口に出られる。
このまま下を向いて…
下を向いて…
下を…
し…
「 い、い、いやあー 」
この恐怖から逃れる場所がなくてパニクって隣にいる葵先輩にぎゅっと、ガシッと飛びつくようにしがみついた。
「えっ? どうしたの? 」
驚いたような声がすぐ頭上から聞こえる。
どうしたもこうしたもなにもない。
だっ…だって下を向いていたのに
「し、下…」
「 下?
ああ、これは怖いね 」
髪長の女性の顔があたしをじっと見ていたんだ。
こんなの怖いもの意外のなにものでもないよ。
こんなお化け屋敷なんて初めてだ。
そんなにお化け屋敷に入ったことがあるわけじゃないけど少なくともあたしの知っている限りこんなものなんかなかった。
もう…やだ
怖さを押し付けるようにぎゅーっと葵先輩を抱きしめる。
たぶん力をいれすぎて少し痛いかもしれない。
こんな暗闇の中、まわりに人を脅かそうとするものしかいない中、精神を安定させる方法なんてこれしかないんだ。
早く出たい…
だけど足が前に進まない
「ん~どうしようかな…
このままじゃ前に進めないし」
困っているような葵先輩の声がする。
ごめんなさい葵先輩。
「咲夜ちゃん。
俺に抱きついたままでいいから歩ける?」
その言葉にコクコクっと葵先輩の胸元で頷いた。
ぎゅーっと抱きついたまま出口へとつき
やっと解放された気分になった。
「はあ…もうお化け屋敷には一生入らないと誓った」
「はは、大げさだよ」
「大げさじゃありませんよ!
はあ…」
近くにあるイスまで来ると力なく座り心から思ったことを言ったのに笑われた。
もう絶叫マシンに乗ったときよりも疲れた。
遊園地は乗り物に乗ってこその遊園地なのに、わざわざお化け屋敷なんて…
「ごめんね。
つい、前の文化祭のときのことを思い出してまた咲夜ちゃんが怯えている姿を見たいなあ…なんて思っちゃってさ」
神妙な感じで謝られたのに最終的には笑顔を向けられた。
「思っちゃってさじゃありません。
こっちはもう生と死の間でしたよ」
あの髪長女にじっと見られたときはほんとあの世につれていかれるんじゃないかって思った。
「それは…大げさだね」
「まあ、本気で思ってしまっていることなんですけど…大げさ、ですね」
笑わせようとしたつもりじゃないのに笑われてしまったが
遠くを見て言ったことを思い返すと確かに大げさだなと気づき、自分のおかしさに笑みがこぼれた。
笑い合いながらこの話は幕を閉じるのか。
「ま、怯えているところも見たかったけど、本当はああやって頼られたくて入ったのかもしれない」
「頼る? 」
頼る…か。
確かに葵先輩に頼りぱっなしだったような気がする。
葵先輩がいなかったらあの場所から抜け出せなかったと思う。
「知ってる?
男子たちってそういうことが目的でこういう怖いところにわざわざ入ったりするんだよ」
そうだったのかと納得。
だから葵先輩はわざわざこんなところに入ったのか。
しかもあんな楽しそうに。
一つ勉強になった。
あたりは暗くなり早くも夜。
6時まで営業しているこの遊園地は
終わり間近ということを伝える
アナウンスでの
お知らせが響いてきた。
「もう終わりか…」
ふと葵先輩に言うでもなくつぶやいた。
寂しいような名残惜しいような…
「じゃあ最後はアレって決まってるよね」
「アレ? 」
なんのことかわからない。
遊園地ツウじゃないから。
決まっていると言われて笑みを向けられるけど話についていけない。
葵先輩は遊園地ツウなのかなあと思っていると
「よし、行こっか」
さりげなく手を握られて葵先輩に引っ張られるように歩いた。
「行くって、どこに? 」
「ついたらわかるよ」
歩くペースをゆっくりにして合わせてくれたけど、教えてはくれなかった。
「わあ…きれい」
連れてこられたところは、観覧車乗り場だった。
歩いてくる途中も目に映ったが、目の前で見ると、観覧車についているライトが光り輝いて綺麗すぎる。
「これ、乗ろう? 」
「はい、乗っちゃいましょう」
観覧車を見てテンションを高くしていたあたしは、聞いてくる葵先輩に元気よく答えた。
ふふっ…と笑う葵先輩の顔が映る。
もしかして子供みたいと思われたのかな
でも、いままでテンションが高すぎるあたしを見てきた葵先輩は、もう慣れてしまっているだろう。
「たか…」
観覧車から下を見ると、やはり高い。
「 … 」
なんか、気まずいような…。
二人きりの空間にはどうも落ち着かない。
さっきまでは周りにたくさんの人がいたし、こんな密封状態じゃなかったから全然考えていなかったけど。
それに葵先輩にじっと見られている気がするんだが、これは気のせいなんだろうか。
「あの、葵先輩…? 」
「なに? 」
……つい名前を呼んでみたが、どんな話題をだせばいいんだろう。
「今日は、ありがとうございました」
「え? 」
ふと、言わなければいけないなと思い、数々の乗り物に乗ったこと、葵先輩といろんなところに回ったことを思い出しながら笑顔で言った。
するとなぜか、葵先輩がとぼけたような声をだした。
「ものすごくおもしろかったです!
もう、ほんと何年ぶりにこんな体験したんだろうって」
大げさに聞こえるかな?
でもこれがほんとうの気持ちだから。
悪夢のようなゲームをきっかけに、バレンタインのチョコをあげて、そのおかげでこの一日があるんだ。
いまは悪夢のゲームに感謝だ。
「そんなに楽しんでもらえた? 」
「はい! もちろんです」
「一緒に来たのが俺で良かった? 」
その言葉に、ハテナを浮かべて首を傾げる。
葵先輩はなぜそんなことを言うんだろう
もしかして、自分以外の人と来たほうが良かったんじゃないかと思っているのかな
「葵先輩…」
「それ以上は言わないで。
俺なんかのせいでバレンタインデーとホワイトデー、無駄にしちゃってゴメンね」
どうしてそんなことを言うの?
どうして謝るの?
さっきまで楽しそうにしていたのに。
そんな、聞いているほうも心が痛くなること言われると…悲しいよ。
笑って言う葵先輩は無理をしているの?
無駄なんかじゃないよ。
無駄なんかじゃ……
「咲夜ちゃん…!? 」
「葵先輩…あたし、葵先輩とだからこんなに楽しめたんですよ」
だから、悲しいこと言わないで。
「葵先輩に誘ってもらえて
嬉しいです」
今日、葵先輩とすごした一日は
無駄なんかじゃないから。
勝手に誤解しないで。
「ほんとうに、ありがとうございます」
あたしと一緒にいたことに
謝るなんてことしないで。
そんな葵先輩。
らしくないよ…。
葵先輩のことだから、たくさんの女の人と遊んでいるかもしれない。
屋上でも、キスをしているところを見てしまったこともある。
女の人が好きな葵先輩は、女の扱いに慣れているはずなのに…
あたしなんかのことで悩まないでよ。
葵先輩は年下なんて眼中にないんでしょ?
だったらいいじゃん。
気なんて使わないでよ。
あたし、意外に気を使われるのは好きじゃないんだ。
「ありがとう…」
葵先輩の落ち着いた声が
小さく耳に届く。
「なにもしてませんよ」
あたしはただ思ったことを言っただけ
「やってるじゃん」
「やってませんって」
なにを、やっているというのか
「ん~…もしかして気づいてない? 」
「…? なににですか? 」
「君が俺を抱きしめていることに」
「冗談を……」
って、は!!?
ほんとうに抱きしめていた。
葵先輩の首に腕を回して、自分の胸元に顔を押し付けていて……
なんてことをしていたんだ
てか、こんなことしていて気づかないなんておかしいだろおー??
恥ずかしさで頭の中だけで叫ぶ。
ニコッと微笑まれれば、顔が熱くなってなっていくのがわかる。
やっぱり、葵先輩は慣れている。
「ご、ごめんなさい! 」
離れなければと、焦って後ろに下がろうとする。
けど、それは止められた。
腕を掴まれたことによって。
「あ、あの…」
「せっかくだから、隣に座ってよ」
「…わかりました」
断れる雰囲気でもなく、素直に葵先輩の隣に腰をおろした。
隣なんて、なんか緊張が増してしまう。
観覧車は外を見るものなのに、全然見ないで意味のないところをじっと見ているあたしは、それほど緊張しているということだ。
「ー! 」
イスにおいておいた手が、たぶん葵先輩の手に重ねられた。
体がはねてしまったのがバレていなければいいが……。
重ねられた手が、指の間に自分の指をいれるようにされる。
それだけでも心臓の音がうるさくなる。
指先から伝わる熱が、体まで熱くさせる。
手をつなぐ行為と同じはずなのに、それとは違う感覚。
「緊張してる? 」
ビクッと、また反応してしまった。
耳元で言われるなんて反則だ。
さっきよりも緊張しちゃったじゃん…。
その途端、いまの状況とふさわしくない
クスッとした笑い声が聞こえた。
「…なに笑ってるんですか? 」
「別に…ただ、カワイイなって」
不審な目でじっと見ると、意味ありげな柔らかい笑みをされた。
その笑みとは逆に、あたしは嫌な気持ちになる。
これで…
最後に乗ったのは観覧車となった。
「なんだろ、あれ」
出口に向かっているところで、ちょっとした人だかりができているところを発見。
近くに行ってみると、それは誕生日ケーキのような、丸いケーキが売られているところ。
そこにはカップルと思われるような男女の二人組がそれぞれいて。
「ケーキ、いいね。
どこかで探そうとしてたんだけど
ここですませちゃおっか」
…探そうとしていたんだ。
でも、ケーキなんてどこで食べるの?
「子供扱いしないでくださーい」
なんでこんな反応をしてしまうのかな。
今更になって、なんで葵先輩があたしに構うのか不思議に思ってきた。
年下は興味ないとか言われながら、キスすることで構われてきたけど
いまはなんの取り柄もないのになあ。
ケーキも選び終え、ついでにアルコールなしのシャンパンを買ったのは良いけど…
「あの、ケーキとか買ったのは良いんですけど…どこで食べるんですか? 」
外はもう暗い。
かといって、外が明るければどうってことはないけど。
一つの疑問だ。
けっこう大きなケーキをどちらか二人で食べたとしても、食べきれないと思うし。
葵先輩は、うーん…と迷っているような仕草をして、歩みを止めてこちらを向いた。
「俺の家、行かない? 」
…え
「してないよ。
子供扱いなんて、してない」
その言葉にドキッとする。
「それって…」
どういうことなのかと聞こうとしたとき、いつの間にか下にまで来ていて、扉が開いた。
「もう終わっちゃったね。
出よっか」
葵先輩があたしの隣の席から立つ。
「咲夜ちゃん? 」
葵先輩が出口のところで振り返る。
「あ、はい」
違うことを考えていてぼけっとしていたあたしは、焦って立ち上がった。
それって、まずいんじゃ…。
家なんて、まずいよね…?
「大丈夫。 なにもしないから」
なにも答えないあたしを察知したのか、大丈夫なんて言われたけど…
どうすれば…。
考えている間にも、沈黙は続いている。
これは絶対答えなきゃいけないところなんだけど、頭の整理がつかない。
大丈夫と言われてるけど、外は暗いから
なんか不安というか…なんというか。
葵先輩、嬉しそうにケーキ選んでたし…
「わかり…ました」
ー*ー
すごく緊張しながら入った家の中は
綺麗に片付けられている部屋だった。
「そこに座ってて、すぐに暖めて
包丁持ってくるから」
葵先輩はおそらくキッチンのほうに向かい、あたしは素直に座るとケーキを箱からだした。
葵先輩が持ってきた包丁で切り分けられると、皿の上にケーキをのせられ渡された。
それを一口パクリ。
「ん、これおいしいですよ」
ほんわり口の中に広がるチョコの味。
そう、一緒に選んだのはチョコケーキ。
バレンタインにチョコを渡したけど、葵先輩はこれを良さそうに見ていたから、これにした。
「ほんとだ。おいしい」
柔らかい笑みに、少しだけ緊張がほぐれる。
「シャンパンでも開けちゃおっか」
「そうですね」
カパンっとあければコップに注ぎ込まれ、それを二人して同時に飲む。
…ん?
なんか味、おかしいような…
舌がヒリヒリするような変な感覚に違和感を持つと、シャンパンのビンをよく見てみた。
「…!? 葵先輩、これ
アルコールはいってますよ! 」
大声をあげると、葵先輩がコップをガタンっと力強くテーブルに置いた。
「俺…やばいかも…」
「へ? どうしたんですか? 」
顔をさげたままの葵先輩の表情はうかがえない。
「葵先輩…大丈夫ですか? 」
体調が悪いのか、様子がおかしい葵先輩に近づいてみた。
「マジ…無理」
「どうしたんで…」
覗くように見ようとしたところで視界がぐるっとなり、上には葵先輩がいて
押し倒された形となった。
「…葵先輩? 」
急のことに頭がまわらない。
「俺、アルコールだめなんだ…。
どうしよう、俺、なんかおかしい」
頭を支えるようにして、片手で抑える。
苦しそうな葵先輩を見る限り、冗談なんかじゃないことはわかる。
だからこそ、これやばい。
「少し落ち着いてください。
…まずは、あたしの上から退くとか」
「そうだね…」
素直に、ゆっくりと退いてくれた。
一難去った、といった感じだ。
でもこれからどうすれば…。
「俺、もう無理…。
意識手放して、いい? 」
無意識でやってることなのか、今度は後ろからぎゅっと抱きしめてきた。
「それはだめですよ。
ちゃんと持っていてください」
意識手放すってことは、理性を無くすってことでしょ?
そんなのは絶対にさせたくない。
させたらもうなにもすることができない。
「だって…」
こんなことになったのはあの時、いけなかったんだ。
アルコールなしのシャンパンの隣には、アルコールがはいっているやつがあって、ちゃんと確かめなかったのが悪い。
今更になって、すごく後悔。
まさか葵先輩が、こんなにもアルコールが苦手なんて思ってもみなかった。
「意識手放したいなら、あたしから離れてからにしてください」
そうしたら葵先輩の家からすぐに出て、自分の家に戻る。
あたしにとっても、葵先輩にとってもいい案だと思う。
「やだ…
このままがいい」
「そんな子供っぽいこと
言わないでください」
どうして離れたくないのかはわからないけど、まるで子供にダダをこねられたいるようだ。
「俺、子供じゃないもん…」
「だったら聞き分け良く、この腕を離して、あたしから距離をおいてください」
「やだ…」
なんでこうも聞き分けの悪い人なのかと、頭をひねる。
「ほんとに子供ですね…」
こんな会話をしているうちにも、葵先輩の腕には力が込められて、更に密着してくる。
「子供なのは、どっち?
咲夜ちゃん、俺より年下のくせに」
こんな醜態のさらした葵先輩に言われても、全然気にしないはずなのに、なぜかイラっとする。
「はいはい、そうですね。
確か葵先輩は、年下なんか眼中にないんですよね」
そんな反抗的なことを言うと、少し静かになった。
「そうじゃなくて…」
小さくつぶやかれた言葉。
そうじゃなければなんだって言うのか。
「もう、いい加減にしてください。
今日は楽しかった思い出だけにしましょうよ」
遊園地…すごく楽しかった。
そんな思い出を汚したくない。
「ねえ…俺の話、聞いてよ…」
「聞いてますよ」
ちゃんと聞いてるっていうのに、納得いかないの?
なんですか? …とあたしの肩にのせている葵先輩の顔を見れば、ものすごく悲しそうな表情をしていた。
「家につれてきたの、咲夜ちゃんが初めて…」
「そうですか」
絶対、うそに決まっていることを
ぼん読みで答える。
「こんな気持ちで、抱きしめているのも初めて…」
「 … 」
そんな気持ちの違いに、どうってことはないと思う。
切なそうに言う葵先輩の言葉だけど、信じられない。
「どんな気持ちか、聞かないの…? 」
「なんとなくわかってますから、説明は必要ないです 」
どうせ、なんで年下なんかに構っちゃってんだろう…ぐらいにしか思ってないさ。
まえに言われて、印象的な言葉だったから覚えている。
「絶対、わかってないよ」
そんなに自信もって言われては、気になってしまう。
「じゃあ、どんな気持ちですか? 」
「…教えない」
「はい!? 」
葵先輩が、聞かないの?…なんて言うから、教えてくる前提なのかと思ってたのに。
なんか、バカみたい…。
「そのかわりに、一つだけ
教えてあげる」
今度は一体、なにを言われるんだろうか
また、教えてあげないなんて言ってくるんじゃないか。
「なんですか? 」
不信感を持ちながらも、聞いてみることにした。
「俺があのゲームを始めた
きっかけ」
「 … 」
それは、すごく知りたい。
あのとき、ゲームをやると急に言われて、頭の整理がつかないぐらい早く進められてしまっていた。
葵先輩がなにを考えていたのか知りたかったし、葵先輩の口から聞きたかった。
「あのときはただ、咲夜ちゃんと
キスしたかったってこともあるけど
少し期待してた」
「期待? 」
葵先輩の素直すぎる言葉に、事実を全て知りたくなる。
「これがきっかけで、まえの咲夜ちゃんに戻ってくれるんじゃないかって」
まえの…それって、キスなんて普通にやってた軽い女ってことか。
「そう、ですか…
でもそれはないですよ」
もう、軽い女に戻るつもりはない。
ただ、好きになった人とそういうことをしたい。
ハルとも約束したから。
「だよね。うん、わかってた
心の中でわかってたはずなのに
自分でも驚くほどに
勝手に動いちゃってさ…」
「 … 」
それは、自制心がきかなかったってこと?
悲しげに話す葵先輩の言葉は、痛いほど心に伝わる。
そんなに考えこんでいたことなんだ。
「ごめんね」
「大丈夫ですよ。
そういうこと、よくあります 」
実は、そんな体験なんてないけど
素直に誤ってくれた葵先輩を気遣いたくなってしまった。
嘘も方便、だよね。
「そっか…ありがとう」
ほら、優しい声になった。
どこか、許してくれたことにほっとしたような、そんな感じだ。
「そういえば、もう、大丈夫ですか? 」
さっきまでは、もっとつらそうに言葉をだしていたけど今はそうでもない。
「ん~…ベッドに押し倒したいってことで頭の中いっぱい」
なんか…気遣った必要なかったかも。
ここまで素直すぎる発言は、さすがにもう受け止めきれないよ。
「それは、やめてくださいね。
いい加減、そろそろ目を覚ましてください」
「そうしようとしてるんだけど…」
こんなにアルコールが苦手なんて…。
もうそろそろ、ぬけてもいい頃なんだけどなあ。
お酒を飲んだことないから、アルコールがぬける基準とかわからないけど。
葵先輩が誤ってシャンパンを飲んだ量は、一口だけなのに。
こんなに理性がきかないものなのかなあ
「アルコールだけじゃなくて、咲夜ちゃんにも酔ってる…的な? 」
「………。
意味わかりません」
人で酔えるって、ここまでくると
どんだけ葵先輩の体は弱いのって話。
ほんとにアルコールで頭がやられているようだ。
「ベッド、いこう? 」
「勝手に、一人で行ってくださーい。
あたしはケーキを食べたいです」
一口食べられて皿に悲しくのっているチョコケーキ。
甘いものが好きなあたしは、けっこう食べるのを楽しみにしていた。
…葵先輩の家じゃなければ
半分は食べられたかも。
「俺は、咲夜ちゃんを食べたい」
「冗談はやめてください」
いままでずっと平常心を保ってきたけど、さすがに心臓に悪い。
「冗談じゃないよ。
なんなら咲夜ちゃんに食べられてもいい」
ほんとにどうかしてしまっているんじゃないか?
「あたしは葵先輩じゃなくて、ケーキを食べたいんです。
葵先輩も、あたしを食べたいならまずは
ケーキを食べてください」
…ん? あれ?
なんか文脈、おかしかった?
一気に言葉を発して、自分の言ったことがよくわからなくなった。
「まずは…か。
だったらケーキ食べよう」
なぜか上機嫌にテーブルの上に置いてあるケーキに向かった。
「 … 」
なぜこんなに嬉しそうなのかわからない
すぐにあたしを抱きしめていた腕は離されたし…
なんかあたし、まずいこと
言っちゃった?
フォークを使っておいしそうに食べる葵先輩は、まるで子供みたいだ。
そんな眺めのいいものを、ぼけーっと見ていたら急にこちらに振り返った。
「ねえ、食べさせてよ」
なにを言うかと思ったらそれか。
自分では子供じゃないとか言ってたけど、いまの葵先輩はほんと子供だよ。
仕方なく葵先輩の持っているフォークを受け取ると、チョコケーキを口にいれてあげた。
こんなことしたのは初めてな感じがする。
食べた感想を言って、おいしそうに笑う葵先輩をかわいいと思ったのも初めて。
「今度は俺がやってあげるよ」
そう言ってフォークをあたしから取ると、ケーキをさし、目の前に持ってきた。
「 … 」
「はい、あーん」
「 … 」
これは、口を開けなければいけない状況。
バレンタインのときもこんなことがあって、拒んだけど結局は葵先輩の思い通りになってたし。
今回もなにかしらでそうなると思う。
「おいしい? 」
「おいしいです」
口をあけるとすぐにはいったチョコケーキの味は、さっき食べたからわかっていたんだけどなあ。
いま、あたしの口の中にはいったので最後だったみたいだ。
葵先輩が皿にフォークを置いた。
「ごちそうさまでした。
てことで、咲夜ちゃんを食べさせて」
「は!? …えっ 」
いきなり飛びついてきた葵先輩のせいで、後ろにバタッとまた倒れてしまった。
「さっき言ったでしょ?
ケーキを食べたら咲夜ちゃんを食べていいって」
「そんなこと言ってな……
言ってた? 」
さっきのことは自分でもなに言ったかわかっていなかったから、たぶん言っていたのかもしれないと頭の片隅で思った。
「言ってた」
「うそ…」
「ほんと」
どうすればいいんだろうか。
無意識だとしても葵先輩にはそんなこと関係ないと言われるだろうし
どうしようか。
「うそだった、ってことにします」
「そんなのダメだよ」
葵先輩の手が頬に触れる。
「…っ」
「一回言ったことは
取り消しきかないよ」
葵先輩のうそつき。
なにもしないって言ったくせに。
アルコールはいってて平常じゃないのはわかるけど、あたしも同じぐらいはいってるから。
なのに葵先輩、弱すぎ。
「こんなこと、だめです…」
「…? こんなとこじゃ、イヤだ? 」
「そんなこと言ってな…」
「じゃあ、場所変えよっか」
葵先輩は動くと、倒れたままのあたしを持ち上げた。
…いわゆる、お姫様だっこ。
「あ、あの…」
葵先輩の腕の中で困っていると、
ゆっくりおろしてくれた。
おろしてくれたところはベッドで…
すぐに押し倒された形となった。
「いまは俺の中。
俺がどうするかで
咲夜ちゃんの反応が変わる」
じっと見つめる瞳。
吸い込まれそうになる。
でも、どことなく寂しげで。
「…もう、家に帰ります」
そんなことは無理だろうとわかっているけど、ちょっとした強がり。
葵先輩の言動に気にしていないという
見せかけ。
「ダメ。
今日は一緒にいてもらう」
どうしてこうも無理なことを押し付けてくるんだろう。
「嫌です。 それに
葵先輩が決めることじゃないです」
「じゃあ、咲夜ちゃんに決めさせよっか」
あたしに決めさせる、って
もう答えはでてるんだけどな。
答えは、家に帰るってこと。
おもしろいことが浮かびあがったような顔を、もっと近づけてくる。
「もし、このまま帰っちゃうって言うならキスしちゃうよ?
どうせなら
それ以上のこともしちゃおうかな」
楽しそうに言う葵先輩は、どうやら本当にあたしを帰らせないつもりだ。
家に帰っても、愛猫のソラはいないんだよね。
カイに取られて、いまはカイの家。
でも、帰らないって言ったら本当になにもされないのかちょっと疑問。
「帰らなかったら、葵先輩の家で
なにしてればいいんですか? 」
一緒にいてもらう、なんて言われていただけだけど
なんか裏があったらやだし。
「俺と寝て」
これは…どういう意味だろう。
単純な話なのか。
「それって、
ただ寝るってだけですよね? 」
いちよう確認。
もし、肯定して あとで予想していたことと違っていたら、遅い話になってしまう。
「うん、そうだよ。
…違うこともしていいの? 」
「だめです」
まあ、本当に寝るだけのことだから
大丈夫だよね。
葵先輩が寝たら帰ればいいんだし。
いまだけカイに感謝だな。
だって家にソラがいたら、意地でも帰らなきゃいけなくなってたからね。
「俺、もうほんと限界…」
いきなり、バタッとあたしの上に落ちてきた。
少し、心臓がはねる。
だって、ちょうど耳元で話すんだもん。
「どうしたんですか? 」
「睡魔……ずっと眠気誘ってた…」
その声は小さくて、いまにも寝てしまいそうな感じだ。
それはいいことなんだけど
都合がいいんだけど
あたしの上に乗られていたら
どかすのにも大変だし、そのときに起こしてしまうかもしれない。
「葵先輩、寝るならちゃんと
布団の中で寝てください」
「うん…そうだね」
素直にあたしの上から退くと、布団の中にはいった。
ふー…これで一安心。
あとは葵先輩が寝るのを待つだけ。
いまの葵先輩は、すぐに寝てしまいそうだから、あと少しか。
なんて思ったのもつかの間…。
「咲夜ちゃんもはやく、入ってよ」
「 … 」
「一緒に寝るって、言ったでしょ? 」
その言葉には勝てない。
約束してしまったから。
それは現実になってしまうんだなあ
と思いながらも恐る恐る、葵先輩の隣に横になった。
「葵先輩、苦しいです」
ぎゅーっと抱きしめられるようにしている、いま現状。
「いいじゃん、このくらい」
ドキドキと鳴り響く、このうるさい鼓動をどう止めればいいのか。
「耳元で喋らないでください」
わざと、ふーと息を吹きかけられ
そんなことでも鼓動が早くなった。
やめてください、と言えば
いま、おかれては一番いけないところ。
「心臓の音、正常じゃないね」
ちょうど、心臓の上あたりに耳をあてるようにしておかれた。
「そ、それは葵先輩がいけないんです」
焦っていると知られて笑われたりしないか、言ってから後悔。
もっと鼓動が大きくなるし…。
「そっか…。
俺が咲夜ちゃんをこうさせてるのか」
意外にも、笑われずにつぶやくように言われ、なんて返せばいいかわからなくなる。
「葵先輩…? 」
心臓あたりにおかれていた頭は落ちるようにさがり、また同じ態勢となった。
どうやら寝てしまったようだ。
もう帰れるのに、葵先輩の腕をほどいてこの家から出ればいいのに。
なぜかそうしない自分がいる。
なんでなんだろうなあ、と天井をじっと見つめている。
「葵、ただいま……って
あれ? 」
そこで聞こえてきたのは、全然予想もしていなかった来客。
というより、ここの家の人?
「 … 」
「 … 」
目をあわせながら沈黙になる。
あたしは葵先輩と一緒にベッドの中にいるから、なにか誤解されているかもしれない。
だけど相手のこともわからないから、なんとも説明しずらい。
誰?
「きみ、だれ? 」
あたしが聞きたいことなのに、最初に聞かれてしまった。
「 … 」
なぜか黙ってしまう。
あなたこそ誰ですかって話。
「もしかして葵の彼女? 」
「いえいえ、違います」
その言葉には、唯一動かせる首で
ぶんぶん横にふった。
そして、葵先輩の腕から抜けて
自然的にその人と話すことになった。
「僕は、葵の兄の奏」
あおい、と、かなで
どっちも三文字…。
じゃなくて、
お兄さんいたんだ…。
「あたしは咲夜です。朝比奈咲夜。
葵先輩の後輩というか…その
同じ生徒会の者です」
「そんなに硬くならなくても、いいよ」
クスッと笑った…。
すごく優しそうな人。
髪の毛は葵先輩と違って、茶髪でふわふわしてるっていうか…。
「あ…もうこんな時間…。
すみません
帰らせてもらっていいですか? 」
時計が目にはいると
知らずに経っていた時間。
外はもう暗いだろう。
「僕が送っていくよ」
「え…でも」
迷惑かけちゃうよ。
「夜道は危ないよ。
それに…」
奏さんの視線の先にあるのは
葵先輩の寝ている姿。
その視線をあたしに向けてくると。
「葵の話も聞きたいしね」
奏さんの車の中で、葵先輩と一緒にいたことホワイトデーだからいたということを、軽く話した。
細かいことまでは話していない。
そんなこと話したら、あたしのイメージが悪くなってしまう。
まえのあたしの中毒がきっかけで、葵先輩と仲良くなったなんて言えない。
あとは生徒会のみんなと…まあまあ楽しんでいるということを話した。
「そうなんだ。僕は仕事が忙しくて葵となかなか喋られないから、そういうこと聞けて嬉しいな」
笑いながら話す奏さんは、少し寂しげに見えた。
そして、あのアルコールのことを話すと
「ああ、アルコール苦手なんだよね。
まえも間違って飲んだことあるんだけど、子供みたいになるっていうか。
それでおとなしくなったと思ったら、なんか寝ちゃっててさ」
かわいいよね、と笑った顔は本物だ。
それにしても葵先輩はそんなにお酒を間違って飲んじゃうのか…と呆れた。
奏さんとの会話は初対面とは思えないほどはずんでいて、気がついたらもうあたしの家のまえだった。
「ありがとうございました」
「どういたしまして。
あのさ葵のことなんだけど…
卒業して、同じ学校にはいなくなっちゃうと思うんだ。
だけど、これからもよろしくね」
ああ…優しいお兄さんだなあ。
弟の面倒見がいい上に、親の言うようなこと言っちゃって。
「はい! もちろん」
元気よく答えると、奏さんは嬉しそうに笑って「ありがと」と言ってくれた。
お礼を言われて、こんなに嬉しいって思ったことないかもしれない。
車が走り出すときも「またね」なんて…。
あんなに優しいお兄さんがいるなんて
羨ましい。
「 …… 」
一人の家は、なにかと寂しいからね。
愛猫のソラまでいないし…
いない…
いない
「 ソラぁー…」




