キス*チュードク2 7-1
今日は葵先輩との約束の日。
2月14日.バレンタインデー。
手作りのチョコというものはあげたことがなくて、あげたことがないなら作ったこともなく、いま手元にあるのは美姫と一緒に作ったものだ。
ラッピングもしたし上出来だと思う。
こんなに良くできたんだからみんなにもあげたかった
なのに葵先輩には他のみんなにあげたらだめと言われて、みんなの分は用意していない。
来年になったらハルにはあげようかな
あと雲雀くんにも。
恭弥はあげない。
りぃくんにはもちろんあげる。
このチョコを渡すためにだけに屋上に向かっている。
なぜか葵先輩は屋上で待ってるとメールを送ってきた。
みんなのいる生徒会室じゃ葵先輩だけにあげるところを見られてしまうから屋上というひと気のない場所はちょうどいいんだけど…
なぜ屋上なんだろうか。
屋上じゃなくてあたしが葵先輩の教室に行ってそこで渡せばいいことだと思うんだけど。
そんなことを考えながら階段をのぼっていると屋上に出るドアが見えた。
ドアに手をかけ開けて覗いてみるとそこには葵先輩がいた。
フェンスにもたれかかって空を見ている姿はかっこいいというかなんというか
ふと葵先輩があたしの存在に気づいたのか視線を向けられた。
あたしは少し距離のある葵先輩のもとへ歩いていけば
「約束、ちゃんと守ったね」
嬉しそうに笑われた。
「…約束は約束ですからね」
片手に持っていたチョコを渡すと葵先輩は開けることもなくただじっと見ている。
「どうしたんですか? 」
そんな葵先輩をじっと見て不思議に思う。
もしかして気に入らないとか
中も見ていないのにそんなのは悲しいよ
初めて作ったモノだからそれは一層にして悲しい。
「いや、なんか嬉しいなって」
ふざけて言っているわけじゃなくて噛みしめるように言われる。
あと、自分のこの気持ちが信じれないような浮いている声が混ざっていた。
葵先輩、チョコいっぱい貰ってるくせに
葵先輩の足元にあるのはチョコでいっぱいの袋。
それが目に映った。
このチョコたちは一体どこへ向かうんだろうか。
葵先輩のお腹の中?
それとももしかして他の男たちのお腹の中かもれない。
まえに見たことがあるんだ
そんなことをしている人を。
生徒会の人たちはみんなモテるからバレンタインデーの日はたくさんのチョコが生徒会室にあった。
雲雀くんはどうでもいいって感じでシュウ先輩は毎年のことなのかクールにしていた。
葵先輩はあくまで嬉しそうにしていて
ハルは困ったなあと苦笑いして。
問題なのはあの恭弥だ。
あろうことか女子たちのいる教室で他の男子たちにあげていたんだ。
チョコを受け取るときも見てしまったが最低なものだった。
『あー、はいはい』
『いらねーんだけど』
『俺、甘いの苦手』
これが貰う側の態度か?
お世辞でも、ありがとう嬉しいよ、って一言も言えないのか。
ほんと恭弥は自由奔放というか自由すぎるというか。
人を傷つけるのだけは上手いんだよね。
チョコを受け取るときも見てしまったが最低なものだった。
『あー、はいはい』
『いらねーんだけど』
『俺、甘いの苦手』
これが貰う側の態度か?
お世辞でも、ありがとう嬉しいよ、って一言も言えないのか。
ほんと恭弥は自由奔放というか自由すぎるというか。
人を傷つけるのだけは上手いんだよね。
「ん、おいしい」
葵先輩の声がしてチョコを見てみるといつの間にか箱が開けられていた。
一つだけ口にいれたみたいだ。
もしかしてあたしのチョコも袋の中にいれられて終わりなんじゃないかって思ってたんだけど
そうではなかったかことに嬉しいという気持ちが灯〈とも〉る。
微笑ましく見ていると葵先輩がこちらを向いた。
「食べる? 」
「いりませんよ。
葵先輩が食べてください」
あたしは作っているときに味見としていっぱい食べたからもう充分だ。
トリュフ
美姫に手伝ってもらったから作れたモノなんだよね。
あとでなにかお礼しなきゃだな。
「食べなよ」
「いや、だから良いですって」
いっぱい食べたから!
今、焦っている。
だって葵先輩の人差し指と親指ではさんで差し出してくるのはトリュフ。
これはたぶん、あ~んをしろということなんだろうと覚〈さと〉ったあたしはこの場から逃げようとしている。
「ちょっとこれ持って」
「あ、はい」
さりげなく渡されたあたしのあげたチョコの箱を片手でなんとなく受け取ると
受け取ったほうとは逆の手の手首をぐっと掴まれればカシャッとフェンスに打ち付けられた。
えー…と、この状況にされた理由を答えてほしい。
「なに、してるんですか? 」
口元に持ってこられているのはトリュフ。
そのトリュフをじっと見る。
この状況は
フェンスに打ち付けられた状態。
つまり壁ドンならぬフェンスドンだ。
「はい、あ~んして」
あたしの手首を掴んでいた左手は頭の上で囲むようにフェンスに預けられていて
右手にはあたしの作ったトリュフ。
あたしが作ったものなのになぜ食べさせてもらわなければいけないんだ。
「食べさせてもらうんだったら自分で…」
「早くしないとチョコが溶けちゃうよ」
ニコッとアリなしを言わせない表情をされた。
これは口を開けるしかないのか
こんな歳にもなって
あ~んされなきゃいけないのか
「あ…あ~……ん 」
自分の作ったトリュフを葵先輩の手で口の中にいれられた。
持っている時間が長かったのか人の体温で少し溶けたチョコは口の中でほんのりと甘く香り
もぐもぐと食べればそれはすぐに溶けて
液状とかす。
「どう? おいしいでしょ? 」
悪気なんかない満面の笑み。
「ま、まあ…」
あたしが作ったものなのにどうして葵先輩が作ったもののようになっているんだろう
ぎこちなく答えたものの
「やっぱ、おいしいよね」
「…! 」
葵先輩は指先についている溶けたチョコを舐めとった。
目が合うとなぜかあたしのほうが恥ずかしくて視線をそらす。
するとまた顔を近づけてきて
「ねえ、口元にチョコついてる」
笑われた。
そのことにまた恥ずかしくなってこの際
手で拭ってしまおうと口に右手を持ってこようとする。
だけどその行動は葵先輩の手で止められた。
右手がフェンスに押し付かれると自由がきかない。
左手には葵先輩に持てってと言われて渡されたチョコの箱があるから。
「俺がとってあげる」
とってあげる、って…
キスされるってこと?
唇を見ている葵先輩の顔が近づいてくる。
これは完璧にキスされる目前だ。
ぎゅっと目を瞑って顔を下にさげれば葵先輩の動きが止まったのかなにもおこらない。
少し経ってから目を開けてみると葵先輩との距離が離れていて目が合うと同時に
頭にポンっとなにかが置かれた。
それは手だと気づいたときにはすぐにその手も離れていきあたしの持っていたチョコの箱もいつの間にか取られていた。
「コレ、ありがとうね」
そう言ってチョコの箱を顔の横に持ってきて見せつけるとこの場から去っていった。
な…なんかあっけなかった。
良かったあ
安心してフェンスにもたれかかったままゆっくり崩れた。
葵先輩ならもっと強引にくるかと思ってたけどそうでもなかった
ここに来て葵先輩を見たときにしていたこと、空を見上げてみる。
空は青くて白い雲が漂っている。
ゆっくりと。
あんなにのんびりしていていいなあ、
なんて思いながら顔をさげると
あ…
葵先輩のものだろう。
チョコがいっぱい入っている袋が目に映った。
渡さなきゃだなあ
また空を見上げて、放課後に渡そうと思ったのだった。
「葵先輩。
大事な忘れ物ですよ」
放課後になって生徒会室に来れば見事に誰もいない。
いるのはいつものソファに座っている
葵先輩だけだった。
「ああ…それ。
別に持ってこなくても良かったのに」
チョコの入っている袋を差し出せば意味なく天井にやっていた視線を一瞬だけ袋にやったと思ったらまた天井へとその視線は向けられた。
「どうかしましたか? 」
「どうして? 」
期待されているかのような視線が向けられて予想外の反応に困ってしまう。
「どうしてと言われても…」
なんとなく葵先輩の様子がおかしいと思った、じゃ話にならなそうだ。
視線を泳がす。
「どうしてそう思うの? 」
葵先輩はそんなのおかまいなしに興味心身そうに聞いてくる。
葵先輩の期待するような答えは返せない。
「なんとなく…ですよ」
「……そう」
やっぱり返せなかったようだ。
悲しそうな眼差しが床に注がれる。
おかしい、おかしいよ
さっきまでのあの笑みはどこにいったの?
ー*ー
「どうかした? 」
向かいのソファに座っている雲雀くんが
あたしの異変に気づいたのか珍しく自分から本を読むのをやめて話しかけてきた。
「んー…どうかしちゃったのは
葵先輩のほうかな…」
あの会話のあと静かになった空間が嫌だったのか葵先輩はあの部屋にいってしまった。
あの不自然にあるカーテンの後ろの部屋にこもってしまった。
誰かに会いたくないときだってあるものだろうけどさ、あたしと会話したあとにああやってこまられるのはなあ。
「…そう」
「その、そう…ってやつやめてくれないかな!? 」
さっきも葵先輩にそんな風に答えられてから会話が途切れたんだ。
そのせいで聞きたくない言葉になってしまった。
「そ……じゃなくて
わかった」
ー*ー
さっきは雲雀くんがわざわざ心配してくれたのに嫌な態度をとってしまった。
あのあと変な空気になってからハルたちがやってきて変な空気からあたしたちの間は濁った空気へとなった。
ハルたちはなにも知らないから普通にしていたけどなにか異変に気づいたかもしれない。
恭弥には昔のことをとやかく言われるし
最悪だった。
訂正する。
昔と言ったけど昔ではなく最近のこと。
あのゲームのときの亮太のことについてだ。
『アイツ、マジうぜえ』
『ほんと、誰? アイツ』
『キスフレって… 』
そこで恭弥の言葉を止めた。
ハルがいるそばでそんなことは言わせないというような気持ちで勢いよく止めた。
今、生徒会室には誰もいない。
詳しく言えば隠し部屋に葵先輩がいる。
葵先輩のもとに行くか悩みながらも隠し部屋へと向かい、部屋の前までくると
ドアを開けて中を覗く。
するとそこにはベッドの上に横になっている葵先輩の姿があった。
「 葵先輩 」
返事がなく、ドアを閉めて中に入ると葵先輩の近くまで寄る。
寝ちゃった?…のかな
横になっている後ろ姿からはわからなかったが葵先輩の目前までいくと目を閉じているのがわかった。
どうしよう…
触りたい衝動におちいった。
黄色く少しパーマのかかった髪の毛は触ったらふわふわしそうだし
きめ細かい綺麗な肌に触れたらスルスル
して気持ち良さそう。
今更ながらに葵先輩が美形なんだということに気づいた。
どうしようかな…
あたりを見回す。
誰もいるわけではないのに見られていたらあたしは変なことをしている人だと思われてしまうという、ちょっとした恐怖がある
いーや、触っちゃえ!
そう手を伸ばした瞬間
視界がぐらついた。
バサッと布団の中にいれられてしまったようだ。
目の前には葵先輩の顔がある。
ぎゅっと両手で体を閉じ込められてしまっている。
「起きてたんですね」
「うん。 起きてたよ」
嬉しそうに微笑んだ。
さっきまでの寂しげな表情はどこへいったんだろうか。
というかこの状況、なんとかしなくては
「離してくれませんか? 」
「それより、いましようとしていたこと
してよ」
じっと見つめられて動揺する。
「えっ…と…」
もしかしてしようとしていたこと、知っていてこんなことを言ってるの?
葵先輩の思考が読めない。
「してくれたら離してあげてもいいよ」
ずるい…。
葵先輩、ずるい。
考えなくても解放されるにはこれをしなくてはいけないとわかる。
仕方なく葵先輩の頭にゆっくり手を伸ばす
髪の毛に触れるとさわさわと撫でる。
やっぱり柔らかくて
触り心地が良い。
りぃくんの髪の毛を毎日触っていた時期があったけど、りぃくんのストレートな髪はサラサラとしていてそれも触り心地が良かった。
パーマかけられた髪の毛もいいかも
…って、してる場合ではないんだよね。
「もういいですか? 」
「ホワイトデー」
「はい? 」
葵先輩がつぶやいた言葉で
話がいきなり変わった。
「ホワイトデーはさ、予定
空けといてよ」
「どうして…ですか? 」
まさか葵先輩。
今日のバレンタインのチョコのお返しをするとかじゃないよね?
恐る恐る聞いてみた。
「お返ししたいから」
予想が当たってしまった。
これはよくないことだ。
「待ってください。
お返しなんていいですよ。チョコを渡したのは約束したからで、お返しを貰おうとかそんな考えとかしていませんでしたから」
ホワイトデーは3月12日。
ホワイトデーの日から約二週間経てばもう春休み。
春休みが終わったら葵先輩が卒業してしまっていていなくなってしまうんだ。
だから会えるのは春休み前のいま、このときとあと約一ヶ月程度。
だけど…だからこそ
ホワイトデーをすごす人をちゃんと考えてほしい。
それに葵先輩は年下のことは好きじゃないというようなこと言ってたし、卒業前の時間を大切にしてほしい。
「あと、お返しするならあのたくさんあるチョコの中から探してくださいよ」
葵先輩にチョコをあげた人はちゃんと渡したいという気持ちがあって渡したんだ。
あたしのはそういう気持ちなんかなくて、なのにその人たちをはぶいてお返しなんてされたくない。
「え、ちょ…」
黙ってあたしを見ていた葵先輩が首元に顔を埋めてきた。
髪の毛があたってくすぐったい。
「なっ…!?
あ、葵先輩!? 」
髪の毛があたるだけでもだめだったのに
葵先輩はあたしの首元に自分の唇を押しあててくる。
「ホワイトデーは、予定
空けとかなきゃダメだよ」
これってキスされたってことになるの?
首元にキスってあり?
それになんでこんなにも葵先輩のわがままに付き合わなければならないんだ。
あたしにだって意地ってものが
「ん…ちょ、葵先輩」
「わかった? 」
意地ってものがあるのに。
「わ…わかりました」
首元にキスされただけで折れてしまうほど簡単な意地だったわけか…。
葵先輩の得意なアリなしを言わせない笑顔とのダブルパンチをくらった。




