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第五話 お披露目

 俺が王宮に無事復帰したところ、避暑地に派遣されていた使用人達が無職になってしまいました。

 なので、避暑地は俺の所有物として、また人員は専属の家臣団という扱いに収めて一安心。

 シャルロットの上目遣いを通じて父王君に要望すれば何でも意見が通ってしまうこの王家の未来が心配です。

 そして無事(?)成人の儀を終えた俺は大人として王家の一員として扱われることになりました。

 これで24時間全力の妹ライフを満喫できると思ったところ、それは駄目という残念無念な新事実が発覚。

 王族として政治に参加するためのアレコレを学習しなければならないとのことでした。

 なぜ王子が勉強をしいられるのかといえば、都合よく<内政>や<外交>の加護があればその方に仕事を丸投げ出来るのですが、そういった加護は数世代に一人現れるかどうかだそうで、無いなら無いで仕方なくそういったことを全面的に引き受けることが王族であり貴族の宿命なのだそうです。

 永代貴族の<永代>とは、貴様らこの雑務から絶対に逃がさんぞという意味合いを込めた最高に栄誉ある称号だった模様。

 <加護>が政治向きだということで一代限りの貴族として叙任される方々との違いを表す<永代>の称号でした。

 グローセ王国に貴族とは永代貴族の一種類しかなく、子爵、男爵、公爵などの差別はありません。

 みんな揃って雑用係です。企業で言うなら総務課です。

 さらに我等が国民は総じて<加護>を持っており、つまり「手に職を持つ」人々しか居ないためとてもフットワークが軽く、勘違いした貴族が領地で馬鹿をやらかすと、即座に街の人口が0になってしまいます。

 なので、雑務に精を出し、民衆の人気取りに勤める姿がデフォルトの貴族像なのでした。

 本当にノブレスなオブリージュで御座いますね。

 通常は<加護>を持つものを適材適所で運用するだけで済むところが、世代によっては役職に穴が開いてしまい、そこを<加護>の補佐なく仕事としてやり遂げるための勉学と努力。

 王族が王族、貴族が貴族たるゆえんはここにあったのですね。

 しかしながらワタクシはgoodfull先生の<加護>を持っていますので、内政においてはオールラウンダーな特級な加護持ちと言っても良いと思うのですよ。

 なぜ加護を<内政>にしておかなかったか。

 ちなみに<おっぱい>の加護は歴史上初めて登場した栄誉ある加護だそうですよ。


 軍事・司法・外交・人事・治水・商業、アレコレの知識を詰め込もうと努力して頭が痛くなってきたところで先生から薬を一錠貰ったところ、全てが解決してしまいました。

 なんでもそれは記憶や理解を助けるお薬だそうでして、怖いので成分は聞かない事にしました。

 そもそも錠剤の形をしているだけで本当に薬であるかどうかが怪しいところです。



 王族として一番始めに教え込まれたことは、戦闘と戦場は違うということでした。

 <剣>の三級加護を持つ剣士と四級加護を持つ剣士なら、三級加護を持つ剣士が必ず勝利します。

 しかし相手が二人なら? あるいは<槍>の四級加護と<剣>の三級加護の勝負なら? あるいは加護を持たない弓兵十人に射られたなら? あるいは戦場に落とし穴が掘られていたなら?

 <加護>は確かに力を与えてくれますが、使いどころを間違えれば、あるいは使わせなければ、勝敗は違ってきます。

 過去に<戦術>の加護を持った軍人が残した用兵術を学び、それを再現できるように軍学を詰め込まれました。ちなみにレオ兄さまは<戦>の特級加護があるため、これをフリーパスした模様。ずるいです。

 そしてなぜ軍学が最も早く教えられたのか、それは、現在も世界は戦争中だからだという切実な問題でした。



 ここは七つの世界が融合し、それぞれの物理法則が混在する世界。

 それぞれの世界の生き物が、それぞれにとって住み良い環境で暮らそうとした場合、どうしてもそこには重なりが生じてしまいます。重なりが生じれば衝突が起きてしまい、それは生存競争と呼ばれる戦争です。

 人類世界はいわゆる旧世界の延長線上であり想像に難くないのですが、他の世界は違います。

 幻想世界にも人間は居て、他にエルフ・ドワーフ・ゴブリン・オークなどの多様な知的生命体が存在し、彼らは「マナ」と呼ばれる万能元素を用いて魔法を使用します。

 人間的な生き物の他にもケルピーのような魔獣も存在し、世界各地に生息している模様。

 <加護>と<魔法>どちらが優勢なのか、これは解りません。

 幻想世界の剣の使い手に人類世界の<剣>の加護持ちが敗北した例もあり、異なる世界との闘争は油断がならないものなのでした。

 幻想世界の人間には<加護>は備わらず、人類世界の人間は<魔法>を使えないのでこの辺りの扱いは複雑になります。

 人間同士、世界を跨いで交雑することは可能なのですが、生まれてくる子供は母親となった側の世界に属すると決まっている模様。

 幻想世界の知的生命体とはまだ思考や文化も近くコミュニケーションが取れるために摩擦も少ないのですが、これが他の世界となると問題になってきます。

 とくに顕著なのは死後世界です。

 既に死んでいる、あるいはそもそも生きていない種族であり、自分たち以外の生命を捕食することで増殖しようとする傾向があります。

 その活動方針はゾンビ映画そのまま。彼等とは絶対に相容れないものなのでした。

 goodfull先生の解説では魂魄が主体であり肉体はそれに追随するものでしかない精神生命体の一種なのだそうです。

 肉体的接触を持って対象の魂魄を汚染するある種ウィルス状の性質を持ち、現界するための媒介である肉体を滅ぼしてもいずれは復元するため、純粋な物理エネルギーによる攻撃手段では核攻撃をもってしても駆逐することは不可能なのだそうです。厄介な。

 そして、もう一つの脅威は群蟲世界。

 群れでもって一つの個としての意思を作る生命体で、基本的に捕食と増殖以外の活動をしません。

 軍隊アリのような移動性のコロニーが世界中を闊歩し、世界を文字通りに虫食い状態にしてしまうやっかいな存在です。

 こういった様々な世界からの来訪者が好き好きに地上を闊歩した結果、戦争が、いや生存競争が耐えない姿が今の現実でなのです。

 グローセ王国は比較的安全な位置に立地するために平和な顔をしていられるのですが、死後種の領域や群蟲種の領域と隣接してしまった国々は悲惨極まりない終わりなき戦いを強いられているのでした。

 こういった事情もあり広域の世界地図というものは現在世界には存在せず、また、遠隔地の文明との連絡手段も有していないのです。

 世界は七つの色で斑に染まり、そして自分達の世界の色で全てを上塗りしようと今日も今日とて生存競争が続くので御座います。



 ヨーロッパ大陸はその形状から守るに易く、攻めるに難い地勢でもって、我がグローセ王国は長い平和の時を過ごしてきました。

 地勢的な話をするなら、グローセ王国は旧ドイツの南方を支配する王家であり、ミュンヘンを王都とし、フランクフルトを北限とする国土を持ちます。

 さらに北、フランクフルト以北にはドイツ北部にオランダとデンマークを併呑した人類種のプロイセン王家が控えていますが、血筋的にも兄弟国なので軍事的にも民間的にも友好的な関係にあります。

 西にはフランスとスペインの大半を併呑した幻想世界最大の人類の帝国であるフランク帝国という大帝国が控えていますが、イングランドとアイルランドを統合したハイランド王国との睨みあいを続けているので当面の脅威ではありません。あの二国は世界を跨いでもなお仲が悪いようです。

 南にはスイスを中心とした西ハープスブルク王家とオーストリアを中心とした東ハープスブルク王家が構えていますが、これもまた名目上、お互いが正統な王家であると睨みあっているので我がグローセ王家としてはあまり気にするところでもありません。どちらが正統王朝かというじつに下らないお話です。

 さらにアルプス山脈を越えた南にあるイタリアには懐かしのキリスト教を未だに信奉するバチカン法皇国が広がっているのですが、一万と二千年を乗り切るその宗教の力には拍手を送りたい。

 唯一の脅威と言えば、ドイツの東、ポーランドを中心としてバルト三国、チェコにスロバキア、ウクライナまでを支配圏とした人類種最大の帝国、アウグスト帝国とその属国群なのですが、東に南に、北にと伸びた国境線が災いし、群蟲種や死後種などとの終りなき闘争に疲弊しているのでひとまず安心と言うところです。馬鹿め。

 グローセ王家とプロイセン王家の兄弟国が、幻想世界最大の帝国と人類世界最大の帝国との緩衝地帯になっている事実を考えると今の平和が理解できるでしょう。

 もしも帝国同士が全面衝突を起こしたなら、戦争に疲弊した後、背後から迫る群蟲種と死後種の大群に飲まれて諸共に全滅するだけですから。

 海洋貿易が無いため他の大陸の動静は知りようも無いのですが、そこはそれ、goodfull先生のお力をお借りしたところ、我が心の故郷、大日本は死後世界に飲み込まれてしまったようです。

 憲法九条はゾンビパンデミックに対して効果がなかったようですね。

 一万二千年前の骸骨達が荒野となった世界をいまだにうろつき回っている情景にはゾッとしました。

 かつての高層ビル群はわずかにコンクリートの後を残すばかりで、正常な生態系の活動が行われなくなった日本は、植物と骸骨が支配する静かな世界でした。

 犬や猫、熊なども白骨化したスケルトン王国であり、鳥なども白骨化しているのですが、これは羽が無いため飛べないらしい。ざまぁ。

 ただ希望も残っていました。北海道では自衛隊、北部方面隊の活躍により世界融合時の混乱を乗り切り、ここでも<加護>を持った子供達が産まれて、幻想種と人類種、そして鬼人種の共闘によるハイブリッド国家、北海帝国の設立に至り、本土奪還をスローガンに捲土重来を目指し戦いを続けているようです。頑張れニッポン。

 鬼人種はいわゆる鬼やデーモンに似た種族であり<気>という概念を使う暴力大好きな種族だそうで、殴る、蹴る、金棒で叩くという単純な破壊活動が魂魄の領域にまで届くため、死後種であっても滅ぼし得る強大な種族だそうです。そういった体育会系の方とはあまり出会いたくないものです。

 七つの世界は元々、次元的な距離においてご近所さんであったため、次元境界線の綻びを通じての文化交流ことハプニングが時折あったそうです。それが民間伝承として伝わったものが民話であり、取り替えっ子や神隠しはこの作用であり、浦島太郎さんが亀っぽい生き物に連れられていった先は幻想世界だったそうな。

 コブ取り爺さんが向かった先が鬼人世界だったことを考えると、彼の幸運具合は素晴らしいものがあります。

 こうして世界を俯瞰できる立場で眺めていると、ポツポツと世界に散らばる人類社会が独力で生存のための努力をしている図に少々心苦しいものを感じてしまいます。生存圏の点と点を線で繋ぐことが出来たなら、他の脅威となる種に対してもっと組織的な反抗活動を行なうことも出来ますから。

 なのになぜ、俺の<加護>はおっぱいなのでしょう?

『カール様がお望みになったことです』

「望んでないよっ!! 先生のはやとちりだよっ!!」

 そして、あの一件以来、ささやかな胸元に不安を持つ淑女たちの悩みを聞く立場になってしまった俺。

 その度に黒い闘気を放つシャルロット。妹に嫉妬されるということに喜びを感じてしまう罪な兄を許したまへ。

 goodfull医療サービスはユーザーのみならず、そのペット(先生基準)にまで効果は有効なので、豊胸や重力に負けてしまった乳房の整形もお手の物。

 ただ、ちっぱいの少女達よりも、三十を過ぎたご婦人方からの依頼の方が多い始末。あまり嬉しくありません。

 30代はまだしも、40代、50代、60代であっても女性の美への憧れと言うものは止むことがないのですね。僕もう、つかれちゃったよ。

 どうしてこうなった!?

『カール様がお望みになったことです』

「望んでないよっ!! 先生のはやとちりだよっ!!」

 王族という立場が時間と共に忘れられつつある今日この頃。

 不敬罪というものがこの国にも制定されているのですが「まぁ、あの王子だし」で済まされる昨今。

 成人の儀以降、調子に乗りすぎておりました。

 他者に敬意を払ってもらうには、敬意を払われるだけの人格に裏付けられた行動と言うものが必要だったのですね。

 金獅子と月影の両兄さまとは別のベクトルで国民に愛される王子であることは間違いないのですが、不満は残ります。

 お兄様方には熱い憧憬の瞳が、俺には生暖かな同情の瞳が、どうしてこうなった?

『カール様がお望みになったことです』

「望んでないよっ!! 先生のはやとちりだよっ!!」

 てんどんは三回までと法に定められているので不満は胸のうちに収めておくとして、最近、ルイーゼ巨乳姉さまが俺との距離をとり始めたことが不安でたまりません。

 自分の胸の大きさのために弟の<加護>があんなことになったのでは? とお悩みのご様子。

 その大きな胸を痛めている姿には謝罪のしようも御座いません。

 そういうアレコレが積み重なった結果、最近ますます影と毛が薄くなった父王君からの初の勅命が下ったのでした。



「小隊の指揮官として、街道沿いの魔物の退治、ですか?」

「うむ、軍学の成績も極めて優良という報せを受けておる。聞けばジークよりも優秀な成績を修めているとのこと。アレの一件ではどうなることかと心配したが、人には<加護>とは違う才が秘められているというのもまま在ること。父として嬉しく思うぞ」

 そうだね父さん。おっぱいの<加護>しか無い王子とか心配すぎるよね。

 幻想種の領域からケルピーが溺れついたという事実、そしてそれ以来、幻想種世界の生物が人類種の領域に頻繁に現れるようになったことを受け、その調査の先遣隊として初の任務を俺に任せるそうです。

 魔物の退治は名目で、道中の村々などに医療や大工仕事の加護による恩寵を与えて回ることも仕事には含まれるとのこと。

 成人の儀が内向きのお披露目なら、街道沿いの魔物退治は外向きのお披露目といったところなのでしょう。

 本来は三年ほど座学を学んだ後に行なわれる恒例行事なのですが、俺のアレがアレだったもので、醜聞となるまえに国民の人気取りをしておけという親心。しっかと受け取りました。

「はい、父王君よりの下命、しかと承りました」

 ここはビシッと決めておこう。

 父上も満足気だ。

 久しぶりに館の面々も呼んで一大行軍を始めようじゃないか。

 座学は疲れたんだよ僕。



 洗脳されたケルピーである愛馬ケルヒャ号に跨り街道を闊歩する我が一行。

 けっして愛馬ケルヒャの後ろに「ー」など付けてはいけない。

 獰猛な人肉食馬がニンジン大好きな温厚な馬になり果てるとは<加護>の力に恐ろしいものを感じます。

 俺の直属の家臣である館の面々二十三名、そして戦闘向きの加護を持った兵士が三十名、戦闘指揮を行なえる副官こと事実上の隊長アルブレヒトくんに、物資の搬送を行なう輜重隊が五十名、総勢百と五名の一個小隊が街道を進み行きます。

 え? 百名越えの小隊?

 ちょっと父上さま何かおかしくないでしょうか?

 王都に近い街道は日々の巡回もあって人畜に害のある生き物の姿は無く、実に安全なものでした。

 夜の野営はロッテンマイヤーさんの<館>の加護で生み出された巨大建造物こと豪華な館に寝泊りする安全具合。

 野営という言葉の定義を根本から塗り替えてしまいそうな行軍です。

 朝には館を崩壊させて無かったことに。

 安全極まりなく、俺を傷つけるものなど何も無い、そんな安全な行軍だと、その時は思っていました。



 王都を離れ、初めての街に辿りついたときのこと。

 前回、避暑地へ向かったときはお忍びだったので観光の一つも出来なかったのですが、今回は違います。

 なので、堂々と王子様御一行として街門を潜り、街のなかに愛馬ケルヒャ号の足を進めました。

 そして街の住人たちから湧き挙がる歓迎の声!!

 「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあああ、あ、あぁ??」

 黄金の獅子、レオンハルト兄さまは、その金の髪に雄々しい肉体を持ち合わせた輝けるイケメンさまで御座いました。

 月影の聖弓、ジークフリート兄さまは、銀の髪に夜の月を思わせる憂いを帯びた憂愁のイケメンさまで御座いました。

 おっぱい王子、カール俺様は、のっぺりとした凹凸の少ないへらべったい顔の残念さまで御座いました。

 黄色い声が疑問符を付けて尻すぼみに。

 期待のハードルが高すぎるとこうなるよね!!

 豪華包装のクリスマスプレゼントの中身がカンロ飴一粒だったら残念だよね!!

 フレンドリィファイア!! フレンドリィファイア!! イズントゥ!!(友好的な射撃? じゃねぇよ!)

 女性陣の意気消沈に乗せられて、男性陣もどう反応すればよいのか困って口ごもる始末。

 あぁ、こんなところに我が敵が。アンブッシュを見抜けなかったよ。

 君達の心も理解は出来るんだよ。でも僕の心も傷つくんだよ。男の子って繊細なんだよ?

「……なぁ、フルヘルムかぶっちゃ駄目?」

 我が小隊の副官アルブレヒト君に尋ねる。

 彼もどういう表情を浮かべていいのか解らない微妙な顔をして、首を振り「駄目です」と、答えた。

 ですよね。お披露目ですものね。あはははは。

 これはお披露目なのですか!? それとも晒し者なのですか!?

『お披露目が2、晒し者が8に相当すると思われます』

 ありがとう先生、何の慰めにもならない正確な分析をくれて。


 街を治める永代貴族から一夜の歓待を受け、一行は街を出ます。

 夜明け前に街を出ちゃおうという俺の意見は却下されました。王子なのに。王子なのに!!

 先日のうちに第三王子は残念顔だと言う噂が街中おばちゃんネットワークを通じて広められ、街からの脱出の際は溢れんばかりの群衆の歓迎を受けました。

 一目、残念顔を見たい。

 その一念の男女問わない群集の心理が一目瞭然で御座いました。

 これは……。

『晒し者が10に相当すると思われます』

 ありがとう……先……生……。



 二つ目の街では、またしても心は傷ついた。

 三つ目の街でも、心はブロークンだった。

 四つ目の街を過ぎたところで、心は感情を無くし。

 五つ目の街で、心は鋼と化した。

「もう、おうちにかえりたい……」

「駄目です」

 アルブレヒトくんが幾十度目になる俺の陳情に対し無情にも答える。

 最近、アルブレヒトくんからの扱いも雑になってきている気がします。

 王子の標準モデルが両兄様という時点で基準を間違ってるんだって。

 そんな悪い王子じゃないはずですよ僕?

 民衆と同じ視点で物を考えられる良き統治者になれるはずですよ?

 もう街は嫌だ。もう街は嫌だ。

 そう考えていると神が願いを叶えたのか、街ではなく農村が見えてきました。

 今までも街道から僅かに横道に逸れれば村はあったのですが、お披露目という観点からスルーしてきたのでした。

 そして村での歓待は今までにないものでした。

 なにしろ、失望されなかったのだから!

 そう、兄さま方の美貌を知らなければ失望されないだけの顔を俺はしているんだよ!

 自信を取り戻した俺は、この村のために力を惜しまずその権能を披露した。

「なになに? 牛の乳の出が悪い? なぁーに、まかせなさい私の特級加護を見せてあげよう」

 乳牛からは毎日200リットルの極上乳が搾れるように。

 ナノテクノロジー万歳!!

「なになに? 赤ん坊にあげる母乳の出が悪い? なぁーに、まかせなさい私の特級加護を見せてあげよう」

 乳腺の活動を活発化させ、さらに栄養補助を加えた赤ん坊に最適な成分調整もお手の物。

 ナノテクノロジー万歳!!

「なになに? 最近、おっぱいが垂れてきて夫婦生活に支障が? なぁーに、まかせなさい私の特級加護を見せてあげよう」

 ふっくらとした若々しい張りのある膨らみ、そして年月と共に黒ずんだ乳首も綺麗なピンク色に、グッナイ! 旦那さん!

 ナノテクノロジー万歳!!

 街と違って村は良いなぁ。

 足りないものが多すぎて力の見せ甲斐というものがある。

 庭師のデニスには不作になりそうな土地を<植物>の加護で調べさせて改善させた。

 家屋の修繕をロッテンマイヤーさんに頼もうとしたが<館>の加護は家には使えないそうで、ある意味ビックリしました。

 厩舎や家畜小屋などは<館>に付随するものとして改築できるのに、小さな一軒家は<館>の範疇外なので駄目なのだそうです。

 <加護>の意外な一面を発見。

 <ハウスキーパー>の二級加護を持つメイドコンビはその点お手の物で、雨漏り対策の屋根の修繕から隙間風を防ぐため壁の塗りなおしまで、実に多岐に渡る力を発揮して見せました。

 ハウスキーパー、家を保守するものであって、純粋にメイドさんなわけではないご様子。

 そういえば彼女達が掃除以外にメイドっぽいことしてる姿見たことが無かったわ。

 アレコレと農村に手を加えること二日、農村の生産効率は従来の800%に向上(goodfull先生調べ)の内政チート!

 内政チート楽しいです!!

 内政チート楽しいです!!

「では、そろそろ次にまいりましょう」

 え? 次って何?

 アルブレヒトくん何言ってるの?

 僕はまだまだこの村に尽くし足りないんだよ?

「街は嫌だ! 僕はこの村の子になるんだ!」

「では、参りましょう。そして貴方は王の子です」

 首根っこを掴まれてズルズルと、逆らえない11歳児の小さな体が憎い。

 あとこれ、王子に対する扱いじゃない!! 絶対不敬罪に当たるよこれ!!

 あぁ、村の皆がお別れの挨拶として手を振っている。

 あまりに技術向上しすぎて逆に引いてた村の皆が安心した顔で僕に手を振っている。

 あぁ、さようなら幸せの村。そしてこんにちは絶望の街。


 幸せの後の失望の声は、それはもう苦々しく、不幸が幸せのための調味料なのか、幸せが不幸のための調味料なのか、哲学的な命題を僕は考え続けるのでした。

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― 新着の感想 ―
最近ますます影と毛が薄くなった父王君からの初の勅命が下ったのでした。 豊胸出来るなら増毛もできるだろう、かと思った。
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