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最終話 なぁ君、ちょっと死んでくれないかな?

「仕事しろ」

「してます」

「さっきからマーリンとチェスをしてるだけじゃないか!!」

「年寄りの介護も仕事のうちですから」

「年寄りとはなんじゃ!! わしはまだ一万三千八百……えーと」

「ほら、自分の年齢も判らない年寄りじゃないですか。それからあと5手でチェックメイトです」

「む?……くぅぅぅ、また負けたぁ!!」

 グランドマスターが百万人のっても大丈夫な先生に絶対、勝てるわけ無いじゃないですか。

『いえ、マーリンが一兆三千億年の研鑽を重ねれば、現在の私に勝利する可能性が発生します』

 一兆年かぁ……長いなぁ。

 宇宙自身が生き残ってるのかなぁ……。

 ちなみに一兆三千億年後の先生に勝利する確率は?

『0%です』

 結局追いつけないじゃない。

 頑張れじっちゃん。加速装置つけろ。精神を加速させるんだ。

「カール! いい加減に仕事をしろ!!」

「ですから、仕事はちゃんとしてますよ? 王国の共通の敵である魔王シャルルマーニュ亡き今、12の部族の人心を集めるのは非常に難しいことなのです。ですから副王として心を鬼に、王であるアーサーくんに執務の厳しさを教えているんですよ」

 戦争を始めるのも簡単。終らせるのもそれほど難しくない。

 問題は、戦争をおこさないための努力の継続だ。

 だから、俺は心を鬼にしてマーリンのじっちゃんをヘコませ続けるのだ!!

「建前はよせっ!」

「解りました。では副王として心を鬼にすることなくアーサーくんに執務の厳しさを教えているんです。あと、見てて笑える」

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!!」

「ふははははははははは!!」

 まったく、からかい甲斐のあるアーサーくんです。

 だからこそ、一万三千年もの間、魔王シャルルマーニュの愛を受け止め続けられたのですが。

 あのリアル化物シャルルマーニュくんは化物であるが故に、誰にも愛されることが無かったのです。

 唯一、追いすがってきてくれた者はアーサーくんだけ。

 魔王シャルルマーニュの唯一の友はアーサーくんだけでした。

 あまりに一方的な友情関係でしたけれども。

 ツンデレにも程があります。

 だけど、私は、彼に無慈悲で残酷な死を与え、その一方通行の友情を踏みにじったのです。

 彼のしてきた極悪非道な行いに憎しみを抱く者は多いでしょう。

 でも、私は憎しみの一片も持つことなく、復讐の動機すらなく、無慈悲で残酷な死を彼に与え、その魂の尊厳を踏みにじりました。

 魔王シャルルマーニュは被害者で、私こそが加害者なのです。

 ただ、平和な未来の邪魔だったから、という身勝手な理由で彼の心を踏みにじりました。


「そういえばですね、私、これからちょっと旅に出ます。風の向くまま気の向くままに」

「なんだと!?」

「なんじゃと!?」

「ほら私、ペンドラゴンじゃないですか。ですから縛られませんし、ドラゴンと共に空を飛んで生きるのです。ちょっと友人との約束もあるものですから。二、三年、いや、もっと? 風向き次第で戻ってきますよ、多分」

 まったく、厄介な約束をしたものです。

 都合の良い約束でもありましたけど。

「お前はこのハイランド王国の副王なんだぞ!」

「ペンドラゴンを縛り付けるのは無粋ですよ? あ、アーサー君は除きますけどね。どうぞ妖怪巨大泉ババアの呪いに囚われていてください」

「いやだぁぁぁぁぁぁぁ、こんな剣捨ててやるっ! こんな剣捨ててやるっ! でも戻って来るんだぁぁぁぁぁ!!」

 寝て起きたら捨てたはずの剣が枕元に。怖いですね、呪われてますね。

 呪剣カリバーンと呪剣エクスカリバーの二つの呪いとともに生きるが良い。

「では、カールよ最後にもう一局だけ打つぞ」

「解りました。マーリン老、お相手しましょう」

 結果:500戦全勝。うん、どうせ一局ではないとは思ってた。

 真っ白に燃え尽きたマーリンのじっちゃん、彼が政務に戻れる日は何年後でしょうか?

 早く立ち直って手伝ってもらえると良いですね、アーサーくん。

「マーリン! 起きろマーリン! お前だけが頼みなんだ!! 起きてくれぇぇぇぇ!!」


 無理無理。真っ白になって魂が抜けちゃってるもの……ご臨終、してないよね?




「はっはっはっ、ラウリン陛下。どうぞ王たる者威厳を持って胸を張り生きてください!!」

「わ、私には一滴も王族の……」

「いやぁー、王家の御縁戚の方とは露知らず、いつぞやは大変失礼致しました」

 西ハープスブルク王国の玉座に着いて一年ほど、元は一城砦の一司令官、貴族としてはぺーぺーだったラウリン卿。

 あれよあれよと言うまに群蟲種の黒かまきりさん達を打ち滅ぼした英雄に。

 そして、フランク帝国の圧制から民を救いし救国の大々英雄に。

 さらには王家の血を引くという救国の英雄として素晴らしいまでのオプション付き。

 その素晴らしいまでの功績は、西ハープスブルク王国の民衆から絶賛と崇敬を持って受け入れられました。

「私、ではなく、「余」あるいは「我」がお似合いです。ご注意を、陛下」

 家臣の一同も大きく繰り返し頷いている。なんとう茶番劇。

 だが、ラウリン陛下の内実はどうあれ、この国には今、希望が必要なのだ。

 やはり一度は侵略し占領したフランク帝国への民衆の嫌悪は強く、憎しみもまた、残っていた。

 八割強の住人が祖国へと帰ってきた。

 コップに水を入れ、半分飲んだあと、水が「まだ」半分残っていると捉える人と、水が「もう」半分しか残っていないと捉える人が居る。

 だが、これは人間の話であって水の話ではない。

 では、水ではなく人間だとしたらどうだろう?

 五人の兄弟が居て、全てが奴隷として連れ去られ、四人が無事に戻ってきた。

 兄弟が「まだ」四人も残っていると考えられる人は居るのだろうか?

 私は83.7%の人々を助けた。そして16.3%の人を取りこぼした。

 奴隷としての境遇のなかで心に傷を負ったものも多い。

 それが、私がこの国でしでかしたことだ。

 だから、この国には「英雄」が、たとえそれが金メッキであっても光り輝く「英雄」が必要なのだ。

 どこかの誰かが人々の心の拠り所となる文化的な象徴を破壊してまわった。

 歴史的重要文化財を破壊するなんてとんでもない極悪人だ。

 きっとマクシミリアンの奴に違いない、有効的な対象建造物を示したのは奴なのだから責任は全て奴にあるのだ。

「余……わ、我……我は、アルプス連合王国からの、軍の不可侵ならび、に、通商の条約へ正式な調印を、するぞ?」

 どもりどもりのなんという威厳の無さ。

 ラウリン陛下、民衆の前ではメッキを剥がさないでくださいね?

 もともとはフランク帝国から得るしかなかった塩。

 グローセ王国がその販路を約束してくれたが、プロイセン王国の動乱による頓挫。

 アルプス連合王国はその版図に元・西ハープスブルク王国の国土を占有している。

 一度は宣戦布告も行なわれ、反感も根強い。

 それを非公式に行なわれていた塩と食料の供給を、明文化し、その反感を取り除くための融和政策であった。

 マクシミリアン自身に「行け」と言ったのだが、さすがに首と体が刃傷沙汰で喧嘩別れになるのは嫌だったらしい。

 売国の王マクシミリアンを討ち取った「英雄」として金メッキの層を厚くしてやるだけの心意気は無いのか!!

「はい、では、正式な条約への調印を頂きました。それから、今後は私以外の者が使者としてやってきますので、今後はどうぞ、威厳ある王としてお振る舞いください」

 不敬も不敬なのだけれど、こちらも王族、問題無い。


 そういえば、この土地から私の深い思い出は始まるのだった。

 勇気ある力なきドラゴンスレイヤーを殺したことが最初の思い出だ。

 次は、サン=ピエール大聖堂、そして、ブールド・フール・広場。

 そこに人が居なかったわけじゃない。

 人が心の拠り所とする建物の中や周囲には、必ず弱き人々が居た。

 そして、フランク帝国軍の侵攻から必死に城門を守り続けた兵士達。

 それを私は焼き殺した。

 そして城門を破壊して、フランク帝国軍の兵士を招きいれ、そして数は少なくとも惨劇はやはり起きた。

 この土地が、私の、最初の深い思い出の土地だ。

 ワイバーンの兄貴は自ら命を捧げたのだから、彼に対して罪悪感を感じるのは失礼なので数には入れないでおこう。



「ヒルヒル、旅にでます。探さないでください」

「急に何を言うのじゃ! 我の腹に宿るやや子の父として無責任じゃろうが!!」

 ヒルヒルの下腹部はうっすらと膨らみを帯び始めていた。

 やるべきことをやっていれば当然起きることである。

「せめて、名前くらいは決めていくのじゃ。父としての責務じゃろ?」

「う~ん、では、シャルルマーニュで」

 殴られました。グーで。

 おかしいな、ドイツ語ではカール・デア・グローセ。

 俺に似た良い名前のはずなのだが。

「では、男の子ならカール、女の子ならシャルロット」

「カールは良いとして、シャルロットはお主の妹御じゃろうが。うむむ、まぁ、道理には適っておるか」

「でしょう?」

 先生には母子に何かあった場合は自動的に医療サービスが行なわれるように頼んでおいた。

「その旅は……必要なことなんじゃな?」

「はい、友との約束です。それから私のためにも必要な旅です」

「待っていて……良いのであろうな? 父として、子供の顔を見ずに来ぬことは許さぬぞ?」

 私はゆっくりと頷きました。

「では、我は待っておるからな……戻ってくるのじゃぞ」

 唇を重ね、深く愛を重ね、そうして私はこのフランク王国を後にした。

 私を愛し、理解してくれる、ヒルヒルは本当に私にはもったいない女性です。


 この土地にも思い出はある。

 魔王シャルルマーニュ、彼の一方的な友情を踏みにじり尊厳を踏みにじって殺した。

 十五万からの兵から戦う術を奪い、復讐者達の群れの前に差し出して殺した。

 シャルルマーニュが居ることで纏まっていた国を乱し、互いに殺し合わせて殺した。

 戦後の混乱に紛れ食料を奪い、弱き者達を飢えにより殺した。

 旧世界でいうスペインで起きている戦争による死者も私が殺した数のうちに入るのだろう。

 皆、私が殺した深い思い出だ。




「やぁ、ラウロ枢機卿、元気にしてたかな?」

「……魔王。あなたですか。訂正しますが今の私はただのラウロであって枢機卿ではありません」

「ふぅん、そうなのか。そういえば、バチカン法皇国って名前のわりに法皇を見かけなかったけど、あれはどうして?」

「あぁ、法皇の称号は特級加護が三つ与えられた者にのみ名乗りをあげられる称号だったので、空席だったのです」

「なるほど」

 レオンハルト兄様を放り込んで滅茶苦茶にしてやれば面白かったかもしれない。

 特級加護が四つの超法皇というスペシャルな待遇が待っていただろう。

 あの黄土色の子猫の性格と併せて考えてみれば惜しいことをした。

「……魔王。貴方には感謝しています。奪われることによって、奪われる痛みを知りました。飢えの苦しみのなかで清貧を知りました。そして、かつて奴隷としてきた者達によって赦しと慈悲を知りました」

「強盗に感謝するとは、ラウロくんは随分と珍しい人だね」

 希望が人を殺すこともある。

 亜人の奴隷達にアルプス連合王国という希望を与えた。

 結果、細い希望の光にすがりつき、逃亡に失敗して死んだ亜人達が大勢居た。

「私の<先見>の加護を持ってしても全くこんな未来は見えませんでした。私はただ、皆の笑顔が見たかっただけなはずなのに、私はどこで間違えたのでしょう?」

「皆のなかに幻想世界の亜人や人間を含めなかったからじゃないですか? 汝の隣人を愛せよ。貴方達の教祖さまの言葉でしょ? 彼等は隣の世界からやってきた隣人ですよ?」

 本当は「あなたの敵であっても赦しなさい」って意味らしいんですけどね。

 私の言葉にラウロくんは深く頷いて、納得がいったようだ。

「魔王……いえ、カール様。あなたは神の御遣いかなにかなのでしょうか?」

 ラウロくんの質問に思わず笑いが零れてしまった。

 殺戮の天使か、それはまた、ジークフリート兄様が喜びそうな名称だ。

「いいえ、私はただの大量虐殺者、一介の魔王でしかありません」

 この土地にも深い思い出がある。

 豪華な建造物をこれでもかと破壊し、食料を奪い、飢えと寒さで殺した。

 亜人至上主義を叫ぶ者をこの地に落とし、そして、空気の読めない者として元奴隷たちの手によって殺した。

 清貧に務められないものが居ると解っていながら、奪わせるままにまかせ、そして殺した。

 人間至上主義を未だ叫ぶ者を、群集の怒りの的として殺した。

 皆、私が殺した深い思い出だ。



 遠い遠い昔の喜劇王が映画のなかでこう言った。

 それはもう一万と二千年以上前の昔だ。

 一人を殺せば殺人者だが、百万人を殺せば英雄だ。殺人は数によって神聖化させられる。

 日本語で表現するなら「勝てば官軍、負ければ賊軍」と言ったところだろう。

 でも未だに神聖化されない。数が足りなかったのだろうか?

 いや、ヒルヒルを嗾けて殺した聖騎士団150万が居た。

 彼等も私が殺した人々の数に含まれるだろう。

 不敬罪に貶めたプロイセンの貴族も、それによる内乱も、アウグスト帝国と北東の四カ国連合の戦争も、どれだけ屍を積み重ねても、神聖化なんてされなかったよチャップリン。



 夢を見る。

 ドラゴンに立ち向かった勇敢な兵士の死に様だ。

 心の拠り所となる建造物の周囲に居た弱き人々が焼かれる様だ。

 祖国のために命がけで門を守る兵士達が炎に嘗められる様だ。

 奴隷として連れ去られた先で苦悶と共に死に絶えた者の様だ。

 目を奪われ、戦う術を失い殺された魔法騎兵の死に様だ。

 醜悪なる者の手によって行なわれた魔王シャルルマーニュの無残な死に様だ。

 気を狂わせるガスに晒されて正気を失い仲間同士で殺しあった聖騎士達の死に様だ。

 食料を奪ったことによって飢えて死んだ者達の死に様だ。

 私が嗾けたことにより死んでいった数多の、あまりにも数多の数の死に様だ。

 死んだ赤子を抱いた母親が指差す。

 その先にあるのは、暖かな光溢れる平和な世界。

「どうして、私達を、あのなかに入れてくれなかったの?」

「どうして? ねぇ、どうして?」

 私が目指した暖かな光溢れる平和な世界を指差して、数え切れない数多の死者が揃って尋ねるのだ。

「どうして? どうして私達をあの暖かな平和な世界のなかに入れてくれなかったの?」

 答えが無い。答える言葉が無い。ただ涙が溢れ出して。飛び起きる。


 寝台の上、隣で眠るマリアやヒルダにしがみつく。

 その肌の温もりに、夢の続きが追いついてこないように、すがりつく。

 なにか恐ろしいものがやってこないように、赤子のようにすがりついた。

 彼女達は優しく、その背や頭を撫でてくれたのだった……。



 私は、尋ねて廻れば良かったのだろうか?

 今後千年の平和のために「なぁ君、ちょっと死んでくれないかな?」と。


 あはははははははははははははははははははははははは!!

 我ながら良い冗談だ!!

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