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第四話 名も無き英雄たちの群れ

 ペシーン! ペシ-ン! と、ベラルーシの街中に罪人を叩く皮鞭の音が響く。

 可哀想な罪人は皮が剥がれ、肉も削がれ、骨が見えている。

 スケルトンくんだ。骨しかない。


 今現在、地面に刺した木の杭に縄で縛り付けたスケルトン君を公開処刑に掛けているのであった。

 いやー、人の憎しみって怖いねー。みんな並んで一発ずつ、除夜の鐘のように叩いてるわ。

 108回で煩悩が消えて成仏するかな?

 塩分を体表面に触れさせるなら、なにも水に溶かす必要は無い。

 べつに不凍液に混ぜても構わないのだが、それはエコロジーではない。地球汚すの駄目。

 なので、二枚の皮の間に凍らない油と共に塩を挟んだのだ。

 ただそれだけ、ただそれだけなのに辿り着けない、これが<加護>のなかの人たちの想像力なのだ。

 与えられた才にしがみつくあまりに他の道を模索しない。

 選択肢を示されたがために選択肢から離れられない。

 戦うための<加護>である<剣>や<槍>や<弓>の加護を持つ者だけが戦えるのであって、自分達は戦うことが出来ないのだと勝手に自分を檻の中に閉じ込めてしまう。

 創意もなく工夫もない。だから、こんなことにすら辿り着けない。

 こうして彼等は自分達が戦える者達であることを知った。

 こうして彼等は自分達が死者を滅ぼせる者達であることを知った。

 このレオンハルト・フリードリッヒ・フォン・グローセ(偽)の手によって。

 実際は叩く必要はなくその体に絡めるだけでも十分なのだが、形状的にどうしても叩きたくなってしまうのだろう。気持ちは解る。


 あ、縛られたスケルトンくんが成仏なされた。じゃあ、次のスケルトンくんをバックから出さなきゃ。

 スケルトンくんはなかなかにフリーダムな性格をしているので、集団活動から離れている個体も少なくない。

 群れにして個の意識をもつカマキリさん達とは違うのため、それを誘拐しても誰も気付いてくれないのだ。友達甲斐のない奴だ。

 へっへっへ、お宅の白い骨をした息子さんは預かったぜ。返して欲しければ天国に還してやる。たぶん、地獄だろうけどな。

 誘拐の手順は、先生のお力ではぐれスケルトンを探し、T・A・M・S・D君の力を借りて拉致、「寝取られ号」のトートバックにぽいして蓋を閉める。おわり。実に簡単な作業でした。

 バックのなかにはまだ十分な数のスケルトンくんが居るのですけれど、街の皆さんは「一度は俺にも叩かせろ」と言う顔をしているので幾らスケルトンくんが居ても足りません。困りました。

 困ったことになったので、まだ叩きたりない人たちを募集しま~す。

「我が名はレオンハルト・フリードリッヒ・フォン・グローセ! この武器の作り手である!! 武器の数はある!! だが人手が足りぬ!! 今、まさに貴殿等の輩であるエストニアの民達が襲われんとしている……。<剣>や<槍>や<弓>の加護を持たずとも奴等は倒せる!! ならば貴公等は戦士に成れる!! いや、自らの<加護>の可能性を信じるなら、より効果的に戦うことすら可能だろう……勇者諸君!! 力を貸して欲しい!!」

 倒れ臥して成仏したスケルトンくん。そうして成仏した彼を見つめる男達の中から一人、また一人と瞳に闘志を燃やしながらこちらに歩み出てきました。

 あ、女性の方は流石にご遠慮願います。

 スケルトンくんが喜んでも腹立たしい限りですから。

「ぶ、武器には数の限りがあるのでな、女性の方々は遠慮願いたい……そ、そう! 戦いは男の仕事!! それを奪わぬで欲しい!! これは男の矜持なり!! 女性の方々は街に残り男達の無事を祈っていて欲しい!!」

 俺がニッコリと王族スマイルで試みるも、女性達は不機嫌そうな顔で下がっていった。

 これが本物のレオ兄様なら喜んでさがってくれるのになぁ。

 はぁ、やだやだ、顔面格差社会は。

「では、戦いに赴く勇士は、明日の昼、この地、この場に集まってくれ! ここに現われ英雄達を運ぶドラゴンを見て驚くかも知れぬが、彼等は心強き仲間だ! 安心せよ! では、北は寒いのでな!! 旅支度に戦仕度を整え……そして、万が一を心してここへ来てくれ。では、我は次の街を目指すゆえ出立する!! 飛べっ!! ドラゴンよっ!!」

 「寝取られ号」がスケルトン入りショッピングバックを片手に大空へと飛び去る。

 方々から人を集めないといけないから忙しいんだわ。

 そして、勇気ある男達は翌日の昼までに旅支度を整えるため家へ飛んで帰り、そして昼、新たに現われた別のドラゴンのショッピングバックに詰め込まれて戦場へと向かうのであった。

 もちろん、到着後には皆で嘔吐を繰り返しておりました。


「そんなに乗り心地悪いのかねぇ?」

「我が主カールも我が袋の中に入ってみるか?」

「いやです」


 はてさて、そんなこんなで集まった兵士の数は総勢20万の義と勇に燃えた英雄達。

 彼等自身が用意してきた分もあって、食料に防寒具などもばっちりです。

 一人一人の名前を覚えてはいられないので、名前はあるけど名も無き英雄達と呼ぶことにでもしましょう。良い考えです。

 そんな英雄さん達ですが、困ったことに2000万のスケルトンさんを前にしてガクガクブルブルと蒼褪めて震えております。

 あの、君たち? 覚悟を決めてきたのではなかったの? それとも寒いの? その震えは寒さだよね?

 戦力比1対100。実に少年漫画的な嬉しいシチュエーションではないですか。ここは一発、燃えましょうよ?



 決戦を前に<加護>とはなにか。それについて語っておきたい。

 <加護>とは、簡単に言えば願いを叶える力のことになります。

 因果律の隙間に魂魄の力で割り込んで、自らの望む結果を引き出す現象を<加護>と呼びます。

 <館>の一級加護を持つロッテンマイヤーさんは子供の頃からドールハウスが大好きで、ついには自分で作るように、そして一級の加護に辿り着きました。

 <剣>の一級加護を持つアルブレヒトくんは子供の頃から剣を振り回すのが大好きで、そして、一級の加護に辿り着きました。

 <料理>の一級加護を持つロニーさんは子供の頃から料理が大好きで、そして、一級の加護に辿り着きました。

 魂、先生に言わせれば魂魄情報体ですが、これは成長するものなのです。

 ロッテンマイヤーさんが死んでしまい、次に生まれ変わったとしても、きっとドールハウスが好きな子供になるのでしょう。

 アルブレヒトくんが死んでしまい、次に生まれ変わったとしても、きっと剣を振り回すことが大好きな子供になるのでしょう。

 ロニーさんが死んでしまい、次に生まれ変わったとしても……蟲好きかつ料理人になりかねません。願わくば、<蟲料理人>の特級加護というおぞましい加護にならないことを祈りましょう。美味しくても蟲は無いわー。海老と蟹はいけるけど。

 人の体は滅びます。記憶も感情も人格も滅びます。

 ただ魂は、その<在り様>だけは残し続けます。

 魔王シャルルマーニュは大きな愛への渇望を持っていました、それが彼の<在り様>で、それは多くの不幸を呼びましたが、それこそが彼の魔力の源でした。

 自らの<在り様>の大きさや純粋さが<加護>で言うならば等級。

 <魔法>で言うならば魔力の大きさに相当するのです。

 人は、いえ、生物は繰り返し生まれ、繰り返し死に、そして、魂、その<在り方>を成長させていくのです。

 実のところ、<加護>というものは旧時代の地球にも存在したものでした。

 ただ、因果律の強さが邪魔をしてなかなか願いが叶わなかっただけで、実際には昔から存在したのです。

 それが世界融合によって因果律に綻びが生じ<加護>が現われやすいようになった、それだけの話なのでした。

 ちなみに私の<加護>は8級に相当するらしく、どうりで水晶が光らなかったわけです。圏外じゃ仕方ない。

 先生に言わせれば量子力学下の観測がどうのこうとサイエンスなお話をしていただけましたが、細かな話は置いておきましょう。

 大事なことは魂が成長をするということです。

 そして死後世界種の魂魄汚染は、それを台無しにしてしまう行為なのです。

 だから、私は、守ります。先生が教えてくれなけば見過ごせたのですけれど、教えられた以上は見過ごせない。

 人の成長を止めないように、魂の成長を止めないように、私は戦い、そして守ります。

 彼等には彼等の言い分があるのでしょう。でも、私には私の言い分があるのです。

 だから、戦いましょう。

 本当の意味での生存戦略を賭けて戦いましょう。

 彼方の身勝手を私の身勝手で潰しましょう。

 私の<在り方>と彼方の<在り方>、どちらが正しいのかは知りませんが、負けてやる気などありませんから!

 私は皆の<在り方>を守りたい、それが私の<在り方>です!!

 矛盾は重々承知の上で彼方を叩き潰します! 覚悟してくださいね? ミハイルくん!!



 そしてもう一つ、ある男性の話をしたいと思う。

 その名はミハイルくん38歳軍人(独身)。それは、ただの、不幸な男性だった。

 彼の国は戦争をしていた。それも、希少となった資源を巡る世界を巻き込む一心不乱の大戦争。

 そんななかで、どこかの誰かが考えた。

 人類の夢「死なない兵士」が欲しいと考えてしまった。

 当時、未熟ながらも魂魄の存在を知覚していた科学は、この魂魄を核としたエネルギー型の生命体を生み出すことにより、それに近いものを創造出来るのではないだろうかと推論付けた。

 そうして始まった非人道的な実験。資源は乏しくとも、幸いなことに材料だけは豊富に存在した。

 まず、未熟な理論のために魂魄を破壊された者たちが居た。

 次に、理論は完成したが、その魂魄は塩分により崩壊するという結果が解るまでに魂魄を破壊された者たちが居た

 そしてその果てに、体内の血液、塩分を抜かれながら、殺されながら生かされて、そうして実験は成功した。

 このようにして初めて生まれた死後種の存在は、敵国の人間であったために塩による殺処分がなされた。

 次に被検体と成ったのは祖国のために、亡くした妻のために、亡くした息子たちのために、名乗りをあげたミハイルであった。

 忌まわしくも実験は成功し、さらに副次的な効果をもたらした。

 魂魄の汚染によってミハイルは自律的に自己の複製を作りだせるという特性を持っていたのだ。

 囚われた敵国の人間は沢山いた、だから優秀な軍人であるミハイルも沢山になった。

 戦争は続いた。

 幾たび肉体を滅ぼされようと、魂魄を取り付かせる相手はいくらでも換えが存在した。

 塩による攻撃など科学的な装備さえあれば、どうにでもなるものだ。

 銃を手に、戦車に乗り、さらには戦闘機に乗って人間の限界となるGを易々と突破した。

 そして勝った。勝って、勝って、狩った。

 祖国は世界を統一し、ミハイルを偉大なる英雄として称え上げた。

 それから悲しくも国は腐りはじめた。

 世界全体であれば希少な資源も祖国のみで使用するなら十分以上の量となる。

 大量生産、大量消費の物質的に素晴らしい社会、誰もが幸せになれる国になった。

 貧しさから逃れられた人々には笑顔が溢れ、誰もがミハイルを英雄として称えた。

 彼等は暖かい食事、綺麗なドレス、豪華な住宅に住み、物質的な快楽を満喫した。

 だけど、一人だけ、残された者が居た。

 ミハイルは夢をみない。眠れないからだ。

 ミハイルは食事をとらない。胃袋も舌も、味覚も遠い昔に捨ててきた。

 ミハイルは服を着飾らない。肌も肉も、痛覚も温感も遠い昔に捨ててきた。

 そして、ミハイルは愛を語れない。触れるための肌もなく、温もりを感じることも出来ず、ただ触れただけで人体内の塩分に拒絶されてしまう。

 それでもミハイルは人々の笑顔を見て我慢した。我慢して、我慢して、我慢し続けた。

 だが、人々は我慢しなかった。

 やがてミハイルへの敬意は薄れた。忘却した。世代を重ねるごとに尚。

 尊敬と賞賛の瞳は、生きた屍に向ける、軽蔑と嫌悪の瞳に変わってしまった。

 だから……愛は、憎しみへと変わってしまった。

 本質的に同一のミハイル達。一人のミハイルが憎しみを抱くことは全てのミハイルが憎しみを抱くということだ。

 愛しかったはずの祖国の民の笑顔が憎しみの対象としてしかその空洞の目には映らなかった。

 そうしてミハイルは軍人から革命家に、もしくは思想家へと変貌した。

「みんな、等しく、ミハイルになれば良い」

 優秀な軍人であったミハイルの群れは、戦争を忘れた祖国の民を全てミハイルへと変貌させた。

 収まるところを知らないミハイルの怒りは全世界に向けられ、ありとあらゆる地でありとあらゆる人々がミハイルになった。

 ミハイルのミハイルによるミハイルのための世界。

 ミハイルだけの世界。

 こうしてミハイルは名前すら失った。

 世界にはもうミハイルしか居ないのだから、この世界にはもう誰もミハイルの名を呼ぶ者などいないのだから。

 残されたのは、名も無き英雄たちの群れ。

 そしてただ退屈な時間だけが過ぎていった。

 自己保存の本能が自殺を許さない。

 この体になっても自己の消滅は多大なる恐怖であり、海がそこにありながらも、それを乗り越えられるミハイルは少なかった。

 自己増殖の本能を満たすための相手はもう居ない。

 それはミハイルに対して酷い苦しみを与えた。

 退屈という苦痛。本能を満たせない苦悶の中で、長い長い時の果てに、世界の融合へと巻き込まれた。

 そのときには怒りはもうなかった。しかし残った自己保存と自己増殖の本能に突き動かされながら、最小の犠牲で己の渇望を満たしていった。清貧に務めた。だが、ミハイルは時間と共に数を増していく。だから犠牲も増えていく。

 そんな終わりの無い日々のある日、毎年のごとく行なわれる冬の旅、自らの故郷であるモスクワから北周りの陸路の途中でドラゴンに乗った少年に出会った。

 「寝取られ号」に乗った私のことだ。

 そして宣戦布告が為された。一万二千、いや、それ以上前から凍り付いていた軍人の心に火が着いたそうだ。

 それから示された経路、これに罠が待ち受けていることも重々承知で死にたがりのミハイルくんは受けたようだ。

 張り巡らされた罠を堂々と打ち破ってやろうと考えたのだ。

 兄貴って呼んで良いですか?


 ところで、先生曰くミハイルくんは私を見た瞬間に直感したのだそうです。

「この少年は私の同類であり、そして私の死神だ」そう直感したそうです。

 流石は年の功、優秀な軍人である英雄ミハイルくんは実によく解ってらっしゃる。



 と、いう私の心の中での宣戦布告もなんのその。

 やる気と言うものが感じられないスケルトンくん達。

 こ、こいつ等ぁ……まるで壇上の校長先生を前にしても話し続ける生徒達のようにだらけております!!

 き・さ・ま・らぁぁぁぁぁっ!! 粛清だ!! 粛清してくれるわ!!

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