表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/42

第二話 異世界だと信じていたのになぁ

「戦い、ですか? 不得手ですな。<執事>の加護にそのような権能は含まれませぬ」

 ハインツ老の答えは残念なものだった。

 調査の結果、この世界の執事やメイドはジャパニメーション基準ではなく、真面目な執事やメイドさん達のようだ。

「久方ぶりに腕が鳴りますなぁ」と言い出して徒手空拳で戦ったり、銀のナイフを乱舞させて敵を貫いたりはしないそうです。

 メイドさんのスカート丈が長いしね。わかってたよ。

 ただ、メイド長のロッテンマイヤーさん(年齢不詳)だけは<館>の加護の権能を利用し、ある程度の戦闘行為を行えるそうです。

 館内部の人の位置を把握できるので、あらかじめ設置された罠を起動することで賊に対して間接的な戦闘行為を行えるとのこと。

 この館、命を刻む館と改名しようかな?

 館には二十三名の使用人が居るのだけれど、その全ての使用人が有能すぎるために仕事が足り無い。

 夢の2LDKどころか、40LLLLDKDKKKKK厩舎付きのこの大豪邸でありながら、<ハウスキーパー>の二級加護を持つ二人のメイドコンビにとってみれば一時間と掛からず仕事が終ってしまう模様。

 ちなみにロッテンマイヤーさんの<館>の一級加護により、雨が降ろうが槍が降ろうが館自身は新築同様に、ではなく重厚感と歴史情緒溢れる威厳を保ち続けている。たとえ放火にあってもどうということもないそうです。

 知れば知るほどに<加護>ってチートだなぁと思い知らされる俺。

 一級でこれなら特級なんてどんなことになるのやら……あぁ、レオ兄さまが大空の雲を細切れにしてたっけ。剣の力で。

 晴釣雨読の生活もはや一年近く、晴れの日は釣り道楽とはいえ、雨の日には読書で無聊を慰めているとその読書量も相当なものになってきました。

 興味の対象は主に<加護>について。

 自分が使えるわけではないが、それでも他人を使うことで間接的に使うことは可能だからだ!!

 そう、俺は王家の三男坊。人を使える立場に居るのだ!!

 久しぶりに思い出したよ王族だったこと。

 <加護>の有無を除けば地球のヨーロピアンな雰囲気と何一つ違いの無いこの異世界。

 <加護>を持つことを前提に生きる人々と、<加護>を持たないことを前提に生きる俺の間にカルチャーギャップはあるものの、異世界成分が足りないと感じて成分補給に勤しむ今日この頃なのです。

 そんな訳で<加護>について書かれた本を読み漁る毎日。

 そうしていると<加護>というものについておぼろげながらにも形が見えてきました。

 現代知識チートが役に立ったのか、あるいは<加護>を使えない身の上の岡目八目か、なんとなくではあるものの理解が出来た。

 まず<加護>の付与に関しては、先天的に持つ方向性と10歳になるまでに培った経験、そして願望が<加護>の種類に影響を及ぼします。そして、その魂のキャパシティに応じて等級が決定される。それから複数の<加護>を持つと数に応じてキャパシティが分割されて低級になりやすいということだった。

 つまり、四分割や三分割して未だ特級にある我が兄弟姉妹達はリアル化物だということが解ってしまいました。

 次に、同じ等級であっても専門性の高い概念の方が汎用性の高い概念に勝るということでした。

 <料理>の一級加護を持つロニーのパンは<パン>の一級加護を持つパン職人のパンに劣るということだ。

 それから<物語>や<本>の加護を持つ作家が書いた本は確かに読者の感動を呼び起こすのですが、それは直筆でなくてはいけないという制約があるとのこと。写本は加護の影響範囲になく、そのため俺が売れっ子作家として印税生活の左団扇を送れる可能性はまだあったとのこと。

 いやもう左団扇の生活してるんですけどね。

 さて、ここまではこの世界における世間一般の常識です。

 一歩踏み込んで、そもそも<加護>とは何なのか? という問いに答える書物はあまりにも少なかった。

 多くは偉大なる神が人に与えた福音であるという文章で締められる推論ばかりで、真面目に研究された資料はほぼ皆無に近い。

 加護のなかの鳥な人々、<加護>そのものについて考えようとする人も少ないのでしょう。

 <学問>や<研究>の加護が与えられない時点でその方向への努力を放棄してしまう人々なのだから。

 こうして壊滅した論文たちのなかに、一つだけ、面白い実験の内容が記されていました。

 <薬>の一級加護を持つ薬師に正規の材料と、その辺の雑草を材料に使った二つの「病気を治す丸薬」を作ってもらい、それを同じ病状の患者に与えたところ二人ともに完治したというのだ。もちろん、雑草には薬効成分は含まれていない。

 次に、雑草を元に「病気を治す丸薬」の作成を依頼して異なる病状の患者に与えたところ、これもまた二人そろって完治した。

 これで薬の<加護>が治療に必要な薬効そのものであって、丸薬はそれを乗せる媒体でしかないことが判明した。

 このことから高位の<加護>を持つものにとって材料は薬効に関与しないという結論に至ったそうだ。

 数百の駄文の中から初めて科学的な論文を見つけた時には涙が出ましたよ。

 そして風邪も盲腸も癌も病気としてひとくくりに治してしまう<加護>の力。

 なるほど、理屈はわかるが科学的にはさっぱりわからん。

 <加護>と言うものの出鱈目さが更に解っただけであった。

 そしてその研究者が百年以上前にお亡くなりになっているあたりでがっかりしました。

 話し合ってみたかったなぁ。


 ついでというわけでもないのですが、この世界の文化停滞の原因も理解がいきました。

 それは<加護>ありきの文化なので、<加護>を超えた文明は作りえないということでした。

 過去に確認された幾千の<加護>の一覧を参照していると、いろいろと抜けが発生していることに気が付いた。

 剣・槍・槌・弓・盾・鎧という戦闘に有用な加護群を見て気付いた。<銃>の加護は無い。

 火・水・風・土・光・闇・影といったエレメンタリー的な加護群を見ても<重力>や<電磁気>などは無い。

 つまり、言葉として常用されていない<加護>は存在しない。

 そして、<加護>の内側に閉じこもってしまった人々は新たな<言葉>を生み出すことも無い。

 それは新しいものが生まれない世界ということだ。

 とはいえ<核融合>や<反物質>などの加護が生まれてもそれはそれで困りものですから、これはこれで良いのかもしれませんが。

 この世界の命運は、この世界の人たちに任せましょ。

 うっかり科学知識をご披露して世界を終焉に導くのも気が引ける。

 闇と影が違うあたりに現代人として納得のいかないところもありますが、この世界の人達にとっての認識はそうなのでしょう。

 おそらく俺が<執事>の加護を得られたなら、徒手空拳で戦う万能バトル執事になれたんだろうな。

 とりあえずうちのメイドさん達が夜の御奉仕として「旦那さまぁ(はぁと)」と迫ってくることは無いようだ。残念。



 さて、長雨が晴れた今日は快晴なので絶好の釣り日和だ。

 本を漁るのも好きだけど、魚を漁るのはもっと好きです。

 そして今日は<植物>の二級加護を持つ庭師のデニスくんに作ってもらったカーボンロッドが唸りをあげる日です。

 科学知識の伝播がちょっと怖いのでデニスくんには内緒ということにしてもらいました。

 高温高圧加工という概念が外に漏れると困るものね。

 ついでに糸とリールも完備させていただきました。

 これで桟橋から糸を垂らすだけの釣り掘スタイルからフィッシングに進化です。

 太公望も良いものですが、やるからには本気でいきますよ。

 ちなみにこの一年で桟橋の釣り人数は八名に増加しました。

 成功の保証が無い努力というものは新鮮な娯楽のようで、暇を持て余していた男性陣には好評な模様。

 女性陣? あんな浪漫の解らない生き物のことは放っておけ。

 いずれは皆で海に出たいねLet'sクルージング!

 王子であるということを忘れがちな今日この頃。

 そして王子であることを忘れられがちな今日この頃。

 そう、この桟橋の上では人の血の上下など関係ないのです。

 釣り上げた獲物の大小、それこそが男の地位を定めるのです。

 坊主? 生きている価値は無いねぇ。お母ちゃんの腹の中からやり直してきな!

 はい、生きている価値の無い俺です。

 なぜ? なぜ皆は爆釣なの? そしてなぜ僕は坊主なの?

 使用人七名からの計14つの生暖かい瞳が辛い。

 <加護>が無いと知られたときのあの憐憫よりもなお辛い。

 くそう、今日は新たなフィッシングスタイルのお披露目だと言うのにこんなざまで良いのか? いや、良くない!

 こうなれば大物狙いだ、大物意外は狙わない。

 そうして俺は館に走って戻り、そして新たな餌を手にして戻ってくる。

 新たな餌、それは最高級の鳥腿肉だ!

 待っていろ魔界魚! 異世界なんだから居るはずだろう!?

 大きな釣り針をグッサリと、そしてリールを解放、最後に力いっぱい鳥腿肉をオーバースローで遠投!

 あ、20mも飛ばなかった。肉体年齢10歳児だってことすっかり忘れてたわ。

 しょうがない、リールを巻き巻き、いーとー巻き巻き、肉を回収だあぁっ!?

 あたりが、あたりが着たぞおぉぉぉぉぉう!?

 釣った、というよりも、釣られた!?

 リールを解放、糸を垂れ流してロッドごと持っていかれるのを阻止。

 周りの使用人達がようやく俺が王子であることを思い出したらしく、抱き抱え、そして館に連れ戻そうとする。

 しかし俺は宣言した。

「ええぃ! 貴様ら! この俺に敗北を教えるつもりか!? この大怪魚との勝負は我の初陣と知れ!!」

 かくして桟橋は一転して男達の戦場に変わる。

 俺の体を支える者、ロッドを共に支える者、リールを共に握る者、そう、今ここに俺達の心は一つになった。

 釣り針を外すべく水面下で大きく暴れる大怪魚、糸のテンションに気をつけながらゆっくりと、しかし確実に、リールを引き絞る。

 時にはロッドをしならせ、離し、焦らしをもって獲物の体力を確実に奪っていく。

 ゆっくりと確実に、勝利の時は近づいていた。

 20mが10mに、5m、4m、3mを数えたとき、その大怪魚の正体が見えた!!

 ……馬でした。

 自分でも何を言っているのかよくわからないのですが白い馬でした。

「ケルピーだ!」

 使用人のなかの誰かの声がした。

 大怪魚改め怪馬の正体はケルピーと言う名の生き物らしい。

 魚ではなかった、だが、大物には違いない!

「今です!!」

 俺の号令一下、カーボンロッドを引き上げリールを激しく絞る。

 ケルピーは最後の足掻きと暴れまわるが時遅し。

 糸にもロッドにもリールにも<加護>が掛けられているのだよ。その程度の馬力で壊れはしないっ!

 やがて力尽きたケルピーは、前足から上だけを桟橋に打ち揚げられる無様を晒した。

「我々の勝利だっ!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」

 ノリの良い釣り友達、大好きです。

 で、どうしよう?

 馬って美味しいの?

 あと馬のくせに鳥肉を食うってどうなの?

「ところで……ケルピーって何? 馬なのに水から出てくるとか意味不明なんだけれども」

「王子はケルピーを存知あげないのですか。では、軽く説明させていただきます」

 執事のハインツ老がケルピーに関する情報をつまみつまみで説明してくれた。

 人間を川に引き擦り込みその肉体だけを食べ、内臓だけを残す肉食性水棲馬という魔獣の一種らしい。

 馬具を取り付ければ通常の馬のように使役することも可能で、その走りは通常の馬を大きく超えるものだそうだ。

 さらには水を蹴り、水上を駆けることすら出来る超高性能とのこと。

 という説明を聞きながら、なぜ栄養価の高い内臓を残すんだこの肉食馬という感想を思い浮かべていました。

「馬刺しor乗馬……悩ましい問題だ……いやいや人食いの生き物を食うってのもこれはこれで嫌悪感が……」

「王子には未だ愛馬というものがありませんから、この際、馬術の練習用として確保いたしましょう。私どもも人食いの魔物を口にすると言うのはあまり喜ばしいものとは思いません」

 悩んでいるとハインツ老からの提案があった。

 というわけで、俺の愛馬(愛されていないが)として使役されるケルピー生が始まるのであった。

 <動物>の二級加護をもつ厩舎管理人により二十四時間体勢の調教と言う名の洗脳を受け、ケルピーとしての本能を根本から破壊されてしまうのだが、それが彼にとって幸せであったのか不幸であったのかは誰にも解らないのだった。


「魚が釣れたと思ったら馬が釣れた。正直言って驚いた。でも魚は釣れなかった。これいかに」

 夕食の席で今日の釣果について述べていると、料理人のロニーが補足をしてくれた。

「おそらく、長雨による影響で幻想種の領域からこの地までケルピーが押し流されて来たのでしょう。それで怯えるように近在の魚達は岸辺に寄ってしまい、桟橋付近でばかり魚が釣れたのでしょうね」

 つまり、今日の爆釣はケルピーが原因。

 では、ケルピーを湖の真ん中に配置すればいつでも爆釣?

 いかんいかん、それはダイナマイト漁法並みの邪道漁法だ。

 フィッシングの本質は魚と人の心の交流にあるのよ。痛い思いをするのは常に魚達ですけど。

「幻想種の……領域?」

 釣りのことに気を取られ、ワンテンポ遅れて聞き逃した単語を確認する。

「はい、このライン川の上流には幻想種の領域がありますから、そこから流されて来たものだと思いますよ」

 幻想種の領域……いやいや待て、ライン川?

 ライン川と言えば、ドイツの川だよね?

 ヴィルヘルム、レオンハルト、ジークフリート、カール、ルイーゼ、シャルロット。

 全部ドイツの人名じゃねぇか。

 そういえば日頃からイッヒイッヒと口にしてた気がする!?

 第二外国語の選択をフランス語にしてモナムーとか言ってたツケが今ここに!?

 あれ? ほんとにここ、異世界なの?

「あたりまえの、常識の話を聞いて悪いんだけど、幻想種の領域って何?」

 あぁカルチャーギャップ再び。

 ロニーが説明に窮してる。料理人であって教師ではない彼に困った質問をしてしまったかな。

「げ、幻想種の領域というのは、幻想種の生き物達が住んでいる領域でして、幻想種というのは幻想種の世界の生き物でして……」

「うん、ごめん。後で自分で本を読んで調べるよ」

 俺のフォローに胸を撫でおろすロニー。

 この世界の人は本当にアドリブに弱い、自分の<加護>の領域外の行動にはアドリブ聞かないよなぁ。

 そんなわけで夕食もそこそこに、書庫で調べものを開始する俺。

 まずは世界地図を探そう。

 よく考えてみれば生まれて十年、慣れない言語や宮廷作法と言ったものにばかり目が行って、地理とか歴史とかそう言ったものには目を向けてこなかった。そもそも自分の領地と隣接する国について知っておけば十分なのだ。世界の裏側の地名まで知っていた前世の世界こそあるいは異常なのかもしれないと自己弁護。

「自国の地図はあるけど、もっと広域の地図となると、無いなぁ」

 この時代、地図はイコール軍事情報にあたるのだから見当たらないのは当たり前といえば当たり前なのだけど、気になって仕方がない。

 <加護>という異能力があったからこそ異世界だとばかり思っていたけれど、本当に異世界なのか不安になってきた。

 「人類種」は十歳になると<加護>を得る、という言い回しが、動物には<加護>が宿らないという意味を指しているものだと思っていたけれど、「幻想種」と分ける意味合いでわざわざ「人類種」と言う言い回しを使っていたのだろうか?

 こういうときは歴史の本だ。

 地に落ちて久しい権威を失った教会の聖書の創世記から歴史を辿ろうじゃないか。


 創世記

 新暦1年、旧暦2085年、幾多の世界が交じり合い争いと血と混沌が世界を支配した。

 新暦10年 混沌の中で生きる術を失った人類種に偉大なる主がその恩寵としての<加護>を子供達に与えた。

 まずそれは<食>の加護であり、飢えるものを満たした。

 つぎにそれは<癒>の加護であり、傷ついたものを癒した。

 そして続くは<住>の加護であり、人類種を他の世界種から守った。

 それより後、続く子供達はそれぞれに<加護>を得……。

 うん、もう十分だ。

 つまり、俺の生きた時代の少し先で次元の融合とか世界の融合というものが起こって旧人類の文明社会は崩壊。

 おそらくはケルピーやらドラゴンやらのモンスター軍団が暴れまわったのだろう。

 その後、世界融合に適応した新時代の子供達が<加護>という異能の力を授かり、人類文明は一応の形を取り戻しましたとさ。めでたしめでたし。


 そして融合したのは元の世界を含めて七つ。

 「人類世界」

 「幻想世界」

 「鬼人世界」

 「龍精世界」

 「群蟲世界」

 「触手世界」

 「死後世界」

 現在確認される限りの七つの世界の融合から生み出された現世界。

 異世界だと信じていたのになぁ。

 未来世界だとは思わなかったよ。

 旧暦2085年か……父ちゃん母ちゃんは天寿を全うしてるな。

 兄と弟は怪しいところだが、まぁ大往生の年齢だろう。

 何千年遅れになるのか解らないが死後の冥福を祈っておこう。


 ぎゃーてーぎゃーてーはらそーぎゃーてー。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
触手が独立した世界……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ