第四話 曇天模様の空の下
暇だから、というわけではないのですが、現在、俺以外に外交任務を果たせそうな人員が居ないため、親書を届けに行きました。
それはハープスブルグ王家に向けたものでした。
「寝取られ号」に乗り、一路ハープスブルグ王国を目指します。
今回は、王子として気合を入れてきたためか、「寝取られ号」が傍にいたためか、じつにあっさりと国王への謁見が許されました。
外交儀礼は全部すっとばしましたが「寝取られ号」より早く使者を送ることは不可能なのでしかたがないことでしょう。
親書を携えてのドラゴン砲艦外交、仲良くしたいのかしたくないのか解りませんね。
「まずは、おめでとうございます。と、賛辞を申し上げたほうがよろしいのでしょう。おめでとう御座います、元・東ハープスブルク王国国王にして、現・正統ハープスブルク王国国王フェアディナント陛下」
片膝をつき、ハープスブルク国王フェアディナント陛下に敬意をあらわす。
「そうであるな。一応は、目出度きことだ。余の代でことがなされるとは思いもよらなんだよ。なにしろ、なにもしていなかったのだからな」
フェアディナント陛下はマクシミリアン陛下とはまるで似ていなかった。
ハープスブルクが東西に分かれて後、ずいぶんと長い時を経たのだろう。
血のつながりを感じさせる感覚は訪れなかった。
「余が、なにか事を成したわけでもないのだから称賛されるいわれも無いのだが、賛辞は嬉しく受け取ろう。もちろん、カール王子がお持ちした祝いの品々についても嬉しく思う」
「ありがとうございます、陛下」
フェアディナント陛下に恨みがあるわけではないのだが、マクシミリアン陛下とどうしても重ねてしまい、苛立ちを感じてしまった。
今日は、冗談を言う気にも、考える気にもなれなさそうだ。
「まさか、フランク帝国が堂々と条約破りを行い西ハープスブルク王国を併呑してしまうとはな。いや、あれは併呑ではないな、侵略だ。余の国とは建前として反目していたとは言え、兄弟であるかのような国が、侵略によって亡国となってしまうとは。実に悲しいことだ」
西ハープスブルク王国という国は、この世界から消えた。
そのために東ハープスブルク王国は「東」の冠を外し、正統なるハープスブルク王家として認められることとなった。
西の王族は死に絶え、民は奴隷として、国土はフランク帝国の名を冠することとなった。
奴隷制度、それはなにもバチカン法皇国の専売特許ではない。
フランク帝国にも、ハイランド王国にも、ここハープスブルク王国にも、亡国となった西ハープスブルク王国にもあった。
そしてもちろん、我がグローセ王国にも。
私は、西ハープスブルク王国を蟲からは守った。
だが、人からは守らなかった。ゆえに滅びた。見捨てた。見殺した。ただ滅び行くままに任せた。
いや、それどころか滅びを助長させた。全てはグローセ王国のために。細工をして、人を、亜人を、ドラゴンを操り、誘導し、他国の人々を奴隷の身に落とさせた。
私は、グローセ王国の王族、第三王子カール・グスタフ・フォン・グローセであったために、西ハープスブルク王国を滅ぼした。
ただ、守りたいものを守るために、マクシミリアン陛下とマリア王女を生贄として捧げたのだった。
少しだけ時間はさかのぼる。
フランク帝国軍は予定の通りか、予定外か、五十万の軍勢をもって西ハープスブルク王国への宣戦布告を行なった。
理由はなんだったかな? まぁ、とても理不尽で、子供のダダのようなものであったことは覚えている。
マクシミリアン陛下は、それを織り込み済みで全兵をジュネーブに戻し、そして市井の民すらも巻き込んでの決戦の準備を行なった。
猶予があったのだ、我が姉ルイーゼが生み出した<結界>の加護が自動的に解けるまでの猶予の時間が。
そのため、マクシミリアン陛下は全国民に呼びかけ、正規兵に義勇兵を、諸々の砦の全てを捨てて、決戦に臨もうとした。
敗北すれば全ての民が奴隷になるのだから、全国民が一丸となり……逃げようとして死ん者も居たけれど……決戦の準備は整った。
そして、開戦が始まったその二日後、フランク帝国軍と西ハープスブルク軍の戦闘が行なわれるさなか、私は西ハープスブルク王国に対して宣戦布告を行なった。
正確には、私ではなく「ドラゴンおよびドワーフおよびエルフによるアルプス連合王国」が、だ。
このタイミングで亜人が堂々と建国を表明し、そして、即座に宣戦布告を行なうとは誰も思わなかったようだ。まぁ、当然だ。
そして、カール第三王子こと、のっぺりーの男爵がフランク帝国軍との交渉の席に着いた。
もちろん、連合王国の初代国王である「女帝」の通訳としてだ。
交渉の間、姐さんには適当にギャース、ギャースと叫んでおいてもらいました。
「我が連合王国が自国領であると主張する領土は、モンブラン山を含めた以東のアルプス山脈全域、ならびに現在西ハープスブルク王国のベルンより以東と以北の土地である! 細かき線は地図にしたためたゆえ確認されたし! この領域内に入りし軍隊および人間は、侵略行為として受け取り処刑する! また国境線上にはすでに城壁を築きあげたゆえ、それを超えようとゆめゆめおもうなかれ! その際にはドワーフ、エルフ、そしてドラゴンの軍団が貴国の軍を襲うであろう! それを疑う者は天を見上げよ!」
俺はあの日のレオンハルト兄様のように天を指差す。
「寝取られ号」が「美味しいもの食わせてやるからよぅ、ちょっと付き合ってくれや」と誘ってまわったアルプス山脈のドラゴンたちが大空を幾百の単位で飛び回っていた。カールさん、ほんとうに便利な人ですね。
対抗するために必要な戦力は軽く五百万以上といったところでしょうか? 空に届かない剣や槍などの兵を抜かしての数字で。
戦う気なくすわーこれ。
「そもそも我等が要求する土地は、現在は西ハープスブルク王国の所領であり貴国に確認をとる必要は無いのだが、要らぬ争いを犯さぬために宣言するものである。貴国がここジュネーブにおいて西ハープスブルク王家を滅ぼした後、我等が領域を自国の土地と勘違いなされぬように、という忠告であることをお忘れなく。そのことを了承されたならば軍団の最高責任者の印を持ってこちらの書面に調印されたし!!」
とまぁ、こういう次第を姐さんと共にとっつかまえた偉そうな人に伝えたところ、やがて軍団の最高責任者がやってきた。
二十日ほどぶりかな?
皇女殿下どの、最高責任者があわてんぼうするなよ。
いや、うちの長兄も人のこと言えないんだけどさ。
「なるほどのぅ。実に、いやらしいタイミングで表れてくれるものじゃな。さらにドラゴンをこれほどの数を纏め引き連れてくるとは思わなんだわ。いや、そもそも、横槍が入ることすら考えておらなんだ」
「えぇ、タイミングには気をつけました。本当に、疲れましたよ。なお、一つ訂正させていただきますが、私が通訳としてドラゴンに引き連れられてきた側です。お間違えなく」
この二日、戦場の前線で魔法を振るい戦い続けていたのだろう。
可憐な少女から煤けた匂いが漂ってくる。
実際、こんな戯言に構っている暇などないはずだ。
戦線は動的で、マクシミリアン陛下はよく戦っている。
だが、上空のドラゴンを見れば戯言につきあわざるを得ないだろう。
「このフランク帝国軍とアルプス連合王国軍によるジュネーブ攻略のための共闘条約に調印した場合、我々は何を得られるのじゃ?」
時間が惜しいのだろう。
即座に本題から始まった。
「ジュネーブからベルンまでの土地と奴隷、あとは西ハープスブルク王国の王家や貴族の所有していた財貨、これにはベルン以東のものは含まれません。すでに我が国の領土内の所有物ですから。そして、ドラゴンによる王都ジュネーブへの突破口と、あとは空からの援護を、都市を焼け野原にしない程度に」
チューリッヒやリヒテンシュタインなどの土地に残された財貨までは与える気はない。
黒カマキリさんは肉にしか興味を示さなかったので、それなりに金や銀、宝石などが残っているのだ。
「それは、魅力的だのぅ。そして、調印しなかった場合はどうなるのじゃ?」
「まず、あなたがたが死にます。そして、西ハープスブルク王国も滅び、その領土全域をアルプス連合王国のものとします」
それだけの戦力が大空を舞っている。
舞っているだけですなんけどね。
「ふむ、西ハープスブルク王国全土を支配したとしてじゃ、我がフランク帝国軍が再び攻め入るとは思わぬのか?」
「全土を支配した後は、グローセ王国との軍事同盟が締結される予定です。さらにグローセ王国は北のプロイセン王国とも軍事同盟を結んでおりますから、この西ハープスブルク王国領土のために三国と全面戦争を行ないたいのであれば止めません。ついでにハイランド王国も仲間に引き入れてみましょう。バチカン法皇国にも打診しましょうか?」
たった、西ハープスブルク王国程度の土地のためにそこまでの危険は冒せないだろう。
そもそも、そのころには皇女殿下は死んでいるのだから心配することはないでしょうに。
皇族の立場とは、面倒くさいものですね。
「参ったの、詰んでおるではないか。降参じゃ。ジュネーブからベルンまでの土地、そして虜囚とした奴隷、そしてアルプス連合王国の領土の外となる王家や貴族の所有していた財貨全部じゃの? さらに、少しはジュネーブ攻略を手伝とうてやるからこれで手を打っておけ、と言うのじゃな? それに、さもなくば殺すぞという恫喝を含められてはなぁ」
「はい、ヒルヒルを殺したくはありません。今は」
皇女殿下殿に死んで欲しいとは思っていない。
ただ、今この場が戦場であるだけだ。
「ふむ、あの時に全力を出しておくべきじゃったわ。最も悪質な者を殺し損ねてしもうた。では、調印しようぞ、ここで良いかの?」
「はい、では契約どおりにさっそくジュネーブ攻略の突破口を開いてみせましょう」
「フランク帝国軍とアルプス連合王国軍によるジュネーブ攻略のための共闘条約」の契約書を受け取り確認する。
これで、フランク帝国は「ドラゴンおよびドワーフおよびエルフによるアルプス連合王国」を一つの国として認めたことになった。
幻想世界最大の帝国、フランク帝国がアルプス連合王国を一つの国として認めたのだ。
これで堂々と国家を名乗れる。フランク帝国がその保証をしてくれるのだから有難い。
「そちは、マクシミリアン陛下の友ではなかったのかの? そのように見えたが」
皇女殿下が実に残酷な質問を投げかけてくれた。
「えぇ、友達ですよ。でも、私は王族なので」
「なるほどのぅ。お互い、難儀な血に生まれたものじゃな」
「全くです」
では、契約の通りに、突破口を作るとしましょうか。
ゲームなどではHPとMPが存在し、MPが無くとも戦える。
ただ、国にもHPとMPが存在し、この場合、MPが無くなれば戦えなくなってしまう。
「では、「女帝」さま。計画の通りにお願いします」
こうして俺は姐さんにジュネーブ攻略計画の発動をお願いした。
今、ジュネーブの民達は恐慌状態にあった。
そもそもにおいて五十万からのフランク帝国軍との戦闘下、突如上空にドラゴンの大群が現われたのだ。
ドラゴンは不気味にも空を舞うばかりで動きを見せない。
たったそのことでも、人の心は挫け始める。
ドラゴンが相手だ、たった、とは言えないか。
だが、そんな中でも戦闘の意思を止めない者たちが居る。
マクシミリアン陛下を中心とした、正規の兵や、心の強き者達だ。
マクシミリアン陛下は実によく戦っていた。
数はあるといっても寄せ集めの軍。装備すら整わぬ弱卒の塊を率いて、この二日間、兵に激を飛ばし、戦術を重ね、あるいは自らワイバーンを駆ってフランク帝国軍の兵を散らして回った。
そんな陛下の姿を先生の力を借りて観察しながら思い出に耽る。
マリア王女は俺と二人で空中散歩と洒落込んでいたその時におっしゃいましたっけ。
「本当にワイバーンよりも早い……ううん……ワイバーンより、ずっと早い!!」
えぇ、早いんですよ。ワイバーンよりもずっと。ドラゴンは。
フラグ、立っちゃいましたね。
ワイバーンを天に駆り、戦域を確認しようと高度を上げたマクシミリアン陛下。
そしてその更に高みから急降下してくるのは「女帝」、子供を追い詰める大人のように、その巨大な口でワイバーンを一撃し、ワイバーンを地に落した。それは滑空などではなく、まっすぐ地面に向かってだった。
ドラゴンにとってワイバーンなど、その気になればただの捕食対象でしかないのだ。
その落下速度は、人が生き残れるものではないことは、誰の目にも明らかだっただろう。
まず、そのワイバーンに乗っていた者が誰であったかを知って居た者達の手から剣が滑り落ちた。
こうして、一つ目の突破口が開かれた。
念のためT・A・M・Sの光学迷彩を起動する。
今から滅ぶ国とはいえ、グローセ王国の不可侵条約破り、という不名誉になるかもしれないからだ。
「それじゃあ行こうか「寝取られ号」、ちょっとした散歩に」
俺を乗せた「寝取られ号」が空を舞う。
そして一路目指すは王宮だ。
地上の防衛線を無視して、高空から侵入し、勢いをつけて体当たりを食らわせた。
そもそも、外から来る地上の敵に対して城壁を中心にした防衛線を張っていたのだから、王宮にはろくな守りすらいない。
ならば、ここにあるのはただの大きな石の建造物だ。
「寝取られ号」がただその暴力を撒き散らすだけで容易く破壊されていく。
稀に、ドラゴンに立ち向かう英雄も居たが、残念ながらドラゴンスレイヤーを名乗るには程遠い実力であった。
王都ジュネーブに住む者、いや、西ハープスブルクの民にとって、王宮は象徴であり、それが容易く蹂躙されていく様は、心を折らせるに十分だっただろう。
十二分に王宮を破壊しつくした暴力の塊が再び空に飛び立つ。
まずは思い出の地、サン=ミッシェル大聖堂に向かって炎のブレスを放つ。
次いで、ブールド・フール・広場、あのジェラートは二度と食べられそうに無い。
ここまですればジュネーブに集まった全ての人々に伝わっただろう、上空のドラゴンは敵であるということが。
そこからは、予定通りに「人々の心のより所」となる建物に向けてブレスを吐いてまわるだけの作業が続いた。
もうやめて、ジュネーブのMPはもう0よ。
そして、最後に、フランク帝国軍が攻略中である城門を守る兵達を一度二度とブレスで焼き払った。
そうしてから、破城槌ならぬ「寝取られ号」の暴力で門を内側から破砕し、入り口を作り上げた。
これで、二つ目の突破口が開かれた。
人は、生き残っているが、心は、すでに陥落していた。
戦う意思を根こそぎに打ち砕かれた兵は兵にならず、義勇兵から勇ましさは消えた。
ワイバーンの落ちた先にはマクシミリアン陛下の墜落死した姿が転がり、これを旗印にしたフランク帝国軍の前に立ち向かおうとする者は居なかった。
こうしてジュネーブは陥落した。命の前に心が砕けて。
それを見届けてから「女帝」は大空を舞っていたドラゴンの大群とともに東の空に去り、そしてロニーさんの蟲料理に舌鼓を打ったのだった。
混乱の中、逃げ出した者達が居た。
その多くはフランク帝国軍につかまり虜囚、いや、奴隷となったが、それでも東へ東へと逃げ延びた者が見たものは壁であった。
<ベルンの壁>人間の世界と亜人の世界を隔てる強固な壁。
マクシミリアン陛下がジュネーブに全国民を集めているその最中、アルプス連合王国の手……いや、俺の手が作った壁だった。
壁の上には亜人が立ち、ジュネーブからの逃亡者をその場より東へは逃がさなかった。
そして、フランク帝国軍の兵が後から現われて彼等を連れ去った。
北へ逃げた者達も居た。
グローセ王国への亡命を求めて。
だが、ライン川は西ハープスブルク全土に降った雨で増水し、そして、川向こうには亡命を阻む強固な壁がそびえたっていた。
曇天模様の空の下、太陽と月の目が届かないところで、全ては始まり、そして終った。
マリア王女は自らの寝台の上で、静かに永久に眠った状態で発見されたそうだ。
ヒルヒルはその遺体を、丁重に葬ってくださったそうだ。
「カール王子、それで、こちらがドラゴンおよびドワーフおよび……」
「アルプス連合王国で構いません、フェアディナント陛下」
正式名称のあまりの長さに進言した。
毎回、「ドラゴンおよびドワーフおよびエルフによるアルプス連合王国」と口にしていては時間がかかる。
「アルプス連合王国の親書だということだが、なにゆえ、グローセ王国の王子であるカール王子が届けにまいったのだ?」
もっともな疑問である。
なので、簡単に答えておいた。
「この謁見室にドラゴンは大きすぎて入れませんでしょう?」
もっともな意見だとフェアディナント陛下は頷かれた。




