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第三話 「王子、邪魔」

 シャルロットとマリア王女の争いは、引き分けに終ったようだ。

 互いに健闘を称えあっていた。この王宮の裏って、夕暮れの川原かなにかなんだろうか?

 では、我々、グローセ王家の面々もそろそろお暇させていただきましょう。

 明日には懐かしの南バーゼル砦の面々がジュネーブで栄誉勲章を与えられるそうだが……そもそもあいつ等、活躍してないよね!?

 なので、無視して帰ります。

 いい加減、顔を見せないと父上の顔を忘れてしまいそうですし。


「レオ兄様、帰りますよ、用意してください」

「え? もう? 俺はまだ呑み足りな……」

 はい、無視決定。

 お兄様には精鋭300名に我が小隊を共に連れて陸路で帰っていただきます。

 と、いう予定だったのに<戦>の加護でささっと帰れるのかと思えば、これは帰国であって戦に行くわけではないのだから<加護>は働かないのだそうです。

 <加護>って奴は融通のきかないやつだな本当に!!

 シャルロットには14万馬力以上の力を与えるくせにどういう仕組みになってんだ!?


「子猫の道草が心配なので、ルイーゼ姉さまが着いて行ってはもらえませんか?」

「うーん、そうねぇ。私はもう少し観光していきたいのだけど、仕方ないわね」

 はい、この駄目っ子動物がどこかで寄り道しないようにルイーゼ巨乳姉さまが見張っててください。

 特に酒類には近寄らせないようにお願いします。

 場合によっては縄で拘束しても構いません。

 アルブレヒトくんに荒縄、いえ、鎖を持たせておきましょう。

「にーちゃん、もう帰るの? 私、今日きたばかりだよ?」

「シャルロットには王都でお勉強がまっているのです。にぃちゃんも、ここは心を鬼にして連れ帰るのです」

「やだーっ!」

 そう、王族としての座学の時間は未だ終っていないのです。

 そもそも11歳でお披露目から戦争、外交までこなしている今の状態がおかしいのです。

 本来ならシャルロットと俺は王都でゆっくりと、お勉強をしているはずの時期なのです。

「帰りは、にぃちゃんと二人っきりの空中散歩でも嫌かっ!?」

「やったー♪」

 現金なシャルロットは可愛いです。本当に可愛い。

 心配はジークフリート兄様の行き先ですが、さすが先生、三重の特級加護持ちですら完全捕捉しております。

 現在位置はドワーフの地下王国内。考えましたね。その巨体のために姐さんが侵入できないところを選ぶとは。

 ふふふ、仮初の平和に酔いしれて居るが良いわ……。

 王族の勤めから逃げたツケ、必ず晴らしてくれようぞ。


 出立の挨拶をするためマクシミリアン陛下に面会を求めたところ、謁見室ではなくバルコニーに通された。

「寂しくなるな。こんなに騒がしい日々は、余の人生の中で始めてであったぞ」

「私としては、こんなに騒がしい日々ばかりなので、むしろ平穏な日々を望みます」

 正直な心です。

 ほんとうに、平穏な日々を望んでいるのですが、周囲がそれを許してくれないのです。

 シャルロットだけは別枠なので騒がしくても許します。いえ、許すどころか歓迎です。ご褒美です。

「のう、やはりマリアに種付けだけでもしていかぬか?」

「そういった役回りはレオ兄さまのお役目なのですので悪しからず」

 ご落胤、増えてないだろうな?

 いちおう、精鋭300名の監視体制で気をつけては居たのだけれど。

 それすら乗り越えかねないのがあの兄様だから怖いのです。

「ままならぬなぁ」

「ままなりませんねぇ」

 二人で揃って苦笑いを浮かべる。

 空の雲は順調に増えつつあり、そのうち雨に変わるだろう。

 あぁ、いかん、これでは雨のなかを行軍させることになってしまうかも。悪いのはレオ兄様の無能のせいですがっ!!

「では、まぁ、なんですが、お元気で」

「うむ、引き止めて悪かったな。余は、カール王子と共に過ごせた時間を、楽しく過ごせたことを感謝する」

「えぇ、私も、マクシミリアン陛下と共にある時間はとても楽しいものでした」

 こうしてバルコニーを出ようとしたところになって、嘘を一つ吐いていたことを思い出し謝っておくことにした。

「マクシミリアン陛下! そういえば一つ謝罪しなければならないことがありました。実は私、もう精通は迎えているんですよ! すみません! ではさらばっ!!」

 その謝罪と共に脱兎の如く逃げだす俺に対してマクシミリアン陛下は大きな笑い声を挙げたのだった。



 そうして夜空を飛んで帰る道すがらに考える。

 「寝取られ号」の新しい名前だ。

 どうしたものだろう、ファフニール? ジークフリート兄さまに殺されてしまうな。

 バハムート? リヴァイアサン? ヴリトラ? ミッドガルドズオルム……は長くて呼びにくいから却下。

 どうもしっくりこない「寝取られ号」がしっくりしすぎているせいだ。

 そうだ「寝取られ」をローマ字表記してドイツ語で考えてみよう……Netorare<ネートーラ-レー>駄目じゃん!!

 うーん、他にはそうだなぁ。バツイチ号?

 バツ、エックス、「X」がイクス。

 イチ、ワン、「1」がアインス。

 バツイチ、エックスワン、イクスアインス……これを縮めてイクスァイス!!

 よし、今日から君はイクスァイスだ!! イクスァイス号!! かっこいいじゃないか!!

「なぁ、「寝取られ号」よ。「寝取られ号」と「イクスァイス」、どちらがカッコイイと思う?」

「うむ、そうだな。「寝取られ号」の方が我は好みだ」

 本ドラゴンの希望なのだから仕方ないですよね……。

 人間とドラゴンの間の美的感覚の違いってありますものね……。

 彼がそれで良いというのなら、本ドラゴンの意思を尊重しましょうそうしましょう……。

 おーあーるぜっと。どうか、日本語の文化圏と触れませんように。


「にーちゃん、どうしたー?」

「うん? なにがだい?」

 後ろよりも前を好んだシャルロットが首を傾けて俺に問いかける。

 あぁ、新たなアングルからの上目遣い、可愛いです。

「んー、なんだか寂しそう? 悲しそう?」

 ふぇ? 新しい名前を否定された悲しみが顔に出てましたか。

 シャルロットが気遣ってくれるなんて、ここは天国ですか? はい、空の上です。

「そうか? にぃちゃんはシャルを抱きかかえてて幸せだぞ? ぎゅーっとしても良いかい?」

「うん、いいよ♪」

 そんなわけでシャルロットを、ぎゅーっと抱き締める。

 柔らかくて、暖かくて、気持ちがいいなぁ。幸せだなぁ。平和って良いなぁ。

 うん、そうだ、俺にはシャルロットが居ればそれで良いんだよ。

 そう、黒カマキリさんとの戦争も終って、これからは虹色の、いや、妹色の人生が待っているんだ!!

 俺の人生は薔薇色、いや、妹色に染まっているんだ!!

 いやー、俺って本当に幸せだなぁ!!



 さて、約二十日ぶりの父王君の顔合わせ。

 Q:緊張するのはなぜでしょう?

 A:やりすぎたからですっ!!

 まぁ、功績は全てレオンハルト兄様のものにしてしまいましたから安心です。

 この王国では期待値が高まるほど酷使されてしまうのです。

「カール、マクシミリアン殿への親書の方はちゃんと届いたか?」

「…………ははは、やだなぁ、親書を預かったのはレオンハルト兄様ですよ? 僕に聞かれても困っちゃうなぁ」

 目を逸らす。察してくれる優しい父上。大好き。


「ドワーフとの交易というのも面白い着眼点であった。それに付随する塩の販路もな。塩が鉱物に化けるのだから、それはグローセ王家にとっても善き事に違いない。よくやった。ついてはその為の交易路の敷設をそなたに任せても良いか? それとも、レオンハルトに任……ジークフリートは何処に行った?」

 むりむり、あの黄土色の子猫にそんな建築作業は不可能です。

 あの兄様が光を放てるのは戦場においてのみなのです。

「ジークフリート兄さまは雌ドラゴンの求愛行動から逃げ、現在、ドワーフの地下王国内でガタガタ震えております」

 窮鳥懐に入れば猟師も殺さずと申しますが、求愛ドラゴン懐に入れば猟師を殺すという新しいことわざが出来そうです。

「そ、そうか……では、なんだ、その、カール? 続けてお前に命ずる……ても良いか?」

 流石に11歳児に過酷な労働を続けざまに強いるのは躊躇ったか。

 疑問系できましたね?

「久しぶりに、お父様が陣頭指揮に出られてみてはいかがです? ほら、最近なにもしてないじゃないですか」

「何もしてないわけではないわっ!! 玉座に座っておるっ!!」

 くっ、なんて返し方。これが「王」の力かっ……。

 こっそりマクシミリアン陛下と交換できないかな? この父。

 イケメンコンプレックスから解放されて以来、我が王家ってわりと残念揃いな気がしてならないのですが、確実に気のせいではないでしょう。

「それから、手紙に書かれていた亜人達を大規模に扱う件だが……許可する。最大限に、カールの望む通りに行うが良い」

「はい、父王君の勅命、承りました」



 Q:ドワーフはなぜ地下に住んでいるのでしょう?

 A:日焼けに弱いから。

 意外な新事実を発見。

 交易路の工事を頼もうと思った矢先、UVケアしなくっちゃお肌が荒れちゃうという理由で断られるとは。

 あの、13時間の奇跡、さくらふぶきの歌がでそうな13時間マラソンの間も結構しんどかったのだそうです。

 山が好き過ぎて穴の中で生活しているんだと思ってたわ。

 そこで、シャルロットさんにお願いして曇天模様を作り続けていただくことに、曇り、時々雨という微妙な調節具合は細かい作業の苦手な血族の習性がでて、時折はゲリラ豪雨ったりしてますが、交易路敷設の作業自身は順調です。

 でも今は渇水状態を戻すために西ハープスブルク王国全体に雲を行き届かせていますので並行作業となり、こんな調子では西ハープスブルク王国全土が水没の危機を迎えないか心配です。

 シャルロットがんばれ、にぃちゃんは応援してるぞ。


 そして我が新たなる家臣達も労働に勤しんでおりますから工事風景はなかなか壮観でございます。

 我が新たなる家臣、害虫駆除フルマラソンを共に走りきった仲間たち、こと亜人の面々五万六千プラス二頭。

 いやぁ、じつに壮観壮観。

 それにしても二百六十万体の黒カマキリさんの仏さまを集めるのには苦労しましたよ、我が家臣達が。

 マラソンレースの最後に離脱していただいた亜人さん達御一行、さすがにジュネーブの街に入れるわけにも行かず、そのまま帰っていただくついでにゴミ拾いもお願いしました。何週も。

 黒カマキリさんたちの供養のためです。君たちは手ごわい戦士だったよ。

 ジュネーブ近郊の本陣に運ぶたび、蟲料理大好き超一流料理人のロニーさんが調理してますから、ギブ&テイクアウトです。

 ロニーさん、あなたの精神の犠牲は忘れな……いや、本人が幸せそうだし良いでしょ? ぼくわるくなーい。

 そして工事の着工から三日ほどで残りの我が小隊たちとも合流できました。


 それから現場監督には「寝取られ号」、ではなく姐さんが就任しました。

 俺はこのターン、ジークフリートを生贄にしてドラゴンの姐さんを特殊召喚するぜ!!

 ドワーフの協力の下、穴倉から連れ出された光射す大地には、姐さんが待っていました。ビバ、発情期。

 いやぁ、バイリンガルの姐さんが居ると作業効率が万々歳です。

 この一件により「姐さん」から「女帝」にクラスチェンジしました。

 そして目出度いことに……ジークフリート兄様に子供が出来ました。やったね!

 11歳児で叔父さんかぁ……いやいや、もともとレオンハルト兄様のご落胤が居るので、すでに叔父さんでした。

 さて、ジーク兄様と姐さんが入った巨大な密室の中で何が行なわれたのかは永遠の謎ですが、立派な卵が生まれたのでスクスクと甥か姪のどちらかが育ってくれることを祈るばかりです。

 悲しいことといえば、童貞仲間が減ったことでしょうか?

 いやぁ! 実に悲しい! 実に悲しいですねぇ!! 悲しすぎて笑いが止まりません!!


 心に深い傷を負ったのか、真っ白に燃え尽きたジーク兄様を見てちょっとやりすぎたかな? と、思った気がしたような気がしました。

 が、料理人ロニーさんのことを思い出すと、「人間、一周すれば大丈夫」、爬虫類の美しさの虜になるのだから気にしなーい。

 旧世界にも爬虫類萌えってありましたから、ジーク兄様もそういう人種に早く生まれ変わってくださいませ。



 それから工事代金の捻出は国庫からではなく黒カマキリさんの甲殻から捻出されました。

 うちの王国は民間人のフットワークが軽すぎて国庫を無駄遣いすると他の貴族の領地に行ってしまうのです。

 およそ2500年前、王国暦で言えば512年、<政治>の特級加護を持った方が、たった一つの王国法を通しました。

 民間人の移住の自由の保証。

 つまり、民間人は自由に土地を選び、自由に仕える貴族を選んでも良い。

 ただこの一点だけで従来の貴族社会が今のなんちゃって貴族社会になってしまったのですから恐ろしいものです。

 <加護>を持ち「何処に行っても職に困らない」という後押しもありますが、以来、王族なのに無茶が通らないのです。

 先行投資であって、無駄じゃないんだけどなぁ。くすん。


 黒カマキリさんの超硬甲殻へドワーフさんの鍛冶により<魔法>を加え、さらに領内で鍛冶職人さんが<加護>を与え、付加価値を最大にして売りに出し、家臣達へは塩や食料の形で代償を支払います、じつに経済的です。エコノミック亜人。

 なにしろメイドインここでしか作られていないコラボレーション装備。

 一本の剣が荷馬車で五十台分の食料になるのですから、じつにウハウハです。

 経済が回るほどに交易路が長く、そして広く、豪華になっていきました。

 ふふふ、マクシミリアンくん、内政チートとはこうするものなのだよ。

 チートというよりもゲーム理論から来た、協力したほうが良い結果になるんだよの精神なのですが。

 はっ、俺は今、初めて現代知識チートを使えた気がする!?

 いや、カーボンロッドが最初でしたか。最近、釣りをしてないなぁ……。


 ところでなぜ、私がこんなにも色々と物思いに耽っているのかといえば「王子、邪魔」と言われた結果です。

 経済を回すまでは皆あんなに頼りにしてくれたのに、回り始めた途端に邪魔者扱いです。

 <館>の一級加護をもつロッテンマイヤーさんは、亜人には過ぎた豪華すぎるおうちを交易路沿いに用意しています。

 <執事>の一級加護をもつハインツ老は、人間社会っぽいルールを教えるために亜人達を教育しています。

 <料理>の一級加護をもつロニーさんは、グルメに飢えた亜人たちの胃袋を支配しています。

 <植物>の二級加護をもつデニスくんは、森林の再生のために、エルフさんたちとイチャラブな旅をしております。滅せよ。

 <剣>の一級加護をもつアルブレヒトくんは交易路上の障害物を実に綺麗に破壊します。ついでに石畳用の平たい石まで作り出す始末。あんた石工もできるのかよ。

 もっと低級な加護の戦闘要員30名も障害物を取り除くお手伝いです。

 輜重隊はさすがに暇だろうと思っていたら食料の輸送部隊として尽力中。むしろ彼等が一番忙しい模様。

「なぁ、「寝取られ号」、僕たちは必要とされないナマモノなのかな?」

「すまぬ、主よ。我は「女帝」より警邏と通訳を任されているのだ。亜人の多くは人の言葉を理解できぬ故な」

 …………………………………………………………………………………そう。

 僕の居場所、僕の居場所は……どこ?

 懐かしい感覚、荷馬車、荷馬車を探さないと……。


 僕の荷馬車ぁぁぁぁぁぁぁぁ何処ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ?

『輜重隊が全ての荷馬車を利用中です』


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