第一話 あわてんぼう姫将軍
まぁ、なんだかんだ言いましても私はグローセ王国の第三王子ですし、フランク帝国とバチカン法皇国がどうなろうと知ったこっちゃないんですけどね?
冷酷? 当たり前じゃないですか王族ですよ、私。
王族は英雄でも救世主でもないのです。
「国民」の味方なのです。
そんなことよりも現在、目の前に迫る、いや、目の後ろにも迫る脅威の方が問題です。
「にーちゃん♪」
「カールさまぁ……」
前後を固められ、そして逃げ場を失った僕はgoodfull先生のお力をお借りして、脳内インターネットで過去の世界に逃げ場を求めていたのでした。
コンスタンツにてシャルロットへの指示を済ませ、そしてマリア王女と共にジュネーブへの帰路へ飛び立とうとしたところ、シャルロットがこれを物理的に拒否。
青空が瞬く間に雷雲渦巻く嵐となって我が愛ドラゴン「寝取られ号」が離陸できません。
<自然>の加護か<天地>の加護か解りませんが、末恐ろしいわんぱくな妹に育って、にぃちゃんは嬉し涙が出ました。
そんなこんなで、航空管制官シャルロットさまの離陸許可を得るため「寝取られ号」で三人仲良く(?)トリプレット飛行することとなりました。これでグローセ王国は丸裸なのですが、父王君がいらっしゃるので大丈夫でしょう。たぶん。
しかし、男女男と書いて嬲る<なぶる>と読みますが、
女男女と書いたならなんと読めば良いのでしょう?
『うわなりと読みます。歌舞伎の用語で一人の男に二人の女が嫉妬で絡む所作をしめしたもので、現状のカール様の状態が丁度それにあたります』
詳しい解説をありがとう、先生は本当に頼りになるなぁ。
『ありがとうございます』
褒めたけど褒めてないよっ!
さて、航空力学的にはどうして飛行出来ているのか不思議な「寝取られ号」。
魔法的な何かで飛行しているため、シールドを用意しなくても風の影響を受けないで済むのは幸いです。
せっかくのヘアのセットが崩れては大変ですから。
これから続く約一時間半の女の子に囲まれた、あま~いハーレムフライト。
前と後ろから甘い囁きと、おねだりと、黒い炎の応酬に挟まれて、僕のMPはもうゼロよ?
人間はHPが0なら死んじゃうけれど、MPだから死ねないの。生命って……残酷ね。
「にーちゃん、もっと私をギュってして? 落ちちゃうと大変だよ」
にぃちゃん、シャルロットをギュッと抱き締めます。すると、シャルロットとにぃちゃんの体がピタリと密着しました。
あぁ、柔らかいなぁ、暖かいなぁ、幸せだなぁ。
「カール様、もっと強くしがみついてもよろしいですか? 落ちてしまうと大変です……」
背後から腹部に回されたマリア王女の手が、シャルロットと俺の間に割り込んで、後方に引き剥がされます。
地味に鳩尾が圧迫されて辛いです。
「にーちゃんの手、暖かいね♪」
シャルロットが右の手で、にぃちゃんの左腕をガシッと掴まえ、左の手で、にぃちゃんの右腕をガシッっと掴まえ、強引に、シスタァァァァクロォォォォォスッ!!
右腕は左下方に、左腕は右下方に、すると肩を中心として強制的に前方に引き付けられる我が身。
「カール様のお背中、暖かいですわ……」
マリア王女の肉体にマナの光が宿り、後方へ我が身が引っこ抜かれます。
あぁ、バックドロップは臍で投げるんでしたっけ? お上手でございますなぁぁぁぁぁ!!
Q:肩は前に、おなかは後ろに、これなーんだ?
A:引き千切られる寸前の俺。
耐えろ、耐えるんだ、我が友T・A・M・S<タクティカルアーマードマッスルスーツ>、君だけが頼りだ!!
あとは、お客様のなかに大岡さま、大岡越前さまは居らっしゃいませんか?
「おぶぎょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
残念ながら乗客のなかに南町奉行さまはいらっしゃいませんでした。
が、意外なところから救いの手は入りました。
作用があるところには反作用があるのですね。
物理法則は偉大です。
「我が主カールどの、そしてその奥方様のお二方。あまり我の上で暴れられては困ります。いましばらくの時の遊覧飛行、仲良く過ごしてはいただけませぬか?」
我が愛ドラゴン「寝取られ号」による仲裁でした。
14万馬力でも抗えない強い力が背中の上で発生したら、そりゃシンドイですよね。
奥方、という一語に気を良くしたのか前後からのエンドレス大岡裁きが終り、我が命は救われました。
ありがとう「寝取られ号」。
さすがはバツイチ、色々と心得てらっしゃる。
兄貴って呼んで良いですか?
まぁ、そんなこんなで命の恩人である「寝取られ号」には名誉ある新たな名前を付けようと心に誓ったのでした。
さて、西ハープスブルク王都ジュネーブに戻った我等一行。
上空から眺めていると、なにやらジュネーブの都に剣呑な気配。
まぁ、今の俺の前と後に比べれば平和そのものに見えますけどね。
そのため急遽、王宮へ。シャルロットとマリア王女には急ぎ降りていただきました。
「カール様、空のお散歩、夢のようでしたわ……また、お連れくださいましね?」
「にーちゃん、解ってるよね? 次は、無いからね?」
そして見詰め合う見た目は麗しの王女さま二人。いや、二匹。いや、二頭。タイガー&ドラゴン&ドラゴン(寝取られ号)
マリア王女が先にクイッと顎で示します。
シャルロットも負けず劣らず、嘲笑うかのような笑みを浮かべます。
あ、この笑顔、初体験。
先生、保存しておいてください。
『かしこまりました。カシャッ!』
二人のボディーランゲージの意味合いは、先生の翻訳機能を用いずとも解りました。
日本男児なら誰もが理解できる、あの仕草です。
マリア王女「ちょっと、城の裏まで顔貸せや?」
シャルロット「おぅ? いい度胸じゃねぇか……吐いた唾飲むなや?」
とりあえず、顔などの目に見える部分だけは避けてください、お願いします。
……シャルロット、お願いだからあまり「仲良く」しないでね?
さて、そんなこんなで無為に時間を浪費したので急ぎましょう。
王都ジュネーブの西門に本来居るはずの無い軍勢が、フランク帝国軍の軍勢が押し寄せてきていたのです。
これは不味いと西門へとワタクシ急ぎます。
そうして辿り着いた城門前では、フランク帝国軍の軍勢を背景に、お美しい姫将軍様が激オコになっておられました。
「開門せよと申しておる! そなたの耳は飾りか何かなのか?」
いやぁ、うちのシャルロットさんもお転婆ですが、彼女も相当のお転婆娘さんのご様子。
フランク帝国軍の軍勢を相手に、城門を守る一兵卒や隊長程度では対処できるはずもなく、泣いてしまいそうです。男泣き、いやそれは違う。
ここは、あのマクシミリアン腹黒陛下がやってくる前に出向いて事体を引っ掻き回してやりましょう。
ふふふ、奴の苦しむ顔がみたい。
もう、敵なのか味方なのか、この関係の名前を僕は知りません。
ははは、これはなんなのですかなぁ?
『悪友相当する関係だと思われます』
言葉にするなよもう。それは野暮だよ先生。
『申し訳御座いません』
ほんとうに、野暮だよ先生は。
と、言うわけで、甲冑姿がお似合いの、とっても偉そうなお姫様の前にワタクシ、のっぺりーの男爵が城門上から降り立ちます。
我が友、T・A・M・Sよ。こんな時だけは本当に頼りになるなお前は。高さ10mはあったんじゃないか?
「こんにちは、お嬢さん。良い天気ですね!」
「空は曇っておるが? そちの目も曇っておるのか?」
そうでした、渇水に対処するためシャルロットが雨雲を呼び寄せ始めているのでした。
曇天模様の空の下、のっぺりーの男爵は第一歩目から踏み外してしまったのです。
だがしかし、それで諦めるほど男爵は弱い子ではないのです。
繰り返されるアップダウンで鋼鉄風味の心臓を手に入れたのですから!!
「私の名はカール・グスタフ・フォン・グローセで御座います。カールっとお呼びください」
ニコッと笑って決めました。
笑顔は世界を平和にする最終兵器です。
「そんなことは聞いておらぬわっ!! それより早く開門せぬか!! 敵の群れは刻一刻と迫っておるのじゃぞ!!」
あぁ、勘違い。
情報格差というものは擦れ違いを生むものですね。
未だ彼女は黒カマキリさんの死去を知らないご様子。
せめて通夜には出席できるように、ご親切にも教えて差し上げましょう。
「いえ、貴女が考えられている敵でしたら既に駆除を終えました。今は平和な時間です。長旅でお疲れでしょうが、平和な都市に、そのような物々しいいでたちで立ち入られても困りますなぁ」
黒カマキリさんの尊い犠牲の上に成り立ったこの平和。
決して乱させはいたしません。
「ぬしは、阿呆か? 二百万からの超硬甲殻両腕刀剣類が我等の従属国へ迫っているとの窮状ゆえに、とるものもとらず我等は急ぎ駆けつけたのじゃぞ!! それともそれは誤報じゃったとでも申すかっ!?」
まぁ、確かに、信じられませんよね。
信じられないことをしでかすチート兄さま達のせいですから。
僕は悪くない。全面的に悪いのはレオンハルト兄様です。と、いうことになっています。
「いいえ確かに二百万ほど……正確には二百六十万を数える超硬甲殻両腕刀剣類さまご一行が西ハープスブルク王国を襲ったのですが、その際、ちょうどグローセ王国からの親善大使さまがいらっしゃいまして、その大使どの御一行が超硬甲殻両腕刀剣類の皆様を返り討ちにしてしまったのですよ。道中の邪魔であったために致し方なく」
にっこりと笑い事実を伝える。
完全に、真実だ。建前上は。
「そうかそうか……話にならぬわ、死ぬが良いっ!!」
トーンを落としたその声には怒気を超えた明らかな殺意が含まれており、俺は巨大な火球に吹き飛ばされて城壁に叩きつけられたのでした。イテテのテ、ふぅ、なんとか致命傷で済んだぜ。
しかし、こ、ここまでとは、思わなかった。
ありがとうT・M・A・Sよ。君だけが僕の友達だ……あとは、愛と勇気も友達かな?
僕のお顔をお食べよ? え? ぶさいくだから嫌? 酷いな君は、ならば飢えて死ねぇ!!
といった具合のスマートなやり取りを経て、俺は気を失ったのでした。
……がっくり。
「知らない天井だ……」
目を覚ました俺はとりあえず、呟いておくべきことを呟いた。
フランク帝国軍の姫将軍様を見た瞬間、彼女が興奮状態にあり正常な判断能力を失っているのは解っておりました。
彼女の中では、未だ西ハープスブルク王国は亡国の危機にあり、一秒でも早い応対を求めていたのでしょう。
これが戦時であれば正常な判断なのですが、困ったことに今は平時ですから異常な判断です。
なので、俺はのらりくらりとした挑発的態度で彼女に望んだわけなのでした。
戦時中、従属国の一兵卒にそんな態度を取られれば、宗主国の将軍様は激昂して当然でございましょう。
そして姫将軍様はめでたくも激昂し、普通ならば死んでしまうほどの魔法攻撃を食らってしまったわけですが、T・A・M・S君の活躍によって一命を取り留めました。いやぁ、乱世乱世。本当に死ぬところだったわ。
さて、他国の王族に対して暴力を、それも死に至りかねない暴力を振るった場合、両国間の外交関係はどうなるのでしょう? はい、一手目でチェックメイトです。将棋で言うなら詰み。リバーシーで言うなら……四つ角を取られた状態?
こうして俺は初手チェックメイトを命の危険と引き換えに手にいれたのでした。
脳内の計算ではもっと安全だったはずなのですけども、油断はうかつで禁物ですなぁ。
それにしても計算では到着までにあと十日以上かかるはずの行軍だったはずですが、何事にも計算違いはあるものなのですね。
計算違いとは先生にしては珍しい。
『私の計算違いではなく、カール様が入力されたパラメータに間違いがあったため生じた誤差です。カール様のご感想は不適切なものだと私は指摘します』
け、計算は間違ってない!
バグの原因はプログラマーが間違えたんだ!!
そうですそうです、私こそが悪いのです!!
さてと、先生のご機嫌取りをすませつつ現状を確認しましょう。
「気を失っていた時間は?」
『およそ一時間。現在時刻は午後一時三分となります』
大怪我をして治療を済ませたにはちょっと早すぎる時間だが、よしとしよう。
T・A・M・S君が張り切って治しすぎちゃいました。
痛々しそうな姿をするために腕の一本くらいは折っておきましょうか。
よーし、ポッキリとー、折れるかぁぁぁぁぁ!! 痛いわぁぁぁぁ!!
『私が折りましょうか?』
勘弁してつかぁさい。痛いの嫌いです。
しかし、いまさらになってフランク帝国軍さんが援軍の顔をして出張ってきた理由が解らない。
さらに言えば、今のジュネーブにはルイーゼ巨乳姉さまの結界が張られているので、西ハープスブルク王国に害意を持つ存在は近寄れないようになっているはずなのに、だ。 まさか、結界を破る何らかの手段が?
なので、直接聞くとしましょう。
では、これから楽しい尋問の時間です。
部屋を出たところで目覚めるのを待ってくれていたのか、国王マクシミリアンくんが待っておりまして何か言っていましたが、被害者は私なのでここは完全に無視を決め込みます。不敬罪が適応されない身分は便利ですね。
フランク帝国軍の将兵が、グローセ王国の王子に危害を加えたのですから、これはグローセ王国とフランク帝国の問題です。
一切、噛ませるわけにはまいりません。
こんなに美味しいところを持ち逃げされてたまるものですか。
そうして辿り着いた拷問部屋、もとい、貴賓室では暴れん坊姫将軍様がお待ち申し上げておりました。
姫将軍様の背後にはフランク帝国のお偉そうな軍人さんが帯剣したまま護衛として立っている以上、それなりのやんごとなきご身分のご様子。
獲物が高貴なほどに、わくわくしてしまうのは何故でしょう?
「それで姫将軍様、いまさら何しに来たのよ?」
自身が明確な殺意を持って魔法攻撃を繰り出した相手が、ひょっこりと。
そしてその魔法攻撃は、完全に勘違いによるものでございました。
平和なジュネーブの街を見て、それを十分にご理解なされたのか、姫将軍さまの顔にだらだらと流れる滝の汗。
治癒魔法と言うものもあるのだから俺が無傷であることに驚きはしないのだろうけど、殺意をもって魔法攻撃した相手に面と向かって質問されると言うのは、とても心地の良いものだと思います。
姫将軍様はフランク帝国軍さんの中でもやんごとなきお方のようで、つまりは箱入りで、こういったネットリとした不測の事態には慣れてないご様子。
ふふふ、初心よのぅ、その乙女の柔心をこのワシに触れさせよ、じゅるり。ぐへへへへ。
「わ、我は、この西ハープスブルク王国の宗主国としての責務を果たすため、とるものもとらずに駆けつけたのじゃ! 貴殿に対し、その、なんじゃ、かる~く……魔法を……ほんのすこ~し、ぶつけてしもうた事は不慮の事故ゆえ許されよ!!」
なんとういう力任せの外交手腕。
良いでしょう、相手をしてさしあげましょう。
しかし、とるものもとらずの割には二ヶ月間、何してらっしゃったのでしょうね?
「ゆ~る~し~ま~せんっ!! 明確に殺意が込められていたかどうか、それすら解らぬ凡骨だと私を侮辱するのですか? それは非礼にさらなる非礼を重ねる行為として受け取りますよ? この私が凡骨に見えると仰るのですか?」
あの魔法攻撃の威力、T・A・M・S君が居なければ確実に死んでいるか、運が良くても致命傷を負ってルイーゼ巨乳姉さまの助けを必要としたことでしょう。
「……ぼ、凡骨に見えるのじゃがなぁ……」
ぼそっと聞こえていないつもりで呟かれる姫将軍様。
えぇ、あなたの目は正しい! 実に正しい!! 残念なことに非常に正しい!! 泣きたくなるほど正しい!!
「もっと、大きな声で言われては如何ですか? この凡骨に聞こえるように、大きな声で」
あぁ、この姫将軍様は誰かに似ている。黄土色の子猫だ。
野生の勘と野生のパワーで生き残ってきた、そういうタイプの人間だ。
「じ、事故だったのじゃ! 済まぬと先ほどから何度も謝っておるじゃろう!? それで許せ!!」
「だから、許しませんっ! 我が名は告げたはずです! 覚えてらっしゃいますよね?」
首を傾げて思い悩む姫将軍様。
覚えてすら居ないらしい。
この、のっぺりーの男爵の名を忘れるだと!? こんなに特徴が薄い顔の俺の名を!!
「の、のう。お主。名前は……なんと?」
「では改めて名乗らせていただきます。我が名はカール・グスタフ・フォン・グローセ。グローセ王家第三王子です」
おぉ、汗の滝がさらに増しています。
ないあー~がら、これは絶景。
美しい姫君が汗まみれという状況は実にそそりますなぁ。
色気は一切感じない状況ですが。
「そ、そうか。グローセ王国の王族じゃったか。それは……無事で、なによりじゃ!」
「えぇ、お・う・ぞ・く・が、殺されかけながら無事であってなによりです。こうして姫将軍様と楽しい会話の時間を過ごせるのですから」
にっこりと王族スマイルで微笑みかける。
惚れさせる効果はないが、威圧できるだけの効果は……あるよね?
さて、そろそろ真面目に外交を始めましょうか。
「では、話を戻しましょう。超硬外殻型両腕刀剣類、我々はアレを黒カマキリと呼んでいるのですが、黒カマキリが貴国の守護下にある従属国国内で発生し、リヒテンシュタインからチューリッヒ、ベルン近郊までの国土と国民の半数近くを食らいつくし、残る半数を飲み込まんとするときに貴国は国境線を封鎖して西ハープスブルク国民の避難を妨げ、また、二ヶ月以上前に貴国へ打診し求めたはずの援軍が事後になってから、いまさらほんとに何をしにきたの?」
「じゃから、我々は救援に来たのじゃ!!」
だから、そんな言い訳は通じないんだって。
「国境線を封じ、救援の要請から二ヶ月以上の時を蟲の群れに蹂躙されるままにまかせ、ちょうど王都ジュネーブが陥落した頃合いを見計らったように現われたのはなぜゆえに、と、申し上げているのです。もっと解りやすく、はっきりと申し上げましょう。私は貴女を、この国の敵だと思っているのです。一度、従属国として忠誠を誓った国を宗主国が理由もなく侵略するのは他の従属国に対して外聞が悪いですからね。これ幸いにと群蟲種達に滅ぼさせた後、空白となった土地をフランク帝国領土として侵略ではなく併呑する。そのために派遣された軍団だと我々は貴女方を認識しているのです」
俺の言葉に背後の護衛達がさすがに剣呑ならぬ殺気を放ち始める。
だが、こちらは余裕の顔を見せ、嘲笑うように睥睨する。
王族スマイルは崩さない! 心拍数はバックバク。
お、お前等、グ、グローセ王家とことを構える気は無い……はず、ですよね?
お、おにぃさまがたが、だまってないぞぉ! うちのにいちゃんは剣と弓をやってるんだからなぁ!!
「……それは、まことか?」
姫将軍様の質問は、俺ではなく、その背後に向けられていた。
護衛の隊長に見える騎士の一人が、重々しく口を開いた。
「まこと、で、ございます」
「なるほどな。ゆえに帝国内での軍の編成は遅々として進まず。さらに行軍も遅く、道中でも逃れてきた難民の数が少なかったわけじゃ。長き戦争の末、与えるべき領土を失ったゆえに属国のそれを奪いとる算段であったか……確かに我は貴殿の敵じゃ。この場で首を刎ねられても文句の言いようのない身。遅々と進まぬ行軍に苛立ち、単身拙速にてまいったが、これほど……これほど腐り果てた策であったか」
なるほど、西ハープスブルク王国への援軍という建前しか知らず、義憤に駆られてひた走ってきた、あわてんぼう姫将軍様でしたか。
黄土色の子猫と似てると思ったが撤回しよう。
同じく直情的ではあるけれど、IQは三倍ほどの差がありそうなので黄金の子猫の称号を差し上げよう。
「では、貴女を一人の将として考えて一つお聞かせいただきたい。今、南下しつつある援軍と言う名の軍勢は、こうして運良く生き残ってしまった西ハープスブルク王国を目の前にして、侵略軍に変貌するのですかな?」
「そのようなことは……ない、とは言い切れぬな。恥ずかしいことじゃが……」
諦観に溜め息を吐いて姫将軍様が顔を曇らせる。
心根は善い人なんだろうなぁ。
「北方の島国。ハイランド王国との度重なる戦争のため、諸侯達への功労に報いて与えるための土地を失い、属国の土地にそれを求めたところ、都合よく発生した群蟲にその始末はまかせ、自分達は空白の土地を手に入れるために避難民すら閉じ込めて見殺しにする。実に素敵な戦略です。考えた方のお名前をお伺いしても宜しいでしょうか? 後学のために是非」
そうしてニッコリと笑う。何故か自然に笑みが出てしまう。
俺ってこんな性格だったっけ?
「……………………父じゃ。フランク帝国皇帝シャルルマーニュ。グローセ王国での呼び方だと……カール・デア・グローセじゃな」
「それは実に、親近感のわくお名前ですね。皇女殿下殿」
シャルルマーニュ、別称カール大帝。
さすがに旧世界の本人ではないのでしょうけど。
しっかし、この世界には性格の悪いカールさんしか居ないのですか?
農家をしてらっしゃるカールなおじさんはとても優しそうなのに。まさか彼も腹黒なのか?




