第十二話 グローセ王家総力戦マイナス父上・舞台裏
さて、始まりました。
グローセ王家名物「雑務の押し付け合い」が。
「ここはカールがやるべきだろう? ここまで頑張ってきたんだからさ」
「いえ、私としては五日間も本陣を放って酒を飲んでいた誰かさんに罰の意味を込めてやらせるべきだと思うのです」
「カール? その誰かさんてどなたなの?」
「あぁ、そういえばルイーゼ姉さまは存じ上げませんでしたね。黄金の獅子と呼ばれる黄土色の子猫のことですよ」
「黄土色の子猫……可愛いわね。是非、流行らせましょう!!」
ルイーゼ巨乳姉さまが瞳を輝かせた。
これは本気だ。
「やめろぉっ!! カール、ルイーゼ、お前達、長兄をなんだと思っているんだ!?」
何だと思っているかですって?
ふふふ、へへへ、ははは、では、答えて差し上げますよ。
「我侭放題の駄目兄貴ですよ。そもそもこの遠征自体がレオ兄さんの我がままから始まったのでしたよね? 他国の人々を助けたい? よう御座いましょう。その意気込みでありながら五日間も飲み歩いて居たのは何故なんでしょうかね? もしもレオ兄さまが始めに考えてた敵陣中央部への突貫攻撃なんてしていたら今頃は四方八方に蟲が逃げて手に負えなくなってたところなんですよ? そもそも他国領内で軍事活動という時点で信じられませんよ。侵略行為ではないという体裁を整えるのに私がどれだけ手を尽くしたと思ってるんですか? 自国の人間の兵士は使えない、だからエルフ、ドワーフ、各種亜人の協力を取り付けて一大勢力を作るためにどれだけ腐心したことか。ジーク兄さまと二人で蟲どもの動きを誘導し、一匹たりとも逃がさないように集合させて一網打尽に、そして最後の詰めはレオンハルト兄様に譲るというこの弟達の思いやりが理解できないのですか!? それでも貴方は人間ですか!? あぁ、黄金の獅子、まちがえました、黄土色の子猫でしたっけ!! 子猫には人の気持ちが解りませんものね!! この汚名を返上したいのなら戦後処理は全てレオ兄さまが行なってください!! さもなくば黄土色の子猫という二つ名で呼ばれるように自国他国問わず通達しますから!! シャルロット経由で父王君に頼み込めば簡単な話なんですから覚悟しやがれこの兄貴!!」
言ってやった!
言ってやった!!
「姉さん。カールの成長が嬉しくて涙が出ちゃいそう。本当に立派に成ったわね」
あぁ、ルイーゼ巨乳姉さんは解ってくださっている。
そう、イケメン補正は家族に対して何の効果をもたらさないのだ。
イケメンに気後れしていた昔の俺はもう居ないのだよ。
「カ、カールお前、俺をそんな風に思ってたのか……」
黄土色の子猫がションボリしている。
でもここは心を鬼にするまでもなくこの兄に全てを押し付けよう。
この兄、あんまりにあんまりすぎるので成長してもらわないと困ります。
いつまでも自分の行為の尻拭いを誰かがやってくれて当然と考えられても困るのです。
「ジ、ジークはどうなんだ? あいつは今なにやってるんだよ?」
「ジーク兄さまは……逃げました。……ドラゴンの愛から」
戦争が終り、本格的に子作りを迫られた結果、逃げました。どこか遠くに。
種付けなんてちょちょいと一回やってやれば良いものを、コレだから童貞は。
もちろん俺はゴメンですけどね!
「逃げたのか……そうか、逃げたのか……」
唯一、味方になってくれそうなジーク兄様を失って孤立無援となったレオ兄様。
実に哀れで気持ちが良いです。
どうぞ苦労してください。
「では、戦後処理はレオ兄さまの仕事ということで。私達は帰りますから存分にその智恵を振るってグローセ王国の国益のために働いてきてくださいね」
「なっ、カール、お前、俺を見捨てる気か!?」
「見捨てる気か、なんて人聞きのわるい。既に見捨ててるんですよ」
「なぁっ!?」
そんなわけで一番面倒くさい作業を全て押し付けてルイーゼ巨乳姉さまとの逃避行に入ります。
さようならお兄様、また会う日まで。
とかなんとか言いつつも「西ハープスブルク王国」の戦勝祝賀会兼親善大使の歓迎会となる夜会の席でまた顔を交わせたのですが、黄土色の子猫の変わらない吸引力は異国においても変わらないようで、酒を飲み、鼻の下を伸ばしデレデレとしてらっしゃったので、心の底から見捨てることに決めました。
今は片手で済むご落胤が両手に余らないことだけを祈ります。
その点、ジークフリート兄さまは純愛主義を通す方で清き体の持ち主として好感が持てます。童貞の友として。
ルイーゼ16歳巨乳姉さまのおっぱいは、やはり、この地でも尊く美しく、チラチラと見てしまうのは男の性として許しますが、肢体を嘗め回すように見つめてるそこの中年ハゲ! お前は絶対に許さないからな。貴様の家は没落決定だ。
「グローセ王家の方々には返しても返しきれない借りが出来てしまったな」
「踏み倒せば良いんじゃないですか? 王家とはそういうものでしょう?」
マクシミリアン陛下の軽口に王族ジョークで返します。
「余の娘を君の嫁に、と、考えているのだが虫の良い話か」
「そうですね。嫁にいただいてもグローセ王家に得るものなく、失うものが大きいばかりでしょう」
「君が他国の王族で良かった。辛辣な物言いが不敬罪の対象にならないのは本当に素晴らしいことだ」
蟲の侵攻により西ハープスブルク王国の経済はもちろん、農業から生態系に至るまでが根こそぎ破壊された。
順調に復興を遂げたとしても元の状態に至るまでには数世代の時が必要とされるだろう。
さらに体面として正統な王朝を競い合う東ハープスブルクが侵略を行なってくる可能性すらある。
そんな国の王女をどの国が欲しがると言うのだろう?
「だが、救国の英雄に報いなければ我が王家の誇りは地に落ちてしまう。つくろうべき体面などもはや無いのであろうが、なにか一つだけでも貸しを返したい」
「では、貴国内に街道を一本作る許可とその街道周辺における通商条約を頂きたい。名前は、そうですね。レオン街道と名付けましょう。嫌がらせとして」
「街道が一本に条約が一つか。君が言うのだ、言葉通りの意味以上の何かがあるのだろうね」
えぇ、もちろん。と、心の中で答えておく。
「しかし、不思議だな。ここまで聡明な君がなぜ、我が国を助けたのか実に理解し難い。余としては知恵比べに負けるようで癪なのだが、その答えを教えてくれぬものか?」
「あぁ、それは理詰めで考えても回答の得られない問題ですよ。レオンハルト兄さまが助けたいと口にした。だから助けた。これがこの戦争の全てです」
マクシミリアン陛下はその答えに大笑いを挙げた。身を捩じらせ、涙ぐむほどに。
夜会の面々が好奇の目でこちらを見つめるが、マクシミリアン陛下が咳払いをすると視線はさっと散っていった。
「ははは、それが本当なら、余はレオンハルト王子に感謝すれば良いのか、カール王子に感謝すれば良いのか解らんな」
「マクシミリアン陛下を愚かと評価しましたが、我が王家はさらに輪をかけて愚かなのですよ。困ったことに本当なのです」
「確かに愚か極まりない。実に、素晴らしいほどに、本当に愚かな王家だ」
始まりは確かにそうだった。
だが、群蟲種の脅威、増殖性を理解するほどに絶滅させなければいけないと俺が決断して以降は俺自身の意思も絡むのだが、そこまでお人よしに答える必要は無いだろう。
グローセ王国の東、長大な国境線を持ち群蟲種と死後種の両種族との終りなき闘争に耐えうるアウグスト帝国の底知れなさには脱帽だ。なにか相手をするにおいてコツのようなものでもあるのだろうか?
国家機密とは言え、先生の検索能力の前には丸裸なので、いずれ調べてみるとしよう。
「レオン街道についてだが、その経路を聞いても良いかね? さすがに縦横無尽となれば余も許可を出せぬゆえな」
「その点はご心配なく。実に短い距離の街道ですよ。コンスタンツから始まり、ゼンティス山までの道のりです。北周りの経路ではチューリッヒ、リヒテンシュタイン間を跨ぐ形になりますが、南周りであれば当面どおりの道中の利用が可能ですから構いませんでしょう?」
マクシミリアン陛下が考え込む。確かに100kmにも満たない街道。そしてチューリッヒもリヒテンシュタインも現状、都市として機能していないどころか滅亡してしまっている。自らの世代においては何ら問題ないが、後々、どう転ぶかわからないのだ。そして、終着点がゼンティス山というのも理解が及ばないのだろう。
「まいった。降参だ。余に答えを教えてくれ」
考え抜いた結果、マクシミリアン陛下は降参とばかりに手をあげて答えを求める。
「今回の戦争でグローセ王家はドワーフの地下王国と同盟に近い関係を得ました。これはアルプスを縦断する地下坑道の使用権を得たことと同じであり、新たな交易路の拡張に繋がります。また、チューリッヒ、リヒテンシュタイン間にグローセ王国の利権を挟むことで東ハープスブルク王国への牽制を、ならびに、我が国がプロイセンより輸入している塩が街道上で売買できるようになりますな。ドワーフも塩やその他の日用品を欲しがるでしょうし、よい取引相手になるでしょう。それから後は、内緒にしますので、じっくりと考えなさるか、数年後にでもその答えを目にすると良いでしょう。目に出来ると、良いのですが」
マクシミリアン陛下が絶句なされておいでです。
今回の騒動の首謀者については俺自身、少々憤りを覚えているので、ちょっとした嫌がらせの準備段階なのですが、全てを教えてしまってはつまりません。それに、どこに耳があるやら解りませんから。
「つまり、余の国に塩の販路を設けフランク帝国からの独立を匂わせ、さらには東ハープスブルク王家からの守護を引き受けると。街道一本でよくもまぁそこまでの悪巧みが……」
「貴国を見捨てた宗主国に未だ忠義の念が? 私なら憎しみしか持ちえませんがね。あと、この王都ジュネーブに施された結界なのですが、西ハープスブルク王国への害意あるものは入れないように設定されております。あと十日と少しほどでフランク帝国の援軍が到着するそうですが、通り抜けられられるかどうか見物ですな。ちなみに、あと一月は結界は残り続けますので、どうぞご注意を。マクシミリアン陛下にはジュネーブの外に会談の場を設けておくことをお勧めしますよ」
えぇ、すみませんね。
戦争は始める前に全てを終らせておく主義でして、まぁ、マクシミリアン陛下であれば乗り越えられるでしょう。
どうぞ頑張りになってください。ついでに戦後処理こと親善大使の名目でレオ兄さまと精鋭300を置いていきますので、どうぞ、フランク帝国が実力行使に出るようなら人間核弾頭を使って灰燼に返してやると良いでしょう。
まぁ、そもそも、他国の王子が居る状況下の都市に戦争を仕掛けられるとは思いませんが。
「カール王子、余の娘を嫁に迎えよとは言わぬから、種付けだけでもしていかないかね?」
「幻想世界の女性に種をつけても<加護>は得られませんよ?」
「いや、君の<加護>よりもその知略を受け継いだものが産まれたならと思ってな。余の孫に君が居たならば、どれほど心強いか」
マクシミリアン陛下は冗談めかしながらも、真剣な瞳で俺を見つめていた。
が、しかし、世の中というのは本当にままならぬものですね。
「マクシミリアン陛下。まことに申し上げにくいことなのですが、私は精通前なのですよ」
マクシミリアン陛下の顔が苦笑い一色に染まったのだった。
そして事件は起こった。
祝賀会も中盤を迎えた頃、少々失念していたことを一つ思い出しました。
まず、女性達の渦の中からレオ兄さまを引っ張り出し、庭に運んで冷水を頭から被せて酔いを冷まします。
「カ、カール! なにをする!!」
「酔いは冷めましたか? それはよう御座いました。それよりもレオ兄様、我々がなぜジュネーブに来たのかお忘れですか?」
「忘れてないさ、害虫駆除だろ?」
「いいえ、国王の親書を渡すためです」
俺も忘れていましたからレオ兄さまのみを責める訳にはいかないのですが、そこは都合よく無視して全責任をレオ兄さまに押し付けましょう。
「…………」
おや、レオ兄様の反応がない? ただの屍でしょうか?
「……くした」
はて、今、なんと仰ったのでしょう?
私の耳が遠くなったのかも知れません。
「レオ兄さま、今、なんと仰ったのでしょうか? この耳の悪い弟のためにもう一度、しっかりと発音していただけますか?」
「…………失くした」
さて、どうしたものでしょう。
この黄土色の子猫。
たかが一通の手紙さえ管理できない模様。
あなたは黒ヤギさんですか? それとも白ヤギさんですか?
「兄上にお尋ねします。斬首と絞首台のどちらがお望みですか? やはり王族として名誉ある斬首の方が好ましいですか? 首吊りの方が苦しみは少ないと申しますがどういたしましょう? ワインに毒を入れるというフランク帝国式も良いかも知れませんね。この土地ならではのやり方として」
「カール!? ははは、手紙一通で大げさなことを……」
「いえ兄様、一切、大げさなことではないのですが?」
国王直筆の親書を紛失したとなれば首が物理的に飛ぶに決まってるでしょう?
まず不敬罪を始めとする各種罪状が立ち並んで、連座制で飛ぶ首の一つや二つでは済まないお話ですが?
俺の目が、心底真面目な瞳をしていることに気付いたのか、若干蒼褪めるレオ兄様。
「カール? 本気、か?」
「グローセ王国の法に則れば、極刑が妥当となる案件です」
そして身も世もなくうろたえるレオ兄様。
あぁ、とても可愛い子猫さんですね。
見捨てないでと潤んだ瞳で見上げる姿はシャルロットを思わせますが、シャルロットとは天と地の差がありますよ。
「あぁ、こちらで涼んでいたのですか。女性陣に囲まれて声を掛けづらかったゆえ、カール殿とばかり話を弾ませてばかりで失礼を致しましたな。余は西ハープスブルク王国国王マクシミリアン七世である。卿が噂に名高き黄金の獅子、レオンハルト・フリードリッヒ・フォン・グローセ第一王子に相違無いかな?」
あぁ、なんというタイミングで……やはり魔法的な何かで監視されていたか。
「は、はい。我が名はレオンハルト・フリードリッヒ・フォン・グローセ、グローセ王家第一王子で御座います。マクシミリアン陛下への拝謁、光栄のいたみで御座います」
王子とはいえ、他国の王を相手にはへりくだる必要があるので、その辺の礼儀作法は弁えているようだ。
レオ兄様の王子らしい応対に、ちょっと感動。
最近、駄目っ子動物のイメージしかなかったからなぁ。
「して、グローセ王ヴィルヘルム陛下からの親書を届けに来ていただいたとのこと。実に嬉しく思う。道中での武勇を耳にすれば余も民のために感謝して感謝しきれぬほど、深く礼を申し上げる。して、親書の方を頂きたく思うのだが、そろそろ渡してはいただけぬかな?」
いやぁ、実に楽しげなマクシミリアン陛下の笑顔で御座います。
威風堂々、王とはかくありたいものです。
して、レオ兄の方と言えば?
あぁ、視線をそらして、夜空を眺めていらっしゃるご様子。
ははは、これはアレですかな。グローセ王家直伝の必奥義を繰り出すところですか。
「レオンハルト王子?」
俺も前もって視線を空に向ける。
今日も夜空が綺麗です。
雲ひとつなく、シャルロットの頑張りが解るなぁ。
「カール王子?」
グローセ王家につたわる秘伝の奥義「無かったことにする」を発動。
いやぁ、満天の星空とはこういったものなのですね。
綺麗だ、雲ひとつなく、本当に綺麗だ。
「月が、綺麗ですね。マクシミリアン陛下もそう御思いではないですか?」
「なるほど、確かに綺麗だ。そして、カール王子。貸しを一つとしておきましょう」
ぬぐぐぐぐぐ。
最後の最後にこのような敗北を喫するとは、レオ兄さまめ、後で覚えておけよ!!