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第十一話 グローセ王家総力戦マイナス父上・後編

 レオンハルト兄様が<戦>の加護を発動し、精鋭300、我が小隊100、亜人が五万六千、西ハープスブルク王国兵一万二千が時速5kmの速度で進軍を続けています。

 希薄な散兵となった黒カマキリの陣の行軍にあわせ、こちらも横に細く長い隊列でもって当たります。

 一対五や一対十を繰り返す戦闘のために人員の損失はほとんどありませんが時間的損失は実に大きいものでした。

 ベルン、ジュネーブ間の距離はおよそ150kmこの行軍速度では30時間が掛かってしまいます。

 その上、人は休息を挟まなければなりません。

 <戦>の加護があるからといって30時間の戦闘状態を連続で維持できるわけではないのです。

 その間、黒カマキリの先遣隊は時速30kmで王都ジュネーブを目指します。

 今から五時間の後には王都ジュネーブに辿り着き、ろくな守備兵もいない王都は五十万の黒カマキリに蹂躙、捕食されることは予想に難くありません。

 そして増殖した蟲達はさらに西に進んで捕食と増殖を繰り返すのです。

 その増殖性という脅威の度合いに気が付いたときには遅いのでした。フランク帝国の馬鹿どもが。

 戦うほどに数を増やす、そんな厄介な敵は、増える前に叩き潰すほかありません。

 なので、そうしましょう。



 ところで話は変わるのですが、外交儀礼というものには複雑怪奇な手順というものがあります。

 さて、グローセ王家が西ハープスブルク王家に対して親書を送るとして、その親書を送る前には親書を送りますよという使いを出す必要があるのでした。なぜなら親書を携えた親善大使というのは往々にしてそれなりの貴人であり、それを歓待するための用意の時間を必要とするからだ。

 そんなわけでこれから親書を送りますよというお使いとして、今、ワタクシはジュネーブに来ております。

 いやぁ、北にはジュラ山脈、そしてレマン湖が一望できる風光明媚な土地ですね。

 前世では海外旅行など縁のない暮らししてましたから、こういうのもたまには良いかもしれません。

 ところで、王宮前で俺がグローセ王家の第三王子を名乗っても信じてもらえなかったのに、ジークフリート兄様が第二王子を名乗ったところ西ハープスブルク王との面会が一発OKになったのはいかなる基準なのでしょうか?

 やっぱり、この国を見捨てて去ってしまうのが一番なのではないでしょうか?

 そうして面会した西ハープスブルク王マクシミリアン七世陛下に対する最初の感想は聡明かつ不幸な方という印象でした。

 西にフランク帝国を控え、北にはグローセとプロイセンの兄弟国、東には袂を分けた東ハープスブルク、南には統一宗教国家のバチカン法皇国。領地と言える領地はジュネーブからチューリッヒに続く山間の土地であり、これといった産業もなく、力を蓄える術も無い。海に面していないがゆえに常に塩に事欠き、その供給源をフランク帝国に握られた属国としての在り様は不幸の一言で片付けられるものでしょう。

 さらに不幸なことは、その事実を理解してしまうだけの聡明さを持ち合わせているという不運な方です。

 これといった強みのある産業が無い、それはつまり、国力が無いということだ。

 生まれた土地と地位が悪かった、聡明ゆえに不幸な人、それがマクシミリアン陛下への印象でした。

「カール王子、君は余を非道な王と思うかね? それとも愚かな王と思うかね?」

 それはベルンに兵を集め、これを生贄として捧げた遅滞戦術でもってフランク帝国の助けを待つという、その生存戦略についての問いであった。だが、フランク帝国が望んだことは群蟲種による西ハープスブルク王国の崩壊と、その後、空白地帯となった土地の併呑にあった。

 ゆえに遅滞戦術に意味は無く、今の王都ジュネーブはただ死を待つだけの都市でしかない。

 藁にすがってみたものの、藁だった。じつに最もな顛末だ。

「非道で愚かな王だと思います。ただ、グローセ王家はさらに愚かなので馬鹿できる立場にはありませんが」

 自分でも辛辣だと思う言い草にマクシミリアン陛下は苦笑の一つで返す。

 不敬罪と言うものが他国の王族に適応されないことが幸いである。

「王子の言は苦々しいな、身内に対してはさらに。良いことだ」

 耳に甘い言葉よりも、苦い言葉が必要になるのは薬となんら変わりない。

「帝国に、亡命はされないのですか?」

 亡命政権という手もあるだろう。

 復権できるかどうかは別として。

「余は、それなりにこの国を愛しているのでな。愛するものと共に死するのもまた一興。宗主国を名乗りながら腰を重くして、我等が滅びるに任せた彼の国に身を寄せて生涯を送るよりよりも、素晴らしい生涯であろう?」

 諦めが先に立ったマクシミリアン陛下の言動は、自虐的な美意識に彩られたようだ。

 最後まで足掻くというのも美徳であるが、潔く死を受け入れるのもまた美徳だろう。

 それなりの立場にある者なら尚更のことに。

「国民には?」

「絶望的であるとまでは伝えておらぬよ。フランク帝国側の援軍の名を借りた侵略軍の腰は重いというのに、国境の封鎖はとても早くてね。北や西へ逃げる術は無く、南は知っての通りアルプス山脈がそびえたち魔物も多い、さらに運良く通り抜けたとして先に待つのはあのバチカン法皇国だ。人に殺されるか、蟲に殺されるか、山に殺されるかを選ばせるのも酷だと思ってね」

 伝えるにしても今しばらくの時間があると思っていたのだろう。

 事実、我々が藪をつつかなければ城塞の人々を犠牲にあと五日ほどは時が稼げていたのだから。

「それは幸いで御座いました。選ぶ必要など無いのですから」

 俺の言動に首を傾げるマクシミリアン陛下。

「死に方を選んでもらうのは蟲どもの方になりますので、国民の方々にはこのままに、何も知らぬままでいただきましょう」

「……君は、夢想家か、妄想家か、それともその他のなにかなのかな?」

「いえ、いたって現実主義者だと自負しております」

 ここは王子スマイルで応える。

 ジーク兄さまなら男も女もコロッと行くのだが、俺の場合は効果が無いのだけれど。ちくしょう。

「もしも君の言動が事実となるのなら、我が国はとても困ったことになるのだがなぁ」

「何ゆえですか?」

「逃げ足の速い貴族どもが既に国外に逃亡済みでな、そういうものに限ってそれなりに仕事が出来る者達なのだよ。この国が生き残ったからといって、おめおめと戻ってくるわけにもいくまい?」

 逃げた彼等は売国奴というわけではない。

 ただ、国と心中するほどには愛していなかっただけだ。

 そして、早々に逃げ出すだけの目端が利くだけの優秀さを身に付けていた、ということでもある。

 愛国者ではないが「それなり」の家臣達だったのだろう。

「なるほど、それは困りましたね。では、蟲に身を任せて国を滅ぼされますか?」

「国に生きる目があるというなら賭けてみぬほど馬鹿ではないよ。しかし王子は不思議だな。言っていることは荒唐無稽極まりないのだが、その言を自身が心の底から信じきっているようだ。ゆえに、余も信じてみたくなってしまう」

 マクシミリアン陛下は実に愉快そうに笑みを浮かべた。

 目の前に居るのは伝説の英雄か、それとも英雄だと思い込んだ真性の阿呆か、まぁ、どちらでも良いのだろう。

 道化かなにかでも、有終の美を飾るための賑やかしにはなるのだから。

「では、夕刻。そうですね、午後五時頃から、ちょっとした催し物を致したいと思いますので北東の城門上でお待ちしております」

「うむ、歓待をするのはこちらの方だというのに気を使わせて悪いな。最後に、一つ聞きたいのだが良いかね?」

「なんでしょう?」

「カール王子、君は本当に11歳なのかい?」

 その問いにしばらく考えて、そしてこう答えた。

「どうなんでしょう?」



 太陽は西に沈み、月が東に昇ろうと言う夕暮れ時のこと。

 マクシミリアン七世陛下を城門上に迎えてトップランナーを待つ黒カマキリ国際マラソンも終盤を迎えます。

 数少ない正規兵や近衛の兵、民間人達も弓を手にして城門上に立ち並び、ランナー達が到着する瞬間に胸を膨らませておりました。

 黒カマキリ国際マラソンのゴールである西ハープスブルク王都ジュネーブから目に見える距離までトップランナーが走ってまいりました。

 南をレマン湖に、北をジュラ山脈に押さえられ密集状態となった黒カマキリたちがゴールを目指してラストスパートに入ります。

 ジュネーブ城内に入りきれず、周囲でテント生活を送る避難民から黒カマキリ達への声援の声がギャーギャーと鳴り響きます。

 そして完走を迎えたランナー達を迎える勝利の女神は我が姉、ルイーゼ巨乳姉さまです。

 <結界>の特級加護、その力を見るがいい。


 俺は、知略において敗北した。

 なので、暴力で解決することにしました。

 ドラゴンの姐さんの背に乗ってコンスタンツへ引き返し、そのまま上空を通り抜けてジュネーブへ。

 ジークフリート様しか背中に乗せたくないという姐さんを宥めるのに一苦労しましたが、なんとか間に合いました。

 ついでに「寝取られ号」こと元旦那さんもつれていきました。

 ドラゴンの名前は人間の声帯では発声不能なので、仕方のない命名です。

 「日本語」での命名なので本ドラゴンにその意味はバレておりません。

 ルイーゼ巨乳姉様を目にしたとき「16歳で、このサイズだと……女、我が嫁に成らぬか?」などと視線を胸部に集め戯言を口にしたのでTAMSの14万馬力の全力パンチを思わず放ってしまいました。

 14万馬力というのはドラゴンにとっても脅威の破壊力であったらしく、なぜか「寝取られ号」が俺に服従。

 命を助けたり、勝負に勝ったりすると、ドラゴンはその相手を主と認める生き物だそうで、今後は扱いに注意が必要です。

 でも、ニンジンさえ与えれば誰にでも懐く駄馬ケルヒャ号に比べればその待遇について考えてやっても良いかもしれません。


 それはさておき不可視の防壁がランナー達の足を止めました。

 ガラスに顔を押し付けたブサイク顔のようで、じつに滑稽です。

 ですが、その後ろから続々押し寄せるランナーに押しつぶされて先頭のランナーがひしゃげてしまい、あまり見目よろしくない状態になったので視線を逸らしておきましょう。

 さて、続きましては「月影の聖弓」ことジークフリートお兄様。

 自らの影から取り出した弓に矢を番え、引き絞られた絃が影の矢を天空へと射ち放たれると、影の矢は数を十万へと増やし、そして十万の黒カマキリの命を刈り取ります。

 それでも残るランナーは四十万の黒カマキリ。

 不可視の壁に止められ、影の矢で貫かれ、それでも止まらない君達に、僕からのささやかな贈り物をしたいと思う。

 それは幻想的で、とっても愉快な、光のパーティーだ。

 goodfull先生と二時間に及ぶ脳内での入念な打ち合わせによって作られた光のパレードのプログラム。

 エレクトリカルパレード(音声付)の始まりだぁっ!!

「ニップルレィッザァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 我が乳首から迸る光のシャワーは曲線を描き、ランナー達を祝福します。

 それと共に戦域全体に鳴り響く愉快で楽しい楽器のシンフォニー。

 衛星軌道上からも超高熱のレーザーが乱舞して彼等を祝福します。

 幾千、幾万、幾十万の光の祝福が放たれる凡そ十分間のパレードは人々を魅了し、そして黒カマキリをもきっと魅了したことでしょう。物理的に天にも昇る気持ちであったでしょうから、間違いはありません。

 秒間五百体の処理速度で黒カマキリ達を昇天させつつ、放たれる光の矢の増減に合わせて音楽も盛り上がりを迎えます。

 そして、終わりの時には夜想曲のように、花火の終わりは線香花火で締めるように、緩やかに光のシャワーが勢いを無くし、そしてやがて夕闇の静寂が戻りました。

 拍手も、喝采も、歓声の一つもありませんでしたが、皆が皆、口が開いたままにふさがっておりません。

 そんな観客の様子に私は大満足を覚え、そしてマクシミリアン陛下とともに宮殿へと戻ります。

 あまり、脇役が舞台上に残り続けるのも無粋でしょうから。


 そしてパレードは続きます。

 遅滞戦術を行なっていた五十万の黒カマキリ達をレオンハルト兄様の軍勢、いえ、親善大使の一群がジュネーブに向かって歩く速度で追い詰めます。

 左右の両翼には精鋭部隊を置き、徐々に速度を速めます。一の字がへの字に、彼等の好きな鶴翼が形成され、そこからも漏れようとする蟲は姐さんと我が愛ドラゴン「寝取られ号」の炎に焼かれました。

 その行軍に脅威を感じたのか、始めは時速5kmだった移動速度が10kmに、そして全速力の30kmになりましたが、<戦>の加護の下にある兵士達にとってはあまりに遅い行軍、私のエレクトリカルパレードの凡そ四時間後、見えざる壁と、レオンハルト兄様の暴力に挟まれて黒カマキリさん達は死滅しました。

 それはちょうど九時頃を過ぎる時間であったために、あまり目立たなかったことが残念でございましたね。

 黄金の獅子であるレオンハルト兄様にはやはり太陽の下が似合います。

 これは私の手落ちとして反省しておきましょう。

 そしてレオンハルト兄さまと共に行軍を勤めた西ハープスブルクの兵士たちは英雄としてジュネーブの街に迎えられました。

 ラウリンくんの姿も見え、元気そうです。ちなみにお偉いさんBの態度についてはマクシミリアン陛下に十二分の説明を行なっておきました。

 亜人達には、少々悪いのですが、混乱を来たさないために街が見えるころに離れてもらいました。本陣に戻るか、それとも、元の故郷に戻るかは、彼等自身に決めてもらうことにしました。



 それから、月が天の中央に昇るころ、ジークフリート兄様がドラゴンの姐さんの背に乗って空を駆ります。

 黒カマキリさん達は五十万を遅滞戦術に、五十万をマラソンランナーに、では、残りの二十万はと言えば、一万のコロニーを南北に、南のアルプス山脈や北のジュラ山脈の方面に20の群として逃がしたのです。

 一匹でも生き残ればそれで良い。じつに素晴らしい蟲らしい生存戦略なので、全面的に叩き潰しておきましょう。

 この地上に月の瞳から逃れられる者など居ないという事実、それはジークフリート兄様から逃れられる者が居ないと言う事実です。

 一射ごとにコロニーが消え、二十の矢が放たれた地上には彼等の命は残っておりませんでした。



 はてさて、それでもしぶとく隠れた黒カマキリさん達は居るもので、goodfull先生のマップには未だ赤いマーカーが残っていました。太陽の目から隠れ、月の目を避ける、崖下や日の射さぬ深い森の奥などの狭間に身を隠した彼等には素敵なプレゼントを贈ってさしあげました。

 それぞれに反物質を0.00001gほど。通信販売で。

 もちろんダンボールにはプレゼント用の豪華包装を指定しましたよ。リボンも付けて。

 赤いマーカーが西ハープスブルク全土から全て消え去って、ようやく私の心にも平穏が訪れました。

 先生、ありがとう。


『どういたしまして。サービスのご利用ありがとうございます』

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