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第十話 グローセ王家総力戦マイナス父上・中編

 お家に帰ってこない、でっかい子供が居ました。

 義によりて立ち上がりドワーフ王国を守護せし黄金の獅子、戦の神に愛されし子、偉大なる英雄レオンハルトを奉りあげる祝勝会が開かれ、精鋭200名の兵士達と共に酔いつぶれておりました。

 そして現在、11歳児の冷たい瞳が黄土色の子猫を見下げております。


 地下王国から黒カマキリを駆逐し、ドワーフ王国が群蟲種の脅威から解放されてから五日、未だに続く酒宴の席に怒れる十一歳児が到着しました。

「お兄様に確認をしたいことがあるのですが、我々の目的は何でございましたでしょうか?」

「……が、害虫駆除?」

「そうですね、とてもよい詩的情緒溢れる表現です。ところで、その害虫駆除はもう終わりを迎えたのでしょうか?」

「……ま、まだです」

「ですよね、これからが本番という時に、酒を飲み、酔いつぶれている兄を見て、弟であるこの私はどんな言葉を掛ければ良いと思いますか?」

「……わ、わかりません」

「そうですか、レオ兄様にも解りませんか。私も解らなくて困っているんですよ。この大事な時期に五日間も本陣を開けっ放しにした無責任極まる兄、そして兵士達200名に掛けるべき言葉がっ!!」

 じつは、ずっと先生の視点で観察をしておりました。

 一日目は許しました。

 えぇ、ドワーフ達が長い長い苦しみをようやく乗り越えた、その祝いの日なのですから。

 二日目も許しました。

 酒宴への参加、これも一つの外交、ドワーフ王と酒を飲み交わすレオ兄さまの外交手腕はとてもよいものでした。

 三日目には青筋が立ちました。

 なんでしょう、彼等は自分達の立場を忘れているのではないかと思えるようになりました。

 四日目には諦めました。

 あぁ、こいつら、ぜったい仕事を忘れてやがる。

 そして五日目、怒れる11歳児の前で黄金の獅子が子猫のように腹を見せる次第となりました。

「帰りますよ」

「いや、今は酒が入ってて馬はちょっと……」

「帰り! ますよっ!!」

 レオ兄さまの耳を掴み、地下王国から引きずりだして馬に乗せます。

 酔いどれでも<戦>の加護は働くらしく、時速100km超えの乗馬に揃って嘔吐を繰り返しながら帰還は叶ったのでした。



 さて、レオ兄さま不在の五日間。

 なにごとも無かったわけではなく、出来る範囲での斥候狩りをジーク兄さまと共に行なっておりました。

 便利ですね影牙月天射。射程100kmの可動砲台は人目につかず便利です。

 その狩りの過程で運良く群蟲の行軍から逃げられた人間はもちろん、ゴブリン、オークなどの亜人すらも保護対象として本陣に招いた結果、ロッテンマイヤーさんが激オコとなりました。

 立ち並ぶ豪華な屋敷に住まうは小汚いゴブリンやオーク達。

 館を使われることではなく、その汚い使い方に激オコだったそうです。

 行水や風呂という文化を広めることは実に苦労しました。

 goodfull先生の翻訳機能が無ければ挫折していたところです。

 だって、僕以外、言葉通じないんだもの。

 ゴブリン等の野生児っぽい亜人達にドイツ語は通じませんでした。

 エルフ、ドワーフ、ゴブリン、オーク、オーガ、各種の亜人達が今回の群蟲行軍の戦災被害にあったようで、本陣は軍司令部というよりも人種の坩堝と言う体裁。同病相哀れむのか、あるいは、腹さえ膨れれば喧嘩はしないのか、亜人の間に争いらしい争いが起きなかったことは幸いです。

 <料理>の一級加護持ちのロニーさんの力が大きかった気もします。

 腹が膨れてしまえば喧嘩は出来ないものですからね。

 <薬>の一級加護持ちが手を加えれば雑草が万能薬になるように、<料理>の一級加護持ちが手を加えれば材料がなんであれ絶品料理になるのですから便利なものです。

 そして硬い外殻を持つ黒カマキリさんの内側には柔らかな肉と内臓が詰まっておりました。あとハリガネムシも稀に。

 ロニーさんの心に少々深い傷を残した気がしますが気のせいでしょう。

 そして僕は普通の食材の普通の料理ですませましたよ。

 ロニーさんの手を煩わせるなんて、とてもとても。


 そして、この五日でもっとも驚きの客人は雌のドラゴンの姐さんでした。

 自ら産んだ卵から離れることが出来ないために黒カマキリの軍勢から逃れられず、そして数の暴力により不覚をとって卵を割られ子を失い、復讐の炎に身を焦がしながら黒カマキリと争い血を流し続けること幾十時間。ついに自らが倒れる時が来たと悟ったとき、夜空が星を無くしたかと思うと影の矢に貫かれ死に絶える黒カマキリ達の姿。

 そして死にぞこなってしまった彼女は探したそうです、自らの命の恩人を。

 矢の匂いを辿り、見つけ出されたのがジークフリート兄様。

 以来、雌ドラゴンからの恋の猛アタック(物理を含む)を受けるジークフリート兄様。

 いやぁ、イケメンって羨ましいですね。

 ドラゴンすら夢中にさせるとは流石ですね。

 竜殺しの英雄の名を持つお兄様にお似合いのお相手だと思います。

 幻想世界でのヒエラルキーの頂点であるドラゴン様をお迎えして以来、本陣の管理はさらに簡単になりました。

 ドラゴンの姐さんが一言「ジークフリート様に迷惑を掛けた奴は、食い殺す」と明言なさって以来、みんな大人しいものです。

 女性の年齢について語るのは気が引けるのですが、長い年月を生きてきただけあって英語、ドイツ語、フランス語にゴブリン語やオーク語など多くの言語も嗜まれるバイリンガルの才女さまで御座いました。



「……なんだこれ」

 そして今、混沌とした我が軍営にレオ兄さまと精鋭200名が絶句しております。

 戦災の被害者を先生の協力のもとに探し出して集めた結果、400余名だった本陣はなぜか幾千を超える大所帯に。

 人種差別はよくないの精神の元、言葉の通じる知的生命体ならなんでもこいと集めた結果がこれでした。

 異国の民を助けたいと言ったのですから本望でしょう? レオ兄さま。

「腹が減っただろう? 食わせてやる、だから着いてこい」

 実にスマートな俺の交渉能力を発揮して集めた我が亜人軍団は圧倒的ですね。

 さらに亜人たちはそれぞれのネットワークを通じて仲間を集めてきたようで、誘った覚えのない亜人達も多いのが困りものです。

 鼠算って怖いですね。たぶん、明日にはもっと増えてる。

 食材には事欠かないのですが料理番のロニーさんの体調が心配です。

 精神の心配? ロニーさん、一周して何かに目覚めたようなので大丈夫ですよそこのところは。

「蟲の美しさが解った、それは内臓にある」とか述べていましたので、もう大丈夫でしょう。

 生態系を軒並み破壊された者達にとって、この地は最後の希望の砦にでも見えたのでしょうね。

 各種亜人達が夏の虫のように飛んできます。あ、丘巨人<ヒルジャイアント>さんも来たんだ。

 これはコレクター魂に火が着きましたので、一帯の亜人を一通りコンプリートしておきたいところです。

 ちなみに街中で調子に乗った亜人達は宣言どおり「姐さん」の滋養となったため、街の規律は実にしっかりと守られたままです。

 力こそ正義です。良い時代なのです。パワー・イズ・ジャスティス!!

 軍人は軍規に縛られますが、亜人を縛るのは姐さんの気分です。

 そして姐さんの気分を縛るのジークフリート兄様なので、この本陣における亜人の頂点はジーク兄さまなのでした。

 あまりに羨ましいので亜人に関する一切はジーク兄さまに押し付けることにしておきましょう。なんだか泣いて叫んでいた気もしますが幻聴ですね、きっと。

 ちなみに、ドラゴンと人間の間にも子供は作れるそうですよ。生命の神秘ですね。いったいどうするというのでしょう?

 それはアダルトコンテンツにあたるので11歳児の僕にはちょっとわからないお話でした。

 というわけで五日間もお家を留守にした放蕩息子の感想は無視して軍司令部へと戻ります。



 さて、二日酔いか五日酔いかは知りませんが蒼褪めた顔のレオ兄さまを酷使して現在の黒カマキリの配置図を完成させます。

 西ハープスブルク軍はチューリッヒからジュネーブまでの交通の要所であるベルンを決戦の地として選んだようです。なぜ、道なき道を踏破する生き物を人間の軍隊基準で考えるかな? いや、それとも、賢いからこその選択か?

 黒カマキリさんは包囲殲滅こと包囲捕食の準備を整えたようで、包囲のなかに自ら飛び込んできている餌の数が満ちるまで行軍を停止させて生暖かい目で眺めている御様子。

 敵を知り、己を知ればほにゃららら。

 孫子と先生のありがたみがよく解ります。

 西ハープスブルク王国軍は黒カマキリを知らず、黒カマキリは我等を知らず、我等は全てを知っている。

 戦争は始まる前に終らせておくものですな。

 黒カマキリくんもそこのところは解ってらっしゃるようなので、一度は酒を酌み交わしたいものですね。

 ただし、あの世でな。



 そして八日目。事件は起こりました。

 ドラゴンの姐さんの元旦那さんがやってきたのです。

「あんたとは一夜限りの関係だったのよ!!」

 そりゃそうでしょう。

 種付けの一回限りの関係だったんでしょう。

「だが、俺はお前を愛しているんだ。そしてお前も俺を愛してる……だからお前は俺の子を産んでくれたのだろう? あの日の俺とお前の間には愛があったはずだ!!」

 その残酷な言葉は姐さんの心を深く傷つけた。

 あぁ、姐さんの瞳が悲しみに濡れている……ような気がする。

「……あんたとの子供なら……死んじまったよ」

 姐さんが搾り出すような声で、悲しい言葉を紡ぐ。

 それは後悔しても後悔しきれない、残酷な記憶。

「……なんだって。そんな、馬鹿な話……」

 元旦那さんがうろたえて後ずさり、背後の建物に背を寄せる。

 街を壊さないでください。

「あの蟲だよ。あの黒い蟲の連中が襲ってきたのさ!! アタシだって必死になって守ったよ!! でも、あいつ等は、あいつ等は……」

「そうか……そうだったのか……」

 二頭のドラゴンの間に哀愁が漂っている。

 元旦那さんのなかでは慰めの言葉さえ浮かばないのだろう。

 子供を失った母親にかけられる言葉なんて、誰も持ってはいないのだ。

「アタシはあの時、死ぬ気だった。一匹でも多くの蟲を道連れにして死ぬ気だったんだ。だけど、そこにジークフリート様が颯爽とした姿で現れたのさ。そして万の数の蟲を一撃で滅ぼしたんだ。そうしてアタシは……死にぞこなっちまったのさ……」

 いや、その場にジーク兄さま居なかったはずですけどね。

 100km近い距離からの遠距離射撃ばかりでしたから。

「アタシは、あのとき、一度死んだのさ。そして、残った命はジークフリート様に捧げようと決めたんだ。本音を言えばあんたを愛してないわけじゃない。でもね、アタシは決めたんだよ。ジークフリート様のために生きて、そして死のうってね」

 二頭の間に、僅かな静寂が訪れた。

 そうして、元旦那が笑顔(だと思う)を見せて語りだす

「そうか、ドラゴンとして主を決めちまったのか。それじゃあしかたねぇなぁ。しかたねぇよなぁ……」

 あぁ、元旦那さんが上を向いて涙が流れないように堪えてる。

 あんた男だよ。あんたは確かに男だよ!!

「これから、蟲の連中とやりあうんだろう? じゃあ、俺にも手伝わせてくれよ。俺の子供の仇……なんだからさ」

 それはとても優しい、男の言葉だった。

 愛を失い、それでもまだ彼女のために立ち上がる、優しい男の言葉だった。

「そうだったね、あんたは昔から優しい男だったよ。……わかった、力、貸してもらうよ。遠慮なくねっ!!」

「あぁ、俺とお前の間だ。遠慮なんかするんじゃねぇよ!!」

 そうして何とも言えない微妙な笑顔で交わしあわせる二頭のドラゴン。

 旧知の友でもあり、過去には恋人でもあった、二頭の間の微妙な空気は子供の僕には言葉にし難い不思議なものでした。

 昼ドラ? 昼ドラゴン?

 あ、ちなみに全ての会話はドラゴン語で交わされたので理解できたのはgoodfull翻訳サービスを利用できた俺だけです。

 二頭のドラゴンがギャース!ギャース!と叫び争う姿に周囲の亜人達は怯えて逃げ惑っておりましたな。

 あははははは。



 さて、15日目、ようやくフランク帝国が重い腰をあげ、軍をジュネーブに向かって動かし始めた模様。

 さらに到着まで順調に行けば半月ほど。うん、完全にそういうことなんでしょうね。

 やっと動いてくれてよかったよ、これで確証が持てた。

 goo先生、もし黒カマキリがベルンを落とし、さらに王都ジュネーブの人口全てを食らいつくしたとすれば、どれほどの規模まで拡大するか計算お願いしますです。

『四百三十万匹を超える試算になります』

 そして、フランク帝国軍が四百三十万匹に勝利する確率は?

『<魔法>という戦力の計算を平均的なものとした場合の試算では0%です』

 やっぱりそうですか。

 むしろ黒カマキリの滋養になるのが落ちというところなのですね。

 草の根活動で現状二百万匹を切るまで削ぎ落としたものの、最終的には一匹残らず殲滅しなければ逃げ延びた先で増えてしまうわけでして、害蟲の根絶って難しいのね。

 黒い悪魔Gが人類社会から居なくならないわけだ。

 さらに、みんながみんな忘れきっているけど、ここ他国の、さらに不可侵条約を結んだ土地だから、侵略行為にならないように一度の遭遇戦で根絶する必要があるわけでして、そのための小細工には随分と苦労しました。

 まぁ、いざとなれば先生の害虫駆除サービスにも頼るとでもしますか。

 そして現在時刻は朝の八時。

 お弁当の用意も出来ました。

 ロニーさん、ありがとう。僕は別の人の作ったお弁当を食べるけどね。

 では、ぼちぼちピクニックの開始と参りましょう。



 レオンハルト兄様を陣頭に300の精鋭部隊と我が小隊100が続き、その後ろを亜人達の集団が続く。

 ベルン近郊ではすでに黒カマキリの包囲陣が完成しきっており、西ハープスブルク王国軍は戦力比1:30の絶望的な戦闘に飲み込まれている真っ最中だった。

 各地の城塞では城壁を盾に抵抗を試みているが、石より硬い鎌に刻まれて徐々に崩壊の一途を辿りつつありそう長くは持たないだろう。

 そして、レオンハルト兄様の<戦>の加護が発動し、300の精鋭兵、100の我が小隊、五万六千の亜人達、そして二頭のドラゴンが唸りを挙げる。

 我が父王君からの親書を届けるためのただの旅路なのだけど、目の前に害虫が居るなら身の安全のために殺しても仕方が無いよね?

 あとエルフとドワーフとゴブリンとオークとオーガとヒルジャイアントとetcにドラゴンは何故か後ろから勝手についてきただけなのでグローセ王国とは一切関係ないからね。

 よし、言い訳は完璧だ。

 これは決して「侵略行為」ではない。

 ただの親善大使の旅程だ。

 第一、第二、第三王子を連れ立った親善大使の旅程なので、ちょっと護衛が多いだけのただの旅程です。

 それに、国同士の争いで、総員400名の兵士の侵略行為なんて在りえませんでしょう?

 行軍速度は時速80km、どんな機甲師団なんですか我が軍は。

 およそ40分で50kmを走破し、黒カマキリ30万に埋もれた第一城塞を発見。

 まずはジークフリート兄さまの影牙月天射による一射十万殺で20万匹に、ドラゴンの二頭が仲良く地面を炎で嘗め尽くして15万匹、レオンハルト兄様が「一番槍」がどうとか喚きながら剣を振るうと剣圧の乱舞で黒カマキリの惨殺体が出来上がり残りは五万匹、一振り十殺が一振り百殺になった300の精鋭の剣・槍・弓の技が飛んで残り二万。勢いに乗った我が小隊の攻撃で残り一万八千……ねぇ我が小隊? ちょっと弱くない?

 さて、軍団としての衝突前に削りに削った黒カマキリの残りカスに対して容赦なく、

「突撃!! 蹂躙せよ!!」

 レオンハルト兄様の声が響きわたり、黒カマキリに向かって全軍が突撃を開始する。

 このブレイブハートな高揚感、正直、気持ちいいです。気持ちよすぎて無駄な被害がでないかちょっと心配。

 雑魚キャラの代名詞ゴブリンさんですら歴戦の勇士を思わせる凛々しさを見せています。

 亜人五万六千+人間400+ドラゴン二頭+チート生命体二匹 対 一万八千の統率を失った黒カマキリの戦闘は三十分も経たずに終了いたしました。

 多数で少数をフルボッコした結果、こちらの人的被害は微々たるもの、手傷を負った者は居ても死者に至っては0という素晴らしい戦果。

 数の上でも圧倒し、<戦>の加護で大幅なバフ効果が掛かっているのだから当然といえば当然の結果でしょうか。

 でもゴブリンさんは流石に無理をしないで? 怪我しちゃってるじゃん。

 では、全軍停止。城塞付近の焼け野原でご飯と休憩の時間です。

 黒カマキリの死骸が少々不快に感じるのですが、兵士諸君にとってはむしろ勝利の旗に囲まれた環境として感じている模様。

 あぁ、カルチャーギャップ。

 一つ目の携帯食を口にして、次のチェックポイントである第二城塞までのフルマラソンに備えてみんなでゴロ寝のご休憩。

 あぁ、相変わらずレオ兄さまは寝つきが良いな。すでに寝てやがる。

 さて、ここで更なる兵員追加の時間となります。

「城塞に詰める西ハープスブルク王国軍の将兵よ!! 我等はグローセ王国国王ヴィルヘルム王の親書を携えた親善大使である。しかし、不測の事態により群蟲世界種の超硬甲殻型両腕刀剣類の群れに出会ってしまったがゆえ、貴国の王都たるジュネーブまでの案内と護衛を頼みたい!! そして更なる安全のためにその道中において各地の城塞を巡りより多くの護衛を求める所存である!! 外交官たる親善大使の保護は貴公等の勤めに反さぬと思うがいかがか!?」

 司令官殿の頭が悪くないと良いなぁ。

 親善大使の護衛として、各地の城塞に群がる黒カマキリを一緒になって殺しましょうという意味合いがちゃんと伝われば良いのだけれど。

 これだけ目の前の戦果を目にして動かないようなら、考えなくちゃいけないな。

 不安を感じていると城塞の門が開かれ、お偉いさんと一目で解る人が出てきました。

 いや、俺の方がほんとはもっとお偉いさんなんだけどさ。なにしろ王子だし。

「親善大使どの。現在、城内には八千の兵がおり、正規の兵はそのうちの二千、残る六千は義勇兵であり軍馬は数少ない。そのうちのいかほどを要求なされるか?」

 よかった、話の通じる人で。

 では、王族スタイルを崩さないように気を付けながら話を進めよう。

「軍馬と正規の兵を全て、それからその指揮官として貴公を所望する。見ての通り、我等、親善大使の護衛であるグローセの兵は四百を数えるのみの弱卒。四百の弱卒の旅程を助けると思い最大の援助を求めたい。なにゆえか、エルフやドワーフ等の亜人達と二頭のドラゴンが追随しているがこの行動の理由は不明であり、これはグローセの軍隊ではないことを理解していただきたい。そして群蟲世界種の超硬甲殻型両腕刀剣類についてはこの周辺から一掃されたことを知らせておこう。これはグローセ王家第一王子レオンハルト・フリードリッヒ・フォン・グローセの<加護>において確認された事実であることを保証する」

 お偉いさんは目を閉じて悩む。

 王命はこの城塞の絶対死守であり、親善大使の護衛ではない。

 任務に反した行為と後ろ指を差される可能性が限りなくゼロに近くとも、完全にゼロではない。

「勝ち馬には乗った方が良いですよ? それと、護衛を付けてくれないと引き返しちゃいますよ? だって、蟲が怖いですからね」

「……そうですな。そして実に手厳しいお誘いですな。祖国の命と、自らの首を天秤に掛けよとは、実に悪質な」

 お偉いさんは頷くと、苦笑いで同盟が締結された。

「ときに、黄金の獅子レオンハルト殿下はいずこに? 是非とも御礼を申し上げたいのですが?」

 レオ兄? えーと、そこで焼け野原に大の字になってイビキを掻いているナマモノがそうなのですが。

 チラッチラッと視線をレオ兄さまの方に向け視線誘導する。

「う、うむ。それでは、後々、時間が空いたときにでも御礼を申し上げるといたしましょう」

「えぇ、是非ともそう願います」



 二千の兵と一人の雑用係を増やした我が軍営。

 第二の城塞に向かってフルマラソンをします。

 <戦>の加護はやはりチートな性能で時速80kmの異常な行軍速度。

 今度は20分も掛からず第二城塞に到着。

「一番槍はぁぁぁぁ!」

 レオ兄さまの声を無視してジーク兄さまの影牙月天射が城塞を囲む黒カマキリを射殺します。

 次いで二頭のドラゴンによるドラゴンブレスの二重演舞が炎の舞いを見せます。

 それに遅れて一振百殺の精鋭部隊300の技の数々が競演を見せました。

「レオ兄、さっさと剣を振ってくださいよ」

「カール、最近お前冷たくない?」

「この世のどこかに五日間酔いつぶれていた兄に冷たくならない理想的な弟が居たなら良いですね」

 半泣きのレオ兄さまが八つ当たりのように剣を振る。

 一振万殺が乱舞して、黒カマキリ達が惨殺体の山に変わり果てる。

 さて、数としては十分に削りきったので、そろそろまいりましょう。

 まだ攻略すべき城塞が残っているのだからMPは温存の方針で。

「総員突撃!! 駆逐せよ!!」

 レオ兄の台詞を奪い、先生の助け使って俺の声を全軍に響き渡らせる。

 誰の声なのかの確認などなく突き進む我が軍団。

 連携も取れずに蹂躙されていく黒カマキリども。

 なんだか雨に濡れた子犬のような顔で黒カマキリ達を屠っていくレオ兄さま。

 あんまりいじめすぎて<戦>の加護がなくならない程度に意地悪は留めておこう。

 これで総計六十万匹。さて、蟲同士の連絡手段は無いのだから通常ならこれをあと五回繰り返せば全滅させられる予定だが、先生情報では群にして個の意思を持つと言う群蟲種。

 さらにこれで知的生命体というのだから奇策を用いてくる可能性もある。油断は禁物というもの。

 勝って兜のなんとやら、おや、これも旧世界の軍隊教養でしたっけ。



 さて、第二回、兵員追加の時間です。

「城塞に詰める西ハープスブルク王国軍の将兵よ!! 我等はグローセ王国国王ヴィルヘルム王の親書を携えた親善大使である。しかし、不測の事態により群蟲世界種の超硬甲殻型両腕刀剣類の群れに出会ってしまったがゆえ、貴国の王都たるジュネーブまでの案内と護衛を頼みたい!! そして更なる安全のためにその道中において各地の城塞を巡りより多くの護衛を求める所存である!! 外交官たる親善大使の保護は貴公等の勤めに反さぬと思うがいかがか!?」

 一言一句違えずに言葉を告げる。

 城塞ごとに別々の語句を考えるのが面倒だからだ。

 ちなみに、地味に先生の機能を使ってカンペを用意してあるのでした。

 しかし城塞の門は開くことなく城門の上にお偉いさんBが現れた。

 命の恩人を高い位置から見下ろすとは心底、良い度胸だ。

「我等が受けし王命はこの城塞の死守である! 親善大使どのの助力には感謝するが、この地より差し出せる兵馬の余力はありませぬ。ゆえ、これより先に進むのであれば独力にてお進みになられよ!!」

 はてさて、これはなにゆえか。

 時勢の見えない無能か。それとも捨て駒にされた捨て鉢か。

「彼の城塞の司令は良く言えば保守的、悪く言えば臆病者と名高き人です。ここでの兵馬の増員は諦めたほうがよろしいかと」

 お偉いさんAことラウリン卿が耳打ちをしてくれた。

 なので、プランBが発動されます。

 自らの国は自らの手で守られるべきだ。少なくとも俺はそう考える。

 たとえ他国の助力を借り受けたとしても自らが立ち上がらないのであれば、その後の平和を享受する資格はない。

 なせならそれは、他者の努力の成果を掠め取る、盗人の行為だからだ。

「城塞の兵士諸君!! 遠からんものも音に聞け!! 近くば寄って目にも見よ!! 我等はこの城塞に群がる蟲を駆逐した。なれど未だ蟲の数は多く、未だ我等に兵士は足りぬ!! 国を愛する気持ちがあれば剣を取れ! 国に愛する人があれば槍を取れ! 国土を侵す蟲に立ち向かう勇士はおらぬか!? 我等と共に戦いて、英雄としてジュネーブへと凱旋する勇士はおらぬか!? 我等は勝利する!! 我等は必ず勝利する!! 黒き蟲の群を駆逐して王都ジュネーブに凱旋しようと願う勇者は我等と共に来たれ!! 臆病者は必要ない!! 我等は勇者とのみ共に凱旋する!!」

 さて、勝ち馬に乗ってくれるノリの良い人が何人ほど居るだろう?

 おぉ、勝手に城塞の門が開いて、ぞろぞろと湧いて出てきたな。

 でも装備も整っていない義勇兵のみなさんも多いご様子。

 さらに、お偉いさんBを残してほぼ全軍が出てきちゃった。

 怪我人も混じってるが、瞳は燃えている。

 ……これはちと不味いが仕方ない。ラウリンくんに骨を折ってもらおう。

「では、ラウリンくん、彼等の統率は全面的におまかせしました。装備の足りぬ者、傷病兵にはそれなりの対応をお願いします」

「え?」

 さぁ、そろそろ休憩は終りでフルマラソンの時間だ。

「レオ兄様! <戦>の加護をお願いします!!」

 第三チェックポイントの第三城塞まで走るぞ~愛馬ケルヒャ号が。



「手ごたえが無い」

 三つ目の城塞に群がったおよそ二十万の黒カマキリを駆逐した感想がこれだ。

 ここでは兵員の追加も順調にすすみ、二百万の黒カマキリのうち八十万を駆逐した計算だが、あまりにも順調すぎる。

 距離が離れていると情報の伝達が行なわれないのか、それとも単純に城塞という目の前の餌に取り付かれているのか。

「カール、次こそは一番槍を……」

 なんだか耳障りな声がしたので手で耳を塞いで思考に耽る。

「カール! カール!」

 レオ兄さまが煩いです。

 肩を揺すってくるので、しかたなく意見を聞くとしましょう。

「黒カマキリどもが動き出したぞ」

 レオ兄さまが急いで地図を広げて駒を並べだしました。

 その労力には悪いけれど、こちらはこちらでgoodfullマップを開いてその動きを確認します。

 赤い点が城塞から離れて南西方向、ジュネーブへと全速で移動を始めだしている。

 等間隔に距離を離したかなり希薄な散兵状態でだ。

 半数は移動速度をわざと落とし遅滞要員とした可動防壁として、半分はジュネーブへ向け全速で。

 これは、不味い、学習された。

 一振十殺が可能なのは敵が密集しているからだ。

 ジーク兄はともかく、レオ兄や他の精鋭部隊の攻撃力は極端に落ちる。

 さらに遅滞要員として残された蟲の希薄で厚い壁を無視して通りすぎることも出来ない。

 一体一体の戦闘能力は決して楽観視出来るものではないからだ。

 鋼鉄の鎌と体を持ち、並みの戦力では返り討ちにあう、そういった化物なのだ。

 レオ兄やカール兄の化物具合を見すぎて、ちょっと黒カマキリさん本来の強さを忘れてましたわ。

 五十万の蟲がこちらの進軍を妨げて、五十万の蟲が王都ジュネーブを食い散らかす。

 そしてジュネーブで増殖した子蟲たちが俺たちから逃げるようにフランク帝国領内へと四方八方に逃げていく。

 こうなれば俺達は手を出せず、あとはフランク帝国軍の奮闘に期待するほか無い。

 はてさてこれは……詰んだかな?



 レオ兄が力説する黒カマキリの軍隊行進の詳細はさっぱり要領を得なかったが、俺は先生経由で理解しているのだから問題は無い。

 黒カマキリよ。君達の勝利だ。

 空撮という索敵能力のアドバンテージに二人のチート兵器を得ながら、それでも勝てなかった。

 知略において俺は君達に完全に敗北したことを認めよう。

 条件に縛られた、と、言い訳はしない。

 戦争は数だよ兄貴と言った過去の偉人も居ましたが、まったくもってその通りだ。

 寡兵で大群に勝利する。 夢物語は夢物語でしかない。

 大群をもって少数を捕食し続けた、君達こそ本当の賢人だ。


 俺の敗北を認めよう。

 とても残念だが、君達の大勝利だ。

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