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第5話

 やっとこさ出来ました……。

 新ソ連による奇襲とも言える侵攻作戦は、どうにか日本皇国側の勝利で終結していた。

 地上を侵攻していた敵戦力はいずれも撃退され、監視衛星及び高空からの偵察機による監視映像を解析した結果によると、ルート333を侵攻していた部隊は旭川方面に、網走に上陸した部隊は紋別方面に撤退したとの事。


 この報告が成された直後、スターダスト小隊は他のどの部隊よりも早く帰還を命じられていた。

 昴たちが形式上臨時で徴集されたというのもあるが、そのあまりにも異質な存在を敵のみならず他の国にも感づかれるのを美幌基地の上層部(正確には基地司令の望月准将)が嫌ったからというのが大きい。


 基地に帰還した昴たちは、基地の隊員達から歓呼の声で迎えられた。

 それもそうだろう。彼らは昴たちの素性を知らない。

 彼らが知っているのは、TF搭乗者の試験で優秀な成績を納めた一般人を臨時に軍属として登録して出撃させたという、基地の上層部が急遽作り上げた偽りの話でしかないのだから。


「なんか、調子狂うな」


 操縦席で呟く昴。

 彼らがした事と言えば、TFを始めとする敵の機動部隊を撃破しただけ。

 戦闘ヘリや歩兵などの異なる兵科が混じっていた事から無理をすれば中隊規模と言えなくもないが、 ゲームのイベントではあの程度の戦力差は当たり前にあった。この世界に来る直前のシナリオなどでは当初の戦力差はTFだけで2倍あり、そこに固定銃座などの敵性オブジェクトまで配置されていたのだ。

 常に同数で行われる対人戦の場合、対戦相手は過去の成績から同程度の腕前のプレーヤーが選ばれていた事実もある。その経験から判断すると、彼らが相対したのは良いとこ初級者レベルでしかなかったのだ。そんな相手を撃破してこうまで褒められるのには、些か抵抗感があるのだ。

 その呟きを見越したかのようなタイミングで、指揮官役を任ぜられた高原少尉からの通信が入る。


『スターダスト小隊全機に告げます。ハンガーに機体を固定したら、速やかに機体から降りて元の服装に着替え、係りの者が指示した部屋で待機してください。今後について説明を行います』


 気が付けば美幌基地は既にモニターの真ん中に映るくらいの距離にまでなっていた。

 どうもあれこれと考えている内に時間が過ぎていたようだ。


 格納庫に入ると、整備員の指示に従い機体をハンガーへと移動させていく。


『オーライ、オーライ……ストップ。そこでターンしくれ。…………OK。そのままゆっくりバックだ』


 通信機から流れる誘導の言葉は、昴たちの”表向きの立場”を考慮してくれたのか、堅苦しい軍隊調の合図ではなく平易な言葉だった。

 お陰で昴たちは初めての「車庫入れ」にも関わらず、戸惑うことなくスムーズにハンガーに機体を固定させる事に成功する。


『機体の固定完了』

『お見事』

『お疲れさんだ。生き残っただけでも凄いが、”車庫入れ”も完璧だったぞ』


 昴たちとしてはおっかなびっくりの冷や汗ものな「車庫入れ」であったが、誘導していた整備員達からすれば、熟練パイロットにも等しい滑らかな動作であったのだ。

 そのせいだろうか、コクピットから出て地面に降り立つや否や、昴たち4人は整備員たちから手荒い歓迎を受ける事になった。


「やるじゃねぇか、若いの」

「いきなりチームで人型戦車《TF》を5機もやったのかよ。すげぇじゃんか」

「おいおい、これで今年の運を使いきったんじゃないだろうな? まだ3分の1も過ぎてないぞ」

「とにかく生還おめでとう」


 昴たちはというと、ゲームの対戦で圧勝した時などに順番待ちの他のプレーヤーから同様な扱いを受けたことが何度かあったので、適当にあしらう事に成功している。

 唯一の不安材料というと紅一点の織姫に対してセクハラ紛いの歓迎が行われ、彼女がこれに過剰な対応をしてしまう事であったが、この現場のトップが女性であるせいか、そのような行為は一切行われなかった。


 既に基地上層部からの指示が出ており、昴たちは更衣室に放り込まれた後は、最初に高原少尉と話していたアノ部屋での待機を命じられるのだった。


   @@@   @@@


 スターダスト小隊が美幌への帰還の途に着いた頃、その美幌基地では基地司令である望月准将と副指令である日輪中佐が、深刻な表情をして顔を突き合わせていた。


「日輪中佐、これをどう見るかね」


 2人の目の前にあるのは、今作戦で確認された敵戦力の内訳だった。

 網走に上陸した戦力は、TF10機の2個小隊、攻撃ヘリが4機、戦車を含む戦闘車両が40両ほど。歩兵の数は推定になるが、1個中隊規模。全体で見れば1個大隊規模の戦力を投入した事になる。

 だが標津に上陸して殲滅された部隊も、TFこそ含まれていないがこれとほぼ同規模の戦力なのだ。いくら全てが旧式の装備であったとはいえ、数百人の兵士を捨て駒にした事になる。

 多数の兵士の命を預かる身からすれば、何か他の意図が含まれていると見るべきであった。


「結果だけみれば、標津に上陸した戦力を捨て駒にしたとしか見えません。航空戦力は互いに牽制し合っただけで損害は皆無ですし、西から遠軽に向かっていた部隊も此方の迎撃部隊に足止めされて暫くして撤退しています。網走に上陸した戦力にしても、敵の全戦力から見れば被った損害は軽微です。スターダスト小隊による損害が最大になります」

「本命が出番を待っていたが、その機会を彼らに潰されたか」

「自分はそう推測します」

「むう」


 二人は意見の一致をみると、再び地図に目を落とす。

 北海道の一部を占領されてそれなりの日数が経過しているが、敵の動きが分かっているのは比較的戦線から近い距離までなのだ。ある一定距離を超えるとそこからは推測の占める割合が急激に上昇して行く。

 特に占領された地域の奥深くになると、偵察機を飛ばしても迎撃されてしまうため、もっぱら無人機による強行偵察か衛星からの監視に頼っている状況だ。当然だが情報の密度と質は下がってしまう。


「そうなると、本命が何処に潜んでいたかが問題になるが」

「旭川の部隊が札幌を狙っていた、とは取れませんか?」

「むう……、だがそれはないな」


 可能性としては確かにある。だがそれは限りなく低い。

 札幌とその周辺に張り付いている此方の戦力は、旭川に進出した敵戦力への対応として存在するからだ。だが今回の一連の戦闘に於いて、札幌とその周辺の地上戦力は動いていない。

 それにここまでの偵察に於いて、旭川の敵戦力はどっしりと腰を落としており動く気配が見えていない。どちらかと言うと望月准将の眼には、旭川の防衛に意識を裂いているように見えるのだ。


「ではいったい本命となる部隊は何処に……」

「う~む」


 日輪中佐の声に釣られるように、望月准将の眼が地図上をくまなく奔る。

 だが如何とも情報が不足していた。

 結局の所、昴たちの存在を適当に誤魔化した報告書を作成し、その中でこの懸念を上層部に伝える事で自分を納得させる事にした。「そこまでの推理・判断は自分の任務ではない」と。


「それはそうと……」


 ここで望月准将は、話題を昴たちに変えて来た。


「今回特別に協力してもらった彼らだが、その受け入れの方はどんな具合かな?」


 形式的には試験選抜者に出撃してもらった事になる。だが軍のデータベースには、1年以上前から彼らのパイロットネームが登録されている。しかも穴だらけのモノだが。データが存在する以上、彼らは軍属と言う事になるのだが、データに欠落がありそれが1年以上誰も気付けなかったというのは異常だ。

 出撃させるにあたりある程度の穴埋めと工作は施したが、まだまだ足りない部分がある。

 これらを整合させないかぎり、彼らを正式に軍で使う事は難しい。

 だが放っておくと、彼らを中央に持っていかれるだけでなく、此方の立場までも悪くなってしまう。

 それはどうしても防がなくてはならない。


「現在ですが、この基地は第一級の戦闘配置になっております。そして情報管制についても同様に第一級の警戒態勢を執っております」

「ふむ」

「よって当美幌基地のデータベースは、外部から半ば切り離された状態にあります」


 日輪中佐の言葉に何か悟る所があったのか、望月准将の表情は僅かだが緩んでいる。


「そうだな。敵の攻撃がこれだけというのは如何にも不自然だ。物理面以外からの攻撃がこの後来ないとも限らん。そしてそれに乗じた第二派が来る可能性も否定できん。

 俺としてはこの状態を今少し維持する必要があると考えるが?」

「ですが彼らを連続して使う事だけは避けねばなりません。彼らはつい先ほどまで民間人でしたから」

「その通りだ」


 望んだ回答を得たからだろうか、日輪中佐は意地の悪い表情を浮かべていた。


「現状に於いて、彼らの受け入れ体勢はほぼ完了しております。残るはデータベースへの対処になりますが、その作業に最適な人物が現場からまだ戻ってきておりません。

 よって小官は、警戒態勢は出撃した全部隊の帰還を以て解除。情報管制につきましては、データベースへの対応の完了を待って解除するべきと考えます」


 情報方面に於いて第一級の警戒態勢を敷いた場合、データベースへのアクセスは極めて限定されたモノになる。この間は友軍の基地でさえ、アクセスする事は不可能になる。唯一可能なのは、この基地の限られた端末だけだ。

 つまり日輪中佐は、外部からの電子的攻撃への対処を理由に、データベースの書き換えをしてしまえと言っている。

 念のために言っておくと、口頭では解除としているが、ここは現在進行形で最前線である。通常業務に戻るという意味ではない。最高レベルからこれまでやって来た警戒のレベルにまで落とすという意味だ。


「それで良かろう。ではスターダスト小隊が帰還し次第、指揮官である高原少尉に必要な指示を出したまえ。私はそれまでに此方でできる事をやっておく」

「了解しました」


 二人は満足そうに頷くと、それぞれが果たすべき仕事をするべく行動を開始した。

 

   @@@   @@@


 待機を命じられて、数時間が経過していた。

 この間昴たちは、最初に高原少尉と話していたアノ部屋に缶詰である。

 幸いにして食事と飲み物は用意され、暇つぶし用と思われる新聞や雑誌などが差し入れられていた。

 トイレの存在が気になる所であったが、部屋を出て10mほど通路を進んだ所にあったので問題は無かった。


「いったい何時まで待たせる気だ?」


 あまりこう言った事に慣れていない昴の口から、苛立ちの色の混じった呟きが零れる。


「用意してあったヤツはとっくに全部読んじまったしな」

「書いてある事は解っても、それが何を意味するかが全然だもん。ちっとも面白くなかった」


 銀河と織姫が言うように、時間つぶしとして新聞と雑誌が幾つか用意されていたのだが、時間が経ちすぎたせいで全部読み終わってしまっていたのだ。


 政治や経済関連のニュースからは色々と重要な情報が得られた。だが昴たちにはそれを下支えする知識が欠けている。より正確に言えば、自分が持つ知識とどれだけズレているかの判断が付かない。

 この国の名前が違っていた事から覚悟はしていたが、かなりの数の国の名前が自分の知るモノと異なっていたのだ。国境線にも食い違う部分があるのは間違いない。

 これは国内ニュースにおいても同様で、政党名一つ取っても、どの政党がどの様な理念を掲げてどんな政策を推し進めようとしているのかが分からない。いくらかは記事から読み取れるが、それでも分からない部分の方が圧倒的に多い。

 だからまるで下手な小説を読まされたような気がしていたのだ。

 加えて芸能分野では、自分達のいた世界と敢えて言っておくが、そこと共通する人物が皆無だったのだ。スキャンダルらしきものが書かれていても、該当する人物の経歴はもちろんの事、どの様な芸風でどんなキャラクターかも分からない。

 写真が掲載されていればいくらかマシだが、それとて編集部が記事に合うように選ばれたモノでしかない。お忍びで出かけた芸能人のスクープ写真など、その最たるモノだ。


 銀河と織姫に関しては更に深刻だった。

 本来であれば、二人はあの”イベント”が終わったら、どちらかのアパートで互いの愛を深める行為をする予定だったのだ。だがそれもこの”事故”でお預けである。

 彼らからしたら少しでも埋め合わせのためにいちゃつきたいのであろうが、いくら親しい友人と言えど限度があるのは理解している。


 例外は北斗で、此方は用意された新聞と雑誌を読み終えると、その後はこれまた差し入れられたクロスワードパズルの雑誌の攻略に没頭している。


「アプリが使えれば良かったんだが……」

「オヤジに止められてるからな」

「まさか、あんな事になってるなんて、おやじさんに言われるまで気付かなかったよ」


 携帯端末のアプリで遊んでヒマを潰そうかとも考えたのだが、それはこの部屋に来てすぐ北斗から止められていた。

 理由は幾つかある。

 先ず画面の表示が『圏外』であった事。北斗の話によれば、窓際の通路で既にその状態であったという事であるから、電波が届いていないという可能性は消えた。対応する周波数の電波が放たれていない、若しくは携帯端末で解読できる信号になっていないと言う事だ。

 新聞や雑誌の広告からの推測になるが、この世界には昴たちが持つ携帯端末の会社が存在していないらしい。そして同時に通信会社も全く記憶にない名前のモノばかり。

 似たような発展をしていても、ソレを支えるシステム、制御プログラム、使用される周波数帯など細かな点で違っているようなのだ。

 データスティックが互換できたのが異例だと言える。

 そして一番重要なのが、彼らは充電器を持っていない事だ。

 現状ではコレの存在が唯一彼らの身元を証明できる品である。だがそれも電源が生きていればこそ。

 バッテリーが切れてしまえば、それはただの金属とプラスチックと半導体の混成物だ。

 だから現在彼らの携帯端末は、全部電源を落としてある。

 せめてテレビかラジオがあれば良かったのだが、生憎とこの部屋は小さいながらも会議用。そのような娯楽設備があるはずもなかった。

 では北斗のようにクロスワードパズルでもしていればと言う事になるが、此方でも異世界であることの弊害が現れていたのだ。

 比較的最近の事柄、具体的には第二次世界大戦以降の様々な事柄に関係するワード、それらで自分達の知識とのズレがあるために、どうしても埋める事ができない箇所が幾つもある。当然であるが、この世界における芸能関係の知識などあるはずもない。

 最初の方こそはこの世界との違いを知るためという北斗の言葉に押されるように挑戦していたが、あまりに多くの箇所が分からないせいですぐに挫折していた。


「まったく……『最後のオリンピック』だ? この世界じゃもうオリンピックはやってないのかよ」

「『ノーベル平和賞を受賞した日本人』? 『日本最初のスペースシャトルの愛称』? こっちの世界じゃまだでてねぇっての」

「歌謡界なんかもう完全にお手上げだよ。近年のヒット作なんか知りようもないし。この”ヴァーチャルボーイズ”って多分男性ヴァーチャロイドの歌手グループだと思うんだけど、これもこっちじゃなかったよね」


 上から昴、銀河、織姫が溢した愚痴である。


 そんな時、北斗が頭を上げて話しかけて来た。

 どうやら一段落させたようだ。


「それでも、周辺のマス目からある程度は類推できます」

「そりゃそうだけどよ……」


 理屈から言えば、タテの鍵で分からなくてもヨコの鍵で間を埋める事でその場所に入るべき単語を推察可能だ。そしてある種の単語は特徴的な並びとなるために、一部から全体を推しはかり易い。

 その事を示すように北斗が差しだしたページは、その7割以上のマス目が埋まっていた。


「これがナンバークロスならもう少し頑張れるんですが、これはクロスワードですからね、知らないものや特定しきれない単語が重なる部分は……」


 昴たちもそうすればマス目を埋められる事は理解していた。だがそうするだけの意欲と、ある意味で地道な作業を続ける根気が出なかったのだ。

 だがこの北斗の頑張りにより、幾つか分かった事がある。


「先ず確実なのは、歴史のズレは第二次世界大戦の辺りから始まったという事。それ以前で明らかに異なっているのは、朝鮮王朝の後に出来た国の名前『高麗帝国』くらいでしょうか?」

「言われてみれば確かに。おやっさんが気付いた以外で、何かあるか?」

「オヤジが気付けていないモンを俺が気付ける訳ねーだろ」

「ボクも同じ~」


 分かった範囲内で最も著しい違いは、この世界ではまだ満州国が存続している事と、中国に相当するのが「中華人民共和国連邦(以後は中華連)」という連邦国家である事。この「中華連」であるが、首都がある国の名前が「大漢民国だいかんみんこく(通称:漢国かんこく)」である事だ。

 なお参考までに言っておくと、満州国は中華連の中の一国である。


「コレ、本当なの?」


 織姫の戸惑いも当然だろう。

 音だけなら「大韓民国だいかんみんこく」と「大漢民国だいかんみんこく」。「韓国かんこく」と「漢国かんこく」。全く同じになる。

 だが現実には、半島にあるのは「高麗帝国」で、大陸にあるのは「中華連」で「漢国」だ。

 うっかりすると自分達の感覚でしゃべりそうになる。


「自分も気になって新聞の国際欄を調べました。ですがそれを否定する情報は得られませんでした」

「こりゃ、思っていた以上にこの世界に慣れるのには苦労しそうだな」


 昴のため息にも似たこの言葉が、全員の心情を表していた。


   @@@   @@@


「待たせたな!!」


 突如部屋のドアが開け放たれた。

 豪快なセリフと共に入ってきたのは、筋骨たくましい中年の男性兵士だ。

 身長は180㎝ほど。軍服越しにも筋肉の量が多い事が分かる。

 顔は軍人以外の職業が想像できないくらいに迫力がある。ただちょっと難を言えば、髪の毛の前線が後退して寂しくなっているという事だ。

 ゴツイ・むさい・怖いの三拍子そろった人物の登場に、雰囲気に呑まれた昴たちは声も出ない。


「これより貴方達を宿舎となる部屋にまで案内しますが、その前に日常品を揃えてもらいます」


 こう言って男性兵士の陰から現れたのは、小柄な女性兵士だった。

 身長は160㎝もないだろう。

 ここが軍事基地であり彼女が制服を着ている以上、彼女も軍人なのは間違いない。だが背が低いのに加えて童顔なせいで、一見すると中学生くらいにしか見えない。

 だが自己主張の強い身体の一部が制服の生地を下から押し上げており、彼女が成人の女性である事を声高に示している。

 そのあまりの自己主張の強さに、織姫がちょっとではすまないほどの精神ダメージを受けていたのは、恋人たる銀河だけが知る事実である。


 女性兵士の登場により気を取り戻した格好の昴たちは、早速とばかりに質問を浴びせかけようとした。

 だがそれは第三の人物の登場により阻まれることになる。


「諸君たちは、正式にこの基地所属のTF乗りとして登録されている。よって当分の間、当基地で生活してもらう。ただ諸君たちは”難民で住民データを損失している”ため、作戦行動以外での基地外へ出る事は禁止される」


 最後に入ってきたのは、この基地の副指令である日輪中佐であった。


「質問があります」


 早速とばかりに昴は疑問をぶつける事にした。

 日輪中佐もこれは十二分に予想していたらしく、黙って続きを促す。


「俺達はこの基地で保護されるという事らしいですが、具体的にはどのような扱いになるのでしょうか」


 この質問に答えたのは、小柄な女性兵士であった。


「貴方達の身分は、択捉からの難民という事に”なっています”。そして問題の戸籍を始めとするデータですが、それは敵の攻撃により喪失した事に”なっています”。そう言う訳ですので、貴方達のデータが”作り直される”までは、作戦行動以外で基地の外に出る事は禁止されます。そして先の出撃の直前に”当基地所属の軍人となりました”ので、今後の行動に支障が出ないように訓練を受けてもらう事になりました」


 ドアが開いており外部に話を聞かれる事を前提としているのか、女性兵士の言葉には此方を確認するような響きを持たせていた。

 だが当事者たる昴たちには分かってしまった。

 この女性兵士が言いたいのは、データの捏造を含む偽装工作が完了するまで、行動に自由がないと言う事だ。

 尤も、それが完了すればそうなったで、今度は軍人としての生活が待っている。

 知り合いにその手の人間がいない昴たちには、それがどの程度のモノなのかを知る術はない。

 後はとにかく体験するのみだ。


 そんな昴たちの中に不安を見てとったのか、大柄な男性兵士が鷹揚に話しかけてきた。


「心配するな、とは小官からは言えません。ですが人間と言うモノは、その気になれば大概の事はなんとかなるモノです。それがたとえ失格や失敗という形を取ったとしても、それは自身に対する貴重な経験として後々で何らかの役に立つのですから」


 成せば成る。

 まとめてしまえばたったコレだけの事であるが、この男性兵士の人柄がそうさせるのか、昴たちの心からは新しい環境に対する不安が払拭されていた。


「では、この二人に付いて行き、必要なモノを揃えた上で与えられた部屋で待機するように。

 なお、部屋の備品は自由に使って構わないが、無茶をして破損させないように」


 日輪中佐のこの言葉を受けて、昴たちは漸く部屋を出る事となった。


   @@@   @@@


 一番最初に行ったのは、衣類及び日用品の購入であった。

 考えてみて欲しい。昴たちはアミューズメントパークで遊んでいたのだ。予備の服はもちろんの事、下着の替えも持っていない。

 それに今は成り行きとは言え軍人になってしまってる。外見だけでも整えるには、ちゃんとした制服が必要になる。

 言うまでもないが、織姫の衣類、特に下着や生理用品に関しては小柄な女性兵士が同伴していた。


「え~っと、皆さま支払はどうなさいますか? 給料から天引きにします?」


 購買を担当する職員に対し答えたのは、一同を引率する立場となったあのゴツイ男性兵士だ。


「あ~、こいつ等は即戦力として期待できるという話でな、上層部から特別に資金が出る事になっている。請求書は基地司令に上げておいてくれ」

「ああ、戦術機の試験の話ですね。了解です。兵曹長どの」


 実を言うと、TF操縦者選抜試験に於いて好成績を修めた者は、パイロットとして軍に徴集される際に幾つかの特典が与えられる事になっていたのだ。今回のコレも、その特典の一つである。

 これがあるからこそ、適正検査に国民が多数集まっていたのだ。


 紹介が遅れたが、この男性兵士の本名を「今小路いまこうじ はるか」と言う。

 階級は先にも出ていたが兵曹長だ。

 ただ本人は名前で呼ばれる事にかなり強い抵抗があるらしく、昴たちに自己紹介した時には「間違っても”ちゃん”付けで小官の名前を呼ばないように」と脅迫ともとれる迫力の有る”お願い”をしてきていた。

 そしてもう一人の小柄な女性兵士であるが、彼女の名前は「桑原 美月(くわばら みつき)」。驚いた事に、彼女は織姫よりも年上の22歳だ。

 先の戦闘では指揮車のオペレーターを担当していた。

 階級は上等兵曹になる。


 最低限の品を揃えた一行はが向かったのは、宛がわれた部屋ではなく、とある小さな部屋だった。

 部屋の真ん中には作業用と思われるテーブルあるだけ。そのあまりの殺風景に、昴たちは声が出ない。


「あ~、いきなりこんな所に放り込まれて分かり難いだろうが、ここは基地でいるのは軍関係者だけだ。しかも同じ制服を着た人間が山ほどいる。」


 今小路兵曹長はこう言うと、昴たちが事態を飲み込めるように暫しの間を置いた。


「規律ある軍隊であるから当然であるが、殆どの人間が同じ服を身に付けている。貴様らのような入りたてともなれば、サイズ以外に違いを探すのが難しいくらいだ。

 よってこの場所で、貴様ら個人の所持品となった服、下着、タオルその他の日用品に、貴様らの名前を記してもらう」


 続いて桑原上等兵曹が申し訳なさそうに話に加わってきた。


「皆さんの部屋はすでに確保してあります。ちょっと問題があるかも知れませんが、基本的には他のTF操縦者と同じで快適に過ごせますよ」


 だがここで当然のように銀河が食いついてきた。


「なあ、桑原さんだったか? ”ちょっと”っていう問題が何か、ここで教えてくれ」


 軍隊としては、この質問の仕方は極めて不当なモノになる。

 仮初とはいえ彼らの階級は「二等兵曹」。しかも対する桑原の階級は2つ上の「上等兵曹」だ。もっと丁寧な口調で、厳密には最初に許可を求めなくてはいけない。

 だが彼女も昴たちの”特異さ”を知らされた人間の一人だ。今の段階での多少の事は見逃す事が出来る。


「ではお教えしましょう、”二等兵曹”」


 それでもさりげなく立場を思い出させる辺り、彼女もしっかり軍人している。


「貴方達という存在はあまりにも異質です。TFを操る技量が熟練パイロット並というのもそうですが、知識面での”偏り”も無視できるレベルではありません。

 よって当基地の指令は、貴方たちを一部屋に隔離する事でこれに対応すると決定しました」

「な……」

「えっ」

「ちょっ」

「おい」


 意外と言えば意外。男3人と女1人を一部屋に閉じ込めると言うのだから。

 だが当然と言えば当然だ。得体の知れない存在を一纏めにしておくのだから。


 昴たちの異世界初日は、波乱のまま幕を閉じそうだ。




 

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