第1話
ここから主人公達が登場します
周囲を暗闇に包まれた座席の上では、1人の青年が孤独に耐えながら座っていた。
座席の前には2本のレバーのようなものがあり、そのレバーには複数のスイッチらしきものが付いている。加えて足下には幾つかのペダルが存在している。今は暗くて見えないが、周囲の壁には光を失った多数のランプとスイッチらしきものが幾つも敷き詰められている。
正面には何も映し出していないスクリーンがあるのだが、闇に閉ざされた現状ではその存在はあまり意味はない。むしろ見えていたら青年に閉塞感を与える格好の材料になっていたはずだから、現状はかえって良かったのかもしれない。
だが青年は周囲に存在するそれらのモノに触れようとせず、腕組みをして己の思考に埋没していた。
割と引き締まった体型をした精悍な顔つきの青年なのだが、思考している内容によるものなのか、暗闇の中でその表情は不安で微妙に歪んでいる。
その青年の名前は星川 昴、近郊の大学に通う20歳の学生だ。
彼はついさっきまでは、このゲーム『巨人達の戦場』を通じて知り合った仲間達と一緒に、運営会社が企画したイベントの最終ステージを攻略していたのだ。
ステージも終盤に掛かり、自分達の操る機体のダメージも相当たまってはいたが、なんとかステージの勝利条件をクリアできた。
後は撃墜される事なくタイムアップを待つだけとなって、しつこく追いすがってくる敵の機体をあしらっている最中に、現状の元となるそれは起きた。
スクリーンに表示されている制限時間を示す数字がゼロを刻みステージクリアの表示が現れた直後、突然の轟音と共に周囲を暗闇に包まれてしまったのだ。電源が落ちてしまったからだろう、筐体同士で会話を成立さていたインカムも、その時から通じなくなっている。
思い起こしてみれば、筐体に入る前から遠くで雷が鳴っている音を幾度も耳にしていたではないか。ならばこの停電もありえない話ではない。
「全く、やっとクリアしたと思ったら停電か。このプレイが不成立って事はないだろうな?」
だが何もせずに黙っている事に不安を感じた昴は、ソレを紛らわせるために小さく独り言を溢した。
その声は極めて小さく口の中に零れたとでも言うくらいの音量であった。だがその直後に確率を司る神が気まぐれでも起こしたのか、その呟きが終わるのを待っていたようなタイミングで、それまで沈黙を守っていたインカムから落ち着いた男の声が響く。
『おーい、インカムは機能を回復したみたいですよ。聞こえていたら返事をしてくれませんか?』
「おやっさん? 聞こえてます!」
声を送ってきたのは、4番の筐体に入っているはずのチームメンバー、神崎 北斗だった。
北斗はこの『スターダスト小隊』のメンバーの中ではこのゲームをプレイした回数が一番多く、戦術や使用する機体やその武装に関して色々と助言をしてくれる、いわば参謀的な存在だ。
ついでに言えば、昴にこの『巨人達の戦場』の遊び方を教えたのも北斗である。
プレイでは、主に昴がその対象である事が多いが、誰かを後方から支援するポジションを取るのが常だ。
昴と同じ大学で異なる学部に通っており、年齢こそ23とメンバー内で最年長だが、浪人と留年を経験しているので昴と同じ学年だったりする。
少々痩せ気味で老け顔なのと言動が大人しく丁寧なのが災いし、初対面の人は例外なく彼の年齢を”少なくとも”5歳は年上に読み違える。入学式で院生と間違われた話などがその好例だろう。このために北斗は仲間内から『おやっさん』とか『おやじさん』とか、より簡便に『オヤジ』と呼ばれている。
流石に真っ暗闇の中で孤独に耐えるのには自信が無かったのだろう、返答した昴の声には安堵の成分が多分に含まれていた。
「それにしても今回は運が無かったですね、おやっさん。ステージクリアの直後に停電なんて」
『天気予報では雷警報が出てましたからね。瞬停による電圧降下で一時的な回線切断くらいは覚悟してましたが、予想が甘かったようです。ここまで復旧に時間が掛かるということは、変電所にでも落ちたのかもしれません。この様子だと、運営側のサーバーに結果が送信されなかった可能性もありますね』
北斗の悲観的な予測が流れたところで、新たに男女の声が割り込んできた。
『おい! そりゃないぜ! オレは戦術評価で初めてSかもしれないってのによ』
『え~! ボクの活躍もナシなの~?』
最初の声は男の物で、2番の筐体でプレイしていたはずの東雲 銀河のモノだ。
彼は言葉使いが示すように、少しばかり荒っぽい気質の持ち主だ。
外見もそれに見合っていかにも体育会系な容貌と筋肉質で引き締まった肉体を誇るが、どこか憎めない雰囲気の持ち主でもある。
このチームで出撃する時は切り込み役を担う事が多く、豪快とまでは行かないが、彼の思い切った行動が転機となってプレイを勝利に導いた事が幾度もある。
続いて響いた女の声は、3番の筐体を使っていたはずの月読 織姫のモノだ。
1人称が『ボク』である事から、彼女を知らない人はどこか男の子っぽい容姿を想像しがちだ。
事実ショートカットとボーイッシュな髪型をしているが、顔立ちは可愛らしいし出るところはしっかり出ている。性別を間違えられる事はまず無いといって良い。
快活な性格でわりと面倒見が良く、プレイでは誰かのフォローに回る事が多く、特に護りの場面では頼りになるタフなプレーヤーという一面を持つ。
銀河と同じ大学に通っており、同じ体育会系のサークルに所属している。
ちなみにこの2人は恋人同士で、昴と同じ20歳だ。
この『巨人達の戦場』を4人がチームを組んで一緒にプレイするようになったのは1年ほど前になる。
銀河と織姫がデートでこれをプレイしていた時に、たまたま同じ店でプレイしていた昴&北斗のペアと一緒の出撃となり、対戦相手との相性が良かった事も重なり、見事圧勝してしまったのが縁だ。
コレを切っ掛けに親しくなった4人は、以後機会を見つけてはチームを組んでゲームをプレイしてきた。
4人が親友と言っていいほどの間柄となったのは、半年ほど前の話になる。
銀河と織姫のデートにお邪魔する形で集まり、これまで4人で出撃した時と単独での出撃の勝率を比べた結果、4人の時の勝率が思いのほか高かったのがきっかけだ。
その時に正式にチームを結成して登録したのだが、プレイスタイルがポイントに繋がらず戦術評価が低いので、勝率はそこそこ高いにも関わらず国内のランキングにチーム名が載った事はまだ一度もない。
『スターダスト小隊』としてのイベント参加は、実を言うと今回が初めてだった。
そのチーム結成後の初のベントでこの様な事態に遭ったのだ。しかも銀河と織姫に関して言えば、かなり自信が持てる結果を出せたプレイだっただけに、それが記録されないと言われれば、あの慌て様も頷けるだろう。
だがそんな2人の慌てた声を聞き、昴は逆に平静な態度を取り戻していた。
「おやっさんが言ってたのを思い出せ、2人とも。プレイのデータが無事な可能性もゼロじゃない。おやっさんはあくまでも悪い予測を言っただけだ」
『……そういやそうだったな。ったく、オヤジはいつもそうだ』
『まあ、そこがおやじさんたる所以なんだけど』
『自分がどう評価されているかが良く判りましたよ……』
友人の声を耳にしたお蔭だろうか、インカム越しに聞こえる声に暗闇に脅えるような響きは含まれていない。その事を確認した昴は、改めて周囲の状況の確認を始めていた。
電源が戻らないのか、回りは鼻をつままれても気付かないくらいの暗闇に閉ざされている。
この筐体は周囲からの邪魔な音や光を遮断するためなのか、厚めの素材で覆われているので、周囲の状況をうかがい知る事は簡単ではない。しかし外からの接触が何も無いのも異常に思う。無理やり筐体を開けて自分たちを救出するまでは行かなくとも、誰かしらが安否を確かねるために、筐体を叩くなり声をかけるなりするはずだろう。
電源が落ちてから随分経つが、ここまで時間が経過しても復旧しないという事は、北斗の言うように変電所か送電線自体がやられたのか? それにしてはスタッフが避難誘導しているような気配もない。
昴がそこまで思考を進めたとき、その北斗からの声が届く。
『それにしても妙ですね。どうして筐体の電源が戻らないのでしょう?』
『どういうこった、オヤジ』
声こそ出してはいないが、昴も銀河と同じく北斗の疑念が理解できない。恐らくは織姫もそうだ。
そんな無言の主張を感じ取ったのか、北斗はため息を前置きとして説明を始めた。
『停電により筐体の電源が死んでいるにも関わらず、自分達はインカムでの会話ができています。
本当ならばインカムも電気製品ですから、停電していては会話が出来るはずがないのですがね』
息を呑む音が聞こえたが、それは昴本人のモノであったのか、それともインカムから聞こえた他の2人のどちらかまたは両方のモノであったのか、昴には判らない。いや、そういった事に思い至れないほどの衝撃が昴を貫いていた。
1番最初にこの衝撃から立ち直ったのは、紅一点の織姫だった。
『おやじさん、それじゃあ質問なんだけど、最初にインカムに呼びかけたのはおやじさんだったよね? どうしてインカムが生きているって、ううん、生き返ったって解ったのか教えてくれないかな?
これには動作を示すランプが付いてないのにさ。停電した時にボクは色々と喋ったはずなんだけど、だ~れも応えてくれなかったのは、停電でインカムが機能してなかったからだよね』
織姫の言うように、インカムが接続されているコネクターには、ちゃんと機能している事を示すパイロットランプが付いていない。恐らくは筐体とプログラムの開発に資金を掛けすぎた企業側が、製造コストの節減のために省いたのだろう。ひょっとすると、次のバージョンアップの時にでも付け足す予定なのかもしれないが、それは今は関係ない事だ。
しかしそうなると、動作しているかどうかの確認は、実際に話してみないと解らないことになる。声は届いても聞くことは出来なかったり、その逆の場合もある。
最初から機能していたのであれば、織姫が放った言葉に誰かが必ず声を返しているはず。少なくとも恋人であると自他共に認める銀河が黙っていないはずだ。
だが北斗の答えは、ある意味で至極単純なモノだった。
『自分はこれでも耳は良い方でして、マイクが拾った雑音と機械自体が発するノイズくらいは聞き分ける事が出来ます。そんな自分のインカムが自分のモノでない呼吸音も拾い出したと思ったら、誰かさんが小声で溢す愚痴や苛立ちや不安そうな呟きが聞こえてきたんです。インカムが機能を回復した可能性はかなり高いと判断しました』
「愚痴ってのは俺だよな」
『アレをオヤジに聞かれてたんか』
『え~! 誰にも言わないでよね! お願いだから!』
3者3様の反応を北斗はきれいに無視した。彼にはまだ話さねばならない事があったからだ。
『それはそうと、自分達が陥っている状況も結構変だとは思いませんか?
確かにこの筐体は必要以上にリアルな仕上がりで、分厚い筐体の壁は外からの刺激をかなり低減してくれます。ですがこの停電で起こるはずの騒動、とまでは言いませんが、ざわめきまで完全に遮断するほど見事な作りではなかったと記憶しています』
北斗の指摘は、昴たちが停電で忘れていた事を思い出させていた。
このプレイを始める前には、複数のチームが並んで順番を待っていたのだ。そして順番が来るまでの間は、出撃しているチームのプレイをエリアの中央に備えられた大型ディスプレイで観戦していた。
更には順番待ちの列の後には、実況されているプレイに興味を持ったギャラリーが見事な人壁を形成し、他のプレーヤーの織り成す状況に一喜一憂していた。
なのにそういった周囲の雑音が完全に途絶えている。
このゲームのプレーヤーはお互いのマナーを良く守っているからむやみやたらと騒ぐようなマネはしないだろうが、ただ見ているだけのギャラリーまでそうとは言い切れない。
なによりも、プレイ中にも遠雷の音を耳にしていたではないか。それが今、全く耳に届いていない。
「そういえば、避難誘導が掛かった様子もないな」
『その通りです。館内放送くらいは非常用電源で動かせるようにするのが今時分の常識です。非常灯も一部は蓄光素材を使った物が用意されていて、最低限度の光源が避難路に確保さているはず。スタッフが避難誘導を始めるのに障碍は少ないにもかかわらず、そんな気配は先ほどから全く感じられません。
それに話している間に手探りした限りでは……』
『うん? どうしたの、おやじさん。言ってくれなきゃ解らないよ』
『オヤジが言いよどむたぁ、珍しいな。相当悪い予測と見たぜ』
「言ってください、おやっさん。今は判断材料が少しでも欲しい」
3人からの後押しを受け、北斗は躊躇いながらも続きを話し始める。
『自分はこのゲームをプレイして結構経ちますので、筐体の中の構造はわりと正確に記憶しているという自負があります。電源が復帰する気配も無く避難誘導も掛からないのであれば、自力で何とかしてみようと周囲を探ってみたわけです』
誰かが息を呑む音がした。
北斗が言った事とは、3人が無意識に避けていた行動だった。
それほど広くない筐体の中である。その気になれば手探りでドアを押し開き、外へ出ることも可能なはずであった。
だが昴達はその行動を選択する事ができなかった。
意識のどこかで、現状が自分達の認識を超えたモノになったのではないかという不安を感じ取っていたから。だからこそ、身じろぎする事も無く誰かが筐体を開けてくれるのを待っていたのだ。
そんな3人の心情を知ってか知らずか、北斗は話すのを止めない。
『ドアがあるべき箇所は、自分が記憶している物とは異なる素材で構成されていました。ものは試しと開く操作をしてみたのですが、小揺るぎもしませんでしたよ。多分、自分の知る筐体のソレとは操作方法が異なるのでしょうね。
更に周囲を大まかに探ってみたのですが、ゲームの筐体であれば雰囲気作りのための絵でしかなかったスイッチやらボタンなどが、実在のモノとして感じられました。ついでに言えば、自分たちが座っているシートは、アニメや映画の設定を忠実に再現したかのような仕上がりです』
そう言われて昴たちは改めて自分が座るシートの感触を改めてみた。確かに記憶にあるモノよりもクッションが硬い。その事実が更に昴たちを打ちのめす。
だが北斗の説明はまだ終わってはいない。
『以上の事から、自分が導き出した答えはかなり突拍子も無いモノになりました』
インカムから唾を飲み込む音が響く。
それは昴自身のものであると同時に、銀河と織姫のモノでもあった。
耳が良いと自負する北斗は、それ等の音が聞こえていたはずだが、一切気にした風もなく言葉を続ける。
『何が切っ掛けなのかは解りませんが、自分達は全く違う場所に揃って転移してしまったのだと結論します。少なくとも日本国内において、ここまでリアルな筐体を使用している場所の情報を、自分は得ていませんから』
北斗のその言葉を待っていたようなタイミングで、電源が復旧した。
筐体のランプに明かりが点り、スクリーンが光を発し始める。
いきなり明るくなった視界に痛みを覚え、4人は程度の違いは有れど呻き声を上げた。
暫くして明るさに慣れた彼等の目に映ったのは、北斗が語ったように、様々なスイッチやボタンが現実のモノとして感じられる本物のTFの操縦席のような空間と、ゲーム会社のモノではないマークが入った、何も映し出していない灰色のスクリーンだった。
そしてこの直後、ゲームではお馴染であった無機質な音声が4人の鼓膜を震わせる。
『システムを再起動しました。搭乗者はデータスティックが正しく装着されている事を確認してください。演習シナリオT-1を読み込みます。指定されたマップと勝利条件と仕様可能機体及び武装を確認し、スタートまでに機体のセッティングを完了してください』
突然鳴り響いた日本語のガイド音声に、4人は驚きと同時に安堵を覚えていた。少なくともここでは会話では苦労する可能性が低いと分かったからだ。
だが、ここで更なる問題が出てきた。
見ればゲームデータを記録したデータスティックは、ちゃんとあるべき場所に装着されたままだ。少なくとも外見上の変化はない。
だがこのままガイドの音声が指示するままに、指定されたシナリオでゲーム(?)を続けるのか? それとも無視してどんな状況か解らない筐体の外へと出て行くのか?
誰もが答えを出すのを躊躇う中、最初に決断を下したのは、自他ともにチームリーダーを任ずる昴だった。
「なあ皆、何もしないで悩んでいるより、目の前にあるコイツをプレイしてみないか? おやっさんの言うように明らかな違いはあるが、共通点も多いみたいだ。幸いにして俺たちがゲームで使っていたデータスティックは無事なようだし、このままプレイすれば何かが解るかもしれない」
この決断に釣られるように、残りの3人も次々と同意の意を示す。
『そうだな。ウジウジ悩んでてもしょーがねーし』
『ボクは銀河がいるなら何所へでも付いてくからね。一緒な行動をすれば、引き離される可能性も小さくなるはずだし』
『皆さん思い切りが良すぎますよ……。問題を先送りしているだけのような気もしますが、これで何らかのリアクションがあるのは確実でしょう。仕方ありませんね、停電によるプレイ中断のサービスとでも思っておきましょうか』
全員がプレイに同意した事を確認すると、4人はスクリーンに映し出されているマップと各種条件を見比べながら、それぞれの役割と割り当てられた機体のセッティングについて相談を始めるのだった。
*** ***
「ふあ~~。やっと適性検査のデータが纏まったか。今回も数だけはいたけど、収穫はナシかぁ」
周囲を分厚い壁に囲まれた1室で、どこか軍服を思わせる制服を纏った1人の男が、欠伸をかみ殺しながら大きく背筋を伸ばしていた。
彼が座っているのは、何かを制御する卓であるらしい。
正面にはキーボード、周囲には様々なボタンやスイッチが配されており、それらに対応した幾つものディスプレイから放たれる淡い光が彼の姿を照らしている。正面の壁には、今は何も映し出していないが、大型のモニターが設えられている。
キーボードの正面に配置されているディスプレイに表示されているのは、幾つもの名前とテスト項目ごとの評点と全体を纏めた合否結果が記されたリストだ。
男の口から零れた愚痴が示すように、それぞれの最後の項目にある結果の欄は、尽く『不適格』と赤い太文字で埋められていた。
「まったく、いくらこの基地に設置されているシミュレーターの数が多いからって、こんな時までTFの適性試験までするなよな。3ヶ月前ならいざ知らず、今やこの基地は最前線なんだぞ。いくら予定と予算が決まっているからといって、試験を強行するなんてどうかしてるぞ。出撃が掛かったのは試験終了後だったから助かったけど、これが本当に試験中だったら上の偉いさんたちはどう責任をとるつもりだったんだか知りたいね。
それにしても、自分だけ蚊帳の外でこうして試験結果の解析作業をさせられるとは、上の方は相当に焦ってるみたいだな。こうまでしてTFのパイロットを確保しなくちゃならない何かが、そう遠くない未来に予定されているとでも言うのか?」
男は与えられた仕事を着実にこなしていきながら、その頭の片隅では自分が担当したモノに対する考察を進めていた。
TF、タクティカルファイター、戦術格闘機、戦術機、そして一部の人間からは人型戦車とも呼ばれる巨大な人型をした兵器がこの世に出てきて、既にかなりの年月が経過している。
誕生初期のTFの全高は13mと高くて動きも鈍く、運用できる火器の威力が戦車に劣るという理由から、限られた戦場で火力支援のような役割ばかりを担当していた。
だが2足歩行による機動力の優位性と、人間が用いるのと同じ感覚で多種多様な火器を運用できるという戦術的柔軟性が次第に評価されて行くにつれ、その戦術的価値は高まって行った。
初期に於いてはその鈍重な動きと機体の大きさから、複雑な地形である山間部や都市部での戦闘にしか用いられなかったTFであるが、その後の著しい技術革新によりその立場は一変する。
まず全高を9mほどにまで小型化する事に成功。
次いで駆動系が油圧シリンダーとサーボモータの組み合わせから、高分子製の人工筋肉主体の構成に置き換わった。これによって大幅に軽量化した機体は、静粛性と機動力の向上だけでなく、より長時間の作戦行動が可能となった。
そしてより軽快で俊敏な反応をするようになった機体の被弾率は大幅に低下し、比較的開けた地形でも十分な戦果を期待できるようになる。
現在では戦車に準じる戦力として主力の一端を担うまでになっており、特にここ最近の戦闘では、戦車を押し退けて戦場の主役となることも珍しくなくなって来ていた。
ただ残念な面があるとすれば、運用にはそれなりの資質を持った人間に高度な訓練を施さねばならず、ある意味で使い手を選ぶ代物だという点に加え、TF自体が戦車以上に高価である事だ。
しかしそんなデメリットを許容できるだけのメリットがTFにはあった。なにしろ戦場によっては欠かすことの出来ない戦力となったのだから。
それ故にTFの操縦者の確保はこの国のみならず、何所の国の軍隊でも希求の案件だ。たとえ尽くが不適格の判定が下ったとしても、少しでも見所がありそうな受験者は軍のTFパイロット訓練場に放り込んで戦力の足しにしなくてはならない。
なにしろこの国は好ましくない国々と国境を接している。しかもその内の1つとは現在進行形で戦争中なだけに、戦力を充実させる事は最優先事項の1つである。
だからこそ上層部もこんな最前線の基地であっても、TF操縦者の適性検査を行うのだろう。
男が思考をそこまで進めたとき、視界の端で注意を喚起する光の点滅に気がついた。
いつの間にか正面のディスプレイに試験中と但し書きの付いたデータが幾つか追加されていたのだ。
「オヤ? とっくに適性試験とっくには終わったのに、筐体が稼動しているぞ。この基地に待機していたTFのパイロットは全員出撃していて今はいないはずだし……。いったい誰がシミュレーターを動かしたんだ?」
男は試験が行われている仮想空間を俯瞰する映像を正面の壁にある大型モニターに呼び出し、何者かが仮想空間で操るTFの動きとディスプレイのデータとを見比べ始める。
データによれば現在稼動しているシミュレーターは4台で、4人1組のチームで同数の敵を撃破するシナリオが選択されている。敵側にはTF以外にも装甲車や固定陣地が設定されている事から、小規模の基地または拠点の攻略というシチュエーションだと分かる。
だがそれらの情報は男を驚かせるものではない。数時間前に行われていた適正試験で使われた、ランダムに適用される数あるシナリオの内の1つでしかないからだ。
男が驚かされたのは、モニターに映し出されているTFの動きと、試験判定プログラムが4人に下した評価の内容だった。
「攻撃の仕方がやたらと慣れてるな。目標に接近した際の射撃から格闘への切り替えがスムーズだ。それに相互の連携も上手い。僚機が離脱する時の援護が見事に決まっている。試験用で操縦系統が簡易モードに固定されているとはいえ、よくもここまで動かせるものだ。
昨日今日にTFを知った人間の動きじゃないぞ、これは。一端のTF乗りの動きだ。オマケにしっかり役割分担までしてる。いったい何所の傭兵が適性検査に紛れ込んだんだ?」
男の口から零れたのは、こんな呟きだった。
シミュレーターが4人に下した判定は、何れもTF乗りとして即時実戦投入可能な数字だったのだから、それも当然かもしれない。
正体不明の操縦者達に興味を持った男はキーボードの脇のパネルを操作すると、彼らの詳細なデータをディスプレイに表示させる。
映し出された4人のデータを見た男の眼が、驚愕で大きく見開かれた。
「なに? 氏名、生年月日が登録されてないのに、ID、パイロットネーム、性別、チーム名が我が軍に登録されている! そのクセに階級と所属の部隊、基地が未定だと?
おまけに我が軍のTF全機種に対する搭乗資格を4人とも有しているとはどういうことだ?
契約したての傭兵なら個人データに欠落があっても不思議じゃないが、血液型を含む生体データもないのはどう解釈すれば良いんだ? 怪我や病気になった場合、困るのはコイツ等だろうに。
まさかコイツ等、どっかのTF開発陣の秘蔵しているテストパイロットか?」
正面のスクリーンの中では、受験者達が操るTFが男の驚愕を他所に、着実に戦果を重ね続けていた。
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