プロローグ
20世紀末に誕生した多人数参加による対戦型のゲームは、21世紀になるとその参戦者を、特定の遊技場に集う若者達から、ネットワークに繋がる不特定多数の人物へと拡大させた。
一般家庭に於いては、ファンタジーやSFを題材としたリアルタイムRPGが、考え抜かれたバックグラウンドの設定とグラフィックの出来栄えを担当各社が競ったことも相まって、爆発的な人気を博することになった。
その一方で、アミューズメントパークやゲームセンターでは、専用の筐体を用いる事で限りなくアニメや映画の設定と似た状態でプレイできるタイプのゲームが幾つも出現する事になった。
人気があったのは、プレイヤーが人型のロボットのパイロットとなって戦場を駆け巡るタイプのモノだ。特にその中でも原作におけるコックピットをそのまま再現したような筐体を使用した体感型ゲームは、原作が20年以上に渡り続編やサイドストーリーが製作され、更には国外へ翻訳されたモノが発信され続けて来たことも相まって、国の内外の幅広い年代のファンから絶大な支持を得ていた。
逆にこのゲームをプレイする事で原作に興味をもったプレイヤー達が、原作の映像データや書籍を購入していくという経済的波及効果もあったと追記しておく。
とある地方都市の郊外に、某有名企業の運営する24時間営業のアミューズメントパークが建てられていた。そしてここにもこの類のゲームが当然のように何種類も設置されていた。
その内の1つのゲームのために割り振られたエリアには、専用の大型の筐体が幾つも列をなしており、このゲームの人気が一方ならぬものである事を示していた。
それだけではない。観戦や順番待ちの為のスペースは何十人もの人間でごった返している。
外は生憎の大雨である。雨宿りを兼ねてという理由でここを訪れている人が少なくない事も、この人の混雑の理由の一つには間違いないだろう。
しかし彼等の大半がこのエリアにいる理由は、雨宿りの暇つぶしなどではなく、このゲームをプレイするためでもなく、現在行われているイベントのプレイの実況を見るためであった。
『巨人達の戦場』と名付けられたゲームに割り当てられたエリアと、その中央に設けられた実況用の大型ディスプレイ。人々の視線が集中する画面の中では、4体の人型の兵器が、同じような人型兵器の集団を相手に戦っている様が映し出されていた。
「さっすが最終ステージ。敵のしぶとさもハンパじゃねーな」
「けどすげぇな。まだ機体の耐久値にわりと余裕あるじゃんか、あいつ等」
「相手が戦力の逐次投入、なんて下策をうったからだろ。いや、戦場のシチュエーションがそうさせたのか?」
「連中の進攻ルートがそうさせたんだろ。でなきゃ左右から挟撃されてたはずだ」
「遮蔽物の使い方がわりと上手いな。特に1番機、動きから見てリーダーか?」
「ダメージが少ないのは、側面を固めてる2番機と3番機の連携が奇麗に決まってるからだと思うぞ」
「連中のプレイスタイル、後方から3機を援護してる4番機が特にそうだけど、一見すると典型的なチキンなプレイだよな。NPC相手には嫌らしいくらいに効果があるのは認めるけれどよ」
「確かに。このイベントに限って言えば、NPC操作のユニットがやたらとリアルな反応するからな」
「敵TFの撃破は少なくて、ほとんどが損傷後退。ポイント無視してステージのクリア条件優先か」
「堅実なプレイってのはああいうのを指すんだろうな。地味すぎて面白みはないけど」
時折外から響く遠雷を耳にしながら観戦しているギャラリー達から、様々な感想の呟きが零れる。
通常であれば同数のプレイヤー同士の対戦となり、最後の人物が評したように、スクリーンに映し出されているような地味で堅実なプレイがこれほどの注目を受ける事はない。
では何故ここまで注目を集めているかと言うと、彼等の会話にあったように、目の前で行われているのが『巨人達の戦場』を運営する会社がこれまでに企画したイベントの中でも、このイベントがあまりにも特殊な性格を持っていたからだった。
このゲームでは、プレーヤーは最初にTFの起動キーで認識票という設定が成されたデータスティックを購入する。大きさはUSBメモリくらいだ。
そしてそれを端末に接続してゲーム内で使用するプレーヤーネームと自分が所属する陣営を登録。そしてこの戦術格闘機又はTFと呼ばれる人型機械を駆って様々な戦場で戦ってポイントを貯めていく。
プレーヤーはプレイ終了後にそうして貯まったポイントを消費し、新たな武装や装備を購入したり、異なる種類のTFの使用権を獲得したりして、自身の扱うことのできる戦力を徐々に強化していく。
勝敗を含むこれらの情報は、プレイ中筐体に接続されるデータスティックにへ、プレーヤーの情報として記録されていく。
通常のプレイであれば、同じ陣営に登録されている最大8名までのプレーヤーが協力し、スケジュールによって選ばれたステージで、同数の敵対陣営プレーヤーと戦う事になっている。同じ店舗からの同時出撃であればチームとしての出撃も可能で、事前に運営会社に申し込みが必要であるが、指定したチーム同士の対戦もできる。
だがこのイベントに関して言えば、少しばかり勝手が違っていた。
先ず参加資格を有するのが、中級以上の判定を持つプレーヤーであるという事。始めたばかりの初心者はもちろんだが、プレイ毎に行われる判定の結果がおぼつかない初級者も除外されているのだ。
そして同じ陣営に所属しているプレーヤー4人で1組の小隊を編成しエントリーしなくてはならない。
エントリーした小隊は、ステージ終了後の各種判定とルート選択により、最大で30ものステージを転戦していく事になる。
特殊な性格を持つイベントという事で基本的に対NPC戦であるが、味方NPCと共同戦線を張らなくてはならない事もあるし、遭遇戦と言う形で同数の敵対陣営プレーヤーと対戦する時もある。しかもプレイ終了時の判定結果が覚束無ければ、途中リタイアもありという厳しいものだ。
ちなみに参加条件が中級以上のプレーヤーに限定されているのは、このイベントのシナリオでのプレーヤーの扱いがエースパイロットであるからだ。
まるでMMO-RPGで行われる大規模イベントをアーケードに持ち込んだような形だ。
そんな厳しいイベントの最終ステージともなれば、このギャラリーの多さも当然なのかもしれない。
だが注目の理由はそれだけではなかった。
味方が店内のプレイヤーが操るTF4機だけなのに対し、敵対する側のTFが、全てプログラム制御のNPCとして分散して配置されていたとはいえ、ステージ開始当初には8機と倍の数が配置されていたからだ。
しかもその敵側の8機のTFの動き方は、普段のプレイで時折お目にかかるプログラム制御のモノとは大きく異なっていた。
通常のプレイでNPCと対戦する羽目になるのは、操作に慣れる目的で設定された最初の数回を除けば、運悪く対戦相手に恵まれなかった時だけだ。規定人数に満たない分だけ双方に充足されるが、その腕前は愚直過ぎてお粗末と言う他ない。
念のために言っておくと、通常のプレイでNPCが参戦した場合は、プレーヤーにマイナスになる判定は一切発生しない。
正面にある大型ディスプレイの左右に2周りほど小さなディスプレイが設置されており、そこではイベントに参加する資格のない中級未満のプレーヤー同士の対戦プレイが映し出されているのだが、このイベントで出てくるNPCの動きは、そこで繰り広げられているソレと大差ないものであった。
イベントの推移を見ているギャラリー達には、中央の大型ディスプレイに表示されているNPCの方が、左右のディスプレイに映るプレイヤー達の腕前よりも上回るように感じられていた。
ギャラリーの中にいた1人の男性が、恐らく彼もイベント参加者なのだろう、大小のディスプレイを見比べ、ため息を漏らした。
「ヘボな相手とはいえ、初期の敵側のTFの数は2倍の8機。今は殆ど破戒されてるけど、あちこちに設置された砲台からの妨害まであった。ほぼ2倍の戦力差があっても被害は最小限か。
いったいこのチームのランキングはどこら辺なんだ? 俺達のチームは一応国内でランクインしてるけどよ、『スターダスト』なんて名前の付いた小隊はこれまで見たことも聞いたことも無いぞ。最終ステージまで来るってんなら、それなりの実力はあるはずなのによ」
苛立たしげな響きを持った声の主は、ここの常連プレーヤーの中でもトップに位置する男性だった。
この『巨人達の戦場』は、今回のイベントを除けば、先にも述べた様に基本的に同数のプレーヤー同士による対戦である。筐体は高速通信で繋がっており、世界中のプレーヤーと対戦が可能だ。流石に時差の関係で対戦が難しい地域が存在するが、それでも取得したポイントを比べる事で世界、国、県、店舗毎でのチームのランクを知ることが可能になっている。
因みに上位陣のデータは一ヶ月毎に更新され、運営会社によって専用のHP上に公開されている。
だが彼が記憶している上級プレーヤーには、このように”地味で面白みのない”プレイをする連中は1人としていない。いやだからこそ、彼等がしっかり最終ステージまで辿り着き、しかもコレだけの注目を集めているのを不愉快に感じているのだ。
その声に応えたのは、隣で携帯端末を操作していた青年だった。恐らくはこのイベントに一緒にエントリーしていた仲間なのだろう、その口調にはチームメイトとしての気安さが含まれている。
「国内ランキングだと、過去半年の月間ランキング上位100チームにはいねーな。過去のイベントの戦績で調べても同じだったぞ」
「本当かよ」
このセリフを耳した周囲から、驚きの声があがる。
だが話している本人は、それらを全て無視して傍らの仲間に説明を再開した。
「本当さ。連中のプレイを見て思ったんだが、あんだけ地味なプレイだと、獲得してるポイントは高くないはず。ランキングは基本的にステージ毎の戦術評価を集計してやってるからな、”あの”プレイスタイルだとランキングに載ってないのも当然だ。誰も知らないのも無理はない」
「なるほど……」
「そんで物は試しと、運営会社がつい最近公開したこのイベントの戦績データベースで色々条件を変えて検索してみたんだが、ちょいと面白い事が分かったぞ」
「イベントの戦績データが公開されたのって、一昨日の話じゃねーか。それで何か解ったのか?」
その声に釣られるように、周囲から何人もの人が集まりだす。
彼等は皆、このイベントに参加したプレーヤーだった。大半はイベントを終了させていたが、中にはこの『スターダスト小隊』と同様に終了を目前に控えた者たちもいる。
集まってきた彼らの瞳は興味の光に彩られ、まるで情報に飢えた狼のようだ。
そんな周囲の勢いに臆することなく、青年は解説を始めた。
「この小隊だけど、登録されたのはこの前あったイベントが終わった少し後だな。だからイベントへのエントリーは今回が初めてになる。プレーヤーネームに見覚えが無いところをみると、それまではソロでプレイしてたかチーム未登録で出撃してたんだろう。あの連携の上手さは一ヶ月やそこらで身に付くものじゃない。だから俺は後者だと思うね」
青年はそこで一旦語るのを止めると、周囲の反応を伺った。
自説を否定する意見が出ないことを確認すると、青年は解説を再開する。
「データを見ると、個々のプレイの戦術評価はそれほど高くない。たまに高い数字を出すこともあるようだけど、全体からすれば微々たるものだ。当然だけど、撃墜数も決して多いとは言えない。
全参加者の平均より上のポイントを叩き出しているのは間違いないんだが、この最終ステージまで戦術評価でSランクを取った回数は全員ゼロで、Aランクを取った回数もそう多くない。概ねB評価だ。上位陣が概ねA以上の判定もらっているのとは対照的だな。
ランクインしてねーのは、コレに加えて数回負けてるせいもあるんだろうが、負けと判定されたプレイでの損失がえらく少ない。そのせいか、今回試験的に導入された戦略評価が、なんとここまで全部A判定。
しかも驚け。イベントを全部クリアしたチームも含めて、戦略評価オールAってのは、今のところこいつ等『スターダスト小隊』だけだ。他はいくつかBとかCの評価が混じってる」
青年は自分の主張が正しい事を示すように、手にした端末の画面を周囲に示して見せた。
その画面を見た周囲から、驚きの声が幾つも沸きあがる。
「なんだって?!」
「マジかよ」
「戦場で負けておいて、戦略評価Aがとれるのかよ?」
それらの声をかき分けるように、また別の人物が話しに加わってきた。
「あ、それは多分、敵軍を誘い込むとか特定の敵を倒すのが目的のステージじゃねーか?」
話に加わってきたのは、見事に日焼けした肌を持つ若者だ。似たような雰囲気の仲間を数人連れているところから察するに、彼らもこの『巨人達の戦場』でチームを組んでいるのだろう。
発言を求める無言の視線が自分に集中したのを自覚した若者は、軽い咳払いを前置きとして、自分たちが体験した幾つかのケースについて話し始めた。
それによると、ブリーフィングで提示された条件を無視したプレイをするほど、戦略評価が下がる傾向にあるというのだ。
先ず例を挙げれば、敵軍を誘い込むことが目的のステージで、敵が弱いと感じたので逆に攻勢に出て、増援が出てくる前にさっさと全滅させてしまった時がそうだった。個人のプレイに対する戦術評価はAだったが、戦略評価はC。恐らくは序盤は後退しながら戦い、ステージの中盤以降に出てくる増援に打撃を与える事こそが正解だったのだろう。
次に挙げたのは、特定の敵の撃破が義務付けられたステージだった。敵を全滅させれば関係ないとばかりに一気に押し込んだのだが、他のユニットに邪魔されて肝心の目標だけ撃破できなかったのだ。ゲーム的には圧倒的勝利で戦術評価はAだったが、イベントでの戦略評価はこれまたCという結果。
戦術的勝利は必ずしも戦略的勝利には繋がらないという若者の考えに、周囲から驚きの声が上がる。
「そんなとこまで判定すんのかよ!」
「こないだみたいに、サーバーをハッキングして成績を書き換えたのがばれて、プレーヤー登録を抹消された外国の連中とは違うんだな?」
驚きの声が周囲から上がる。中には自分の持つ端末で確認する者も現れはじめた。
そして暫しの間を置いて、それらの驚愕のざわめきは、感嘆と納得のうめきへと変化する。
互いの戦績データの詳細を見比べた結果であろう。
「なーるほど。ステージ終了時までに撃墜されて再出撃の回数が多かったりすると、戦略評価にでかいマイナス修正を喰らってたんだ、戦術評価以上に。高性能で高コストの機体を使うほどこの傾向は顕著だったらしいな。『次回作戦でこの機体は使用できません』なんてメッセージは、これを意味してたのか」
「その点、こいつら『スターダスト小隊』のやつらは、要所要所で高コストの機体を投入しているけれど、全体としては中・低コストの機体で戦果を出してる。撃墜によるペナルティーも最小限だ」
「うわー、あのステージ、NPCの味方砲撃ユニットを半減させられた時点でダメだったのかよ」
「敵を全滅させたけど味方の砲撃ユニットも全部潰された俺達は、戦術評価がAで戦略評価がD。これでもう少し損害が大きかったら戦略評価でE判定貰ってリタイアだったかも」
「撃墜は一部で大半を損傷後退させ、味方の砲撃ユニットを全機護ったこいつらは、俺たちとは違って戦術評価がBで戦略評価がAか」
「おい見ろよ。こいつ等は損傷後退による損傷回復回数はそこそこなんだが、被撃墜回数はえらく少ない。戦略評価って補給や修理による後方の負担まで計算してたのか。ムチャクチャリアルな判定じゃねーか」
「俺はそんなトコまで記録して判定してる、運営の入れ込み具合に関心するわい」
周囲が驚きと納得の声を上げる中、一人が疑問を呈する言葉を吐いた。
「それにしても……、こいつらのプレーヤーネーム、全員が星の名前なのに、どうして小隊の名前が『スターダスト』なんだ?」
「どれどれ……、順番に『シリウス』、『リゲル』、『プロキオン』、『ペテルギウス』か。全部冬の星座の1等星じゃねーか。確かに『スターダスト』からは程遠いな」
「プレーヤーネームは星だけど、プレイは見ての通りに華がないから『クズ』ってことか?」
「このイベントに限定すりゃ、十分に『スター』じゃねぇか」
「そりゃ結果論だって」
ギャラリー達のざわめきを他所に、プレイは着々と進行していた。
店内プレーヤーである『スターダスト小隊』の面々が操る機体は次々と敵の機体を後退若しくは擱座させていき、ゆっくりとではあるが今回の目的であるポイントへと近付いていく。
ディスプレイの隅にあるMAPに目立つ赤色で表示されたポイントにあるのは、ICBMのサイロという設定の扁平な構造物だ。
イベントの広報をしているHPの情報によれば、このステージの導入は以下のような話になる。
*** ***
作戦の内容を再確認するとしよう。
政治的にも戦略的にも追い詰められた敵軍が、何を狂ったのか過去の悪夢の核兵器に手をだした。
厄介な事に戦略核弾頭搭載のICBM、それもよりにもよって多弾頭型だ。
核の使用は条約により固く禁じられているが、仮に通常弾頭に置き換えられてあったとしても、これは宇宙空間を偵察以外の軍事に利用する事を禁じた国際条約に違反することになる。
言うまでもないが、連中もこれらの条約を批准した国の1つだ。
恐らくは発射の直前に条約の破棄を宣言するのだろうな。
知ってしまった以上、我々はこれを無視するわけには行かない。奴等がこれを使う前に、火急速やかにこの脅威を排除せねばならん。
作戦は承認され既に実施されている。
貴様等はこれを破戒する作戦に加わる事が決定されている。拒否は認めない。
問題のミサイルサイロがあるのは、地図上にマークされたこの地点だ。
条約によりこの手のサイロは全て廃棄される事になっていたが、この戦争を含む様々な要因によって廃棄処理が後回しになっていたらしい。そして我が軍の情報部が、此処に戦略核兵器が搬入されるとの情報を2週間前に入手した。
サイロは例によって地下式で、強固な装甲によって護られている。
上空は互いに制空権を争っている状態で、航空機による精密爆撃を行うだけの余裕は無い。その意味では敵が若干有利な状況と言える。
ミサイルによる攻撃は、火力の面で不安が残る。
それを補う為には数を投入するしかないが、対空砲その他の防御施設の存在により十分な効果は期待できない。戦術核でも使えば話は別だが、それをやってしまえば我が軍も連中と同じになってしまうので不可だ。
幸いと言ってはなんだが、この地点は比較的海に近い。
そこで我が軍の作戦本部は、海中戦艦の強襲による砲撃でこれを破戒する作戦を立案した。
すでに海中戦艦1隻が、該当海域に向けて密かに移動中だ。作成開始時までには砲撃ポイントの近くにて潜伏の予定である。
そしてつい先日の事であるが、この情報が間違いでない事が確認された。
時間的余裕はあまりない。
先ず我が軍の航空部隊が、敵航空戦力の引きつけに掛かる。
航空部隊の突撃に合わせ、TFによる地上部隊はこのポイントに輸送機から強襲降下。その後このルートで目標地点に向かいつつ、周辺に設置されている防空施設を無力化していく。
こちらの地上部隊に対応する為に出撃してくるであろう敵の航空戦力に対しては、こちらの航空戦力の増援で対応する事になっている。
地上部隊は目標地点に到着し次第マーカーを設置し、以後速やかに後退に入る。
防空施設を無力化したことで敵は航空戦力による高高度からの精密爆撃を警戒するであろうが、我が軍が投入する航空戦力は全て制空権の確保と敵航空戦力の撃退に回される。状況次第でいくらかは地上の対応にも回せるだろうが、それは最小限のモノになるだろう。
本命は敵の警戒網を突破しての海中戦艦による対地砲撃だ。しかしこれの存在を気付かれてしまって対応戦力を差し向けられては元も子もない。
少ない地上戦力によるマーカー設置は、敵に此方の意図が高高度からの精密爆撃と誤認させ、海中戦艦の存在を気付かせない為の布石である。
貴様達TF小隊の任務は、地上部隊として地図上のこの地点から侵攻し、サイロにマーカーを設置する事になる。
TFを含む敵地上部隊による妨害が十分に予想されるが、戦車などの高脅威目標の存在は確認されていない。よってそれらの排除は最小限に抑えてマーカーの設置を優先せよ。但し対空砲やレーダーなどの防空関連施設があれば、可能な限り破壊しろ。
重ねて言うが、これは此方の意図が海中戦艦による対地砲撃にあることを気付かせないための偽装だ。
マーカーを設置したら、速やかに所定の信号弾を打ち上げて退避行動に移れ。先行した工作員が密かに設置した監視カメラで該当空域の監視を行う事になっており、そこから該当海域で潜伏中の海中戦艦に合図が送られる。
なお、マーカー設置にはタイムリミットが設定されており、これを過ぎてもマーカー設置の報告が上がらなかった場合にも、砲撃によるサイロ破戒は実施される。この状況になった場合、砲撃を優先させ、貴様達の回収は後回しになる。
尚、時間内でのマーカー設置が間に合わないと判断した場合でも、ギリギリまで作戦区域に留まり敵に我々の本意を気付かせないようにしろ。
空挺作戦という事で使用可能なTFと装備・武装に制限を受けることになる。
以上を踏まえ、使用する機体と装備と設定を決定しろ。
*** ***
微かに遠雷の音が響く中、気がつけばプレイは終盤に差し掛かっていた。
『スターダスト小隊』の面々の機体は、目標のポイントを指呼の間に捕らえていた。
あと少し進めばマーカーを設置できる位置にたどり着くのだが、敵の反撃が激しく思うような進撃が出来ていない。
これがこれまでのプレーヤーならば、機体の損傷も省みずに突撃してマーカー設置の時間を稼いだのであろうが、この『スターダスト小隊』はそうではなかった。
あくまでも堅実に、そして現実的に、ジリジリとラインを押し上げていく。
そしてとうとう4番機がマーカーの設置に成功し、信号弾が打ち上げられた。
ゲーム終了の時間でもある設置リミットの40秒前だ。
やたらとリアルな設定がされているこのゲームらしく、プレイを中継している画面の右上の隅では海中戦艦がちょうど浮上し終わったところが映し出されていた。
30秒前。
マーカー設置を報せた信号弾に応えるようなタイミングで、海中戦艦から幾つもの対地ミサイルが発射される映像が流れた。
発射終了の直後に甲板にせり上がってきた3連装の主砲3機(艦首側2機に艦尾側1機)が、ミサイルの後を追うように目標地点の方角へと指向していく。
20秒前。
主砲の旋回は完了し、砲身が目的を果たすのに最適な角度へと持ち上がっていく。
目標となる地点の周辺で、生き残った敵側の対空砲や迎撃ミサイルのランチャーが、迫り来る対地ミサイルを迎撃せんと稼動を開始している映像が流れた。
だがスターダスト小隊の働きにより密度が下がった防御陣では、その目的を十分に果たすことがでないだろう。
防御陣をすり抜けた対地ミサイル達は、それぞれにインプットされた座標へ向けて高速で飛翔して行き、その座標にある物体に激突して信管を作動させるはずだ。演出と時間の都合上、そのシーンがディスプレイに映されるかどうかは微妙なところではあるが。
『スターダスト小隊』のTF達は、既に退避行動に移っていた。
一矢報いようとしているのか、敵側でまだ損傷の軽いTFが数機送り狼となって彼等に追撃をかけているが、機体が負った損傷による影響なのか、相互の距離は徐々に開いていっている。
「おお、やったじゃんか。あの連中」
「ブリーフィングでの条件は、全て達成したよな?」
「これはひょっとすると……」
「ああ、初のオールAでのイベントクリアだな」
ディスプレイの周辺では、誰ともなしにカウントダウンを始めていた。
「3……、2……、1……、ゼロ!!」
カウントがゼロを表示すると同時に海中戦艦の主砲が雄叫びを上げ、破戒の役目を背負わされた9つの質量の塊を彼方の目標へと撃ち放つ映像が流れる。
本当ならばこれでゲームが終了し、イベント完遂の画面が表示されるはずだった。
しかしミサイルが降りしきる中、砲弾が着弾してサイロを破戒した映像が流れた直後、凄まじい音が響き、周囲は薄暗闇に閉ざされてしまう。
落雷による停電だった。
残っているのは避難路に沿って設置されている蓄光素材を用いた証明が放つ淡い輝きと、非常用の照明が放つ赤い輝きだけだ。
「何が起きた?」
「雷で停電かよ! こんな美味しい場面が見れないなんてついてねーな」
「それよりもこのプレイは成立してるのか? 通信の遮断が原因で記録ナシだったら抗議するぞ、俺は」
「案外これって主催者側がしかけたんじゃ? 完全クリアさせないための」
「あはははは、ありそーじゃん。あんなに嫌らしい判定するくらいだから」
周囲からは暗闇に対する悲鳴と、ゲームが中断された事に対する怒号が上がっている。
だがこういったアクシデントには慣れっこなのか、このゲームを観戦していたギャラリー達の反応は落ち着いたものだ。多少のざわめきはあるものの、誰一人として騒ぎ出す者はでていない。
全員が落ち着いて電力の復旧を待っていた。
その対応が間違いでない事を示すように、2分ほどで周囲に明かりが戻る。
辺りに幾つも設置されている筐体が、それぞれに再起動を開始する。
実況中継をしていたディスプレイは、このゲームを主催している会社のロゴマークを映し出していた。
明かりが点り周囲の機械が無事に再起動をしているのを確認した人々の口から、安堵したセリフが零れ落ちる。
そんな中、ギャラリーの数人が彼等に共通する話題を持ち出した。
「おい。そーいえば例の『スターダスト小隊』の連中はどうなったんだ」
「まだ筐体から出てきてないのか?」
本来ならば筐体から出てきたプレーヤーの顔を拝み、イベント初のオールAクリア(?)を称えるつもりだったが、この停電騒ぎで興をそがれた形になっている。
しかし周囲の期待のこもった眼差しが向かう筐体は、再起動を果たした後も沈黙を護り続けている。
イベントに使用されていなかった他の筐体からは、プレーヤーが出てきているのを目の当たりにしているのに。
「どういうことだ?」
「とっくに筐体から出たってことは……ないよな」
「いくら停電してたからといって、この人数に気付かれずにってのは不可能だろ」
ギャラリー達から怪訝な呟きが漏れる中、人ごみの中から1人が意を決したように沈黙を続ける筐体の1つに近付いていき、閉ざされたままになっているコクピットハッチを模したドアを開け、その体を硬直させた。
「…………誰もいない」
ようやく絞り出した呟きを聞いたもう1の男性が、信じられぬとばかりに他の筐体に駆け寄ってドアを開けたが、彼の視界に入ったのも、誰も座っていない無人のシートだった。
更に数名が残りの筐体のドアを開けて中を確認していくが、結果は同じだった。
「こっちもいないぞ」
「こっちもだ」
「消えちまった」
例えようのない沈黙が辺りを支配したのは、この呟きが意味する事を周囲の人間が理解するまでの僅かな間だけだった。
逃げられるはずのない状況にも関わらず、筐体の中にいたはずのプレーヤーが存在しない。
これが意味するのは、人間の消失。
その事実の理解が広まるに連れて、ざわめきが拡大していき、最後にはそのフロア全体を振るわせるほどのパニックを誘発させた。
この消滅事件はしばらくの間はマスコミを賑わせたが、次第にその他の下らないゴシップの洪水に巻き込まれ、関係者や肉親以外の部外者の記憶からその存在を薄れさせていった。
消えてしまった4人の行方を知る者は、この世界の何所にも存在していない。
お気づきの方も多いでしょう。
本作品に出て来たゲームですが、モデルとしては「戦場の絆」を考えています。
あと過去には「バトルテック」なんかも該当するかもしれません。
もっとも、機体のサイズは全然違いますが。