第九十八話 築き上げた物
「うん、これなら問題は無いですね」
いつもの生徒指導室で与凪がそんな言葉を口にした。
セリスが来日した次の日。フレトがなるべく早くセリスの状態を調べて欲しいとの要望で昇達は全員でいつもの生徒指導室に集っていた。そこにはセリスの姿もあり、セリスの周りにはいろいろなモニターのような物が浮いており、いろいろな情報を表しているようだった。
それらの情報は与凪とラクトリーの前にあるモニターに整理されて表示されており、その結果として与凪はそのような言葉を口にしたのだった。
「じゃあ、セリスは治るんだな」
真っ先に尋ねるフレト。そんなフレトにラクトリーは笑顔を向けて答える。
「はい、マスター。確かに時間が掛かりそうですけどセリス様は完治しますよ」
ラクトリーの言葉に一安心したかのように大きく息を吐くフレト。そんな光景を昇も一安心したかのように軽く息を吐いて事態が上手く行った事を喜んだ。
そんな時だった。琴未が手を上げて質問をぶつけてきた。
「セリスさんが治るのは分ったんだけどさ。いったいどうやって治療するの? 投薬? それとも別の何か?」
琴未も琴未なりにセリスの事を心配していたのだろう。だからそんな質問をぶつけてきたようだ。そんな琴未の疑問に与凪は首を横に振る。
「いいえ、特別な事は何もしませんよ」
「えっ、じゃあ治療っていうのは?」
首を傾げる琴未。それは昇達を始めフレトも良く分からないという顔をしていた。そんな光景を見て閃華が一歩前に出ると説明を開始する。
「そもそもじゃな、今回の治療は精霊王の力を使って自己の自然治癒能力を飛躍的に上げて治そうというものなんじゃ。じゃから精霊王の力が及ぶ範囲内で精霊王の力をほんの少しだけ流し続ければ自然と完治するもんなんじゃよ」
「それって何もしないのと同じじゃないの?」
閃華の説明を聞いてそんな疑問を再びぶつけてきた琴未。まあ、あの説明では琴未がそう感じても無理は無いだろう。
そんな琴未に与凪は細くするかのように話を続けてきた。
「まあ、私達が特別に何かするってワケではないのは確かですよ。でも何にもしないわけじゃないですよ」
「じゃあ、何をやってるわけ?」
「そもそも琴未よ、今現在は精霊王の力がどうなっているのか知っておるのか?」
そう言われると琴未は精霊王の力に関しては知ってはいなかった。閃華達が封印しているとしか知らず、細かい事までは知らない。
そんな琴未が昇達の方へ顔を向ける。けれども昇も首を横に振る。どうやら昇も詳しい事は知らないようだ。当然、ミリアも同じように首を横に振るだけだった。
そんな中でシエラが口を開いてきた。
「精霊王の力は厳重に封印されている。だからまったくその力が流れ出る事は無い。でも今回の治療に精霊王の力が必要なら、精霊王の力を流すバイパスが必要になってくる」
「そういう事じゃな。そのバイパスを作るのが今回の治療という事じゃ」
それでも良く分からないのか琴未は次の説明を求めて、閃華に視線だけを送って黙り込む。そんな琴未に閃華は溜息を付くと閃華は話を続けた。
「簡単に説明するとじゃな。大きな風船を精霊王の力じゃと仮定しよう。そこに小さな穴を開けて少しずつ流れ出てくる風をセリス殿に当てるわけじゃよ。そうする事でセリス殿は自然と病気が完治するという訳じゃな」
『おぉ~、分りやすい』
琴未のみならず昇やフレトまで同じ言葉を口にする。どうやら皆して分っていなかったようだ。そんな感心した言葉を発した者達に呆れた視線を送るのはシエラに閃華に与凪にラクトリーだった。
まあ今回のケースは情報収集や精霊王の力に関わっていないと分りずらい部分が多い事も確かなのだが、それでも昇はその件に関しては与凪や閃華に任せっきりだったなと感じずにはいられなかった。
「けどまあ、今回も無事に丸く収まってよかったわよ」
全てが終わってようやく一安心した琴未が大きく身体を伸ばしながら、そんな言葉を口にするが、そんな琴未の言葉に閃華の目は輝くと意地悪な笑みを浮かべながら琴未に話しかけてきた。
「まあこの件に関してのみは丸く収まったようじゃがのう。琴未よ、何か忘れておるのではないのか?」
そんな事を尋ねてくる閃華に琴未は首を傾げる。どうやら何の事かまったく分らないようだ。そんな琴未に閃華は意地悪な笑みを浮かべたまま話を続ける。
「そろそろ夏休みも終わりじゃぞ。琴未はこのまま夏休みが終わっても大丈夫なんじゃな」
『……あっ!』
同時に声を上げる昇と琴未とミリア。どうやら三人とも今回の騒動ですっかり忘れていたようだ。そう、夏休み前に出された宿題の事を。
「ど、どうしよう昇」
すっかり宿題の事を忘れていた琴未は昇にすがり付くが、その昇も宿題の事はすっかりと忘れており、琴未にすがり付かれても困るだけだった。
「こ、こうなったら最後の手段を使うしかないよね」
ミリアが突然そんな事を言い出したので昇と琴未の視線はミリアに集中する。
「ミリア、いい作戦でもあるの」
そんな琴未の質問にミリアは頷くとそのまま歩き出し、ラクトリーの近くで立ち止まった。
「…………」
そんなミリアの行動を見守る一同は自然と静かになり、誰も言葉を発する者は居なかった。
そしてミリアは……いきなりラクトリーに抱きついた。
「どうにかしてお師匠様!」
「いきなり他力本願!」
ミリアの行動に思わず突っ込みを入れる昇。けれどもミリアは本気らしく、瞳をウルウルと涙目にしながらラクトリーに懇願する。そんなミリアに対してラクトリーは優しく頭を撫でてやると口を開いた。
「自分の事は自分でなんとかしなさい」
そんなラクトリーの言葉がミリアに刺さり、今度は昇に抱き付くミリア。
「断られた!」
いや、うん、見てたからそれは良く分かってるよ。そんな事を思う昇はミリアの頭を撫でながら宿題の事をどうすれば良いのか策を巡らすが、どうしても良い案が出てこない。
そんな昇がカレンダーに目を向ける。日付はすでに夏休みが終了するまで数日を切っている。今からではあの量を処理できるとは到底出来る事では無いと昇は思っていた。どうして良いのか分からずに昇は視線を泳がせるとある人物達が目に映った。
それはシエラに閃華に与凪である。三人とも昇達と同じく宿題が出ているはずなのに余裕をかもし出している。そうなると昇の思考はある推測を立てる。
三人ともこの状況で落ち着いているよね。という事は……。昇がそんな思考を巡らしているとシエラの方から昇に近づいてきた。
そして未だに昇に引っ付いているミリアを引き剥がすとシエラは昇の手を取った。
「じゃあ行こう」
あの~、シエラさん、どこに?
「って、シエラ、いったい何をやってるのよ」
当然のように琴未がそんな事を言い出してくる。そんな琴未にシエラは勝ち誇ったかのような笑みを浮かべながら口を開いてきた。
「私は宿題を終わらせてる。だからこのままデートをしてくれれば昇に写させてあげる。それと琴未にも、そこをどくなら写させてあげてもいい」
「ぐっ」
そんな言葉を口にするシエラに昇はやっぱりそういう事かと納得した。先程の問での余裕は三人が宿題を終わらせている証拠だった。だからこそ三人とも昇達のように慌てる事がなかったのだ。
その事にやっと気付いた琴未はその場で怯むしかなかった。確かに今から自力でやったのでは間に合わない量がある。だから誰かに手伝って欲しいのは確かだった。それは昇もミリアも同じであり、その場は膠着状態となるが、そんな光景をいつまでも傍観している閃華ではなかった。
「大丈夫じゃ琴未よ。琴未の宿題は私が何とかしてやるからのう。じゃからそこ場で昇を連れ去って勉強会へと雪崩れ込むんじゃ」
「うん、わかったわ」
閃華らしい妙案といえるだろう。確かに勉強会という名目で昇を合法的に連れ去る事が出来る。そのうえシエラの策略を阻止できて、昇を始め、琴未とミリアの宿題まで終わらせる事が出来る。つまりは全てが丸く収まるわけだ。
けれどもそんな作戦をシエラが容易に受け入れる訳が無かった。
「なら強行策に出るだけ」
シエラはそういうと昇の腕を絡めながら両手を胸の前で組むと一気に精神を集中させて、それを解き放った。
「精界展開」
シエラを中心に生まれた光り輝く光の柱は一気に広がり学校を包み込む。
「って、こんな場所で精界を展開させて大丈夫なのか」
世界が真っ白になるなりフレトがそんな疑問をぶつけてくるが与凪は笑顔で答える。
「大丈夫ですよ。学校の周辺には精界を認識できないように結界が張ってありますから。だからこれもいつもの光景ですね」
「そ、そうなのか」
いつもの光景と言われて驚きを隠せないフレト。また、毎回こんな事をやっていれば驚きもするだろう。
そしてフレトが驚いている間にもシエラは一気に行動を開始する。
「ウイングクレイモア」
「雷閃刀」
「アルマセット」
逸早く精霊武具を身にまとったシエラはウイングクレイモアの翼を羽ばたかせて、生徒指導室の窓を突き破って一気に外に飛び出すが、その後を追うかのように琴未が右足を大きく踏み出すと雷閃刀を窓の外に向かって突き出す。
─昇琴流 雷華一輪刺突─
雷閃刀から放たれた雷華一輪刺突は一気に雷の花を広げて、宙を舞うシエラを捕らえようとしていた。いつものシエラなら簡単に避けられただろう。けれども今は片腕に昇という重しを抱えている状態だ。動きにいつものキレがなく、どうしても精細が欠けて来る。
そして琴未の放った雷華一輪刺突は見事に直撃するのだった。そう……昇に。
昇に雷華一輪刺突が当たった事でシエラにも電撃が伝わり、その衝撃で昇を掴んでいた腕を放してしまい。昇は重力に従ってその場から落下を開始する。そんな昇を再び捕獲しようと一気に降下するシエラだが、そんなシエラの前に琴未が立ちはだかった。
どうやら琴未は雷華一輪刺突を放った直後には、もう生徒指導室を飛び出していたらしい。ちなみに、生徒指導室は三階にあるが、エレメンタルで能力がアップしている琴未にとっては飛び降りても何とも無い高さといえるだろう。
だから琴未は校舎から飛び降りると、真っ先に昇の落下地点に走るが、シエラが追ってくるのを見て、それを阻止すべくシエラに向かって跳び上がったのだ。
その二人はそのまま戦闘の準備があったから問題は無いだろう。けれども昇はそうでは無い。いきなり連れ出されて、攻撃を喰らって、そのまま救助されずに落下しているのである。ああ、やっぱりこうなりますか。そんな事を思う昇。どうやらこういう事態を予想していたようだ。
だからこそ、昇は自力で着地する。
そう、昇もシエラ達が精霊武具を着用した時にアルマセットで自分の武器と防具を装備しており、このような状況になっても対処できるようにしていたのだ。
昇の防具である黒いコート。通称『八咫烏』は衝撃を和らげる効果がある。だから精霊との戦いでも、致命傷を受ける事無く戦う事が出来、今回のように高所からの落下にも対処できるようになっている。
そんな昇は着地すると逸早く、その場から退避する。なにしろ琴未は昇の着地地点を予想して跳び上がったのである。つまりは昇が居た場所がそのままシエラと琴未の戦闘地点になる事は明白である。
だからこそ昇は逸早くその場から去ったのであった。
「ただいま~」
「おかえりなさい、というか滝下君は戻って着ちゃったんだ」
与凪さん。第一声がそれですか?
昇は再び生徒指導室に入るとそのような会話が行われた。どうやら与凪としては何かしらの期待をしていたようだが、そうはならなかったようだ。
そして外では未だにシエラと琴未の戦闘が行われおり、フレト達は完全に傍観していた。けれどもフレトは戻って来た昇に気付くと昇の元へとやってきて、昇の肩にポンッと片手を置いた。「お前も大変なんだな」
大きなお世話ですよ! そんな突っ込みを入れたい昇だが、シエラ達の戦闘を目の当たりにするとそんな同情でも少しはありがたいと思う自分が居るのではないのかと疑問にも思うようになっていた。
結局は涙を流しながら頷くしかない昇にフレトは同情の眼差しを送る。そんな二人の間に閃華が割り込んでくるとこれからの事を尋ねてきた。
「……結局、勉強会をやるしかないかな」
「そうじゃな、それしかないじゃろうな」
結局は閃華の思惑通りになった事に疑問を抱く昇だが、宿題を片付けるのに他に方法が無いからには閃華の提案に従うしかないかなと泣く泣く納得せざる得なかった。
そんな昇の元へセリスがやって来る。そして表を指差した。
「あの昇さん、表のお二人はこのまま放っておいて良いのですか?」
そんな事を尋ねてくるセリスに閃華が代わりに軽く手を振って答える。
「大丈夫じゃよ、飽きたら帰ってくるじゃろ」
「はぁ」
閃華の答えに言葉にならない答えを返すセリス。まさかこんな事態に陥るとは思ってもいなかったのだろう。それはフレト達も同じだ。
「というか、あいつら本気でやりあってないか?」
「そうですね、私と戦った時以上の気合を感じますけど」
そんな言葉を口にするレットと咲耶。確かに二人が言ったとおりシエラと琴未の二人は昇を掛けて本気で戦っている。けれども昇達に言わせれば、そんな事はいつもの事であり、特別に気に掛けることでもないのだと説明する閃華。
そんな説明を聞いて言葉を無くすフレト達。さすがにこれがいつもの光景と言われれば誰しも言葉を失うだろう。けれどもこうして目の当たりにすると驚きを通り越して呆れるしかないとばかりの目になっているを昇はしっかりと見ていた。
あ~、やっぱり皆さんそんな目になりますよね~。昇がそんな感想を抱いている中で未だにラクトリーにしがみ付いているミリアを発見した。どうやら未だに宿題の事でラクトリーに泣き付いているようだ。
「なんというか、結局はいつもの光景になってきてるね」
「なんですか、その言い草は、何かご不満でも?」
「そうじゃぞ昇。何か不満でもあるのか」
昇の言葉にそんな言葉を返してくる与凪と閃華。そんな二人に向かって昇は首を横に振る。
「まあ、こんなもんじゃないかな」
昇はそんな言葉を口にすると辺りを見回す。いつもの光景に新たに加わった新たな仲間。そんな人達を見て昇は満足げに頷き。そんな昇を見ていた閃華と与凪も笑顔を交わす。
そう、こんな光景こそが昇が他倒自立の先に築き上げた光景なのだから。
翌日、昇達は昇の部屋へと集っていた。もちろん宿題を片付ける勉強会を開く為である。
「さて、それじゃあ始めますか」
そんな事を言い出して自分の宿題を広げる昇。
うっ、まだ半分ぐらい残っている。自分の宿題を見てそんな感想を抱く昇。そして隣にいるミリアの宿題を見ると真っ白だ。どうやらミリアはまったく手を付けていなかったらしい。そしてもう一方の隣にいる琴未の宿題に目を向けると昇と同じく半分ぐらいまでは進んでいるようだ。どうやら琴未はそれなりに宿題を進めていたらしい。
そんな状況を昇が確かめているとシエラが昇と琴未の間に座り、すでに終わっている自分の宿題を広げてきた。ご丁寧に琴未に見えないようにノートを直角にして昇にだけ見せている。
「って、シエラ。素直にノートを開きなさいよね!」
「嫌」
当然文句を言ってくる琴未にシエラは一言で返す。そんなシエラの対応に琴未は思わず握り拳に力を込めるが、ここは珍しく閃華が仲裁に入った。
「ほれほれ琴未、今日からはそのような時間はないんじゃぞ」
「けど閃華」
「ほれ、こっちのノートを写していけばよいじゃろ」
そういうと閃華は自分の宿題を琴未の前に広げて見せた。確かにそこに位置なら全員に見える場所であり、昇も琴未も宿題を写すには打ってつけの場所だった。
けれどもそんな中でミリアが文句を言ってくる。
「う~、私はまだそこまで進んでないよ~。最初から見せて~」
そんな文句を言ってくるミリアだが、昇も琴未もそんなミリアに構っていられるほどの状況ではなかった。けれども突如としてミリアの頭を誰かが撫で始めた。
「大丈夫ですよミリア、あなたの宿題は私が見てあげますからね」
「お、お師匠様!」
いつものように突如として現れたラクトリーにミリアは驚きと感動の声を上げる。どうやらミリアの惨状を察していた閃華が呼んでいたようだ。
そしてミリアは真っ白な宿題をラクトリーに押し付けるように見せる。
「なら最初っから埋めていってください」
どうやらミリアは全てラクトリーに答えを教えてもらうつもりらしい。そんなミリアにラクトリーは笑顔で一言。
「ダメですよ」
「……へっ?」
ラクトリーの言葉に呆然とするミリア。そんなミリアにラクトリーは話を続ける。
「そもそも宿題というのは自力でやらないと意味が無いものなのです。ですからミリア、分らない所は教えてあげますから、自分で出来る場所は自分でやりなさい」
そんな言葉がミリアだけでなく昇や琴未にまで刺さる。確かにラクトリーの言うとおりなのだが、今はそんな事を気にしてはいられない状態だ。だからこそ昇と琴未は宿題を丸写しをしているのだが、ラクトリーはこんな状況でも非情な言葉をミリアに掛けるのだった。
「そんな~、お師匠様~」
「ほらほら、早く始めないと終わりませんよ」
泣き付くミリアをなだめながら宿題に向かわせるラクトリー。どうやらこんな状況でもラクトリーが持つ師匠としてのやり方は変わらないようだ。
そんなこんなで時間が過ぎ、三十分もしないうちにまたしてもミリアがラクトリーに泣き付くが、ラクトリーはミリアが泣き付くたびに宿題に向かわせるのだった。
そうして時間が正午になった頃、昇の母である彩香が昼食を持ってきてくれた。ラクトリーはそのまま綾香と挨拶を交わし簡単に紹介や世間話をした後に再び戻ってきて、昇達は宿題を一時撤去して昼食となった。
その昼食の席で昇はある事が気になったので、その質問をラクトリーにぶつけてみた。
「そういえばラクトリーさんは、ここに居て大丈夫なんですか? セリスの事もあるし」
確かにセリスの事が関わっているからにはラクトリーも暇では無いはずだと昇は思っていたのだが、ラクトリーからは呑気な声で答えが返ってきた。
「ええ、大丈夫ですよ。ほとんどの事は与凪さんがやってくれてますし、私に出来る事などはほとんどありません。それに今はマスターがセリス様の傍に居ますからね。ですから私がここに居ても大丈夫なんですよ」
ああ~、なるほど。フレトがセリスの傍に居ると聞いて納得する昇。なにしろ昇はフレトがセリスを溺愛している現場を見ているのだ。だからこそラクトリーぐらい抜けていても何の支障も出ないのだろう。
それだけではない。フレトの傍には完全契約をした半蔵達もいる。そのうえ事態が丸く収まった今では特別な問題でも起きない限り、フレトやセリスの身に何かが起きるような事は無いだろう。だからこそラクトリーはミリアを心配してこうして、ここに居るという訳だ。
そんな事を話していると話の内容は自然にフレト経ちの事へと移り変わっていった。
「フレトって昔からああなのかな?」
「昔からって?」
昇がふとした疑問を口にして、その疑問を繰り返す琴未。そんな疑問にラクトリーは少し困りながら答えてきた。
「う~ん、私達が契約したのも数ヶ月前ですからね~。そんなに昔から知っているわけでは無いですが、私達が契約をした頃にはマスターはすでにあんな感じでしたよ」
「という事は……少なくともかなり前からシスコンって訳ね」
琴未、それは容赦ないね~。琴未の言葉にそんな感想を抱く昇。けれども昇も琴未の感想に同感していた。なにしろフレトのシスコンぶりを目の当たりにすれば嫌でも納得せざる得ないだろう。それはシエラを始め閃華達もそうのようだ。
「戦っている時からかなりの信念を感じておったんじゃが、その根底がそのような理由じゃとはのう。正に真のシスコンじゃのう」
確かにその通りですけど、閃華さんもバッサリいきましたね~。
「けど愛の形は人それぞれ、あれはあれでありかも」
いやいや、シエラさん。兄妹でそれは絶対に無しですよ。
「確かにマスターのセリス様に対する溺愛ぶりは異常ですからね。そこまで言われて当然かもしれませんね」
いやいやいや、ラクトリーさん。せめてラクトリーさんだけはフォローしてあげましょうよ。
そんな会話が楽しく繰り広げられ、ミリアが昼食をかき込む事に夢中になっている間にほのぼのとした空気が広がっていた。
それから昼食が終わると勉強会が再開され、それは数日に渡って繰り広げられて昇達はなんとか宿題を無事に片付けられたという。
まあ、昇と琴未は宿題を丸写しだし。ミリアは終始泣きながらラクトリーから勉強を教わっていたそうだ。けれども終わった事には変わりなく。次の日からまた学校の日々が始まると思うと昇は一安心する暇も無く、また騒がしい日々が始まるのかと半分は心配に半分は少し楽しみに寝床へと入って行くのだった。
そして新学期初日。恒例行事の無駄に長い話を聞かされる新学期の集会も終わり、昇は自分の机に久々に座りまったりとしていた時だった。
突如として教室のドアが勢い良く開くと琴未が姿を現して真っ先に昇の元へ駆け寄ってきた。
「昇、大変よ、大変!」
「いやいや、琴未、ちょっと落ち着いて。いったい何が大変なの?」
琴未の慌てっぷりに昇はそんな言葉を掛けるが、琴未は相当取り乱しているようで昇を引っ張り上げるとそのまま教室を出ようとする。そんな出来事に何事かとシエラ達も昇と同行して琴未に引っ張られる形で教室を後にする。
そうして琴未に連れてこられたのは隣の教室である。ドアは空いており、教室の片隅には人だかりが出来ている。そんな光景に昇は首を傾げる。いったい何が起きてるのか分っていないようだ。だからこそ琴未の顔を見る。見られた琴未は説明を開始する。
「フレトよ、フレト。フレトがここに転校してきたのよ」
「……へっ?」
あまりにも予想が出来なかった言葉に昇はすっとんきょうな声を上げる。そして人だかりを指差しながら琴未に尋ねた。
「じゃあ、あの人だかりの中心にフレトが?」
「そうなのよ!」
「その通りですよ」
「って、咲耶さん!」
「はい、おはようございます、昇様」
琴未との会話に割り込んできた咲耶が丁寧に頭を下げて挨拶をしてきた。そんな咲耶に釣られる形で昇も丁寧に挨拶をする。
「って、そんな場合じゃない!」
咲耶のゆっくりとした行動に釣られてしまった昇だが、自分を取り戻すと咲耶に尋ねる。
「本当にフレトが転校してきたの? というか咲耶さんまで?」
フレトの転校も驚きだが、咲耶が学校の制服を着ていた事にも昇は驚きを示した。
「はい、主様も昇様とご一緒のご年齢。ですから、この学校への転校の手続きをしました。それに昇様がここで活動されているからには、セリス様の治療のためにも昇様のそばに主様がおられた方がよろしいとの判断で私とラクトリーも同行した次第でございます」
事情を一気に説明する咲耶。そんな咲耶の説明を一通り聞いた昇はフレトの周りにいる人だかりを指差した。それには咲耶も苦笑いするしかないようだ。
まあ、確かにフレトは外見だけでも目立つのに、転校してきたって事ならああなるよね。咲耶の反応に昇は納得したかのように頷く。けれども、そんな昇にミリアが震えながら腕に抱きついてきた。そしてミリアは咲耶に質問した。
「お、お師匠様もここに来るの?」
「ええ、さすがに外見上の理由で学生としては無理ですから、教師として赴任してますよ」
いったいいつの間にそんな手続きをしたんだろう? 咲耶の答えにそんな疑問を抱く昇だが、ここには与凪が居る。それに森尾も昇達の味方だ。だからそのような事が簡単に出来ても不思議では無いのではないのかと考えを改める昇だった。
「そうなるとレットさんと半蔵さんは?」
「二人はセリス様についております。さすがにセリス様をお一人にする訳には行きませんし、あのお体ですから学校に行く事も叶いません。ですので、自宅療養扱いで日本に留まる事になっております」
「そうなんだ」
「そ、それでお師匠様は?」
やはりラクトリーの事が気になってしかたないのか、ミリアは未だに昇の腕にしがみ付いたまま、少し振るえながらもラクトリーの事を聞いてきた。
そんなミリアに咲耶は笑顔を向ける。
「ラクトリーの事ならすぐに分ると思いますよ」
「なんで、お師匠様はどうしたの?」
「私がどうかしましたか?」
「って、お師匠様!」
やはりいつも通りにいきなり現れたラクトリーに思いっきり驚くミリア。そのラクトリーの後ろには森尾も居た。
「先生、なんでラクトリーさんが?」
丁度森尾もそこに居たので、ラクトリーの事を森尾に尋ねる昇。確かに森尾なら昇達の事情も良く知っているし、与凪からいろいろな事を聞いているから全て知っているはずだ。だからラクトリーがここに居る理由も知っているはずと、昇は森尾に尋ねた。
そんな昇の質問に森尾はいつものように平然と答えた。
「ああ、今日から副担任として勤めていただく事になったよ。詳しい事は俺よりお前達の方が知っているだろう」
「副担任!」
副担任と聞いて思いっきり驚くミリア。まさかこんな事態になるとは思っていなかったのだろう。そしてラクトリーは未だに驚いているミリアに近づく。
「いいですかミリア、ここでは先生と呼びなさい」
「はい、お、先生」
「よろしい。それからミリア、あなたには放課後に特別授業を行います。まだ修行が全て終わったわけでは無いですからね。これからみっちりと扱いてあげます、いいですね」
そんな事を言い出したラクトリーにミリアは目眩を起こしたように昇に倒れ掛かって涙目を向けてきた。
いや、そんな目で見られても僕が困るんですけど。これはミリアとラクトリーの師弟としての問題であり、昇が口を挟む事ではない事は昇自身が良く分かっていたし、口を出したくない事も確かだった。
それでも昇にしがみ付いてくるミリアをシエラと琴未が引っぺがすと、ラクトリーの前に捨て去る。
「さあ、そろそろホームルームが始まる時間ですよ。皆さんも教室に戻ってください」
そう言いながらミリアを引きずっていくラクトリー。どうやらミリアにとって地獄の修行が再会される事は確実のようで、ミリアは泣きながら昇達に手を振って助けを求めるが、誰一人としてそんなミリアに手を差し伸べる者は居なかった。まあ、当然といえば当然だろう。なにしろミリアはラクトリーの弟子なのだから。
「ほら、お前達も教室に戻れ」
森尾に促されて昇達も教室に戻り、各自の席に付いてホームルームが始まった。まずはラクトリーの紹介から森尾の話が始まるが、昇は森尾の話を聞き流しながら、この席からでは遠い窓の外に目を向けていた。
まさかフレトが転校までしてくるとは思ってもみなかったよ。でも……これでよかったのかな。そんな事を思う昇。
昇としては全てが丸く収まり、昇が描いた未来像とはちょっと違ってはいたが、誰も傷つかず、誰も失う事の無い未来を作る事が出来たのは確かだろう。
そして今ある時間こそ、昇が他倒自立の上に築き上げた未来であり、これから楽しく過ごしていけるのではないのかという希望でもあった。
閃華が言ってた他倒自立の理を僕はこんな結果で終わらせる事が出来たけど、これが僕のやり方だからいいんだよね。倒した他者に手を差し伸べても構わないんだよね。それも他者の上に立った勝者の器量なんだから。
他倒自立の理にそんな感想を抱く昇。確かに昇が思ったとおり、勝者が敗者に手を差し伸べる事も今までの歴史上では幾たびか有った事だ。それは勝者の器量を示し、昇の器量を示す物でもあった。
そんな昇の器量があったからこそ、今はこうして楽しい時間を迎えられるのかもしれない。けれども昇はそこまでの器量が自分にあるとは思ってはいなかった。全ては皆の助けがあったからこそであり、その助けのおかげだと思っている。
けれども皆にそう思わせたのは昇の器量に寄るだろうが、昇はその事にまったく気付きはしなかった。けれどもそれで良いのかもしれない。それが昇なのだから。
なんにしても、これからはもっと騒がしくなるのかなと思う昇。けれども昇はその事を疎ましくは思ったりしなかった。なにしろこれこそが昇の築いた他倒自立なのだから。
さてさて、これで他倒自立編も無事に終わりを迎えました。いやはや、読んでくださった皆様のおかげでございます。
そんな訳で次からは白キ翼編をお届けする予定になっております。まあ、今月中には一話ぐらい上げたいですね。
さてさて、そんな訳で本編に少し触れておきましょうか。まずはフレト達ですね。こちらはすっかり昇の仲間になってしまいましたね。まあ、セリスを治療しなければいけませんし、先の戦いではフレトは負けてますからね。だからこれからは昇達と戦って行くかもしれません。……たぶんね。
本当ならフレトが転校してきてから、ちょっと昇と会話をさせたかったのですが、転校初日でフレトは目立つ外見をしているからそんな暇は無いと思い。取り巻きのラクトリーと咲耶との会話で終わらせる事にしました。
まあ、なんにしても、これからフレト達が昇達と一緒に学園生活を送る事になるのは決まりきった事ですね。
まあ、詳細は本文で書いたとおりです。というか咲耶は是非とも絵にしてみたかったなと思っております。だって制服ですよ、制服といったらスカートが短いんですよ! そんな制服を着た咲耶を見てみたい!!!
ああっ! そこ、ちょっとまって、警察に通報しないで!!! 私はそこまで変態的では無いですから! 通報されるほどではないですから!!! せめて軽蔑の眼差しだけで勘弁してやってください!
……
さてさて、久々の戯言も終わったところでそろそろ締めますか。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、白キ翼編ではねちっこい事を考えている葵夢幻でした。