第九十七話 セリスの来日
昇が目を覚ますと、そこには見慣れた天井とシエラ達の顔が写った。
あれっ、僕はいったいどうしたんだっけ?
そんな事を呆然とした頭の中で考える事を数秒。昇は勢い良く上半身を起こすと、辺りを見回した。間違いなく、そこは昇の部屋だった。
「えっと、僕はどうして自分の部屋に?」
そんな事をシエラ達に尋ねる昇。その質問に対して真っ先に答えたのがシエラだ。
「戦闘が終わった後に昇は倒れた。覚えてない?」
「いや、そこまでは覚えてるんだけど、なんで僕は自分の部屋に居るの?」
「決まっておるじゃろ」
机の前にある椅子に腰を掛けた閃華がシエラに代わって答える。
「ここまで運んでくれたからじゃよ」
「誰が?」
「レットというシエラと戦ってた精霊がおるじゃろ。その者が昇を背負って、ここまで運んでくれたんじゃ。もう帰ってしまったけどのう」
「そうなんだ……というとフレトさん達は?」
そんな昇の質問に皆は笑みを浮かべた。それだけで昇は安心する事が出来た。
よかった。どうやら上手くまとまったみたいだね。そんな風に安心感が一気に広がると、今までの疲労が一気に来たのか再びベットに倒れ込む昇。
「大丈夫、昇~?」
昇の顔の近くにいるミリアが心配そうにそう尋ねてきた。そんなミリアを昇は頭を撫でてやりながら「心配ない」と口にするが、閃華とシエラがその言葉を否定し来た。
「心配が無いわけじゃない。昇のあれは相当力の消費が激しい」
「あれって?」
「無論、エーライカーのことじゃよ」
あ~、やっぱりそうだったんだ。どうやら昇も薄々は感じていたようだ。あのエーライカーという技がどれだけ昇の体力を奪っていく技かという事を。
「それじゃあ何、昇がエーライカーを使ったから昇は倒れたわけ?」
琴未がそんな質問を閃華にぶつける。同感とばかりに昇も閃華に向かって頷き、その質問の回答を求めた。
そんな状況に閃華は首を横に振るとそうでは無いと答える。
「別にエーライカーという技に問題があるわけではない。ただ消費が激しいだけに、それだけ身体に掛かる負担も大きいというわけじゃ」
「つまりエーライカーは長時間使える技じゃないって事」
シエラがそう付け加えると昇は思いっきり溜息をついた。
もう少し力のコントロールが出来ればいいんだけどな~。やっぱりそういう訳にはいかないか。そんな事を考えるとやはり気が重くなったのか、昇は再び溜息を付いた。そんな昇に追い討ちを掛けるかのように閃華の言葉が届く。
「じゃが問題はそれだけでは無いようじゃのう」
「えっ、まだ何か問題があるの?」
エーライカーのコントロールだけだと昇は思っていたのだが、エーライカーには他にもまだ問題があるようだ。
それは何かと少し不安になりながら閃華を見詰める昇。問題と言われてはやっぱり気になってしかたないのだろう。そんな昇に閃華は笑みを浮かべると口を開いた。
「今のところは大丈夫じゃが、問題は明日になってからじゃな」
「えっと、それは明日には何かがあるという事?」
「まあ、昇は若いからのう。明日には来るじゃろ」
あの~、閃華さん。その物言いは凄く不安になるのですけど。そんな不安を言葉ではなく目で閃華に訴える昇だが、昇の予想通り閃華は軽く笑っただけで答えてくれなかった。
こういう場合はいつも昇が酷い目に遭う事はすでに昇自身が良く分かっている。だからこそ不安になってくるのだが、そんな深刻な問題でも無いという事でもあり、安心感もあるのも確かだった。
「えっと、じゃあ、そんなに深刻な問題では無いということなのかな?」
一応閃華に確認してみる昇。そんな昇の言葉に閃華は一度頷いてから答えた。
「まあ、深刻といえば深刻じゃろうが。安心せい、酷い目に遭うのは昇だけじゃからのう」
ぜんぜん安心できませんよ!
「なに、そんなに昇の身に何かが起こるの」
「そうじゃぞ、じゃから琴未、これはチャンスじゃ」
「えっ、チャンス」
あの~、琴未さん、そこで目を輝かせないで欲しいのですけど。
「なるほど、そういう事。なら今からでも準備をしとかないと」
シエラさ~ん、それは何の準備なのですか!
「えっ、えっ、明日何が起こるの?」
ミリアさん、どうかそれ以上は追求しないでください。お願いしますから。
「大丈夫じゃよ。明日になれば分かる事だからのう」
だから明日はいったい何が起こるんですか!
昇はさまざまな不安を抱えつつも、その日は昇が倒れたという事もあって、あまり大騒ぎせずにゆっくり休ませてあげようという事になり、それぞれは自分の部屋へと帰って行った。
一人不安な昇を残して。
ううっ、明日はいったい何がおこるんだろう。未だに気になっている昇はなかなか寝付けないと思っていたのだが、意外と疲れがたまっていたのだろう。部屋を暗くして少し時間が経つと深い眠りへと落ちて行った。
翌朝。
「ぐぎゃあああぁぁぁ────────────────────っ!」
昇の悲鳴が家中に響き渡り、シエラ達は急いで昇の部屋へと入って行く。そこでシエラ達が見たものは……ベットの上で痙攣を起こしてピクピクしている昇の姿だった。
「ちょ、昇、大丈夫!」
すぐに琴未が昇に駆け寄ろうとするが閃華がそれを止めた。どうやら無理に動かしたり触ったりしない方が良いとの事だ。
それでも昇をその体勢にだけはしていられないと昇を少しずつ動かし始める。身体を動かすたびに悲鳴を上げる昇をベットに寝かしつけると、朝食を昇の部屋へと運び込んだ。どうやら今日の朝食は昇の部屋での朝食会となったようだ。
「それで閃華、なんで昇はこんな状態なわけ?」
シエラと閃華が妙に落ち着いているので、そんなに大騒ぎする事でもないと察した琴未とミリアも慌てる事無く、落ち着いて朝食の席についている。昇を横目に見ながら。
そんな状態で質問してきた琴未に閃華は口の中を空にしてから答えた。
「これがエーライカーの副作用じゃよ」
「副作用?」
「そうじゃ、つまりは全身筋肉痛というわけじゃな」
あっさりと答える閃華に琴未は首を傾げた。なんでそんな副作用が起きるのかが分らないといったところだろう。そんな琴未に閃華は一旦箸を置くと説明を始めた。
「そもそもエーライカーというはエレメンタルアップの応用技じゃ。つまりは自分自身が持っている限界以上の力を引き出す技じゃ」
「それは分ってるわよ。それがどうして全身筋肉痛に繋がるわけ?」
「琴未よ、自分自身の限界を超えて力をだすんじゃぞ。そんな事をして人間の身体が持つわけがないじゃろ。つまりエーライカーは使えば使うほど身体に負担が掛かる技なんじゃよ」
「つまりは諸刃の剣」
最後にそんな言葉を付け加えるシエラ。
要するにエーライカーとは限界以上の力を引き出せる分、身体への負担を無視して無理をさせる技だという事だ。だが、その説明だと疑問が浮かんできたのか、琴未はその疑問を閃華にぶつける事にした。
「でも私達だってエレメンタルアップで限界以上の力を出してるじゃない。どうして昇だけそんな副作用がでるの」
「それは人間と精霊の違いじゃな。それに琴未はエレメンタルの能力を持っておる。じゃから副作用が出ないというわけじゃ」
詳しく説明するとこういう事だ。
精霊とは本来、肉体というべき物を持っていない。精霊は人間が生み出した論理や思考、信仰等の心で願った力が集結して生まれてくる者なのだ。だから人間のように身体を持っていない。だからエネルギーの結晶体と言っても良いだろう。
けれども精霊世界。つまりは人間世界と隣接している精霊が住んでいる世界では身体と似た物を持っている。それはこの世界で一番繁栄している種族。つまりは人間に近い姿として精霊世界ではエネルギーの結晶体を人間の姿に変えている。
だが結局はエネルギーの結晶体である精霊だ。だから病気に掛かることも無いし、怪我だってすぐに治すことが出来る。つまりは人間の身体をしていても、その機能は人間とはまったく違うものだということだ。
それは契約を交わしても変わる事は無い。ただ精霊世界で活動していた身体で人間世界に干渉できるようになる。それだけの事だが、ある程度は力が落ちてしまうのが欠点といえるだろう。
そんな精霊だからこそエレメンタルアップのように限界以上の力を発揮しても負担を掛ける身体を持たないから副作用が出るはずが無い。どこまでも力を上げることが出来るわけだ。
それから琴未のようにエレメンタルの能力を持つ者は、エレメンタルの能力を発動させた時点で身体能力を精霊に近づけている。そのための身体を守る加護を受ける事が出来ている。
つまりはエレメンタルの能力は戦闘能力を精霊と同等に上げるだけではない。戦闘能力を上げて身体に掛かる負担を保護する力を自然と使っているのだ。だからこそ、その身体は精霊に近づき、精霊と同様の戦いが出来るわけだ。
要するにエレメンタルの能力とは身体への負担を保護して、精霊と同様の能力を得る能力と言える。だから琴未にエレメンタルアップを掛けても副作用が出ないはそのためである。
そんな精霊やエレメンタルとは違ってエーライカーはそうした物を持ってはいない。つまりエーライカーを使えば使うほど昇の体には負担が大きく圧し掛かり、今のように全身筋肉痛などの副作用を起こしている訳だ。昨日も昇が倒れたのはエーライカーの副作用が一気に来たからだ。
つまりエーライカーは無制限に使える技では無いという事だ。どうしても身体への負担という制限があるからには使いどころが難しい技だと言えるだろう。
そんな説明を琴未は朝食を食べながら聞き、閃華も朝食を食べながらゆっくりと説明した。
「つまりエーライカーには制限があって、今の昇はエーライカーを使ったツケを喰らってるって事?」
「まあ、簡単に言うとそうじゃな」
「なるほど、そういう事か……」
あの~、琴未、その考えている仕草はいったい何を意味しているんでしょう?
そんな事を思う昇はベットの上で指一本動かしただけでも激痛が走るほどの状態だ。だから喋る事すらままならない。だから今までも喋らずに黙って横になっていただけなのだが、そんな昇の枕元にシエラが座ると手の中にあるものを見せた。
それは……お粥?
シエラが手にしていた物は暖かい湯気を出しながら、美味しいよと主張しているお粥だった。
「さあ昇、口をあけて。私が食べさせてあげるから」
「って、シエラ! いつの間にそんな準備してたのよ」
「……ふっ、こういう場合は早い者勝ち」
「って、このっ!」
シエラさん、ご好意は嬉しいのですが……琴未が怖いです。どうか神様、このまま何事も無いようにしてください。そんな事を心で祈る昇だが、どうやら神様は留守にしているようで昇の願いを聞き届けないまま、閃華が琴未にシエラと同じくお粥を手渡した。
どうやら閃華も琴未にそういう事をさせるべく、すでに準備をしていたようだ。
更に閃華はお粥をミリアにまで手渡した。けれども閃華はそれを食べて良いと言ったので、ミリアはそのままお粥を食べ始める。これでミリアが参戦する事は無くなった。これも閃華の計算したうちなのだろう。
そうなるとシエラと琴未の一騎打ちである。二人とも睨み合いながら暖かいお粥を昇の口元へ持って行くが、昇はどちらから口を付ければ良いのかすっかり困り果ててしまった。
あの~、こういう場合はどうすれば良いのですか?
どこの誰かに質問したのか分らないが、そんな事を誰かに尋ねてみた昇。当然、どこからも返事が返ってくることなく。その場は膠着状態になってしまう。
そこへ閃華が琴未に向けて要らない進言をする。
「琴未、良いからそのまま昇の口に入れてしまうんじゃ」
琴未は頷くとお粥の乗った蓮華をそのまま昇の口へと入れようとするが、当然シエラが持っている蓮華がそれを阻む。
睨み合いながら蓮華をぶつけ合うシエラと琴未。当然そんな事をしていれば暖かいと通り越して熱々のお粥を乗せた蓮華が二つとも震える事になる。
あの~、オチがもう見えたのでそろそろやめて欲しいのですけど。というか、このままだと僕がヤバいよね! 酷い目に遭うよね! 絶対にそうなるよね!
そんな予想を展開する昇。そして事態は昇の予想通りへと発展していく。
つまりはぶつかり合った蓮華が両方ともその場で弾けて、熱々のお粥は昇の口に入る事無く、顔へと落下する。
「…………」
「…………」
そんな光景に言葉を失うシエラと琴未。そして……
「ぎゃぁ─────────────────────っ!」
昇の悲鳴が再び家中に響き渡った。
エーライカーの副作用とも言える筋肉痛は翌日には全快しており、昇はいつもの日常を過ごしていた。
そして全てが終わってから数日後。昇達は空港へと着ていた。
空港にいるのは昇達だけではなく、フレト達一同と与凪までもがその場所に居た。
「もうそろそろのはずだがな」
フレトが落ち着きのない面持ちでそんな言葉を口にする。フレトが落ち着かないのもしかたないだろう。なにしろ今日、この日にフレトの妹であるセリスが治療の為に来日するからだ。
戦いが終わった後に交わされた約束。それがセリスの治療を昇達に任せるという事である。けれども昇達に任せっきりとはいかないので、フレト達も当然セリスの治療に加わる事になった。
なんにしても昇が描いた未来像になったわけだから。昇は一安心していた。後はセリスを治療するだけだ。
与凪の予測では時間は掛かるが、決して治らない病気ではないらしい。詳しい検査と治療はセリス本人が来ないとやりようがない。
そこで顔合わせも兼ねてセリスを出迎えようと全員して空港で待っているわけだ。
「ところでフレトさん、セリスさんは何時の便で来るの?」
そんな昇の質問にフレトは訝しげな顔をすると次の事を言い出した。
「俺の事はフレトでいい。セリスもそう呼んでやってくれ」
「そお、じゃあ、そう呼ばせてもらうよ」
「ああ」
「それでフレト、セリスは何時の便で来るわけ?」
フレトに言われて言い直した昇の問い掛けにフレトは大げさに鼻で笑ってみせると、少しだけ自慢げに口を開いた。
「何時の便だと、セリスは病人だぞ。そんなセリスを一般の飛行機で来させる訳が無いだろう」
「えっ、それじゃあ、どうやって?」
「当然、自家用の専用飛行機だ」
「へっ」
あまりにも唐突な言葉に昇は呆然としてしまうが、今までのフレトがしてきた生活を見てみれば、そんなに違和感が無い事だと思った。
わ~、今更だけどフレトの家ってお金持ちなんだ。あぁ、そういえば今も高級ホテルに泊まってるぐらいだからね。グラシアス家って相当な資産家なんだ。
今更ながらそんな事を思う昇。そんな事を考えているとある疑問が昇の頭に浮かんできた。
「そういえばフレトもずっとこっちに居るんでしょ。ずっとホテルに泊まるわけ?」
セリスはフレトにとって掛け替えのない存在だ。そんなセリスを一人だけ残して祖国に帰る訳には行かないと、戦いが終わった後にフレトはセリスの病気が治るまでこちらに住む事になったわけだが、フレト達は未だにホテルを利用している。
けれどもずっとホテル暮らしとは行かないだろうと思い。昇はそんな質問をしてみたのだが、フレトは心配ないとばかりに親指を立ててみせる。
「それならば心配ない。すでに住む場所は決まっている。今は改装工事中だ。それが終わり次第、俺もセリスもそちらに移り住む予定だからな」
「そうなんだ。それなら当分は近くに住む事になるんだね」
「ああ、その方がセリスの治療にも良いからな」
昇達がそんな会話をしていると、どこからか現れた半蔵が二人の前に現れた。
「若様、妹様がご到着したようです」
「そうか、では行くとするか」
フレトがそう全員に告げると揃って空港から滑走路へと出て行く。さすがに専用機を使っただけにあって、一般の搭乗ゲートは通らないで滑走路まで行けるようだ。
昇達がある一機の飛行機前に着くと、そこには既にセリスの姿があった。
あの子がセリスか。昇はセリスを見るのは初めてだが、フレトから話しには聞いていた。
セリスはクリーム色にウェーブの掛かった髪をしており、容姿から昇より二、三歳年下という感じだ。そんなセリスは車椅子に乗っており、病気の深刻さを物語っているが、その顔からはまったく辛いという印象は受けなかった。それはセリスの笑顔がそんな印象を昇に与えなかったのだろう。
「セリスっ!」
フレトはセリスの姿を見るとすぐさまセリスの元へと向かい。そのまま抱きしめようと両腕を広げてセリスに飛びつく……のだが、セリスは器用に車椅子で真横に瞬時に避けると兄の包容を回避した。
……えっと、ここは再会の感動するシーンだよね。そんな事を思う昇だが、セリスは笑顔で真横に突っ伏しているフレトに向かって言葉を掛けた。
「お久しぶりですね、お兄様。お会いできて嬉しいですわ」
あの~、その割にはそっけないと感じるのは僕だけでしょうか?
「俺もだぞ、セリス」
フレト! いつの間に復活してたの!
「さあ、セリス。共に再会を喜び合おう」
あっ、またフレトが抱き付きにいった……えっと、その包容をまたしてもセリスが避けたのは僕の見間違えでしょうか?
どうやら再び包容しようとしたフレトだが、再びセリスに避けられしまったようだ。そんなフレトをセリスは「相変わらず可笑しなお兄様」とだけ笑うと昇達のところにやってきた。
そしてラクトリーを始め、フレトの精霊達は一斉に片膝を付いて頭を下げた。
「ラクトリー、咲耶、半蔵、レット。皆、お兄様の力となって戦ってくれた事に感謝します。これからもどうかお兄様の力となってくださいね」
『はっ』
ラクトリー達は一斉に返事を返した。そんな光景に昇は呆然としてしまった。
えっと、ラクトリーさん達と契約を交わしたのってフレトだよね。なんかセリスの方が偉そうに見えるんだけど。そんな感想を抱く昇の元へセリスがやってきた。
「あなたが昇様ですね。初めまして、セリス=グラシアスです。これからの事、よろしくお願いしますね」
「えっ、あっ、はい、初めまして、こちらこそよろしくです」
あまりにもしっかりとした挨拶をしてきたので昇は慌ててしまった。どうやらセリスは事前に昇達の事も聞いていたようで、それぞれにしっかりとした挨拶をして周った。
そんなセリスの姿を見ていると突然フレトが肩を組んできた。
「どうだ、セリスは?」
「うん、可愛い子だね」
正直な感想を口にする昇。確かにセリスはその容姿もフレトに似てかなりの美少女であり、あのしっかりとした性格が更にセリスの人格を上げている。だから昇がそんな感想を抱いても不思議ではない。昇だけでなく、誰が見てもそんな感想を抱くだろう。
昇の言葉にフレトは満足げに頷くと更に強く肩を組んできた。
「絶対に惚れるなよ」
えっと、それは脅迫ですか。というかフレト、顔が近いよ。
「大丈夫だよ、そんな心配しなくても」
とりあえずそんな言葉を口にする昇。確かにセリスは可愛いと思うが、昇の周りには既にシエラ達が陣取っている。今更セリスに思いを寄せる事は無いと昇自身がそう思うほど、昇の周りには美少女で溢れている。
だからこそフレトは心配なのだろうか、昇に念を押してくる。
「絶対だぞ。手を出したらお前がこの世から消えると思え」
えっと、そこまでされるんですか。というかフレトはそこまでするんですか?
「だから大丈夫だよ。僕ってそんなに信用が無い」
「それはそうだろう。お前の周りを見えれば心配にもなる」
あぁ、言われればそうですね。
フレトの言葉に納得してしまった昇。確かに他人に言われると自覚せざる得ないのだろう。自分の周りに美少女が揃っている事を。
だからこそフレトも心配するのだろうが、この反応はいかにも過敏すぎるのではないかと昇は思ったので、その事を直接聞いてみる事にした。
「とりあえずフレトが心配している状態にはならないよ。うん、それは約束する。でも……」
「なんだ」
昇が言葉を濁してきたのでフレトは昇から離れると向かい合った。
「フレトにはそういう人は居ないの? 恋人とか」
「何を言う!」
昇がそんな質問をぶつけるとフレトは思いっきり握り拳をつくり、はっきりと宣言する。
「セリス以外の女に興味などはない!」
言い切っちゃったよ、この人! というかフレト、それはそれで問題じゃないの?
そんな疑問を抱いたが、先程のセリスの態度やフレトの言葉を聞いて昇は確信を抱いていた。そう、フレトがシスコンであると。
ラクトリーさんから二人の事は聞いていたけど、まさかフレトがここまでシスコンだとは思ってなかったよ。昇がそんな事を思っていると一通り挨拶を終えたセリスが二人の元へ戻って来た。
「昇様、今回の事はなんとお礼を言っていいのか。いくらお礼を重ねても言い様が無いぐらい感謝しておりますわ」
「えっと、そこまでお礼を言われる事じゃないよ。それから僕の事をそんなに仰々しく呼ばなくても大丈夫だから。もっと気楽に呼んでもらって構わないよ」
「分りましたわ、では昇さんと呼ばせてもらいますね」
昇としては呼び捨てでも一向に構わないのだが、セリスとしては呼びづらいのだろう。だからあえて昇はそこまで訂正はしなかった。
それからセリスは笑顔で昇に告げるのだった。
「それで昇さん、今回の事で是非ともお礼をしたいのですけど」
「いいよ、そこまで気を使ってもらわなくても」
「いいえ、今回の事はすべて昇さんのおかげです。ですので是非ともお願いします」
う~ん。
さすがにそこまで言われると断り切るのも悪い気がしたのか、昇は素直に首を縦に振る事にした。
「じゃあ、そのお礼を貰っておくよ」
「良かったですわ」
昇がそう言ったのがよほど嬉しかったのか。セリスの笑顔は一層輝きを増し、光り輝いて見える。確かにこんな可愛い妹がいればフレトの気持ちも分るかもしれないと昇が思うほどだ。よほど昇には可愛く見えたのだろう。
「では、こちらに」
そんなセリスが手招きしたので近づく昇だが、セリスとしてはもっと近寄って欲しいらしく。昇は前屈みになる形でセリスに近づいた。
そんな昇の頬にセリスは口付けをした。
「なっ!」
突然の事で昇は慌ててセリスから身を退く。
「今の私に出来る事はこれぐらいですから、これでお礼にさせてくださいね」
いや、ねって言われても。困るのは……はっ!
セリスのキスに驚いている昇だが後ろから放たれている殺気に気が付くと、慌てて後ろを振り向いて弁明を開始する。
「いや、これは、違うから。フレト、落ち着いて……って! すでにアルマセットしてる!」
「た~き~し~た~の~ぼ~る~」
振り向いた先にはすでに怒り心頭のフレトがおり、その手にはマスターロッドが握られていた。
そんなフレトの姿を見て、うろたえながらセリスから遠ざかっていく昇だが、またしても後ろから殺気を感じる事になった。
だいたい殺気を放っている人物は分ってはいるが、このまま振り向かない訳には行かないとばかりに、昇は恐る恐る後ろを振り向いた。
「えっと、これはあくまでもお礼であって、特別な意味はないかと」
そんな言葉を口にするが彼女達には効果が無い。
「その割には嬉しそう」
いえいえシエラさん、そんな事は無いですよ。
「私のキスは拒んでも、あの子のキスは受けるんだ」
いえいえいえ、琴未さん、そんな事は無いですよ。というか、琴未のキスを拒んだ事は一度も無いと思われます。
「ずるい~、ずるい~」
いやいや、ミリアさん、そんな駄々をこねられても困るんですけど。
「まったく、これだから女たらしの昇は困ったものじゃな」
あの~、閃華さん、それはワザとですよね、ワザと僕を追い込んでますよね。
「まあ、お相手はセリス様だからしかたないですよね」
なんでラクトリーさんまで僕を追い詰めるんですか! しかもかなり楽しげなんですけど!
「やはりここは一つ、お仕置きが必要なのでは」
お仕置きってなんですか与凪さん! というか、その期待に満ち満ちた目はいったいなんなんですか!
「そうですね、殿方を仕付けるのも女子の務めと思われます」
咲耶さんまで参加してる! というかそんな務めは捨ててください!
「半蔵、レット、取り押さえろ」
「御意」
「はっ」
二人とも楽しげに僕に近づいてくる! というか、フレトの目が本気なんですけど。どうする、どうしよう、どうすれば良いんですか!
そんな事を心の中で叫ぶ昇の瞳にある人物が映る。そう、今回の事態を招いた張本人であるセリスだ。
セリスなら、なんとかしてくれるだろうと思った昇は半蔵とレットに追い詰められる形でセリスの元へと逃げ込む。そんなセリスが昇に笑顔を向けながら口を開いた。
「くすっ、話に聞いていた通りに楽しい方々ですね」
「…………」
えっと、あの~。
「それだけですか──────────────────っ!」
そんな昇の叫び声が飛行機の滑走音に掻き消され、昇の命は風前の灯火になったという。
結局はいつもの通りの結末を送る事になった昇だが、そんな昇も心の片隅ではこんな状況を少しは楽しいと感じつつあった。
そしてそれがあそこまで続くとは、今の昇にはとても想像出来なかった事のようだ。
さてさて、そんな訳でお送りしましたエレメは如何でしたでしょうか。まあ、いつも通りの展開になってしまいましたが、これもお約束という事でやらない訳にはいかないと最後のシーンを入れさせてもらいました。
さてさて、これで他倒自立編も終わりかと思われますが、それは間違っています。実は後一話、他倒自立編が残っておりますので、それが終わったら次の編にいきますね。
……ふっふっふっ、実は私にしては珍しく次のプロットがすでに出来上がっているのですよ。いや~、いつもは中途半端にしかプロットは書かないんですけどね。まさかプロットが完成するとは思いも寄りませんでしたよ。
そんな訳で次編は『白キ翼編』となります。
……まあ、サブタイだけで誰がメインの話かが大体予想出来ますよね。まあ、そんな訳で、その片がメインとなる話になっております。
さてさて、そんな訳で次編の紹介も済んだ所でそろそろ締めますか。
ではでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いしますね。更に評価感想もお待ちしております。
以上、正月早々から慌しかった葵夢幻でした。