第九十五話 発動 エーライカー
やっぱり、あれを使うしかないかな。
戦局が膠着している中で昇はそんな事を考えていた。地上で戦っている琴未達は押されてはいないものの、決着が付きそうになかった。
なにしろ相手は完全契約だ。いくらエレメンタルアップとストケシアシステムで完全契約の差を埋めたとしても、それが勝因となるわけではない。やっと対等に戦えるというだけだ。
そうなってくるとこの戦いで一番の鍵を握っているのは、やはり昇とフレトの戦闘だった。
「大地の槍、その切っ先を突き出し敵を穿て」
フレトはマスターロッドの先端を昇の足元に向けると呪文と共に地の属性を発動させる。すると昇の足元から大地で作られたトゲのような物が一気にせり上がってきた。
そんなフレトの攻撃に昇は後ろに跳ぶのと同時に紫黒の照準を合わせると一気に引き金を引き絞る。シリンダーが高速回転を始めると銃口から無属性の弾丸が一気に飛び出していく。
フレトは横に駆け出すと昇の攻撃を避けながらも風の属性を発動させて、上昇気流を作るとそれを壁にして昇の攻撃を完全に防いでしまった。
さすがにこのまま攻撃をしていてもしかたないと考えた昇は攻撃を一旦中止すると、次に備えるために紫黒を構えなおす。
けれどもフレトは昇にそんな時間を与えないために、今まで壁に使っていた上昇気流の流れを曲げて昇にぶつけてに来た。高度に圧縮されて威力のある風の流れが昇に迫る。それは濁流のように一気に流れ出した。
さすがにこの攻撃には避けるしかないと昇は横に向かって一気に駆け出すが、フレトは風の属性を有している。だから風の流れを変える事など簡単だ。
濁流のような風の流れは、その行き先を再び昇に曲げると勢いを増して昇に迫る。
ダメかっ!
これは避けきれないと思った昇はすぐに反転すると紫黒を構えるが、風の濁流が有している勢いは昇の予想を超えており。そのスピードもかなり出ていた。
そのため昇が紫黒を構えた頃にはすぐ目の前に迫っていた。
そんな状況に昇は咄嗟に両腕をクロスさせて防御体勢を取る。さすがに避ける事も防ぐ事も不可能だと感じ取ったのだろう。だからここは耐えるしかないと全身に力を入れた。
そして風の濁流は一気に昇を飲み込んでいく。全身が強大な流れで押し流されそうになるのを必死に堪える昇。全身が引きちぎられそうな勢いの中で必死に身体を堅くしてなんとか耐え忍ぶ。
そんな昇に追撃を掛けようとフレトは風の濁流を一瞬して消し去ると呪文の詠唱に入る。
「灼熱の火球、幾つもの弾丸で敵を撃て」
フレトの周りに幾つもの火球が出来ると、フレトはマスターロッドを昇に向けて一気に撃ち出した。
昇は先程まで風の濁流に耐えていたのだから、すぐに動ける状況では無い。かと言って、紫黒を構えている隙も無い。だからフレトの攻撃は昇に直撃する。
フレトの攻撃が昇に当たるのと同時に爆発を引き起こし、昇の周囲に爆煙が立ち上るが、それはすぐに消え去った。
フレトは攻撃を確実に当てるために威力よりも的中率を優先させたため、そんなに大きなダメージにはならなかったのだろう。けれども昇がダメージを負った事は確かであり、そのダメージにより昇の動きを更に止めてしまった。
そんな昇にフレトは大技をもって追撃を仕掛ける。
「氷のドラゴン、その牙と爪をもってかの敵を打ち破れっ!」
フレトはマスターロッドを頭上に上げるとそこに氷が生まれて、その氷は一気に大きくなり、ドラゴンの形となって咆哮を上げるかのように氷のドラゴンは頭を上に向けると大きく口を開いた。
それからフレトはマスターロッドを昇に向かって振り下ろすと、氷のドラゴンは羽根を羽ばたかせると昇に向かって一気に飛び出した。
昇はフレトの連続攻撃で動けない状態だ。それは攻撃をしたフレトが一番良く分かっている。だからこそ、ここで一気に大技に出てきたのだ。
けれども昇は一気に顔を上げると氷のドラゴンに向かって紫黒を構えた。そして一気に引き金を引き絞る。
「ツインフォースバスター!」
二丁拳銃である紫黒。その二つの銃口から放たれた無属性の力は高圧縮されており、レーザーと化している。そんな二つのレーザーが一つにまとまると巨大な力となって氷のドラゴンを一気に打ち砕いてしまった。
「バカなっ! あの状況で動けるはずが無いっ!」
さすがにこれには驚きを隠せないフレト。そんなフレトに向かって昇は語りかける。
「僕が黙って君の攻撃を耐えいたと思う」
「……まさかっ」
昇が何をしていたのか理解したのだろう。フレトは奥歯を強く噛み締めた。
「そう、君の攻撃を耐えている間に僕は力を蓄えていたんだ。君が大技に出る瞬間を狙ってね」
「そんなバカな事があってたまるか。俺の行動を読むのなら分るが、こちらが攻撃に出る瞬間を狙うなど不可能だ」
確かにフレトの言うとおりである。昇がフレトの行動を読んで次に大技に出ると分っていたとしても、それにすぐさま対応できるはずが無い。なにしろ昇はフレトの攻撃で動けない状況だったからだ。
けれども、そんな状況でも動けるようにするシステムを昇達は持っていた。
「僕は君の行動を完全に読んだわけじゃない。君が大技を出してくる瞬間を教えて貰ったんだ」
「なんだ、それは?」
昇の言っている意味が分からないのだろう。フレトは率直に聞いてくる。
「それが……ストケシアシステム。またの名を瞬間思考交換システム。つまり僕達は仲間の誰かが君の行動を見て、それを瞬時的に僕に教えてくれたんだ」
「何を言っている。お前らの仲間は全員とも戦闘中だぞ。そんな余裕がある仲間なんて」
「居るよ、一人だけ」
そう言って昇は紫黒で上空を指し示した。そんな昇の行動にフレトは警戒しながら顔を上げると、そこにはシエラとレットの戦闘が繰り広げられていた。
……いや、なんだかおかしい。フレトは二人の戦闘を見て違和感を感じていた。二人とも精界の上空ギリギリで戦っており、いや、正確にはシエラは防戦一方でまったく攻撃していない。それどころか、スピードでレットを翻弄しながら下を気にしているようだ。
「……そうかっ! あいつが」
「そう、シエラがわざわざあんな上空で戦っているのは僕達に介入する隙を与えないためじゃない。僕達の行動を見るためにあそこにいるんだ」
つまり、今までの行動で昇達が度々フレト達の行動を読んだかのような行動を取ったのは、相手の行動を読んだわけではなく。相手の行動を見て、それを瞬時に昇に伝えて、昇から各自にそれを知らせていたにすぎない。
だから先程の事も昇がダメージを覚悟した瞬間にフレトがいつかは大技に出てくるだろうと予想して力を溜めており、フレトが大技に出た瞬間をシエラに教えてもらったのだ。
その瞬間思考交換こそがストケシアシステムの真髄である。
それは昇だけではない。琴未を始め昇陣営の全てに言えることだ。だからこそ、ここまで対等の戦いが出来ている。
エレメンタルアップだけだと完全契約を相手にするには昇に負担が掛かりすぎて、昇は戦闘に参加できなかっただろう。けれどもこのストケシアシステムの恩恵で昇の負担を軽減するのと同時に昇が参戦できるようにしていた。
それが昇達の戦略だ。
「くっ!」
マスターロッドを強く握り締めるフレト。まさか昇達がここまでやるとは思っていなかっただろう。けれどもそれ以上にフレトを傷つけたのが、完全契約という自分自身への怠慢である。
完全契約があればこそ、精霊達は完全な力を発揮する事ができる。その利点が知らない間にフレトに努力するという事を忘れさせて依存させていた。それは怠慢以外の何ものでもなく、フレト自身の過失だ。
その事に気付いたフレトは昇にではなく自分自身への怒りが沸いて来たが、今は戦闘中である。フレトは大きく息を吐くと全てを吐き出すしたかのように平常心を取り戻した。さすがにフレトの覚悟もこの程度で自我を失わないほど強い物なのだろう。
再び冷静に戻ったフレトはマスターロッドを昇に向けて構える。けれども昇は紫黒を構えようとはしなかった。それどこか顔には笑みを浮かべている。
「君はまだ気付いていないみたいだね」
「何がだ」
「もちろん……完全契約の弱点にさ」
「ッ!」
平常心を取り戻したばかりのフレトの心が再び揺れ動くが、すぐにその揺れは収まり再びフレトの心は戦闘体勢となる。
そんなフレトに向かって昇は堂々と宣言する。
「完全契約は確かに強い、精霊達の力を完全に引き出してるんだから僕達が勝てるわけが無い」
「けれどもお前はここまでやってこれた」
「そう、けどそれは完全契約の弱点を付いたからじゃない。僕達が独自に完全契約に対抗する術を作り出したからだ」
つまりはここまで戦ってこれたのは完全契約の弱点を付いたわけではなく。昇のエレメンタルアップとストケシアシステムを駆使したからこそ、ここまでの戦いが出来たという事だ。
その二つがあってこそ、昇達は完全契約と対等に戦える。そういう事なのだろう。
けれども昇は更に完全契約に弱点がある事まで示した。それはつまり、その弱点がフレト達の敗因となりかねないという事だ。
そう宣言されて、さすがのフレトにも心に少しの動揺が生まれる。けれどもフレトの覚悟が揺れ動いた訳ではない。だが昇が自信があると雰囲気で語りかけているのも確かだ。
つまりその弱点を突かれればフレト達は完全に敗北する。それは昇の勝利宣言とも言えるべき言動だからだ。
けれどもそんな事を言われて素直に降伏するフレトではない。なにしろフレトにも守るべき人がいる。なさねばならない事がある。だからこそ、ここで絶対に負ける訳には行かないのだ。
「ならその弱点、教えてもらおうではないかっ!」
フレトはそう叫ぶとマスターロッドを振るう。瞬時に風の刃が生まれると昇に向かって放たれた。
仮に昇が言っている事が本当だとしても、その弱点を付かせる隙を与えなければ良い。だからこそ、フレトはここで一気に攻勢に出るつもりだ。
昇は向かってくる風刃を避けるとすぐに紫黒を構える。けれどもフレトはすでに風を操って幾つもの気流を生み出していた。
その気流を昇に向かって一気に流し込んでくるフレト。昇も素早く気流に照準を合わせると一つずつ確実に気流に弾丸を撃ち込み、拡散させて行った。
けれどもフレトの攻勢はまだ続く。どうやらこのまま攻勢を続けて一気に決着を付けるつもりなのだろう。だが、そのような攻勢がいつまでも続く訳が無い。
フレトは呪文の詠唱と風の属性を上手く操りながら昇に攻撃を仕掛けてくる。
油断したらやられる。昇にそう思わせるほどの大攻勢だ。だから昇は防戦一方になってしまっているが、今はそれでいい。次に攻勢に出る時は完全契約の弱点を付く時だ。だからこそ、今は防戦で耐え忍ぶ。
「火の鳥よ、その翼で敵を煉獄へと誘え!」
フレトは炎の塊を鳥の形へと変えると、炎の鳥は翼を羽ばたかせて炎を噴出する。それはまるで火炎放射のように昇へと迫っていくが、昇はアイスシュートを地面に向かって連射すると氷の壁を一気に築き上げた。
ぶつかり合う炎と氷。けれども炎の威力が強いのか、氷は徐々に溶かされていき、そして一気に打ち破られる。そして辺りは炎で包まれるが、その中に昇の姿は無かった。
上空から炎の威力を見ていたシエラからの連絡で氷の壁では防ぎきれない事を知った昇は大きく後退して、完全に炎が広がりきる圏外へと退避していた。
炎が昇に効いていないと分ったフレトはすぐに炎を消し去って次の攻撃に移ろうとするが、先程までの大攻勢で体力をかなり消耗したのか、すぐに行動に移る事は出来ずに荒い息を整えていた。
そんなフレトに昇は話が出来るまで近づくとはっきりと宣言する。
「これが完全契約の弱点だ」
そう宣言する昇だが、フレトには何の事だかさっぱり分らなかった。そんなフレトに昇は攻撃する事無く話し始めた。
「完全契約で完全な強さを得るのは精霊だけ、僕達のような契約者には何の恩恵も無い」
「それが、どうした。それは、お前も、同じ事だろ」
「そう、それは僕も同じ。だけどエレメンタルアップは精霊の限界を超えて力を出させる能力だ……それが自分自身に使えるとしたらどうなる」
「なっ!」
さすがにそれは予想外の言葉だったのだろう。フレトは驚きを隠す事が出来ず、荒い息すらも一瞬にして止まってしまった。
昇が言った事、それはつまり、完全契約で力を発揮できるのは精霊だけでフレト自身には何の恩恵も無い。けれどもそれはエレメンタルアップも同じだ。精霊の限界を超えた力を引き出すことが出来るが、昇自身には何の恩恵ももたらさなかった。そう、今までは。
けれども今は違う。今こそ、その力を発揮する時かもしれない。まだ上手く行く保証は無いけど戦況が膠着状態なってしまってはしかたない。昇はそう決断すると顔を上げてフレトに視線を向けた。
「見せてあげるよ。これがこの戦いに終止符を付ける最後の手。エレメンタルアップの応用技。僕の……最後の切り札だ」
先程の大攻勢でフレトがすぐに動けない事を確認すると昇は精神を集中させる。そして昇の足元には昇にしか見えない黒い淀みが出現する。
その中に吸い込まれるように精神だけを沈めて行く昇。そこはとても暗いが、どこか暖かく、幾つもの温もりが感じられる場所であり、自分が決して一人で無い事を感じさせてくれる場所だった。
そんな場所に降り立った昇は目の前にある紐を掴みながら自分の胸に手を当てる。そして今まで紐を通していた力を自分自身にも流し込む。
そして一気にその力を解放させると意識は自然と身体へと戻っていた。
「エーライカー!」
昇がそう叫んだ瞬間に昇から一気に力が溢れ出す。それは先程までとはまったく違う、別人と思うほどの力が昇から湧き出していた。
「なっ! なんだ、それは」
昇の変化に動揺を隠せないフレト。それはそうだろう、なにしろ昇から感じる力は先程とは比べるほどが無いぐらい、格段に上がっているのだから。
「これが僕の奥の手、その名を『エーライカー』 僕自身の限界を突破して力を発揮させる事が出来る。つまりはエレメンタルアップを自分自身に掛けた状態だよ」
以前に昇はこれと同じような事をした事がある。それは昇が自分の武器を作り出そうとした時だ。その時は誤って力を暴発しかけて閃華が止めたが、今回はしっかりとその力を制御下においている。
今思えば、あの時が始めてエーライカーを発動させた瞬間なのかもしれない。それから昇はすぐにアルマセットが出来るようになったが、あの時にもっとこの力についていろいろと調べていればもっと早くに習得できたかもしれない。
けれども今はこの戦いに終止符が打てるなら充分だと昇は思っていた。
「このエーライカーが僕の奥の手であり、そして完全契約の弱点を的確に付いた方法なんだ」
「弱点を……的確にだと?」
昇が言っている弱点が良く分かっていないのか、フレトは言葉をそのまま返して質問にした。そんなフレトの質問に答えるかのように昇は口を開く。
「そう……完全契約の弱点は契約者の能力がそのままの事。だから契約者同士の戦いでは決着が付き難い。完全契約をした精霊と違ってね。でも、このエーライカーを使えばまったく戦況が変わってくる。それは僕も精霊達と同様に自分の限界以上の力を出せるからだ」
つまりは契約者は精霊と違ってエレメンタルアップや完全契約での戦闘能力を向上させる事が今までは出来なかった。だから昇もフレトもそういった能力を無しに、自分自身の戦闘能力だけで戦ってきた。
だがエーライカー状態の昇は違う。シエラ達と同様にエレメンタルアップが掛かっている状態だ。一方のフレトはそんな能力は持っていない。
そうフレト達の弱点とはフレト自身がエレメンタルアップや完全契約のような自身の戦闘能力を上げる術を持っていない事だ。
「これで僕も完全契約をした精霊と対等に戦うことが出来る。けど君は違う、そのままの状態で完全契約した精霊やエレメンタルアップが掛かっている精霊を相手にする事が出来ない。なにしろ君には何の能力も掛かってないからだ」
そんな昇の言葉にフレトは奥歯を強く噛み締めた。
確かにあいつの言うとおりだ。戦闘能力が上がったあいつと俺とでは差が出すぎている。このままでは勝負にならない。そんな事を考えるフレトだが、その思考は決して負けを認める気にはならなかった。
だからと言って俺は負ける訳にはいかない。そう、セリスの為に! そんな決意を堅くするフレトの頭にセリスの顔が過ぎる。笑顔……そう、笑顔であって欲しい人の、大切な人の存在がフレトに戦う力を与えた。
「確かにお前の言うとおりだ。だがな……まだ決着が付いたわけでは無いぞ!」
フレトは叫ぶなり、すぐに風を操って昇にぶつけようとするが、昇はまったくその場から動く事はしなかった。それどころか紫黒すら構えようとはしなく、ただ呟くように口にすると力を発動させる。
「エレメントインバリス」
昇は瞬時に紫黒の銃口を向かってくる風の塊に向けると光り輝く閃光を打ち出した。そして次の瞬間にはフレトの放った風は全て消されていた。
「なっ!」
さすがに驚きを隠せないフレト。まさかこんな事になるとは思っていなかったのだろう。だからと言ってこのまま引き下がる気の無いフレトは次なる大技に取り掛かる。
「雷の蛇、その大牙を持って敵を噛み砕け!」
マスターロッドの先端から雷が飛び出すと、それはすぐに蛇の形となり、昇に向かって大きく口を開ける。
そんな蛇に向かって紫黒を構えると昇は再び引き金を引き絞る。銃口から飛び出した閃光は雷の蛇と接触した瞬間に、またしても雷の蛇を消し去ってしまった。
「ぐっ」
さすがに言葉の出ないフレト。そう、昇はフレトの攻撃を相殺したのではない、消し去ってしまったのだ。それが示している事はフレトの攻撃は全て昇に効かないということだ。
相殺するのなら幾らでも手が打てるだろう。けれども相手の攻撃を消し去ってしまうなんていう技を使われると、どう対処してよいのかフレトにも迷いが生じていた。
さすがに次の攻撃に出れないフレト。このまま攻撃を続けても全て消し去られてしまうのは明らかだ。そんなフレトに昇は話しかけてきた。
「今の僕にはどんな属性も効かない。だから……もう終わりにしよう。ここで降伏してくれれば悪いようにはしないよ」
そんな言葉を掛けてくる昇に対してフレトはマスターロッドを強く握り締めた。まるで敵の情けを受けているようで、ここで降伏するなどフレトのプライドが許さないのだろう。
そんな事が出来るか。俺が……ここで負けを認めろだと。そんな事をしたらセリスは、セリスが救えなくなってしまうじゃないか。それだけは、それだけは絶対に出来ない。いや、してはいけないんだ。
それどころかフレトに火をつけてしまったみたいで、逆にフレトは冷静さを取り戻し、昇の言葉について考えると一つの結論に達した。
「ならば……これならどうだ!」
再びマスターロッドを昇に向けるフレト。そして呪文の詠唱に入る。
「力の塊よ、その弾丸を持って敵を射抜け!」
マスターロッドの先端から弾丸というより大砲の弾に似ている力が打ち出された。昇はすぐに先程の閃光を打ち出すが、今度は消し去る事が出来ず。大砲の弾丸はそのまま昇に直撃した。
そして大きな爆発を引き起こすと爆煙が上がる。フレトはその爆煙に叫ぶかのように口を開いた。
「俺もお前の弱点を教えてやろう。それは、喋りすぎる事だ。自分自身の事をそこまで喋れば自分の弱点をさらけ出しているのと同じだろ」
「それは違うよ」
すぐ横から聞こえてきた昇の声にフレトは驚愕の表情でそちらを向くと、昇はすぐ傍まで迫っており、片足を軸に蹴りの体勢に入っていた。
予想の範囲を思いっきり超えている、この状況にフレトはまったく動く事が出来ずに昇の蹴りをそのまま喰らってしまった。
蹴り飛ばされて地面を転がるようにして止まったフレトは顔だけを上げて、なんとか昇の姿を捉える。けれども昇の姿を見て更に驚く事になる。
あれだけの爆発だというのに昇はまったくの無傷だ。そんな昇がフレトに語りかけてきた。
「これは弱点じゃない、余裕だよ。その証拠に僕は君の攻撃に対して無傷だ。君がエレメントインバリスの効果に気付いていた事は分っていたからね」
そう、全ては昇が仕組んだ事だ。
順を追って説明していくとエレメントインバリスとは敵の属性攻撃を無効化する。属性防御の弾丸だ。だから風の属性を有しているフレトの攻撃や呪文の詠唱で作り出した雷の属性も全てエレメントインバリスの効果によって消し去られてしまう。それがエレメントインバリスだ。
そんなエレメントインバリスの効果を悟ったフレトは昇がやったのと同様に無属性の力をぶつけたのだが、昇のエレメントジャケットである八咫烏により防がれてしまった。
そして爆発の中を一瞬にして脱出した昇はそのままフレトの横に回りこんだということだ。
更にフレトのエレメンタルジャケットであるウィンドウマントには物理攻撃を逸らす効果があるのだが、エーライカー状態の昇が放った攻撃はそんなウィンドウマントの効果を突き破ってフレトに攻撃を加えることが出来た。
それだけエーライカー状態の昇が有している戦闘能力が向上したという事だ。
「これで分っただろ、君は僕には敵わない。もう勝負は付いているんだ、僕がエーライカーを発動させた瞬間に」
そんな昇の言葉にフレトは奥歯を強く噛み締めるとマスターロッドに寄りかかりながらも立ち上がった。そして再びマスターロッドを昇に向ける。
「確かにお前の言う通りかもしれないな。だがな、ただそれだけで負けを認めるわけにはいかないんだよ! こっちにも守らなければいけない者が、大切な存在が掛かっているんだからな!」
「けど僕の力は分かっているはずだ、君には」
「黙れ! そんな事は関係ない! 俺はこの戦いに勝ってセリスを救ってみせる、いや、救わなければいけないんだ! だから俺は……この戦いに勝って精霊王の力を手に入れる」
……それが他倒自立の理か。昇はそんな事を思った。
閃華が昇に教えた他倒自立の理。それはまさにフレトが言葉にした、そのものではないかと昇は感じたようだ。
他者を倒して自分がその上に立って理想を敵える。フレトがやろうとしている事はまさにそれなのだ。
ならば昇はどうなのか、昇は自分自身に問い掛けてみるが出てくる答えは一つだった。
「なら……君を倒してこの戦いに決着を付ける!」
「望むところだ!」
フレトは大きく後ろに跳ぶと昇と大きく距離を開ける。どうやらかなりの大技を出そうとしているのだろう。昇もそんなフレトに対抗するかのように紫黒に力を溜めていく。
それからフレトは詠唱に入った。
「かの地にある全ての大気よ、その流れを我が元へ、その流れを渦と成して我が元へ集らん。大気の渦と化しき全ての風よ。その力を持って我が敵を葬れ」
詠唱が終わるとフレトを中心に巨大な竜巻が生まれつつあった。どうやらあれをぶつけてくる気になのだろうと昇は考えてた。
それにしても大きすぎるな。巨大な竜巻を見て昇はそんな事を考えながら紫黒をフレトに向けるのだった。
ここで撃ってもあの竜巻を打ち破れるか分らないな……だったら、相手が撃ってきた瞬間にそれ以上の力をぶつけて打ち破るしかないか。昇はそう考えると力を溜めながら照準しっかりと合わせる。
フレトは詠唱が終わると更に風を操って竜巻を圧縮させて行った。風の属性に更に呪文で風の属性を上乗せしたのだ。その威力は倍どころか数十倍に膨れ上がっている。
風の属性を倍加させる、これこそがフレトの奥の手なのだろう。
そしてフレトはマスターロッドを頭上に上げると巨大な竜巻は一気に圧縮されてフレトの周りだけに絞られるが長さは天を突くほどに長い。そんな竜巻が一気に上昇するとフレトはマスターロッドを昇に向けた。
「ハリケーンバスターッ!」
上空から一気に落ちてきた竜巻は地面すれすれで急転回すると昇に向かってきた。
そんなフレトの攻撃に昇も二丁拳銃である紫黒を並べて引き金を一気に引き絞る。
「ヘブンズブレイカーッ!」
銃口の先に光り輝く光球が生まれるとそこから圧縮された力が一気に撃ち放たれる。
そんな訳でお送りしましたエレメの九十五話ですが、如何でしたでしょうか。
いや~、とうとう昇も奥の手を出してきましたね。その名をエーライカー。というか……かなり卑怯って言えば卑怯だよね。このエーライカーって。
けどまあ……エレメンタルアップだって完全契約だって似たような物だからいいか。というのが私の結論ですね。
さてさて、これで他倒自立編も残り数話ほどとなってきました。そろそろ次の話を考えないといけないのですが……これがまったく出来てない……てへっ。
いやね、粗方の設定は出来てるんだけどプロットが上がらなくって、それでまったく話しが出来ていない状態です。
ん~、だから更新も結構遅れ気味になると思いますので、その辺はご容赦ください。
ではでは、言い訳が終わったところでそろそろ締めますね。
ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、最近の不調が風邪の所為だとやっと気付いた葵夢幻でした。