第九十一話 決戦前日
九日目、昇達は学校の校庭にて模擬戦を行っていた。それが今しがた終わったところだ。
模擬戦は二度行われた。まずは昇とシエラとミリアが組み。二度目では昇と琴未と閃華が組んで行われる事になった。これも全て与凪に開発を任せた新システムのテストを兼ねての模擬戦でもあったからこのような組み合わせで行われる事になった。
それが終わると皆がいつもの生徒指導室に集って、現在では休憩を兼ねてお茶会となっている。
「それにしても凄いわね、そのシステム」
琴未が言っているのは先程の模擬戦で試した新システムの事だろう。そのシステムを肌で感じて正直な感想を口にした。どうやらあんな事が可能とは琴未とっては予想も出来なかった事だ。
「それはそうですよ、私の全てを出し切って作り出しましたからね」
少しだけ自慢げに言う与凪はどこか嬉しそうだった。やはり自分が作り出した物で満足させられたのが嬉しいのだろう。
「うむ、確かにこれなら完全契約にも対抗できるじゃろう……じゃがのう」
そう言って閃華は昇に視線を向けると皆の視線も自然と昇に集まった。
「大丈夫だよ、絶対にちゃんと使いこなしてみせるから」
「……そうじゃな」
閃華はそれ以上の事は言わなかった。それは昇を絶対的に信頼しているのと同じで、それはシエラ達も同じだった。だからこそ、ここは昇を信用してこれ以上は不安になりそうな事を口にするのを控えた。
「そういえば、これは何て名前なの?」
いきなりそんな事を言い出したミリア。確かにいつまでも新システムとかでは言い辛いのだろう。だからこそ、システムの名前などという話題を持ち出してきた。
その話しが出てきた事で与凪は立ち上がると胸を張って答える。
「それはもう決まってますよ。このシステムの名前は……ストケシアシステムです」
はっきりとシステム名を口にする与凪。けれどもミリアからは予想外の反応が返ってきた。
「ストケ……何?」
どうやら一回では覚えることが出来なかったようだ。だからもう一度尋ねてきたミリアに与凪はがっかりと肩を落とした。与凪としてはもう少し驚きのリアクションを期待してたのだろう。
そんな与凪の代わりにシエラが口を開いた。
「ストケシアシステム。私は良く知らないけど、ストケシアは花の名前だと思った」
「さすがシエラさん、良くご存知ですね」
どうやらシエラの言った事は正解だったらしい。それから与凪はストケシアについての説明に入った。
「ストケシアはキク科の多年草でして、花言葉は『清らかな乙女』『清楚な娘』です。つまり清らかで滝下君に対しては清楚な皆さんにはお似合いの花言葉だと思って、そんな名前にしてみました」
自分達で言ったら自画自賛な言葉を平然と口にする与凪。
確かにシエラ達は昇に対してだけは清楚で清らかかもしれない。そんな昇の元で戦うシエラ達を花に例えるなら、ということで与凪はそんな名前を付けたらしい。
けれども確かに昇から見たらシエラ達はその言葉にぴったりかもしれない。昇の元で不純な心無く昇の為に戦う乙女。その心意気は清楚で猛々しくもある。もしかしたら与凪はそんなシエラ達の姿を見て、そんな名前にしたのかもしれない。
与凪はそこまでは語らなかったが、システムの名前に込めた与凪の想いはそうなのではないかと昇は思った。
「さて、これからじゃが」
丁度話の節目で閃華が話題を切り替えてきた。
「決戦は明日じゃが、皆はそれまでどうするつもりじゃ?」
「私達は今までどおりにゆっくりと休ませてもらいますよ~」
「……そうか」
「もう少し驚いてください~」
いきなり現れたラクトリーに閃華は何事も無かったようにリアクションする。それがよほど不満だったのだろう。ラクトリーは拗ねるように頬を膨らませる。そんな仕草を見てると確かにミリアの師匠だと昇は改めて思う。
「えっと、ラクトリーさんがどうしてここに? というかどうやってこの場所を発見したんですか?」
確かにこの学校は与凪の属性と結界で発見できないようにしてある。それなのにラクトリーはいとも簡単にこの場所に侵入してきた。つまりは以前からこの場所を突き止めていたのかもしれない。
昇の疑問にラクトリーはいつの間にか自分のティーカップに紅茶を入れて喉を潤すと、昇の疑問に答える。
「それは前からこの辺には目を付けてたんですよ。以前も言ったと思いますが、地の属性は登録した精霊反応を追う事が出来るんです。先日もそうやってお宅にお邪魔させていただきましたよね」
「ええ、まあ、確かに」
ラクトリーに言われてやっと昇は思い出した。ラクトリーはいつでもミリアが何処にいるのか監視できると言う事を。
それを使って何かしらの手段を講じてくるとも昇は考えたが、それをさせない為の宣戦布告だ。だから次に会うのは戦場だと思っていたが、まさかこんな場所にまで現れるとは思ってもいなかった。
けれども、この学校は与凪の属性で地の属性を使ってもミリアを追いきれないはずだ。だからラクトリーですらもそう簡単には発見できなかった。
だがここ数日ミリアの反応が同じ場所で消えているので、今日はその周辺を探っていたらしい。それでこの学校を見つけ出したのだろう。
「本当に苦労しました。まさか霧の属性で隠されてるなんて思いもよらなくて。それでつい先程学校に足を踏み入れたら運良く結界がありまして、それで結界内からミリアの反応が出たので着たんですよ」
つまりつい先程、結界内に足を踏み入れたラクトリーは霧の属性で隠されている学校の範囲内に入ったため、霧の属性の効果が消えてミリアを発見する事が出来たらしい。
確かに霧の属性は外からの発見はかなり難しいが、一度突破してしまえばもう効果をもたらさない。もちろん、もう一度出れば同じ効果を発揮するが相手が場所を覚えてしまえば意味は無い。
それでここにミリアが居る事を確認したラクトリーはいつもの生徒指導室に来たと言う訳だ。
「それでラクトリーさんはどうしてここに?」
昇が尋ねるとラクトリーは微笑を返してきた。どうやら昇に何かを答えさせたいらしいが、昇には何のことかまったく分らなかった。
そんな昇にラクトリーは溜息を付くと説明を開始した。
「時間ですよ、時間~。戦闘開始時間をまだ決めてなかったじゃないですか。それが分らないと何時頃に行けば良いのか分りませんよ~」
「あっ、そうだった」
ラクトリーの答えに昇は間の抜けた声で返事を返した。さすがにあの時は緊張していた所為か、そこまで決めていなかった。
そんな昇に与凪は辛うじて聞こえるように呟いた。
「滝下君……カッコ悪い」
へっ?
そんな与凪の言葉に続くかのように閃華も呟く。
「まったく、もう少ししっかりしてもらいたいものじゃな」
ぐっ、閃華まで……というか、すいませんでした!
「慣れない事をしたから緊張しすぎたのでは」
あの~、シエラさんまで言いますか。でも反論出来ない言葉は投げ掛けないでくださいな!
「まあ、昇だからね~」
呆れたように溜息を付かないでください琴未さん!
「や~い、昇のうっかり者~」
ミリアさんあなたまで言いますか。というかミリアは言わない方が良かったと思うよ。
昇がそんな事を思ったのはミリアの後ろに立っているラクトリーを見たからだ。もちろん片手にはお仕置き用のスリッパを持っている。そして思いっきりミリアの頭を引っ叩くのだった。
かなり思いっきり叩いたのだろう。ミリアの頭はテーブルにまで達して思いっきりぶつける事になってしまった。
それからラクトリーはすぐさまミリアの首根っこを引っ掴むと引っ張り上げて顔を自分の方へと向かせた。
「ミリア~、あなたがそんな事を言えると思っているのですか」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、お師匠様~、顔が近いです、顔が~」
ラクトリーの顔は微笑んでいるが明らかに黒いオーラは誰の目にも見えているだろう。それぐらいの雰囲気でラクトリーはミリアに迫る。
「うっかりしているのはあなたも同じですよね~、なにしろ誰が呼んだか分らない召喚陣に飛び込むぐらいですから」
「だからあれはしかたないというか~、もう許してくださ~い」
とうとう泣き出したミリアをラクトリーはやっと解放した。けれどもその場で手を離しただけだから、ミリアは思いっきり尻餅を付く事になってしまった。
お尻を撫でながらラクトリーとは遠い位置に移動するミリアにラクトリーは平然と先程まで居た位置に座ると、もう一口紅茶を頂くのだった。
「それでは明日の夜、午後八時で構いませんね」
ラクトリーはそう確認すると昇は頷いて見せた。昇達もその時間に異論は無かった。
なぜ夜になったかというと、やはりそこには精霊王の力が関係してくるからだ。もし昇達が負けた場合はその場で精霊王の封印を解除しなくてはいけない。
そして昇達が勝った場合には、その場でフレト達に昇の未来を実現させるための手続きをさせなければ行けない。
精霊王の封印場所が中央公園の為、どうしても人が少なくなる夜に決戦をした方が良いという結論に達する事になったようだ。
精界を張るにしても目立ってしまっては意味が無い。それどころか騒ぎになってしまうだろう。なにしろ現実から見れば昇達が消えたように見えてしまうのだから。
だからこそ人通りが無くなる夜に決戦をする事に決まった。
ラクトリーは紅茶で喉を潤すと少し優しげに微笑みながら昇に向かって次の提案を出してきた。
「もし、他にルールのような物が必要なら今のうちに言ってください」
つまり他になにか規制を設けるなら先に言ってくれということだろう。そう解釈した昇は堂々と答えた。
「これはスポーツではなく戦いです。戦いにルールも卑怯も無い。ただ勝った者が全てを手に入れる事が出来る。僕はこの他倒自立の理を持ってあなた達と戦います」
そんな昇の答えにラクトリーはティーカップを置くと軽く笑い出した。
「ごめんなさいね、あなたを試すような事をして」
どうやら昇はラクトリーに試されていたようだ。本当にフレトと戦う資格を持っているのかを。昇もその事を理解していたからこそ、あそこまで堂々と答えた。そうしないとラクトリーに認めてはもらえなかっただろう。
今回の戦いはスポーツではなく戦争と言ってもいい。そんな勝負に卑怯も策略も正当化される。そんな場所にスポーツのようにルールを持ち出すなど腑抜けや腰抜けなどの負け犬と同じだ。
そんなルールを好んで持ち込むような輩ならフレト達の相手にもならないだろう。ラクトリーはちゃんと昇達が自分達と戦えるのかを試したのだ。
今更そのような事をする必要も無かったのだが、やはり確認しておきたかったのだろ。ミリアの師匠として昇が仕えるに価する契約者かどうかを。
「さて、それじゃあそろそろ私は失礼させて頂きますね」
「そうじゃな、どうやら本当にその事を尋ねてきただけのようじゃからな」
「あらあら、まあ疑われてもしかたないですね。けど分ってもらえたなら充分です」
この場所を探り当てたという事は偵察も兼ねているのではないのかと疑ったのだが、閃華とて学校に張り巡らせている結界に何の仕掛けもしていない訳じゃない。昇達以外の者が結界内に侵入すれば分るようにしてある。
だから閃華と与凪はラクトリーが侵入してきた事に気付いていた。それから真っ直ぐにこの生徒指導室に来た事も監視していたのだ。
何にしてもラクトリーに先程の模擬戦を見られなくて一安心と言ったところだろう。ラクトリーとしても下手な嫌疑を掛けられなくて安心した事だろう。下手に偵察に来たと言われてはラクトリーとしても心外だ。
けれどもそうでない事が証明されたので両方で安心と納得が行く結果が出てくれた。それで何事にも発展しなかった事に昇は胸を撫で下ろすのだった。
「それじゃあ、こういうのも変ですけど。フレトさんによろしくお伝えください」
「そのお心遣いには感謝いたします。それでは」
それを最後にラクトリーは生徒指導室を後にした。その後も与凪はラクトリーの監視をしていたのだが、ラクトリーは真っ直ぐと学校を出て行ってしまった。
どうやら本当にその事だけを尋ねに着ただけなのだが、どうもラクトリーは掴み所が無いといういか、素直に信じられない所を持っているのだろう。
それはもちろんラクトリーを敵にした場合だ。もし味方なら全てが笑って過ごせるだろう、それがラクトリーの長所であり短所なのかもしれない。
なんにしても突然の来訪者は去っていった。後は昇達がどう過ごすかだが、明日の決戦に備えて今日はもう休む事を閃華は提案してきた。
確かにここで無理をして体力を消耗するより、今は万全の状態を作り上げる方が優先されるべきだろう。
そんな閃華の意見に反論する者は居なかった。
与凪が新たに作り上げたストケシアシステム。それだけでは無い。各自に特訓してきたのだから準備はすでに出来ている。それはもちろん昇だってそうだ……と言いたいところだが。昇の特訓だけは最後まで上手くは行かなかった。
どうやら相当難しい特訓をしていたようで、さすがに十日で物にするには至らなかったようだ。
けれども今はそんな事を嘆いていてもしかたない。ストケシアシステムだけでもかなりの戦力アップが図れるのだから、それ以外の手段が無くても乗り越えて見せなければいけない。
昇が作ろうとしている未来の為に。
それから昇達は与凪を残して帰路に着いた。こうして皆が揃って帰るのも久しぶりだと感じながら昇は歩いていた。
そんな帰り道で琴未は身体を大きく伸ばすとこんな事を言い始めた。
「長かったのか、短かったのか良く分からない日々だったわね」
「琴未、まだ全てが終わったわけでは無いぞ。これからが本番じゃ」
そう言われても琴未は微笑を絶やす事無く話を続ける。
「それは分ってるわよ。けどね、こうやって特訓してきた日々も結構楽しかったんじゃないかなとか思ってね」
確かに辛い事しかなかった特訓の日々だったかもしれないが、琴未は琴未なりに特訓を楽しんでいたのではないか、それは他の皆も同じなのかなと昇は皆の顔を見回してみると琴未と同じように少し微笑んでいる。どうやら心境は琴未と一緒のようだ。
「まあ、祭りの準備が一番楽しいというしのう。それはそれでよい事なんじゃろう」
そんな閃華の言葉をシエラは否定と肯定をする。
「祭りじゃないけど、戦いに向けて特訓した日々は……確かに楽しかったのかもしれない」
「そうだね……うん、そうかもしれない。けど、明日の戦いには絶対に勝たないと今までの特訓して来た意味が無いから。だから明日は頑張ろう」
そんな励ましの言葉を掛ける昇にシエラは昇の手を取って、しっかりと握り締める。
「私は昇の剣になる、だから明日は思う存分私を振るって。そうすれば必ず勝てる」
「ありがとうシエラ」
そんな言葉を昇に掛けるシエラに続かんとばかりにミリアも片手を大きく上に上げて宣言する。
「なら私は皆を守る盾になるよ。お師匠様にも負けない盾になるから、私が皆を守ってあげるよ」
元気良くそんな言葉を口にしたミリア。そんなミリアとは正反対に琴未は真剣な眼差しで昇に告げる。
「一度は負けた。けど……今度は絶対に負けないから、だから私と昇とでしっかりと勝利を手にしよ」
そんな言葉を掛けてきた琴未に昇は頷いて見せるが、すぐにシエラが琴未の背中に蹴りを入れて蹴り飛ばしてしまった。
だが琴未はそれを予想していたのか、上手く空中で一回転すると見事に着地してみせた。
「痛っいわね~。いきなり何するのよ」
「さりげなく私達の事を無視するから、その仕返し」
「シエラだってさりげなく昇の手を取ってたじゃない。私の言葉はその仕返しよ」
えっと、これはいつものパターンですか?
そんな事を思う昇。確かにシエラと琴未の争いが始まれば当分は収まる事は無いだろう。下手をしたらミリアまで参戦して発展してしまう。
だからとりあえずミリアだけでも確保しておこうと思った昇はミリアの手を取ろうとしたが、一足遅くミリアはシエラと琴未に向かって走り出してしまった。
「なら私は二人に奇襲だ~」
そんな言葉を掛けながら二人に拳を繰り出すミリアだが、二人ともそんなミリアの攻撃をまんまと喰らうわけが無い。見事にかわして見せた。
「突然邪魔するんじゃないわよ」
「その程度で昇が手に入ると思ったら大間違い」
「ならこれならどうだ~」
すでにいつもの喧嘩同様の戯れになってきている。傍目に見たら喧嘩に見えるだろうが、三人とも戦闘能力は人間より遥かに上である。だからこの程度の事は喧嘩とは言わないだろう。
そんな様子をいつものように安全地帯から見守る昇。当然閃華も昇の隣に避難している。
「この程度で私を倒せると思ったら大間違いよ」
「そんなフェイントに引っ掛かるわけが無い」
「まだまだこれからだ~」
あ~、こうなると収まるまで時間が掛かるな~。そんな事を思った昇は隣に居る閃華に語り掛ける。だが閃華は既に昇が何を言おうとしているのか分っているようで、心配以来無い事を告げた。
「大丈夫じゃ、すでに簡易的な結界は張ってある。だから近所迷惑にはならんじゃろ」
「そっか、それならいいけど」
いつもの騒ぎに慣れているのだろう。閃華はすでにそのような手段で三人の戯れを近所迷惑にならないようにしていた。
そんな事をしていた閃華は三人を見守りながら、少し真剣な口調で昇に尋ねてきた。
「のう、昇」
「んっ、何?」
昇は閃華の方に視線を向けるが閃華は視線を交じ合わせようとしない。そのまま顔を動かさずに聞いてきた。
「今回はあまり悩まなかったようじゃな。海に行っていた時は随分と悩んだようじゃが。まさか今回はこんなにも早く結論を出すとは思っていなかったんじゃが」
どうやら閃華は昇があまり悩まずに結論を出した事に不思議さを感じていたようだ。確かに昇の描いている未来なら誰かが不幸になる事は無いのかもしれない。けれども、それは充分に悩んで出した結論だからこそありえることで、こんなに簡単に結論を出されると逆に不安になったのかもしれない。
だからこそ、そんな質問をしてきたのだろう。
そんな閃華の質問に昇は軽く微笑むと再び三人に視線を向けて答え始めた。
「風鏡さんの時は本当にどうすれば良いのか分らなかったけど、その時に分った事が一つだけある。皆が何かと戦ってるんだなって。それは敵と戦う事じゃない、自分の心だったり、過去の因縁だったり、皆がいろいろな物と戦ってるんだなって思ったんだ」
「なるほどのう、確かにそうかもしれんのう」
戦うという事は武力を用いて敵を倒すことじゃない。自分の心や過去と向き合って乗り越えるのも戦うといえるだろう。それだけではなく、目の前に何かしらの障害があるなら、それを乗り越えようとするのも戦いだ。
戦うというのは現在でも続いてる人が成長するための儀式なのかもしれない。
そんな中で昇は何かを掴んだのだろう。
「だから閃華が他倒自立の理を教えてもらった時に分ったんだ。今回のやるべき事を、しなければいけない事を……僕が作りたい未来を」
「……」
「本心を言えば戦いは避けたい。でも……戦う事が必要ならためらう必要なんて無い。だから迷う事なんて無かったんだよ。戦う事が唯一の方法なら、僕はためらわずに戦う事が出来る」
「……そうか」
閃華はそれだけしか答えなかった。いや、答える必要が無かった。閃華も昇と共に戦う事を心に誓った。それは琴未の為であり、その先に昇が居る。だから昇のためになる事は琴未のためになる。そう判断したからこそ、閃華は昇にヒントを与え続けていたが、それももう必要ないのかもしれない。そんな事を閃華は思っていた。
「それはそうと、そろそろ止めた方が良いんじゃないかな?」
昇はシエラ達を指差しながら、そんな事を言い出した。
確かに戯れ始めてからかなりの時間が経っている。だから昇としてはそろそろ止めて家に帰りたいのだろう。
そんな昇に閃華はとんでも無い事を言い出した。
「なら精界を張って一撃をお見舞いするか?」
「お願いですから穏便な方法でお願いします」
「そうか、それならしかたないのう」
閃華はそういうと昇の後ろに周ると背中に両手を押し当てた。
「なら昇自身が仲裁に入るのが一番じゃろ」
あの~、閃華さん、それは僕に生贄になれと?
そう閃華に確かめる暇も無く、昇は押し出されると三人が戯れている中心に向かって一気に押し飛ばされた。
そんな事に気付く事無く戯れている三人は更にヒートアップするのだった。
「乾坤一擲!」
「一撃必倒!」
「全滅必至!」
琴未、シエラ、ミリアの順で最大限の攻撃を繰り出す。その一撃はそれぞれの属性が込められており、かなりの威力を持っているのは確かだ。
そんな中に飛び込まされた昇は三人の攻撃をまともに受けると、そのまま上に跳ね飛ばされて地面に叩きつけられるのだった。
あ~、やっぱりこうなるんですね。
そんな事を思ったのを最後に昇の意識は沈んで行くのだった。
昇が気付くのを待ってから再び帰路に着く昇達。家に着くと珍しく彩香が夕飯を作ってくれていた。どうやら昇達の帰りが遅いから自分でやったようだ。
彩香もシエラ達が来る前までは普通に主婦をしていたのだから、これぐらいは出来て当然だが、今夜の料理はやけに豪華に感じたのは昇だけじゃなかった。
その理由を彩香に尋ねようとした昇だが止めた。それは聞かなくても分る事かもしれないと思ったからだ。
確かに昇は何も彩香に告げてはいない。けれども彩香が何も知らないとは限らない。もしかしたら誰かが全部話したのかもしれない。だから明日の事も知っており、このような豪華な夕飯を用意したのかもしれない。
全ては推測だが、昇はその推測が当たっていると思っている。伊達に親子を長い間やっている訳ではない。彩香が昇の事を分っているように、昇も彩香の事を分っているつもりだ。
だからこそ何も言わないでおこうと思った。いつか自分の口から全てを話すときが来る。もしかしたら彩香から話を聞かされる時がくるかも知れない。どちらにしても今はその時では無いと思ったのは確かだ。
だからこそ昇は何も聞かずに夕食の席に付くのだった。
その頃のフレト達はすでに夕食を済ませていた。
フレトはその後で本国にいるセリスへと電話を掛けた。これも毎日行っている事で一回も欠かしたことは無い。
この時間帯が両者にとって最も話しが出来る時間帯なのだろう。
そして話が終わるとフレトは電話を切ってラクトリーを呼んだ。
「お呼びですか~?」
呑気な声でフレトの部屋に入ってくるラクトリー。そんなラクトリーにフレトは窓の外を見ながら話し始めた。
「明日で精霊王の力が手に入る。セリスがこちらに来る準備だけはしておいてくれ」
「マスター、こういうのもなんですが」
「分っている。まだ俺達が勝った訳じゃない。だが……絶対に負けない。だから勝った時の為に準備だけはしておいてくれ」
そんなフレトの言葉を聞くとラクトリーは静かに頭を下げた。そんな時だった。咲耶が丁度紅茶を用意して来訪してきたのは。
フレトは丁度良いと半蔵とレットも呼び寄せて全員を部屋に集めさせた。それぞれにテーブルに付かせて咲耶はしっかりと全員分の紅茶を出してから席に着くとフレトは全員を見回して宣言する。
「明日は絶対に勝つぞ。セリスの為に、そう、全てはセリスの病を治すために必ず勝たないといけない。だから……力を貸して欲しい」
そんなフレトの言葉に真っ先に反応を返してきたのは半蔵だった。
「御意、全ては若様の為に」
「明日は絶対に勝ちますよ~」
ラクトリーも呑気な口調の中に少しだけ真剣なスパイスを入れてそう宣言した。そんな半蔵とラクトリーに続かんとばかりにレットも宣言する。
「お任せくださいフレト様」
「全てはお二方様の為に全力を尽くします。我ら一同、主様の為に」
最後に咲耶が締めるとフレトは満足したように頷いた。それほどまでにフレト達の絆も強いものなのだろう。
そんなフレト達に昇はどう対抗するのか、全ては明日の夜に答えが出る。そう、全ての決着は明日の……夜。
そんな訳で他倒自立編も佳境に入ってきましたね。これか昇とフレトは精霊王の力を賭けて戦う事になります。いよいよ他倒自立編のラストバトルですね。
今回はいろいろとシリアスな場面が多かったですが……というか、実は次に考えてるのはもっと重い話だったりして。まあ……その辺は他倒自立編が終わってからの話しですね。
さてさて、今回出てきたストケシアシステムですが……言い辛い。けど、実は凄いシステムだったりして……うん、たぶんね。まあ、その真価を発揮するのは後数話先かもしれませんね。
なんにしても、次からは一気に盛り上げて行きたい所です。なにしろ一番盛り上がるところですからね~。
ではでは、この辺で締めさせてもらいますね。ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、今月は更新ペースを上げすぎたなとか思った葵夢幻でした。