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エレメンタルロードテナー  作者: 葵 嵐雪
他倒自立編
90/166

第九十話 フレト達のある一日

 この辺りでは珍しい高級ホテルの一室でフレトは国際電話を掛けていた。

「ああ、分ってるさ。お前こそ身体には気をつけろよ……分ってる。俺は大丈夫だ……うん……ああ。じゃあな、充分に身体には気をつけるんだぞ。……ああ、またなセリス」

 電話を切ると丁度良く咲耶が紅茶を持って来た。

「妹様は如何でしたか?」

「今のところは大丈夫だ。病の進行が遅い事だけが不幸中の幸いだったな」

 そう言いながらフレトは電話の隣に置いた写真立てに目を向けた。クリーム色でウェーブの掛かった髪の長い少女が車椅子に乗りながら微笑を浮かべている写真だ。

 この写真の人物こそがセリスだ。

 写真の微笑みにフレトの顔も自然と微笑みに変わってる。たとえ傍に居なくとも、こうして写真だけでも姿を確認できればそれだけで不安を消し飛ばして安心することが出来るのだろう。

「主様」

 咲耶が呼びかけるとフレトは写真立てから離れるとテーブルに付いて咲耶の入れた紅茶を堪能する。

「残り六日か、さすがにそれだけの時間があると暇だな」

 昇がフレトを尋ねてから、すでに四日が経過している。昇達はフレト達に勝つために特訓をしているが、完全契約をしているフレト達には絶対の自信があるのか、まったく特訓しようとはしなかった。

 理由はそれだけでは無い。なにしろ精霊王の力だ。何が待っているかは分らない。だからフレト達は必要と思われる特訓は既に本国で済ましてから来日した。だからこそ、今はこうして暇を持て余しているのだ。

 確かに昇達のように特訓や準備をしても構わないのだが、なにしろ土地勘が無い。こんな状態で下手に動いて余計な騒動を巻き起こしても面倒な事になるだけだ。それなら大人しくしてようとしていたのだが、やはり十日もの時間はフレト達を暇にさせるだけだった。

 なんとか三日だけは外出は控えたものの、さすがに四日目になると相当暇になって来るようだ。

「それなら観光に行きましょうよ~」

 いきなりそんな言葉が聞こえるとフレトは視線を上げて反対側に座っている人物に目を向ける。そこには既に紅茶を口にしているラクトリーの姿があった。

「いつも思うんだが、お前はノックというものを知らないのか」

「あらあら、ちゃんとしましたよ、ノック。しかも内側から」

「そうか、それならいいが」

「いや、よくは無いでしょう」

 部屋の入口からそんな言葉が聞こえてくるとレットと半蔵がそこに立っていた。レットはそのままラクトリーの隣に座ると咲耶はレットにも紅茶を差し出した。そして半蔵はというとフレトの後ろに立つだけで、咲耶の紅茶も断った。どうやら紅茶は口には合わないようだ。

 そんな位置取りがいつものフレト達のなのだろう。咲耶も紅茶を入れ終わると席に着き、落ち着いたティータイムが始まると思われたのだが、ラクトリーは先程の話をまだ続けてきた。

「この際ですから皆で観光に行きましょうよ。この辺もいろいろとあるみたいですし、見て周るだけでも面白いですよ~」

「まあ、そうかもしれんな」

 そんな事を言い出したフレトにレットは反論しようとするが、フレトは片手を差し出してレットの言葉を止めたのだった。

「レットの言いたい事も分る。だが約束は十日後だ。たとえ遭遇したとしてもその約束がある限りあちらも手が出せんだろうし、もし約束を囮にしての奇襲だとしてもこの前の戦いで、こちらの戦力が上だと言う事も分っているはずだ。それなのに、そんな手で攻めて来るとなるとそれだけの相手だったという事だけだ」

「いや、まあ、その通りかもしれませんけど」

 レットとしては昇達との遭遇を危惧したのだがフレトはそれを完全に否定してしまった。しかもしっかりと理論付けて。

 つまり、決戦は十日後と約束したからには例え出くわしても戦いに発展する事は無いだろう。その理由として昇から十日後と指定してきてるからだ。つまりフレト達に勝とうとするにはそれだけの時間が必要だという事だ。

 それなのに偶然の出会いから戦闘を挑もうとは思わないだろう。むしろ昇こそ約束を重視して戦闘を避けるはずだ。

 だから例え街中で出会っても戦いに発展する可能性は無いということだ。

 それから約束を理由にして暇を持て余したフレト達が出てくるのを待っての奇襲だとしたら、これもあまり意味は無い。

 なにしろフレト達は完全契約だ。ただ奇襲だけでどうにかできる相手ではない。確かに昇にはエレメンタルアップがあるが、それでも数が同じなだけに昇も戦線に参加させればエレメンタルアップの威力が落ちるのは当然の理だろう。

 それに昇の性格からしてもそのような姑息な手段を取るとは思えない。二度ほど会っただけだがフレトは昇の性格をそう判断している。それにラクトリーも同じような意見を言っているのだから、フレトの判断は間違ってないと確信出来るものとなっていた。

 そんなフレトに説得されたレットは何も言えなくなってしまった。そうなったらすぐにラクトリーは大量の紙をテーブルの上に広げ始めた。

「なんだ、これは?」

 フレトが尋ねるとラクトリーは笑顔で答える。

「この辺りの観光マップと広告類ですよ。やはり行くには下準備をしとかないと」

「いつの間にこんなにも集めたんだ?」

 かなりの量にレットが尋ねるとラクトリーは笑顔で答えた。

「もちろん、このホテルに泊まり始めたときから下準備をしてたのよ~」

「なんで最初っから下準備してるんだ! むしろなんでこんな準備なんてしなくていいわ!」

 さすがにラクトリーの奇行に突っ込むレット。まさかラクトリーが最初から観光をしようとしてたなんて思いもよらなかった事なのだろう。

「まあ、いいじゃないか。何事にも準備は大切だぞ」

「いや、フレト様。言っている事は正しいのですけど、この場合は前提が違うと思います」

 まさかフレトまでそんな事を言い出すとは思ってなかったレットは軽く突っ込むがそれで終わりはしなかった。

「そんな事は無いぞレット、この下準備があったからこそ……充分に観光が楽しめるんじゃないか」

「あなた様も観光する気が満々ですね!」

 どうやらフレトも相当暇を持て余していたようで、ラクトリーの提案に乗ろうとしているようだ。

 ここ三日ほどならず、相手が分からないからにはあまり動かない方が良いとの判断で今まで外出を控えていただけでにうっぷんが溜まっているのだろう。

 けれどもレットは昇を直接的に知らないからには、あまり信用も置けないし、フレトの身を考えれば今はあまり動かない方が良いと思っているのだろう。

 そんなレットは助けを求めるために半蔵に視線を送ると半蔵は頷いて見せた。

 これで安心だろうと思い。レットは紅茶を飲みながら半蔵の動向を見守った。

 そんな半蔵は懐から何かを取り出すとフレトに差し出した。それは風呂敷に包まれており何かは分からないが、半蔵はフレトの前でその包みを解くと中からは拳銃が姿を現した。

「若様、表に出るときは常にお持ちください。自分の身を守る道具はいつでも必要です」

「そうじゃねえだろ!」

 レットは紅茶を噴出すと思わず立ち上がる。

「俺が言いたかったのはフレト様を止めてくれって事で、そんな物を渡せって事じゃねえ! そもそもどっからそんな物を持ってきてるんだ! ここは日本だぞ!」

「我が属性は空、税関など簡単にすり抜けられる」

「そんな問題じゃねえ! というかすり抜けるなよ!」

 確かにそんな事をすれば大問題だろう。けれどもフレトは意外な行動に出る。

「ああ、確かにそれもそうだな」

 そう言いながら半蔵が差し出した拳銃を手に取ろうとする。

「取ってはダメ───っ!」

 すかさずレットが突っ込むがフレトの手は拳銃を通り越して紅茶のカップを手に取る事になった。

「さすがに冗談だ。ここがどんな国なぐらい知っている。だからそんなに心配するな」

 その言葉に半蔵も拳銃を仕舞い。レットもやっと落ち着いて再び紅茶を口に入れるのだった。

 フレトも紅茶のカップを再び置くととんでもない事を言い出した。

「この国で持ち歩くのは銃ではなく刀なのだろう」

 再び紅茶を噴出すレット。さすがに今度はむせて咳き込んでいる。

「御意」

 半蔵もフレトに言われてどこかの空間から刀を取り出した。そんな二人にやっと咳が止まったレットはすかさず突っ込む。

「それはいつの時代だ! 今では刀もダメですから! というか半蔵もそんな物を取り出すな!」

「大丈夫だ、それぐらい知ってる」

 そんなフレトの言葉にレットを除いた精霊達が笑い始める。どうやら全て分っていてやっていたようだ。つまりレットはからかわられていたに過ぎなかった。

 それが分ったレットは疲れたように背もたれにもたれ掛かると天井を見上げる。さすがに連続で突っ込んで疲れたようだ。もちろん気分的に。

 そんなレットを面白げに見ていたフレトは咲耶に紅茶のお代わりを要求するのと同時にラクトリーが広げた観光マップなどに目を落とした。その後ろで半蔵は先程冗談で取り出した刀を仕舞い込んでいた。

「ふむ、だが気分転換に出かけるのも悪くは無いな」

 そんな事を言い出したフレトにレットはもう何も言わなくなっていた。先程の理由から出かけても害が無い事は立証されたし、レットとしても閉じこもってばかりでは気がめいって来てるのも確かだった。

「それじゃあ皆で出かけましょう~」

 そんなラクトリーの言葉で観光へと向かう事に決まったフレト達は各々準備するために一旦解散となった。



「なんというか……普通だな」

 歩きながらそんな感想を漏らすフレト。その隣に居るラクトリーは観光マップを見ながら答える。

「まあ、観光地では無いですからね。それなりに大きな町ですけど、都市と呼ぶには少し小さいという感じですかね」

「ふ~ん、まあいい、さて、どこから見て周るか」

 まだ見る所を決めていなかったフレトは観光マップを受け取ると目を落とした。その間にラクトリーが行きたい場所を口に出そうとしていた。

「それはもちろん」

「却下だ」

 すかさず否定するレット。どうやらラクトリーが何を言おうとしているのか分っているようだ。

「う~、最後まで言わせてよ~」

「言わなくても分る。どうせ洋服とかアクセサリーとかだろ」

「失礼ね~、スイート類が抜けてるわよ」

「そういう問題じゃねえ!」

 レットの突っ込みに首を傾げて見せるラクトリー、なぜ突っ込まれたのか理解できていないようだ。そんなラクトリーにレットは溜息を付くと説明を開始した。

「女のそういうのに付き合ってると時間が掛かりすぎるんだよ。フレト様にも行きたい場所があるなら、そっちを優先させるべきだろう」

 確かに正論ではある。だがそれゆえにラクトリーは何も言い返せずに頬を膨らませるだけだった。

「それで主様、どこか行きたい場所は見付かりましたでしょうか?」

 このまま二人に話をさせているといつまでも決まらないと判断した咲耶はさっさとフレトの要望を聞く事にした。

 そんなフレトが目を付けた場所が一つだけ合ったようで。そこの項目を真剣に見ていた。それから行くところを決めたのか、観光マップをラクトリーに返すとこう告げる。

「土産物屋だ。セリスに何かを買ってやりたいからな。どうせなら日本的な何かを買ってやることにしよう」

 そんなフレトの言葉に取り巻きの精霊達は全員頷くのだった。

 それから一番近い土産物屋に入って中を見て回るが、フレトが気に入った物は何一つとして見付からなかった。

 それから三軒ほど土産物屋を周り、四件目はいかにも日本調を重んじているような土産物屋だった。

 さっそく中に入るフレト達。中は少し薄暗いが、狭いぐらい物が置かれている。どうやらここならフレトが気に入る物があるのではないかと思う精霊達。そんな精霊たちと一緒中を見て回っているフレト。

 そんなフレトの元に咲耶が筒のような物を持ってきた。

「主様、これなどは如何でしょうか」

「……万華鏡か」

 半蔵が答えると咲耶は笑顔で万華鏡をフレトに手渡した。それから使い方を教えるとフレトは気に入ったかのように万華鏡を覗き込む。

「なるほど、これはいいな」

 万華鏡を堪能しながら回し続けるフレト。どうやら相当気に入ったようだ。そんなフレトの元にラクトリーとレットもやってきた。狭い店内だ、フレトの言葉が聞こえたのだろう。

 だから気に入った逸品があったのかもしれないとやってきたようだ。

「私にも見せてください」

 どうやら万華鏡に興味が出たラクトリーはそんな事を言い出したので、咲耶はすぐ傍にある万華鏡が置いてある場所を教えてた。

 そしてフレトと同じように覗き込むラクトリー。中では色とりどりの光る紙が、筒を回すたびに不思議な動きで動いている。

「綺麗ですね~」

「ああ、そうだな」

 ラクトリーの感想に素直に答えるフレト。そんなフレトの心には妹のセリスの事が思い出されていた。

 そうか……外にはもっと沢山の綺麗な物がある。俺はそれをセリスに見せてやりたい。もっと……沢山の事をしてやりたい。

 そんな想いが込み上げてくるフレト。それだけセリスの事を大事にしているのだろう。だからこそ精霊王の力を求めてここまで来たのだから。

 けれども今は出来る事はほとんどない。だからこそセリスの為にこの万華鏡でも買ってやろうという気持ちになったのだろう。

 今はこれぐらいしか出来ない事はフレトが一番良く分かっているから。

 お土産を万華鏡にすると告げたフレトは万華鏡を咲耶に渡すとレジへと向かわせた。その間にもレットは他の物を物色したり、ラクトリーは未だに万華鏡を見ている。そして半蔵はというと相変わらずフレトの傍から離れようとはしなかった。

 フレトを守る事が自分にとって一番の使命だと感じている半蔵らしいといえばらしい行動だろう。

 会計を済ませるとフレト達は次に行く店を吟味し始めた。お土産は決まったからもう土産物屋はいいのだろう。だから次は自分達が楽しめる店を探そうとしたのだが、観光マップを持っているラクトリーは真っ先に提案してきた。

「じゃあ次はスイーツ類に行きましょう~」

 すでに決まっているかのように宣言するラクトリーにレットは溜息を付いて、それを止めようとするが、意外な事にフレトがそれに賛同した。

「なるほど、それも良いかもしれんな。どうせなら和菓子とやらを堪能してみたいものだな」

「なら甘味所が良いかと」

 フレトの言葉にすぐさま行き先を厳選する半蔵。確かに甘味所を掲げている店なら和菓子を多く扱っているだろう。

 その意見にラクトリーも異論はなく、観光マップから甘味所を探し出して、その場所へと向かった。



「意外としつこい味をしている物なのだな。だが、それがいい」

 フレト達が入った甘味所はその場で食事が出来るスペースを確保している店だった。だからこそ、ついそこで買った物をテーブルの上に広げて味わっている。

 フレトが口にしたのは饅頭だ。どうやら餡子がかなり気に入ったようだ。

 そんなフレトとは反対にレットは頭を抱えていた。

「いったいどうするつもりなんだ、ラクトリー」

 そう言ってラクトリーを睨み付けるレット。それはそうだろう。なにしろテーブルの上に広がっている和菓子の数はかなりの量があり。よくこれだけ買ったなと思わざる得ないほどの量をラクトリーは買い込んだのだ。

「いいじゃない。余ったら後で食べればいいんだし。それに和菓子なんて日本じゃないと手に入らないのよ」

「そんな事を言ってるんじゃない! 買いすぎだと言ってるんだ」

 確かにテーブル一杯に積まれている和菓子の山を見るとさすがにフレトも困ったような顔をした。

「まあ、確かに買い過ぎだが……一週間もすれば無くなるんじゃないか」

「そういう問題じゃないですフレト様!」

「じゃあ、二週間?」

「それも違う、というかラクトリーは黙ってろ!」

 そんな突っ込みを入れられてワザとらしく泣くような仕草をするラクトリー。

「しくしく、そうよ、全部私が悪いのよ。なら……私が責任をもって全部食べるわよ!」

「だからそうじゃねえ! ここまで買う必要があったのかと言ってるんだ!」

 そんな突っ込みにラクトリーは平然と答えた。

「無いわね」

「うむ、確かに無いな」

「否」

「もちろん無いですよ」

 ラクトリーからフレト、半蔵から咲耶までレットの突っ込みを肯定してしまった。こうなってはどう突っ込めば良いのかレットには分らなくなってしまったのだろう。頭を抱えると、もういやだと呟くのだった。

「まあ、菓子の事は置いておいてだ」

 話題を変えてきたフレトに全員の視線が集中する。

「俺はセリスにやれる事は出来るだけやってやりたいと思ってる。そのためにはお前達の協力が必要だ。それを踏まえての話だが」

 急に真顔で語り始めたフレトにレットは生唾を飲み込む。その後に続く言葉がどれだけ重いものかを想像しているのだろう。

 そしてフレトは話を続けた。

「そんな訳でこの菓子の半分をセリスに送ろうと思う。さっそく手配してくれ」

「さっきの重い雰囲気は何なんですか!」

 再び突っ込む事になったレットの裾を咲耶は軽く引っ張ると自分にレットの耳を近づけさせる。

「主様は本当に妹様の事を思ってらっしゃるのですよ。あのような性格ですから、そのような事を言いたい気持ちは分りますけど、おっしゃっている言葉は本心だと思いますよ」

「……はぁ、まあそうだな」

 それから咲耶は立ち上がるとフレトの指示通りに買い込んだ和菓子の半分を本国のセリスに速達で届くように手配した。なにしろ生ものに近い物だ。速達でなければ腐ってしまうだろう。

 まあ、和菓子なら多少の日持ちはするが、あまり時間を掛けるとさすがに腐ってしまう。そんな物をセリスに食べさせる訳にはいかないだろう。

 そんなフレトの気遣いをちゃんと思いやりながら咲耶は手続きを終えると店員と一緒にフレト達の元に戻って来た。

「それでは送る物をこちらに移してください」

 店員の言葉で買い込んだ和菓子を仕分けするフレト達。先程自分で食べて美味しいと思ったものは全てセリスに送るつもりのようだ。

 そんな作業をしているフレトの顔はいつの間にか微笑んでいた。

 それは自然かつ当然の事で、フレトにとってセリスは特別な存在だ。だからこそセリスの事を考えて行動するだけで自然と笑みが出てくるのだろう。それが喜ばれる事なら当然だ。

 まあ、これだけの和菓子を一気に送られても困るだけだろうとレットは思っていたが、あえて口には出さない事にした。

 そんな幸せそうなフレトの笑顔をわざわざ壊す必要がないからだ。

 そして手続きを終えると大量の荷物をレットに持たせてフレト達は甘味所を後にするのだった。



「さて、次は何処に行きましょうか~」

 そんな事を言い出したラクトリーにレットは当然のように告げる。

「もう夕暮れだぞ、まだ周るつもりか?」

 確かに時間はすでに午後六時過ぎになっている。日も既に暮れ始めて辺りも暗くなり、街灯が付き始めていた。

 フレト達が居る場所はそれなりの商店街だ。街灯が付き始めれば暗さも軽減される。けれども暗い場所は暗いのも確かだ。

 そんな商店街を歩きながら、このまま帰るか、それとももう一軒ぐらい周ってくか議論するレットとラクトリー。そんな二人の仲裁するわけでは無いが、フレトが突然こんな事を言い出した。

「どうせだから夕食は外で済ますとしよう。咲耶、ホテルに連絡だけは入れといてくれ」

「はい、主様」

 どこからか携帯電話を取り出した咲耶がホテルに夕食のキャンセルを頼む電話をしていた時だった。

 前から明らかにガラの悪い学生服を着崩した学生が五人ほどやってきた。そしてフレト達を見て何かを話しているようだ。

 確かにフレトは本国、イギリスからきた外国人だ。それだけではない。容姿だけでも美少年といえる容姿をしているうえに、精霊を四人も連れている。精霊も容姿は良いだけに普通に立っているだけでも目立つ存在になる時もある。

 そんな五人が揃っているのだから、時々注目を浴びて当然なのだが、今回ばかりはどうも様子が違うようだ。

 相手の五人組は話がまとまったようでフレト達に近づいてくる。そんな五人組に半蔵とレットはフレトを守るように前に立つが、フレトはそれを制止した。フレトなりにも考えがあるのだろう。

 そして五人組の一人がフレトに声を掛けてきた。

「よう、日本語は分るかよ」

「日本語だけではなく、十ヶ国語はしゃべれるぞ」

「あぁ、そうかよ」

 フレトの言葉を受けて明らかに不機嫌になった五人組の一人はフレトに視線を合わせて下から睨み上げるように話を続けるのだった。

「見た感じどこぞのお坊ちゃんだよな。だからさあ、金貸してくんない。お坊ちゃんなら俺達に恵んでくれても構わねえよな」

 要するにカツアゲだ。だが今回の場合に限って言える事はフレト達がまったくビビっていない事だ。さすがにこの程度の相手に怯えるようなフレト達ではないだろう。それどころか呆れているようだ。

「やれやれ、何処の国にもこんな馬鹿は居る者だな」

「なんだとテメーッ!」

 さすがにそこまで言われると他の連中も黙ってられないのかフレトに近づいてくるがそれ以上フレトに近づけさせまいと半蔵とレットがフレトを守るように立ちはだかる。

「な、なんだテメーはよ!」

 さすがに半蔵とレットの雰囲気には飲まれてしまっているようだ。そんな五人組にフレトは面白半分で情けをかけてやる。

「半蔵、レット、あまりいじめるてやるな。まあ、金を恵んでやっても構わないが、それはでは面白くないだろう」

 そう言うとフレトは自ら「付いて来い」と言い、人気が無い場所へと移動していった。

 そこは店の裏手にある空き地で、今は更地になっている場所で周りは高いビルに囲まれていた。あまり広くは無いが、多少の喧嘩ぐらいなら出来る場所だ。

 まさか自分達からこんな場所に来るとは思ってなかった五人組は動揺している。確かにこういう場所で金を受け取ろうとしていたが、差し出す本人からこんな場所に来るとは予想外にも程があるだろう。

 そしてフレト達と五人組が退治するように並ぶとフレトはこう宣言した。

「さて、お前達の望んだ通り金を恵んでやろう。ただし……この咲耶に勝ったらな」

 フレトは巫女装束を着ている咲耶を指差すと、そう高らかに宣言した。呆然とする五人組。けれどもすぐに笑い出した。

「勝ったらってなんだよ。じゃんけんでもしようってのか」

「いや、普通に叩きのめしたら勝ちだが」

「なんだよ、その女と喧嘩でもしろっていうのかよ」

「そう聞こえなかったのは俺の勉強が足りなかった所為だな。そこは謝っておこう」

 フレトは更に挑発する。さすがにここまで挑発されると五人組も黙っていられないだろう。いいだろうとやる気を出している。

 そして指名された咲耶は静かに前に出ると丁寧に頭を下げたのだった。

「それではよろしくお願いします」

 丁寧に挨拶する咲耶だが、相手はすでにフレトの挑発で頭に血が上っている状態だ。まともな返事が返って来る訳が無く。言葉の代わりに拳を繰り出したて来た。

 相手の一人が殴りかかって来たが、咲耶は身軽な動きでその動きをかわすと、次に殴りかかってきた相手の腕を掴むと、そのまま相手の力を利用して投げ飛ばしてしまった。

 そんな感じで咲耶は相手の攻撃を避けながら投げ飛ばす事を数十回。五人組はとうとう地面に倒れて荒い息をしていた。

「なんだ、もう終わりなのか。大して面白くなかったな」

「まあ、今回は相手の力不足ですからね。私達の相手にはなりませんよ」

 レットの言葉にフレトはつまらなそうに溜息を付くのだった。

「じゃあ、そろそろ夕食へでも行くか」

 フレトの言葉にそれぞれ返事を返して五人組を放置して、そのままフレト達は観光マップを頼りながら夕食の店を探すのだった。



 ホテルに帰ってきたフレトは風呂から上がると夜景がよく見える大きな窓へと向かい。そのまま夜空を見上げる。

 そんなフレトの元に咲耶がアイスハーブティーを入れて退出していった。フレトは夜になると一人でいる場合が多い。

 それは日本に着てからの習慣になっていた。本国に居た時にはいつでもセリスが傍に居たからだ。夜だけは二人の時間だった。

 それが今では離れ離れになっているが、こうして夜空を見上げて遥か彼方にある空の下にセリスが居ると思うと、そんなに遠くにいるようには感じられなかった。

 まるで傍に居るような。そんな風に感じる事が出来るからフレトは日本に着てからというもの空を見上げる事が多くなっていた。

 そうしているだけでもセリスと一緒に過ごした思い出が蘇る事も多いからだ。

 一緒に遊んだ事はもちろん。セリスの為に降雪機で無理矢理ホワイトクリスマスにしたり、セリスの為に親に頼み込んで無理矢理プライベートビーチを手に入れたりとそんな楽しい思い出が幾つも出てくる。

 グラシアス家は相当の名家であり、いくつもの会社を持っている。フレトはその後継者であり、幼少の頃から厳しい教育と訓練を受けていた。それもすべてグラシアス家を繁栄させるための後継者育成だ。

 そんな家だからこそ両親は忙しくてフレト達と一緒に過ごした事などほとんど無い。だからこそフレトにとってセリスは特別な存在となったのだろう。

 まるでたった一人の家族のように。

 だからこそ失うわけには行かない、失ってはいけないのだ。だからセリスの為ならフレトはどんな事でもする。それが危険な争奪戦の参加でもためらう事無くセリスの為に契約をした。

 そう、フレトは全てセリスの為に動いている。それだけ大事な存在であり、失ってはいけない者だ。

 そんなセリスが今、まさに失いかけている。そのために精霊王の力が必要ならどんな事をしてでも昇達に勝たないといけない。そのための訓練は幼い頃から充分にやってきた。

 その自信があるからこそ、今の余裕があるのだろう。今のフレトに負ける気はしない。なにしろセリスの命が掛かっているのだから。

 もしセリスの命が失われるようなら自らも迷わず命を絶つだろう。それぐらいの意気込みでフレトは来日を決意した。それほどまでに必要なのだ……精霊王の力が。セリスを救ってくれる力が。

 だから今のフレトは誰にも負けないと決意している。それがどんな相手だとしてもだ。昇達にも絶対に勝つつもりだ。いや、絶対に勝つと決めている。決めているからには後は実行するのみ。

「待っていろセリス、もうすぐお前を……」

 フレトは遠くても近くにいるセリスに勝利を約束するのだった。







 そんな訳で今回はフレト達のお話にしてみました~。まあ、元々フレト達の出番が少なかったですからね~。少しは出番を増やさないと思い。今回の話しが出来上がりました~。

 ……それにしても……ボケが多すぎだなフレト達。フレトにラクトリー、更に時々半蔵まで乗ってくるのだから、レットの苦労も分るというものですかね。

 まあ、今までシリアスな展開が続いてたので、たまにはこういう話もいいだろうと軽くしてみました。けれども少しはシリアスな展開も入れてましたね。まあ、それも必要な話しですからね~。

 さてさて、次回からは……どうしようか? まあ、たぶん、昇達の話しに戻るかもしれません。このままだらだらやっててもしょうがないですからね~。そろそろ話を進めて行こうかと思っております。

 ではでは、この辺で。ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。

 以上、季節の変わり目に普通に風邪をひいた葵夢幻でした。

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