表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エレメンタルロードテナー  作者: 葵 嵐雪
他倒自立編
89/166

第八十九話 それぞれの特訓

「ここをもっと改良できませんか?」

 そんな言葉を口にする昇はいつもの生徒指導室で与凪を相手にそんな要求を突き付けた。

 フレト達に宣戦布告してから二日後、琴未と閃華はそれぞれに特訓しており、シエラとミリアは今でも学校の校庭で特訓していた。

 そんな中で昇はある物を完成させるために与凪との会話をしていた。

「これでもかなり早い方よ、まだ早くしないといけないの?」

「ええ、出来るだけ早い方がいいです。少しでもタイミングがずれると致命傷になりかねませんから」

「まあ、確かにそうかもしれないわね」

 そんな事を呟きながら与凪は指摘された部分を直すべくモニターへと向かうのだが、ここ二日ほど、ほとんど休む事無くこんな事をしているのだから疲れが溜まっているのだろう。

 与凪はモニターから目を離すと大きく身体を伸ばした。

「それにしてもこんな事を考えるなんてね。本当にいつも予想外の事を言い出すのよね。滝下君は」

 作業に戻った与凪がそんな事を言ってきた。与凪にしてみれば昇が考え出した事は発想すら出来なかった事であり、そこが昇の凄い所だと与凪自信も認めているからでた発言だろう。

「そうでもないですよ。個人の力では完全に勝ち目が無い相手にどう戦えば良いのか考えたら自然と出てきた答えでした。それに閃華や母さんからヒントを貰ってるし、僕だけで考え付いた訳じゃないですよ」

「まあ、それでもその考えが実現可能って所がまた怖いけどね」

 そんな冗談を言いながら微笑を向けてくる与凪に対して昇の笑顔は引きつっていた。確かに考えたが、それが実現できるかまでは考えていなかった。与凪と相談してやっと実現可能だという答えが出たのが昨日の事だ。

「それで、このシステムを使って本当に勝てるのかしら」

 作業を続けながら意地悪な質問をしてくる与凪に対して昇は微笑みながら答えた。

「勝てますよ、絶対に」

「そう……なら完璧に仕上げてあげないとね」

 与凪としては昇が少し困る様子を見たかったのだが、そこまで自信満々に答えられるとそう返すしかなかった。

 滝下君もしっかりと成長してるのね。契約してからたった数ヶ月しか経ってないのに。とそんな事を与凪は思っていた。

 確かに以前の昇ならそこまではっきりと答えられなかっただろう。けれども今回はあそこまで言ってのけた。それだけの自信が昇の中にあるのだろう。

 いや、正確には昇達の中にあると言うべきだ。それは昇とシエラ達との繋がりなのだから。心がしっかりと繋がっていると感じることが出来たからこそ、昇もここまではっきりとした自信を持つ事が出来たのだから。

「それで、もう一つの宿題はどうなのかしら?」

 話題を切り替えてきた与凪に昇はうんざりしたような溜息を付くと頭を掻きながら答えた。

「そっちはまだまだですね。どうも精密なコントロールが必要みたいで、何度も暴走しかけました」

 そんな昇の答えに笑ってみせる与凪。やはり昇には困っている姿の方が似合っているのかもしれないと与凪は思った。

 けど、その後にいつも思う。昇なら必ずやり遂げるのではないかと。

「でも完成させるんですよね」

「ええ、なにしろこれがこっちの奥の手ですからね」

 どうやら昇がやろうとしている事は昇が手にしてる最後のカードのようだ。それがあるからこそどんな事態になっても逆転出来ると昇は考えているのだろう。

「なんにしても、今回のキーワードはエレメンタルアップよね。今までは普通の使い方ばかりしてたから気に掛けなかったけど。こうやって改めて調べてみると信じられないほどの能力なのよね」

 与凪の役割はエレメンタルアップを使った新たなるシステムの開発だ。だからこそ、もっと詳しくエレメンタルアップの事を知る必要が有った。そして調べてみた感想をそのまま口にしたようだ。

「本当、滝下君っていったい何者なの?」

「いや、そんな事を真顔で言われても困るんですけど」

 昇の答えに与凪は微笑むと再び体を大きく伸ばした。やはり与凪にも無理をさせているのでは無いのかと実感する昇だが、決して止めようとはしなかった。

 今回の協力は与凪の意志であり、昇達が強制したものではない。だからこそ止めてはいけないのだ。それが与凪に対する最大に侮辱になってしまうから。

 なにしろ一度協力を申し入れといて、やっぱり無理しなくて良いなんて言われたら与凪は自分が役立たずだと思うだろう。

 それに無理する事は与凪は引き受けた時点で承知している。だからこそ昇は与凪に無理をしないでとは決して言わなかった。

 そんな与凪の姿を見た昇は席を立つ。

「それじゃあ、僕もそろそろ自分の特訓に行って来ますね」

「頑張ってね~」

 呑気にそんな事を言う与凪。そんな与凪に昇は頬を引きつらせるのだった。どうせ突っ込んだところで返ってくる答えは「どうせ他人事だもの」に決まっているからだ。

 そこが与凪らしいといえば与凪らしいのだろう。

「後はお願いします」

「はいはい、任せといて~」

 気軽に返事を返す与凪に昇はそれ以上は何も言わなかったし思わなかった。それは与凪の気持ちを充分に汲み取っているからこそだ。

 与凪は与凪らしいのが一番良いと思っているのは昇だけでなくシエラ達も森尾もそう思っているはずだ。

 だから昇は自分の特訓をするために生徒指導室を後にした。



 そんな昇が向かったのは高戸神社だ。もちろん神社に用があるわけじゃない。神社の奥にある道場に用があるからこそ、ここに着たのだから。

 道場にはいつものように結界が張られており、中では相当の特訓がされている事を昇は想像する。

 そんな道場の扉を開くと爆音と共に強い閃光が走った。それは強風と共に昇を通り過ぎて行き、やがて静かになった。

「ダメじゃな、まだまとまりきっておらん。それでは威力が半分以下じゃぞ」

 そんな言葉を掛ける閃華の向こうに琴未は膝を付いたまま荒い息を整えていた。

「閃華」

 琴未がやすんでいる間に声を掛ける昇。あまり琴未の邪魔にならないように閃華にだけ聞こえるように声をあまり出す事無く呼び出した。

「もう時間か、まあ琴未の特訓は一人でも出来るから大丈夫じゃろう。問題は昇の方じゃな」

「うん、分ってるよ」

 昇が答えると閃華は傍を離れて琴未の元に向かった。それから昇の事を話すと全てを承知したように頷くのだった。

 それから閃華は昇と一緒に道場を後にしようとするが、道場を出る寸前に琴未から言葉が掛かってきた。

「頑張ってね」

「琴未もね」

 お互いに少しだけ見詰め合った後に微笑み、お互いに励ましあいながら昇は道場を後にした。



 そんな昇が閃華と一緒に向かったのは道場の近くにある林の中だ。そこは昼間でも薄暗いところで、普段なら誰も近寄らない場所だ。更に言うなら一昨日、この辺の草むしりを昇はやっていた。

 どうしてそんな事をしていたかというと、場所が必要だったからだ。誰にも邪魔される事無く精神を集中させられる場所が。それに閃華の助言も欲しかったからこそ、この場所を昇はわざわざ切り開いた。

「さて、では始めるとするかのう」

「うん、お願いします」

 昇は精神を集中させると足元に黒くて丸い淀みが出現した。最初の頃はエレメンタルアップを使用する時にその中に入って、繋がりを手にとってエレメンタルアップを使用していたのだが、今はその淀みの中に入る事は無かった。

「分っておるじゃろうが、エレメンタルアップは精霊の限界を超えて力を発揮させる能力じゃ。じゃから力が強ければ強いほうが良い。じゃが今回の場合は下手に出力を出しすぎると昇の身体が持たん。じゃから精密なコントロールが必要じゃ。最初は少しずつ、徐々に大きくしていくんじゃ」

「うん、分ってるよ」

 そう答えながらも昇は今更ながらエレメンタルアップが凄い能力だと思わずにはいられなかった。

 なにしろ限界を超えた力を出す事が出来るのだから、普通なら身体に掛かる負担も大きいのだが、エレメンタルアップはそれすらも無視して限界を超える事が出来る。

 つまりリスク無しで限界を超えられるのだから、使い方によってはかなりの力を発揮できるのは当たり前だ。

 けれども今回、昇が挑もうとしているのは通常のエレメンタルアップではなく、エレメンタルアップを使った応用だ。だからそこまで器用には出来ていない。今回ばかりは下手に限界を超えすぎれば昇の身体がダメになってしまうだろう。

 つまり今回に限ってはリスクを承知の上でのエレメンタルアップだ。それを後数日でものにしなくてはいけない。

 昇は精神を集中させて少しずつ力を放出していくが、集中が少しでも切れると一気に出力が上がってしまい。その度に龍水方天戟で弾き飛ばされるハメになっている。

 どうやら昇も未だに深い闇から脱するのはまだ出来ていないようだ。けれどもここで諦める訳にはいかない。なにしろ精霊王の力が、いや、それ以上に皆の信頼と繋がりがあるのだから。



 その頃、学校で特訓をしているシエラとミリアだが、ミリアは迷っていた。

 それは大地が持つ性質であり、ミリアとラクトリーの違いでもあった。

 大地は地球を支える鉄壁の防壁、それと同時に自然をも破壊する天変地異すら巻き起こす破壊の怒涛。この二つを兼ね備えているからだ。

 ミリアは防御に特化しており、ラクトリーは破壊に特化している。そのうえ完全契約でラクトリーの破壊力が落ちる事は無い。

 つまりミリアの防御ではラクトリーの攻撃を防御できないという事だ。それが分っているだけにミリアの迷いは大きかった。

 ラクトリーと同じく破壊力を上げて対抗するか、それとも元々得意だった防御を更に完璧に仕上げるか。時間が無い今ではそのどちらかを選ぶ必要が出てきてしまった。

 だからミリアの攻撃にも精彩を欠き、つい先程もシエラに弾き飛ばされてしまったところだ。

 荒い息をしながら立ち上がろうとするミリアにシエラは近づいて声を掛けてきた。

「全てにおいてダメ、いったいこれじゃあ何のために特訓してるのか全然意味が無い」

 シエラの言葉にミリアは奥歯を強く噛み締める。何か言い返してやりたいが、シエラの指摘どおりで言い返すことが出来ない。

「昇の作戦でもミリアは重要な役目を背負ってる。そんなあなたがこんな状態じゃ、勝てるわけ無い」

「分ってるよ!」

 さすがにそこまで言われると黙っていられないのか、ミリアはハルバードに寄りかかりながら立ち上がるとシエラを睨み付けた。

「でも相手はお師匠様なんだよ! 全てにおいて私より上なのに、それに完全契約だよ。そんな本気のお師匠様を相手に私はどうすれば良いかなんて分んないよ」

「ならやめる? 今回は見てるだけにする」

「そんな事が出来るわけないよ!」

 相手が誰であろうと皆が必死に戦っている中で自分だけが、ただ見ているだけなんてミリアでも耐えられるものではなかった。

 けれどもラクトリーに勝てる方法などはミリアには考えも付かなかった。だからこそ迷いが消えないままに無意味な特訓を続けていた。

 シエラもその事にやっと気付いたようで、特訓に戻る気配をまったく見せずにミリアを見詰めてくる。

 そんなシエラの視線に耐えられないのか、それとも特訓の疲れが出たのか、ミリアは再び膝を付いて荒い息を整え始めた。

「もし……立場が逆ならどうする?」

「んっ、どういう事?」

 突然シエラの口から出た質問にミリアは呆然とした顔で答えるだけだった。

「もし完全契約をしたのがミリアで服従契約をしたのがラクトリーだったら、勝つのはどっちかということ」

「そ、そんなの……お師匠様かな?」

 ミリアはラクトリーの修行を全て終えてからラクトリーの元を去ったわけではない。何気ない事故により、強制的にラクトリーの元を去ることになってしまったのだ。

 だからミリアはまだラクトリーの修行を終えて対等に戦えるだけの力を持っていない事を自分でも充分過ぎるほど分かっていた。

 それが分っているだけにミリアの迷いは更に深くなる。

「その理由は?」

「だって、お師匠様の所に居た時でもお師匠様に勝った事なんて一度も無いんだよ。特訓で何度も戦った事があるけど、本気のお師匠様なんて相手にした事なんてないし。それでも勝てなかったんだから今の私が勝てるはずが無いよ」

 ラクトリーの元でも模擬戦をやっていたようだが、ミリアは本気を出したラクトリーに勝った事は一度も無いようだ。それは模擬戦であり、ミリアを鍛えるための訓練だ。それなりに条件を付けた模擬戦だろう。

 だから成功した事があっても決して勝った事は一度すらない。その事が更にミリアを追い詰めているのだろう。

「ところで、なんでラクトリーの事を今でもお師匠様って呼ぶの、敵なのに」

 いきなり話を変えてきたシエラにミリアは再び呆然とした顔で呆けてると慌てて答えた。

「そ、それは今までずっとそう呼んできたし、だから今でもというか……あっ、うん、今でもお師匠様だと思ってるから」

 昔の事を思い出したかのように懐かしい顔をするミリア。どうやらラクトリーとの思い出を巡らしているのだろう。それは厳しい時も沢山会ったが、楽しい時も沢山あったのも確かだ。

 だから今でもミリアはラクトリーの事を自分の師匠だと思っているのかもしれない。たとえ敵同士になったとしても。

「じゃあラクトリーはミリアの事を今ではどう思ってると思う?」

 今度の質問にもミリアは呆然としてしまう。そんな事など本人に聞かないと分りはしないとミリアは言うが、シエラはそれを否定する。それを否定できるだけの理由をシエラが持っているからだ。

「ラクトリーが着た時、最後にミリアの事をよろしくと言ってた。それは今でもミリアが自分の弟子だと思っているからだと思う。本人に自覚が無くとも、そういう言葉が出るならそういう気持ちを今でも持っているに違いない」

「そ、そうなのか……」

 シエラの言葉にミリアは少しだけ嬉しくなった。ラクトリーが今でも自分の事を弟子だと思ってくれているなら、これほど嬉しい事は無い。ラクトリーが師匠である事はミリアにとっては誇りなのかもしれない。

「もしそうだとしたら、今のあなたを見てラクトリーはどう思う?」

「……」

 さすがに今度ばかりは返す言葉が見付からないミリア。それはあまりにも情けなさ過ぎるからだ。

 ラクトリーに勝とうと訓練してくれて、昇が勝つための手段を与えてくれえた。それなのにミリアは自分の役目すら満足に出来ない。決してラクトリーには見られたくない姿だ。

「私……情けないよね」

「ええ」

「大地の属性は鉄壁の防御と怒涛の破壊を主にしている。お師匠様はその二つを身に付けてこそ完璧に大地の属性を扱えると言ってた。それなのに私はどっちも出来なくて、どっちを選んだ良いのか分らなくて。本当に……情けないよね」

 抑えきれない涙を拭く事も無くミリアは泣き出すが、そんなミリアにシエラは容赦の無い言葉を掛ける。

「泣いて強くなれるなら泣けばいい。でも、そんな事は無い。泣いてるだけ時間の無駄」

 容赦の無いシエラの言葉にミリアは更に涙が溢れ出してくる。迷ってばかりで情けなくて、どうしようもない自分が悔しくて、ただ泣く事しか出来ない自分が怖くて。

 そんないろいろな思いがミリアの中を駆け巡る。ここまで追い詰められるともう泣くだけしか出来ないのかもしれない。

 そんなミリアにシエラは背を向けるとウイングクレイモアの翼を広げる。

「私は訓練に戻る。あなたは好きにすればいい。ただ……あなたの周りには私達が居る。お互いに足りない物を補い合ってる。だから決して一人じゃない。私は……そう思ってる。だから自分の役目をこなすだけ。だから……じゃあ、私は戻るから」

 ウイングクレイモアの翼が羽ばたくとシエラは宙に舞い上がり、再び空へと飛び去っていった。

 一人残されたミリアは不思議な事に泣き止んでいた。ミリア自身にもなんでそうなったのかは分らない。けれどもシエラの言葉が確かにミリアの中に残ってる。

 その言葉に今の自分を重ね合わせてみた。

 私は……一人じゃない。皆が周りに居てくれる。だから足りない物は他の皆が補ってくれる。じゃあ、私の役割って……あっ!

 ミリアは何かを思いついたかのように顔を上げると少しずつ顔に笑みが戻ってく。

 そうか、私の役割は防御。皆を……昇を守る盾なんだ。そうか、そうなんだ。

 ミリアの顔に完全に笑みが戻るとアースシールドハルバードを握り締めて見詰める。それが何のためにあるのか、何をすべき物なのかをミリアはやっと分ったような気がした。

 それと同じく別の思いもミリアの中に浮かんできた。

 今はまだお師匠様のようにはなれないけど、いつか必ずお師匠様のようになってみせる。だから今は自分の役割を……皆の盾になる事に専念すればいいんだ。たとえ相手が……お師匠様だとしても。

 ミリアは涙を拭うと立ち上がってアースシールドハルバードを大地へとしっかりと立てた。

 もうミリアに迷いは無い。なにしろ自分の役割を見つけたのだから。後は信じるだけだ。昇が勝たせてくれる事を信じて、自分の役割をしっかりとこなす。それだけを考えて特訓を開始するためにミリアはシエラの元へと駆け出していった。

 今更ながら、どうもミリアは昇の作戦を完璧に理解していなかったようだ。だからこそ、このような迷いが生じたのだろう。まあ、そこがミリアらしいといえばミリアらしいところだろう。

 何にしてもいつものミリアに戻ったのだからもう心配は無いだろう。だからいきなり奇襲してきたミリアを見てシエラは微笑むのだった。



 まさかこんなのがここまでキツイとは思っていなかったわね。

 高戸神社の道場では琴未が未だに特訓を続けていた。琴未がここまで疲れているのは常にい雷閃刀に雷をまとわせているからである。

 今までの戦闘での一時的に雷閃刀に雷をまとわせていた時はあったが、それは一時的なもので、今回の特訓では常に雷閃刀に雷をまとわせている。たったそれだけの事だが長時間にも及ぶとかなり負担が掛かるみたいで琴未の疲労はかなりのものだった。

 琴未が完成させようとしている新たな剣術は新螺幻刀流と雷の属性を使った新しい剣術だ。だからこそ常に雷の属性を発動させ続けなければいけない。

 今までは砲撃や遠距離攻撃での発動が多かった琴未にとっては、長時間の属性維持はかなり辛い特訓になっていた。

 更にそれだけではない。琴未はそこから新たな技を剣術を作り出さないといけないのだから心身ともに負担はかなり大きいだろう。

 それでもここまで琴未が頑張れるのは先の戦いで完敗が堪えているからだ。

 戦闘も巫女としても琴未は完膚なきまでに叩きのめさせれた。それがあるだけに新たなる技に必死になって取り掛かっている。そこまでしないと勝てない相手だと分かっているからだ。

 けれどもまだ技は一つも形になってはいなかった。そんな現状が琴未にこんな事を思わせたのだろう。

 ただ放つだけなら簡単なのに、剣の上に乗せるとここまでコントロールが効かないなんて思わなかったわね。さすがに無理があるのかな。

 そう思いながらも琴未は雷閃刀を八双に構えると精神を集中させる。心を静かに水面に波が立たないように心を静かにさせると、一気に水が吹き上がるように動き始める。

 雷閃刀を振り下ろすとの同時に雷の属性を一気に増幅させる。その状態を維持したまま雷閃刀を床に振り下ろそうとするのだが、途中で雷が上手くまとまらずに少しバラけてしまった。

 一つにまとまりきらなかった雷の属性と雷閃刀は床に叩きつけるが、雷のが一つにまとまりきっていないのでそんなに威力は出ていない。これでは普通に雷の属性を放ったのと同じだ。

 琴未が目指しているのはそんなレベルの技ではない。それ以上の剣術と属性を融合させた技なのだから、この程度の威力で満足が行くはずが無い。

「もう一度」

 再び雷閃刀を構える琴未だが、急に足の力抜けて膝を床につけて両手を付いたまま荒い息を整える。

 それだけ琴未の訓練はかなり厳しいものなのだ。

「少しは休んだらどうだ」

 急に入口の方からそんな声が聞こえてきた。琴未が両手を付いたままの体勢で顔だけそちらに向けると玄十郎が立っていた。

「休憩も無しで何時間もやっていたら身体の方が先にまいってしまうぞ。休む事も重要だぞ」

「うん、分ってる……でも」

 それでも琴未は立とうとして足に力を入れて立ち上がる。さすがに呼吸まではまだ整っていないが、立てるだけの気力はあるようだ。

「今は休む時間も勿体無いの。だから今だけは全力でやらないと」

 そんな事を言う琴未に玄十郎はわざわざ琴未に聞こえるように咳払いをした。

「確かにその気持ちも分からなくは無い。完膚なきまで負けたなら誰しもそう思うだろう。だがな琴未、それで自分自身を壊してしまっては何も意味は無いぞ。本当に勝ちたいと思うのなら、無理をせずに限界までやるものだ」

「お爺ちゃん、それって矛盾してる」

「それは琴未が儂の言葉をしっかりと理解していないからだ」

 そんな風に言われて琴未は玄十郎が言いたい事を考え始めてみた。けれどもどう考えても矛盾している事は確かだ。どういう意味で玄十郎がそんな言葉を掛けてきたのか琴未にはまったく分らなかった。

 黙り込んだ琴未を見て玄十郎は静かに首を横に振った。どうやら琴未がかなり疲れているのを察したようだ。けれども玄十郎は決して特訓を止めろとは言わないと決めていた。

 今回の特訓は琴未の意志でやっているものであり、やり通すと琴未が決めたからには玄十郎に口を挟む余地は無い。

 出来る事といえば少しばかりの助言だけだ。

 今回も琴未に考えさせながら答えを導いてやろうとしたのだが、今の琴未は疲労で頭の回転がそこまで回らないのだろう。ただただ玄十郎の言葉に戸惑っているだけだ。

 そんな琴未に玄十郎は近づくと琴未が雷閃刀を持っている手に玄十郎の手を重ねてみせた。

「なあ琴未、この手に触れていれば琴未が限界まで頑張っている事は分る。だがな琴未、こんな手で本気の勝負する気か、こんな手で本当に勝つことが出来るのか?」

「そ、それは……」

 玄十郎にそう言われると琴未は返す言葉を失ってしまった。

 琴未は今だけを見たいたからだ。その先に待っている本番の勝負の事を無視して今を限界まで頑張っている。そんな状態で本番の勝負になってどれだけの事が出来るのか。そう考えると玄十郎の言葉が何なのか琴未には分ったような気がした。

「そう……だよね。こんな状態じゃあ勝てるものも勝てないよね。でもねお爺ちゃん!」

 何かを言おうとした琴未の口に手を当てて玄十郎は琴未の言葉を途中で止めた。

「琴未が言いたい事はよく分かっている。だからこそ無理をしてはいけないんだ。適度に休んで限界まで特訓する。それが一番だと儂は思うがな。今の琴未は限界までやりすぎてるようにしか見えんぞ」

「お爺ちゃん」

 琴未としてはまだまだ特訓したいが身体が悲鳴を上げている事も琴未は充分に分っていた。それでも無理して特訓してたのは、どうしても負けたくないという気持ちがあったからこそだ。

 それは時にはその人を押し上げる強さになるが、その思いが強すぎると逆にその人を無理させすぎて潰しかねない思いだ。

 負けて悔しいのは分る。だからこそ負けたくないという気持ちに負けてはいけない。もし負けてしまえば逆に自分を潰す事になりかねないのだから。

 その事を玄十郎は琴未に伝えた。そして琴未もその事が分ったようで雷閃刀を消すと玄十郎にもたれ掛かってきた。

「ごめん、お爺ちゃん。少しだけ……休ませて」

「うむ、しっかり休んで、今度も限界までやってまた休めばいい」

「……うん、そう……だね」

 琴未は玄十郎にもたれ掛かるとそのまま眠ってしまった。今まで溜まっていた疲労が一気に出たのだろう。または玄十郎の言葉がそこまで琴未に安心感を持たせたのかもしれない。

 そのどちらでも構わない。今の琴未にはしっかりとした休養が必要なのは確かなのだから。

「おやすみ、琴未」

 玄十郎はそう言葉を掛けると琴未を抱き上げる。琴未の重さが両手に圧し掛かってくる。それは昔感じた重さとは随分と重くなっていたが、それが逆に心地良かった。

 それは琴未が成長した証でもあり、今でも自分を頼ってくれているという安心感と師匠としての責任感を感じる事が出来たからだ。

 そんな琴未を抱えたまま玄十郎は道場を後にする。もちろん琴未を充分に休ませるために琴未の部屋に向かうのだった。



 ミリアは立ち直れた。私も負けてられない。

 シエラはそんな事を考えながらミリアとの特訓を続けていた。ミリアは完全に立ち直ったどころか前よりもやる気を出したようで、先程とはまるで違って手ごわくなっていた。

 ミリアも気付いた、自分の役割を。だから防御を中心に攻めて来る。さすがにあそこまで固められると攻撃が届かない場合が多い。

 シエラはミリアの行動からそんな風に感じ取っていた。どうやらミリアが自分の役割を何なのか完璧に理解したのだと実感したようだ。

 そんなミリアに負けないようにとシエラも自分の役割を改めて考えてみる。

 私が一番を発揮できるのはスピード。それを活かすためにはどんな状況でも、どんな場所でも対応しないといけない。昇ならそんな私を活かしてくれる。だから私は自分の利点を最も上げないといけない。どんな状況でも対応できるスピードを身に付けないといけない。

 シエラにとってスピードは自分の利点だと思っている。確かにその通りだ。翼の属性を有しているシエラのスピードに敵う属性はそうそう無い。それだけスピードに特化した属性と言えるのだが、何かが足りないと思っているのも確かだ。

 その足りない物も何なのかはシエラはしっかりと分っている。

 私に特別な技なんていらない。ウイングクレイモアとこのスピードがあれば大抵の事は出来る。それだけの重量をウイングクレイモアは持っている。

 つまりシエラが目指しているものはウイングクレイモアの重量を活かしたスピード攻撃。確かにかなりの重量を持つウイングクレイモアに高スピードが加わればかなりの破壊力が生まれるだろう。

 けどそのためにはウイングクレイモアに充分なスピードを与えないといけない。それだけではない。自分自身にも更に速いスピードが必要なのはこの前の戦いで分っている。

 なにしろ相手は完全契約をしたレットだ。爪翼の属性で翼の属性と同じスピードを有していた。だからこそシエラには更なるスピードが必要なのだ。

 それだけじゃない。相手にはミリアの師匠であるラクトリーがいる。そのラクトリーの防御を打ち破るにしてもミリアの防御は簡単に打ち崩せないと意味は無い。

 だからこそシエラは自分が最も得意としているスピードを重点的に上げている。

 シエラの戦闘スタイルはスピードに重量のある武器で攻撃する事でスピードをパワーに変える事が出来る。だからこそ特別な技を習得したりはしない。ただスピードを上げるだけだ。

 それだけでシエラの戦闘力は全体的に上がるのだから。そういう戦闘スタイルだと自分で分っているからこそシエラは特別な何かをやろうとはしない。それがシエラなのだろう。



 残り八日。それだけでどれだけの事が出来るか分らないが、皆が全力を尽くして自分達のレベルアップを図っている。

 それでフレト達に勝てるか分らないが、誰も自分達が負けるとは思っていなかった。最初から負けると分っていても、それでも全力を尽くさない勝負に意味は無い。

 それだけではない。必ず昇が勝たせてくれると思っているからこそ、各々が独自の特訓に挑んでいる訳だ。

 それがどんな結果になるかはまだ分らない。けど昇以外の皆が思っている事が一つだけある。

 昇なら必ず皆が幸せになれるような未来を勝ち取る事が出来るという事を。







 そんな訳で今回も前回に引き続き、次に行くための話しとなりました~。皆さんそれぞれ頑張っているみたいですね。まあ、何はともあれ、楽しんで頂けたなら幸いです。

 という事で、今回に限っては珍しく話す事も無いのでそろそろ締めます。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。

 以上、何となく、いろいろと中途半端な気分が多い葵夢幻でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ