第八十八話 宣戦布告
「おっ、やっと来たようじゃな」
昇が生徒指導室に入るなり閃華がそんな事を行って来た。
「僕がここに来ることが分ってたの?」
「なに、昇の事じゃから必ず答えを求めてここに来るだろうと予想していただけじゃ」
「そっか」
閃華なりに昇が必ず答えを出すためにここに来ると確信していたのだろう。それだけ昇と閃華の繋がりはしっかりとしているものなのかもしれない。
一緒に居た与凪に促されていつもの席に腰を下ろした昇に与凪はわざわざお茶まで出してくれた。
ここまで至れり尽くせりだと少し気が引けてしまうが、与凪が好きでやってくれている事だから、ここは甘える事にしようと昇は素直に与凪の好意を受けいれた。
「それで、ここまでの手応えはどうなの?」
昇が一息付くと与凪は直球に聞いてきた。さすがにそこまで率直に聞かれると昇もどう答えて良いのか迷ったようで、正直に話す事にした。
「まだ……どうすれば良いのか分らない。けど、あの完全契約をした精霊達を倒す事は決めてるよ。そうしないと僕が望んでいる未来は掴めないから。だからそれだけは絶対にやる。……けど」
「けど完全契約に勝つ手段が見付からないんじゃな」
閃華が昇の言葉を続けると昇は素直に頷くしかなかった。
閃華の言うとおりなのは間違いない。戦う事が確実でもどうやって勝てば良いのか、その糸口さえも見つけることが出来ていない状態だ。
そんな中で何かしらのヒントを得るために昇はこうやって皆の様子を見て周っているのだから。
「まあ、確かに相手は完全契約で完全な強さを手にしてますからね。こちらが対抗するにはそれなりの手段が必要ですよね」
そんな感想を漏らす与凪に昇は溜息を付いた。与凪の言葉が的を射ているだけに返す言葉が見付からない。更に言うなら昇はその完全契約に勝つ為の手段を見つけ出さないといけないのだから。
こんな状況をしっかりと把握するような言葉を聞かされると溜息の一つでも出てしまうのだろう。
「そうなんだよね。問題はそこなんだよ。個人の力では完全にあっちの方が上だし、そんな人達にどうやって対抗すれば良いんだろう?」
そんな言葉を漏らした昇に珍しく閃華は鋭い視線を投げ掛けてきた。
「昇はいったい何を見て、確かめてきたんじゃ」
「えっ」
閃華の鋭い言葉が昇の胸に突き刺さる。
何を……見てきたか?
そう言われてると今日の事を思い出さざる得ない昇。それは映写機に移した画像のように昇の頭に流れて行く。
僕が今日見てきたもの、確かめてきたもの。それは……皆との繋がりだ。僕と皆は常に繋がってる。心と心を通わせてるはずだ。でも……それをどうやって活用すれば良いっていうんだ。確かにお互いの事が分っているとしてもそれは完璧に分っている訳じゃない。誰だってお互いの事が完璧に分かるはずが無い、そんな事が出来れば……ッ!
思考の途中で何かを思い付いたのだろう。昇は思考を止めると何かを感じたかのように驚きの表情を示した。
「協力する事は足し算、繋がる事は掛け算か」
そんな言葉を口にする昇。それは昼に彩香から言われた言葉だ。その時は意味は分からなかったが今は分かったような気がしてきた。
「閃華」
何かの糸口を掴んだような目で閃華に尋ねる昇。
「契約者の能力は能力を逸脱してなければ応用が効くんだよね?」
突然そんな事を尋ねた昇に閃華は座りなおすと、少しだけ微笑みながら多少の意地悪なスパイスを混ぜながら答える。
「確かにその通りじゃな。能力の範囲外の事が出来んが、範囲内ならいくらでも応用は効くぞ」
「なら……エレメンタルアップが精霊の能力を上げない事も出来る?」
そんな質問に驚きを示したのは与凪だった。
それもしかたない。本来エレメンタルアップは精霊の能力を限界以上に引き出す能力だ。それを無視して精霊の能力を上げないなんてエレメンタルアップの意味が無い。
「って、そんな事をしてどうすつもりなんですか」
当然の質問をぶつける与凪。そんな事を言いだした昇に聞かずにはいられなかったようだ。そんな与凪に昇は少しだけ自信ありげな笑みを浮かべながら口を開く。
「エレメンタルアップは精霊の能力を上げるもの。そうやって決め付けちゃうと能力の応用が効かないと思うんだ。だからこそ精霊の能力を上げなくても戦える方法があるんじゃないかなと思って」
「なるほどのう。確かに昇のいうとおりじゃ。エレメンタルアップを使ったからとって必ずしも精霊の能力を上げる必要は無い事は確かじゃのう」
そんな言葉で返してきた閃華に頷いて見せる昇。どうやら何かしらの確信を得たようだ。
それから昇は自分の胸に手を当てると少しだけ瞳を閉じる。何かを感じているような、そんな雰囲気を出していた。そして静かに瞳を開けるとゆっくりと話し出した。
「能力の使用条件が……どうしてこういう条件が付いたのか分ったような気がする。それが必要だったから、そうしなければいけなかったから、だからエレメンタルアップの使用条件が精霊の事で心を一杯にする事。それは精霊と心を繋げる事だから」
エレメンタルアップの使用条件は二つ。一つは精霊に触れていることだったが、昇の能力が上がっていて触れて無くても使用可能となっていた。
二つ目には精霊の事で心を一杯にする事。そこが一番重要だと昇は気付いたようだ。
それは精霊でも人でも関係ない。その人の事で心の中を一杯にして、相手からも自分の事を一杯にされる。そうする事で自然と出来た繋がり、それが作れるからこそ昇はエレメンタルアップの能力を得たのかもしれない。
相手の事を思い、思いすぎる事があって誤解するかもしれないけど、それでも信頼し続ける心が持てる。それだけの心を昇が持つ事が出来ると判断したからこそ、精霊王は昇にエレメンタルアップを与えたのかは誰にも分らないだろう。
けれども今はそのエレメンタルアップを使って完全契約の精霊を打ち破らないといけない。だが実はそれだけじゃない、昇自信もフレトに完全勝利しなければいけなかった。その糸口はすでに昇は掴んでいた。
「閃華、前から思ってたんだけど」
「なんじゃ?」
「僕が最初に自分の武器を作り出そうとした時、あの時って閃華達が僕を止めたよね」
質問の内容を思い出すのに少しだけ時間を要した閃華。それは昇が始めて自分の武器である二丁拳銃と黒いシャツとコートを作り出した時の事だ。
今にして思えば最初のやり方が間違っていたのかもしれない。なにしろエレメンタルアップの応用で武器を作り出そうとしていたのだから、今のようにアルマセットを使って作り出すというアイデアは出てこなかったのだろう。
その後に何とか武器のイメージ化に成功したのは偶然だろう。けれども昇がアルマセットを出来るようになったのもその時からである。
それがなんの関係があるのか尋ねる閃華に昇はその時の状況を踏まえながら答えた。
「あの時は力の影響で地震が起きるほどの力を発動させたよね。もし……それが自分でコントロールできるとしたら?」
「ッ!」
さすがに驚きを隠せない閃華。どうやら昇が言いたい事が一発で分ったらしい。
「じゃがあれは未知の能力じゃ。何が起こるか分らんぞ」
「分ってる。でも、その力も必要だと思うんだ」
「本気で言ってるんじゃな?」
「もちろん」
溜息を付いて見せる閃華。こうなっては何を言っても無駄だと悟ったようだ。でもそれだけじゃない。昇ならやるかもしれないという期待に似た確信があったのかもしれない。
そんな昇から視線を外すと閃華は背もたれにもたれかかった。真剣な話をしただけに少し疲れたのだろう。そんな閃華にお茶を入れなおしながら与凪が突然変な事を言い出した。
「そういえば滝下君の武器ってまだ名前をつけて無かったわよね。丁度良い機会だから武器の名前も考えてみたら」
……えっと、それが勝つ事にどんな関連性があるのでしょうか?
「そうじゃな、いつまでも二丁拳銃とか黒いコートとかでは言い辛いからのう」
いや、閃華さんまでそこは賛同するんですか。
「どうせならカッコイイ名前にしましょうよ」
いやいや、与凪さん、何をいきなり盛り上がってるんですか。
「うむ、それは名案じゃな。なにしろ決めゼリフじゃからのう。ここはビシッと決めるような名前ではいかんのう」
あの~、いつからアルマセットは決めゼリフになったのでしょうか。
「ならいっその事、横文字じゃなくて日本的な名前にしてみましょうか。下手に横文字にするよりかはカッコイイと思いますよ」
もうカッコ良ければどうでもいいんですか。
「そうじゃな、どうせならそうしてみるとするかのう」
……もう好きにしてください。
「それで、滝下君はどんな名前が良い?」
「いや、いきなりこっちに振られても困るんですけど」
「まあ、昇にはセンスが無いからのう。ここは私が決めてやるとするかのう」
わぁ~、閃華さん、それは遠回しのイジメですか。まあ、確かにセンスが無い事は認めますけど、そうはっきりと言われると傷つきますよ……僕が。
「武器は紫の黒と書いて紫黒防具は八咫烏というのはどうじゃ?」
「いいですね、それ、カッコイイですよ」
まあ、確かにそうですけど、それでいいんですか……本当に。
先程までの雰囲気は何処に行ったのやら。今では閃華と与凪は昇の武器についての名前で盛り上がっていた。
もちろんそれは与凪なりに休憩を入れたつもりだ。いつまでも真剣な話をしていたのでは疲れるだろという、与凪ならではの休憩の入れ方だろう。
おかげで昇は気付かないままに少しだけ気が楽になっていた。
そんな二人の会話は少しだけ盛り上がると閃華は大きく伸びをすると話を元に戻してきた。
「さて、余談はここまででいいじゃろう。そろそろ本題に入ろうかのう」
「本題って?」
「もちろん、昇がどうやって完全契約をした精霊を倒すかじゃ」
急に真剣な顔付きになった閃華に昇の顔をも引き締まる。それから昇の口から今日のことで導き出した答えと作戦が告げられるのだった。
「確かに実現可能だけど、滝下君にはかなりの付加が掛かるわよ」
「別にエレメンタルアップと一緒にやるわけじゃないから大丈夫ですよ」
「あっ、そっか」
昇の答えを聞いた与凪がそんな事を言ってきた事に対して昇は大丈夫な事を告げた。
「それにしても、相変わらず予想外な考えを出してくるわね。それに今回は私も手伝わないといけないわね」
「はぁ~、こればっかりは与凪さんの力を借りないとどうしようもなくて」
申し訳無さそうに頭を掻く昇に与凪は笑ってみせる。
「別にそんな事を気にしなくても良いわよ。私はバックアップが専門だもの、これぐらいはやってのけて見せるわよ」
「ありがとうございます」
「礼なんて別にいいわよ」
軽く手を振って律儀な昇を軽く流す与凪。そんな与凪に昇は感謝するのと同時に別の思いも浮かんできた。
けど今はそれを胸に仕舞い込んで閃華へと目を向けた。
「これの完成には一度皆が集らないといけないと思うんだ。閃華には悪いけど琴未を呼んで来てくれる」
「うむ、では行ってくるとしようかのう」
席を立って部屋を出て行く閃華を見送る昇と与凪。二人っきりになり、すっかり静かになった生徒指導室で昇は先程思った事を尋ねて見る事にした。
「与凪さん」
「んっ、どうしたの?」
急に呼び掛けられてモニターから昇へと視線を移す与凪は何事かという顔をしている。そんな与凪と視線を交じ合わせる事無く昇は尋ねた。
「与凪さんにはいつもお世話になってるし、今回もこんな事まで頼んじゃったんですけど。与凪さんは本当にこれで良いんですか? 僕達と一緒に戦ってくれて」
そんな昇の言葉に与凪は驚いた顔をするとわざわざがっかりしたような表情になり肩を落として見せた。
「それは……私が滝下君達の仲間じゃないって事?」
「い、いや! そうじゃなくて!」
突然そんな事を言われたので慌てる昇に与凪は思いっきり笑い出した。どうやら相当面白かったようだ。
そんな与凪の笑いが収まると与凪は視線を外に移す。外では未だにシエラとミリアが特訓しているのがチラチラと視界に入ってくる。
そんな二人を見て与凪は微笑むと両手を組んで軽く頬を乗せる。その姿は可憐で優雅で与凪が精霊である事を昇は再確認させられた。それほどまでに与凪の姿は綺麗だった。
「確かに最初はこんな無茶な事をする人達を放っておけなかっただけなんだけどね……でもね、それは切っ掛けにすぎないの。私は……友達を放っておいて自分だけ逃げる事なんて出来ないわよ。だからこうして滝下君達と一緒に戦ってる」
「……与凪さん」
「私は友達を見捨てる事なんて出来はしないのよ」
いつも以上に真剣に語る与凪の雰囲気に昇は完全に飲み込まれたように与凪を見詰める。そんな与凪は今度は昇に視線を移してきた。
「それに……滝下君達は傍目から見てると面白いのよね。こんなに楽しませてもらってるんだから、少しぐらいは恩返ししないと」
僕達はいつから与凪さん専門の漫才師になったんですか。
そんな事を思いながら昇は軽く溜息を付いた。先程までの雰囲気は何処に行ったのやら、与凪は何処まで行っても与凪なのだと昇は分ったような気がした。
「って、本当にそんな言が出来るの!」
全員が集って昇の説明を聞いた琴未はそんな事を言い出した。確かに昇のアイデアなら完全契約にも勝てるかもしれない。けれどもそれが実際に出来るかとどうかと言われると不安になるのだろう。
「それは大丈夫、エレメンタルアップの応用で何とかしてみせるから」
「そ、そう」
自信満々で言われたので琴未はそれ以上の事は何も言えなかったのと同時に安心する事が出来た。いつもの昇が戻ってきたのだと実感できたのだろう。
「これで完全契約に対抗する下地が出来た訳じゃが、いつしかけるつもりじゃ?」
フレト達がこれからも精霊王の封印にちょっかいを出してくるのは確かだろう。だからあまり時間がない。悠長に修行をしている暇は昇達には無いのだが、昇は何かを確信したような笑みを閃華に向けると次は真剣な顔付きを皆に向けた。
「これから十日後に精霊王の封印を賭けて勝負を挑む」
「なんじゃと!」
「なっ!」
「それは!」
それぞれに驚きを示すシエラ達。それはそうだろう、なにしろ精霊王の封印を賭けて正面から勝負を挑もうというのだから。
「そんなの無謀すぎるよ~」
さすがのミリアもそんな短期間でラクトリーに勝てる自信が持てないのだろう。けれども時間が無いのも確かだし、昇なりにも考えがあった。その事を見透かしたかのように閃華は昇に尋ねる。
「なぜわざわざそのような真似をするのか、その説明が必要じゃな。私達にもじゃがな」
頷く昇は自分の考えを信じて言葉を口にする。
「僕はこれからこの事をあの人達に伝えてくるよ。なにしろ精霊王の封印を賭けた勝負だ。相手としても拒否する必要は無い。なにしろ勝てば余計な手間を省いて精霊王の力を手にする事が出来るんだから。だから相手は絶対にこの提案を拒否しない」
確かに昇の言うとおりだ。相手はこの勝負に勝つだけで精霊王の力を手にする事が出来るのだから拒否する理由がないだろう。
罠とも考えるだろうが、なにしろ精霊王の力だ。たとえ罠だと分っていても飛び込んでくるだろう。フレト達にも時間が無いのだから。
お互いに時間が無いのは一緒だ。だからこそ昇は正面からの勝負を挑もうとしている。だが昇としても負ける気は無い。
「でも……僕達は絶対に負けられない! 絶対にあの人達に勝たないといけないんだ。その勝負で勝つことが出来れば皆が喜んでもらえるような未来を僕が作ってみせる! だからこそ、そこで全てに決着をつける」
昇の言葉に聞き入るシエラ達。皆が昇を見詰めている中で昇だけが自分自身を完全に信じていた。いや、自分自身では無い。自分と繋がっている皆を信じている。だからこそ何も言わずに今は黙っていた。
「十日後……分ったわ。それまでに何とかしてみせる」
「琴未……」
真っ先に答えた琴未に昇は琴未に強い覚悟がある事を感じた。今度こそは昇の役に立とうと必死になっているのが朴念仁の昇にさえ分るぐらいだ。相当の覚悟を琴未は持っているようだ。
「私はいつでも昇の剣なる。だからいつでも構わない。私を振るいたい時はいつでも振るって」
「ありがとうシエラ」
シエラも昇を真っ直ぐに見据えながら覚悟を口にした。シエラは最初から決めていたのかもしれない。そう、契約した時から昇の剣となって敵を斬り裂く事を。それがどんな状況でも、どんな事態でも関係ない。自分は昇を信じて一緒に歩くと決めていたのだから。
「……十日後には……お師匠様と。うん、分ったよ、シエラが剣になるなら私は盾になる。皆を守る盾になる。だから私も昇を信じるよ」
「僕も信じてるよミリア」
お互いに繋がっている事を確認しあう昇とミリア。直感だけで昇を契約者として選んだミリアの勘はある意味では当たっていたのかもしれない。なにしろこんなに強い繋がりを作れたのだから。
「やれやれ、美味しいところを取られっぱなしじゃな。まあ、たまには良いかもしれんのう。昇、私がやれる事はここまでじゃ、後は自分が信じた道を進むんじゃな。なに心配はいらん。なにしろ昇には私達が付いておるからのう」
「そうだね閃華」
いつも導いてくれている閃華に改めて昇は感謝する。ここまで来れたのは閃華のアドバイスがあったからこそだ。閃華はいつだってそうだ。昇が困っている時は影ながらサポートしてくれる。
時々度が過ぎて遊びすぎる事もあるけど、それは昇や琴未を思ってやっている事だ。だからこそ昇も閃華を信じる事が出来るのかもしれない。それを時々感じているからこそ、閃華とは改めて繋がりを確認しなかったのかもしれない。
閃華は影でいつも昇と琴未を見守っているのだから。
「さてと、それじゃあ私もそろそろ自分の作業に戻るとしますか」
「お願いします、与凪さん」
「任せて、最高の物を作ってみせるから」
背中を向けて歩き出した与凪は片手を上げて親指を立てて見せた。
少しだけ距離は開いているけど、そんな距離を無くして繋がる事が出来るのが与凪なのかもしれない。
確かに与凪は昇とは契約はしてないが、昇達を助けてくれる。それは与凪の意思であり覚悟の表れかもしれない。それに出来ないのだろう、昇達を見捨てることなどは。
そんな事をするぐらいなら徹底的に首を突っ込んで行くだろう。それが与凪なのかもしれないと昇は思わざる得なかった。
今までは無意識でやっていたけど、エレメンタルアップってもの凄く凄い事なのかもしれない。なにしろこんなにも強い繋がりを持つ事が出来るんだから。皆と……だから、これからも一緒に戦っていける。
昇はそう確信したのだった。
はぁ~、すっごい高級ホテルだな~。
ラクトリーに渡された連絡先を辿って辿り付いた場所は、この付近でもかなり珍しい高級ホテルだった。こんなのがここにあるだけでも不思議なのだが、まあ宿泊施設などはどこにでもあるものだと昇はホテルの中に足を踏み入れていった。
現在ここに居るのは昇一人だけだ。下手にシエラ達を連れて行けば昨日のような戦闘になりかねない。それを防ぐためにも昇一人でここにやってきた。
当然、琴未達に止められたが、これは絶対に必要な事だし、下手に刺激しないためにも自重した方が良いという閃華の進言により琴未達は身を引く事になった。
ホテル内は入口から特別に豪勢というわけではなく、通常のホテルに比べれば高級感が出ているだけだ。
そんなホテルの受付に向かうとラクトリーが示してくれた部屋の住人に自分が来た事を知らせてくれと頼んだ。いきなり乗り込んで行っても警戒されるだけだから、自分が来た事だけでも先に知らせておいて損は無いと判断したようだ。
受付の人が電話を代わるか聞いてくるが、直接話がしたいから部屋に行きたいと自分の意向を伝える。
その事をフレト達に伝えているのだろう。受付の人は電話を切ると昇にフレト達の部屋が何処にあるのか、行き方を丁寧に教えてくれた。
教えられた通りにエレベータへと乗り込んだ昇は最上階にある部屋へのボタンを押しすとドアが閉まり動き出した。エレベーターの半分はガラス張りになっており外がよく見える。
時間はすっかり夕刻になってしまい。夕焼けがよく見えた。そんな光景を見ながら自分の手が震えている事に気付いた昇。不安なのか武者震いなのかは分らない。けれども敵陣に一人で乗り込むようなものだから震えてもまったく不思議は無い。
けれどもそんな身体とは反対に心は静かだった。鏡のような水面のように静まり返った昇の心に夕焼けが写る。
その綺麗な光景は昇の覚悟を後押ししているかのように綺麗に輝いている。
そうだ、ここまで来たらもう引き返せないんだ。いや、引き返す気なんて無い。もう決めた事だから。後は自分を信じて進むだけなんだ。
綺麗な夕焼けに自分の覚悟を写すかのように鋭い視線で見つめる昇。そんな光景を見ていると到着が近いようでエレベータの動きがゆっくりとなった。
そして動きが完全に止まるとエレベータのドアが開く。
「お待ちしておりました」
そこには咲耶とレットが居た。咲耶は深々と頭を下げて昇を出迎え、レットは辺りを警戒しながら軽く頭を下げた。昇が着たから警戒のためか、それとも何かしら企んでいるのかは分らないが、昇は堂々とエレベータから出て二人に告げる。
「フレトさんに話しがあってやってきました。重要な話なので取り付いて貰えますか?」
「先程から部屋でお待ちです。どうぞこちらへ」
レットがそう告げると咲耶が案内に立つ。咲耶とレットに挟まれて歩く昇。一応警戒されているのだろう。昇はそれを肌で感じながらも表に出さずに堂々と歩いていく。
そしてフレトが待っている部屋に着くと咲耶がノックして昇の来訪を告げた。中から返事が返って来ると両開きの扉を咲耶とレットが開いて昇を室内へと促した。
そこには机を前に椅子に腰掛けているフレトの両脇にラクトリーと半蔵が控えていた。これで完全に昇は囲まれた形になるが、昇に怯えも警戒も無い。ただ堂々とフレトの前へと歩むだけだ。
「今日は勝負を申し込みに来ました」
フレトの前に立つなり昇はそう宣言した。そんな昇にフレトは意地悪な笑みを浮かべながら両手を組む。
「ほう、勝負なら昨日の段階で付いたと思っているのだが」
確かにフレトの言うとおりだ。昨日は昇達は逃げ出した。その時点で勝敗は付いている。けどそれだけだ。
「確かに昨日は負けました。だから今度は……精霊王の力を賭けて勝負を挑みます」
「なっ!」
昇の宣言にさすがに驚きを隠せないフレト。まさか精霊王の力を賭けて来るとは思っても見なかったことだろう。
そんな驚きの表情のままのフレトに昇は更に話を続ける。
「今度の戦いでは僕達が負けたら精霊王の力をあなた達に託します」
「それは……本気で言っているのか?」
さすがにフレトも動揺しながらも昇の言葉を疑う。動揺しながらもその言葉が出るのだからフレトの器も大した物なのだろう。
そんなフレトに昇ははっきりと宣言する。
「本気です」
さすがにこの言葉にはフレトの精霊達も動揺を隠しきれて居ないようだ。あのラクトリーでさえ驚きを隠しきれず、半蔵は何かあるのでは無いのかと警戒心を強めたように感じられる。
そんな昇の宣言に驚いていたフレトだが、すぐに平常心を取り戻すと笑い出した。
「どうやら本気のようだな。それで、俺達が負けたらどうしろというのだ?」
「その時は僕の言った言葉に従ってもらいます」
「まあ、確かに戦いなんてものはそういうものだからな。良いだろう、負けたら精霊王の力から手を引こう」
そう宣言するフレトに昇は首を横に振った。
「僕は勝ったら僕の言葉に従ってもらうと言ったんです。誰も精霊王の力から手を引けとは言ってません」
その言葉にさすがのフレトも表情を少し崩した。昇が精霊王の力を賭けての勝負を持ち込んできたのだから、てっきり負けたら手を引くものだと思っていたが、どうやら昇達の条件は違うようだ。
「それではどうしろと」
「まだ勝ってもいないのに言ってもしかたないでしょう」
つまりこの場では言う気は無いということだ。その事がフレトの気に障ったのか二人は少しの間だけ黙って鋭い視線を交じ合わせる。
それからフレトは背もたれにもたれ掛かると昇にはっきりと告げた。
「良いだろう、その勝負……受けようじゃないか」
「なら十日後、昨日と同じ場所で」
「分った、それで良い」
フレトが片手を上げると後ろに控えていた咲耶とレットが扉を開けた。もう話すことは無いというフレトの宣告だ。昇としてもそれは同じ事だ。
昇はそのままフレトに背中を見せて堂々と歩いていく。そして扉の仕切りを跨いだ時だった。フレトが昇に話しかけてきた。
「後悔する事になるぞ、そんな勝負を持ちかけてきた事にな」
フレトとしては、その勝負に勝つだけで全てが手に入る。もし約束を反故にされてもすでに勝敗が付いているのだから、後はフレトの自由に出来るのも確かだ。
けれどもフレトはそんな口約束だけで昇を信用はしないだろう。昇が振り返るとフレトの横に居た半蔵はすでにおらず、どこかに姿を消したようだ。
そんな様子を見て昇は自信に満ちた口調で宣言した。
「あなたが何をしようと僕達は正面から正々堂々と戦わせてもらう。そうしないとあなたを説得させる事はできませんからね。だから僕を偵察しても無駄ですよ。十日後の勝負は真正面から……あなたに勝つ!」
いつもの昇とは思えないほどの気迫で宣言する。そんな昇の気迫に押されたのかフレトの頬を一筋の汗が流れ落ちた。
何かを言い返したいとは思っているのだろうけど、今の昇に言い返せるほどの覚悟をフレトは持ち合わせて居なかった。
昇が来ることでさえ思いもよらなかったのに、まさかそのような宣言もされれば動揺せずにはいられなかったのだろう。
黙り込むフレトに昇は再び背を向けると部屋を後にした。
「半蔵」
昇が去ったすぐ後にフレトはすぐに半蔵を呼び寄せた。
「やはり監視はしなくて良い。真っ向から向かってくると宣言したのだから、その通りになるか面白いじゃないか」
フレトの言葉にレットは思いっきり溜息を付いた。
「フレト様、そういう火遊びは程々にしておかないと火傷をしますよ。なにしろ口約束だけなのですから、相手がどのような罠を」
フレトはレットに向かって手の平を差し出すと、それ以上の言葉を遮った。レットの言いたい事ぐらいフレトにも分っている。それが分っていて昇の提案に乗ったのだからレットとしては口に出したい事がいくらでもあるのだろう。
フレトは立ち上がると外がよく見える大窓から視線を表へと移した。さすがにこの位置からでは帰っていく昇の姿は見えないが、夕焼けがそろそろ終わるのは分った。
「確かに勝負に勝ってば精霊王の力が手に入るという確証は無い。だが……あいつは一人でここに……敵陣に乗り込んできたんだぞ。そんな事をする奴の言葉を信じてみてもいいんじゃないのか。それにラクトリーのお隅付きだしな」
「ラクトリーいつのまに」
どうやらレットはラクトリーが昇の事をどう報告したかは知らないようだ。そんなレットに向かってラクトリーは微笑みながら昇について話をし始めた。
「レットの心配も分るけど、あの子なら大丈夫よ。決して卑劣な罠は使わない子よ。少し話しただけだけど、それぐらいは分るわ」
「たったそれだけの根拠で」
確かにそれだけで納得しろというには無理があるのだろう。なにしろラクトリーの偏見が入ってないとも言い切れないのだから。レットは更に頭を抱える事になった。
そんなレットにフレトは自信を持って告げる。
「そんなに心配は無い。なにしろ俺達が負けるはずが無い。たとえ勝って約束を守らなかったとしても、追い詰められているのはあいつらの方だ。こちらの優位に代わりは無い。だったら見てみようじゃないか。やつらの最後の足掻きをな」
「それが足元をすくわれないとも限りませんよ」
フレトの言葉に一応忠告だけはするレット。もうどうにでもなれという感じで諦めるしかないのだろうと大きく溜息を付いた。
そんなレットを安心させるためなのか、それとも大して意味は無いのかフレトは咲耶にも意見を求めた。
「全ては主様のお心のままに」
その言葉にフレトは自信に満ちた笑みで答えるのだった。
はぁ~、かなり緊張した~。なにしろ口約束だけだったからな~。上手く乗ってくれて助かったよ。
昇は自分の家に帰るなり、部屋に戻るとベットへと倒れこんだ。先程までの堂々とした昇の姿はそこにはまったく感じられなかった。
なんとか虚勢だけで口車には乗せられたけど、状況はあまり変わりないんだよね。僕達は十日後にあの人達に勝たないといけないんだから。
つまりは昇があそこまで堂々としてフレトと対面したのは自分を信用させる為と威圧するためだ。
なぜそんな事をする必要があったかというと、それは十日後の勝負を約束させるためだ。
フレトが本当に精霊王の力を渡すという確約を寄こせとでも言われたら昇にはどうする事も出来ない。だからこそ虚勢を張って自分の言葉が真実であり、またフレトの自尊心を揺さぶる事になった。
昇があそこまで堂々と宣言したからこそ、フレトどころか周りの精霊達も動揺した。もし昇に少しでも自信が無い言葉だったらフレト達は動揺しなかっただろう。そして動揺させる事で、確約も無しに昇の言っている事が真実だと認めさせなければいけなかったのだ。
そのために昇は普段からは想像出来ないほどの緊張と戦いながらも、あそこまで堂々と宣言するという芝居をする必要があったのだ。
そこまでしないと精霊王の力を渡すという確約を求められる事になりかねないからだ。全ては自分を信用させるため。それにあの場にはラクトリーもいたし、昇の事も聞いているだろうから、こんな嘘や安っぽい罠などは張らないはずだと進言していてもおかしくないと昇は思っている。
昨日見たラクトリーからはそんな印象を受けたからこそ、そこにも賭けてみる事にした。
そんな事もあり、どうにか約束だけは取り次いだ昇だが、未だに問題は山積みだ。なにしろ相手は完全契約をしたフレト達。そのフレト達を倒して昇が描く未来を実現させる為には昇だけじゃない。皆の努力と力が必要なのだから。
そのためにはまず完成させないといけない。完全契約を打ち破る、昇のとある考えを。
はい、そんな訳でお送りしました八十八話でしたですけど、如何でしたでしょうか? 楽しんで頂けたなら幸いです。
ん~、実を申しますともう少しフレト達で遊びたかったんですよね~。だから少し話数を増やしてフレト達の話を入れようかどうか迷っております。ぜひ見てみたいという方はご一報ください。フレト達も実は結構面白い一面を持っているみたいなので。
さてさて、前々回に続き与凪の出番が増えてきましたね~。今回は脇役にも関わらずフラグでも立つんじゃね? とか思いませんでした? まあ、与凪にはもう森尾が居ますからね~。さすがにフラグは立たないかな。
まあ、そんな事はさて置き、今回の与凪は何気なくカッコイイシーンがあったような気がします。いつもの与凪とは違う一面を見せてますよね。私的にはかなり気に入ってるんですけど、皆さんは如何でしたでしょうか? まあ、いつもの与凪とは違いますからね~。でも、あれも与凪の一面なのでは無いのではしょうか。そう思っております。
さてさて、余談はここまでにしてそろそろ締めますか。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、最近では全体的に書き方が変わったのが良いのか悪いのか分らなくなってきた葵夢幻でした。