第八十七話 繋がるという事
なんだかここに来るのも久しぶりで、なんだか懐かしいな~。
高戸神社の奥にある道場へと向かう道すがらで昇はそんな事を思っていた。
そういえば昔は琴未と一緒にこの辺でよく遊んだっけ。かくれんぼとか鬼ごっことかやってたけど、結構楽しかったな~。
昔の思い出に浸りながらも歩みを進めて道場へ向かい、目的の建物が見えてくると途端に違和感を感じた。
精界……じゃない、なにかの結界かな。
道場内部を全て覆うように結界が張り巡らせているようだ。
ちなみに精界と結界の違いだが、精界は内部空間を精霊界に移行させる事で人間世界にまったく影響を与える事が無い。なにしろ内部は人間世界というより精霊世界といった方が良いのだから。
もう一方の結界は完全に壁である。これは何かを封鎖する時に使われる物だ。もちろん人間世界で行われているものだから、結界の中で何かが破壊されると当然のように人間世界でも同じように破壊される。
何かを遮断するために使われるのが結界であり、人間世界から精霊世界に移動して戦闘空間を確保するのが精界と理解した方が早いだろう。
つまり精界は人間世界に影響を与えないが、結界は人間世界にその通りの影響を与えるということだ。
そんな結界がまるで道場を守るように張り巡らされているのだから昇は不審に思わずにはいられなかった。
いったい何をやっているんだろう。
それと同時に興味も沸いてくる昇はそのまま道場に近づくと玄関の扉に手を掛けて、少しだけ力を入れると簡単に開いた。
どうやらこの結界は何かを封じ込めるものではなく、内部の影響を外に出さないために張られているような結界だ。
だからこそ昇は普通に玄関の扉を開けると、そこには丁度琴未が訓練していた。
「はぁっ!」
琴未が雷閃刀を一気に振り下ろして床にぶつけると幾つもの雷が四方八方へと走った。どうやら雷の属性を使っているから結界を張って訓練をしているようだ。
けれども上手くは行っていないのだろう。琴未は荒い息のまま雷閃刀を振り下ろした部分を見て悔しそうな顔をしている。どうやら何かをしようとして失敗したようだ。
「やっぱり同時にやると精密さに欠けてコントロールが出来ないわね」
そんな事を呟いている琴未に昇は話しかける事を躊躇したが、さすがにこのままにはいかないので開いたドアをノックすると自分の存在を琴未に知らせた。
「昇! いつからそこに?」
いきなり現れた昇に琴未は驚きを示す。さすがに昇が来る事は予想出来ていなかったようだ。まあ、それはそうだ。なにしろ琴未はここに修行をしに来ているのであって、帰省している訳では無い。
「ついさっきだよ。なんとなく琴未達の様子を見に行こうと思ってさ」
「私の……」
『達』の部分をすっかり削除してしまった琴未の脳内には勝手に次の展開が繰り広げられ始めていた。
「琴未、僕はやっと分ったんだ。やっぱり琴未は僕の傍に居ないとダメなんだよ」
手を取りすっかり美形と化した昇を見詰める琴未。そんな昇にうっとりとしながら昇の話しに聞き入る。
「琴未が居なくなってからすぐに分ったんだ。僕の中にすっぽりと大きな穴が開いた事に。最初は戸惑ったよ。けどすぐに分ったんだ。琴未が僕の傍に居ない事が僕にとってどれだけ大きなものを失ったかを教えてくれたんだ」
「で、でも、今の私じゃ昇の役には立てない」
「そんな事ないよ」
琴未を思いっきり抱きしめる昇。あまりにも唐突な事で琴未は抵抗どころか逆に昇の両肩を強く握り締めてしまった。
「琴未は僕の傍に居るだけで充分なんだ。ただそれだけいいんだ。それに修行ならならこれから僕がつけてあげるよ」
「えっ、つけてあげるって、何を……きゃ」
いきなりの感触に琴未は悲鳴を上げるが昇から離れるどころか更に抱き付く。
「ほら、体の力を抜いて、そんなに力を入れてると何も出来ないから。だから……全部僕に任せて」
「昇……うん」
「琴未、琴未~」
昇の姿を見た琴未はすっかりあっちの世界に旅立ってしまったようで、雷閃刀を片手にうっとりと昇の姿を見ていた。
「そんな昇、いきなりそんな所を」
って、そんな所ってどこですか!
「だって、今の私は沢山汗を掻いたし……うん、昇がそういうならいいよ」
なにが! いったいなにがいいの!
「けど、ここだとやっぱり恥かしいよ……分った。昇がそう言うなら」
僕はいったい何を言ったんだ!
さすがにこれ以上は琴未の妄想モードに突っ込みきれないのか、昇は道場に上がると琴未に近づいていった。
やっぱり結界の中だね。琴未があれだけの事をやったのに傷一つ付いてないや。
そんな感想を持ちながら琴未の目の前に立つと両肩を掴んで前後に揺さぶる。今回の妄想モードはかなり強いのかうっとりとした顔で前後に何度か揺らされると、やっと驚いた顔をして現実の世界に戻って来た。
そんな琴未は笑って誤魔化すが昇はすっかり慣れたようで同じく笑い流した。
「それで、どうしたの?」
昇の来訪理由を尋ねてきた琴未。その返答に昇は少しだけ考えてから答えた。
「うん、えっと、少しだけ……琴未の特訓風景を見てて良いかな?」
「昇、それって」
「いや、それはもういいから」
もう一度妄想モードに入りそうな琴未を止める昇。さすがにこれ以上はキツイのだろう。なにしろ放っておいたらいつまでも続くのだから、突っ込む身にもなれば突っ込みきれないのだろう。
まあ、そんな漫才みたいな理由はともかく、昇には確かめたい事があった。それが琴未とどう繋がっているかだ。
絆とか縁とか言い方はいろいろとあるけど、昇と琴未の繋がりはそんな言葉では表す事が出来ない信頼のようなものだ。琴未がどこまで昇を信頼して、どれだけ繋がっているのかを確かめてみたかった。
昇がここに来た理由がそれだ。
「それで、見てても大丈夫かな?」
「それは構わないけど、あんまり面白くないわよ」
「大丈夫だよ、確かめたい事があるだけだから」
昇の答えに琴未は首を傾げた。昇が何を求めているのか良く分らないのだろう。実際に昇もどう言葉にして良いのだから琴未に分るわけも無かった。
それでも支障は無いのか琴未は昇の見学を許可すると、昇を結界の端に誘導してから琴未は道場の真ん中に移動した。
そして雷閃刀を下段に構えた。
さすがに構えると違うな。
そんな感想を抱く昇。雷閃刀を構えた琴未の表情は真剣であり、その眼差しは敵を射抜くかのように鋭くなっている。
そんな琴未が構えて静寂が訪れる。それがどれだけの時間かは分からないが、琴未は精神を集中させると右足を大きく踏み出す。
それと同時に雷閃刀も突き出し雷が迸る。放たれた雷は太い物だが、まとまってはおらずに今にもバラけてしまいそうだ。
そんな技を繰り出した後、琴未はもう一度元の位置に戻ると今度は下段よりも切っ先を右側の床に突ける。
今度は上半身から前に出すと左足を一気に踏み出す。そして一気に斬り上げるのと同時に幾つもの雷が天に向かって放たれた。
その雷は天井の結界に当たって四散するが琴未はやはり満足していない顔になっている。やはり思った通りには出来ていなかったのだろう。
それから琴未は雷閃刀を鞘に収めると一度昇の所にやってきた。
「今のところはこれぐらいなんだけどね。出来ればもう少し技数を増やしたいんだけど、思いついたのはこれだけだからしょうがないといえばしょうがないのよね」
「うん、凄かったよ。なんか、琴未らしい技だと思ったよ」
昇の感想に琴未は満足したのか顔に少しだけ笑みが溢れ出す。どうやら少し嬉しかったようだ。
そんな琴未とは逆に昇は少しだけ言い辛そうな顔をすると話を切り出した。
「……琴未は……なんで強くなろうと思ったの?」
「えっ?」
突然の質問に驚きを隠せない琴未。どうしてそんな事を聞くのか分らないと示すばかりに首を傾げるだけだ。
そんな琴未に昇は話を続ける。
「負けて悔しいのは分るけどさ、琴未がわざわざここまでして特訓をする理由は何なの?」
昇がここに来た本当の目的はこれを尋ねるためだ。この質問こそが二人の繋がりを示す事になると思ったから昇はあえて口にした。
そんな昇に琴未は思いっきり溜息を付いてみせる背中を向けた。
「分らないの?」
「……うん」
「まったく、閃華の言ったとおりに本当に朴念仁なんだから」
またそれですか。
いつも言われている言葉に同じ事を思う昇。そんな昇に琴未は再び振り返ると昇の顔を下から覗き込むように近づける。
「好きだからだよ」
「えっ?」
突然の言葉に昇は思わず上半身を後ろにそらすと驚き、琴未はそんな昇を笑うのだった。
「私は昇の事が大好きだよ。だからどんな状況でも、どんなに負けても昇の傍に居る事だけは諦めない。そのために強さが必要なら……完全契約をした精霊に勝つ事が必要なら私は強くなる。だから一生懸命に特訓してるんだよ」
琴未は短い髪を揺らして再び昇に背中を向ける。本気の言葉でもここまではっきりと口にすると恥ずかしくなったようだ。
大きく深呼吸をする琴未。それで平常心を取り戻すと再び昇の傍に行って、お互いの顔を近づけた。
「昇はまだ迷ってるかもしれないけど、あいつらともう一度戦う事になるのは確かなんでしょ。精霊王の力が持っている危険性は私も充分に分ってるから。だから! 今度は負けないように、今度こそ勝てるように特訓してるのよ。昇が勝たせてくれるって信じてるからね」
最後にウィンクして一番最後の言葉を強調させる琴未。そんな琴未に昇はどう返事をして良いのか迷っていた。
ただ……嬉しいのは分った。琴未がここまで自分の事を思っていてくれた事が分っただけでも充分に繋がったような気がした。
「ありがとう、琴未」
他にも言い様があるだろうが、今の昇にはこれが精一杯なのだろう。そんな昇に琴未は微笑むと顔を少し赤らめた後で顔を一気に近づけてキスをしてきた。
いきなりの事で驚いて一瞬で琴未から離れる昇。そんな昇を琴未は笑っていた。
「これは罰だよ。女の子にこんな事を言わせるなんて男失格だよ。だからこれはその罰ね」
「……これからはなるべく精進します」
「うん、まったく期待しないで待ってるよ」
厳しいですね。
お互いに笑いながらその場の雰囲気を楽しむ昇と琴未。何にしても琴未との繋がりをはっきりと感じる事が出来ただけでも昇としては充分だった。
琴未の道場を後にした昇が向かったのは学校だった。さすがに夏休みなので静まり返っているが、昇が学校に一歩を踏み入れた途端に辺りの風景は一変した。
校庭ではシエラとミリアが特訓しているし、校舎には被害を出さないためか結界が張られている。そして学校全体には精界が張られており、その上から与凪の属性である霧を使って精界の存在を完全に隠している。
ここまでされてはかなり近くで強力な探知能力を使われないと発見される事は出来ないだろう。なにしろ精界は近くなら契約者でも精霊でも感知出来るが、大抵は目視で確認しないと発見できない物だ。
それでも分るのは精界は広範囲で張る事が多いため、遠くからでもよく目立つためである。
だがこのように霧の属性で隠されてしまうと発見する事は不可能に近い。なにしろ精界の存在を隠しているし、契約者や精霊も常に精界を探している訳ではないのだから。
そのため今ではこの場所がミリアやシエラの特訓場になっている。
確信は無かったがミリアが特訓するとなるとここしかないと思っていた昇は校庭に入る事無く、その一歩手前で二人の様子を見守った。
上空から攻めて来るシエラに対してミリアは大地を破壊して迎撃している。本来なら防御からのカウンターを狙うミリアにしてみれば積極的な行動と言える。
そんなミリアの攻撃をかわしながら上空から一気に距離を詰めてくるシエラ。そんなシエラにミリアはアーススピアで対抗する。
「ショット!」
アースシールドハルバードを一気に上に振り上げると、地面の槍であるアーススピアはシエラに向かって一気に飛び出していった。
迫ってくるアーススピアにシエラはウィングクレイモアを右肩に担ぐと一気に翼を羽ばたかせる。もともと重量がある武器だけに一振りだけに大きな威力を持っている。
だがそれだけではない、タイミングを合わせての一振りでほとんどのアーススピアを撃破すると、余波で生じた風で残りのアーススピアも吹き飛ばしてしまった。
これでミリアの攻撃は潰した。再びミリアに突っ込んでいこうとするが、ミリアはすでに場所を移動してシエラの後ろを取っていた。
「アースボール」
アースシールドハルバードを地面に突き刺したミリアの周囲から地面が吹き上がると、それは丸いボール状態になった。大きさは人一人が入れるぐらいの大きさだ。それが一つだけではない、幾つものアースボールがミリアの周囲に浮いている。
「ショット!」
再びアースシールドハルバードを振るうとアースボールはシエラに向かって突っ込んでいった。さすがにこれだけの質量だと全部破壊する事は不可能なのだおう。シエラは自分に直撃する最低限のアースボールだけを破壊しながら下降を続けたが、いつの間にかミリアの姿は地面には居なかった。
「……上」
シエラが上を見上げるとシエラが見逃したアースボールの中から一つが破裂すると、その中からミリアが一気に飛び出してきた。
「やあっ!」
気合と共に一気にアースシールドハルバードを振り下ろしてくるミリア。距離的にも重力が加わったスピード的にも普通に避けるのは無理だろう。
けれども相手はシエラである。スピード戦に関してはエキスパートだ。ただ上を取っただけで攻撃を入れられるほど甘くは無かった。
ウイングクレイモアの翼を羽ばたかせると一気にその場から離れる。これで完全にミリアの攻撃は空振りに終わるのだが、ミリアの攻撃はこれで終わりではなかった。
「ブレイク!」
未だに残っていたアースボールが一度に全て破裂する。周辺に大地の破片を撒き散らせながらシエラにも破片が飛んで来る。さすがにここまで予想は出来なかったのか、シエラは両手で顔を庇いながら攻撃をまともに受けるだけしかできなかったが、シエラもそこで終わる事は無かった。
アースボールの破片が全て通過するとシエラはすぐにミリアの姿を探した。アースボールを破裂させるタイミングが早すぎたのだろう。その短時間がシエラにミリアの姿を捉える隙を与える事になってしまった。
ミリアは未だに落下の最中で油断しているようだ。どうやら先程の攻撃が上手く行ったのに満足しているようだ。確かに攻撃は上手く行ったが反撃までは考えていなかったのだろう。
なにより未だに地面に着地してなく上空である。こうなってはシエラにとっては絶好の的だ。
ウイングクレイモアの翼が羽ばたくとシエラは一気に下降途中のミリアに向かって飛んで行く。
完全に油断してたミリアがシエラに気付いた時には、ウイングクレイモアがすでに振られそうになっている時だ。
慌ててアースシールドハルバードを構えるミリアだが、その時にはすでにウイングクレイモアがアースシールドハルバードを捉えており、ミリアと一緒になって振り抜いてしまった。
吹き飛ばされたミリアは地面に叩きつけられるだけでなく、そのまま地面に後を残しながら滑り、かなりの距離を地面に擦りつけながら行くとやっと止まった。
そんなミリアの元にシエラはゆっくりと降りてきた。
「途中で気を抜き過ぎ、こちらの攻撃が完全に効果を出してるか確かめるまで油断しない」
「……っ~、う~、分ったよ~。でも、ここまでやることは無いんじゃないの」
文句を言うミリアを無視するように視線を逸らすシエラ。
「それは自業自得、これにこりたら……」
言葉を止めてミリアから視線を逸らすシエラ。その視線の先には昇が居た。どうやら今まで集中していたようで昇の存在には気付いていなかったようだ。
そんなシエラの視線に気付いた昇は二人の元に歩いて行った。
「二人とも頑張ってるね」
正直な感想を口にする昇。けれどもその発言がミリアに火を付けてしまったようだ。
「当たり前だよ! なにしろ相手はお師匠様だよ。だから今のままじゃダメなんだよ。もっともっと強くなって、お師匠様を倒さないといけないんだから~」
相手がラクトリーだという事で久しぶりにミリアの修行する心に気合でも入ったようで、かなりの特訓をしていたのが二人の姿を見ればよく分かる。
二人ともかなり汚れており、打撲のような後まで残っている。さすがに訓練なだけに斬り合いまではしないが、打撃は加えているようだ。そこまでやっているのだから、かなりキツイ訓練になっているようだ。
そんなミリアに昇は感心したような顔をしてるとシエラが袖を引っ張ってきた。
「シエラ?」
「私達は大丈夫、いつでも昇の剣と盾になれる。だから心配は要らない」
どうやら昇を心配しての発言のようだが、昇の目的とは少しずれていた。
「うん、それは分ってるよ。二人とも僕の為にがんばってくれてるって事は……でも……なんていうか……」
それ以上はどう言えば良いのか分からなくなったのだろう。急に黙り込んだ昇にシエラは視線を動かさないままに見詰めるが、ミリアがいきなり昇に抱き付く。
「大丈夫だよ昇、私が絶対にお師匠様を倒してみせるから」
そんな事を言いながら昇に頬擦りするミリアをシエラは引き剥がすと、ウイングクレイモアでぶっ叩いて吹き飛ばすのだった。
わ~、ホームランだ。
思わずそんな事を思ってしまった昇は咳払いをして気分を入れ替えるとシエラと向き合った。
「シエラは……どうして僕を選んだの?」
考えて浮かんできた言葉ではなく、自然と浮かんできた言葉を口にする昇。自分で言った後に自分でもどうしてシエラが自分を選んだのかを考えてみたが見当が付かなかった。
その一方で質問されたシエラはゆっくりと昇の手を取ると視線を交じ合わせる。
「昇は知らないけど……私に一番大事な言葉をくれた。それから昇の事が気になってずっと見てた。それで契約したいと思ったから契約した」
「えっと、一番大事な言葉って?」
昇にはそんな言葉はまったく思い当たらなかった。それはそうだ、シエラとは知り合う前だし、シエラから勝手に人間界を覗いていただけなのだから、その言葉が何なのか昇に分かる訳が無かった。
その言葉が何なのかを聞いてみるとシエラは静かに人差し指を唇に当てた。
「それは秘密。私の……一番大事な言葉だから」
それからシエラは今まで自分の唇に当ててた人差し指を今度は昇の唇に当てる。
「だから昇も聞かないで、それだけ大事な物だから」
「う、うん」
シエラの仕草に思わずドキッとしてしまった昇。先程までシエラの唇に触れていた指が今は自分の唇に触れてると感じているだけでドキドキしてしまうようだ。
そんな昇の心情を見抜いたかのようにシエラは微笑を浮かべると、突如地面から突き出した壁に斜めから突き飛ばされてしまった。
……今日はいろいろと良く飛ぶ日なの?
そんな感想を抱いてると戻って来たミリアが昇の後ろから抱き付いて来た。
「昇、ただいま~」
「おかえりってのも変だけど、シエラは良いの?」
先程の仕業はミリアがやったものだろう。だからこそそんな事を聞いたのだが、ミリアは怒ったような表情になると昇から離れた。
「だってさっきはシエラが私を吹き飛ばしたんだよ。これでお相子だよ」
「そ、そう」
もうこうなってはどうすれば良いのか分らなくなってきた昇だった。
けれどもミリアにも尋ねるべき事があるのも確かだから、そのままミリアと話し込む。
「そういえば、ミリアはいきなり僕と契約したけど……いったい何で僕だったの?」
その質問にミリアは考え込む、というより思い出しているのだろう。ミリアの事だから契約した時の事などすっかり忘れていたようだ。
それで何かを思い出したかのように手を叩くと少しだけ悲しい顔になる。
「私が前に契約していた人を昇達が倒したでしょ」
「うん」
ミリアは昇達と知り合う前は他の契約者と契約していた。けれども、その契約者が酷い奴で精霊を道具としか思っていないような奴だった。そんな奴を相手に昇達は初めての争奪戦に参加したわけだが、その結果としてミリアは以前の契約が解かれるとすぐに昇と契約をしてしまった訳だ。
そんな経緯があってミリアは昇と契約をしたわけだが、ミリアにとっては悲しかった出来事の一つなのかもしれない。
「その時に思ったの、この人ならちゃんと私を見てくれる。私と一緒に楽しい事や嬉しい事をやってくれる。そう思ったから契約したの。……それにそれだけじゃない……雪心の事でも昇は一生懸命に何とかしてくれようとしてくれた。私、凄く嬉しかったよ」
「……そっか」
ミリアにしてみれば昇は最も優しくしてくれる契約者なのだろう。今までラクトリーの元で修行に励んでいたため、少しだけ常識に欠ける部分があったのだろう。だからあのような契約者と契約を結んでしまったのかもしれない。
その後に現れた昇。その時の昇はミリアにとってはとても眩しく見えたのだろう。だからこそ、その場での契約を決意したようだ。まあ、これも常識が欠けていると言える要因の一つと言えるのかもしれない。
「要するに優しければ誰でも良いと?」
やっと戻って来たシエラがそんな言葉を掛けてきて、ミリアは怒ったように反論する。
「そんな事無いよ。昇は昇だから昇なんだよ。そんな昇だからこそ昇を選んだんだよ」
あの~、ミリアさん、何が言いたいのかさっぱり分りません。
確かにその通りなのだが、そんな事をミリアに言ってもしょうがないだろうと昇とシエラは同時に半分諦めたような、半分微笑むような顔をした。
そんな二人の反応に不満なのかミリアは文句を言いだした。
「昇だからこそ私はお師匠様に勝てると思ってるんだよ! 昇がしっかりと私を支えてくれてるから、だから私はお師匠様を倒す事が出来ると思ってるんだから」
そんな文句を言ってくるミリアにシエラは頷くと昇の手を取った。
「それは私も同じかな。昇がいるから私達は私達で居られる。昇が居るからこそ、私達は協力し合えるし、一緒に進む事が出来る。だから私達と昇はいつまでも繋がってる」
「そう……なのかな」
「そうだよ!」
元気良く返事をするミリアに昇は驚いた後にゆっくりと目を瞑った。
「少しだけ……試してみてもいいかな?」
「何を?」
「繋がっている事を」
顔を見合わせるシエラとミリア。どうやら昇が言っている事の意味が分からないようだ。そんな二人を放っておいて昇は精神を集中させると精神だけを鎮めていく。
足元から広がった黒い空間は昇の精神だけを降ろして行き、そして昇の精神が全て飲み込まれると昇はしっかりとした地面に足を付ける。
なんか……ここに来るのも久しぶりだな。
そこは最初の頃にエレメンタルアップを使用していた時に使っていた場所だ。今ではそこまでしなくてもエレメンタルアップは使えるが、最初の頃はこの空間に入ってから繋がりを確かめないとエレメンタルアップを使用することが出来なかった。
……そっか、今までは普通の事でいつもの事だと思ってたけど。繋がっている事はこんなに近くにあったんだ。
昇は更に精神を集中させるとどこかから四本の赤い紐が伸びてきた。
これが……僕達の繋がり。そうだよね、エレメンタルアップの使用条件は心が繋がってる事だもんね。僕達の心はいつでも繋がってたんだよね。
四本の紐を見詰めた昇は精神を浮上させていく。これだけ確かめれば充分なのだろう。昇としては満足な成果を得たような気がした。
現実に戻って来た昇を覗き込んでいるシエラとミリア。どうやら昇が急に静かになった事を気に掛けていたようだ。
「……忘れてたよ……僕達はいつでも繋がってるんだって事を」
いきなりそんな事を呟いた昇にますます訳が分らないという顔をするシエラとミリア。そんな二人に昇はこんな言葉を掛けた。
「こんな事を言うのは自分勝手かもしれないけど、二人には僕に全てを預けて欲しい。信頼するだけじゃない、心の底から繋がってて欲しい。……そんなのはダメかな?」
最後だけ誤魔化すように笑いながら尋ねる昇にシエラから返答をしてきた。
「私の……私達の繋がりは切れもしないし、無くなったりもしない。いつでもそこにある。だからこそ私は昇に全てを預ける事が出来る。昇の剣になれるのは昇に全てを預けてるから。だからダメじゃない」
「うん、ありがとうシエラ」
シエラの言葉からしっかりとした繋がりを感じた昇。それだけシエラが昇と繋がっていると言う事だろう。それは信頼や信用を通り越しての繋がりだ。そう簡単に切れたり消えたりする物ではないのはシエラの言うとおりなのかもしれない。
そんなシエラに続いてミリアも元気一杯に答え始めた。
「大丈夫だよ、私は皆を守る盾だよ。だからお師匠様が相手でも絶対に攻撃を防いでみせるよ。だから昇、お師匠様達に勝ってね。昇なら絶対に私達を勝たせるって信じてるからね~」
「分ったよ、ミリア」
ミリアの言葉からは覚悟が感じられた。それは自分は精一杯の事をするから昇の力で勝たせて欲しい。そんな想いが込められているのかもしれない。
そんな二人の言葉を胸に刻みつけるように目を瞑る昇。
そうだ、それは当たり前のことで、すぐ近くにあって、こんなにも普通だから。だからすっかり忘れてたけど、少しだけ立ち止まって辺りを見回せばすぐに見つかる物なんだ。後はこれを……。
「そう、後はこれで完全契約をした精霊達に勝たないといけないんだ」
覚悟を口にする昇。その昇の言葉に頷いて見せるシエラとミリア。シエラは微笑み、ミリアは満面の笑みを浮かべている。二人とも今の昇を見て何かしらの確証を得たのかもしれない。
けれどもシエラは冷静さを取り戻したように真剣な顔付きに戻るとキツイ一言を放つ。
「それでどうやって完全契約した精霊に勝つの?」
「うっ、それは……」
言葉に詰まる昇。彩香のヒントで皆との繋がりを確かめに着たものの、それをどうやって活用するかまでは考えていなかった。
その答えを求めて見詰めてくるシエラに昇は頭を掻きながら溜息を付いた。
「実はまだ思いつかないんだ。何かヒントでも無いかなとか思って皆の所を周ってただけなんだ」
「そっか、それで何かしらのヒントを得た。後はそれをどう活用するか、そういう事?」
さすがに驚いた顔をする昇。まさかシエラがここまで昇の心を読んでいるとは思っていなかったのだろう。
「う、うん、まあ、そうなんだけど」
「ならいつもの生徒指導室に行けば良い。そこには閃華と与凪がいるから昇が得た物を形にしてくれるかもしれない」
「あっ、閃華と与凪さんは学校に来てるんだ」
始めてその事を知ったが、あまり驚きはしなかった。閃華が居なくなる時は大体琴未の実家である神社か学校の生徒指導室のどちらかである。
神社には先程行って居なかったのだから、昇もこっちに閃華が居るとは考えていたが、与凪まで居るとは思っていなかったようだ。
「というか、なんで与凪さんまで来てるの?」
「それは知らない。別に与凪の事を監視している訳じゃないから」
まあ、それはそうなんですけどね。
確かに与凪が生徒指導室に居る事は多いが、まさか夏休みまで居るとは思っていなかったようだ。
もしかしたら森尾先生に仕事があるから一緒に学校に来ているのかもしれないし、まったくの別な理由があるのかもしれない。
どちらにしろ、これからの事を二人に相談するために昇はシエラのミリアの二人に別れを告げるといつもの生徒指導室に向かうのだった。
なんか書いていて一つだけ思った。琴未フラグだけは簡単に立つのではないのかと。
いや、なんか、今回の話を読むとそんな感じがしない。これで完全に琴未にフラグが立って攻略ルートに突入しそうな勢いじゃないですか。
まあ、そんな事を感じたわけですよ。というか、もしエレメをゲーム化するとしたらどうなるんだろう? なんか普通に恋愛アドベンチャーもいけるし格ゲーも行けそうな気がしない。
いや、だって、エレメってバトルだって多いじゃない。それに技数も多いから普通にそんなゲームが作れてしまいそうな気がしてしますのは私だけでしょうか?
まあ、そんな戯言はさて置き、もう一個戯言。
いや、なんかさすがにここまでの長い作品になると普通にアニメ化してみたいとか思ったりとかもしました。いや、だって、普通にワンクール出来るし、それだけの量は持ってると思うんだよね。……まあ、内容はともかくとして、なんとなくだけど、そんな事を思ってみました。
でもファンタジーを書いてる人は皆思っているのかもしれないですね。自分の作品がアニメ化されたりするのを。やっぱりほかのメディアでも自分の作品がどうなるのかって気になりますよね~。
そんな訳で戯言は終了。そろそろ締めますね。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、今月はいろいろとやり過ぎてしまった葵夢幻でした。小説以外の意味ですけどね。




