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エレメンタルロードテナー  作者: 葵 嵐雪
他倒自立編
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第八十四話 完全契約

 何か変じゃ。閃華は半蔵の攻撃を受け流しながらも、そんな風に感じていた。

 確かに精霊も成長するし、私との間には四百年ほどの差があるんじゃが。どうしてこんなにも強さに差が出るんじゃ。スピードだけではない、力どころか反応速度まで押されておるとはのう。これは絶対に何か変じゃ。

 左右から飛び出してきた鎖鎌を薙ぎ払うと閃華は後ろから斬り付けて来た半蔵の二刀を受け止める。

 閃華としてはそのまま弾き飛ばしたいのだが、半蔵の力が勝っているのか徐々に押され始めてしまった。

 しかたなく閃華から横に受け流して一回転しながら龍水方天戟を振るうが、半蔵はすでにそこには居なかった。

 この反応スピードと良い。これはまるで……そうかっ!

 上空から放たれた手裏剣を後ろに跳んで避けると半蔵が居ると思われる地点からかなり距離を取る。

「今回の契約者、そなたにそれほどの事を思わせる器を持っておるのか?」

 この距離だと半蔵の属性も届かないのだろう。攻撃が来る事無く半蔵が姿を現した。

「無論」

 完結に答える半蔵。そんな半蔵に閃華は平静を装いながらも返事を返す。

「くっくっくっ、相変わらずじゃのう。それにしても四百年じゃ、もうこの世界に飽きたのか、それとも別の理由があるのかのう?

「……」

 閃華の問い掛けに半蔵はすぐには答えなかった。ただ閃華からの攻撃が無い事を察したのか空を軽く見上げた。

「家康様に仕えてから四百年。この世界の人物も随分と衰退した。最後の主としては今の若殿が最適だ」

「なるほどのう、じゃから完全契約をした訳じゃな」

 言葉ではなく頷く半蔵。どうやら閃華の言ったとおりのようだ。

 契約にも幾つかの種類がある事は以前にも話した事を覚えているだろうか。閃華の言った完全契約もその契約の一つだ。

「なるほどのう、それでは完全にこっちが不利じゃな。なにしろ完全契約じゃからのう」

 言葉にしながらも閃華は別の事を考えていた。

 今回の戦いはまったくと言って良いほど勝機は無いようじゃ。ここは一つ撤退するしかないじゃろ。

 すでに勝つ事を諦めた閃華。閃華がそう思わざる得ないほど完全契約はやっかいなのである。

 完全契約とは服従契約や主従契約とは大きな違いがある。それは精霊の本体であるエネルギーの結晶体を差し出すことだ。

 これは契約者が死ねば精霊自身も死ぬ事になる。他の契約なら負けても契約が取り消されて実体化が解けるだが、完全契約は負けた時点で死を意味している。

 それだけのリスクを負っているのだから、それなりの見返りもある。それが精霊界と同じだけの強さを持てるということだ。

 完全契約は他の契約とは別とされている。それは完全契約だけが持つ特色にもよるが、他にも特質を持っているからだ。

 他の契約だと実体化した時点で精霊界での強さを失ってしまう。正確には動きが制限される事になるからだ。これは他世界に実体化した時の影響で本体たるエネルギーの結晶体は精霊世界にあるため、どうしても本体との連携が取れずに動きに制限を設ける事になってしまう。

 だから精霊世界ほどの強さを持てなくなる。とは言っても少し弱くなるだけで、そんなに戦闘を及ぼさないのだが、弱くなる事は確かだ。

 力、スピード、反応速度、その他の能力がそれぞれ少しずつ落ちる事になる。それでも精霊も成長するから契約後の修行次第で元の強さを取り戻せるのだが、相手も同じような事をしていたら意味は無い。

 つまり完全契約とは精霊界と同じ強さを持つ事が出来、他の契約は多少能力が落ちる事になるが死ぬ事は無い。これだけの違いだが、実際に戦ってみるとかなりの違いが出てくる。

 それに閃華には四百年も封印されていたブランクがある。その間に半蔵もそれなりに修練を積んで強くなっているだろう。そのうえ完全契約である。個人の力としては完全に勝ち目は無い。

「他の精霊達も完全契約なのかのう?」

 もし相手が完全契約をしていれば確実に昇達は不利だ。それに相手は服部半蔵という知っている人物だ。ここは変にカマをかけるより直接聞いた方が効果的だと閃華は判断したようだ。

 そして閃華の思い通りに半蔵は言葉ではなく首を縦に振った。

 まずいのう、全ての精霊が完全契約となると昇のエレメンタルアップを最大限に使わないと勝ち目は無いんじゃがな。数では互角じゃからのう、肝心の昇までも本気で戦わねばならぬ相手となると、こちらにエレメンタルアップをかける余裕など持てんじゃろうな。

 閃華の判断は正しいといえるだろう。ただでさえ戦力は拮抗しているのに相手には完全契約という強みがある。なのにこちらは昇のエレメンタルアップを封じられている状態となると打つ手が無い。

 どうやら最悪の事態を想定しておいてよかったようじゃのう。閃華はそう感じずにはいられなかった。

 シエラの提案で最悪の事態を想定して準備だけはしておいたのが正解だったのを痛感する閃華。こうなってしまっては戦い続けるだけで追い込まれるだけだろう。ここは一つ逃げの一手を打たなければいけない。

 けれどもそれには目の前の半蔵をどうにかしないと手の内用が無い。もう余裕を残している事が出来ないと判断した閃華は一気に勝負に出る。

 龍水方天戟を地面に付きたてるように縦に構えると地面から水のようなオーラが一気に噴出し、閃華が力を解放した事を示していた。

 その事に半蔵の眉が少しだけ動いた。半蔵も閃華の事を知っている。ここでこのような無謀とも言えるような行動を取る事は閃華は絶対にしない事も知っている。だから何かある。そう思うのだが今は先手を打つより様子を見たほうが良い。何かしらの罠の可能性があるからだ。

 そう半蔵に思わせるのも閃華の手だった。お互いに知っている仲でだからこそ下手な探りあいをしてしまう時がある。閃華はそれを利用したのだ。

 そして閃華は集めた力を一気に解放する

「龍水舞闘陣!」

 龍水方天戟から離れた水龍はその身体を巨体化させると閃華の周りを守るようにとぐろを巻く。

 半蔵はすぐさま移動できるように空間を斬り裂くが、それと同時に閃華は龍水方天戟を振り下ろした。半蔵に一気に向かっていく水龍。斬り裂いた空間に半蔵が飛び込み、水龍もそれに続くが、水龍の頭が入っただけで空間の入口は閉じられてしまった。

 水龍の頭は半蔵が作り出した空間の中に取り残されて消滅してしまったのだが、残っている本体は頭を再生させると再び姿を現した半蔵を目指して突き進み、その牙を突きたてようとするが、半蔵に受け止められてしまった。

 さすがの半蔵も連続で空間移動は出来ないようだ。少しだけ時間がいるのだろう。その間に水龍に迫られてしまったのだから対応するしかない。

 これで半蔵は水龍の相手をしなくてはならなくなった。そのうえ龍水舞闘陣は自動攻撃を兼ねている。だから閃華は個別に行動が出来るわけだ。閃華の攻撃に注意しつつも半蔵は水龍の相手をしなくてはならないのだが、肝心の閃華からの攻撃は無かった。

 その閃華は最善の手を実行するために別行動へと掛かっていたのだった。



桜炎おうえん

 炎の花弁で形成された桜が琴未を目掛けて迫ってくる。さすがにこれは避けるしかない琴未だがすぐに反撃に移る。

「雷撃閃」

 雷閃刀を振るうと幾つもの雷が咲耶に向かって行くが、その全てが先程作り出された鉄の柱に吸収されてしまった。

 咲耶はすでに鉄柱から離れているのだが、雷の属性を吸い込むように出来ているのか、琴未が放つ攻撃は全て鉄柱へと吸い込まれてしまった。

「そんな攻撃は無駄ですよ」

 余裕の咲耶は鉄柱の付近を移動しながら攻撃を繰り出していた。さすがにこれには琴未も打つ手はない。どうにかして接近戦に持ち込まないと。そう考えた琴未の頭にある考えが浮かんだ。

「お返しです、雷炎」

 鉄柱から琴未の雷で溜まったのだろう、一筋の雷となって琴未に向かって放たれる。これも避けるだろうと咲耶は思ったのだが、琴未は避けようとしなかった。


 ─新螺幻刀流 二ノ太刀無用─


 雷閃刀に出来るだけの雷を溜めると真正面から咲耶の放った雷に雷閃刀をぶつける。咲耶はこれを予想していたのか、ぶつかり合った雷と雷閃刀は一気に燃え上がり、琴未を炎が包み込む。

「終わりですね」

 さすがにこれでは琴未が持たないと思ったのだろう。それはそうだ、雷だけでもそれなりのダメージを与えたのに、その後にこれだけ燃え上がれば無傷ではいられないだろう。

 だからこそ咲耶に余計な余裕が生まれた。

「雷神閃」

 突如、炎の中から雷光を生まれ周囲を照らすと、それは一気に放たれた。咲耶にではなく、鉄柱付近の地面に向かってである。

 放たれた雷神閃は鉄柱に向かおうとするが、その前に地面に激突して一気に土砂を巻き上げた。

「くっ!」

 さすがにここまでの力が残っているとは思っていなかった咲耶は油断を付かれた。吹き荒れる爆風と土砂で動きが完全に止まってしまった。

 けれどもそれで終わる咲耶では無い。すぐに桜華小刀を構えると横に振るう。

風薙かぜなぎ

 桜華小刀を振るった方向と同じ方向へと突風が突如として吹き付ける。どうやら咲耶が風を操ったようだ。これで視界を良くしようとしたのだろうが、それは琴未に自分の位置を知らせるのと同じようなものだった。

 土砂と突風が過ぎ去ると琴未はすでに咲耶の目の前に迫っていた。先程の攻撃でかなりのダメージを負っているものの雷閃刀だけは決して手放してはいない。

「ッ!」

 咲耶に声を上げる隙すらも与えずに琴未は一気に攻勢に出る。


 ─新螺幻刀流 三段斬り返し─


 三段刺突からの左右への斬り上げ、咲耶は最初の刺突は全てかわしたが、左右の斬り上げは桜華小刀で受け流すしかなかった。これで咲耶は完全に動きを封じられたも同じだ。これだけの攻撃の後にすぐに動けるはずは無い。

 けれども攻撃を仕掛けた琴未は逆である。ここぞとばかりに一気に仕掛ける。


 ─新螺幻刀流 二ノ太刀無用─


 左足を力一杯に踏み込むと振り上げた雷閃刀を一気に振り下ろした。この技は初太刀に最大限の威力を持たせる事が出来る技だ。だから咲耶の桜華小刀では受ける事も受け流す事も出来ない。

 これで決まりよ。琴未もそう思っただろう。けれども忘れてはいけない。先程の閃華と半蔵の会話を。フレトと契約した精霊は全て完全契約である。いくらエレメントの能力だとしても、その力は通常の精霊契約と同じ位の強さしか得る事が出来ない。

 つまりここでも完全契約の差は出るという事だ。

 雷閃刀が咲耶をとらえる寸前だった。咲耶は素早く呟く。

「樹幕」

 咲耶の足元から木の根が一気に延びてくると咲耶の前に壁を形成する。その動きは早く、咲耶は一歩もそこから動く事無く、雷閃刀の一撃を受け止めてしまったのである。

「なっ!」

 さすがに驚きを隠せない琴未。これも完全契約による差というものだ。技の発動時間短縮。咲耶の場合は通常の契約より攻撃の発動が極端に短くなる。だからこそ、この短時間で琴未の攻撃を完全に防ぐ事が出来た。

 それだけではない。壁となった木の根はそのまま雷閃刀に絡み付き、そのまま琴未の動きすらも止めてしまった。

「さあ、今度こそ本当に終わりですね」

 桜華小刀を壁の向こうにいる琴未に向ける咲耶。そして静かに呟いた。

樹刺じゅし

 木の根から枝分かれしたかのように根が増えると針のようになり、琴未に向かって一気に伸びて行った。

 やられる!

 思わず目を瞑り体中に力を入れて痛みに対処する体勢を取る琴未だが、針と化した木の根が琴未に届く事は無かった。

「琴未、大丈夫じゃったか」

 閃華の声が聞こえると琴未はやっと瞑っていた瞳を開いた。そこには咲耶が作り出した樹の針と壁を全て斬り崩した閃華の姿があった。ただ一つだけ変わっている事と言ったら閃華の龍水方天戟に水龍が巻き付いていない事だけだ。

 樹の壁が切り崩されて雷閃刀も解放されたので、その場から数歩下がる琴未に閃華は呟く。

「ここは撤退じゃ、どうやっても勝ち目は無いからのう。じゃから退くぞ」

 さすがに驚きを隠せない琴未。精界は内からの攻撃ではまったく破壊する事が出来ないのは閃華も良く知っているはずだ。それなのに逃げるなどという事が出来るわけが無い。

「一体どうやって逃げるつもりなのよ」

 そんな琴未の問い掛けに閃華は周りの状況を確認しながら答える。

「逃げる準備はしておいた。後はそこに行くだけじゃが、その前にあの敵をどうにかせんといかんようじゃのう」

 咲耶の事を言っているのだろう。確かに逃げるにしても咲耶をどうにかしないと逃げようが無い。背を向けた途端に攻撃されてはどうしようもないからだ。

 だからこそ咲耶をどうにかしなければいけないのだが、琴未にはその他にも気がかりがあるようだ。

「シエラ達はどうするのよ。まさか私達だけ逃げる訳にも行かないでしょ」

「シエラは自分で何とかできるじゃろうからミリアの救援に行ってもらってる。昇も自分で何とかしてみるそうじゃ」

「……そう」

 短く答える琴未。状況を把握しただけに呑気にしてられないのは分っている。すぐに咲耶の反撃が来るだろと思っていると、思っていた通りに咲耶はすぐに反撃に転じてきた。

 一塊になり琴未達に向かってくる炎。それを避ける寸前に全てを把握している閃華は一気に琴未に指示を出す。

「あの鉄柱は私がなんとかする、じゃから琴未は逃げる隙を作るんじゃ」

 それぞれ反対方向に炎を避ける閃華と琴未。閃華は着地すると一直線に咲耶が立てた鉄柱へと向かっていく。その間にも琴未は雷閃刀の剣先に雷の球体を作り出していた。

 どっちを先に叩くか。咲耶は一瞬だけ迷ったが、すぐに判断を下した。鉄柱が存在する限り琴未の属性は意味を成さない。そうなるとこちらに向かってくる閃華に対して対処すべきだ。

 桜華小刀を閃華に向ける咲耶

「桜」

 桜の花弁が一直線になって閃華に向かって突き進む。けれども閃華は咲耶へと突き進むスピードを緩めたりしない。そのままの勢いで突っ込んでいくだけだ。

 このままでは両者がぶつかり合った衝撃でダメージが大きくなるのは閃華には分っているはずだ。それなのに突っ込んで行くという事は何かしらの手段があるのかもしれない。

 そしてそのまま両者はぶつかり合うと思われたのだが、閃華に向かっていた桜の花弁は閃華に当たる寸前に四方八方へと散らされている。

「なんでっ!」

 さすがにこれは驚かされる咲耶、まさかこんな事態になるとは思っていなかっただろう。せいぜい閃華が避けた先に次の攻撃を仕掛けようとしていたのだが、こうなってくると対処法を変えなければいけない。閃華が辿り着く前に。

 その閃華はというと龍水方天戟を前に出し、自らの属性で水を作り出すと矛先で高速回転をさせた。まるでドリルで桜の花弁を掘るかのように突き進んでいた。

 さすがにこの方法だと閃華自身も無傷では済まないが、今は戦う事よりも次の手を打つために短時間で事を進めなければいけない。

 だから閃華はそうやって咲耶の攻撃を突破すると、咲耶の眼前へとその姿を現した。

 さすがにこの短時間でここまで距離を詰められては咲耶はどうする事も出来ない。精々、閃華の攻撃を受け止めるために桜華小刀を構えるだけだ。

 そんな咲耶に閃華は龍水方天戟がしなるほどの一撃を加えて咲耶を吹き飛ばし、すぐに次の行動へと入った。それは咲耶が作り出した鉄柱。これがある限り琴未の属性は無効かされてしまう。

 閃華は鉄柱の群れに走り込むと次々と鉄柱を切り倒していった。そして全ての鉄柱を切り倒すと琴未に向かって大きな声を上げる。

「今じゃ、琴未!」

 その頃の咲耶は閃華の一撃からようやく立ち上がったところだったが、目にした光景に驚愕せざる得なかった。

 なにしろ作り出した鉄柱は全て切り倒されてなくなっており、琴未の雷閃刀は咲耶に向けられているからだ。

「雷神閃!」

 咲耶に何も考える隙を与える事無く攻撃を放つ琴未。鉄柱がなくなった今では琴未の属性を邪魔する物は無い。だからこそ最大限の攻撃を放った。

 けれども相手は咲耶である。それに閃華の攻撃も上手く受け流していたのか、あまりダメージは残っていない。

 すぐに桜華小刀を地面に突き刺す咲耶。すぐに力を集中させると琴未の攻撃が届く前にこちらの防御を完成させる。

「鉄壁」

 咲耶の前に鉄で出来た壁が地面から盛り上がり、完全に咲耶の姿を覆い隠す。そのうえ先程作り出した鉄柱のように雷の属性を地面に流し込む効果があるのだろう。

 琴未の雷撃閃がまともにぶつかると幾つもの細い雷が四方八方に飛び散ると、その後は何事も無かったかのように雷は消え去ってしまった。やはり雷吸収の効果があったようだ。

 このまま相手の出方を窺っても良いのだが、あえてこちらから仕掛けて流れを変えるのも悪くない。咲耶はそう判断すると先程作り出した鉄壁の上に跳び乗ると琴未が居た方向へと桜華小刀を向けるが、そこには琴未はいなかった。

 すぐに周りを警戒する咲耶。けれどもどこからの殺気も気配もしない。その事に戸惑いつつ、少し考えるとようやく答えが出たようだ。

「……逃げの一手に出ましたか」

 してやられたとは思っているが、ここは精界の中。しかも内側にはラクトリーが精界を展開している。ラクトリーを倒さない限り、この精界内から出る事は不可能だ。だから焦る事は無い。

 この状況では狩るのは咲耶で逃げるのは琴未なのだか、そう考えれば焦る状況では無いと判断したのだろう。

 咲耶は鉄柱の上から静かに下りると琴未達を探索するためにゆっくりと歩き始めた。



 琴未と閃華が逃げるために奮闘していた頃。昇もフレトから逃れるために戦っていた。

 お互いに遠距離攻撃の武器を手にしてるな~。それに、あのマント、あれは物理的な物を受け流す効果があるみたいだね。だから下手な攻撃はあのマントの所為で出来ないか。さて、どうやって逃げる隙を作り出そうかな。

 昇は迷っていた。お互いに似たような戦い方をしているものだから逃げ方に迷いが生じていた。フェイントを掛けても良いのだが、下手なフェイントで相手の射程距離内にいると撃たれる事は確かだ。

 そうなると打つべき手は限られてくるだろう。

 やっぱり強力な一撃を入れてその隙に逃げるしかないかな。シエラ達も手が一杯だろうし、ここは何とか自分の力でどうにかしないといけないか。

 そうは思うのだが良い案が浮かばない。いっその事エレメンタルアップを使って救援を待つとも考えたのだが、フレトはそんな隙を与えてはくれないだろう。

 シエラ達にはエレメンタルアップは使えないか……あっ! じゃあ、自分にエレメンタルアップを掛けてみようかな。

 昇は前にそのような事を試した事がある。それは昇が自らの武器を作り出そうとした時の事だ。その時は強大な力が溢れ出て閃華達に強制的に止められたが、今なら出来るかもしれない。それに力のコントロールも出来るようになってきている。そんなに大きな力でなく、相手の目を晦ます程度の力ならいけるはずだ。

 昇はそう考えるとフレトの攻撃をかわしながら銃口を向けて連射する。

 ……でも、さすがにこの土壇場では危険すぎるか。ここは無難に……属性は……光。今まで使った事は無いけどいけるはずだ。これでなんとかするしかない。

 昇はそう決断するとすぐに行動へと移る。

「激しき咆哮、その閃光の如く敵を貫け」

 フレトのマスターロッドから数本の雷が発射されるのと同時に昇は銃口を少し前の地面へと向けた。

「フォースバスター!」

 銃撃ではなく砲撃とも言える威力のある力が昇の銃口から発射されて地面をえぐる。昇はそうする事で地面を押し出し、壁を作り出してフレトの雷を防いだ。

 確かに地の属性に属している地面なら雷も吸収できるだろう。

 そんな昇の作り出した土の壁にフレトはマスターロッドを向けた。そして杖先に風の塊のを作り出すと発射。昇が作り出した土の壁を完全に破壊してしまった。

 もちろん昇もいつまでも壁の影に隠れてなんていない。フレトの攻撃を防ぐとすぐに壁の外に移動していた。幸いな事に土の壁を作り出した時に舞い上がった土砂が昇の姿を隠してくれたようだ。

 土の壁を壊した先に昇が居ないとわかったフレトは杖を振るうと突風が吹き、またしても舞い上がった土砂を全て吹き流してしまった。

 そしてその事が昇に一つの事を確信させるのだった。

 そうか、相手は風のシューター。風の属性は自由に操れるけど、他の属性を使う場合には呪文が必要なんだ。だから必ずどんな攻撃をするかを言葉にしてから攻撃してるんだ。  それがマスターロッドの能力なんだ。

 確かにその通りかもしれない。昇のようにレア能力者の属性無視でも無い限り、幾つもの属性を使う事など出来はしない。それを可能にするには武器にその能力を付加させるしかない。けれども無条件でそんな能力を付加させるのは不可能だ。だからこそフレトのマスターロッドは他の属性を使う時には前置き、つまり呪文が必要になる。

 昇は今までの戦いでそう確信していた。そうなると昇は軽い笑みを浮かべた。どうやらここから脱出する手段を思いついたようだ。

 そうとなるといつまでも時間を持て余す事は出来ない。なにしろ一刻も早く昇はここから逃げないと行けないのだから。

 すぐにフレトに向かって銃口を向ける昇。そんな昇にフレトは風の塊を発射してくるが、昇はそれを避けながらも引き金を引く。

「アイスシュート、連射!」

 銃口から幾つもの氷の弾丸が発射されてフレトの足元を狙う。確かにこれならフレトをその場で文字通りに足止めが出来るだろうが、そうやすやすと昇の手に乗るフレトではない。

「燃え上がれ炎の龍、我が身を包み込むように守護せよ」

 マスターロッドが一気に燃え上がると周囲を明るく照らしながら炎の龍へと変化する。

 今だっ!

 昇はそう確信すると銃口をフレトへと向けた

「サンライトシュート」

 銃口から発射された光球は真っ直ぐにフレトへと向かっていくのだが、フレトの周囲にはすでに炎の龍が煌々(こうこう)と辺りを照らすほどの炎をまといながらまとっていた。

 そんな炎の龍と昇の弾丸がぶつかり合った時だ。昇の放った弾丸は一瞬にして周囲に眩しすぎるほどの閃光を生み出した。

「くっ!」

 さすがのフレトも自ら作り出した炎の光と昇が放った閃光の弾によりその視界を塞がれざる得なくなった。

 よし、この間に。昇はすでにフレトに背を向けていた。昇は自分が放った弾丸が閃光弾と同じ威力を持っている事を知っている。まともにフレトを見ていたらその場から動けなっただろう。

 だからこそ、弾丸を発射した直後にはすでにフレトに背を向けて閃光に備えていた。そして周囲が一気に明るさをますと一気に駆け出してその場を後にした。



 閃華が短い文章で指定してきたポイント。詳しい事は書かれていなかったが、どうやら逃げるしかない事だけは分った。だから昇もこうしてフレトを振り切って逃げ出してきたわけだ。

 そこはかなり分りずらい林の奥だった。昇も誰か居ないか探している途中に後ろから口を塞がれて薮へと引きずり込まれた。敵の襲撃かと驚いたが、どうやら閃華がやったらしい。口に人差し指で喋るなという仕草をするとすぐに昇を解放した。

 そこにはすでに全員が揃っていた。一番酷き傷を負っているのは閃華だ、次に琴未にミリア。シエラだけが大した怪我は無いようだ。

 全員の無事を確認して一安心する昇。そして一息付く暇もなく閃華は一気に喋りだした。

「とにかく詳しい事は後じゃ、ここでは説明している時間はないからのう。じゃが、このまま戦っていても勝てない事は確かじゃ。じゃからここは撤退する」

「けど、ここは相手の精界が邪魔になるんじゃ?」

 当然の質問をぶつける昇。精界は外からの攻撃には弱いが、内部からの攻撃はかなり強固に出来ている。つまりラクトリーの精界から脱出するのは不可能に近い。

 そんな昇の疑問を閃華の代わりにシエラが答えた。

「念のために準備だけはしておいた。後は時間を合わせて一気に突破するだけ……だけど」

 何か気がかりでもあるのだろうか、シエラは言葉を最後だけ濁した。その意味を閃華だけは気付いていたのだろう。あえて話し出した。

「あれはしかたないじゃろ。あんな事をする精霊などほとんどおらんからのう。じゃから分らなくてもしょうがないじゃろ。じゃから気にすることは無い。それよりもじゃ、まさか本当にこんな手を使う事になるとはのう」

 軽く溜息を付いてみせる閃華。閃華なりにシエラを気遣ったつもりらしいが、他の三人は首を傾げるばかりだ。どうやら何の事か分らないのだろう。

 そんな三人に閃華は軽い笑みを浮かべると、すぐに真剣な顔に戻り空中にキーボードが出現した。

 それをそうさする閃華、そうするとすぐにモニターが現れると与凪の姿も一緒に映し出した。

「まさか本当に私が出る事になるとは思いませんでしたよ。いったい何があったんですか?」

 画面の中に居る与凪は説明を求めるが閃華は説明をしている時間が無い事を告げる。

「とにかく今は一刻も早くここを離れる事じゃ。他の事は全て後回しじゃ」

 閃華の面持ちから只事では無い事を察したのだろう。与凪も真剣な面持ちになりキーボードを操作し始めた。

「そこから一番近い位置だと……ここですね。皆さんここに移動してください」

 用件だけ言うとモニターは特定の箇所を示した画面へと切り替わった。現在位置から大して離れては居ないが、精界の一番端には違いない。そこで何をするのか昇は聞きたい気持ちになったが、閃華やシエラ、それに与凪の様子からすると只事ではない事は分っている。

 今は脱出する事に集中した方が良さそうだと判断した。幸いな事にミリアもかなり傷ついており騒ぐ元気が無いのだろう。まあ、それ以上に師匠であるラクトリーと再会した事がよりショックだったのかもしれない。

 なるべく物音を立てる事無く移動する昇達。こうしている間にもフレト達は昇達を探しているのだから少しでも早くここを抜け出さないといけない。

 そうして何事も無く。指定されたポイントに付くと閃華は再び与凪に連絡を入れた。そして与凪からの返事はそこで少し待っていて欲しいとの事だった。

 ここに隠れている間にもフレト達に見付かるのではないか、そんな不安の中で昇は与凪の行動を待つ。何をするつもりかは分らないが、ここは与凪に任せるしかない。

 そう考えながら周囲を窺っている時だった。突如、精界の一部が爆発すると大きな穴を空けた。

「今じゃ、全員脱出するんじゃ!」

 大声で叫ぶ閃華。動けそうにないミリアをシエラが担いで、琴未は閃華に肩を貸しながらなるべく早く精界から脱出した。そして最後に昇が出ると、精界は修復されて再び元の形へと戻っていった。

「どうにか全員脱出できたようじゃな。じゃがまだ油断は出来んぞ、もう少しだけここを離れるんじゃ」

 閃華の言葉に頷くシエラと琴未。この事で昇達がここから精界を脱出した可能性が高い事はフレト達も感じ取っているだろう。だからいつ精界を解いて追って来ても不思議は無い。今はともかく、この場所を離れて静かに話せる場所に辿り着くだけだ。

 その事を考えながら昇達は急いでその場所を離れていった。



「……精界の修復は終わりましたけど、そこから逃げた可能性が大きいですね。いかがいたしますか?」

 その頃フレト達も精界の爆発に気付いて昇達が逃げたのではないのかという考察を深めていた。

「こうなると逃げたと考えるのが一番だろう。まあ、無理に追う事も無いと思うがな」

 レットの言葉に頷くフレト。確かにそのとおりだろう。なにしろ精霊王の力はここにあり、フレト達が精霊王の力を解こうとしている限り昇達はそれを阻止するために、ここに来なければ行けないのだから。だから今は無理して追う事も無いとフレトは判断する。

 それと同時に昇達の事も聞いてみる事にした。

「お前達が相手にした敵はどうだった?」

 敵の情報が知りたいのだろう。確かにフレトとしてはそこが一番気になるところだ。その事に真っ先に答えたのがレットだ。

「とにかく頭の切れるやつだ。こちらの属性を理解するのと同時に戦闘場所を林の中に持っていきやがった。あれ程の障害物があると爪翼の属性だと動きがどうしても鈍るからな。だからこっちは頭の回転が速い奴だと思っていいだろう」

 レットの言葉にフレトは頷いて見せた。その次には珍しく半蔵が口を開いた。

「こちらは儂が知っている相手とは少し違っていました。四百年の間に何かあったのだろうと思われます。手ごわい事には変わりありませんが、とにかく油断だけはしない方が良ろしいでしょう」

 半蔵の言葉にフレトは再び頷いて見せる。その次に咲耶が珍しく軽い口調で報告するのだった。

「私が相手にしたのは大した事がなかったですね。私の属性に翻弄されっぱなしで、救援がなかったら確実に仕留められてたと思いますよ」

 まるで半蔵が閃華を逃がした事を咎めているようにも聞こえるが咲耶にはその気は無いし、半蔵もそんな事は思ってはいない。

 半蔵が知っている閃華はあそこまでして逃げる隙を作るような精霊ではなかった。だから先程は四百年の間に何かが変わったと言ったのだろう。

 そして最後にラクトリーだが、ラクトリーはフレトですら驚くような事を言い出した。

「マスター、ここは一つ私を使者として送っては頂けないでしょうか?」

「……何を言ってる?」

 ラクトリーの言っている事が分らないのだろう。フレトは首を傾げるばかりだ。そんなフレトにラクトリーは笑顔で告げるのだった。

「私が相手にした精霊。あの子は私の弟子だった子でして、この近くに居るなら居場所は簡単に分るのですよ。なにしろあの子の精霊反応を追えば良いだけですからね~」

 そんな言葉を口にするラクトリーにフレトは驚きを隠せなかった。相手の居場所が分かるなら今度はこちらから仕掛ければ良いのではないのかと考えるが、そんなフレトの考えを見抜いているかのようにラクトリーの話しが続く。

「ダメですよ、下手に契約者同士が同じ場所に居ると戦闘になりかねません。ですから、私が使者となって全てを話してきますよ。まあ、それで成立するか分りませんが、このまま相手を待ち続けるよりかはマシになると思いますよ。それに話を聞かせれば相手も混乱するでようし」

 まるで自信がありげでに話すラクトリー。確かにラクトリーの言うとおりに事が進むかもしれないし、こちらの立場を優位にできる可能性がある。

 それなら下手に自分が出て行くよりラクトリーに任せた方が良いのではないのかと思うが……やはり少し不安なのだろう、フレトはワザとらしく溜息をついた。

「なんですか、その溜息は!」

 わざわざ怒った反応するラクトリー。そんなラクトリーにフレトはジーっとした視線を送り、咲耶がフレトの言葉を代弁する。

「このままラクトリーに任せるのは危なっかしい、それだったら別の手を考えた方が良いのでは、それともレットに行ってもらった方が良いかもしれない。と主様は思っているようです」

「あなたはいつから超能力者になったんですか!」

 方向性が思いっきり間違っている突っ込みをするラクトリー。そんなラクトリーに咲耶は笑うだけだ。その後も二人の漫才は続き、レットが仲裁に入るハメになる。

 そんな漫談を横目にフレトは天を仰いだ。

 セリス……お前の為に俺はわざわざこんな国にまで来た。これも全てお前の……ああ、そうだな、無駄に争う必要も無いな。……お前らしいな。

 フレトはマントを翻すと四人に向き合う。

「ラクトリーの意見を採用する。これから使者となって全てを話して来い。和解できるようなら全権を委ねる。だが一切妥協する必要は無い、分かったな」

 膝を付いて頭を下げるラクトリーは形式に乗っ取った返事をする。

「はっ、その命、確かに承知しました。全てはマスターのために全力を尽くします。では」

 ラクトリーは精界を解くとモニターを出現させて、その場所が示している地点へと移動を開始する。

 そんなラクトリーを見送るとそれぞれ普段着に戻ったフレト達も自分達の寝床へと帰宅するのだった。

「帰るぞ、後の事はラクトリーの報告後に決める」

『はっ』

 三人とも同じ返事を返してフレトの後ろを歩き始めた。そんな時だった。フレトは一度立ち止まると、もう一度天を仰ぐ。

 ……もう少しだ、もう少しでお前を……待っていろ、セリス。

 再び歩き出した四人。こうして昇とフレトの初戦闘は終わりを告げるのだったが、昇の一日はまだ続くのだった。







 さてさて、こんな形となった八十四話ですけど如何でしたでしょうか。完全に昇達は逃げの一手を打ちましたね~。まあ、それもしかたないでしょう。なにしろ通常の契約と完全契約ではかなりの違いがでますからね~。詳細は本文に書いたとおりですので、分からない人はもう一度読んでご確認くださいね。

 さてさて、そんな訳で新キャラ達も出揃ったところで、いろいろと分ってきましたね~。半蔵は以前に閃華の回想で出しましたし。ラクトリーとミリアの関係はあんな関係があったんですね~。というか、二人は一体どういう生活をしていたのかちょっと興味が沸くところですね。まあ、暇があったらそのうち書いてみましょう。番外編として。

 まあ、何にしても次回はいろいろな事が明らかになる……予定です。いや、ちゃんとラクトリーが動いてくれればね。与凪はちゃんと動くけど……ラクトリーが……不安だ!!!

 そんな訳で次回で全てが明らかになるとは思えませんが、その事が切っ掛けで昇にもいろいろな変化が現れるでしょうね。そこいら辺を楽しんで頂けたら幸いです。

 シエラ達も完全契約に立ち向かうべく何かするでしょうね。しかも琴未はもの凄く負けっぱなしだし。このまま引き下がる琴未ではないでしょう。だから琴未なりに何かを考えるはずです……たぶんね。

 さてさて、そんな訳でそろそろお開きの時間となりましたので締めますね。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。

 以上、なんかゆっくりと休みたいとか思い始めた葵夢幻でした。

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