第八十三話 絶対不利
世界はすでに茶色を交えた世界となっている。真っ先にラクトリーが精界を張り巡らしたからだ。その上に閃華が精界を張り二重に精界が張られている。これで両者とも逃げる事は出来ない。
そんな中で刃を交えるシエラとレット。戦いの中でもシエラの思考は相手を的確に観察していた。
飛べるとという事は翼の属性を持っている精霊。翼の色から察すると鳥系統の精霊。それなら属性が翼だけという事は無い。かならず他の属性も混じっているはず、なにしろ翼だけの属性なんて滅多にないから。
自分の属性がレアな事を知っているからシエラはそんな推測を立てる。それにはもちろん理由が在る。
その一つにレットの背中に生えている翼の色だ。鳥系の精霊は必ず翼に色を持っている。これは元となった鳥が持っている翼の色で、精霊もそれと同じ翼を持つからだ。
それにもう一つ、シエラのように純粋に翼だけの属性を持つ者などほとんど居ない。そもそも翼の属性は人が翼に対する憧れから生まれた属性で、人間はそれをいろいろな形で再現してきた。
だからこそ翼の精霊が生まれたのだが、元々鳥系統のように翼を持っている者の精霊と数を比べれば極端に少ない。つまりシエラの属性はかなり珍しい。その証拠にウイングクレイモアに生えている翼の色は常に白だ。
これは人間が天使などのように人間に翼を付けるとしたら必ず色が白になるからこそ、翼の属性を持つ者は必ず白い翼を持つ。
そこまで推測した上でシエラは次の手を決めた。
他の属性を出される前にスピードで撹乱する。スピードだけなら私の方が勝ってる。それで撹乱して一撃を入れる。そうシエラは決断した。
翼の属性は空中では最速を誇る。他の属性が混じっている物に追いつけはしない。その事が分っているからこそ、シエラは数度レットと打ち合うと一気にスピードを上げて相手の後ろに周った。
まずはその翼を切り落とす。
背後からウイングクレイモアを振り下ろす。それは確実にレットの翼を斬り裂く予定だったのだが、ウイングクレイモアが切り裂いたのは空気だけだった。
「なっ!」
さすがに驚きを隠せないシエラ。急いでレットの気配を探り、後ろに見つけたときにはレットのテルノアルテトライデントがシエラの背に向かって振り下ろされていた。
急加速でその場から離れるが背中に痛みが走った。どうやら完全には回避は出来なかったようだ。けれども致命傷にはなっていないし戦いにも支障は無い。なにしろシエラの翼はウイングクレイモアに生えているのだから。
その事をすっかり忘れていたのか、それとも余裕の表れなのかレットは一旦テルノアルテトライデントを肩に担ぐと余裕の笑みを浮かべながら言葉を発した。
「そっかそっか、お前の翼は武器に付いてるんだったな。なら背中を攻撃しても落ちはしないか」
レットのシエラと同じ事を考えていたようで翼を切り落として地上に落としたかったようだ。けれどもレットは肝心な事を忘れていた。
「私の属性は翼。いくら翼を切り落としてもいくらでも再生できる。なにしろ翼の精霊だから」
「なるほどな、だから武器なんかに翼を生やしてる訳か」
「これは趣味」
「趣味かよ!」
シエラとしては半分冗談で言ったつもりだがレットの突っ込みがよっぽど面白かったのか、少しからかいたい気持ちも生まれるが今は戦闘中。ここは相手を倒す事に集中しなくてはいけない。
戦闘の集中力を高めるシエラ。その時にある事に気付いた。背中の出血がもう止まっている事だ。浅手だったとはいえ、こんなに早く血が止まるとなると考えられるのは一つだけだ。
相手の武器が鋭い。並外れに鋭い刃を持っているということだ。それは一気に深手を与える事が出来るが、浅手なら大したダメージは与えられない。一撃必殺の武器と言えるだろう。
そしてそんな武器を作り出せる属性といえば。
「爪翼の属性」
爪翼の属性とは爪と翼の属性の二つを掛け合わせた属性だ。けれども両者ともそれぞれの属性には敵わないが、重ね合わさる事で新たな攻撃が出来る。
「おっ、さすがにわかったようだな。大当たりだ」
自分の属性が言い当てられたのにレットからは余裕が消えなかった。確かに相手に属性がバレたぐらいで同様などはしないが、相手もこちらの属性に対して対処の方法を取ってくるだろう。その対処法を考えなければいけないのだが、レットにそのような事を考えている気配は無い。
それだけではない。シエラにはもう一つだけ気になる事があった。それはシエラが最初にレットの背後を取った時だ。爪翼の属性ならあそこからの完全回避は絶対に無理だ。それなのにレットはやってのけた。もう一つぐらい隠している何かがある。
シエラはそう感じながら慎重に戦闘を再開させた。
その事地上も戦いが始まっていた。真っ先に動いたのは閃華だ。正確には半蔵の攻撃に対処しただけだが、動いたのは閃華が先だ。
「皆、私から離れるんじゃ。半蔵を相手にしては距離など意味は無い、各自私から離れて戦うんじゃぞ!」
半蔵の事を知っている閃華はそう告げる。それは閃華が半蔵の属性を知っているからこその言葉だ。
半蔵の属性は空。この空は『そら』ではなく『空間』の事を指している。
空の属性は空間を縮めたり、伸ばしたりする事が出来る。つまりは相手との間合いを自由自在に出来るという事だ。だからその場から動かずとも手にしている小太刀を空の属性で作り出した場所に差し込めば相手に突き刺す事が出来る。つまり空間に入口と出口を作り出す事が出来る。
その入口から攻撃して出口から相手に届くというやっかいな属性だ。閃華はそんな半蔵の属性を知っているからこそ自分から離れるように言った。
いくら空間を縮める事が出来ると言っても半蔵の力にも限界がある。それはそんなに広くは無い。だから閃華から全員が離れれば空の属性は閃華にしか使えなくなる。それを見越しての閃華からの忠告だ。
そんな閃華の忠告に昇は頷くと閃華から離れる場所を指定してそこに全員で向かおうとするが、走り出している途中で一瞬だけ軽い地震が起きると昇達とミリアを隔離するかのように大地の壁がそびえ立った。
「さて、これでゆっくりと話せますね。まあ、戦闘はその後にしましょう」
「お、お師匠様~」
情けない声を出すミリアは辺りを見回すが逃げ場はない。昇達の方へは壁が邪魔をしているし、閃華の方へは逃げられない。もし逃げてしまえば半蔵の餌食となってしまう。
こうなるとラクトリーと戦うのしかないのだが、ミリアはすっかり腰が引けていた。
「では、突然私の元から去った理由から聞きましょうか?」
「えっ、えっと、その、あの、あれは、しかたなく」
「言葉ははっきりと言いましょうね」
優しい言葉に黒いオーラと恐怖の雰囲気を混ぜながらミリアに届けるラクトリー。そんなラクトリーにすっかり逃げ腰のミリアは今までの事を説明する。それは自己弁護と言葉の覇気が無く、たどたどしい物だったのだが、ミリアには慣れているのかラクトリーにはそれだけで全て分ったようだ。
「つまりこういう事ですか、興味本位で飛び込んだ召喚陣だったけど召喚者が怖くて全て話ししまい、そのまま契約。その後は昇君達に助けてもらった後、今度は昇君に興味を持ってそのまま居座ってると。そういう事ですか?」
笑顔で確認するラクトリーだがミリアはその笑顔に怯えるばかりだ。傍から見たら何が怖いのだろうと思うのだが、ミリアにとってはとても怖い事なのだろう。だからこそ、なんとしてもここでラクトリーを説得しないといけないと思ったのは。
「だ、だからしかたなかったんですよ~、お師匠様。本当はお師匠様の元に戻ろうとも思ったんですよ。けど戻り方なんて知らなかったし~、それだったら昇と契約して争奪戦に参戦した方が自分の為になると判断したんですよ~」
「それでも師匠である私への連絡は出来たでしょ。それすらしなかったのは何故なのかしら? 大地の精霊なら何処にいようと相手の精霊反応さえ知っていればいつでも連絡できるはずですよ。今までそれがなかったのは何故なのかしらね~」
「うっ、そ、それは……」
とうとう言葉に詰まるミリア。
二人の会話から察するとラクトリーはミリアの教育者だったらしい。それなのにミリアが突然いなくなった事に心配だけはしていてようだが、そこは精霊。それなりの教育は済んでいたし、一人立ちしてもおかしくは無いのだが、ラクトリーとしてはまだまだ教えたい事が多いほどあったようだ。
だからこそ突然居なくなったミリアに怒りに似た感情を抱かずにいられないのだろう。完全に怒っている訳では無いが、それなりには頭に来ているようだ。
それに何の連絡も入れなかったミリアにも非はある。連絡を取ろうと思えば取れたのだろうけど、その場の成り行きかミリアの思い込みかは分らないが、そのまま昇と契約をしてしまった。
このような事実がラクトリーに知られれば確実に怒られるどころか折檻だけではすまないだろう。確実に真っ黒なオーラを見にまとったラクトリーが思い浮かばれたのだろう。だからこそミリアとしてはこのまま行方を眩ますつもりだった。
それがまさかこんな所で出会おうとは二人とも予想外だったろう。けれども出会ったからにはラクトリーとしても確かめずにはいられない。
ミリアが自分の元を去った理由は先程聞いた。後はミリアがどれだけ成長したかだ。それを確かめるためにラクトリーはあえてアースブレイククレセントアクスを向けるのだった。
「まあ、いいでしょう。あなたの事だからあなた自身が決めても問題は無いでしょう……けれども、私も師匠としての義務があります。あなたがどれぐらい成長したかは、これで確かめて見ましょう」
「えっ、あの、ちょっとま」
ミリアが言い終わる前にラクトリーは一気に距離を詰めてクレセントアクスを振り上げる。そして一気に振り下ろすと爆風が起きた。まるで何か巨大な物が落ちてきたようにクレセントアクスのある場所を中心に破壊している。
「どうしました。このまま何もせずに終わらせる気ですか?」
笑顔を絶やす事無く残酷な事を言ってくるラクトリー。そんなラクトリーにミリアも覚悟を決めたのだろうアースシールドハルバードを構えるとラクトリーと向き合う。
「さあ、それでは見せてもらいましょう。今のあなた自身を」
ラクトリーの身体にはまったくにつかわないクレセントアクスを楽々と持ち上げると、再び大地を蹴りラクトリーはミリアへと迫った。
「アースウォール」
それに対してミリアはハルバードを大地に突き刺すと土の壁を作り出してラクトリーの進行を阻害しようとする。そんなミリアにラクトリーの笑顔は未だに耐える事が無い。
クレセントアクスを一振りしただけでミリアが作り出したアースウォールを軽々と破壊してしまった。
アースウォールはかなりの防御力があり、破壊する事すらかなり困難な防御力を持った大地の壁だ。それを軽々と破壊するとなると、ラクトリーのクレセントアクスはかなりの破壊力を持っている事になる。
そんな事を考える暇をミリアに与える事無くラクトリーは一気にミリアに詰め寄ると刃ではなく、柄先でミリアの腹に一撃を与えて吹き飛ばしてしまった。
地面を数回転がって止まったミリアは腹を抱えながら咳をする。どうやら手加減されたらしいが、それでもかなりの激痛が走った。
そんなミリアにラクトリーは初めて笑顔を消して話しかけた。
「教えたはずですよ、大地の属性には二つの顔がある事を。一つは防御。大地という地球の基盤を構成してるからこそ得られる防御力。二つ目はその逆、大地を揺るがし火山すら噴火させる事が出来る破壊力。天変地異では無いですが、大地には防御と破壊の二面性が有る事を」
大地の属性で注目される特徴は防御力と破壊力だ。ミリアの場合は防御の方へ片寄っているが、その破壊力を現す技も持っている。例えるならアースブレイカー。この技は大地にひび割れを起こし崩壊させる技だ。つまり破壊力を示している。
けれどもミリアはアースウォールやアースドームなどの防御技を好んで使う傾向がある。これはミリアの力が防御側に向いているからでは無い。そこまでしか学んでいなかったからだ。
ラクトリーとしてはそこまで教えてから自分と一緒に争奪戦に参加させようとしていたのだろうけど、こんな結果になってしまってはしかたない。
しかも今は敵である。あまり手加減など出来ない。師弟の情も程々にしなければならなかった。
完全に劣勢であるミリアが倒れている頃。琴未も同じ巫女服に身を包んだ咲耶と対峙していた。
相手の武器は小刀だから、あまり懐に入るのは良くないわね。少し距離を取ってこちらの間合いで攻め続けてみる。琴未はそう考えていた。
確かに咲耶が手にしている小刀はかなり短い。三〇センチほどの長さしかない。そんな武器を持っているのだから相手はこちらの懐に入らなければ攻撃が出来ない。琴未がそう思っても不思議は無い。
雷閃刀を脇に構えて一気に踏み出す琴未。あまり間合いを詰める事無く、雷閃刀が届く精一杯の距離で振り上げるが咲耶は軽やかな動きで琴未の攻撃をかわした。
さすがに避ける事にはなれているのかしら。琴未よりも接近しなければいけないのだから受ける事より避ける事を重要視していると琴未は思った。
だからこそ、咲耶が近づこうとすると距離を取り、少し離れては攻撃を続けるが咲耶は琴未の攻撃をかわし続けた。
「ふわふわと避けられてまったく当たらないなんてね。まったく、どういう瞬発力をしてるのよ」
「ふふっ、それはちょっと違いますけど。その事は後で主様がお話になるでしょう。それよりもそろそろ満足していただきました」
「何がよ」
咲耶の言葉に怒気を込めて返す琴未。咲耶の言葉どおりなら今まで遊ばれていた事になる。そんな事があってたまるもんですか、琴未はそう怒りたい気持ちを抑えながら冷静に雷閃刀を構える。
そんな琴未に咲耶は短い間だけ微笑むと一気に真剣な顔へと変わる。
「それではそろそろお見せしましょう。桜華小刀の力を」
一気に距離を開ける咲耶。ただでさえ武器の長さが短いというのに、ここまでの距離を開けてしまっては攻撃のしようが無い。少なくとも琴未にはそう思えた。
けれども実際には違った。咲耶が桜華小刀を琴未に向けると短く言葉を発する。
「桜」
桜華小刀から無数の桜が、正確には桜の花弁が琴未に向かって飛び出してきた。
「こんなもの」
琴未は雷閃刀に雷をまとわせると向かってきた桜の塊に振り下ろして二つに切り裂いて見せた。
「ッ!」
けれどもそれと同時に身体に痛みが走った。桜の塊が完全に通り過ぎて身体を確認すると幾つかの箇所が切り裂かれている。全て浅手だが数箇所から少しだけ血が出ているは確かだ。
どうやらさっきの桜の花弁が切り裂いたらしい。どうやら桜華小刀はその刃で斬り裂くのではなく、遠距離からの攻撃の為に存在しているようだ。
「けれども、驚くのはまだお早いですよ」
再び笑顔でそう告げる咲耶。今度は先程とは違った言葉を口にする。
「炎」
桜華小刀から炎が一直線に琴未に向かって放射されて。さすがにこれは避けるしかない琴未。横に飛び退き一回転して今まで居た場所を見ると、そこの地面には確かに焦げ後が残っていた。
どうやら先程の炎は幻影などの幻ではなく本物のようだ。
「一体どうなってんのよ」
さすがに困惑する琴未。属性から言って複数の属性を含む物なんて限られている。昇のように最初から特殊な属性を有しているか、レットのように複数の属性を持っているかのどちらかだ。
複数の属性を持つのも可能だが、それは元となる精霊によって限られる。レットは鷹の精霊だからこそ爪翼という爪の属性と翼の属性を持つ事が出来た。もちろん本来の属性、爪なら爪、翼なら翼の属性に比べれば威力は落ちるが、組み合わせる事が出来るだけで強力になる。
けど咲耶は巫女装束を着ている。言わば巫女だ。そんな巫女が複数の属性を有するとは考えられない。
「あんた、一体何の精霊なのよ?」
これ以上は考えも埒が明かないと考えた琴未は無茶を承知で直接尋ねた。琴未はシエラや閃華のように精霊ではない。だから精霊としての知識に関しては掛ける部分がある。それはエレメンタルの属性を持つ者が避けられない物なのだろう。
だから直接聞いてみるしか琴未には手の打ちようが無かった。さすがに正直に答えてもらえないだろうと思っていたのだが、咲耶は微笑むとすんなりと答え始めた。
「私はあなたと同じといったじゃないですか。私は巫女の精霊。属性は巫ですよ。ちなみに巫の属性は自然界の物を自由に放射できますから注意してくださいね」
つまり火や水、更には大地や木々などの自然界にある物を自由に操れる事が出来るという事だ。
「そんなの卑怯じゃない!」
さすがにミリアと似たようなセリフを吐く琴未だが、この場合はしかたないだろう。そんな琴未に咲耶は更に説明を加えてくれた。
「巫女とは本来神に仕えるものですよ。そしてこの国は八百万の神が居る。つまり自然にある物全てに神が宿っている。そうした信仰心が巫女の精霊である私を生まれさせた。つまり私の属性は自然界にあるもの全てを自由に操れるわけですね」
確かに咲耶の言うとおり巫女とは神に仕え、その伝道師となるべき者と言っても言い。時と場合には巫女自信が神になる事もある。つまり巫女とは神に最も近い存在だ。そしてこの国の巫女は八百万と言う自然界全てに存在する神に仕えている。
そんな巫女の精霊だからこそ巫のような属性が生まれた。
「つまり巫女とは神に仕える者。あなたのように刀を振るうだけの存在では無いのですよ。だから最初に言ったではありませんか、巫女としてこの国の格が落ちたと。あなたに巫女を名乗る資格等は最初からないのですよ」
「言ってくれるわね」
さすがにそこまで言われると琴未も頭に来るのか、顔にも怒りが表れてくる。雷閃刀を一気に振り払うと地を蹴り咲耶へと突進する。
まるで猪突猛進のような琴未に咲耶は軽く笑みを浮かべると桜華小刀を琴未に向ける。
「樹」
桜華小刀から木の根みたいな物が無数に琴未に向かって伸びてくる。琴未はそれを避け、時には切り裂きながらも咲耶に向かって進み続ける。
けれども雷閃刀に間合いに入る前に咲耶が距離を取るのは目に見えている。現に今にも咲耶は後ろに下がろうと地面を蹴った。
その瞬間に琴未は笑みを浮かべた。
「雷撃閃」
雷閃刀を振り抜くと数本の雷が咲耶の着地地点に向かって放たれた。どうやら琴未はこの瞬間を狙っていたようだ。
迫ってくる雷に咲耶は桜華小刀を地面へと向ける。
「金柱」
桜華小刀から光が地面に走ると咲耶を中心に幾つもの鉄の柱がそびえ立った。琴未の放った一撃はその柱に吸い込まれるように消えていった。
「そんな」
さすがにこれには衝撃を隠せない琴未。避けられる事は想定していたとしても、こんな手段で出てくるとは想定外だ。
「さしずめ避雷針といったところですかね。どうやらあなたの属性は雷のようなので、このような物を作らせて貰いました。さあ、これであなたの属性は封じたも同じですね」
どうやら咲耶の作り出した鉄の柱には雷を吸収しやすくしてあるようだ。そのため、琴未がどのような技を出そうとも全て鉄の柱に吸収されてしまう。つまりは雷の属性が使えないということだ。
けれども手段が無いわけではない。琴未には新螺幻刀流という剣技が残っている。けれども接近できないとなるとそれすら出来ない。完全に手を封じられてしまった。
さすがにこの状況には焦る琴未。今までに無いほどに不利な状況に追い込まれている。それが分っているだけに心は焦るのだった。
そんな琴未が苦戦している頃。半蔵を相手にしていた閃華も苦戦していた。身体には数箇所の切り傷があり、血まで流れているがいずれも紙一重でかわしているのか深手は負っていない。
けれども追い込まれているのは確かだ。
まったくやっかいじゃのう。味方だった時はそう脅威には思わんかったが、こうして敵対するとまったくもってやりずらいもんじゃな。そんな事を思う閃華。
確かに半蔵とは過去に味方として一緒に戦った事もある。それで半蔵の能力については知っているつもりだったが、こうして敵対してみると思っていた以上にやっかいな事に気付かされた。
とにかく今は防御に専念せねばッ!
閃華の考えが終わらないうちに真横から突然現れた手裏剣を交わす閃華。空の属性を使っての飛び道具。これほどやっかいな物は無い。
なにしろ飛び道具なだけに反撃のしようがない。本体その者が来るならともかく、こうも不規則に遠距離攻撃を飛ばされてきては対処するだけで精一杯だ。
しかも空の属性で上下左右、どの方向からでも飛んでくる。だからこそ手の内ようが無い。
閃華が手裏剣を全て避けきると再び殺気を感じる。龍水方天戟を腕に向けて突き出す。その矛先には龍水方天戟を両刀で受け止めた半蔵が居た。
半蔵が空の属性で空間移動させてるのは飛び道具だけではない。自分自身さえも移動できる。つまりは瞬間移動みたいな物だ。だからこそやっかいだと閃華も感じている。
半蔵はそのまま龍水方天戟を横に弾こうと力を込めるが、閃華としてもそんな事をされればやられるだけだ。お互いに力を込めあい拮抗状態となる。
このままでは埒が明かない思ったのだろう。半蔵は一旦距離を取った。その間に閃華は一気に反撃に出る。
「龍神檄」
龍水方天戟に巻き付いている水龍が離れると巨大化して閃華の周りを旋回する。そして半蔵が現れると一気に向かって行き牙を突きたてた。
反撃を予想していただけに龍神檄を受け止める半蔵。けれども質量からして違いがありすぎる。半蔵は巨大化した水龍と共に飛びまわる事になってしまった。
その間に周りを確認する閃華。この攻撃は半蔵への反撃は無く、現状を確かめるための物だ。
まずはミリア、こちらは完全に遊ばれている状態ではないが完全に手玉に取られている。さすがにミリアの師匠だけの事はあるのだろう。完全にミリアは反撃にすら転ずる事が出来ない。
次の琴未。こちらも雷の属性が封じられていて接近戦に持ち込もうとしているのだが、咲耶がそれを許さず。遠距離からの攻撃で翻弄されている。
そしてシエラ。こちらは互角といえるだろう。けれども翼の属性は空中でのスピードはトップクラスである。それに相手の属性が翼とはとても思えない。それなのに互角とは言えないだろう。
シエラとしてもなんとかスピードで誤魔化しているだけで押されている事は確か。
確かに今は昇のエレメンタルアップが掛かっていない状態だ。それでもここまで不利になるとは想定外だ。これは閃華達ですら予想してなかった、何かがあるのではないか。閃華はそう考えると最悪の事態に備えるために連絡を取らざる得なくなってしまった。
その頃、昇とフレトはお互いに睨み合いを続けていた。
「どうやら精霊達の戦いはこちらが有利のようだな。そろそろ諦めて精霊王の力を渡したらどうだ?」
有利を感じているフレトは昇に降伏を勧告するが、そんな勧告に素直に従う昇ではない。なにしろ昇にはまだ手が残っている。
「残念だけどそれはできない。それが……僕の答えだ」
言葉の終わりと同時に射撃を開始する昇。当然フレトは避けるが今はそれで、精霊達の戦いが不利であるからには使わざる得ない。なんとしてもエレメンタルアップを。
フレトが体勢を立て直す前に意識を集中させる昇。けれども昇はすぐに吹き飛ばされてしまい、集中させていた力も四散してしまった。
「悪いがエレメンタルアップを使わせる訳にはいかないんでな。今は大人しく俺の相手でもしてもらおうか」
「なんで……僕の能力を」
昇はフレトがエレメンタルアップの能力者で有る事を知っているのが不思議なのだろうが、フレト側としてはそうは思ってはいなかった。なにしろ昇の能力をバラした者が昇の陣営にいるのだから。
昇としてはその事を完全に忘れているのかフレトはミリアを親指で指しながら思い出させる。
「あのちびっ子が先程言ったじゃないか、お前の能力がエレメンタルアップだと。精霊の力を限界以上に引き出す能力。噂には聞いていたが実在しているとは驚きだったぞ」
それはフレトがアルマセットで自分の武器と防具を作り出した時だ。その時にミリアは誤って、いや、自覚すらないままに昇の能力を教えてしまっていた。
その事をやっと思い出した昇は奥歯を噛み締める。自分の能力だけがバレいるだけでは完全に不利だ。なんとか相手の能力だけでも掴まないと。そう考えた時だった。フレトは笑みを浮かべた。
「まあ、こちらだけ情報を貰うのもあれだからな、お前にも俺の能力を教えておいてやろう。ただし……その身体でな」
未だに地面に伏せっている昇に杖を向けるフレト。そのまま力を集中させると風が一塊になり昇に向かって放たれた。
なす術も無く風の塊を身体に受けた昇は再び吹き飛ばされて地面を転がる事になってしまった。
「俺の能力は風の放出型。風のシューターというらしいがな。だがそれだけでは無いぞ。俺のエレメンタルウェポンたるマスターロッドとエレメンタルジャケットのウィンドウマントにはまだそれぞれの能力があるがな。それは自分で確かめるんだな」
エレメンタルウェポンにエレメンタルジャケット? 聞き慣れない言葉に昇はその言葉が何を指しているのかに数秒を要した。つまりは昇達のような能力者が使っている武器と防具の総称をそういうのだ。
エレメンタルという言葉が付くのはやはり精霊との契約が元になっているからのだろう。何にしても、フレトの杖とマントには何かしらの仕掛けがまだあるようだ。
その仕掛けすらも突破して昇はなんてしてもエレメンタルアップを実行しなくてはいけない。
しかも辺りを見回すと全員が不利な状況だ。中途半端なエレメンタルアップではどうしようもない。完全に近いエレメンタルアップを掛けないとどうしようもないだろう。
どうやってそのような状況を作ろうか、昇はそう考えようとするがフレトはそんな暇を与える事無く攻撃を仕掛けてくる。
「さあ、いつまでそうしているつもりだ」
もう一度、風の塊を放射するフレト。昇は横に転がりながら回避すると何とか立ち上がる。そんな昇にフレトはもう杖を向けていた。
「紅蓮の炎、その身を矢と化し、眼前の敵を撃て」
フレトの言葉が終わると周りには六本の炎で出来た矢が出現した。それが一斉に昇に向かって放たれる。
昇は二丁拳銃を構えると照準を合わせる。
数は六本、それだけなら的確に落とせる。そう確信すると昇はトリガーを引く。
「アイスシュート」
銃口から小さな氷柱が発射されると昇に向かってきた炎の矢を全て射落とした。
「なら次はこれだな」
今度は昇にではなく地面に杖を向けるフレト。そして昇を中心に円を描く。
「吹き上がれ、大地の咆哮」
昇の周囲にある大地が光ると一気に噴水のように吹き上がる。コンクリートと土砂を巻き上げながら昇もろとも上に押し上げて、それが治まると再び昇を大地へと叩き付けた。
「くっ、どうなってるんだ。なんで……幾つもの属性を」
確かに複数の属性を共有する能力もある。けれどもフレトの能力はそのどれにも属していない。そうなるとこれがフレトの言っていたマスターロッドの力なのか。昇はそう推測する。
相手は風のシューター。風以外の属性は使えないはずなのに、それなのに炎や大地を操って見せた。そうなるとあの杖がやっていることなのか。昇の視線が自然とフレトの杖に向けられる。その事にフレトも気付いたのだろう。わざわざマスターロッドを前に突き出してきた。
「その通りだ。全てはこのマスターロッドの力だ。まあ、それなりに条件もいるがな。今の俺に属性は関係無く幾つでも操れるぞ」
それは昇も同じだ。昇のようにレアな属性には他の属性に縛られる事無く使えるものが有る。けれどもフレトのはそれとはまったく違った物だ。
なにかしらの条件を満たす事で他属性を使用する事が出来る。これがマスターロッドの正体だろう。
けどその条件は分らない。分らなければ封じようも無い。封じなければエレメンタルアップを使う機会が得られない。
そのうえ数は丁度五対五、援軍など期待するどころか自分達が有利に戦う事すら困難な状況だ。それは昇にも言えることで、この戦いに集中しなければやられるだけだ。
なんとしてもそれだけは避けないといけない。なにしろ昇が負けてしまっては全てが終わってしまうのだから。
なんとか……どうにかしないと……。そう昇は思うが打つ手が未だに見付からない。シエラ達も苦戦している今ではどうする事も出来ない。そのフレトは絶対にエレメンタルアップを使わせる隙は作りはしないだろう。
そんな絶対的な不利な状況中で昇達の戦いは続いていた。
そんな訳でお送りしました八十三話ですが……皆さんおいつめられてますね。まあ、なんにしても昇のエレメンタルアップが無い状況かつフレト側にも何かがありそうな感じがしますからね~。皆さん追い詰められてましたね~。
さてさて、バトルはたぶんもう二話ぐらい続くと思いますよ~。いや~、今回でもう少し話を進めたかったんですけど、ページ数を考えると、どうも分けないといけなくなってしまいました。
そんな訳で次回はフレト側の秘密が暴露される……かもしれません。まあ、予定ですけどね。……予定は未定
そんなエレメですが、どうかこれからもよろしくお願いしま~す。という事でそろそろ締めますか。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、どうやら風邪を酷くしたらしい葵夢幻でした。