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エレメンタルロードテナー  作者: 葵 嵐雪
他倒自立編
82/166

第八十二話 協定争命

 中央公園にある人には見えない精霊世界で隔離された封印。その存在に気付く者は人も精霊もほとんど居ない。

 まず与凪の属性で封印自体を精霊達から隠している。だから契約の有る無しに関わらず見つけるのは難しいだろう。たとえ同じ霧の精霊だとしてもだ。

 それほど霧の属性で隠された物を見つけるのはやっかいな事だ。

 人間に関してみれば精霊世界に干渉するどころか存在すら知らない。だから精霊王の封印なんて気付くわけが無い。たとえ契約者だとしてもだ。

 契約者の能力で何かを察知する力を得たとしても、霧の属性で隠された封印を見つけ出すのは不可能に近い。そうなると封印を見つけ出した相手はそれとは別の手段を使って見つけ出したのだろう。

 例え霧の属性で隠されているとしても、見つけ出すのは不可能に近いが不可能ではない。それとも霧の属性とはまったく関係ない別の手段を使ったのかもしれない。

 何にしても精霊王の力を狙っている相手がおり、その対処を昇達がしなければいけないのは避けられない事実となっている。



 いずれは精霊王の力を狙ってくる者が出てくる。ロードナイトとの戦いが終わった後にそのような事を聞かされはしたが、数ヶ月もしないうちにやってくるとは言った閃華達ですら予想できなかっただろう。

 だからこそ今は準備に追われていた。

 昇は自分の部屋で目の前に浮かんでいるモニターとキーボードを相手に悪戦苦闘していた。別に機械が苦手なわけではないが、これは元々は与凪が情報整理の為に精霊界の知識で作ったもので、昇の目の前にあるやつはそれを人間にも使えるように与凪が手を加えたものだ。

 昇も少しは情報整理出来るようになった方が良いという閃華と与凪の判断でこのような事をしているのだが、人間製の機械とは使い勝手が違うのか悪戦苦闘している。

 う〜ん、基本は同じなんだと思うんだけど、専門用語というか精霊の言葉が使われている場所が多いんだよな〜。さすがに全部は翻訳は出来ないのか〜?

 そんなボヤキのような事を思いながら昇は目の前に展開されている情報整理の道具。まあ、パソコンみたいな物を相手に勉強していた。

 そこには閃華達から定期的に情報が送られてきており、昇はその全てに眼を通している。

 閃華と与凪はいつもの生徒指導室で情報処理をし、シエラは偵察に出て映像やら何かしらの情報やらを閃華達に送っているようだ。そんな情報を閃華達が整理して昇に送ってきてるが、半分ぐらいしか理解できていないようだ。

 そんな時だった。ノックの音が聞こえると戸が開いて琴未がコーヒーを持ってきてくれた。

「進み具合はどお?」

 入ってくるなり昇の状況を確認する琴未。そんな琴未に昇はわざわざ両手を軽く上げて見せた。

「お手上げ……ってワケじゃないけど、かなり手間取りそう」

「そうなんだ」

 琴未も手伝おうかと言ったのだが、閃華達はそれを許さなかった。正確に言うと向いていないし使いどころがないからだ。

 琴未の能力は戦闘向きであり、下手に後衛の手段を覚えるとどっち付かずになり全体の能力を下げてしまう。だから琴未には戦闘訓練だけをするようにした方が良いと閃華が提案して昇もそれに同意した。

 琴未って能力もそうだけど性格も攻撃性が強いからな〜。それにあまりこういう事には詳しく無さそう。

 昇の予想通りに琴未はコーヒーを机の上に置くと今まで昇が見ていたモニターを見て難しい顔になった。やっぱりワケが分からないどころか古代の碑文のように思えたのだろう。

 琴未はモニターから離れると溜息を付いた。どうやら向いていない事を自覚したようだ。それから昇に視線を移してきた。

「やっぱり私向きじゃないわね、どうもこういうのはまどろっこしくて」

 自分は肉体派でこういう事務的な事は向いていないと自覚したようだ。それから琴未は「頑張ってね〜」とだけ声を掛けてから昇の部屋を後にした。

 ちなみにミリアは独自に動いているだが、実際には暇を持て余したり惰眠を貪ったりとあまり役に立っては居ない。まあ、しょうがないといえばしょうがないだろう。

 けれども閃華などはミリアの能力に少し疑問を感じていた。性格などの事もあるから実際に口には出さないが、大地の精霊というのは風の精霊と同様に情報などが集めやすい。

 与凪の属性である霧は風の影響を多く受ける事が出来るので情報収集にも向いている。だからこうしたサポートが出来る。

 そして大地の属性も風の属性と同じように情報収集が出来やすい属性だ。それは大地も風も多くの範囲を移動、または属しているからだ。

 風の属性は様々な場所を吹き渡り、多くの場所に存在し移動する。だから情報が集りやすい。一方の大地は地球の基盤である。全ての物の大地の上に立っており、その上で行われている事などを知る事が出来る。もちろん個人の位置や能力によってだが、情報収集に向いているのは確かだ。

 けれどもミリアはそういう事を一度たりともした事が無い。ああいう性格だから向いてないのだろうと閃華は思っているが、それ以上に教育者が居なかったのではないかと思っている。

 精霊は人間と同様に人間から生まれる事は無い。全ては存在のエネルギー。つまり火なら発見されて使われ続ければ存在が認められ、存在をエネルギーとすることが出来る。そのエネルギーを集めて作られた結晶体が精霊だ。

 そうした精霊は自分の属性に関する知識だけは最初から持っているが、常識など人間社会などに関しては自分で勉強するか、先輩の精霊に教わるしかない。そうした生まれた精霊に教える精霊を教育者と呼ぶのだが、ミリアには教育者が居なかったのだろう。

 けれどもこれは珍しい事ではない。精霊がどこで生まれるなんて誰にも分りはしない。ただ属性を多く使われ、また生まれて多く論じられる場所に精霊は生まれるのだから。だから自分と同じ属性を有している教育者に巡り合う事は結構、まれだが決して遭遇率が低いわけではない。

 特に大地などの多くの精霊がいる精霊にとっては教育者が多いだろう。その逆の例も存在する。

 先日海で出会った精霊。竜胆の事を覚えているだろうか。あれは人間の理論から生まれた珍しい精霊だ。なにしろ高温の精霊で焦熱の属性をもっていたのだから。これは科学が発展したからこそ生まれた精霊と言って良い。

 そうした精霊は数が少なく、教育者が居る事も少ないだろう。だからこそ、シエラにその隙を付かれたりもした。

 つまり精霊は自分の属性に関する事は最初からある程度理解しているが、深い部分は教育者に教わるか、自分で学ぶしかない。そうした教育システムだ。

 だからだろう、昇にも直接何かを教えるわけではなく、必要な道具だけを与えて自分で学ばせるのは。まあ、確かにこの方法ならスピードは遅いが深く理解できる。時間が無限に近いほど有るからこそ出来る精霊の教育方法ともいえる。

 けれども昇は人間である。だからそのような事をされても悪戦苦闘するだけだ。

 というかさ〜、こんなの渡されて後は自分で勉強しろと言われても困るんだけどね。操思うと昇は涙目になりながら机に突っ伏して、そのまま諦めに似た休憩へと入って行った。



 その日の昼食は情報収集の成果も込めて占拠した生徒指導室で会食となった。各自の意見や伝えきれない報告などを一度に集めるには、やはり一度は集合した方が良いだろうという判断だ。

 雑談をしながら昼食を終えると与凪が状況を説明する事から話が始まった。

「どうやら少し前から封印には手出ししてたみたい。ただ相手も慎重だったようで、こちらに悟られないように探ってたらしいのよ。けど封印が強力すぎて自分達ではどうする事も出来なくなった。それなら封印した者を誘き出そう、たぶんそういう事だと思う」

 最後だけ推測だけでその他の報告は全て裏付けある確定情報だ。現に封印を解こうとした痕跡が見付かったらしいが、それでも封印には何の影響すら与えてはいなかった。それだけ封印が強力なのだろう。

 与凪からの報告を聞いた昇は頷いて見せた。昇の中ではすでに方針は決まっている。後はそれを告げて決行するだけだ。

 それからは特に報告する事も無いのか全員が黙り込んだ中で昇はわざわざ咳払いすると自分の方針を話し始めた。

「なんにしても、相手との接触は避けられないと思う。このまま放っておく事が出来ないんだからいつかは接触はする。それなら早い方が良いと思う。だから……今夜、中央公園に張り込もうと思うんだ」

 驚きを隠せない面々。確かに昇が言ったとおりにいつかは接触する事にはなるだと誰もが想像していた。それが今夜になるとは誰も思っていなかった。

 そんな昇の意見にシエラはわざわざ手を上げてから反論を始めた。

「接触するのは構わないと思う。でも、わざわざ急ぐ必要も無いと思う」

 シエラには戦闘準備を万端にしておきたい理由が在るのだろう。それはそうだ、なにしろ準備不足で不利になってはたまったものではない。

 そんなシエラの意見に昇は真っ向から反論した。

「確かにシエラの言うとおりだと僕も思う。でも……準備不足は相手も同じ、それに今夜なら相手の隙を突けるかもしれない。それに準備不足は相手も同じだよ、大事なのは状況を僕達が作る事だと思ったから今夜にしようと言ったんだよ」

 つまりは奇襲である。戦うにしても話し合うにしても相手が今夜こちらが来る事を予想できなかったのだったら戸惑うはずだ。相手にそういう隙が出来れていれば昇達としても状況を進めやすい。そこまで考えたからこそ昇は今夜を選んだ。

 その事を理解したシエラは黙り込み閃華や与凪は考え込んでいるようだ。

「なんにしてもじゃ」

 閃華が何かを思いついたのか何かを言い始めた。

「どんな状況になるか分らんからのう。退路だけは確保しておいた方が良いと思うんじゃが」

「というと?」

 昇には閃華の言っている意味が分からなかったのか首を傾げる。そんな昇に閃華は微笑むとその微笑をそのまま与凪に向けるのだった。



 日付が変わる数時間前、昇達は封印近くにある林に身を隠していた。そこで相手が来るのを待ち伏せるつもりだ。

 確かにここなら封印にちょっかいを出そうとするればすぐに分るし、この時間なら人通りがほとんどない。つまり封印にちょっかいを出すには絶好の時間帯だ。

 それだけうってつけの場所なのだが、さすがに数時間も居ると飽きてくるのだろう。ミリアなどは封印の監視などはやっておらず、半分ほど舟を漕いでいる。

「精霊でもお子様は寝るのが早いのかしらね」

 そんな冗談を口にしながらミリアを頭を小突く琴未。ミリアも重要な戦闘要員だ。戦闘になる事にでもなれば眠ってもらっていられては困る。けれども今は少しだけ休ませて上げようと昇が口にしたので琴未はミリアを小突いたり、頬を引っ張ったりと遊ぶだけに留まった。

 そんな中で待っているとようやく待ち人達がやってきたようだ。相手は五人、辺りを気にするかのように見回っている。それから、その中の一人が何かを呟くと今まで少しだけあった人通りが完全に無くなった。

 これでこの場所にいるのは相手の五人と昇達だけとなった。それから五人は精霊王の力が封印されている場所へと移動し何かをし始めた。

 それと同時に閃華の前にモニターが現れた。先日と同じように赤い画面でアラートの文字が出ている。もちろんこういう事態を想定していたから警告音などは一切発していない。「どうやら間違いないようじゃな」

 警告が出たという事はあの五人が精霊王の力を手にしようとしている者達に違いないだろう。

「もう少し近づいてみようか」

 さすがに人通りが無いだけに明かりも少ない。ここからでは相手の姿形は良く分からない。

 大人が三人、高校生ぐらいが二人といった感じとしか分らない。相手の姿を良く見るためにも近づかなければいけない。

 もちろんこのまま林を出るわけは行かない。なるべく遠回りして昇達も精霊王の封印に近づいていく。

 相手の五人も精霊王の封印近くにずっといるわけではない。役割が決まっているのだろう。少女のような人物が精霊王の封印に干渉し続け、残りの人物は辺りを少し移動したり、じっとしたりしている。

 やる事が無くうろうろしてるのか、辺りを見回っているのか、それとも暇を持て余しているのか分らないが、うかつに近づけない事は確かだ。

 そんな中でも昇達はこの場所を良く知っている。だから相手に気付かれる事なく近づく事が出来た。

 かなりの距離を近づいたのだが暗がりの所為で姿は良く見えないが、大体の姿形は分ってきた。昇より少し背の高い少年が一人。琴未と同じような少女が一人。大人の男性が二人に女性が一人。そういう編成のようだ。

 そして少女はずっと精霊王の封印に干渉を続けている。どうやら今日は長めにやってこちらに興味を持たせようとしているのだろう。昨日の短時間だけでは間違いと思われても困るからだ。

 なにしろ相手も昇達に出てきてもらいたいのだから。

 そんな様子を見ている時だった。大人の女性が暗がりから丁度街灯の下に移動してきて姿をはっきりと見る事が出来た。

「あ────────────────────────っ」

 女性の姿を見るのと同時に大声を上げるミリア。その声に全員が驚き視線がミリアに集まる。

「お師匠様がどうしてここにっ!」

 ワケの分らない事を言い続けるミリア。その場は未だに混乱しているようだが閃華はすぐに昇に話しかける。

「もう奇襲は無理じゃ、ここは正面から堂々と行くしかあるまい」

 閃華の言葉にすぐに頷く昇。ミリアがいきなり大声を上げてしまったからにはそうするしかないだろう。昇達しては様子を探って奇襲なり、突然現れたフリをして相手の虚を付きたかったのだが、こうなってはどうすることも出来ない。

 昇はその場から立ち上がると素直に林から出て行き、シエラ達もそれに従って静かに歩き出し、明かりの下に自分達の姿を晒した。

 その行為に少年は女性と男性の一人から助言を受けたようで、同じように明かりの下に全員を集合させた。

「さて、まずは自己紹介から始めるか? それとも素直にあの封印を解除するか? どちらがいい?」

 挑発的な態度で出るフレト。そんなフレトに男性の一人は頭を抱えているようだが、昇としてはそこまで気にしている余裕は無かった。

「そうだね、出来れば自己紹介から行きたいかな。それから精霊王の力を求める理由を教えて欲しい。場合によっては協力するよ」

 昇としては友好的に言ったつもりだが、それが必ず相手に伝わるとは限らない。それどころか疑念を抱かせる事もある。

「協力か、確かにそれはありがたいが、それを保障するものは有るのか? まさか協力するフリをして後ろから刺されては敵わないからな」

「……それは……でも、僕達としても精霊王の力はこのままにしておきたいんだ」

 それは昇達が争奪戦が終わるまで精霊王の力を誰にも使わせない為だが、封印のおかげで精霊王の力が何に使われているのかは分らない。だからフレトが誤解しても不思議は無い。

「それはそうだろうな。こうしている限り精霊王の力は使いたい放題だからな」

「なっ、僕達は精霊王の力を使ってない!」

 確かに昇達は自分達の為に精霊王の力は使ってない。それはロードキャッスルでの悲劇が有ったからこそだ。その悲劇を繰り返さないために誰にも手を出せないようにしたのだが、この場でそこまで説明するのは不可能だ。なにより時間がないし、それを証明するだけの物も無い。つまりフレトを信用させる事が出来ないという事だ。

「どうやらこれ以上の言葉は必要ないようだな。元々は争奪戦で戦いは避けられないのだから、ここで戦いを避けてもしかたない」

「待って、せめてもう少し話だけでも」

「そんな必要があると思うのか」

 フレトとしては精霊王の力さえ手に入れば手段はどうでも良い。それに昇が下手に出た事であまり信用できなくなってしまったのだろう。

 昇としても下手に出て話をしたかったのだが、それは逆効果でフレトを刺激してしまったようだ。

 フレトの性格からしても腹の探り合いのような話は苦手なのだろう。それなら力づくで行ってしまった方が良いといったタイプのようだ。

 もう戦う事は避ける事は出来ない。昇はそう確信した時だった。フレトは笑みを浮かべると言葉を発した。

「そうそう、一つだけ希望を叶えてやろう。俺が名はフレト=グラシアス、契約者でここにいる者達の主だ。能力は自分で調べるんだな。他の者はそれぞれ自分達でやってもらおうか」

 その言葉に一人の男が前に出ると閃華も同時に前に出た。

「久しぶりじゃのう、何百年ぶりかのう」

「だいたい四百年だな」

「くっくっくっ、相変わらず口数の少ない奴じゃのう」

 そんな会話を交わした閃華は後ろを振り向かずに昇達に告げる。

「こやつは服部半蔵。名前ぐらいは知っておるじゃろ。なにしろ有名じゃからのう。空間の精霊で空の属性を持っておる。こやつとの距離は一切気にするでないぞ」

「……的確だな」

 半蔵はそれだけしか言わなかった。閃華の説明が的確で状況に合っている事を認めたようだが、半蔵の性格からしてその事が分るのは閃華だけだった。

 半蔵はそれだけ言うと後ろに下がった。そうやらこれ以上は語る事は無いのだろう。閃華との久しぶりの対面だというのに、こういう態度に出るのは半蔵の性格なのだろう。

 半蔵の次に前に出てきたのは大人の女性の方だ。その女性が前に出るのと同時にミリアは昇の影に隠れてシャツのを掴んできた。

 そんなミリアに女性は優しい笑顔を見せて話し始めた。

「初めまして、私はラクトリーと申します。そこにいるミリアの師匠をしていたのですが、いつの間にかミリアが行方不明になって今はマスターと契約したわけなのですよ……さて」

 笑顔を絶やさないままラクトリーは立つ位置を変えるとミリアが見える場所へと移動する。

「久しぶりですねミリア……さて、ここで会ったのも何かの縁、何があって私の元を去って行ったのか話してもらいましょう」

 笑顔は変わらないのだが、体から黒いオーラのようなものを昇達ははっきりと見た。正確にはそれほど雰囲気が変わった。

 そんなオーラをミリアも見てしまったのだろう。ますます昇の影に隠れてしまった。そんなミリアにラクトリーは溜息を付くと素直に背を向けた。

「まあ、すぐに戦いが始まるでしょうから、その時にでもゆっくり聞きましょう」

「昇〜」

 すっかり涙目、というか泣いているミリアは昇を見上げるが、昇は半分諦めた顔でミリアの頭を撫でるしか出来なかった。

 ラクトリーが下がると次に出てきたのは巫女服を着た少女だ。先程まで封印にちょっかいを出していた相手だ。この場で何かをするとは思えないが油断することはできない。

 それに同じ巫女だという事に刺激されたのだろう。昇側からは琴未が前に出た

「お初に御目に掛かります、咲耶ともうします。これから仲良くとはいけませんが、よろしくお願いします」

「こちらこそ始めまして、武久琴未よ。あなたと同じ巫女をしているわ。そこだけは奇遇ね」

 琴未としては少し嫌味を込めたつもりなのだろうが、あまり効果が無いどころか逆に返される結果となってしまった。

「そうでしたか。ですが、あなたのような粗暴な人が巫女とは、この国の格も落ちたものですね」

「なんですって!」

 倍以上の嫌味で返された琴未に一瞬だけ声を荒げると、琴未はすぐに深呼吸をして平常心にもどした。

「なんにしてもよ、同じ巫女としてあなたにだけは負けないわ」

「そのお言葉、そっくりお返しします。言葉だけでなく力でもですね」

 その言葉に琴未は少しだけ首を傾げた。言葉で返されえるのは分るのだが、最後の力というのはどういう意味だろと。けど一つだけ理解していた。もしこのまま戦う事になるのだとしたら琴未の相手が咲耶になるということだ。

 咲耶としてもその意思があるからこそ最後にそのような言葉を付けたのだろう。

 なんにしても負けられない。琴未は改めてそう決意した。それ咲耶が巫女というだけではなく、品格としても負けているような気がしたからだ。

 別に琴未が劣っているのではない。ただ咲耶から発せられている雰囲気がなんとなく巫女の神格を現しているかのように感じたからだ。

 琴未達の話が終わったのだろう。あちらからはもう一人の男性が、こちらからはシエラが前に出た。

「レット・ローネだ。こんな事もいうのもあれだがよろしくな」

「シエラ」

 シエラは自分の名前だけを伝えただけで他には何も言わなかった。レットはもう少シエラが喋ると思って黙っていたのだが、どうやらシエラがそれ以上は喋るつもりが無い事を理解すると肩をすくめて見せた。

「おいおい、それだけかよ。もう少し何か言う事はないのかい?」

「別に」

 そっけない態度で返すシエラにレットも諦めたのか素直にその場から下がる。そしてシエラも下がり、代わりに昇を前に押し出した。

 どうやら昇の番だと言いたいのだろう。昇は一度ゆっくりと息を吐くとフレトの目を真っ直ぐに見据えた。

「滝下昇。君と同じ契約者だ。もちろん僕も自分の能力を教える気はないけど、もう少しだけ話は出来ないの? せめて精霊王の力を求める理由だけでも教えて欲しいんだけど?」

 昇としては精霊王のような危険な力を何に使うのかだけでも確かめなければいけないと思っただろう。そうしなければ話し合いどころではない。

 フレトが自分自身の野望の為なら問答無用で戦うしかないのだが、昇の言葉を聞いたフレトは悲しそうな瞳を見せた。

「もう……これしかないからだ。精霊王の力を手に入れる以外……手の打ち様がないからだ。だから……渡してもらうぞ! 精霊王の力をな!」

「だから何のために」

「それを聞いてどうする。どうせお前なんかに何も出来やしない。俺は大切な存在を留めさせる為には戦う事はいとわない!」

 どうやらフレトはすでに戦う気なのだろう。フレトとしても話し合いを考えてなかった訳ではない。けれども昇が下手に出たとしても主導権は昇が握っている。そんな昇に頭を下げて頼む気にはなれないし、そんな事はフレトのプライドが許さなかった。たとえ大事な存在を失いかけようとしていても。

 それなら戦って勝ち取ればよい。そうフレトが考えてもまったく不思議はなかった。なにしろ本来なら争奪戦で戦いは避けられない物で、出会ったからには戦うのしかないのだから。もしかしたら、そのように戦いを強制させるような力が働いているのかもしれないが、そんな事は誰にも分りはしない。

「さあ、これ以上の言葉は不要だ。ここからはこれで語るとしよう」

 フレトは片手を前に出すと大きく手を開く。

「アルマセット」

 フレトが差し出した手が光り輝くと杖なる。杖の先端には翠がかった翠昌石すいしょうせきが付いている。それと同時に身体も輝くと黒いローブをまとい、同じく黒いマントを付けていた。

 その姿は童話に出てくる魔法使いそのものだ。

「って、あれって昇の!」

 フレトの姿に驚く昇。けれどもそんな昇達に構う事無く、フレトの精霊達も精霊武具を出してくる。

「アースブレイククレセントアクス<大地を壊す三日月斧>」

 ラクトリーの精霊武具もミリアと同じく斧系統のようだ。ミリアと同じくその大きさはラクトリーの身長とほぼ同じで先端の斧部分は全体の三分の一を占めている。斧そのものは長く反りが強く太い。まるで大きな三日月のようだ。

 身体を覆う防具はこれもミリアとは違って軽装で余計な部分を排除している。つまり下着ではないが身体に密着する服と最低限の甲冑しか付けていない。鎖帷子や各鎧部分を繋ぐ箇所を排除した容姿をしている。

 付けている防具といえば胸当てと肩当、それと両手足の具足だけ。あとは防御能力が低い服のような物を少し付けいるが、大地の精霊からして服だけでも充分な防御効果があると思ってよいだろう。

「空斬小太刀<空間を斬り裂く小太刀>

 半蔵も同じく精霊武具を見にまとう。容姿は誰もが想像する忍者をそのまま再現したような格好だ。主だった防具を見にまとう事無く、覆面と黒い和装で動きやすい格好をしている。

 武器の方は珍しく大きくは無い。琴未が使っている雷閃刀の半分ぐらいの大きさの小太刀を腰の後ろに二本さしている。まさしく忍者そのものと言って良いだろう。

 さすがは歴史に名を残した服部半蔵。その名に恥じる事ない容姿と雰囲気を漂わせている。

「桜華小刀<桜の華みたいに小さな刀>」

 次の精霊武具を出してきたのは咲耶だ。こちらの容姿はあまり代わり映えはしない。元々巫女装束を見にまとっていたから、それに琴未とは違った防具を付けているだけだ。

 琴未はたすき掛けをして方を振り回しやすい格好をしているが、咲耶は防具らしいものはつけておらず、千早をまとっただけだ。

 手にしている武器は半蔵の小太刀よりも更に短い小刀だ。それを手に持っている。

 そして精霊武具を発動させた効果か、桜の花弁が咲耶も周りに舞い落ちた。

「テルノアルテトライデント<三つの爪を持つ槍>」

 次に精霊武具を出してきたのはレットだ。槍だが先が三つに分かれている。いわゆる三叉槍だ。けれどもその三つとも湾曲しており、まるで爪用になっている。そのまま斬り裂く事も可能だが、突き刺す事も出来るようだ。

 大きさも大柄のレットを隠すほどの大型の槍だ。その槍に似つかわしい防具をも身にまとっている。

 ミリアほどの重装備ではないが、全身を甲冑で覆われている。重装備である事には違いないのだが、あまり動きずらいという訳ではなさそうだ。

 フレト達が各々精霊武具を見に待とうとシエラ達もそれぞれ精霊武具を見にまとう。ここまでされてはもう戦うしかないのだろう。

 そうして睨み合いが始まると誰もが思ったのだが、ミリアの一言がそんな雰囲気を一気に壊してしまった。

 フレトを指差して真っ先に言葉を口にする。

「なんで昇と同じ事が出来るんだよ。さてはお前の能力もエレメンタルアップだな。だから昇と同じように武器や防具を作り出せるんだな。そうでしょう!」

 よっぽど自分の推測に自信があるのかミリアは胸を張って見せるが、そんなミリアにラクトリーは思いっきり溜息を付いてからミリアに言葉を返した。

「能力者が自らの力で武器や防具を作るのは現代において常識となってますよ。そして能力者が精霊武具同様に武器や防具を呼び出す事を『アルマセット』と呼ばれてます。大地の精霊ならそれぐらいの情報ぐらい集められるはずだと教えたのですが、忘れましたか」

 最後だけ独特の黒いオーラを発してミリアに説明するラクトリー。さすがに今度は昇の後ろに隠れるわけにはいかないのか、一歩下がり思いっきり戸惑いを示した。

 そんなラクトリーの言葉に昇は別の感想を持った。

 そうか、皆考える事は同じなんだ。そう言われればそうだよね。昔ならともかく今は武器なんて手に入れることなんて出来ないし、それなら自分で作り出そうと思うのも不思議じゃないか。

 自分が考えた事は他人も似たような事を考える。そんな事を思った昇はフレトの真似をして見る事にした。

「アルマセット」

 昇は力を集中させてそう呟くと両手にはいつもの二丁拳銃が現れ、黒いシャツとコートを見にまとった。

 なるほど、確かにこうした方が便利だな。

 精霊たちが精霊武具を召喚するのに各々の武器名を叫ぶには召喚する手順を省くという意味がある。

 昇が今までのように精神を集中させてイメージを実体化させるよりかはかなり簡単に武器と防具を具現化できる。

 どうやら能力者の間ではこの事を『アルマセット』と呼んでいるようだ。情報収集を得意としているラクトリーだからこそ、この事を知っていたのだろう。……ちなみに、ミリアも同じ大地の精霊だがその手の作業は一切出来ないようだ。

 そんな事はともかく、これでお互いに臨戦態勢へと入った。昇としてはもう少し話をして精霊王の力を求める理由を知りたかったのだが、出会ってしまったからには戦うしかない争奪戦の理由。それにフレトとしても急ぎたい理由が合った。長々と話をするぐらいなら一気に叩き潰してしまった方が手っ取り早いのだろう。

 だからこそ戦う事を選んだ。もしかしたら選ばされたのかもしれないが、この場合はどうしようもないだろう。なんにしても戦うのだとしたら先手を打たなければ行けない。昇達としてもここで勝たないと話をするどころではないのだから。

 とにかく勝ってここは話を進めよう。そう昇は決めると小声で戦う事を皆に伝え、それぞれに頷いてきた。

 そして真っ先に動いたのはシエラだ。一気に上空に飛び上がり、上から攻めるつもりなのだろう。確かに地上にいる者にとって上空からの攻撃はやっかいな物は無い。けれどもそれは誰も空中戦が出来ない場合だけだ。

 ウイングクレイモアを構えて翼を広げるシエラ。そこから一気に攻めようとするのだが、視界に何かが写るとそれに合わせて防御に入った。

 シエラのウイングクレイモアを捕らえたのはレットのテルノアルテトライデントだった。

 二本目と三本目の爪の間にウイングクレイモアを突き刺し、串刺しだけは免れたシエラ。

 そんなシエラの瞳にレットの姿しっかりと写った。レットの背中には茶色みかかった翼が生えており、どうやら鳥系の精霊のようだ。

「残念だったな。上空戦が出来るのはお前だけじゃなんだぜ」

「別に私だけが特別だとは思ってない。ただ以外だっただけ、あなたが飛べた事に」

 どちらにしても両者ともこのまま退く事は出来ない。こうしてシエラ達の上空戦から戦いの火蓋は切って落とされた。







 そんな訳でお送りしました八十二話ですが、なんか自己紹介だけで終わったような気がしますね〜。まあ、次の戦いまで書いていたら、軽くもう一話分ぐらいのページ数を使ってしまいますからね。今回はここで切らせてもらいました。

 そんな訳で、次からはバトルに入ります。いや〜、久しぶりのエレメバトルです。……本当に久しぶりだ。なんかワクワクするような不安のようなそんな感じですね。

 まあ、なんにしても楽しんでいただければ幸いです。

 さてさて、そんな訳でそろそろ締めましょうか。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に票感想もお待ちしております。

 以上、未だに風邪が治ってないと思われる葵夢幻でした。

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