第八十話 花火を人に向けてはいけません
『なんで〜っ!』
夕食後、シエラとミリアは彩香の言葉に驚きの声を上げた。その言葉を聞いたのは昇を始め琴未と閃華も含まれているのだが、昇は閃華達が何かを企んでいるのではないかという勘が働いたのか動じない。
琴未と閃華はすでにその事を知っていたからだ。
抗議の声を上げたシエラとミリアに彩香は改めて先程頼んだ内容をもう一度説明する。
「だから人手が足りないのよ。それでシエラちゃんとミリアちゃん、ついでに昇にも夏祭りの手伝いをして欲しいのよ」
つまり夕暮れに占領した生徒指導室で夏祭りに遊びに行こうと決まったのだが、今度は彩香から夏祭りの手伝いを頼まれてしまった。そうなってしまうと夏祭りで遊ぶ何処ろではなくなってしまう。
その事で困り顔になるシエラとミリア。昇はというと平然としている琴未と閃華の顔を見てなんとなく察していた。
この事に驚かないのは彩香がこういう事を言い出す事を知っていたからだ。そして夏祭りの会場は琴未の実家。つまり高戸神社だ。つまり彩香がそういう頼み事を言い出す事を知らないわけが無い。逆に閃華達からその事をシエラ達に頼むように言ったのかもしれない。
どうやら先程の生徒指導室で夏祭りの話を出したのは与凪までも巻き込むつもりなのかもしれない。シエラとミリアは彩香から頼まれれば嫌とは言いづらい。言えない訳ではないが、彩香は家主でありシエラ達はやっかいになっている身だ。たとえいろいろと家事をやっているとしても、この家での権力を握っているのは彩香なのだ。
だからシエラ達は絶対にこの申し出を断れない。その事に不審を抱いたシエラが気付いたようで食事を終えた琴未に詰め寄ってきた。
「何を企んでるの?」
直球に聞いてくる琴未は当然素知らぬ顔をする。
「何の事?」
「さっき夏祭りに遊びに行こうって決まった時にはこうなる事を知ってたんでしょ。それなのにさっきはその事を言わなかった。それはお義母様からこういう事を言い出す事を知っていて私達にそれを絶対にやらせないといけない。そうでしょう」
自分の推理を琴未だけに聞こえるように話すシエラ。確かにその通りなのだが、それだけでは説明不足なのは気付いていないようだ。
「まあ、そうかもしれないわね。なにしろ閃華がやったことだからね。それにそんな事をして私達に何の得があるっているの?」
琴未の言うとおりである。ただ単にシエラ達に夏祭りの手伝いをさせたいだけなら彩香から言い出すだけで良い。それなのにここまで手を込んだ事をしたって事はそれなりの理由が有るのだろう。
それを説明してみろと琴未は主張するがシエラは答えることは出来ない。それは琴未の言うとおりだからだ。手伝いをさせるだけなら彩香だけで良い。何も生徒指導室で話を持ち出して与凪まで巻き込む必要は無い。それなのに、ここまで手の込んだ事をするにはそれなりの事があるのかもしれないが、それが分らないからには反論の仕様が無い。
「……分った、お義母様の頼みだから断れないし手伝ってあげる。でもあなた達の企みが上手く行くと思ったら大間違い」
この場ではどうする事も出来ないと判断したシエラは現場でどうにかしようと判断を下したようだ。
確かに現状ではそうするしかないだろう。けれども今回の企みは閃華と玄十郎が結託して行う事である。そう簡単に阻止する事は難しいだろ。
それにシエラは玄十郎の事は知らない。話には聞いた事はあるだろうが面識は無い。だからどういう人物かも分りはしない。だからそこまで計算に入れる事は出来ない。それよりも重要になってくるのが与凪だ。
閃華はわざわざ与凪を巻き込むように生徒指導室で夏祭りの話を出してきた。そこには何かしらの企みがあるのだろう。その事に気付いているのは当の与凪だけなのかもしれない。
何にしても行く重にも巡らされている企みをシエラだけで突破するのは難しいだろう。それに一番やっかいな点はシエラが玄十郎の存在や与凪が巻き込まれている事を知らない事である。
だからこそ閃華と玄十郎は今回の企みが絶対に上手く良くと確信している。その事に閃華は心の内で悪辣な笑みを浮かべ、玄十郎は笑っているだろう。その事に昇は一瞬だけ悪寒を感じた。
どうも夏祭りが無事平穏に済まない事だけは察したようだ。
夕食後、全員がリビングへと集っていた。各自の部屋は用意されているのだが、さすがにテレビやコンポなどの個人的な電化製品までは用意しきれないので自然とリビングに全員集るようになった。
そんな中で起こるのがテレビのチャンネル争いだ。時たまそういう事が起きるのだが、彩香が出てくると治まってしまう。やはりこの家の権力者には誰も逆らえないのだ。だからと言って彩香が傍若無人な訳ではない。
彩香の自室にはちゃんとテレビが設置してある。だから自分だけが見たい番組が有るときは自室に戻るのだが、皆で見る番組はリビングで見るようにしている。
そんなテレビで放送されているのは動物番組だ。ミリアは動物系、琴未は音楽系の番組に拘るのだが、やはり動物やスイーツなどの番組だとそちらに行ってしまう様だ。
そんな動物番組でシエラだけが時折詰まらなそうな顔をしている。それは必ず鳥に関する事が放送されている時だ。
シエラの属性は翼。やはり鳥に関する事は興味が薄いのだろう。他には動物系の属性を有している者が居ないだけに、そういう事が起きるのかもしれない。
だけどシエラとて動物番組が嫌いなわけではない。鳥系の動物に興味がもてないだけだ。
現に今現在テレビに映っている猫には興味津々だ。もちろんシエラだけでなく琴未とミリアも。閃華と彩香は可愛いとだけしか思っていないだろう。だから二人ほど興味がないワケでは無い。
「この猫、足が短くて可愛〜い」
テレビに映った猫にミリアが率直な感想を口にする。マンチカンという種類の猫だ。最近ではかなり人気がある。
短い足に垂れた耳、それにつぶらな瞳が人気を博しているようだ。
「マンチカンも可愛いけど、私はスコチィッシュフォールドかな。あのつぶれた顔が可愛いのよね」
スコチィッシュフォールドも少し前までは一番人気を取っていた猫だ。こちらはなんと言っても顔に特徴が有る。琴未の良いようではないが、すこしつぶれたような顔をしており、それがなんとも愛らしい。
「シエラはどんな猫が好きなの」
ミリアと琴未が猫のトークで盛り上がったので昇はシエラの意見も聞いてみたのだが、予想外の答えが返ってきた。
「私は犬派」
「へぇ〜、シエラは犬の方が好きなんだ」
頷くシエラ。まあ、確かにシエラが猫と笑顔で戯れている光景はあまり想像できないが、犬に芸を教えたり、外で遊んだりするのはなんとなく昇にも想像が出来た。
けれどもシエラはそういうのとは少し、いや、かなり違うようだ。
「うん、お預けを覚えさせて放置して、涙目で訴えてくる目とか。お手をさせてそれを数十分我慢させた時とかの顔がなんとも可愛い」
シエラさ〜ん、論点がずれてますよ〜。というかドSですか! すでに芽生えて花が開いちゃってますか!
シエラの言葉に昇は言葉を失う。確かにそんな事を聞かされたら、どう返事をすれば良いのか分からないだろう。
そんな会話をしていたらテレビの画像は鳥の求愛行動についての放送を始めた。真っ先に視線をテレビから離すシエラ。やはり興味が無いようだ。ミリアと琴未も先程まで熱心では無いが求愛行動の不思議としか言えない動作に笑ったりしている。
そんな時だった。興味を失ったシエラが夏祭りに関する事を閃華に聞いてきた。
「そういえば浴衣の話になった時にそっちで用意するって言ってたけど、まさか私達が着るのは浴衣ではないんでしょ」
「ほう、察しがよいのう」
まさか浴衣を着て神社関係の手伝いをする訳にはいかないだろう。そうなると用意されている物は一つしかない。
「もうすでに全員分の巫女装束を用意してあるぞ。なんじゃったら一度寸法合わせしても良いのじゃが、どうする」
「遠慮する」
閃華の申し出に即答するシエラ。そこまでするつもりは無いのだろう。なにしろすでに閃華達の術中にはまっている事には気付いているのだから。
けれども意外な事を閃華は言い出した。
「じゃが浴衣も用意してあるぞ。なにしろ手伝ってもらうのは午後じゃからな。午前中は自由行動じゃ。それなら浴衣の方がよいじゃろうと一応用意はしておるぞ」
つまり閃華達の企みは夜に行われるという事だろう。それだけでも分っただけでシエラには充分収穫があったし、ミリアも午前中は遊べると聞いて満足したようだ。シエラとしても行動する時間が把握できただけでも充分に動ける。だからシエラの興味はすぐに移り、またテレビへと視線を移した。
そんな光景を目にした昇は少しだけ溜息を付きたくなって来た。
与凪さんの話も気になってるんだけど、夏祭りの方が気になるな〜。絶対に僕がらみなんだろうな〜。今度はなにされるんだろう? というか僕の理性はどこまで耐えられるんだ!
つまり閃華達の企みが成功するしないは全て昇の理性に掛かっている。昇としてはその理性が閃華の企みに打ち勝つ自信など無かった。
海での出来事と良い。ドンドンと手が込んできたり大胆になってきている。今度はどんな策略が待っているのかと思うとさすがに溜息を我慢できなかった。
「どうかした?」
昇の溜息に琴未が気付いたが昇は何でも無いと誤魔化した。琴未もそんなに気にしなかったのだろう「ふ〜ん」とけ言って視線をテレビに戻した。
琴未の視線が完全に昇から外れると今度はシエラが耳打ちしてくる。
「大丈夫、私が必ず昇の貞操は守るから」
それだけ言うとシエラは昇から離れて定位置へと戻っていった。けれどもシエラの言葉も気になる昇だった。
貞操を守るって、シエラも琴未もどんな想像をしてるんだ。というか……僕は一体なにをされるんだろう? ううっ、どうにかして回避できないかな? でも閃華が企んでいる事だしな〜。どうしよう……よしっ! ここは一度当たってみるか!
定位置から閃華の隣に座る昇。そこで閃華だけに聞こえるように話し始めた。
「夏祭りの件だけど、生憎と僕は用事があって手伝えないんだけど……大丈夫かな?」
「安心せい、昇の用事は全て片付けて有るはずじゃ、宿題も私が手を加えておいたからのう。すぐに終わるじゃろ。それ以外に用事があるというなら総出手伝ってやるぞ。それに……昇が奥方に逆らえると思っておるのか? そう思っておるなら今すぐ考えを改めるんじゃな」
反論の余地どころか選択の自由すらなさそうだ。すでに閃華が引いたレールの上に乗せられている事を昇は理解せざる得なかった。見事に当たって砕け散った訳である。
すでにそこまでしてあったなんて。というか、僕の宿題にも手を加えたの!
どうやら今回はすでに逃げ場は無いようだ。そうなると頼るのは一人しかいない。
昇は定位置に戻ると今度は隣に居るシエラに耳打ちした。
「ねえ、本当に閃華の企みをどうにか出来る?」
シエラは視線を動かす事無く昇にだけに聞こえるように短く答えるだけだった。
「出来る限りの事はするけど、最後は昇の理性がどこまで耐えられるか」
結局はそこですか。
全ては昇の理性に掛かっている。まあ、閃華がどんな誘惑をしようと昇の理性がどれだけ耐えれるかが最後の鍵なのは違いない。
はぁ〜、耐えられるかな〜。
海での出来事を思い出すと昇には自信が無かった。そんな時にテレビはCMに突入した。その事で席を立つシエラと琴未。琴未は用をたしに、シエラはキッチンへ。だがシエラがキッチンへ行ったのは用があるわけじゃない。昇に言葉をかける為だ。
昇の後ろを通り過ぎる時にシエラはこう呟く。
「何かあったら私が力技に出るから」
えっと……シエラさん……それは脅しですか?
確かにシエラは以前に。というか最初の出会いで昇のベットに侵入している。それから琴未達が乱入してからというもの、そういう事は無くなったが、その気になればそれぐらいの事は簡単にやってのけるのかもしれない。なにしろシエラなのだから。
それだけ思うと昇は凄く納得してしまう自分に気付いた。一体自分の中で想像してるシエラってどんなだろうととか? そんな事を思ったらしい。
いろいろな意味で不思議な面を持っているシエラだった。
そういえばシエラとは契約してから一番長い時間居るけど、一番知らない事が多いのかな?
琴未とは幼馴染で誰よりも長い時間を過ごしているからお互いに知っている事が多いろう。ミリアは性格上分りやすいし行動にもでる。だからいろいろと知る事が出来る。閃華に関しては海に行った時にいろいろと知った。
だから現状で一番知らない事が多いのはシエラなのかもしれない。それにシエラも何かしらを隠しているような気もする。
う〜ん、結局シエラってどんな精霊なんだろう?
昇はそんな事を思ったりするのだった。
昇は決して同性愛主義者であったり、女嫌いな訳では無い。そういう事に面識がなさすぎるのと性格的な物があるのだろう。つまり奥手で経験が無いだけである。まあ、ヘタレとも言えなくは無いが昇に言わせればそこまで言われる筋合いは無いだろう。
だから強く誘惑されたり押されたりすると戸惑ってしまう。昇としてはどうして良いのか分らなくなってしまうのだろう。誘惑に乗ってしまおうとも思うときも有るだろう。けれども理性と正確がそれを阻害しているようだ。
さて、突然こんな事を言い出したのは現在の昇はベットに腰掛けて硬直しているからだ。
そんな昇の前にはあられないの無い姿を晒しているシエラと琴未とミリア。どうやら昇が寝ている間に何かあったらしい。
昨日シエラは力技に出るとか言っていたから先手を打とうとしたのかもしれない。それが琴未だかミリアに知らる事になった。そうなると二人は妨害に出るのは当然といえる展開だ。
この分だと精界すら張ってその中で大暴れをした可能性がある。どちらにしろ全員がノックアウトして昇の部屋でのびている訳だ。あられの無い姿で。
……えっと、この状況で僕はどうすれば良いのだろう?
そんな事を自分に問い掛ける昇。確かにこんな状況ならやりたい放題だろう。けれども昇の正確からいってそんな事など絶対に出来はしない。つまりどうにかして三人を部屋へ連れ戻したいのだが、この姿を見てしまうと抱き上げるどころか触れる事すらためらってしまうようだ。
そんな状況だからこそ昇はベットに座りながら硬直して困り果てている。
全員部屋に戻さないとダメだよね〜。
そんな事を思っている時だった。部屋の扉が開くと閃華が姿を見せて辺りを見回す。
「昨晩の精界はこれが原因のようじゃな。まあ、そんな事じゃと思っておったから放っておいたんじゃが。後は私がやっておくから心配はいらんぞ」
閃華は見ただけで状況を察すると琴未から一人ずつ昇の部屋から連れ出していった。おかげで昇はようやく一安心できた。後始末は全部閃華がやってくれる。それなら自分は何もしなくて良いのだと。というか、こんな姿の女の子達をどう扱って良いのかすら分からないのに、後始末なんて出来るわけが無い。それが無くなっただけでもよかったのだが、昇の頭にはこれからの事で嫌な考えが浮かんできた。
というか、これは昨日の事が原因だよね。そうなると……夏祭りが終わるまでずっとこんな状況が続くのかな。それだけは勘弁して欲しいな〜。
そう思うと溜息しか出なかった昇であった。
どうやら昇の心配は杞憂で終わったようだ。あの後、意識を取り戻したシエラ達に停戦協定が結ばれたらしく。決戦は夏祭りだけとなったようだ。
その事を聞いて半分安心する昇だが、残りの半分以上は不安になった。それは夏祭りが絶対に平穏無事に終わらない事を示していたからだ。
夏祭りまで残り数日。それまでは何事も無いようだが、その日だけは爆弾が爆発しそうな気配を昇は感じざる得なかった。
そうなるとやはり溜息しか出ない昇。そんな昇にいきなり体当たりしてくる物体があった。正確にはミリアという人物、いや、精霊である。
ミリアは昇の上に乗っかると手に持っている物を昇の眼前に差し出してきた。
「ねえねえ昇、花火だよ花火〜」
「いや、それは見れば分るから」
確かにミリアが差し出してきたのは手持ち花火の袋詰めでよくデパートなどにも売られている物だ。いつの間に入手したかは知らないが手に入れたらしい。
「今から花火やろうよ〜、花火〜」
「花火たって……」
ちなみに現在の時間は午前だ。表も太陽がこれでもかってほど照り付けている。そんな中で花火なんてしても面白くないだろう。それにこんな明るい中でやっても楽しさは半減以下になってしまう。
せめて暗くなってからにしようと昇はミリアに悟らざる得なかった。ミリアも最初は渋ってみせたが、昇の説得にシエラ達も加わりミリアをどうにかして納得させる事が出来た。
だから夜まではいつも通りに過ごす事になった。
昇の事があるとはいえシエラ達も年がら年中、昇の争奪戦をやっている訳ではない。誰かが何かを仕掛けない限りは平穏な日常を送っている。その時ばかりは昇も心が休まるのだった。
現に今現在は何事も無く皆して普通の日常を送っている。
琴未と閃華は何かの雑誌を読みながら何か話してるし、ミリアもそれに時々加わり、飽きたらシエラや彩香に構ってもらっている。シエラはというとずっと何かの本を読んでいる。
読書好きという訳ではないのだが、今まで争奪戦に参加した事が無いシエラにとって人間界は知らない事ばかりだ。そういう事を勉強したり、興味本位で読みたいと思った本をよく買って来ては読んでいるようだ。
何にしてもシエラは知識を良く求めているようだ。見た目的には大人目の子に見えるだろう。そんなシエラと違ってミリアは活発そのものだ。落ち着きが無いとも言えるが、それだけの明るさを持っている。
そんな二人とは対照的に琴未と閃華は普通の女の子と言えるだろう。話の内容や趣味やその他など他の女の子とも合わせる事が出来る。悪く言えば普通、良く言えば一般的。そういう感じの女の子だ。
だが全員に言える事はそれは表面上だけで内面はもの凄くいろいろと言えない事が凄かったりする。まあ、精霊だったり琴未だったりするのだからそれはしかたないだろう。そんな女の子に囲まれているのだから昇もたくましくなると言うものだ。
そんな普通の日常を過ごし、夜になるとミリアが再び花火と騒ぎ出した。どうやら相当やりたいらしい。
まあ、この中に火の属性を持っている者は誰も居ない。だから火の属性に関係する事には興味が沸くのは当然と言えるのかもしれない。
彩香を除く全員が庭に出ると閃華が水を入れたバケツを用意して、琴未がロウソクに火をつけて準備が整った。
真っ先に手持ち花火を手に持つミリア。先端をロウソクの火に接すると中の火薬に引火して火花が飛び出してきた。
「わ〜っ、きれ〜っ」
率直な感想を言うミリアはそのままロウソクから少し離れた所で花火を楽しむ。その間に琴未達も花火を手に取り点火する。そして様々な色の火花が庭を彩るのだが、そこまでは良かった。
「基本は先制攻撃」
シエラが火花を放っている花火を琴未達に向けて振り回し始めた。
「シエラ、あんたね! ならこっちも」
琴未も負けじと花火をシエラに向かって振り回し始める。そんな事が始まれば当然ミリアも参戦する。そしてそんな様子をとっくに非難した昇と閃華が眺めていた。
「それで閃華、どうするの?」
こうなっては閃華に頼るしかない昇。けれども閃華はあまり状況を重くは見てないどころか楽しんでいるようだ。
「まあ大丈夫じゃろ、何かあっても火傷程度じゃし。どこかに引火するようならすぐに消してやるから安心せい」
まあ、確かに閃華は水の精霊ですからね〜。
閃華にとって水を操る事など動作も無いことだ。だから火事になりそうになったらすぐに閃華が何とかしてくれるだろう。その事が分っているだけに昇も特に何も仕様とはしなかった。
だからだろう、隣に居る閃華が大量に隠し持っていた物を取り出したのに気付かなかったのは。
「昇、ライターはあるか?」
「ウチは誰もタバコなんて吸わないから無いかな。マッチなら琴未が……」
言葉を言い掛けて固まる昇。それは閃華の手に大量に持たれている物にやっと気付いたからだ。
「あの〜、閃華さん。その手に持っている大量の物はなんでしょ?」
「んっ、決まっておろう。ロケット花火じゃ」
いや、それは分かっているんですけどね。なんでそんな物を大量に持っているんですか? というか何をするつもりなんですか?
昇がそんな事を思っているうちに閃華は一度ロケット花火を仕舞うと琴未の元へ向かいマッチ箱を貰ってきた。
再び昇の隣に戻ると再びロケット花火を取り出し標準をあわせる。そして擦られて点火するマッチ。それが次々とロケット花火の導火線に引火していく。
そして展開される阿鼻叫喚の光景。
あ〜、ロケット花火もこう見ると綺麗だね〜。
すでに現実逃避している昇。そんな昇を放っておいて閃華はロケット花火をシエラとミリアに向けて発射し、半分ほどを琴未に渡して加勢させる。
もちろん、そんな事をされて黙っているシエラではない。シエラが取り出したのは……なんと打ち上げ花火。
もちろん小さい奴で店で売られているやつだが、絶対に手に持ってやってはいけないものだ。
シエラはその打ち上げ花火や放射式の花火をミリアにも渡すと琴未と閃華のロケット花火に対抗していく。
うわ〜、なんか……ウチの庭がいろいろな色に輝いてるんだけど。
すでに安全圏に非難している昇がそんな事を思った。まあ、閃華がいるから火事になるような事は無いだろうが近所迷惑になるのは確かだろう。だが近所の人は誰も気付いては居ないようだ。
昇はやっとその事に気付いて少し精神を集中させてみる。そうすると家の周りだけシエラと琴未の力が包み込んでいた。
シエラの属性は翼。だから風も少しは操れる。それで音などを遮断しているのだろう。光の方はというと琴未の属性で何とかしているようだ。こちらは雷。つまり電気で少しだけ光も混じっている。だから花火の光程度なら遮断出来るようだ。
すっかり琴未も力の使い方を覚えたようだ。今までにいろいろと修羅場を体験していただけに力の応用も身に付けているようだ。だからこれだけ大騒ぎをしても近所迷惑にはならないのだろう。
これは良い事なのだろうか悪い事のなっているのか昇にはよく分からなくなってきた。
そんな日常を過ごして数日後。ついに夏祭りの日がやってきた。とは言っても手伝うのは夜だけであって、昼の間は自由行動だ。
だからこそシエラ達は各々で用意した浴衣を着て露店を見て周っていた。さすがに準備中の物もあるが半分以上はすでに開店しているようだ。
そんな中をミリアを先頭に歩いて周る。さすがに琴未と閃華、それに彩香は神社の関係者という事でこの場には居ない。だからシエラとミリアと昇の三人だけで露店を見て周っている。
人でもそんなに多いわけではないが、それなりに賑わっているのも確かだ。そんな中を三人はいろいろな物に目移りしてた。
「昇昇、たこ焼きが食べたい」
「自分のお小遣いでどうぞ」
昇にせがむミリアだがシエラが即答で切り返す。さすがにそう言われるとミリアも返す事が見付からないようだ。
そうなってはしかたないとミリアは自分の財布と相談すると食べ物の露店を一気に周って行って手には大量の袋が持たれる事になった。
そんな状況に満足な顔のミリア。どうやら満足するだけの食べ物を買えたらしい。
なんかミリアらしいな。
いろいろな物を頬張るミリアに昇は微笑ましい笑みを浮かべるが、他の事に気付いてシエラに視線を移した。
「シエラは何も買わないの?」
「……そうね」
シエラも興味が無いわけではない。さすがにこれだけの露店が揃っていると目移りしてしまうのだろう。そんなシエラが目を付けたのが射的だ。コルク球を飛ばして景品を落とすゲームである。
露店の前にシエラが行くと代金を払い。五発のコルク球とおもちゃのライフルが渡された。そしてシエラが狙うのは、こういう店には絶対に置いてある。コルク球では絶対に落とせない景品だ。
昇もシエラが何を狙っているかに気付いたようで耳打ちをする。
「さすがにあれは無理じゃない?」
軽いコルク球で絶対に落とせない重いゲーム機を狙おうとしているのだ。成功するはずが無い。けれどもシエラは視線を動かす事無く答えるだけだ。
「大丈夫、問題ない」
それだけ言うとシエラは完全に狙い済まして引き金を引く。飛び出したコルク球は信じられないほどの勢いで飛び出し、狙ったゲーム機の片隅を弾き、落とすまでは行かないが傾かせる事には成功した。
信じられないという顔をしている店主。そんな店主を無視してシエラは第二段の弾を込める。
「やっぱり少し癖が有る。今度はそれを計算して修正しないと」
どうやら次で完全に落とすつもりだ。そんなシエラの後ろで昇は呆れ顔になっている。ライフルから発射されたコルク球にはシエラの力が宿っていた。たぶん翼の属性を付加させてスピードと威力を上げたのだろう。
もちろん店主はそんな事に気付きはせず、未だに呆然としている。
そして発射されるシエラの第二射目、今度は確実にゲーム機を落としてしまった。
半分ほど泣いているのか困り果てているのか分らないような顔で店主はシエラが落とした景品を渡してきた。
満足げにゲーム機を受け取るシエラ。けれども昇にはとある疑問があったので射的屋から離れるとシエラに尋ねた。
「シエラってゲームなんてやったっけ?」
シエラがテレビテームに夢中になっている姿なんて一度も見たことは無い。それとも今まで興味があったのだろうか。どちらにしても昇には不思議だった。
そんな昇の疑問をシエラは一言で解決する。
「転売するの。新品だから高く売れる」
……そういうことですか。
すっかり呆れた顔になる昇。どうやら中古の買取店で売り払うらしい。確かに数百円が数千円。下手すれば一万ぐらいいくかもしれない転売だ。シエラらしいと昇は思うものの、これはいいのかとも思ったりもしていた。
そんなシエラが次に興味を示したのは意外な事にお面を売っている店だった。立ち止まって熱心そうに見詰めるシエラ。昇とミリアは数歩あるいてからそんなシエラに気付いた。
「よかったら買ってあげようか?」
立ち止まったシエラにそんな事を言う昇。シエラには契約時からお世話になっていると感じている。まあ、それ以上の迷惑もあったがそこは気にしない事にしよう。それに先程もミリアにせがまれて少し出している。だからシエラにもそんな言葉を掛けた。
当のシエラはビックリしたような顔をするとすぐにいつもの顔を昇達に向けて首を横に振った。
「別に欲しくて見てたわけじゃないから」
「えっ、それじゃあ何で?」
シエラはすぐに答えず並んでいるお面を見詰める。そうして静かに呟いた。
「どれが私を隠せるんだろと思って」
えっと、それはどういう意味でしょう?
そう問い掛けようとする前にシエラは歩き出して二人を追い越して進み始めてしまった。慌てて追う昇とミリア。二人とも首を傾げるが祭りの楽しさがすぐに忘れさせてしまったようだ。
そのまま祭りを楽しみたい三人なのだが、夏祭りの本番は夜に行われる神事や神楽であり、関係者の接待までも含まれている。
さすがに接待までやれとは言われないが裏方はこなさないと行けない。だから三人が祭りを楽しむ事が出来るのはお昼までだけだ。
正午を過ぎると三人とも指定された社務所に有る部屋にまで呼び出された。もちろん呼び出したのは彩香だ。どうやらそろそろ手伝わされるらしい。
何をさせられるやらと思って昇は溜息を付いたが、そこにもう一人意外とも言える人物が入ってきた。
部屋に入ってきたのは与凪であり、うんざりとした顔をして閃華の方へと歩いていった。
「まさかこんな手で来るとは思ってませんでしたよ」
どうやら与凪も強制的に手伝いをさせられるらしい。どうやって巻き込んだかは分らないが閃華は得意げに笑みを浮かべる。
「良く言うじゃろ、城を落とすにはまず掘りからとな」
つまり与凪を参加させるには与凪に何かをしたのではなく別の人物に何かしたのだろう。まあ、なんとなく想像は付くが。
閃華、森尾先生に何をしたんだろう?
閃華が森尾に何かを吹き込んだ事を察する昇。与凪を強制的に何かさせるには森尾をどうにかするのがうってつけなのは以前シエラがやった事でも有る。なにしろ森尾は与凪の水着姿の為に昇達がいる海にまでやって着たぐらいだから。その手の事に関しては森尾ならなんでもやってのけるだろう。
それぐらい森尾は与凪に惚れ込んでいるし、与凪も森尾を愛している。シエラも閃華もそこを利用したようだ。まあ二人にとって害になる事ではない事だから、こんな事になるのだろうけど、巻き込まれる与凪にとっては災難しかいいようが無いだろう。
そんな中に当の森尾が入ってきた。
「やあ、皆揃ってるようだね」
一応担任としてそれなりの態度で接する事にしているようだ。けれども瞳の奥底には何かしらの期待があるのを昇はしっかりと見抜いていた。
先生は与凪さんに一体何を期待してるんだろう?
そこまでは昇でも察する事が出来るようだ。つまり与凪に何かする、または海と同様に何かしらの姿を期待させているのではないかと昇は推理してみた。まあ、森尾が与凪に期待する事と言えばそれぐらいだろう。
そして森尾は期待の確認をすべく閃華に耳打ちし始めた。少しだけ何かを話した二人。それから森尾は閃華に「なら終わったら電話をくれ、期待してるよ」それだけ言うと部屋を出て行った。そんな森尾を見て与凪は溜息をせざる得ないかった。
与凪としては嫌な訳ではない。森尾が喜んでくれるなら与凪としても良い事なのだろうが、あまりにも期待しすぎると重荷にもなる。
森尾もそれが分っているからあまり過剰な要求はしないが閃華達の企みに自分の欲求が重なるなら実行するのだろう。
それに与凪が昇達に協力するのは森尾も承諾してるし与凪も約束している。だから昇達が不条理な要求をしない限り拒否などするはずも無いし、そんな事を昇達がするはず無いと思っている。
だからこそ与凪も森尾も閃華の企みにも乗ったりするのだろう。
これもコミニュケーションの一つであり、森尾も与凪もそれなりに楽しんでいる節も有る。巻き込まれる与凪は迷惑だろうが、これはこれでしかたないということだろう。
それこそが昇と与凪達の絆とも言えるべき所だ。
「さて、それではそろそろ昇には退室してもらおうかのう」
閃華がいきなりそんな事を言いだしてきた。昇も何かしらの手伝いがあるから呼ばれたのにいきなり出て行けと言われるとは思ってなかったのか驚きの表情を隠せなかった。それと同時に淡い期待も抱いたりもする。
「それって僕は何もしなくていいって事?」
それならそれでラッキーだと期待するが閃華はすぐに否定した。
「残念じゃったな昇にもしっかりと手伝ってもらうぞ。出て行って貰うのは私達が着替える為じゃ。それとも昇は私達の着替えを眼に焼き付けたいのか? それはそれで構わんがのう」
「それでは失礼します」
しっかりと敬礼して一気に部屋を退室する昇。確かにあそこに居たい気持ちも有るが、そんな事をすれば後で地獄が待っている事は目に見えている。ここはさっさと退散するべきだ。
だからこそ部屋を出た昇。そうすると丁度そこには玄十郎が居た。
「おっ、久しいのう滝下の小僧」
「お久しぶりです。というか未だに小僧扱いですか」
玄十郎は昔から昇の事を滝下の小僧と呼んでいる。確かにその通りだが昇もそれなりに成長しているし、そろそろ小僧を取ってもらいたいものだが玄十郎にも言い分はある。
「何を言う、酒の味が分らんうちは小僧だよ」
どうやら玄十郎の基準はそこにあるようだ。まあ確かに現在の基準でもそこで線は引かれているが、玄十郎としては年齢ではなく。酒の良さが分かれば大人という基準を持っている。
だから真面目で未だに酒を一口も飲んだ事が無い昇は小僧に過ぎないのだ。
「さて、小僧がここにおるって事は琴未達は準備を始めたようだな。ではこっちに来てもらおうか」
あの〜、来てもらおうかと言われましても。いきなり後ろの襟首を掴まれて引きずられていかなくても良いのではいいのでしょうか。
強制的に昇を連行する玄十郎。近くの別室に昇を放り込むとそこには白い長襦袢と浅葱色の袴が置かれていた。
「一応神社の手伝いだからのう。それに着替えてもらえばならん。な〜に、あまり人に接する事も無いから説明を求められる事は無いだろう。閃華君が指示を出すからその通りにやってくれ」
簡単にこれからの説明をする玄十郎。その説明を聞き終えた昇は簡単に頷くと長襦袢を手に取ってみる。
……これって……どうやって着るの?
さすがに和服など来た事が無い昇には着付けなど出来るわけが無い。だからこそ玄十郎が指示を出しながら手馴れない動作で昇は着替えていく。
というか、本当にこれからなにが起きるんだろう。特に閃華の指示に従うだけだからな〜。そこが一番心配なんだよね。……なんせ閃華だし。
閃華の事だからいろいろと手の込んだ事をやってるんだろうと思いながら昇は着替えを進めていく。
これから起こる予想外、いや、予想の範疇をはるかに超えた誘惑、いや、どうにも出来ない状況を知る良しが無いままに。
そんな訳で今回のエレメは如何でしたでしょうか。なるべく昇達の日常を重視してみたつもりですけど、如何な物でしょう。
まあ、次回からは閃華達の企みが始まりますからね〜。たぶん丸々一話使うと思います。その後に起こる出来事。本来のエレメが戻ってきますね〜。
というか、後三話ぐらいで戦闘シーンになるのではないのかととか思っちゃってます。
そんな感じのエレメですが、これからもよろしくお願いします。
さてさて、それではそろそろ。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、ロケット花火を人に向けて発射するのが大好物な葵夢幻でした。