第七十五話 翼と焦熱
「はあああぁぁぁっ!」
竜胆が灼熱斬馬刀に炎を灯しながら縦横無尽に灼熱斬馬刀を乱れ振るう。斬馬刀の軌跡から炎が炎刃となってシエラに向かっていくが、昇のエレメンタルアップによりスピードが増しているシエラはわざわざ炎刃を掻い潜って距離を詰めてきた。
(やっぱりあのスピードだと飛ばして当てるのは無理みたいね)
竜胆がそんな事を思っている間にシエラが迫ってくる。灼熱斬馬刀を後ろに思いっきり力を溜めて、タイミングを合わせて一気に振り出す竜胆。だが、それと同じくシエラもウイングクレイモアを振り出してくる。
激しく鳴り渡る剣戟音。ウイングクレイモアと灼熱斬馬刀がぶつかり合い、互いにせめぎ合っている。
(ぐっ、接近戦でもこれだと、さすがに辛いのよね。さすがエレメンタルアップ、一筋縄ではいかないみたいね)
シエラのウイングクレイモアは超重武器なのだが、竜胆の灼熱斬馬刀はウイングクレイモアを上回るほどの超重武器だ。だから単純な武器の打ち合いでは重量が勝っている灼熱斬馬刀が有利なのだが、シエラはハイスピードで突っ込む事により、威力を増しているために灼熱斬馬刀とも対等に渡り合っている。
有利を欠いて攻めきれずにいる竜胆。だがシエラにも同じ事が言えた。
エレメンタルアップでやっとあの武器と対等に戦える。でも……それだけ、エレメンタルアップでも、あの斬馬刀を無効化するのが精一杯。それ以上の決め手は無い。……どうしよう。
昇がエレメンタルアップに集中できる状態ならシエラも楽に事を進められただろう。だが昇が風鏡と戦っている以上は更なるエレメンタルアップは使う事が出来ない。つまりは現在の状況で竜胆を倒さねばならなかった。
でも勝てないワケじゃない。ううん、負けるワケには行かない、昇のために。……あぁ、しまった、情けない事に琴未のようなミスをした。昇は無理に倒さなくても良いと言った。つまり、私の役目は時間稼ぎ。考えるのは倒す事じゃなくて、ここに釘付けにする事。
戦闘が膠着状態に入り、やっと自分の役目を思い出すシエラ。……まあ、心の中とはいえ自分のミスを琴未に例えるところはシエラらしく、冷静さを取り戻してきた証拠だろう。
なら狙うところは一つ。
シエラは体を一気に押し出すのと同時に翼を羽ばたかせる。そうして反動を付けて一気に竜胆から離れた。竜胆もシエラのスピードをきちんと理解しているから無理に追う事はしない。
(離れた。まあ、その方が私にとっても都合がいいけどね)
接近戦で決められない以上は竜胆が狙うタイミングは一つだけだ。
(あのスピードだから私がどう足掻いても追いつけはしない。けど、あの大剣の間合いに入った瞬間にこっちが攻撃できれば、なんとか出来るはずよ)
竜胆が狙っているのはシエラが接近してきて、ウイングクレイモアを振るう刹那の瞬間。つまりは互いの間合いに入り、シエラが攻撃するよりも早く攻撃を加えようと言うワケだ。
シエラのスピードに先の先を狙うのは賭けだが、竜胆にはその瞬間しか確実に当てられる時は無い。
だからこそ竜胆は自分から攻める事無く、シエラの動向を窺っている。
そのシエラは竜胆が攻めてこない事を確認するとウイングクレイモアの翼を大きく広げる。
「フルフェザーショット」
翼から放たれる羽の弾丸が竜胆に向かって突き進んでいく。
「天馬炎熱衝!」
灼熱斬馬刀より一塊の炎が放たれると天馬、翼の生えた馬の形となって向かってくる羽の弾丸に向かって突き進んでいく。
そのままぶつかり合うと思えた両者の攻撃だが、炎の天馬は向かってきた羽だけではなく近くを通り過ぎようとした羽まで燃やし尽くしてしまった。よって竜胆まで攻撃が届く事は無かった。
炎の天馬は更に突き進み、とうとうシエラにまで達してそのまま直撃、炎の天馬は一気に燃え上がり炎の柱となって天を焦がす。
(次は)
この程度でシエラが終わるはずも無く、竜胆も次の攻撃に備えるためにシエラの気配を探るが、それよりも早くシエラが動いた。
「フルフェザーショット」
再び放たれる羽の弾丸。今度は先程よりも距離を詰めて、更に上空から攻撃を放った。
(距離を詰められた。でも、このぐらいなら)
前方の上空から放たれた羽の弾丸は一直線に向かってくる、と竜胆は思い避けようとしたが、実際は違っており竜胆はその場に踏み止まった。
(狙いがずれてる。何かの罠? それともミスしただけ? どちらにしても見定めて叩き潰すだけよ)
あくまでも慎重な姿勢を崩さない竜胆。そんな竜胆の前に羽の弾丸が降り注ぎ、砂浜の砂を一気に巻き上げていく。
(砂を煙幕代わりに、なら!)
次に来るであろうシエラの攻撃に合わせて、竜胆は先手を取るべく行動を開始する。
そのシエラはというと、先程の攻撃で巻き上げた砂の煙幕に低空からハイスピードで突っ込んでいく。そして煙幕を抜ける直前にウイングクレイモアを振るう。そこに今まで慎重な姿勢を崩さなかった竜胆が居るであろうと読んでの攻撃だ。
だが煙幕を抜けて振るわれたウイングクレイモアだが、竜胆ではなく空を切った。
読まれた!
その場に急停止して辺りを確認するシエラだが竜胆の姿が見当たらない。
どこ? ……上!
上から感じる熱気にシエラが確認すると、灼熱斬馬刀が真っ赤になるほどに高熱を宿して竜胆が降って来る。
「くっ」
ウイングクレイモアの翼を羽ばたかせるのではなく、ブースト状にして初動からハイスピードでその場を離れるシエラ。そしてシエラが離れた直後に竜胆の灼熱斬馬刀が砂浜に叩きつけられる。
灼熱斬馬刀を叩きつけられた砂は舞い上がる事無く、その場で液状にまで溶けてしまった。竜胆の周りにある砂は、かなりの広範囲でマグマになってしまう。だが、そんな所でも竜胆は平気な顔で立つと再び真っ赤になっている灼熱斬馬刀を構えた。
(あっぶなかった〜。てっきり上から来るものだと思ってたけど下から来るなんてね。まあ、おかげで罠にかからずに済んだけどね)
どうやら竜胆はシエラの攻撃を完全に読んだワケではなく読み違えたようだ。今まで上空からの攻撃が多かったシエラだけに、煙幕の上から攻撃が来ると思ったから上に跳んでシエラを迎え撃とうとしたようだ。
だが実際には下から仕掛けてきたシエラの上を取る結果となった。完全にシエラの虚を突いたが、竜胆もシエラが下から来るとは思っていなかったため、動きが少し遅れてシエラに避けられてしまった。だが竜胆にしてみればシエラの罠をかわし切ったのだから、よしとしたようだ。
そんな竜胆のラッキーまでシエラが読めるはずもなく精神的に追い詰められる。
まずい、あそこまで完璧に読まれて最高の手を打ってきた。……というと、下手な策は使わない方がいい。そうなると消耗戦になるけど……しかたない。昇が決めるまでなんとか堪える事が出来れば、なんとかなる。
そう決断するシエラ。それは明らかに失策に近いが、シエラが竜胆を過大評価してしまったからしかたない。シエラも無理に策を使えば勝機が生まれるが、あくまでも時間稼ぎを優先したから安全策としてそう判断してもおかしくは無かった。
それからシエラは真っ赤になった灼熱斬馬刀に目を向ける。
あの精霊武具、かなりの高温になってる。斬馬刀だけでもやっかいなのに、そのうえ高温まで宿したとなると……接近戦は控えた方がいい。
接近戦になればどうしても高温の斬馬刀がシエラの身を焦がす。たとえ触れなくても近くを通り過ぎただけで火傷を負わすことは出来るだろう。つまり、今の竜胆は接近戦に絶大な力を持っている。
そうなると……遠距離から仕掛けるか、一気に通り過ぎるしか手は無い。……熱で折れないかな?
そんな事を勝手な妄想をしてみるシエラ。
まあ、普通の武器ならあそこまでの高温を宿した時点で溶けるか、もしくは脆くなるが、精霊武具に限ってはそんな事は無い。
そもそも精霊武具は属性の象徴たる精霊が手にする武器や防具であり、当然自らの属性に適応している。だからウイングクレイモアが空を翔るために見た目よりもかなり軽かったり、灼熱斬馬刀がどんな高温でも強度を失わないのは全て自らの属性に適応しているためである。
だから灼熱斬馬刀が熱で折れることは決して無く、そんな事を可能にする属性は。
「焦熱の属性」
シエラが呟いた言葉に竜胆は笑みを浮かべる。
「へぇ〜、気が付いたのね」
「それしか考えられない」
シエラは真っ赤になった灼熱斬馬刀に注目する。
「最初は炎の属性かと思ったけど、その真っ赤な斬馬刀は炎の属性じゃ無理。そうなると考えられるのは一つしかない」
「ご名答、私は高温の精霊で属性は焦熱。そして焦熱の属性は全ての物を焼き焦がすのよ」
そうなると、かなりやっかい。なにしろ高温は低温と違って上限が無いだけに、どこまでも温度を上げる事が出来る。そのうえ高温の象徴たる炎も操る事が出来るから……けど、炎の総量は炎の属性よりはるかに劣る。ここは遠距離戦を仕掛けた方がいいか。
炎の属性は炎を無尽蔵に操る事が出来るが、焦熱の属性は炎を操る総量が決まっている。したがって炎に関しては炎の属性を上回る事は無い。
だが何かを高温にまで持って行くには焦熱の属性が一番適している。実際に灼熱斬馬刀はかなりの高温になっており、触れただけで全ての物を灼き焦がすだろう。
だからシエラは宙に舞い上がると竜胆と距離を取る。明らかに遠距離戦に持っていこうとしているのだが、竜胆は笑みを浮かべると灼熱斬馬刀を振るう。
だが振るっただけで何かが飛び出したわけではない。少なくともシエラには何も見えないまま、それはシエラへと迫って来てからやっと気が付いた。
……空気が、揺らいでる。
とっさに危険を感じてそれを避けるシエラ。だがあまり回避距離を取らなかったため、それの影響がシエラにまで達する。
あつっ! なにこれ? ……そうか! 熱伝導。
熱伝導にもいろいろな意味があるが、竜胆が使ったのは熱エネルギーを空気中の高温部から低温部に移動させた技だ。つまり、灼熱斬馬刀から放たれた高温は空気を伝わりシエラにまで達した。温度だけに見ることが出来ない分、避ける事が難しくなる。
まさかこんな事まで出来るなんて。……けど、それが反撃の糸口になる。
先程とは打って変わって竜胆に突っ込んでいくシエラ。ハイスピードで一直線に突っ込んでくるシエラに再び灼熱斬馬刀を振るって高熱を放つ。
それが空気の揺らぎとなってシエラに向かっていくが、シエラは避けようとはせずにウイングクレイモアを前に突き出して翼を羽ばたかせる。そこから生まれた風が空気の揺らぎに当たったことを確認したシエラは再び竜胆に向かって直進していく。
(なに? あれで避けたの?)
シエラは特に避けたような動作は行っていない。だが竜胆の放った高熱が反れた事は確かだ。
再び灼熱斬馬刀を振るって高熱を放つが、シエラは同じ方法で高熱を回避してしまった。そして竜胆の前まで一気に迫る。もう竜胆に高熱を放つだけの時間は残されていない。
(考えるのは後、今はこの好機を最大限に生かすのよ)
高熱を宿した灼熱斬馬刀は接近戦で最大の効果は発揮する。だからシエラが近づいてきた今が竜胆にとって最大の好機だ。
跳び上がりシエラへの攻撃態勢をとる竜胆だが、シエラは急停止すると翼を羽ばたかせて風を竜胆が居た場所へと送り込む。
シエラの行動がよく分からないままに、竜胆はシエラに向かって斬り掛かろうとするが、突然下から吹きつけてくる突風が竜胆の自由を奪う。
「なっ! なにこれ?」
突然の出来事に竜胆は驚きの声を上げる。更には下からの突風で竜胆の体は宙に浮いて動かすのもままならない状態だ。
そんな竜胆にシエラは一気に迫った。
「くっ!」
とっさに灼熱斬馬刀を前面に出して防御するが、シエラの狙いは最も手薄なところだ。
(ぐっ、足!)
竜胆の足を斬り付けて一気に突風を突破していくシエラ。片や竜胆は下からの突風に飲まれたままだが、すぐに突風は収まり再び地上へと戻っていった。
未だに熱で真っ赤になった砂浜に舞い降りた竜胆は、斬馬刀に寄りかかりながらもなんとか立ち上がり、上空にいるシエラを睨み付ける。
「いったい、何をやったの?」
そんな竜胆の問い掛けにシエラはゆっくりと口を開く。
「あなたは、熱が及ぼす効果を分かっていない」
「何ですって!」
高温の精霊が熱について分かっていないと言われるのは最大の屈辱だ。悔しそうな顔で睨みつけてくる竜胆に、シエラは変わらぬ口調で言葉を続ける。
「あなたが放った高熱、私はそれに水平の気流をぶつける事で完全に回避した」
そう言われて何かに気付いたように、驚きの表情を隠せない竜胆。
「水平対流による熱拡散」
「そう」
竜胆の放った高熱に対してシエラは常温の風を真正面から叩き付けた。そうする事で二つがぶつかり合った場所には温度差が出来て対流を生み出す。これが水平対流。まあ、対流と言っても一方は流れの無い大気そのものだが、温度差があるからこそただの大気でも風とぶつかり合い、風同士がぶつかり合う対流を生み出す。
そして竜胆が放ったのはかなりの高温、そしてシエラは常温だが竜胆の高温から見れば低温と言ってもいい。そうして高温と低温がぶつかり合った場合、高温は上に逃げて、低音は下に逃げる。その現象を熱拡散という。
だからシエラの放った常温の風は動きの無い竜胆の高温を全て上に跳ね除けて、シエラの前に道を作り出した。竜胆がシエラに回避されても多少のダメージを負わせるように高温にし過ぎた事がアダになったようだ。
「それじゃあ」
竜胆は足元の真っ赤に溶けた砂に目を向けて、それを見たシエラも言葉を続ける。
「そう、あなたが足元に送った熱が砂浜を溶かし、常に熱を放出している。その熱が空気に伝わり、あなたの周りでは常に空気が上に流れてた」
「……」
「後はそこに風を送ってあげれば、熱上昇気流の完成」
一般的な熱上昇気流は太陽光によって暖められた空気の密度が軽くなり起こる現象だが、焦熱の属性は太陽光以上に砂浜に影響を与えていた。
砂浜が溶けるほどの高温のため、溶けた砂浜の上にある空気は常に暖められる事になり、密度を薄くして上昇している。だが、所詮は流れが少ないためにあまり感じることはない。
簡単な例を上げると湯気や水蒸気などが分りやすいだろう。水は温められると気体へと変化して上に昇り続ける。そして冷えると液体に戻り、下へと落ちる。
つまり、暖められた水は密度の薄い水蒸気に変わり上昇する。それが上空で冷やされて密度の濃い雲へと変わり、更に密度が重くなると雨となって地面へと落ちる。
シエラはこの原理を使って上昇気流を生み出して竜胆の自由を奪った。竜胆の足元は先程の攻撃で焦熱の属性を叩きつけられて高温になっており、その高温がガスコンロのように上にある空気を一気に暖めた。暖められた空気は上に昇り続けるが、空気の流れが遅いためにあまり気付く事は無い。だが、その流れを一気に加速させるような風を送れば、流れは一気に加速して上昇気流へと発展する。
普通なら上昇気流に発展する前に冷やされる物だが、焦熱の属性はそんなにヤワではない。少しぐらいの常温を叩きつけられようとも、一度熱した砂浜が簡単に冷える事は無い。そうして起こした上昇気流により竜胆の自由を奪う事に成功して手傷を負わせることが出来た。
完全にシエラにしてやられた竜胆は悔しそうに歯を噛み締める。
(やられた。まさか、ここまで熱の影響を理解しているとは思わなかった。……それより、高温の精霊である私の特性を理解している。そんな子に……勝てる気がしない)
斬馬刀に寄り掛かりながら竜胆は遠くで戦っている風鏡と常磐をちらっと見てみる。ここからでは良く分からないが、どちらとも激しい闘いになっているようだ。
(ごめん、風鏡、常磐。この足だと、もう風鏡の援護には行けないみたいよ。ごめん、私は風鏡に……本当の笑顔を取り戻す事が出来ないよ)
そんな竜胆にあの時の記憶が一瞬にして蘇る。
私と常磐が出会ったのは、お互いに精霊王から生を受けた直後。それは前回の争奪戦が終わって数年後だったのよね。
何故か分らないけど私達は気が合ったから、いつの間にか一緒に行動をするようになってた。
そして今回の争奪戦で、私達は風鏡と拓也がエルクと遭遇した場面に出くわした。
契約前の精霊は人間世界に干渉は出来ないのよ。だから見てるだけ、拓也が実験動物のように殺されて、風鏡が絶望に沈んでいくのをね。
最初は興味を引かれたから、泣いて暮らす風鏡がこれからどうなっていくのか、それを見るためにね。そして風鏡の瞳に狂気が宿った時、私達は風鏡の前に姿を現した。
最初は驚いていた風鏡だけど、私達の存在やエルクの事を話すと目が変わったのよね。だから私達は風鏡と契約を交わした。風鏡が落ちていく地獄を見るために。
けど、私達を待っていた生活はまったく逆な物だったのよ。確かに風鏡は拓也の敵を討つために、私達にまだ近くに居るはずのエルクを探させた。それと同時に風鏡は普段の生活でよく私達を叱り付けたのよね。
箸の持ち方が違うとか、生活習慣を正しく身に付けろとか、少しは恥じらいを持てとか、今に思ってもくだらない事だったのよ。
最初は私も常磐もうんざりしてたけど、それらが少しは身に付いた時よね。風鏡が私達に始めて微笑んでくれたのは。
それはまったく曇りの無い微笑み。始めて見た風鏡が隠してきた本当の笑顔。
そんな顔も出来るのね。そう思ったときから、私と常磐、そして風鏡は変わって行った。
風鏡はよく笑うようになったし、私達も風鏡に協力的なって行った。たぶん、その時が本当に契約を交わした瞬間だと思うのよ。
それからの生活は楽しかったのよね。風鏡はよく笑ってくれたし、私達もそんな風鏡に好意を抱き始めてた。……けど、風鏡の心にはいつでも復讐という言葉が刻みつけられていたのよ。それを私達に見せなかっただけ。
私達がそれに気が付いたのは、ある夜の事だったわね。なんとなく、夜中に目が覚めた私達は真っ先に風鏡の事が気になった。私達は何かが告げるままに、静かに風鏡の様子を見に行ったのよ。
そしたら風鏡の部屋にはまだ明かりが付いていて、私達はそっと中を覗いてみた。そこには、位牌を前にしてむせび泣く風鏡の姿があったのよ。そして、私達は再び目にしたわ……狂気に宿った風鏡の瞳を。
正直に言うとショックだったのよね。あの瞳は私達の前では決して見せなかったから、だから……風鏡はもう大丈夫だと、私達は勝手に決め付けていたのよ。
けど、風鏡の本心は違ったのよね。いつでも、心に復讐という想いが刻み付けられている。
だから私達は誓いを立てた。もう風鏡が一人で泣かないように、本当にいつでも笑っていられるように、私達が……風鏡に敵を討たせてあげるって。……だから。
「だから……こんな所で負けられないのよ!」
竜胆の周りにある溶けた砂は一気に冷やされて黒く固まって行き、代わりに竜胆自身に熱が移っていく。どうやら砂浜を溶かしていた熱を全て自分自身に移したようだ。
更に灼熱斬馬刀を引き抜くと構える事無くシエラに向かって走り出したが、先程やられた足が一瞬だけ竜胆の動きを鈍らせる。
(こんなの……痛くない!)
想いで痛みを凌駕する竜胆はスピードを落とす事無く、いや、更に加速してシエラに向かって疾走して行く。
それを迎え撃つシエラは意外そうな顔をしている。
てっきり戦意を喪失したと思ったけど、逆に戦意を高ぶらせた。何があったのか分らないけど、確実に精神が痛みを押さえつけた。こうなると倒さない限り止らない。
竜胆の気迫はシエラにまで伝わるほど凄まじく、その気迫を全て熱に変えてシエラに向かって一撃を繰り出す。
あえて熱の影響が出ないところギリギリまで引き付けて、振り下ろされた灼熱斬馬刀をかわすシエラ。そして灼熱斬馬刀を叩きつけられた砂浜の砂が一斉に舞い上がる。
熱で溶けない! 焦熱の属性を攻撃だけに集中させて他に影響を与えないようにした。……まずい、あれだと一撃でも当たれば致命傷になる。
先程までの竜胆はシエラのスピードに対処するために、あえて熱を分散させていたのだが、逆にシエラに利用された為に手傷を負う事になった。だが、現在の竜胆は攻撃にのみ熱を集中させている。そうする事で灼熱斬馬刀に宿っている高温を更に高め、自身がまとっている高熱であらゆる攻撃を焼き尽くす。
一撃で相手を倒せるほどの超高温の攻撃に、相手の攻撃を無効化、または歪める事が出来る高熱の鎧。この二つを使った接近戦こそが、焦熱の属性が誇る最大の攻撃方法だ。
だから焦熱の属性は接近戦だと、どの属性よりも最強に近い強さを発揮する。だが短所が無いわけではない。
自らの精霊武具を超高温に持っていくことで、焦熱の属性は遠距離攻撃が出来なくなる。そのため、自ら突っ込んで行って距離を縮めるしかない。だから遠距離を得意としている属性にはどうしても後手に回ってしまう。
だがシエラの属性は翼。スピードを生かした撹乱と接近戦を得意とする属性だから、焦熱の属性とは明らかに翼の属性が不利だ。だが勝敗は属性で決まるわけじゃない。その事はシエラも良く分かっている。
……さすがにあんな戦い方をされたら不利、でも手が無いわけじゃない。
舞い上がった砂が全て落ちる前に、翼を羽ばたかせて宙へと舞い上がろうとするシエラ。
上空からの一撃離脱、これなら撹乱出来る。
そのうえ竜胆は足に怪我をしている。だから状況を確認しながら上昇していけば確実に竜胆を捉える事が出来る。そう判断したシエラだが、それが大きな間違いであった。
突如、舞い上がった砂の向こうから姿を現す竜胆。だが、竜胆が姿を現したのはシエラよりも上だった。
「なっ!」
予想の範囲をはるかに超えた竜胆の行動。竜胆は怪我した足にもかかわらず、跳んでシエラよりも少し上を取った。
「りゃああああああっ!」
完全にシエラを捉えた竜胆は右薙から灼熱斬馬刀を振るう。とっさに最高速で避けようとするシエラだが、灼熱斬馬刀の間合いが広すぎた。どの方向に逃げても竜胆なら修正してくるだろう。
そして剣戟音が鳴り響き、ウイングクレイモアと灼熱斬馬刀がぶつかり合っていた。
笑みを浮かべる竜胆に苦い顔をするシエラだが、もう遅い。
ウインククレイモアに生えた翼は一瞬にして燃え出して一気に焼き尽くされた。だが超高温を宿した灼熱斬馬刀に威力はそれだけに留まらず、シエラの腕まで一瞬にして燃え出してしまった。
「あああぁぁぁっ!」
自らの肉が焼かれる痛みに声を上げるシエラ。更に竜胆は灼熱斬馬刀を振り抜くと、シエラを砂浜に叩きつける。
砂浜に叩きつけられたシエラは大きくバウンドして再び地面に叩きつけられる。それから砂浜を転がるシエラだが、意識は飛んでおらずにはっきりしている。そのため、転がっていた体が止まるとすぐにウイングクレイモアを手放し、未だに燃えている両腕をなんとか砂浜に突っ込んで燃えてた火を消す事が出来た。
完全に火が消えた事を確認するとシエラは両腕を砂浜から取り出す。
……精霊武具が、燃え尽きた。
軽装なシエラの精霊武具でも腕と肩、胸と足にはしっかりとした防具が付いていたのだが、腕の防具はすでに跡形もなく消え去っており、両腕の表面は炭化していた。
……まだ動く、少しの間は痛いけどしょうがない。
両腕に力を一気に込めて炭化した皮膚を弾き飛ばす。もちろん、精霊とは言えそんな事をすれば皮膚の下にある神経が風にさらされて激痛を伴うのだが、こんな状況ではそんな事は気にしていられない。どうにかして腕を動かせるようにしなくてはやられるだけだ。
それに炭化したままの皮膚だと、どうしても腕の動きを損なう。今の竜胆を相手にするのだから少しでも戦いやすいようにしなくてはいけなかった。
……よし。
なんとか腕を動かせる事を確認したシエラはすぐにウイングクレイモアを拾うと、その場から飛び退く。
そしてシエラが居た場所には灼熱斬馬刀が振り下ろされた。
竜胆としてもシエラに時間を与える気は無い。だからこそ、間髪を置かずに追撃を掛けてきたのだが、かなり吹き飛ばしてしまった為にシエラに両腕だけは使えるようにしてしまった。
だがそれだけでシエラにしてみれば、まだ大事な物の再生を出来ていなかった。
その事に竜胆も気が付いているのだろう、シエラに立て直す隙を与える事無く、ここぞとばかりに一気に攻め立てる。
竜胆の攻撃をなんとか避け続けるシエラだが、その動きは先程に比べてかなり遅い。今のシエラはエレメンタルアップの力でなんとか灼熱斬馬刀を避けてるに過ぎなかった。
ここまで矢継ぎ早に攻められると……翼を再生している時間が無い。……それにしても、砂浜ってこんなにも動きずらいとは思わなかった。
シエラが全力で戦うときは必ず飛んでいた。そのため、今まで自分の足だけで戦った事がほとんど無いシエラにとっては、この砂浜はかなりの悪条件だった。
それでも竜胆の攻撃を避け続けられるのは、昇のエレメンタルアップがシエラの反射速度と足での移動を加速しているため。エレメンタルアップが無かったら、とっくにシエラはやられていただろう。
なんとか翼を再生させたいけど……。
そう考えているシエラだが、現状がそれを許してくれない。なにしろ、避けるだけでは限界があり、シエラはしかたなくウイングクレイモアで灼熱斬馬刀を弾いて避ける事もあるからだ。
竜胆の攻撃に対して自分に当たらないように軌道をずらしてやれば、ウイングクレイモアと灼熱斬馬刀が重なるのは一瞬だけ。その一瞬だけならシエラにまで熱が伝わる事無く、後は互いの反作用によりウイングクレイモアと灼熱斬馬刀は離れる事が出来る。
そうやってなんとか攻撃を回避しているシエラだが、ウイングクレイモアと灼熱斬馬刀が重なり合う瞬間があるために翼を再生する事が出来ない。
もし再生途中で避けられない攻撃が来たらウイングクレイモアで弾かないといけない。そして灼熱斬馬刀と重なり合えば、確実に再生途中の翼は再び燃え尽きてしまうだろう。
つまり、ウイングクレイモアから翼が生えている限り、翼の再生は出来ないという事だ。
その事でシエラは思い悩む。
……手が無いわけじゃない。でも……この姿にはあまりなりたくない。……なんとか、他の手を打ちたいんだけど……無理……っぽい。……しかたない、少しの間なら。それに……昇や皆に見られなければいいか。
胸当ての精霊武具を解除するシエラ。元々軽装のシエラだから防具の一つを解除したところでスピードが変わる訳ではない。シエラが胸の精霊武具を消したのは別の目的があったからだ。
竜胆の攻撃を避けながらも意識を少しだけ背中に持っていく。そしてシエラの背中、長い髪を通り抜けてそれは姿を現し始めた。
それは紛れ無い……翼。シエラの背中から生えた翼は徐々に全貌を現していく。
そしてシエラの背中から生えた翼が完全に広がりきった瞬間、竜胆の眼前にいたシエラが一瞬にして姿を消した。
「なっ!」
突然消えたシエラに驚きの声を上げる竜胆。急いで辺りを見回してみるがシエラは居ない。そうなると残された場所は。
「上!」
上を見上げる竜胆。そこには確かに背中に翼を生やして宙に浮いているシエラの姿があった。
「くっ!」
シエラの姿を捉えて悔しそうな顔をする竜胆。シエラが居る位置は跳び上がればなんとか届きそうだが、シエラに翼がある限り、捉える事は出来ないだろう。
だから竜胆には見上げる事しか出来なかった。
(翼の属性、その特徴はスピードにあるけど。翼の生える場所は精霊武具ならどこにでも生やす事が出来るのよね。くっ! なんとか翼の再生を止めたかったけど、さすがに背中だと無理よね)
シエラは常に竜胆と向かい合っていた。だから竜胆の攻撃が最も届かない場所は背中になる。さすがに背中に翼を生やされると竜胆にはどうする事も出来なかった。
(それにあのスピード、私じゃあ捉えきれない。たぶん、剣に翼を生やすより、背中に翼を生やした方が早い。まずいな、さすがにあれ以上スピードアップされると追えるかどうかも分らないわよ)
つまり、背中に翼を宿したシエラのスピードは竜胆が捉えられない程でもある。先程の動きを見れは竜胆にもそれははっきりと分ったのだろう。
(こうなったら、一か八かやるしかない。あの子の攻撃が私に入った瞬間、その時だけは必ず動きは止まる。その瞬間に決めることが出来れば、私の一撃なら確実に仕留められる)
肉を切らせて骨を絶つ、というやつだろう。そんな決意をする竜胆だが、シエラは意外な行動をとる。
ウイングクレイモアを前に突き出したシエラは静かに呟く。
「六枚は……キツイから、四枚でなんとか」
一気にウイングクレイモアに力を流し込む。流し込んだ力がかなり大きいのか、シエラのウイングクレイモアは大気を揺るがす。
「って、何する気!」
下から竜胆がそんな事を叫んでくるが、シエラは構わずに続ける。そして必要な分の力を注ぎ終えたら一気に力を解放する。
「ウイングクレイモア、ケルビムモード」
そしてウイングクレイモアから新たな翼が姿を現す。新たなる翼を一気に広げると羽が舞い踊り、大きく広げられた四枚の翼が完全なる姿を現した。
それからシエラは再び背中に意識を映すと、背中から生えた翼が再びシエラの髪を通して内側に戻っていく。
完全に背中の翼を引っ込めたシエラは新たなる翼を宿したウイングクレイモアを構える。
「……その背中のやつ、戻してよかったの? そっちの方が早いんでしょ」
竜胆が灼熱斬馬刀を構えながら、そんな皮肉染みた事を言って来るが、シエラは少しだけ顔を伏せて答える。
「あの姿は……好きじゃない」
その答えに竜胆は笑みを浮かべてみせる。
「そお? 天使みたいで綺麗だったわよ」
「そんな事は関係ない。嫌いな物は嫌いなだけ」
「へぇ〜、まあいいけど。それで、もう一回剣に翼を生やしてよかったの。私の灼熱斬馬刀とぶつかり合えば、その翼も一瞬にして燃え尽きるのよ」
その言葉にシエラは竜胆に鋭い視線を送りつける。もちろん、竜胆も負けずに闘志を視線に込めてシエラに送る。
「もう、あなたの剣は私に触れる事は出来ない」
「へぇ〜、なら、試してみなさいよ!」
「言われなくても」
二人の視線が交差して互いに負けられない意思を送りあう。
そして次の瞬間、シエラは一気に下降して、竜胆はそれを迎え撃つ。
こうして、お互いに全力を尽くす戦いが再開された。
え〜、そんな訳で、エレメの七十五話はいかがでしたでしょうか。
……なんか、いろいろな用語が出てきましたね。まあ、本文中で説明しているので分ると思いますが、より一層の理解を求める方はご自分でお調べ下さい。
……だってしょうがないじゃん!!! あまり詳しく書いてるとどこかの専門書みたいになっちゃうし、詳しい説明がどこにも載ってなかったんだもん!!! だから説明が間違ってたらごめんなさい。
でもでも!!! 理論は間違ってないよ!!! だから間違った事は書いてないはずです……たぶん。
まあ、そんな訳ですので、もし詳しい方が間違いを見つけたらご一報下さい。出来る限り何とかしてみます。
さてさて、言い訳はこの辺で終えといて。そんな訳で、純情不倶戴天編は残すところ数話となりました。……長かったな。振り返ってみても、やっぱり閃華の過去に長く取りすぎたかな? とか思っております。けど、まあ、あれはあれで面白かったからいいっか。と自己完結しておきましょう。
さてさて、そろそろ次の設定を完成させないとですね。あらすじは頭の中で出来てるんですが、……その他もろもろがまだ。
ちなみに、次は純情不倶戴天編の少し後、つまり昇達はまだ夏休みですね。少しだけ予告しておくと、夏祭りがあります。そこでやるであろう私の野望(お前のかい!!!) まあ、そんな感じの出だしで行こうかと思っております。
という事で、そろそろ締めましょうか。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想、そして投票と人気投票をお待ちしております。
以上、琴未とミリアというヒロインを抜いて昇に票が入った事に少し驚いている葵夢幻でした。




