第七十四話 雷と風と大地
「ふにゅ〜〜〜」
常磐を風鏡から引き離すためにミリアが身を挺しての体当たり? そのおかげでなんとか風鏡から常磐を引き剥がす事に成功したが、肝心のミリアは目を回していた。
まあ、しかたないだろう。琴未が後先考えずに放った攻撃だし、ミリアも後先考えずに突っ込んで行って琴未に投げ飛ばされたのだから、ある意味では自業自得と言えるかもしれない。
けれでも一番の被害者はミリアの下にいる。
「いい加減に、どきなさい! あんた重装の精霊武具だから重いのよ!」
ミリアを蹴飛ばしてどかすと、やっと立ち上がる常磐。そして風鏡の方に目を向ける。
「あ〜ぁ、だいぶ離されたわね。急いで戻りたいんだけど……そうはさせてくれないんでしょう」
「もちろん」
雷閃刀を手に二人の後を追って来た琴未が答える。常磐も琴未に目を向けると風陣十文字槍を強く握り締めた。
「それにしても油断したわ。まさか、あんな馬鹿げた攻撃をしかけてくるなんて思っても無かったわ」
「奇襲は馬鹿げてるほど通用する物よ!」
「……いや、それは違うんじゃない」
はっきりと言い切る琴未に対して常磐は少し呆れたような返事を返した。それから常磐は気を取り直すと、鋭い眼光を琴未に向ける。
「それで、私の相手はお嬢ちゃんがするわけ?」
「私一人じゃなくて、もう一人いるでしょ」
「未だに目を回して地面に突っ伏してるその子の事?」
笑みを浮かべながら地面のミリアを指差す常磐。常磐が言ったとおりの状態であるミリア。このままでは確実に戦力にならない事は確かだ。
情けないミリアの姿に琴未は溜息を付くと、しかたなくミリアを起こしに掛かる。
「……しかたないわね、目を覚まして上げるわよ」
そう言って琴未は雷閃刀の切っ先をミリアに向けると、細い一本の雷が放たれてミリアに直撃する。琴未としては軽い雷撃を入れてミリアに気付けをしたつもりだが、ミリアはピクリとも動かない。
……あれ? もしかして強すぎた?
確実に強すぎたみたいでミリアは気を失っている。
「……」
「……」
静寂がその場を支配して、海風が琴未と常磐を撫でていく。
……よし!
琴未は雷閃刀を構えると常磐に向かって叫ぶ。
「さあ、行くわよ!」
「って、この子は!」
未だに地面に突っ伏して気を失っているミリアを指差して突っ込む常磐。だが琴未は胸を張って答える。
「精霊だから大丈夫!」
「そういう問題じゃないでしょ! 精霊でも痛いものは痛いのよ!」
「じゃあ、ミリアだから大丈夫!」
「えっ、いやっ、そうなの?」
「そうなの!」
「そうなのね」
まったく説得力が無い琴未の言葉に何故か納得する常磐。
常磐が納得した事で、二人とも地面に転がっているミリアを無視して精霊武具を構える。今度こそ本気で戦闘に入るつもりなのだろう。二人とも鋭い眼差しを相手に向ける。
「風の精霊、常磐。主のためにそこを通してもらうわ」
「雷の契約者、武久琴未。昇のために絶対に通させはしないわよ」
互いに名乗りを上げて相手の隙を窺う。だが琴未はまったく打ち込める気がしなかった。それほど常磐には隙が無い。
まっずいな、相手は槍だから下手に打ち込めば簡単に返されちゃうかな。まあ、あの斬馬刀よりかはやり易いと思うけど、それでも一人でやるのはキツイかな。
自分でトドメを刺しておきながら、そんな事を思う琴未。だが相手の隙が見つからずに先手を打てないのは琴未だけじゃなかった。
常磐も琴未の動向を窺っている。
(前は足場の悪い岩場に誘い込んだから、それなりに余裕があったけど。さすがにこの状況だと余裕は無いわ。それに……風の属性より雷の属性の方が早い。下手にこちらから撃てば必ず隙を付いてくる事は確かね)
もし、常磐が風の属性を使った攻撃を放って琴未に避けられたら、琴未は必ず攻撃直後で動きが取れない常磐に向かって雷を放ってくるのは確かだろう。まあ、それだけでは大したダメージは受けないが、その後に懐に飛び込んでくるのは確実だ。
琴未としては飛び込んでしまえば常磐の十文字槍を封じ込める事が出来る。だが逆に言えば、琴未の雷閃刀が届かない距離で戦えば常磐が有利に持っていける。もし、無理に懐に入り込もうとしても常磐の精霊武具は十文字槍だ。横にも突けるし、斬り裂くことが出来る。
だがそんな無茶は琴未はしないだろう。
こうなってくると遠距離での撃ち合いになりそうだが、それは常磐が許さない。風の属性よりも雷の属性の方が放った後のスピードがはるかに違う。たとえ琴未が撃ち遅れても、それを挽回するだけのスピードを雷の属性は持っている。
常磐としては互いの属性を撃ち合うぐらいなら接近戦に持っていくだろう。
(う〜ん、そうなってくると突っ込んできてもらった方が早いんだけどな。……少し挑発してみるのもいいかもしれないわ。あの子って結構、単純みたいだし。引っ掛かる可能性が大きいわ)
そう思って常磐が口を開こうとした時、琴未が一気に飛び出して距離を詰めて来る。
(あらっ、まさか自分から突っ込んでくるなんてね。けどこれで、一気に決められるわね!)
常磐も十文字槍を水平に構えると、いつでも突ける体勢に持っていく。それでも琴未はスピードを落とす事無く突っ込んで来て、常磐の間合いへと入る。
その瞬間に一気に突き出す常磐。胸と腹を狙った二段突き、だが琴未は体を横にずらして常磐の槍を避ける。
(無駄よ!)
すぐに体を退いて槍を引き戻す常磐。琴未が避ける時にスピードをあまり落とさなかった為、結果的に琴未は斜め前に移動した形になり雷閃刀が届く距離にまで一気に持って行ったからだ。
雷閃刀を振り上げる琴未に常磐はそのまま十文字槍を引き戻す。このまま行けば琴未が雷閃刀を振り下ろす前に、背後から十文字槍の横刃が琴未を斬り裂くことは確実だ。
その事を確信する常磐。だが琴未の狙いは別なところにあった。
ここっ!
一気に振り下ろされる雷閃刀。だが雷閃刀は常磐にではなく十文字槍、その穂先近くに振り下ろされた。
(嘘っ!)
目の前の常磐ではなく横にある十文字槍に振り下ろされた雷閃刀。もちろん、無理矢理横に斬り下ろしたものだから力はそんなにこもってない。それでも、十文字槍を叩き落すには充分だ。
しかも振り下ろされた場所は穂先近く、手元から離れているために常磐に掛かる負担は大きい。そのため、十文字槍の横刃が琴未に届く直前に下に叩き落されてしまった。
(けど、まだっ!)
それでも十文字槍を引き込む常盤。叩き落されたとはいえ、横刃が琴未の足を捉えれられる位置にある。このまま引けば琴未の足に傷を負わせることは可能だ。だがそれは、琴未も充分に分っていた。
─新螺幻刀流 乗り刀斬り返し─
叩き落された十文字槍は穂先に行くほど地面に近い。そのため、琴未が少し足を浮かせれば簡単に踏み付けられる。
踏み付けられた十文字槍は封じられて動かす事もままならない。更に琴未はもう片方の足を浮かせると槍の上に大きく踏み込む。これで琴未は完全に十文字槍の上に乗ってしまった。
更に踏み込んだ事で琴未は雷閃刀を振るう事が出来る。雷閃刀が常磐に向かって振り下ろされる。
(くっ、重い、ならっ!)
引く事も押す事も出来ない十文字槍。だが槍ならではのやり方があった。
常磐は身を沈めて槍を脇に抱え込むと、そのまま倒れるように槍を横に倒して行く。穂先は地面に刺さっており、そこを中心に円を画くように倒れれば琴未が上に乗っていても簡単に倒す事が出来る。
当然、十文字槍の上に乗っている琴未は急に足場が崩された事と攻撃途中で勢いを止める事が出来ない事により、琴未は前に倒れ込む。
思いっきり砂浜に突っ込んでいく琴未。一方の常磐は自分の意思で倒れたため、起き上がるのも早い。当然、琴未に向かって追撃を掛ける。
まだうつ伏せに倒れている琴未に向かって一気に距離を詰めて来る常磐。琴未が顔を上げて常磐を確認した時には、すでに十文字槍の間合いに入っていた。
駆けた勢いを殺さぬまま十文字槍を突き出してくる常磐。
無理よね。なら、ここっ!
避ける事を諦めた琴未が狙う点は一つ。仰向けになると上半身を一気に起こして雷閃刀をその点に向けて一気に振るう。
そこは槍の直刃と横刃がクロスしている場所。つまり、十の字で言えば丁度真ん中を狙って雷閃刀を振るった。
だが勢いを殺さぬまま突き出してきた常磐と立ち上がる事の出来なかった琴未では力の掛かり方が違う。当然、雷閃刀は十文字槍を弾く事は出来なかったが、直刃と横刃の間に雷閃刀を滑り込ませることが出来た。
よって、十文字槍の穂先が琴未にまで届く事は無かったが、勢いを殺す事が出来ない琴未は雷閃刀を両手で押さえながら砂浜を常磐に押されるがままに滑っていく。
大きな砂煙が二人の駆けた跡に立ち上り、琴未は背中で砂浜を削りながらも堪える。
そして二人がやっと止まった時には、拮抗が未だに続いていた。上から十文字槍を押し出してくる常磐、下で雷閃刀を両手で押さえながら十文字槍を受け止めている琴未。明らかに形成は琴未に不利だ。
あっつ〜いっ! 思いっきり砂に押し付けてくれたわね! おかげで背中が火傷するぐらい熱いじゃない!
どうやら背中で砂を削った時に生じた摩擦により、琴未の背中に大分熱が生じたようだが、そこは精霊武具。それぐらいの熱や摩擦で琴未が着ている巫女服が破れたり、焦げたりすることは無いが、さすがに摩擦熱までは遮断してくれないらしい。
まあ、大したダメージを受けなかったので、琴未は思考を切り替えて先程の反省点を思い出していた。
……なるほど、だから乗り刀なのね。あの技は槍には通用しない、相手が刀の時に使える技。……とか、じっちゃんが言ってたわね。
今更ながら自分で使っている技の真髄を理解する琴未。
そもそも乗り刀という技は相手が日本刀のように片刃の刀剣にしか通用しない技だ。相手の攻撃を叩き落して、更に切っ先近くの峰を踏み込むことによって相手の刀を封じ込める技。
刀の長さという物は人によって違うが、せいぜい長さがあっても一メートルちょっと。そのうえ、長さのほとんどが刃。だからこそ、切っ先を踏み込まれるとどうする事も出来なくなる。
だが槍となると話は別だ。槍の平均的な長さは二メートル半。しかも長さの大部分が柄だから、先程の常磐みたいに上に乗られても倒す事が出来る。それに完全に上に乗られても先程の琴未みたいに大きく踏み込まなければ、後ろに退がるだけで刀の間合いから出る事が出来る。
そのうえ常磐が使っているのは普通の十文字槍ではなく精霊武具だ。長さも太さも尋常ではない。だからこそ、琴未が簡単に上に乗って踏み込むことが出来た。
だが結局は失敗して現状のような状態になっている訳だ。
「さあ、降参するならやめて上げてもいいわよ。どうする?」
槍を押し付ける力をまったく緩める事無く、降伏勧告をしてくる常磐。だが琴未もこの程度の不利で降参するほどヤワでは無い。
「冗談でしょ。こんな所で降参すると後でシエラに何を言われるか分ったもんじゃないわ。それに……」
「それに?」
圧倒的に不利な体勢である琴未だが笑みを浮かべてみせる。
「あまり甘く見ない方がいいわよ」
「へぇ〜、こんな状態でよく言えるものね」
更に力を込めてくる常磐。徐々に十文字槍の穂先が琴未の喉へと近づいていく。
琴未もなんとか抵抗するが、ほぼ下に倒されている体勢で常盤の十文字槍を両手の力だけで支えなくてはいけない。それに引き換え常磐は槍に体重をかけることが出来る。
確実に琴未に不利な体勢なのだが、それでも琴未の笑みが耐える事は無かった。
「その笑みがどこまで持つか、見ものね」
「もちろん、あなたを倒すまで。それに甘く見ない方がいいって、さっき言ったばかりよ」
「こんな状態でお嬢ちゃんに何が出来るの?」
「……私じゃないわよ」
「えっ?」
琴未の言葉に一瞬だけ迷いが生じる常磐。だが、その程度の事で、琴未がこの状況をひっくり返すのは不可能だ。だが琴未は更に不敵な笑みを浮かべてみせる。
「分かっていないようだから教えてあげるわよ」
「そんな事を聞かなくても、お嬢ちゃんにはこの状況を覆す事は出来ないわ」
「だから分ってない。私がさっきから言っているのは私のことじゃないのよ」
「じゃあ、何が言いたいわけ?」
「もちろん、大地の精霊が有する防御力よ!」
「えっ?」
思いがけない言葉に常磐の集中力は一瞬だけ乱れるが、すぐに琴未に向けて全神経を集中させる。それが琴未の狙いと気付かぬまま。
琴未はそちらに視線を向けると目で合図を送り、それが通じたようでそちらも頷くとすぐに行動を起こした。
「ワケの分らない事を言って私の集中力を乱そうとしても無駄よ」
「どうやら完璧に忘れてるみたいだから教えてあげるわよ。……ミリア!」
常磐の背後を取っているミリアに向けて叫ぶ琴未。その言葉に常磐もやっと自分が置かれている状況を理解するが、もう遅い。
「アースウォール、鉄拳制裁バージョン!」
常磐の横から砂が舞い上がり、硬化と形を作りながら常磐に向かって行く。
「なっ!」
琴未を押さえ込んでいる以上、常磐はとっさに動きは取れない。その隙に硬化した砂は巨大な拳となり、常磐を殴りつける。
なす術も無く殴り飛ばされる常磐。ミリアの登場でやっと一息ついた琴未が立ち上がるとミリアが合流する。
「まったく、遅いわよ」
「う〜、だって、なんか目が覚めたら体が痺れてたんだもん」
……やっぱり強すぎたみたいね。
どうやら琴未の雷撃が強すぎてミリアの体を麻痺させていたようだ。そんな事実に気付きもしないミリアは更に言い訳の口調で琴未に説明する。
「それにそれに、なんか今でもピリピリしてバチバチなんだよ」
「擬音で説明しない」
それだけ言うと琴未はミリアの両肩に手を置く。
「いい、ミリア。あんたにそこまでのダメージを負わせたのはあいつよ、だから絶対に油断しちゃダメよ!」
「って、なに私に罪を着せようとしてるのよ!」
いつの間にか戻ってきた常磐が突っ込みを入れてくる。それから常磐はミリアを指差してきた。
「あなたが負ってるダメージは明らかに雷の属性による物でしょ! この中で雷の属性を使えるのは、そこのお嬢ちゃんだけよ! だからあなたにトドメを刺したのはそこのお嬢ちゃんなの!」
ちっ、余計な事を。
「そう言えば……この感じ、琴未の雷撃に似てる?」
「ミリア!」
更に手に力を込めてミリアの両肩を思いっきり掴む琴未。
「いい、敵の言っている事を鵜呑みにしちゃダメよ! あれは私達の信頼を崩すための作戦なのよ、だから絶対に信じちゃダメよ! 私達の信頼がその程度じゃ崩れない事を見せ付けるのよ! というか、信じたらミリアのご飯を減らすわよ」
「うん! ご飯を減らされたくないから琴未を信じるよ!」
よし! 洗脳完了。
さすがに二人に呆れた視線を送る常磐。
「あなた達の信頼関係って」
「ご飯だ!」
「……」
「……」
バカだ。
(バカね)
はっきりと言い切るミリアに対して、琴未と常磐は同じ事を思っていた。まあ、他のメンバーがこの場にいても、きっと同じ事を思ったのは言うまでも無いだろう。
「そっれじゃ〜、一気に行っちゃうよ〜」
琴未と常磐にどんな風に思われているか、まったく気付かないミリアはアースシールドハルバードを構えると思いっきり意気込む。
それに対して常磐は思いっきり溜息を付いた。
「確かに、甘く見ていたみたいね。特に……大地の精霊である、その子の頭を」
「えへへっ〜」
ミリア……分ってないとは思うけどね。それは誉められてないから。
常磐の言葉を曲解して捉えてるミリアに並んで雷閃刀を構える琴未。そして小声でこれからの戦略を話していく。
「いい、ミリア。とにかく私が先鋒で当たるから援護をお願い」
「でも琴未」
どうやらミリアには気になることがあるらしく、それを琴未に尋ねてきた。
「さっき琴未は思いっきりやられてたけど大丈夫なの」
ミリアのくせに思いっきり気にしてる事を言って来るわね。
多少、不機嫌になりながら琴未はミリアに先鋒を任せられない理由を説明する。
「ミリアはあいつの攻撃を捌き切れないでしょ。それに地の属性は発動に時間が掛かるんだから、属性の勝負になると明らかに不利でしょ」
「う〜ん、確かに。属性の撃ち合いになると私のスピードじゃ琴未や風の属性にかなわないよ」
「そうでしょ。それに、ちょっとした作戦があるのよ」
琴未は自信満々に言い張るが、ミリアは思いっきり不安げな表情を浮かべていた。そしてミリアの顔を見た琴未は、思いっきりミリアの頭に雷閃刀の柄先を押し当ててグリグリと回す。
「その顔はなに、そんなに私の立てた作戦が不満?」
「いたっ、痛いよ琴未〜」
いい加減にミリアが泣きそうな。というか、泣いたので雷閃刀を引っ込める琴未。ミリアは涙目のまま、琴未を見上げる。
「それで、作戦って?」
頭を擦りながら琴未の作戦を聞いてくるミリア。
「いい、良く聞いておくのよ」
作戦をミリアに説明する琴未。もちろん、その間も常磐から神経を外す事無く、様子を窺っている。
(あの子達、一体なにをやってるのかしら?)
琴未達の行動を見ていた常磐はそんな事を思うが、それと同時に琴未が自分から意識を外していない事を察する。
(それにしても、私が一番甘く見ていたのが雷のお嬢ちゃんね。まさか、あそこまでやるとは思って無かったわ。それに頭も回るようだし。まあ……あっちの大地の精霊は頭が悪いわね)
改めて琴未の認識を書き換える常磐。まあ、常磐が琴未を甘く見ていてもしょうがないだろう。なにしろ、今まで重要な決断は昇が行っていたし、戦闘での判断は閃華が行っていた。そして何よりも、琴未はいつもシエラとの悪知恵で競っている。
つまり、学ぶべき環境は充分に整っていた。琴未の傍には閃華がいる時が多いため、閃華からいろいろと教え込まれてるうえ、シエラを相手にそれを試す事が出来る。教育と実践、この二つを琴未は持っているのだから、ある意味では昇よりも成長しているだろう。
……ちなみに、琴未の成長が正しい方向で進んでいるかは別問題である。
なんにしても、琴未にミリアという戦力が増えた以上は、これを充分に活用してくるだろう。
(そうなるとやっかいね、それに風鏡の援軍にも行かないといけないし。……でも、この子達は手加減して勝てる相手じゃないわね。いや、もしかしたら本気を出しても勝てないかもしれないわね。……けどね)
常磐は琴未達から視線を外すと風鏡がいる方向に目を向ける。ここからでは詳しい様子は分らないが、どうやら今のところ派手な戦闘にはなっていないようだ。
それだけを確かめて再び琴未達に視線を戻す常磐。
(私も負けるわけには行かないのよ。全ては……風鏡のために)
風陣十文字槍を強く握り締めて自分の決意を確認する常磐。だが、何かしらを思い出したかのように、常磐の顔に微かに笑みが浮かぶ。
(……ふふっ、まったく、いつの間にこんな事を思うようになったのかしら。最初の頃はそんな事を微塵も思ってなかったのに。……そう、全ては風鏡と契約をしてから。それから、私も竜胆も変わって行った。もう……あんな風鏡の顔を見たくないから。だから、今は全力で戦うわ!)
風陣十文字槍を構える常磐。更に常磐を中心に空気が揺らぎ、それは風となって風陣十文字槍に集まっていく。
(さあ、もう遊びの時間は終わりよ。これからは、全力で行くわ!)
空気の揺らぎは琴未達も感じており、風が常磐に集まっていくのをはっきりと確認できた。
「どうやら次は本気で来るみたいね。ミリア、準備は出来てる」
「うん、大丈夫だよ。もう琴未とあいつを繋いでるよ」
「オッケー、後は気付かれないようにね」
「分ってるよ〜!」
元気の良いミリアの返事を聞くと、琴未も雷閃刀に雷をまとわせる。黄色い光の覆われた雷閃刀が電撃の独特な音を立てながら雷を溜めていく。
そして琴未と常磐の鋭い視線が絡み合い。前触れも無く二人は飛び出して、互いに距離を詰めていく。
先手はもちろん、間合いが広い槍を持つ常磐だ。
突きが来る!
琴未はもちろん、相手が槍なら誰しもそう思うだろう。だが常磐はあえて十文字槍を振り上げる。馬鹿げた行為だと普通なら思うだろう。槍の刃は切っ先にしか付いていない。だからそれを過ぎてしまえば、後は柄で打ち付けるしかない。
致命傷にはならないそんな行為を普通の人間ならやらないだろう。だが常磐は風の精霊、風陣十文字槍に巻き付いている風が油断できない事を琴未に知らせる。
だからこそ、槍が振り上げられた時から琴未はスピードを落とし、振り下ろされる瞬間に大きく後ろに跳ぶ。
琴未はそれで避けたつもりだろうけど、常磐は口元に笑みを浮かべる。
「天風潰裂!」
「アースウォール!」
振り下ろされる風陣十文字槍。それと同時にまとっていた風を一気に地面へと叩きつける。斜め上から打ち下ろされた風は巨大な圧力となり、風陣十文字槍を起点に砂浜を一気に押し潰す。
巨大な圧力が掛かった砂浜は一気に押し潰されて、大量の砂が圧力の掛かっていない両脇へと逃げ出して一気に吹き上がる。だが常盤の攻撃はこれで終わりではない。
一つにまとまっていた風が今度は四散する。地面を押し潰すほどに集められていた風が解放されて縦横無尽に吹き荒れる。それもタダの風ではなく、風刃と化して吹き出しているのだから風に触れた物は全て切り裂かれて行く。
その風刃が地面を切り裂きながらミリアの元にまで迫ってくる。慌てて自分の目の前にアースウォールを作り出すミリア。
だが風刃がいとも簡単にアースウォールを切り裂いてしまったので、更に慌ててアースウォールを強化するミリア。念のために強化した大地の壁を前に身を屈める。
「うわ〜、びっくりした〜。琴未……大丈夫かな」
ミリアと違って琴未は常磐との距離をかなり詰めていた。そこへ広範囲の攻撃を仕掛けてきたのだから無事ではないはずだろう。
それは攻撃をした常磐が良く分かっていた。
(最初の一撃で確実に潰した手応えを感じたわ。まあ、それで逃れてもニ撃目で仕留めたはず。……けど、油断できないわね)
確かな手応えを感じつつも常磐は油断しなかった。この程度で琴未がくたばるとも思えないし、なにより先程の攻撃で自分が巻き起こした砂埃が未だに常磐の視界を悪くしている。琴未が攻めるには絶好の機会だろう。
だからこそ、辺りに気配を配らせる常磐。そして砂埃が少しずつ晴れて行き、常磐の前にそれは現れる。
(……大地の、壁。そうか、あれで天風潰裂を防いだのね。だけどニ撃目までは無理だったようね)
確かにミリアの作り出したアースウォールは一撃目の攻撃は防いだみたいだが、風刃までは防ぎきれなかったみたいで、ところどころ切り裂けている。
(壁があの状態なら手傷は確実に負わせた。なら、後は壁の向こうにいるお嬢ちゃんを仕留めるだけ)
風陣十文字槍に新たな風をまとわせると常磐は壁に向かって駆け出す。
「雷神閃!」
「えっ?」
突如、アースウォールを破壊して突き進む巨大な雷。まるで常磐が突き進んでくるタイミングを見切ったように放たれた雷は完全に常磐の虚を付いていた。
だが多少の隙を付いたぐらいで常磐はやられるような精霊ではない。この事態にもすぐに対処に入る。
十文字槍の穂先を下から後ろに振り上げる。
(もう避けるのは無理。でも、これなら!)
後ろに振り上げた穂先を一気に地面に向かって振り下ろす常磐。そして穂先が地面を完全に斬り裂く前に溜め込んでいた風を一気に解放する。
「昇華風龍!」
地面を斬り裂いた十文字槍と共に風が一気に天に向かって駆け上る。そうして常磐の前に出来た巨大な風の壁と巨大な雷がぶつかり合う。
だが常磐の攻撃はこれで終わりではない。正確には風の属性より早い雷の属性である琴未の攻撃を防ぐために不完全のまま技を発動させた。だから風の壁が昇華風龍の正体ではない。
更に風陣十文字槍を風の壁に向かって横一線に振るう常磐。そこを起点に上に向かって吹いている風はねじれ始める。そして風の壁は巨大な竜巻へと変化した。
(タダの竜巻とは思わないことね。私の昇華風龍は……全てを飲み込むわ)
常磐が思ったとおりに、巨大な竜巻は辺りの砂を引き寄せて吸い込み始めた。更には今まで竜巻とぶつかり合っていた巨大な雷すらも竜巻の中に少しずつ吸い込まれていく。その証拠に竜巻は次第に雷を帯びて放電している。
そして竜巻は飲み込んだ雷を栄養源としているかのように威力を強め始め、砂浜の砂を全て吸い上げてしまいそうな勢いで回転を強める。
(この昇華風龍は相手の属性を飲み込んで自らの威力を高める、吸収強化の技なんだけど。ここまで成長するのは始めてね。あの子、一体どれだけの威力を雷に込めてたわけ)
始めて見る竜巻に琴未の放った雷がどれだけの威力を持っていたかを物語っている。だが、それは全て竜巻に吸収されてしまい。雷を全て飲み込んだ竜巻は自然と消えて行き、飲み込んだ砂がゆっくりと辺りに降り注ぎ、辺りを砂埃が飲み込んでいく。
どうやら属性攻撃は飲み込んで吸収しても、普通の物体などは巻き込むだけのようだ。
……やっぱり、雷神閃は防がれたわね。まあ、こっちも最初から防がれる事を計算して放った攻撃だからいいけど。それにしてもあっちも最初からやってくれたわね。おかげでかなりの手傷を負ったけど、動けない程じゃないわね。……でも、ここから一気に決めるわよ!。
竜巻が消えて、最初は巻き込んだ砂が一気に落ちてきたのか、辺りを砂埃で何も見えない状態にしてしまった。だが重い砂はほとんど落ちてしまったのか、次第と視界が開けてきた。
それと共に砂が落ちる音が消えて行き、次第に静かになって行くが、それが常磐の耳にある音を届ける。
「なに?」
音がしたであろう方角、それは常磐の真正面だ。そこに目を凝らす常磐。少しずつ砂埃が消えて行き、それが姿を現す。
「嘘っ!」
そこは丁度ミリアが作り出したアースウォールの真後ろ。そこに強大な光球が雷を帯びて放電音を出していた。
「雷神閃!」
そして放たれる第ニ射。だが先程よりかは威力がかなり落ちているようで、雷もそんなに太くない。
(これぐらいなら)
とっさに横に跳び、地面を転がるように雷を避ける常磐。威力無い雷神閃を間一髪で避けきる。
更にニ、三回ほど地面を転がった常磐はすぐに顔を上げる。未だに地面に寝ている状態だが、今は現状把握が先だと判断したのだろう。
そんな常磐の瞳に先程の光球が写り込む。大きさは変わっていないものの、その輝きは弱弱しく、雷もまとっていない。どうやら消える寸前のようだ。
(どうやら、お嬢ちゃんの攻撃はかわしきったみたいね。さすがにさっきのは危なかったわ。……えっ!)
消えかけていた光球が完全に消えた時だった。その後ろにあるであろう、琴未の姿はそこには無かった。
「嘘っ! あのお嬢ちゃん、どこに行ったの?」
「ここ」
突然、横から聞こえてくる琴未の声。常磐がそちらに振り向くと砂埃の中から琴未が飛び出してきた。
─新螺幻刀流 二ノ太刀無用─
雷を帯びた雷閃刀、それに全ての力を込めて琴未は初太刀を未だ地面に付している常磐に向かって放つ。
「ッ!」
とっさに地面を蹴る常磐。だが両手は砂を掴んで下半身を前に持って行き、そのまま半回転する前に両手の力だけで体を押し出す。
雷閃刀が常磐の居た地点に振り下ろされて、技の威力で砂浜は削られて雷閃刀が半分ほど砂の中へとその身を沈めた。
片手を砂浜に付けて何とか着地する常磐。
「おしかったわね」
「いいえ、これで決まりよ」
「えっ?」
「雷撃閃!」
雷閃刀が放電するのと同時に常磐の足元から天に向かって十数本の雷が一気に駆け上がる。
「きゃあああああああああっ!」
足元からの不意打ちに常磐は悲鳴を上げ、攻撃を終えた琴未はすぐにその場から離れると大きく叫ぶ。
「ミリア、場所は分るわね!」
「うん! 思いっきりやっちゃっていいんだよね!」
「構わないわよ、私がそっちに戻ったら全力でやるのよ!」
「うん!」
未だに砂埃が酷くて視界が悪い中を琴未はミリアの声がした方へと駆け出す。一度振り返って常磐を確認するが、常磐は先程の攻撃がかなり効いたようで両膝を付いて荒い息をしていた。
これで私が一気に駆け抜ければ、それで決まりよ!
後は一気にミリアの元へ駆け抜けるだけ。琴未は視界が悪い中を一気に駆け抜けて、ミリアの姿を確認すると一気に滑り込む。
そこは砂埃の外だ。あの視界の悪い中に居たのでは二人の位置が確認できないのだろう。だからこそ、ミリアは砂埃の外に居た。
そこに一気に滑り込んでくる琴未を確認すると、ミリアは砂浜に刺してあるアースシールドハルバードに溜め込んだ力を解放させる。
「アースブレイカー!」
アースシールドハルバードから先程天に向かって放たれて雷が発生した場所へと赤い光が線となり、一気に地面を駆ける。
そこはつまり常磐がダメージを受けた場所。琴未の攻撃を直撃したのだから、すぐには動けないだろうと琴未は判断したからミリアへの目印としても使った。
更にアースブレイカーは広範囲に攻撃する事が出来る。だからこそ、多少常磐が動きをとっても避けきる事は不可能。そこまで計算しての攻撃だ。
そして地面に描かれた赤い光の線が砂浜を切り裂き、大量の砂が一気に舞い上がって崩壊を始める。
更に地震を巻き起こして崩壊は加速する。地面は裂けてクレパスとなり、飲み込まれた者は出る事は出来ないだろう。そのうえ無理矢理クレパスを作り出した事により、その衝撃は衝撃波となり砂を巻き込んで縦横無尽に駆け回る。
衝撃波同士がぶつかり合い、更なる衝撃を生み出すこの中では常磐も無事では済まないだろう。
そしてミリアの溜め込んだ力を解放し終えると、再び大きな地鳴りと地震が起きて地面は元の形へと戻って行く。
地震が納まり地面は元の形へと戻ったが、大気に舞い上がった砂埃は未だに取れないままだ。琴未達の前には大量の砂埃が舞っている。
「どうだーっ!」
目の前の成果に自信満々に胸を張ってみせるミリア。そんなミリアに琴未は溜息を付く。
「どうだーって言われても、こんな状態だと相手の意見が聞けないでしょ」
「う〜っ、言ってみただけだもん。それに……って! 琴未どうしたの!」
琴未の方へ振り返り、やっと琴未の状態を知るミリア。
まあ、ミリアが驚くのも無理は無いだろう。両腕と太もも、更には左頬と頭から血を流しているのだから。まあ、顔と頭の傷は軽いみたいだが、両腕の傷はかなりの物だろう。そんな状態であれだけの事をしたのだから大したものだ。
だが琴未は傷を見て軽く言ってのける。
「あぁ、これ。最初の一撃でかなり貰っちゃったのよ。まあ、足を死守したからなんとか動けたけど。まあ、大した傷じゃないわよ。もう血は止まってるし」
「本当に大丈夫なの?」
だがミリアは琴未の傷を見て明らかに動揺を見せる。そんなミリアの頭に琴未は手を置いた。
「大丈夫よ、皆戦ってるんだからこの程度で根を上げてられないわよ。それにこれで終わってくれるとは限らないでしょ」
「うん、でもでも、あれだけの攻撃だから、もしかしたら」
「それほど甘い相手じゃないわよ」
「うえ〜、それはや」
ミリアの言葉が終わる前に二人に突風が突きつける。いや、正確には地面に叩きつけられた風が逃げ道を求めて周りに向かって吹いている。
この風……やっぱりまだ終わりじゃないみたいね。
風は大気中に舞っていた砂埃を地面に戻すと止まり、すっかり普通の砂浜に戻って常磐が姿を現す。
「はぁっ! はぁっ!」
呼吸がかなり荒い。どうやら先程の攻撃は通ったみたいで、常磐の大鎧は半分ほど砕け散り、服にも多少焦げた跡が残っている。
琴未の攻撃も通っていたみたいで焦げた後は雷撃による物だろう。そして大鎧はミリアの攻撃によって砕かれたようだ。
それでも、あの中をそれだけの傷で済ませた事には違いない。
(……危なかった。とっさに上昇気流を作って体を浮かせたから良かったけど、下手したら地面に落ちてたわ。それにしても……)
「まさか、地面から、雷撃が来るとは、思って無かったわ」
まだ息が続かないのか途切れ途切れで言葉を口にする常磐。それでも言葉は琴未達にしっかりと届いていた。
「まあ、私一人じゃできないことよね。けど、ミリアは大地の精霊。だから最初から繋げてもらってたの、あなたの足元と私の足元をね」
「……そうか! しくじったわ、まさかそこまで用意しているとは思わなかったわ」
「察しがいいわね。そう、普通に雷撃を地面に撃ち込むと四散するけど、地の属性が作り出したトンネル内なら四散せずにコントロールできる」
普通に雷撃を地面に撃ち込めば、それは地面に吸収されて四散してしまう。だが琴未はミリアの地の属性を利用する事でそれを回避した。
つまり、なにも属性を有していない地面は普通の地面だが、属性を宿している場所は属性のコントロール内にある。琴未はその地の属性が付加している場所に雷撃を通した。後はミリアが地面を流れる雷撃を四散しないようにコントロールするば、通常の威力のまま雷撃を撃つ出す事が出来る。
「二人とも動き回るから追い掛けるのが大変だったよ〜」
「えっ? 二人って?」
ミリアの言葉に驚きの表情を見せる常磐。そんな常磐に向かって琴未は笑みを向ける。
「やっぱり気付いてないみたいだから教えてあげるわよ。あなたが放った最初の一撃、それの余波が収まると私はすぐに砂埃の中に身を隠したの」
「じゃあ、あの壁は?」
琴未が隠れていると思った大地の壁を言っているのだろう。あれが見えたからこそ、常磐はあそこに琴未が居ると思い込んでしまった。
「あなたと私がぶつかれば、あなたが先手を取る事は確実。だから私は最初の一撃を避けるためにミリアに作らせたのよ。それと、あなたの注意を引くためでもあったけどね。後は壁の後ろに雷撃を溜めて次の攻撃に備えるというわけ。まあ、ニ撃目があったのは予想外だけどね」
「それに、お前が砂埃をあんなに上げなくても私が作り出す予定だったんだよ」
「けど、あなたの一撃が強すぎたために、その必要が無くなった」
どうやら最初から多くの砂埃を上げる事は計算にあったらしい。だが常磐が代わりに作り出してくれたために、ミリアは二人の足元を結ぶのと同時に大きな力を溜める事が出来た。
「後は溜めた雷撃を遠隔操作で撃ち出した後、私はあなたに斬り掛かった。まあ、あなたなら避けると思ってたけどね。けど、それも足元にある地の属性に気付かせないため」
「……そう、全ては最後の攻撃に持っていく布石だったのね。まさかそこまで考えてるとは思って無かったわ」
「この前教えてもらった事を生かしただけよ」
「えっ?」
琴未の言葉に常磐は驚きの顔で示す。
「地の利、その地形を生かす形での戦い方よ」
つまり琴未は砂浜という地形を最大限利用しての戦い方を組み立てたのだが、常磐は明らかに呆れている。
(……えっと、それは間違ってるけど……間違ってないわね)
常磐としては普通の使われ方を言ったまでなのだが、琴未はそれを独自に解釈して精霊戦に適した形にしてしまった。
それから常磐は視線を琴未からミリアに移した。
「大地のお嬢ちゃんも、良く私を追えたわね。たしか砂埃の外に居たはずだけど」
「あははっ、だって私は大地の精霊だもん」
「……」
「……」
ミリア、答えになってないわよ。
(こんな子にやられたのがちょっと悔しいわね)
しかたないという感じで琴未は溜息を付くとミリアの代わりに答える。
「ミリアは大地の精霊だから、地の属性以外にも出来る事がある。あなたが地に足をつけてる限りだけどね」
「なるほどね、大地を通して私の気配を追ってたわけね」
それは精霊だから出来る技だ。精霊は属性以外にも生み出した物を感じ取ったり、多少のコントロールが出来る。それは属性の力でも可能だが、生粋の精霊ならより素早く行う事が出来る。
つまり、大地の精霊であるミリアが大地を通して常磐の気配を探って追いかけるのはそんなに難しい事ではないという事だ。もちろん、それは相手が大地に立っている場合で、シエラのように飛ばれると気配がつかめなくなる。
「さて、他に質問はある?」
全ての事を説明し終えた琴未はまるで勝ち誇ったように常磐に言葉を掛ける。それは挑発のようにも感じ取れるが、常磐が怒りを覚える事は無かった。
(確かに、この状況じゃあ私の負けね。……けど、まだ終わりにするわけにはいかないわ。竜胆も、風鏡も戦ってる。だから、まだ終われない。終わる時は……私の契約が解かれる時よ!)
風陣十文字槍を前面に押し出して、再び風を集める常磐。
「琴未、あいつまだやる気だよ!」
「見れば分るわよ、ミリア!」
「んっ、なに?」
再びミリアの両肩に手を置いた琴未は、真剣な眼差しをミリアに向けて一言。
「今度はミリアが行って」
「……え──────────っ!」
大げさに驚きの声を上げるミリアだが、琴未はそんなミリアを揺らしながら説得を開始する。
「というか、ミリアがこの中で一番元気なんだからミリアが行きなさい! それにここで頑張れば、今度からご飯を大盛りにしておかずも一品多くしてくれるわよ……シエラが」
「うん! 頑張るよ!」
またしても同じ手段でミリアを洗脳する琴未。いや、シエラに責任を押し付けている事があれだが、ミリアはまったく気付いていないようで意気込んでいる。
まあ、琴未の気持ちも分からなくも無い。なにしろ琴未はかなりの傷を負っている。それは常磐も同じだが、だからこそ元気なミリアを出してきたのだろう。
傷を負わせた常磐ならミリアでも対抗できると踏んだからこそ、琴未はミリアに前線を任せる。……とは言っても、やっぱり不安なのかミリアからあまり離れない距離を取る琴未。
そんな二人を見て常磐も風陣十文字槍を構える。
(あの子達、思っていた以上に相性が悪くないわね。それどころか、あのいかずち、いや、琴未って子は大地の精霊を使いこなしてる。契約者としてはあの昇って男の子が全権を握ってるみたいだけど。この子も普通の契約者なら、昇って子とまったく引けは取ってないわね)
閃華が昇達の複雑な関係を生み出して以来、成長してきたのは昇だけではない。琴未もしっかりと成長して来た。だからこそ、ここまで戦える。昇の信頼を一身に受ける事が出来る。昇のために戦える。
だが、戦う理由と負けられない想いは常磐も負けてはいない。
(あの時、竜胆と一緒に誓った二度目の契約。そして風鏡がくれたあの時間、それを大切にしたいから私達は風鏡から暗い表情を取ろうと決意した。だからもう一度交わした契約、その契約がある限り、私達は絶対に負けるわけには行かない)
風陣十文字槍を構える常磐。それを見たミリアが一気に突っ込んできた。常磐もミリアを迎え撃つために更に風を集める。
こうして再び戦いの幕が上がった。
そんな訳でお送りしました、エレメの七十四話はいかがでしたでしょうか。……まあ、いつの間にやら、話が思いっきり長くなっていたことは大目に見てください。
さてさて、そんなことよりも、更新に一ヶ月も掛かってしまいましたが、これでエレメも一周年です。……なんか、長かったような、短いような不思議な感覚です。
というか、この一年でどれぐらいの文字数を書いたのか気になりますね。後で調べる事にしますね。
さてさて、エレメも無事に? 一周年を迎えた事ですし。来年への抱負と言いましょうか、意気込みを。……一体いつまで続くんだ―――!!!
まあ、自分で作っておきながらなんですが、正直一年以上も掛かる作品になるとは思っていませんでした。まあ、長くはやるつもりだったんですが、一周年を迎えると、……本当に長いな、と実感させられますね。
さてさて、そういうことですので、エレメはこれから二周年はおろか、五周年に向けて突き進みたいと思います。……まあ、それぐらいには終わるか……な?
そんな訳で純情不倶戴天編も残り後数話。頑張って生きたいと思います。と、抱負を抱き捨てたところでそろそろ。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そして評価感想もお待ちしております。更に投票と人気投票もお待ちしております。
以上、人気投票の途中集計で、この小説の人気はシエラと閃華で持っているのか? とか思ってしまった葵夢幻でした。




