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エレメンタルロードテナー  作者: 葵 嵐雪
純情不倶戴天編
72/166

第七十二話 エルク戦開始

 ウイングクレイモアが羽ばたき、エレメンタルアップで一気に加速を得たシエラは一気にエルクに向かって突っ込んで行く。

 もともとシエラはスピード重視の戦闘を得意としている。そこにエレメンタルアップで加速しているのだから、そのスピードはかなりのもので不意を付かれたエルクが気付いた時にはウイングクレイモアが振られた時だった。

 とっさに回避行動に移るエルク、だがシエラの方が早くエルクを捉えていたため、エルクの脇腹をウイングクレイモアの切っ先が切り裂く。

 ダメだ、浅かったみたい。

 昇が見ている中ですぐに追撃に入るシエラだが、突如目の前の砂浜が吹き上がると、まるで砂の柱が立ったように一気にエルクを柱の上へと持ち上げて行った。

 だが翼の属性を持つシエラを相手では制空権はシエラにある。一気にエルクの元へ舞い上がるシエラ、だが突如砂の柱から巨大な手が飛び出してきた。それも砂で出来ているようだが、シエラの進行を阻むのと同時に掴みかかってきたが、シエラのスピードに追いつくことが出来ずにそのまま空を掴む。

 その砂の手に昇は銃弾を撃ち込み撃破するが、砂の手はすぐに再生して元の形になる。

 ……やっぱり、そうなのかもしれない。この前戦った時に使っていたナイフといい、今エルクが使っていると思われる砂といい。まるでエルクが自分の意思で操っているみたいだ。

 そんな疑念が顔に出てたのだろう、高みからエルクが昇に向かって話しかけてきた。

「どうやらあなたは気付いたようですね。私の属性に」

 その言葉にシエラは一旦エルクへの攻撃を中断すると昇の元へ舞い降りる。

「昇、どういうこと」

「たぶんだけど、エルクは自分の意思でいろいろな物を操れるんだ。だから飛んでるナイフを自由に軌道を変えたり、今みたいに砂を操ったりできるんだ」

そうの属性!」

「見事、大当たりだよ」

 柱の上からエルクは楽しそうに語りかけてくる。

「私は操り人形の精霊、故に操り人形の動力源である操の属性を得ているのだよ」

 楽しそうに語りかけてくるエルクを睨みつけながらシエラは口を開いた。

「随分と気前がいい、自分の属性を教えてくれるなんて」

 更にエルクは楽しそうに、昇にはその楽しそうな笑みに嫌悪感を感じるほど楽しそうなエルクは更に語り続ける。

「な〜に、レアスキルを見せてくれたお礼だよ。エレメンタルアップ、契約者の力を精霊に送り、果てには精霊の限界値を超える力を引き出す能力。くくくっ、あっーはっはっはっ」

「何がおかしい!」

 笑い始めたエルクを睨み付ける昇。だがエルクも笑うのを止めて昇に目線を向けると、昇は急に背筋が寒くなるほどの悪寒を感じた。

 それほど昇に興味と狂気を交えた視線を送ってきている。

「おかしいのではなく嬉しいのですよ。契約者、しかもエレメンタルアップのレアスキル。それを有している実験体が手に入るのですよ。科学者としてこれほど嬉しい事は無いのですよ」

 やっぱり……こいつをこのままにしておいちゃいけない!

 改めてエルクの危険性を肌で感じた昇は銃口をエルクに向けると、思いっきり力を込めた弾丸を撃ち出す。

 途中でそれを阻もうとしてきた砂の手を突破しながら、放った弾丸は一直線にエルクを目指す。

 さすがにこれは防げないと思ったのだろう。砂の柱から飛び降りるエルク。そこにシエラが追撃にはいるが、エルクが軽く手を上げただけで砂浜の砂が一気に舞い上がり、シエラの前方に立ち塞がる。

「邪魔!」

 砂の壁に阻まれて急停止したシエラはウイングクレイモアを構えると、翼を大きく広げてその場で羽ばたかせて突風を巻き起こす。

 一点に集中された風は砂の壁を打ち破るのと同時にエルクに襲い掛かるが、エルクが軽く手を前に出しただけで風向きは変わり、突風はシエラに向かって襲い掛かってきた。

 思いがけない事態にシエラの行動が一瞬遅れてしまい。突風を完全に避ける事が出来なかったシエラは空中での制御が出来ずに、地面に向けて落下して来る。

 それでも翼を羽ばたかせて体勢を立て直そうとするシエラだが、突風が巻き起こした気流の乱れにより上手く飛べないまま地面に激突したかのように砂埃が一気に舞い上がる。

 その砂埃の中で昇はシエラに語りかける。

「シエラ、大丈夫?」

「ごめん、助かった。ありがとう、昇」

 よかった、どうにか間に合って。

 シエラが地面に直撃する寸前、昇はシエラの落下地点に一気に駆け出して、なんとかシエラを受け止める事に成功したようだ。その代わりにシエラを受け止めた衝撃で辺りの砂が一気に舞い上がり、砂埃となって今は二人の身を隠している。

「失敗した。あいつ私が起こした風を操って反撃してきた」

「でもシエラは風を使うことが多いから制御できるんじゃないの?」

「私は風の精霊じゃなくて翼の精霊。翼を使って風を巻き起こす事は出来るけど、その後の制御は風の精霊じゃないと無理。後は風の属性を持ってない限り、私が巻き起こした風は全部あいつに制御される」

 つまりエルクはシエラが作り出した風を操ったというワケか。でも、僕達の中に風の属性を持ってるのは……あっ!

 何かを思い付いたのだろう、昇は未だにお姫様抱っこをしているシエラに顔を向ける。

「確か風を使った攻撃で切り裂けるやつもあったよね?」

「無い」

「……あれっ?」

 呆れた視線を送ってくるシエラから目線を外しながら、昇は大事な事を思い出した。

 そうか、シエラは翼で風を巻き起こす事が出来るけど、それを自在に操る事が出来ないんだ。……というか、それをやってたのって閃華だっけ?

 確かに閃華は水の精霊、それぐらいの事は出来るだろうがシエラは翼の精霊。本質は翼を使った空中戦とハイスピードの戦いであり、風を使った攻撃はあくまでも補助に過ぎない。

 そのことに気付いた昇は顔を背けながらシエラを地面に降ろした。それから辺りの砂煙が薄くなってきたことに気付き、あまり時間が無い事を悟る。

 まあ、いいや。たぶんこれでエルクの意表を付けるはずだ。それに僕の思っているとおりなら

 何か確信を得たのだろう。真剣な顔付きに戻ると再びシエラに振り返る。

「シエラ、さっきのやつもう一回やって」

「でも、また操られる」

「試したいことがあるんだ」

「分った」

 昇の言葉にすんなりと承諾するシエラ、それだけ昇を信頼しているという事だろう。

 砂煙が更に薄くなり、昇達からもエルクの姿を捉えられるようになると、シエラは再びウイングクレイモアの翼を羽ばたかせて風を一点に集中させる。

 それを見たエルクは軽くあざ笑う。

「おやおや、先程の行動から何も学習してないようですね。これだから人間という実験体は」

「それはどうかな」

 エルクの言葉を遮り、昇は自信に満ちた目を向ける。

 その目がよほど気に入らなかったのだろう。エルクは初めて笑みを崩して静かな眼差しを向けると右手を一気に上げて昇達の前に砂の防壁を形成する。更に砂の防壁から一塊になった砂が昇達に向かって撃ち出される。

 後方に飛び退く昇とシエラ、さすがに防壁で自分の視界を塞いでるためか、エルクがそれ以上の追撃を掛けてくることは無かった。

「シエラ!」

 全ての攻撃を避けきった昇はシエラに合図を出し、先程集めた風を砂の防壁に向かって一気に解き放つのと同時に昇も銃口を向ける。

 一陣の風が一塊の突風となり防壁に大穴を空けて突き進む。先程のように上空からの攻撃ではないためエルクを捉えることが出来ず、シエラが放った突風の先にはエルクがいなかった。

「ごめん、捉えられなかった」

「いや、それでいいんだ」

 昇も防壁を前にして正確にエルクを捉えられるとは思っていなかったようだ。だが、突風で貫かれた砂の防壁は衝撃により、すでに元の地面へと崩れ落ちている。そのため、今なら昇の位置からでもエルクを捉える事が出来る。

 引き金を引き絞り、銃口から発射される力。それはエルクに向かっていくとシエラも思っていたが、昇が放った力はエルクへは向かず、シエラが放った突風の中へと消えていった。

 よし、後は集中して。

 突風はすでにエルクを通り過ぎていたが、昇が精神を集中させると突風は急旋回してエルクへと突き進む。

「ッ!」

 さすがにこれには驚きを隠せないエルク、手を突き出して向かってくる突風を制御しようとするがまったく受け付けない。

「これは!」

 制御できない突風の意味に気が付いたのだろう、エルクは驚きの表情を浮かべる。だがその間にも昇は精神を集中させると、突風は風の刃へと姿を変えてエルクに向かって襲い掛かる。

 後ろに飛び退いて風刃を避けきるエルク。だが全ての風刃がエルクが居た場所に固まると渦を巻き、再びエルクに向かって風刃を放ってきた。

「くっ」

 エルクも下に手を向けると再び砂の柱を作り上空へと退避する。そして砂の柱を切りつける風刃。だが元は砂だ。そのためすぐに復元してしまった。

 だが昇の意識は未だに風刃と繋がっている。風刃は急角度に方向を変えるとエルクに向かって再び飛び放たれる。

 それに対してエルクも再び砂の防壁を築くが、所詮は砂のため易々と風刃に突破されてしまう。だがエルクは更に海の水を操っていた。どうやら砂の防壁はこれを隠すための物だったらしい。

 水を迫ってくる風刃同様に高速回転させて水刃に変えると、昇が操っている風刃にぶつけて全て相殺した。

 今だ!

 風刃を全て潰して一息つくエルクだが、その意識は全て昇に向いていたため、もう一人の存在に気付いた時には遅かった。

 突如エルクの背後に現れるシエラ。すでにウイングクレイモアを大きく振りかぶっている。

「フルブースト」

 更に翼が歪むほどの加速をつけるとウイングクレイモアを一気に振り放つ。完全に隙を付いたうえにハイスピードで破壊力を上げた攻撃だ。そう簡単に防げるものではない。

 だがエルクは風を操作して右腕に一気に集めると、エルクの右腕は竜巻よりも早い回転をしている風の篭手を作り出してウイングクレイモアを防いだ。

 渦巻く風の回転により、フルブースト状態で振り出したウイングクレイモアはその方向を激しく乱される。よってシエラが振り出したウイングクレイモアはその刃先を激しく揺さぶれれて、勢いを完全に殺されてしまった。

 更に風の回転を早めるエルク、そうされてしまうとシエラは弾き飛ばされないようにウイングクレイモアを力づくで押さえつけるしかない。そうしないと風の回転に負けて、いつ吹き飛ばされるか分ったものではないからだ。

「……ダメ」

 それでもシエラの力だけで踏み止まる事は不可能だと感じ取ったのだろう。シエラはウイングクレイモアの翼を大きく広げると、一回だけ大きく羽ばたかせる。

 そうする事で更に風を巻き起こし、エルクが腕に巻いている風の回転を抑える。回転が弱まった事により、ウイングクレイモアを弾き飛ばそうとしていた威力も弱まり、シエラは多少吹き飛ばされながらもエルクから離れる事が出来た。

 空中で体勢を立て直すシエラ、そんなシエラに向かってエルクはナイフを取り出すが、その前に昇が放った弾丸がエルクの右腕を目指して飛んできた。

 先程のように風の回転を利用した篭手を使えば昇の攻撃も簡単に弾き飛ばせそうだが、エルクはそうせずに今まで操っていた風を一気に解放してナイフで昇の弾丸を全て撃ち落した。

 気付かれた。まあ、こんな手がいつまでも続く相手じゃないとは思っていたけど。

 次の手を考える昇に一旦距離を取ったシエラ、そして再びナイフを取り出すエルクと事態は一旦膠着こうちゃく状態に入った。

 そしてエルクは柱の頂上から昇を見下ろすと、その顔は再び好奇心を異様に帯びた笑みに代わる。

「なるほど、エレメンタルアップのような特殊型は属性が無い物が多いと聞いてましたが、やはりそうみたいですね」

 更に不気味なほどの笑みを昇に向けてくるエルク。昇はエルクの笑みに飲まれないように無言で睨み付ける。

「属性が無いという事を逆に言えば全ての属性に適する事が出来る。先程のようにただの風に風の属性を加えて、私の操の属性を無効化したというわけですか。確かに、操の属性は操る物によっては本来の属性を持つ力には効きませんからね」

「やっぱりね、そうじゃないかと思ったよ」

 無理に余裕の笑みを浮かべてみせる昇。

 そうする事で操の属性を完全に理解して反撃の手段があるとプレッシャーを掛けたいのだろうが、その程度で崩れる相手でもないことは昇にも分かっているが、やならいよりはやったほうが昇にも余裕が生まれる。

 それに昇が操の属性を理解したことは確かだ。だからこそ、先程のように優位に事を進められた。全てはエルクの言ったとおり、昇のエレメンタルアップが属性を持っていないことが昇達を一時的に優位に立たせた。

 放出型や強化型の能力と違って特殊型は属性に規制に縛られる事は無い。それは特殊型の力が属性を必要としていないからだ。

 昇のエレメンタルアップを見ても、その能力は自らの力を精霊に送って無理矢理レベルアップさせているだけ、地球上にある全ての属性とはまったく関係ない力だ。故に属性を持たない。

 そしてこれもエルクが言ったとおり、属性を持たない故に後付で属性を自由に得る事が出来る。つまり特殊型は本人の努力次第で幾つもの属性を身に付けることが出来る。まあ、今の昇はせいぜい数個の属性しか持っていないが、それでも使い方によっては優位に立てる。

 先程の攻撃がその証拠だ。シエラが放った突風に昇の弾丸が風の属性を付けて、突風を完全に昇の制御下に置いてしまう。そうする事で操の属性を受け付けないようにした。だからエルクが向かって来る突風を操る事が出来なかった。

 操の属性が精霊や契約者の属性を帯びてない物しか操れないと理解したからこそ出来た事だ。だがそれは昇の力も同じで、操の属性も後付で身に付けた属性も本来の属性には敵わない。

 操の属性は元々属性の及んでいない物を操るだけで、後付で身に付けた属性も本人の努力次第で昇華できるが、やはり本来の属性を持っている者には及ばない。

 それでも、幾つもの属性を持てるということは状況に応じて優位に立てる。

 それに今回の場合はエルクよりも属性を撃ち込むか、エルクが操っている操の属性に打ち勝てば完全に操の属性を無効化できる。

 つまり、操の属性を無効化できる手段を持っている以上、昇達は有利なのだが、それでもエルクは不気味なほどの笑みを向けると、ナイフを持っている腕を振るい、エルクの手から離れたナイフは飛ぶ事無くその場に浮いて漂っている。

「あなたが操の属性を理解した以上、おおっぴらに操の属性は使えませんからね。ですが、私の精霊武具であるこのニュウマスナイフ<多数のナイフ>は乗っ取る事は出来ませんよ」

 エルクは更に手を大きく横に振ると、更に多くのナイフが現れ、先程のナイフと同じように宙を漂い。エルクが手を振るたびにその数はどんどん増していく。

「では、行きますよ」

 エルクが大きく手を縦に切ると、今まで宙を漂っていたナイフが一斉に昇とシエラに向かって飛び出して行った。

 って! あんな数のナイフを一辺に操れるの!

 昇に向かってくるナイフは数本ではなく、数え切れないぐらいの数十本だ。それだけの数のナイフが昇とシエラに向かって一斉に飛んでくる。

「くっ」

 試しにありったけの弾丸をナイフの群れに撃ち込む昇だが、撃ち落せたナイフは一個も無い。全て昇の弾丸をナイフの群れは避けきってしまった。

 嘘! あれだけの数を全て制御してる!

 しかたなく、後方へ大きく跳ぶ昇。だがナイフの群れも地面に激突する寸前にその動きを止めると昇のいる方向へ刃先を向けて再び飛び出した。

 こうなったら一か八かやるしかない!

 銃口を地面に向ける昇。一気に引き金を引き絞り、砂浜に向かって思いっきり力を込めた弾丸を発射すると、砂浜の砂は一気に舞い上がり、昇の姿を隠した。

 だがナイフの群れはそんな事を気にする事無く砂煙の中に一気に飛び込んでいった。



 一方のシエラもナイフの群れに追われていた。

 ウイングクレイモアのスピードで何度も急旋回しているが、それでもしつこくナイフの群れは飛んでいるシエラに向かってくる。

 さっき、昇の攻撃を全て避けて見せた。そうすると、飛んでるナイフを撃ち落すのは無理。下手にこちらからの攻撃で撃ち落そうとすれば、こっちがやられる。……なら、全て叩き落すしかないか。

 再び急旋回するシエラ。ナイフの群れもシエラがいたところを通過すると、その動きを止めて刃先をシエラに向けて再び飛び出す。

 だがシエラのスピードは並みじゃない。ナイフの群れが一瞬だけ動きを止めた隙にかなりの距離を稼いだ。

 その間にシエラは急停止すると、ナイフの群れに振り返り、ウイングクレイモアを右下後方へと構える。

「フルブースト!」

 翼は羽ばたく事無く、その姿を歪めながらシエラに最大限の加速を加えるが、それでもシエラは加速を押さえ込み、その場に留まっている。

 そして自分に向かってくるナイフの群れを確認すると、溜め込んだ加速を一気に解き放ち、ナイフの群れに向かって急発進する。

 さすがに今まで加速を押さえ込んでいたためか、そのスピードは初動から最速となり、ナイフの群れを一気に通り過ぎる。

 さすがにここまでのスピードには追いつけないようだ。よってシエラがナイフの群れを通り越して止まるまで、ナイフの群れは先程までシエラが居た場所に向かって突き進んだままで、シエラが動きを止めるとやっとナイフの群れも動きを止めて再びシエラに刃先を向ける。

 だがどうしたことか、今度はシエラに向かって飛んでこない。その代わりにエルクが口を開いた。

「なるほど、確かにそのスピードなら私の目でも追いきれない。だから一直線に向かってくるナイフを叩き落す事が可能ですね」

 ……こいつ、たった一回でこっちの意図に気が付いた。

 さすがに苦い顔になるシエラ。もう少しこの方法でナイフの数を減らす事が出来ると思っていたが、そうも行かないようだ。

 先程シエラはハイスピードでナイフの群れを通過する時、完全に群れの横に出て当たらない位置を取り、更にナイフの群れの先頭からウイングクレイモアを差し入れる。そうすれば、ナイフの群れを通過する時に勝手にウイングクレイモアに叩き落されるという手段を取っていた。

 更にナイフを操っているのエルクでも捉えきれないスピードならウイングクレイモアを避ける事は不可能。よって、先程の攻撃でかなりの数を落としたのだが、それでもナイフの群れには、まだ数え切れないぐらいのナイフが存在していた。

 せめてもう少し落とせれば楽になったのに。

 だがそれはさせてもらえそうに無い。先程まで群れで固まっていたナイフは一気に散らばり、シエラを半包囲する。前方の上下左右に展開されるナイフ達、こうなってしまってはどこから攻撃がくるか予想が出来ない。

「あなたのスピードは確かにやっかいですね。ですが、これでそのスピードは役に立たない。さあ、どうしますか」

 まるで今の状況を楽しむかのように語りかけてくるエルク。シエラもウイングクレイモアを構えて一応備えるが、この状況を打破する手が思いつかない。

 一旦退く……ダメ、それでもあいつはもうナイフをひとまとめにすることは無い。それにこちらのスピード対策として、まったく動かさないナイフを取っておくつもりだ。だから私の後ろを空けている。私が退いた途端に予備を残して一気にナイフが迫ってくる。

 だが無理に突っ込んだとしても、シエラにはナイフを避けきる自信は無い。なにしろ前方には全方位にナイフが展開されているのだから、避ける隙間が無い。

 よって、シエラが動けないまま膠着状態に入ろうとしていた時だった。突如、先程昇が巻き起こした砂煙の中から巨大な力が海の方向へ向かって撃ち出された。



 ナイフの動きが止まってる。やっぱり思ったとおりだ。このナイフはエルクが見える範囲でしか制御できない。だからこうやって隠れていればナイフは僕に向かってこないんだ。

 砂煙の中で微かに見えるナイフの群れはその動きを完全に停止していた。どうやら昇は賭けに勝ったようだ。

 砂煙の中でナイフが縦横無尽に暴れまわる可能性はあったけど、現在ではナイフの群れが完全に停止している。どうやら砂煙が晴れてから昇に攻撃を加えても間に合うと思っているのだろう。

 だが昇の目的はナイフの動きを完全に停止させる事だ。

 後は……一気に吹き飛ばせばいいだけ!

 群れの刃先に立った昇は二つの銃口を並べてナイフの群れに向けて一気に力を溜める。銃口の先に光の球が生まれると、二つの銃口から力を注ぎこまれて光球は更に力強く光、辺りの砂煙に反射して砂煙の内部は更に輝きを増していく。

 そして二丁拳銃が作り出した光球が力を溜めきった時、昇は引き金を一気に引き絞る。

「ツインフォースブレイカー」

 光球から解き放たれる力は、光球の数倍以上大きく。その力がレーザーとなりナイフの群れに向かって一直線に突き進む。

 一度解き放たれたツインフォースブレイカーは全ての物を飲み込み、その光の中に消していった。その衝撃で砂煙も一気に弾き飛ばされて視界が一気に良くなる。

 昇が放った力はナイフの群れを飲み込んだ後、海に出て精界の端にぶつかり大きな爆発を引き起こした。

 よし、これで迫ってきたナイフは全部消滅させた。後は!

 未だに光球が残っている銃口を今度はシエラに向ける。

「シエラ!」

 その場から叫ぶ昇、シエラも頷くだけだ。そして新たに光球に力を注ぎこむと、再び光球は強い光を放ち、力強さを増していく。

「ツインフォースブレイカー!」

 引き金を引き絞り、第二射を行う昇。先程より密度は薄いが、その分だけ大きくなっているツインフォースブレイカーがシエラに向かって一直線に突き進む。だがシエラはその場から動こうとはしない。いや、もし動いてしまえば囲んでいるナイフが一斉にシエラに襲い掛かってくるだろう。

 そんな中で攻撃を終えた昇はもう一度シエラから伸びてくる赤い紐を掴む。

 いっけーっ!

 掴んだ紐に一気に力を注ぎこむ昇。その間にも昇が放ったツインフォースブレイカーがシエラに迫り、そしてシエラを囲むナイフを全て巻き込み更に突き進む。

 全てを光の中に消しながら精界の端まで到達したツインフォースブレイカーが大爆発を起こすと、エルクは柱の上から狂気に満ちた目で笑い、そして語りかける。

「まさか仲間ごと吹き飛ばすとはね。だから人間という実験体は面白い。こうでなくては人間としての本性を研究できないですからね」

 だが昇もそんなエルクに向かって笑みを向けながら話しかける。

「僕がそういう事をすると思ってるの?」

「ええ、人間というのはそういう生き物でしょ」

「へぇ〜、じゃあ、今すぐその考えを変えたほうがいいよ」

「なにをいっ、ッ!」

 エルクが感じて振り向いた時にはすでにシエラのウイングクレイモアが迫っていた。とっさに砂の柱から飛び降りるエルク。

 だがシエラが切落きりおとし、頭上から一直線に振り下ろしたウイングクレイモアはエルクを捉える事は出来なかったが、その衝撃は凄まじく、砂の柱を一刀両断してしまった。

 地面に降り立つエルクに銃口を向ける昇。さすがのエルクも再び苦い顔になる。

「……そうか、エレメンタルアップか」

「当たり、ツインフォースブレイカーを撃った後にシエラに思いっきりエレメンタルアップを掛けた。シエラのスピードなら眼前に迫ったツインフォースブレイカーを避ける事が出来るからね」

「なるほど、そういうことですか。ですが、それだけの力を一気に使ったのですから、あなたも相当疲れてるのでは」

「……」

 くっ、読まれてたか。

 確かに昇は疲労の色を表には出していないが、大量に吹き出した汗が昇の力が一気に消費された事を物語っている。

 ははっ、さすがにこんな状態だとバレて当然か。でも、僕だっていつも鍛えてる訳じゃない。これぐらいなら少し休めば回復するけど、なんとかそれまで時間稼ぎしないと。

 シエラのエレメンタルアップをかなり抑えると、昇はなんとか回復する時間を稼ぐためにエルクに語りかける。

「上にはシエラがいるし、この距離なら僕は絶対に外さない。もう終わりだね、観念してもらうよ。それとも、何か隠してる手でもあるの?」

「おやっ、よく分りましたね」

 えっ、嘘、当たっちゃった!。

 時間稼ぎの当てずっぽで言ったのに、それが見事に的を射てるとは昇は思いもしなかったが、エルクはそんな昇の心情を分かるわけではない。隠している手が知られた以上はもったい付ける理由が無い。

 そのため、エルクは余裕の笑みを浮かべると手を前に出す。とっさに引き金を引こうとする昇だが、何かが昇の両手を切り裂いた。

 えっ? なにが……。

 痛みよりも疑問が先に頭を過ぎる昇。そして両手をやられたことにより、昇は二丁拳銃を落としてしまう。

 更に追い討ちとばかりに何かを操るように手を動かすエルク。とっさにシエラも上空から一気に舞い降りてエルクの背後から斬りかかるが、突如シエラの下から砂が噴火のように吹き出してシエラを空中へ無理矢理戻す。

 そしてエルクが更に手を振ると、今度は昇の太ももが切り裂かれて、血を吹き出しながら昇は立っている事が出来ずに膝を付く。

 つつぅ、一体何が起こってるんだ。

 砂浜に手を付き、なんとか倒れるのを防ぎながら昇は顔を上げる事無く、先程起こった事を考えるが、一向に何が起こったのかは分らない。

 何だ。僕は一体……なにで攻撃されたんだ!

 必至に考える昇を目の前にエルクは笑みを向けながら、上機嫌で語りかけてきた。

「あははっ、どうやら操の属性を相当甘く見ていたようですね。これこそが、操の属性が持つ本質であり、恐ろしさなんですよ」

 操の属性が持つ……本質?

 エルク言い放った言葉の意味が分らないまま、エルクの手が動くのを見た昇は、とっさに二丁拳銃を拾うと砂浜に向かって乱射する。

 一気に砂煙が巻き起こり、その中に昇の姿を隠すが、エルクが手を下に振ると砂煙は元の砂浜へと一気に舞い降りて、昇の姿は丸見えとなる。

 くっ、なら!

 痛む手で銃口をエルクに向けると狙いを定める事もせずに乱射するが、放った弾丸は全て何かに叩き落されてしまった。

「無駄ですよ、そんな事をしても」

「くっ、どうしていきなり」

 昇の言葉にエルクは意地の悪い笑みを向けると嬉々として答える。

「おや、まさか今まで私が本気で戦っていたと思っているのですか」

「なっ!」

 さすがにこの言葉には驚く昇。

 それじゃあ、今までエルクは本気で戦っていなかったの。僕達は全力を出してたのに。

 驚愕の表情を浮かべる昇をエルクは待っていたかのようにあざ笑う。

「いいですね、その表情。やはり実験体が絶望を感じている表情が一番心地よい」

 ……絶望だって、違う! こんな所で終わってたまるか!

 よろけながらも立ち上がる昇は銃口をエルクに向けると思いっきり睨み付ける。そんな昇にエルクは不思議そうに語りかけてきた。

「おや、もう諦めたのかと思いましたけど。どうやら、まだ力の差という物が分ってないみたいですね」

「そうだね、僕だけの力だと勝てないかもしれない。けど!」

 僕は一人じゃない。それにこの程度の威力なら行ける! シエラ!

 上空にいるシエラに目線を送ると、再び手にした赤い紐に一気に力を送る。

 更に引き金を引き絞り銃弾を乱射する昇。だが、先程とは違い、全てエルクを狙って発射している。だが、その発射した弾丸の全てをエルクに届く事無く、全て何かに叩き落されてしまった。

「これだけやっても分からないのですか、全てが無駄だと」

「……どうかな」

 その昇の言葉が言い終わるのと同時にエルクの背後にシエラが姿を現す。

「バカな、あの距離を一瞬で!」

「今の私なら簡単」

 そして振られるウイングクレイモア。だがウイングクレイモアがエルクに届く直前に、またしても何かがシエラを切り裂き、軽装のシエラは武装が無い部分から血が吹き出す。

 だがそれでもシエラはウイングクレイモアを一気に振りぬいた。だがダメージを負った分、キレがなくエルクは簡単に避けられてしまった。

「そんな簡単な連携がいつまでも通用すると思ってるのですか」

「じゃあ、こういうのはどう」

 とっさにエルクの後ろから響く昇の声。すぐに振り向くエルク、だが昇の姿はどこにも無い。

「下だよ」

 その声に目線を下げるエルク、だがその時には全て遅かった。

 二丁拳銃からダガーモードへと変えた昇の武器が、エルクの体を左右の切り上げから一閃の元に切り裂く。

 エルクの返り血を浴びながら昇は再び二丁拳銃に戻すと、銃口をエルクの体に押し当てる。

「この距離なら絶対に外さないよね」

「なめるな!」

 エルクも何かをしようと手を動かすが、その前に昇が一気に引き金を引き絞り、解き放たれた力はエルクに当たるのと同時に爆発を引き起こして昇とエルクを吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた昇を受け止めるシエラ。一方のエルクは爆煙によりまだ姿は確認できないけが、先程の攻撃でかなりダメージを与えたはずなのは確かだ。

 だが昇は吹き飛ばされただけだから、たいしたダメージは負っていない。そんな昇をシエラは静かに地面へと下ろす。

「倒したかな?」

「たぶんダメ、この程度で倒せる相手じゃない」

「あははっ、やっぱり」

 それはエルクと一番戦った昇がよく分かっている。だけど、これほどの傷を負った以上はこれで倒れて欲しいのもよく分かる。

「それにしても、あの見えない攻撃はなんだったのかな?」

「たぶん、暗器」

「あんき?」

 聞きなれない言葉に昇はそのままの言葉を返して、シエラは頷いてみせる。

「簡単に言うと隠してる武器の事。それを操の属性を使って死角から攻撃してきたんだと思う。けど、隠している分、武器は小さくて威力もそんなに大きくは無い」

「だからダメージ的にはそんなに大きくなかったんだ」

 それを感じ取ったからこそ、昇は賭けとも言える先程の攻撃に出た。威力が小さければエレメンタルアップを掛けているシエラなら、攻撃を受けてもそのまま止まる事無く攻撃を続けられる。更にダメ押しが、何度も繰り返した連携と昇の近距離攻撃。今までシエラは必ず背後を取り、昇も二丁拳銃しか使わなかった。

 だから、シエラが背後をとっても昇の弾丸なら防げると思ったエルクの不意を付く事が出来た。

「やっぱり、奥の手は最後まで取っておく物だね」

「……」

「シエラ?」

 急に黙り込んだシエラの意図を察すると、昇もシエラが向いている方向へと振り返る。そこには爆煙がすっかり消えており、未だに血を垂らしながらこちらにゆっくりと歩いてくるエルクの姿があった。

「どうやら奥の手はあっちにもあったみたい」

「そうみたいだね。それで、どうしようか?」

「練習中のアレ、使ってみる?」

「……いまいち自信が無いけど、もうここまで来たらしょうがないか」

 ゆっくりこちらに歩いてくるエルクを見ても、時間を稼ぎたいのだろうと判断した昇は二丁拳銃のイメージを変える

「ツインブレイド」

 昇がその言葉を発した途端、二丁拳銃のグリップに布が巻かれてそのまま刀の柄へと姿を変えて、銃口も柄のかなに消えると柄の端から細いて短い刀が飛び出すと、それが中心となり、光の刀へと姿を変える。

 長さはそんなに無いが、小柄な昇が扱うには丁度良い長さなのだろう。

 そのツインブレイドとウイングクレイモアを構える昇とシエラ。

 だがエルクは声が届くぐらいの距離達するとそこで止まって語りかけてきた。

「まさか、私にここまでの傷を負わせるとは、少し遊びすぎたようだね。それにその武器、どうやら接近戦も出来るなんて、すっかり騙されてたよ」

「こっちも、まさかあんな攻撃をしてくるとは思ってなかったよ」

 昇の言葉にエルクは軽く驚きの表情を浮かべた後、すぐに理解して笑い出す。そのことにさすがの昇も攻撃態勢に入った。どうやらさすがの昇もここまで笑われると頭に来るらしい。

 そんな昇をシエラが制するとエルクは軽く手を差し出した。そのことに身構える昇とシエラ。だがエルクはそんな二人をあざ笑う。

「あははっ、大丈夫だよ。なにも攻撃をしようというわけじゃない。先程の攻撃が理解できないみたいだから教えてあげてるんだよ」

「何を訳の分ら」

「そうか!」

 昇の言葉を遮り、シエラはその正体を掴んだようだ。

「そう、これは一番最初に見せたものだよ」

 その言葉にシエラは悔しそうに歯を噛み締める。そして昇もエルクの言葉に先程の正体が分ったようだ。

「糸!」

「そう、これがあなたの攻撃を防ぎ、その体に傷を負わせた正体だよ」

「うかつだった。最初に大きな物を操ってたから、小さな物まで気が向かなかった」

「それが私の狙いだったからね。元々、操の属性は小さいものを操って死角からの攻撃を得意としている。まあ、やり方によっては暗殺にも使われるけどね」

 つまり最初に砂浜の砂を大規模に使った攻撃は全てこの糸を使った攻撃に気付かせないための罠だった。

 その事を理解した昇もシエラと同じように悔しそうな顔になる。その二人の表情を見て、エルクはこのうえなく楽しそうに次の言葉を投げかける。

「だが、最後の攻撃は良かったよ。こちらの攻撃力が小さい事を理解しての特攻と近距離の武器を隠してた事。私的には及第点だけどね」

 及第点? 一体何を?

 昇が問いかける前にシエラが先に口を開いた。

「武器の正体を教えるのといい、こちらの戦力分析結果を伝えるのといい、さっきからあなたは何が言いたいの」

 そのシエラの言葉にエルクは顔半分を手で押さえながら笑いをこらえる。

「あははっ、最初に言っただろう。契約者の実験体は貴重なんだ。そのうえエレメンタルアップというレアスキルまで持っている実験体はこれまでに遭遇した事が無い。だからこそ、今の時点で壊してしまうのは勿体無いんだよ」

 こいつ、最後まで僕を実験体扱いか!

 エルクの言葉に内なる感情を抑えながら、昇は攻撃に入ろうとする。先程の攻撃がなんなのか分れば手の打ちようがある。

 だが昇が攻撃に入る前にエルクは背を向けた。そしてそのまま歩き出す。

「どこに行く!」

 昇の叫び声にエルクは立ち止まると顔だけを振り向かせる。

「言っただろ。君は貴重で今の時点で壊してしまうのは勿体無いんだ。だから今回はこれでお終い。貴重なデータも取れたしね、充分すぎる成果だ。それに、もうこの土地には面白そうな実験体はいないからね。別のところに行く事にするよ」

「僕たちがみすみす見逃すと思うのか」

「出来るのかい。君たちが私を捕らえることが」

「これ以上、お前の被害者を出すわけには行かない。だから今ここで倒す」

 一気に飛び出す昇。そしてこのまま一直線にエルクへと向かっていく……はずだった。突如、地面に倒れる昇。その背中には小さな矢が何本も刺さっていた。

「くっ、なにが?」

 背中に痛みを感じながらも昇は顔だけを上げる。そんな昇をエルクはあざ笑う。

「まさか、私の武器がこの糸だけだと思っていたのかい。操の属性は暗器を得意としている。これだけでなく、幾つもの武器を私は隠し持っているのだよ」

「昇!」

 駆け寄ったシエラが昇の背に刺さっている矢を全て引き抜く。攻撃力が小さいとはいえ、これだけの数を喰らってしまっては今の昇に立ち上がるだけの力は無い。

「では、私は失礼するよ。これからも健やかに成長してくれエレメンタルアップの少年。再開の時にはじっくりと解体してあげるから」

 狂気の目を昇に向けるとエルクは再び背を向けて歩き出し、そして突如にしてその姿を消した。

「与凪!」

 エルクが姿を消した事で、すぐに与凪を呼び出すシエラ。

 すぐに与凪が映し出されたモニターが昇達の前に現れるが、与凪はキーボードを一心不乱に操作している。

「追跡できる」

「今やってます! でも……なんとか」

「そう、じゃあ皆を呼び戻してなんとか再戦」

「ああっ!」

 シエラの言葉を遮り、与凪が驚きの声を上げる。

「どうしたの?」

 シエラが問いかけるが、与凪は未だに信じられないという顔をしている。

「……エルクの反応が……精界の外に」

「えっ」

「嘘!」

「間違いないです! ああっ、ダメ、完全に……逃げられた」

 うな垂れる与凪。その行動が信じられないのだろう。本来精界は内部からの破壊は限りなく困難であり、たった一人の精霊がどうにかできる物ではない。

 だがシエラにはどうやってエルクが外に出たのか分っているようだ。

「操の属性、思っていたよりやっかいみたい」

「えっ、シエラさん、それってどういう意味ですか?」

「たぶん、エルクは精界の外にある物も操れるんだ。だからそれを使って外から精界を破った。そう考えればエルクを逃がした原因が分る」

 なるほど、確かに。エルクがどんな物でも操れるなら海の水を操って水刃として精界を切り裂く事も可能だ。それにしても……くっ、まさかこんなにも強いなんて。

 未だに背中が痛むのだが、それ以上に昇は胸の内が痛かった。

 あれほどエルクを止めないと決めてやってきたのに、結果としては見逃してもらったのと同じじゃないか。僕は……完全に負けた。

 あれほど心に決めた事を失敗したのだから、昇の悔しさは半端ではないだろう。それを現すかのように、未だに地面に伏せっている昇は砂を強く握り絞める。

「昇……」

 そんな昇を心配するシエラだが、昇には先程の戦闘がよほど応えているようだ。

「……シエラ」

「どうしたの」

「あいつ……戦闘中はいつも笑ってたよね」

「そう……みたいだったけど」

「それって、僕達が完全に遊ばれてた……ってことなのかな」

「……」

 答えることが出来ないシエラ。それはシエラも感じていた事だから。

 先程の戦闘でエルクはほとんど笑っていた。どれだけ昇達の攻撃を受けようとも笑い続けていた。それは昇達が敵としてなりえないと感じ取っていたからだろう。

 つまり、エルクにとって昇達は最初から敵として見るに値しない相手だったということだ。

 そのことが理解できたからこそ、昇の悔しさは一層増して行く。

 あれだけエルクを倒そうと思ってここまできたのに、僕は……エルクの敵にすらなれなかった。それじゃあエルクの言うとおり実験体じゃないか。……僕は、そこまで弱かったんだ。

 最後に決定的な差を見せ付けられたものだから昇が落ち込むのも分からなくは無い。だが、今の昇にはこれが限界と言うのも確かな事だった。



 それから数分後、昇は与凪の治療を受けていると閃華達が合流する。閃華達の話では突然機動ガーディアンが全て戻されたようだ。どうやらエルクの撤退と共に機動ガーディアンも戻したらしい。それからシエラがエルクとの戦闘を閃華達に話している間に、昇は与凪の力で傷を癒していく。

 モニター越しとはいえこれぐらいの事は出来るようだ。そして全て話し終えたシエラは一息つくと、閃華が昇の元へやって来た。その頃には昇の傷も回復して、砂浜に座っていた。

「昇」

「……なに?」

「悔しいか」

「当たり前だろ!」

 珍しく声を荒げる昇。それほど悔しかったのだろう。初めて徹底的に負けた上に、その悔しさの根源は全て閃華と風鏡に繋がっているのだから。

 風鏡さんの前で、あれだけ大見得を切ったというのに。いざとなったらエルクを倒せないなんて、これじゃあ一体何のために風鏡さんに立ちはだかったのか分らないじゃあないか!

 それに閃華も、この戦いで決着を付けたかったのに。これだと僕は、ただ二人の邪魔をしただけじゃないか。それだけしかないと思ってたのに、こんな事しか出来なかったなんて!

 そんな自責の念が昇を襲っている中で、閃華は静かに昇の隣に座る。

「昇、皆同じなんじゃよ。私も風鏡殿も昇もな」

 さすがに首をかしげる昇。そんな昇に閃華は微笑みかける。

「皆、己の中にある物と戦い続けているという事じゃよ」

「自分の中?」

 立ち上がる閃華はエルクの精界が消えて、竜胆の精界が広がっているのだろう、赤く染まった世界の天を仰ぐ。

「昇、自分が望んだ未来を掴むというのは大変な事なんじゃよ。努力すれば、必死になれば必ず掴める物ではないからのう」

「……」

 確かに閃華の言うとおりかもしれない。望んで必死になって努力して、それでも掴めない物が多くある。……でも、それでも僕は。

 己の手を見て強く握り締める昇。それは誰もが望む事だろうけど、手にするのは極僅か、それが分っていても昇は掴む事を止めようとしないだろう。

 その先に自分で決めた未来と閃華と風鏡の想いがあるのなら、それを掴むために手を伸ばし続けなければいけない。

 それを感じ取った昇の中からは先程の悔しさは消えていた。

 これで終わりじゃない。まだ、終わりに出来ない。僕は……エルクの被害者をこれ以上出さないと決めた。それにエルクが存在している以上、風鏡さんの思いも止まらない。だからこそ、こんな所で立ち止まっちゃいけないんだ。

 立ち上がる昇は閃華と同様に天を仰ぎ、閃華は優しい眼差しを昇に送っている。

(さすがに立ち直りが早いのう。じゃが、それぐらいの覚悟が無ければ、これからはやっていけんからのう)

 それは昇の未来を見通しての閃華が送る眼差しなのだろう。だが、それをぶち壊す者がいる事を忘れてはいけない。

「昇、昇」

「ととっ、……ミリア、いい加減に後ろからいきなり抱きつくのをやめない」

「そんな事より、終わったならさっさと帰ろうよ。お腹空いた」

「ミリア、あれだけ夕食を食べてまだ食べるつもり」

 呆れた顔をしてミリアを昇から引っぺがす琴未がそんな事を言ってきたが、ミリアは不服そうに言い返す。

「だって、これだけ暴れたんだもん。お腹だって空くよ」

「精霊なら全力で戦っても数日は持つ」

「空いたものは空いたの!」

 シエラの言葉に思いっきり反論するミリア。だが最早反論にすらなってないミリアのワガママにさすがのシエラも頭を抱える。

 あははっ、なんか、いつもどおりになってきたな。

 先程までの戦闘で重くなっていた空気も一気にぶち壊され、いつもの雰囲気に戻って行く中で閃華は突如、何かを感じ取ると全員に向かって叫ぶ。

「いかん、皆、散るんじゃ!」

 突如叫ぶ閃華、その言葉に真っ先に反応したシエラは手近にいるミリアの手を取り空中へ。閃華も昇と琴未の手を取ると、その場から思いっきり飛び退く。

 そして昇が目にしたのは、今まで居た場所に炎が走っていく光景だった。







 ……えっと、とりあえずごめんなさい。いやね、よく見たら七月はほとんどエレメを上げてないんだよね。……エレメを楽しみにしていた方には本当にごめんなさい。

 さて、一応謝ったところで許しも出たと勝手に思い込みます。もちろん、意義は受け付けません。……だって、しょうがないじゃん。七月はいろいろとあったんだもん。さらに言うと八月もいろいろとありそうなんだもん。だから皆さん、覚悟して置いてくださいね。ちなみに、私はもう開き直りました。

 。・゜・(Д`(⊂(゜Д゜ つ⌒

 ぐふっ、ふっ、なかなかのものをもってるな。……まあ、そんな戯言は置いておいて今回は長くなったな。

 やっと本題に入ったところで、いやね、このエルク戦は一話で終わらせる予定だったから、まあ予定通りなんだけど。……気が付いたらもの凄いページ数に。まあ、紆余曲折でもあったと思ってください。

 そんな訳で、次回から純情不倶戴天編のラストバトルに入ります。……ようやく終わりが見えてきた。まあ、そんな訳で純情不倶戴天編も後数話で終わりそうです。……ということは、そろそろ次回のプロットも上げとかないとなんだよな。まあ、なんとかなるでしょ

 。・゜・(Д`(⊂(゜Д゜ つ⌒

 ぐはっ、ごめんなさい。なるべく全力をつくしますのでご容赦下さい。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想、そして投票と人気投票もお待ちしております。

 以上、つーか今回はマジで長くなりすぎたなと思ってる葵夢幻でした。

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