第七話 長い一日の終わり
「さーて昇、これはいったいどういうことなのかしら?」
「いたたたっ、ちょ、ちょっとま、いだあっ」
精界を解放して再び昇の母の彩香と落ち合った昇達。そして昇がミリアのことを説明したとたん。昇は彩香に関節技を決められているのだった。
「二股とはいい度胸じゃねえか、このドラ息子。いつからそんな女好きになったんだコノヤロー」
「だから、違うって言ってる、あだぁ」
「誰が口答えしていいと言った」
じゃあ、どうしろって言うんだ。
そんな昇の目に未だに不機嫌なシエラとオロオロとしているミリアが目に映る。昇はそんな二人に助けの眼差しを向けるが、シエラは何故かプイッと横を向き、ミリアは大きく頭を下げた。
……無理ですか、やっぱり。
「まったく、それにしてもシエラちゃんとミリアちゃんを同格に扱ってくれなんて、おのれは女をいったいなんだと思ってるんだ、コラッ」
「あだだだだっ! だから違うって、シエラと同じでミリアも行くところが無いから、ウチで面倒を見てくれって言っただけだろ」
「要するに正妻と愛人を同じ家に囲うってことだろ!」
「違うー! 正妻とか愛人とかそんな関係じゃないから」
「じゃあいったいどういう関係なんだ、コラッ」
「うっ、そ、それは……」
黙りこむ昇を見て彩香は大きく溜息を付いた後、昇を解放した。
「あたたっ、か、母さん?」
そして彩香は昇を通り越してシエラとミリアの前に立つ。先程までの光景を目にしていたミリアはオドオドするものの、彩香は優しい目つきで二人に問いかけた。
「私にはよく事情が分からないけど、二人はそれでいいの?」
「はっ、はい。問題ありません!」
元気よく答えるミリアに対して、シエラは未だに不機嫌な顔でそっぽを向いていた。
「シエラちゃんは?」
「……釈然としない部分もありますが、認めざる得ません。それが私達に課せられた義務のような物です」
「シエラ!」
大胆すぎるシエラの発言に昇は思わず叫ぶだが、シエラと彩香から睨み返されてしまった。しかも二人とも黒いオーラは発しているように昇には見えて、結局そのまま黙り込む。
「う〜ん、よく分からないだけど?」
「つまり私個人としては昇を独占できないということです。ですが私達が目指す物、それを手に入れるためには多くの支持者が居ることもまた事実なのです」
「今後も増えるって事?」
「まあ、そうなるかもしれませんが、これ以上お義母様に迷惑をかけるのも気が引けるので、今後は気をつけたいと思ってます」
「……そう、それであなた達が目指すものっていったい何なの」
三人は一斉に口を閉じてそのまま沈黙。
「そう、未だに私には言えないってことなのね……まあ、それもいいでしょう」
「母さん!」
「それに、もう見捨てる事も出来ないし、ウチで面倒見ましょう。もう必要なお金はミリアちゃんからも預かったからね」
「ありがとう、かあ、げふっ」
何故か昇の顔を思いっきりグーで殴る彩香。昇は鼻血でも出たんじゃないかと思ったけれど大丈夫なようだ。
というか、なんで僕が殴られるの?
「昇、私は別に昇のためにシエラちゃんやミリアちゃんをウチに置いてあげるって言ってるんじゃないの。こんな息子でも一応自分の子、だからその責任を全うさせるためにウチに置いてあげるって言ったの、わかった」
なんか凄く釈然としない部分があるんですけど。
「の〜ぼ〜る〜、分かった!」
「はい! 分かりました!」
「うん、よろしい」
しかたなく敬礼をして昇は元気よく返事をする。
そんな昇の横を通りすぎてミリアが彩香の前に出た。
「あの、これからいろいろとご迷惑をかけると思いますけど、よろしくお願いします」
そして大きく頭を下げるミリア。彩香はそんなミリアを優しい目で見つめると下げた頭を優しく撫でる。
「大丈夫よ。さすがにさっきは驚いたけど、ここまで聞かされたら迷惑だなんて言わないわ。だからミリアちゃんはそんなに気にしなくてもいいわよ」
「あっ、はい、ありがとうございます」
「でも!」
「はっ、はい!」
「全部終わってからでもいいから、いつかは事情を話してね」
「……はい、分かりました」
そのまま軽く笑いあう二人、なんとも微笑ましい光景だがシエラは昇の横に来ると、その脇腹を突付いた。
「シエラ、何?」
「昇のお母さん、よっぽど器が大きくて感がいいみたいね」
「へっ」
「多分だけど、私たちのことを少なからずも感ずいてる。でも詳しい事情も知らずに受けれるなんて、よほど器の大きな人間にしか出来ない。昇のお母さんはそこが凄い」
「う〜ん、そうかな」
未だに彩香はミリアと共に笑いながら雑談している。
う〜ん、やっぱりそんなに凄いとは思わないだけど。まあ確かに、詳しく聞かれずシエラ達を受けれたことには感謝してるけど、そんなに母さん凄いのかな?
結局、昇には彩香の器が分からないらしい。
そんな昇の心情を見抜いているシエラは思ってる事を口にする。
「やっぱり親子だからかしら、近すぎて今まで過ごして来た時間が長すぎるから、逆に見えなくなってる。私達精霊には分からないけど、親子の絆は最初は強けど長い時間をかけてもろくなり、近すぎるうえに見えなくなる。けど彩香は思ってた以上に凄いのかもしれない。まあ、昇は気付いてないのかもしれないけど」
「う〜ん、そういうものなのかな……」
「まあ、あくまでも私の私感だけど」
結局どういう意味なんですか、シエラさん。
シエラは大きく伸びをすると彩香とミリアの元へ向かい、昇には嫌な事を口にする。
「さて、それじゃあ買い物の続きに行きましょうか」
「え〜、まだ買う物が有るの?」
彩香の発言に不満を漏らす昇だが「ミリアちゃんの分も買わないとでしょ」と言われると付き合わざる得なかった。
なにしろミリアと契約したのは昇本人なのだから。
結局、その後は買い物に付き合わされて、ウチに帰ったのはすっかり暗くなってからだった。
そして夕食後、シエラたちの部屋が振り分けられた。シエラは昇の部屋の横に、ミリアは前にと自分の部屋をもらい。
自分達の荷物を持ちいれたシエラ達は再びリビングに集まっていた。
「三人ともお風呂が沸いたから入ってきなさい」
洗い物を終えた彩香がそう告げてきた。そして真っ先に反応したのがシエラだ。
「分かりました。では、お先に頂きます」
あのシエラさん、何故私の手を取り引き摺るように歩き始めるのでしょうか?
「ちょっとストップ!」
そんなシエラの前にミリアが立ちはだかる。
「何、ミリアが先に入る?」
「そうだね。シエラが手に持ってる物を渡してくれたら先に入るよ」
僕は物扱いですか、ミリアさん。
「それは無理。だって昇の背中を流すのは妻である私の役目だもの」
「何言ってんの、一緒にお風呂に入るのは恋人の私とのお約束だよ」
あの〜、妻とか恋人とかいつそんなことが決まったのでしょうか?
そのまま火花を散らす二人だが、突如昇にその目線が集中する。
「昇はどっちと入るつもり。まあ、当然妻の私だと思うけど」
「押しかけ妻にそんなことを言われても迷惑だよ」
「何ですって!」
「だから恋人の私と入るのが王道だよ。ねえ、昇」
「いや、僕は一人ではいるから。なんだったら二人で入ってきたら」
「そうね。じゃあ、私と昇の二人で入ってきます」
「そういう意味じゃなーい!」
「そうだよ、昇は私と入るって言ったんだよ」
「それも違う!」
そして二人は昇を一別した後、再び火花を散らし始めた。
「ミリア、あんた普段はあんなに気が弱いのに昇のこととなると、ずいぶんと強気ね」
「昇は特別だからね。それはシエラも分かってるでしょ」
「私は目的のためだけで昇を選んだわけじゃない」
「私だってそうだよ。エレメンタルロードテナーを抜きにしても、私は昇を選んだよ」
「エレメンタルロードテナー?」
初めて聴く言葉に反応したのは彩香だった。
一斉に昇たちの視線は彩香に注ぐのだったが、彩香は何かを思い出すように考えているようだった。
「う〜ん、聞いたこと無い単語ね。ねえ、何なのエレ…」
「シエラ、先入ってきなよ」
「そうね、そうするわ」
「じゃあ、僕は自分の部屋に戻るから、二人とも出たら呼んで」
「うん、わかったよ。じゃあ、シエラが出るまで私も部屋に居るから、シエラ出たら私の部屋に来て」
「オッケー、ミリア、昇、じゃあ先に入ってくるね」
『いってらっしゃい。じゃあ、部屋に戻るね』
彩香が何かを尋ねる前に昇達は一気にここまでの会話をすると、脱兎のごとく風呂へ部屋へと戻っていった。
一人残された彩香は独り言を呟く。
「ふ〜ん、エレメンタルロードテナーね。それが今の昇達に関係しているってワケね。まあ、あの甲斐性無しの昇がいきなり女の子を連れ込むとは思ってないけど、連れ込んだ理由がエレメンタルロードテナーなのかしらね。
……まあ、どちらにしても今は見守りましょ。昇、あなた達が何をしようとしてるのかは分からないけど、あまり心配かけないでね」
母親らしい表情を浮かべながら彩香もキッチンへと入っていった。
はぁ〜、さっきは危なかった。ミリアがいきなりあんなことを言い出すから一瞬心臓が止まりかけたよ。でも……。
昇は椅子に腰掛けたまま隣接する窓から夜空を見上げる。
でも、このままいつまでも隠し通せる物でもないよな〜。けど、だからと言って本当のことを話しても信じてもらえるかどうか。
結局、昇の悩みはそこにあった。あまりにも自分が置かれている状況が常識からかけ離れすぎている。だからこそ彩香がそれを信じてくれる自信が無いのだ。
いっそのこと全部母さんに話してみようかな。シエラも母さんの器が大きいとか言ってたから全部受け入れてくれるかもしれない。……けどな。
昇は改めて今日の戦闘を思い出す。
あんな危険なことをしていると知っても母さんは受け入れてくれるのかな。正直、あの炎の津波が迫った時に僕の能力が目覚めなければ、僕は今ここには居なかっただろう。
それほど危険な目に遭っておきながら、無事で居るということは昇にとっては奇跡と言っていいだろう。
……これからも、あんな危険な事をしなくちゃいけないのかな?
騙されて巻き込まれた事とはいえ今更ながら不安を感じる昇だが、もう後には退けない。シエラ達のことを放っておけない以上、戦うしか道が開けない。それが精霊王の器、エレメンタルロードテナーの試練とも言える。
しかし、それにしても今日は疲れたな。なんかいろいろと有ったし、随分と今日が長く感じたな。これからもこんな日が続くのかな……。
そう思うと急に昇は気落ちした。まあ、まだ契約がして日が浅いというのにあれだけのことを体験したのだから、昇の気持ちも分からなくも無い。
その時、ふいに部屋のドアがノックされた。
「昇入るよ」
そう言って入ってきたのはミリアだった。
「お風呂空いたよ。だから呼びに来た」
まだ濡れている髪を拭きながらミリアはそのことを昇に告げた後、急に昇の顔を覗き込んできた。
「なっ、なに、ミリア?」
「んっ、昇なにか元気ないな〜って思って」
「そんなことは無いと思うけど」
「……私と契約したことを後悔してる?」
「えっ」
急に真剣な目で問いかけてくるミリアに昇は驚きながらも、すぐに優しく微笑みかけた。
「そうだね。いきなりで驚いたけど、後悔はしてないよ。だいたいシエラだって契約した時はあまり理解できてなかったんだけどね。というか思いっきり騙されたんだけどね、それでも、もうシエラの事もミリアの事も放っては置けないから、だからミリアとの契約だって後悔なんてしない。むしろ、いや、もしかしたらだけど、こうなるのが運命だったのかもしれない」
「昇」
昇の感想がミリアにとってよっぽど嬉しかったのか、目を潤ませながら昇を見詰めている。
「昇、ありがとう」
そしてミリアは昇に抱きつき、その感情を体で思いっきり表現した。つまり頬へのキスで。
「なにやってるの?」
最悪のタイミングというのはこういうときの事を言うのだろう。いつの間にか部屋の入り口にシエラが立っていた。
「ん〜、恋人としての愛情表現」
「へぇ〜、そうなんだ」
あれ、なんだろう。シエラの後ろが燃え上がってるように見えるんだけど、目の錯覚だよね。っていうか目の錯覚であってください。
「と・に・か・く、離れなさーい!」
そしてシエラは二人の間に割って入ろうとするが、ミリアも離れようとせず、再び昇の争奪戦が開始された。
はぁ、本当、僕はこれからどうなっていくんだろう。
そんな騒がしい中で昇の長い一日は終わろうとしていた。
今回はいろいろな意味で復習と予習を込めた話になりましたが、次回からはかなり凄いことになりそうな予感がするのは今のところ私だけしょう。というか次は意外と凄い新キャラが出てきます。なんというかキャラが濃いというか、暴走しすぎるというか、まあ、それは次回のお楽しみということで。
それと共に昇もまた長い一日を送りそうです。……合掌。まあ、皆さんも昇の冥福を祈ってやってください。まだ死んでませんけど、って自分で言うなよ。……はい、ノリでやってみた一人ノリ突っ込みも終わりましたので、そろそろ締めたいと思います。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、これ以上書く事がない葵夢幻でした。