第六十九話 迷い続ける事
「こんばんは」
突如昇達に部屋に乱入した者。
「常磐さん!」
そう、風鏡の精霊である常磐が昇達の部屋にある窓から乱入してきた。
「一体何かあったんですか」
突然の乱入者だというのに一同は落ち着いたものだ。まあ、この手のものにはもう慣れっこなのだろう。
そして常盤は勧められたわけでもなく勝手に座ると一通の封筒を差し出した。
「なんですか、これ?」
「読んでみて」
常磐に進められるままに昇は封筒の中身を確認する。
なっ、これって!
「これ決闘状じゃないですか」
そう封筒の中身にはエルクから風鏡へに当てた決闘状のような内容が書かれていた。それも場所を指定手の決闘。つまりエルクとしては風鏡に復讐のチャンスをやろうという内容だ。
「こんなものはもう決闘状じゃなくて、挑発状と言ってもいいないようよ」
誰が差し出したわけでもなく、常磐は勝手にお茶を入れるとそれをすする。
「それで風鏡さんは」
「もちろん、受ける気よ」
それはそうだろう、風鏡としてはエルクからの挑戦状。しかも復讐のチャンスを自ら飛び込んで来たのだから、それが罠であろうとも飛び込まないわけが無い。
こんなのを送りつけてくるなんって、エルクは一体何を考えてるんだ。
挑戦状の内容はこうなっている。場所は今日シエラが精界を張った場所。時間は明日の深夜。しかもそっちはいくらでも援軍を出してもいいと書いてある。
つまり昇達も巻き込めという事だろう。
僕達が参戦すると見込んでの挑発か。
内容からエルクの意図を察する昇。そんな昇を無視しながらもお茶をすすり、常磐は口を開いた。
「本当はね、君達を巻き込まないつもりだったんだけど。私と竜胆が相談して、風鏡に知られないようにそれを君達に見せに来たってワケ」
「じゃあ、風鏡さんは僕達を巻き込まないつもりなんですか」
「そう、風鏡は元々君達をエルクを釣るエサにするつもりだったけど、それ以上は介入させたくないみたい。やっぱり自分の手でエルクをやっつけたいんだと思うよ」
確かに風鏡さんからしてみればそうだろう。僕達の力を借りてエルクを倒すより、やはり自分の力でどうにかしたいんだろうな。
それが分かっているから昇も黙って見逃すわけには行かないのだろう。封筒を常磐に返すと皆の方を見る。
「私は昇が決めた事なら何でもする」
「もちろん、私も付き合うわよ」
「今度も留守番なんてつまらないから私も行くよ」
それぞれに返答を返してくるシエラ達。その答えに昇は頷くと再び常磐と向き合う。
「分かりました、その決闘に参戦します。けど、先程も言いましたけど風鏡さんに復讐させるためじゃない、エルクの被害者をこれ以上出さないために戦います」
その答えに常磐は複雑な顔になるが、それでも昇達が参戦するとなると有利になるのは確かだ。だからだろう、これで良しとしたのは。
「分かった。それでいいよ」
それ以上は何も言わなかった。常磐にも分かっているのだろう、風鏡には風鏡の、昇には昇の戦う理由有ると言う事を。そしてそれは互いに反発し合うだけで、決して一つにはならないという事を。
「それじゃあ、明日はお願いね」
「はい、協力すると約束できませんが精一杯の事はやるつもりです」
その言葉に満足したかは分からないが常盤は席を立つと、再び窓に向かっていった。
「どっちにしても明日には決着をつけないとだよ。風鏡もそうだけど、君たちもね」
「ええ、分かってます」
「そう、じゃあ明日またね」
それだけを言い残しして常磐は窓の外へとその身を飛び出していった。
それにしても、まさかエルクの方からこんな挑戦状を持ってくるなんて、一体何を考えてるんだ。
常磐が帰った後、昇はそのことだけを考えていた。それはシエラ達も同じだろう。どうしてエルク自らがこんなものをよこしたのが予想がつかなかった。
そんな時だ。森尾を寝かしつけた与凪が戻ってきたのは。昇は先程の出来事を全て与凪に話した。与凪の情報網なら何かしらつかめるかもしれないからだ。
だが与凪も困ったような顔になった。
「そう言われてもね、私達の間でもアッシュタリアは結構謎に満ちた組織で、内部の事情なんてものは分からないのよね。だからエルクが何を考えてそんな物を送りつけてきたかなんて分かりはしないわ」
「そうですか」
「けど確信はないけど予想だけはつくわね」
与凪の言葉に一斉に視線が集中する。
「さっきも話したけどエルク・シグナルはマッドサイエンティストなのよ。だから狙いは滝下君だと思う」
「僕!」
自分を指差しながら驚く昇、まさか自分が狙われているとは思っていなかったようだ。
「いい、エルクは実験体として風鏡さんの恋人を殺した。それと同じ事を滝下君でやろうとしてるんじゃないかな。それに滝下君は契約者だし、しかもエレメンタルアップというレアスキルをもっている。これはバレてないけど知られたらこれ以上無い実験体に間違いないわ」
「つまり昇を釣り出すために風鏡に挑戦状を出した」
「そう、シエラさんの言う通りかもしれない」
つまりエルクの狙いは昇であるが、その昇自身の情報が無いため、唯一のつながりを持っている風鏡を利用しようとしているのだろう。
それが分かって急に不安になる昇。まさか自分自身にそんな災難が襲い掛かるとは思えないのだろう。それはシエラ達も同じだ。昇が狙われているとは誰も考えていなかったようで静寂がその場を支配する。
まさか僕を狙ってたなんて、でもなんで僕なんだろう。……そうか! さっきの戦闘で僕が契約者だという事は分かってる。後はどんな能力を持っているか、その情報だけがエルクには無いんだ。だから僕を狙っているのかもしれない。
確かにそう考えれば筋は通る。それにエルクの性格から考えても契約者を実験体にしたい衝動に駆られても不思議は無い。
そう考えると昇の背筋に寒い物が走ったようで、急に身震いをした。それを見て誤解したのか、それとも考えがあるのかシエラが口を開いた。
「昇、さっきの戦闘で疲れでしょ。だからお風呂にでも入ってゆっくりしてきたら」
確かにさっきの戦闘から今まで話し込んだり常盤が来たりとゆっくりした時間が無かったことは確かだ。だからだろう、昇もその気になったのは。
そうだね、なんかいろいろと忙しくなってきたし、ちょっとゆっくりもしたからお風呂にでも入ってこようかな。
「そうだね、なんかいろいろとあったからお風呂でゆっくりしてくるよ」
そう言って昇は準備をすると風呂場へと向かった。後ろで光る怪しい視線に気付くことなく。
頭から思いっきりお湯をかぶると昇は大きく溜息を付いた。
「それにしても、まさか僕が狙われてるなんてな」
そんな事は想像もしていなかった。だからだろう、急に不安になってきたのは。けど、こうなってしまったものはしょうがない。ここは一つ体でも洗ってすっきりしようと昇が石鹸に手を伸ばそうとした時だった。
「あれ? 石鹸はどこだっけ?」
「ここ、とりあえず背中を流すから」
「あっ、ありがとうシエラ……って!」
思わず立ち上がり振り返る昇。そこにはバスタオルを巻いたシエラが泡の付いたタオルを手に座っていた。
「どうしたの、早く洗わないと湯冷めするよ」
「それよりどうしてここにいるの!」
「そんなの決まってる」
何故か頬赤めるシエラ。
「これが新妻の務めだから」
「違う―――!」
思わず大声で突っ込む昇、だからだろう、他の気配に気付かなかったのは。
「じゃあ私が腕から洗ってくね」
「あっ、うん、頼むよミリア……って、そうじゃなくて」
思わずその場から飛び退く昇。そしてお約束どおりに着地点には石鹸があり、そのまま滑って倒れてしまった。
「じゃあ私は胸を洗ってあげるね、ちゃんと私の胸で」
「なんで琴未まで―――!」
「大丈夫、ちゃんと出来るようにするから」
「というか妄想モードに入ってる!」
思わぬ事態に昇は琴未を押しのけると出口に向かおうとするが、そこにはすでにシエラが待っていた。
「ダメだよ昇、ちゃんと暖まってから出ないと、湯冷めして風邪をひいちゃう」
「そういう問題じゃなくて、なんで皆ここにいるの」
「昇がお風呂にいるからだよ」
「答えになってな―――い!」
ミリアの一言に思わず思いっきり突っ込む昇。だが昇に迫る魔の手は緩みはしなかった。
「だから、ちゃんと私の胸で洗ってあげるから」
いや、琴未、頼むから正常に戻ってください!
「そうそう、だからちゃんと座らないと洗えないよ」
ミリアさん、問題点が違います。
「だから昇、観念する時」
勝手に決めないで下さい!
三方から攻められて昇の逃げ道は無いといっていい。けど、さすがは朴念仁、この状況でも諦めはしなかった。
出口とは反対方向へ走り出す昇。
「逃がさない」
それと同時に三人も一斉に昇を追いかける。だがそれが昇の狙いだった。
昇はその場で急停止して反転、すぐさま三人の間で一番隙間が開いているところに狙いを定める。
シエラと琴未の間が一番広い!
狙いを定めた昇はそこを狙って一気に突破を狙う。そして一気に疾走するが一つだけ忘れている事があった。
それはここがお風呂場で石鹸があり、そのうえ濡れているため思いっきり滑りやすいということだ。
そして案の定、昇は包囲網を突破する前に石鹸を思いっきり踏んで足を滑らせて、更に水に濡れた足場が昇を前に思いっきりこけるが、せめてもの抵抗で何か掴める物を掴んだ。
だがそれは昇の落下運動を止める事が出来ないものだった。
その結果、昇は思いっきりずっこける事になった。
あたたっ、思いっきり顔を打っちゃったよ。
だがこうなってしまったものはしかたない。昇は顔を擦りながら座ると改めてシエラ達に目を向けて……固まった。
……えっと、先程私が掴んだのはなんだったんでしょ。
思わず手元を見る昇、そこには三人分のバスタオルが握られていた。
「やっぱり無かった方が良かった?」
「裸の付き合いが一番だよね」
「やだ、昇ったら言ってくれればすぐに取ったのに」
……そういうことじゃな――――――――――――――――――いっ!
頭の血管が切れそうなほどの突っ込み、それから目の前に広がる三人の裸体。昇は意識が薄れていくのを感じながら後ろに広がる大きな湯船へと倒れこんだ。
昇が目を覚ますと、そこには旅館の天井が見えた。
そして辺りを見回すとどうやら部屋に運び込まれたらしい。そして部屋には主犯格の三人がゆっくりとくつろいでいた。
「あの〜」
とりあえず声をかける昇、それに真っ先に反応したのはミリアだ。
「あっ、昇、起きた?」
「というか、なんで僕はここに?」
「昇がお風呂場で湯当たりしたから三人で運び込んだの」
つまり今昇が来ている浴衣もシエラ達が着せたものだろう。そう思うと急に恥ずかしくなったのか昇は穴が有ったら入りたい気持ちになっていく。
そんな昇の気持ちを知ってか知らずか、シエラは状況を説明する。
「とりあえずちゃんと三人で体を拭いて浴衣を着せてから寝かせたから風邪はひかないと思う。けど今日は暖かくして寝た方がいい」
「……そうだね」
何かを言いたそうな目線でシエラに目を向けるが、シエラはあくまでもシラを切るつもりらしい。それが分かったのだろう、昇は思いっきり溜息を付いた。
まったく、なんでこんな目に遭うんだか。
だが今更言ってもしかたない。全ての根源は昇自身にあるのだから。誰かに文句を言うわけには行かない。誰か一人に決められない自分が悪いと分かっているから尚更だ。
とは言ってもな、今更誰か一人に決めろといわれても……決められないよな。
それほど絆を持ってしまったのだからしょうがない。強い絆があるからこそ、縛られる事もあるのだから。
……あれっ?
そう思った途端、昇は何か引っ掛かるものを感じた。
そうか、僕達も小松さんと同じなのかもしれない。強い絆だからこそ、小松さんは閃華に何も告げなかったんじゃないかな。自分一人でやるために、そう、今の風鏡さんのように。
そう思うと急にいろいろとこんがらがってきた。
なにしろ自分達の絆と小松と閃華の絆、そしてその絆がもたらした結果と風鏡が行おうとしている復讐。一見繋がってないようで繋がっているようだ。
けど、そうなると閃華がどうすべきなのかちょっとだけ判ったような気がする。
結果はまだ出てないけど糸口だけは掴んだようだ。
もしかしたら閃華の問題って……。
「昇、昇」
せっかく解決方法が見えかけてきた時だった。ミリアが急に昇に抱きついてきた。昇は思いっきり溜息を付くとミリアの頭を撫でながら答える。
「今度は何?」
「もう一度お風呂にいく?」
「絶対に行きません!」
はっきりと言い切った昇に部屋には笑い声が溢れた。
そして昇はミリアの頭を撫でながら溜息を付くとシエラ達を見回した。
「まったく、明日にはエルクとの決戦が待っているのに一体何をやってるんだか」
「いいんじゃない、これが私達だもん」
それは琴未らしい答えだね。
「だってだって、今から心配してもしょうがないでしょ」
けどミリアさん、少しは心配しましょうよ。
「昇、私達は私達、それは世界がどうなろうと変わらない」
……そうだね。特別なものなんて必要ないし、いらない。僕達は僕達でいればいいだけだから。そしてそれは閃華も同じだと思う。
そっか、それでいいんだ。
昇はミリアをどかして立ち上がると部屋を出て行こうとする。
「どこ行くの?」
ミリアの質問に昇は笑顔で答えた。
「ちょっと閃華と話してくるよ」
「そう、行ってらっしゃい」
「閃華の事をお願いね」
「うん、分かってるよ」
そして昇は部屋出て閃華がいる部屋へと入っていった。
そして昇が部屋に入ると、森尾と彩香は未だに宴会を続けていた。その隅で夜空を見上げる閃華、昇はそんな閃華に近づく途中で彩香に掴まってしまった。
「おおっ、ドラ息子、どうした? ついに飲みに来たか?」
「だから母さん、未成年に酒を勧めないでよ」
「ならそんなしけたツラをしてるんじゃないよ」
「いや、しけたツラって」
どうやら綾香には昇が何かを悩んでいる事を見抜いてるらしい。それを隠しながらも昇にちょっかいを出しているのだろう。
「今も昔も同じ、皆壁に向かいながら生きてるのよ。そこから逃げたり、見ないふりをするのはずるい奴なのよ。だからここは飲んで壁にぶつかって玉砕しなさい」
「いや、それじゃあ元も功もないよ」
それから絡んでくる彩香を振り切ると昇はやっと閃華の元に辿り着いた。
「閃華」
「なんじゃ」
生気の無い声が帰ってきたことで、閃華の悩みがどれだけの物かが想像できそうなものだ。
それでも昇は閃華に向かって口を開く。
「ちょっと、散歩に付き合ってよ」
「そんな気分ではないんじゃがな」
「閃華じゃないとダメなんだよ」
やっと昇に顔を向ける閃華、そして二人はしばらく視線を交わすと閃華はやっと立ち上がり、二人は旅館の外へと散歩に出かけた。
そして二人は誰もいない海岸線へを歩いている。
ここなら適度に照明もあるし丁度いいのだろう。
「答えならまで出ておらんぞ」
「えっ?」
突然発せられた閃華の言葉に昇は驚きの声で返す。そして閃華はその場で昇に振り返る。その姿は浴衣姿と月明かりの所為かとても不思議な綺麗さを出していた。
そして二人はお互いに見詰めあうと閃華は顔を伏せてしまった。
「私の過去は聞いておるんじゃろ。なら私が悩んでいる事も分かるはずじゃな」
それだけ言うと、閃華は体を半回転させて海の方に振り向く。
「私は小松を止められんかった。じゃが、それは過去の話じゃ、今は関係ない。じゃがのう、昇。あの風鏡殿は小松に似すぎておる。ただ一人の人間を愛して、無念の死を遂げた復讐をしようとしている。この似すぎた状況で私はどうすればいいじゃろうな」
「……」
そんな事を聞かれても昇には答えることが出来なかった。それもそのはずだ。これは閃華の問題であり、閃華でしかその答えを出すことが出来ないのだから。
けど、このままにはしておけないよ。
それでも昇は閃華の問題にぶつかろうとしていた。
「閃華は……風鏡さんにどうしてもらいたいの?」
目線を向けることなく閃華は答える。
「そうじゃのう、どうしたいんじゃろうな。もし、風鏡殿の近くに居たなら止めたじゃろう。じゃが風鏡殿との関係はあまりにも他人すぎる、そんな無関係な私が口をだしてもしょうがないじゃろ。じゃが、このまま風鏡殿の復讐に手を貸す気にもならん。それは間違ってると思っておるからのう」
そこでどうすればいいのかと閃華はずっと思い悩んでいるのだろう。昔のように閃華と小松の関係なら閃華は積極的に動けただろう。だが今現在では状況が違いすぎる。だから口も手も出せないと分かっていても閃華は何かしてやりたいのだろう。出来る事なら、あの時出来なかった、小松を止めるということを風鏡さんでやるのが一番良いのかもしれない。
だがしょせん閃華と風鏡は他人でしかない。小松のように長い時間をかけて築いた絆も無い。そんな閃華が口をだしてもしょうがないと分かっているから、だから閃華は悩み続けているのだろう。
そんな閃華に昇は初めて自分の考えを言葉にしてみた。
「確かに閃華の過去にまつわる話は聞いたよ。でも、それは小松さんが閃華を信頼してたから何も言わなかったんだと思う。ううん、閃華を巻き込む事も嫌だったんじゃないかな」
「所詮は私が役に立たないということじゃったんじゃろ」
「そうじゃない。多分だけど、小松さんは閃華には閃華の道を進んで欲しかったんだと思うよ」
「どういう事じゃ」
そこで初めて閃華は昇に振り返った。
「小松さんが復讐を決意した時から、閃華と小松さんは別の道を進んでたんだよ。だから小松さんは閃華に何も告げなかった。閃華には自分の復讐につき合わせたくなかったんだよ。それが小松さんが出した答えだと思う」
その言葉はまぎれも無く昇が推測した小松の心情だ。だが、筋は通っており、そのとおりだったかもしれない。だとしても、閃華にしてみればそれも酷すぎる。
再び俯く閃華は小さく笑いを漏らす。
「くっくっくっ、所詮私はその事にも気付けん愚か者じゃったんじゃな」
「違う、そうじゃない!」
珍しく声を荒げる昇。さすがにこれには閃華も顔を昇に向ける。どうやら泣いてたみたいで涙目でしっかりと昇に目を向ける。
そんな閃華に昇はしっかりと答える。
「小松さんは閃華に幸せになって欲しかったんだよ。復讐となれば不幸になることは目に見えていたから、だから閃華には何も知らずに、幸せになって欲しかったんだよ。だからだよ、自分だけが復讐という道を選んだのは」
「……」
突然の静寂がその場を支配する。風も止まり、物音一つしない静寂の中で閃華は少しずつ昇に近づいていく。
「のう、昇。私の幸せってなんなんじゃろうな。小松は私に何を願っていたんじゃろうな?」
「……分らない、けど、閃華には自分と同じ道を進ませたくなかったんだよ」
「くっくっくっ、なんじゃ、そうか、旦那様が死んだ時から私達は道を違えてたんじゃな。そんなことにも気付けんかったとはな」
「小松さんも閃華に気付かせないようにしようと必至だったと思うよ」
「……そうかもしれんのう」
そこで初めて閃華と昇の距離はなくなり、閃華は昇の胸に顔を沈めた。
そして閃華は昇のシャツを強く握りながら嗚咽を漏らし始めた。そんな閃華を昇は優しく抱きしめる。
僕は、閃華がこんなにくるしんでるのに僕はこれぐらいしか出来ないんだ。
閃華を抱きしめながら、昇は自分が何もでしてやれないことに苛立ちを感じるが、それを見せるわけにはいかない。今、一番辛いのは閃華なのだから。
くそっ、閃華がこんなに苦しんでるのにどうすればいいんだよ。
苛立つ昇、そんな昇の頭にとある二人の言葉が過ぎるのだった。
『今も昔も同じ、皆壁に向かいながら生きてるのよ。そこから逃げたり、見ないふりをするのはずるい奴なのよ』
『まあ、無理して答えを出さなくてもいいんじゃないのか』
先程酔って口走った彩香と森尾の言葉だ。
その言葉に昇の頭にはある解決方法が思い浮かぶ、だが。
これじゃあ、閃華には酷すぎるよ。僕は……それを閃華にやれって言うのか!
思わず怒鳴りたくなる衝動を抑えながら、昇は更に強く閃華を抱きしめてやる。
……閃華って、こんなに細かったんだ。
改めて感じる閃華。それは今までとは想像がつかないほど弱弱しく、まるでこのまま強く抱きしめると折れてしまいそうな。そんな閃華を昇は始めて感じた。
だからこそ、いや、絶対に閃華を助けてあげないといけないんだ。それがどんなに酷な手段でも使わないといけないんだ。
昇は決意すると密着している閃華を離して、しっかりと目線を交わらせる。
そのして昇は乾いてもいない喉に生唾を飲み込む。これから閃華に言う事はそれほど残酷なのだからしょうがない。
そして昇はしっかりと閃華の瞳を見つめる。
「閃華」
「……なんじゃ」
まだ涙声の閃華が少し言葉を濁しながら答える。
「確かに閃華の過去から今に繋がっている問題は凄く難しいと思う」
「……じゃからじゃろ、こんなに悩んでるのは」
「僕はそのままでいいと思うよ」
「……はっ?」
突然の思いがけない言葉に閃華は今まで泣いていた事を忘れたかのように、驚いた顔を昇に向ける。
「どういう……意味じゃ?」
言葉を途切れながら聞いてくる閃華に昇はあえて笑みを向けながら答えた。
「確かに閃華が抱えている問題は難しくて、とても解けるものじゃないかもしれない。けど、閃華はその問題から逃げても、目を逸らしてもいない。真っ直ぐに向き合ってどうにか解決しようとしている。だからこそ、今すぐ答えを出さなくていいんじゃないかな」
その言葉に閃華は俯くと口を開いた。
「昇、自分の言っている意味が分かっているのか?」
「分っているから……だから閃華に告げたんだ」
そして二人は言葉を紡がなくなった。急に静かになった事で海の音が昇の耳にも聞こえてくるほどだ。
そんな中で、昇は閃華の答えを待つ。
やっぱり辛いんだ。そうだろうな、僕だってそんな事を言われた辛くて逃げたくなるよ。
だが閃華は逃げる事せず、その場にじっと立って強く胸の浴衣を強く掴む。
そうだよな、やっぱり辛すぎるよ。何とかしてあげないと。
昇がそう思い、閃華に近づいた時だった。急に閃華は大きな声で笑い始めた。
えっ、えっ、どうしたの?
突然の事で戸惑う昇。だが閃華は一通り笑い続けたら、急にまた静かになった。その急激な変化についていけない昇は戸惑うばかりだ。
だが閃華は違うようで、涙目になりながらもしっかりと顔を上げて昇を見る。
「くっくっくっ、まったく、このような答えを出すとは思っておらんかったぞ」
「えっ?」
ワケが分からないという顔になっている昇に閃華は更に言葉を続ける。
「何を呆けておる。大体昇が言った事ではないか。そうじゃな、忘れておったよ。いろいろなことをな」
「えっと、どういうこと」
その言葉に閃華は溜息を付くと笑みを向ける。
「これだから朴念仁はいかんのう。大体昇が言い出したのではないか、このまま悩み続ければよいと」
そう、それが昇が閃華に告げた答えのひとつであり、閃華が見つけた答えの一つでもあった。
「そうじゃな、所詮は過去のことじゃ。どれだけ悩んでも解決するわけではない。じゃからといって問題から逃げるわけには行かない。なら答えは一つじゃ。悩み続ければいい、答えが出なくても、問題に向き合ってればいい。そう教えてくれたばかりではないか」
いや、まあ、そう言いたかったんですけど。
つまり悩み続けろ。それが二人の出した答えだ。閃華の場合はどれだけ悩んでも解決するワケではない。なにしろ全て終わった事だから。だが、それを全て無かった事にすることもできない。なら悩み続けるしかない。どんなに答えが出ない難問でも悩み続けながら生きていけばいい。それが昇の出した答えで、閃華が受け入れた答えだ。
そして閃華は遠くの星空に目を向ける。辺りに明かりが少ないためか良く星が見える。その中で閃華は昇に向かって口を開いた。
「のう、昇」
「んっ、なに?」
「私と小松が作り上げてきた絆は本物じゃろうな。じゃから私達は別の道を進む事になった。いや、小松が私を思ってそうしてくれた。それは本当じゃろうかのう?」
そう言われてもな。
所詮は過去の事で他人事だ。昇に分かるわけがない。だが昇に言えることは一つだけあった。
「それは分らないけど、僕達の絆は本物だと思う。だからもう閃華一人を置いて行ったりはしない。これからも皆で一緒にいられればいいよ」
その答えに最初は真面目に聞いていた閃華だが急に笑い出した。
えっ、なに、なんで笑われるの?
ワケが分からない顔になっている昇に閃華は笑いが収まると説明した。
「なるほどのう、つまり昇はこのハーレム状態が気に入っているワケじゃ。それは離したくないじゃろうな」
「いや、ちが、そんなんじゃなくて」
「分っておる」
急に静かな口調で答える閃華。そしてその雰囲気は急に天女のように不思議な雰囲気に変わった。
そしてゆっくりと昇に近づくと、再び昇に抱きついて胸に顔をうずめる。
「せ、閃華」
突然の事で戸惑う昇だが閃華は静かに手を動かして、より深く昇に抱きつく。
「少しだけでよい」
「えっ」
海風に消されそうな声で閃華は昇に告げる。
「少しだけでよいから、じゃからこのまま泣かせてくれ」
「……分ったよ」
そして静かに閃華の泣き声は海風に消されていく。
そんな訳でお送りしました六十九話。いや〜、今回はいろいろな要素が詰まっておりましたね。まあ、その結果、かなり長くなりましたが、まあ、満足していただける話なっていればよいと思っております。
はい、そんな訳でそこのあなた、もしかしたらこれで閃華フラグが立ったと思っていませんか。ですがそんなに甘くありませんよ。これからの選択肢次第では閃華フラグが消滅する罠が待ってますからね。皆、こまめに石は投げようね。
さてさて、戯言は終わったので本編に少し触れようかと思います。そんな訳でやっと閃華の答えがでたのですが、それは悩み続けるという過酷な答えです。まあ、人間にしろ、精霊にしろ、何かしらの悩みを抱えながら生きているのです。閃華がその問題を抱えながら生きていく事を選んでも不思議は無いでしょう。そんな訳で、こんな結末になりました。
そんな訳で次はエルクとの戦闘ですね。まあ、もしかしたら、その前に一話挟むかもしれませんが、いよいよこの純情不倶戴天編も終わりに近づいております。つ〜か思っていた以上に長くなったな。それでもまだ終わらないんだよね。もしかしたら後十話ぐらい使う可能性が、……まいっか。どうせ長い作品だし、そんな事を気にしてもしょうがないですよね。……でも、早く次の章に行きたいのも確かなんですよね。
そんな訳で次はいろいろと用意しております。そしてバトルメインでやっていこうと思ってます。更に新たに出て来る新キャラと思わぬキャラが待っている事でしょう。そんな訳で今後のエレメもご期待下さい。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想、そして投票と人気投票もお待ちしております。
以上、そろそろ病院に行かないとなとか思った葵夢幻でした。