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エレメンタルロードテナー  作者: 葵 嵐雪
純情不倶戴天編
67/166

第六十七話 一時の休息から……

 閃華が長い昔語をしている最中だった。琴未は情報収集に駆け回り、そして昇とシエラはというと浜辺に巨大な精界を張り巡らして……その中で遊んでいた。



 昇が目を覚ますとシエラの笑顔と影となっているパラソルが見えた。

 あれっ、いつの間に寝ちゃったんだろう?

 たった今起きたばかりの昇は記憶を手繰り寄せて何があったのかを思い出した。

 そっか、散々シエラに引っ張りまわされて、それで休憩ついでに寝ちゃったんだ。というか、なんで膝枕? いや、嫌じゃないんだけど。

「えっと、シエラ?」

「どうしたの」

 相変わらず嬉しそうに返事を返すシエラに、昇は変に照れくさくなってしまう。

「ずっとこうしてたの」

「昇が寝てからすぐに」

「じゃあ疲れたでしょ、今すぐ、ぐぎゃ!」

 昇が頭を起こそうとしたその時、シエラは自分から離れていく昇の頭を思いっきり押し戻した。

「大丈夫、だからもう少しこうしていい」

「そ、そう」

 いやに威圧感があるシエラのセリフに甘えて昇はシエラに膝枕をしてもらいながら、澄み切ったとはいえないが空を見上げる。

 とはいえ、なんかこうしてるとまた眠くなってくるな。

 再び睡魔に襲われそうになった昇だが、シエラがそんな昇に質問をぶつける。

「ねえ、昇?」

「んっ、どうしたの?」

「昇は……私の事が嫌い?」

 突然の質問に驚きの表情を一瞬だけ浮かべる昇だが、すぐにいつもの優しい笑みに戻る。

「そんなことはないよ」

「じゃあ……好き?」

「……」

 好きにもいろいろとある。シエラが聞いている好きの意味を理解している昇はすぐに答えることが出来なかった。

 う〜ん、どうなんだろう? 嫌いではないことは確かだし、恋愛感情も無い事も無い。けど、僕の周りにはシエラの他にもミリアや琴未や閃華がいる。彼女達と比べるとシエラだけが特別に好きとは言い切れない。

 沈黙をしている昇にシエラは優しい笑みを向けてきた。

「昇も外見は女顔だけど男の子、今のハーレム状態が嫌な分けない」

「いや、ちがっ、そうじゃなくて」

 慌てて起き上がり思いっきり仕草でも否定するが、そんな昇にもシエラは優しい笑みを向けたままだ。

「大丈夫、浮気は男の甲斐性とも言う。だから私は気にしない」

「えっ?」

 思いがけない言葉に呆然となる昇。だがシエラは微笑を空に向けるとそのまま言葉を紡ぐ。

「私が一番怖いのは昇の傍に居られない事。昇の傍に居るのに一番適してるから妻って主張してるの。でも、本当は昇の傍に居られるだけで充分」

「シエラ……」

 たぶんこれがシエラの本心なんだろう。このような静かな精界内で二人っきりの時間を満喫したのだから少しだけ、そう、ほんの少しだけ本心を語りたくなったようだ。

 それからシエラは視線を昇に戻して真っ直ぐに見すえる。

「だから昇、絶対に私の傍から離れないで」

 その直後、シエラは顔を赤くして俯いてしまった。たぶんこれがシエラの精一杯なのだろう。だからこそ、急に恥ずかしくなって俯いてしまった。

 だがそれとは逆に昇は戸惑っている。

 ……えっと、それはつまり、ずっとシエラの傍に居ればいいってことなのかな?

 さすがは朴念仁、シエラの言葉の意味をよく理解していないようだ。だがシエラの言葉に答えないといけないと思ったのだろう。昇は未だに俯いているシエラに向かって口を開く。

「大丈夫だよ。僕はずっとシエラの傍に居るし、たぶんミリア達もずっと傍に居るよ。今の生活が壊れる事なんてないよ」

 これにはさすがにシエラも呆れた目線を送る。

 何故そんな目で見られるの!

 まったく意味が分かっていない昇にシエラはため息を付いた後、急に笑い出した。

 えっと、なんでそこまで笑われるの?

「まあ、昇にちゃんとした答えを求めた私が急ぎすぎたのかな?」

 いつもの優しい笑みに戻るとシエラはそんなことを言い出した。

「そうだよね、昇は……たぶん皆が好きなんだよ。だからこそ、一人だけに決められない。そんなことずっと前から分かってたのに」

 独り言のように呟くしシエラに昇は首を傾げるが、急にシエラが昇と目線を合わせてきた。

「でもね昇、昇はそれでいいかもしれないけど、私達はときどき不安になるんだよ」

 えっと、なんで急に真面目な顔になるの?

 真剣な顔つきで昇に語りかけてくるシエラに戸惑うが、それでもシエラは続ける。

「だからね、証拠が欲しいときがある。ちゃんと私を好きでいる証拠が」

いや、そんな事を言われても。

「証拠と言っても、どうすればいいのか?」

 頭を掻いて悩む昇にシエラは近づいて微笑を向ける。

「そんなの簡単」

 別にそんなに力をいえれているわけではない。ただ昇はシエラが押されるままに押し倒されて、そのまま馬乗りにされ目の前にシエラの顔がある。

「ほんの少しの温もり、ほんの少しの繋がり、それを示してもらえばいいんだよ」

 えっ、えっ、それってつまり……

 そう昇が考えているとおりだった。シエラは昇にキスを求めていた。

 まるで体が固まったように動かすことが出来ない昇。喉も急に渇いてきてつばを飲み込む。さすがの昇もシエラのような美少女にキスを求められて嫌なわけがない。いや、むしろ大歓迎だろう。

 だがいつもは必ず回りにミリアや琴未達が居たからそんな事は出来なかったが、今は二人っきりだ。何もはばかる事はない。

 そしてシエラの髪が昇の頬を撫でるほどシエラの顔が近づいてきた。

 いや、いいのかこれで、このままシエラの思い通りになって……でも、それもいいような。……でもなんだろう、このままだと何かが壊れてしまいそうな、そんな感じがする。

 嫌ではない、むしろ大歓迎だ。だが昇は何かしらの不安に捕らわれているのも確かなようだ。

 それが何か分からないうちに口は塞がれて、甘い匂いが昇の嗅覚を刺激する。そう、二人は完全に口付けを交わしていた。

 そして男のサガというやつだろう。昇は思わずシエラの細い体を抱きしめてしまう。

 シエラってこんなに細かったんだ。いつも強いシエラしか知らなかったから分からなかったよ。それに……なんか心地良い。

 昇とシエラがキスをするのはこれで二度目だ。一度目は契約時で、その時にはそんな事は感じられなかったのだろう。

 そしてシエラはただのキスだけでは満足できずに舌で昇の唇をノックする。

 さすがに驚いて口を開く昇。その隙にシエラの舌が昇の口へと侵入する。そして昇の舌との絡み合いを求める。

 うわっ、えっと、どうすればいいの?

 さすがは朴念仁、こういう時はどうすればいいか分からないらしい。そんな昇をリードするかのようにシエラは上手く舌を絡みつかせていく。そして昇も不器用ながらにシエラに合わせて舌を動かしていく。

 えっと、これでいいのかな? というかいつまでやってればいいの?

 やめるタイミングが分からない昇は戸惑うが、そんな昇を察したのか、それとも満足したのかシエラはやっと昇から唇を離した。

離れる時にできたお互いの架け橋を手で払いのける。だがそれと同時にシエラは昇の上から急に跳び上がり、何かが昇の上を通過していった。

 えっと、あれ、なにがあったの。

 事態が把握できていない昇は呆然とするばかりだが、地面に降り立ったシエラは侵入者と対峙する。

「シエラ〜! あんたね、一体何をやってたのよ!」

 どうやら琴未が侵入者だったらしい、しかもしっかりと精霊武具で身を固めている。そして昇とシエラのキスシーンをバッチリと見たようだ。それを察したのだろう、シエラは意地悪な笑みを向ける。

「……うらやましい?」

「当たり前でしょ!」

 琴未……相変わらずそこは正直なんだね。

 そのままシエラと激突すると思われた琴未だが、昇が未だに固まっているのを察すると真っ先に昇を目指して駆け出す。

「させない、ウイングクレイモア!」

 シエラも精霊武具を身にまとうと琴未の行動を邪魔する。

 横一線に振られるクレイモアを避けた琴未はそのまま一回転して着地するが、ここは足場が悪い砂場だと言う事を忘れているのだろう。体重の掛け方を間違えて思わず後ろに倒れていく。

「やった」

 琴未の行動を阻止したシエラは笑みを浮かべるが、何の悪運か妙運か、琴未は体を半回転させてすぐに反撃の態勢をとろうとするが、倒れる先には未だに固まっている昇が居た。

 えっ?

 思っても居ない事態に昇も琴未も戸惑ってしまうが落下運動が止まるはずもなく、琴未はそのまま昇の上に倒れてしまった。

「しまった! 昇」

 昇を巻き込んでしまったシエラは心配するが、琴未が倒れた衝撃で砂埃が上がりどうなっているのかまったく見えない。

 シエラはウイングクレイモアの翼で弱い風を起こして砂埃を吹き飛ばすと、衝撃的な光景を目撃する事になった。

 すぐに反撃しようとうつ伏せに倒れようとした琴未だが、その先に昇るが居るのは計算外だった。だからだろう、二人はお互いに向かい合いながら横になっている。

 そして幸か不幸か、その時の倒れ方が良かったのか昇と琴未に唇が重なる事になってしまった。

 ……えっと、なんでまたこんな状態に?

 再び固まる昇。先程とは違う甘い匂いを感じながらどうすることもできなかった。それは琴未の方も同じだった。

 まさかこんな事になるとは思っていなかっただろう。昇とキスをしたまま固まっている。

「なっ、なっ」

 まさかの事態にシエラも思わず行動を忘れて見入ってしまっているが、内から吹き出してくる物は止められないようだ。

 だが昇達はそんなシエラに構わずに固まっていた。

 ……あの〜、こういう時はどう対応すればいいのでしょう?

 まさにハプニングとも言うべき出来事に昇も琴未も固まっていたのだが、そんないつまでもキスをしてる二人にシエラは叫ぶ。

「いい加減に離れなさい!」

 その叫びが二人を現実に引き戻したようだが、琴未だけは笑みを浮かべていた。

 確かに二人の唇は離れた。だが琴未に昇と密着しているのをいいことにそのまま昇に抱きついてほお擦りまでした。

「なにやってるの!」

 さすがにこれにはシエラも自制心を抑えきれないようだ。だが、そんな自分を見失っているシエラに琴未は意地悪な笑みを向ける。

「……うらやましい?」

「ぐっ!」

 いつもとは逆な展開にシエラは思わず怯んでしまうが、このままにしておくわけにもいかない。

しかたなく力技に出るシエラ。昇と琴未の間に割り込んでそのまま二人を引き剥がそうとするが、琴未も琴未で精一杯に抵抗するように昇に抱きつく。

 い、いたたたたっ、痛いって、ちょ、二人とも落ち着いてよ〜

 最早言葉すら出ないほど締め付けられる昇に気付くことなく、二人の争いは昇が完全に泡を吹くまで続いた。



 やっと事態が収まって三人でパラソルの日陰で円状に座り、琴未が集めてきた情報を聞くのだった。

「けど、たいしたことは分からなかったのよね。風鏡さんの恋人が何でも自殺したらしいって事になってるみたいだけど」

「自殺?」

「うん、確か……赤沼拓也あかぬまたくやさんだったかな。それが飛び降り自殺して内臓が飛び出すほどの衝撃だったんだって」

「でもそれだと」

 そう、風鏡さんが復讐をする理由がなくなってくる。

「その赤沼さんって人に何か問題があったとか?」

「ううん、誰に聞いても良い人だったって。自殺なんて考えられないぐらいの温厚な人だよ」

 じゃあなんで風鏡さんが……あっ、そっか! 忘れてた。

「もしかしてその赤沼さんって人は自殺じゃなくて殺されたんだよ」

「でも犯人らしい人は出てこなかったって」

「それは当たり前だよ。犯人は人間じゃなくて精霊だとしたら」

「なるほど、それならすべての説明がつく」

 そう、赤沼さんを殺したのが精霊なら警察の手なんて届くはずが無い。そうなると手段はただ一つしかない。自分が契約者となって相手の精霊を倒すしかこの事件を終演させるさせる方法は無いんだ。

「でも、その精霊はなんで赤沼さんを殺したんだろう?」

「それは本人に聞いたほうが早いかもしれない」

 言い終わるなりシエラは立ち上がると別な方向へと目を向ける。昇達もそちらに目を向けるがどうやら誰かがこちらに向かって歩いてくるようだ。

 何だあの人? 医者?

 昇がそう思うのも無理は無い。なにしろこの暑い中で白衣を着ており、その出で立ちは医者そのものだから。

「なんなのよ、あの人?」

「分からない。でも私の精界内に居る事は確か」

 その言葉に昇と琴未は警戒態勢に入る。

 そう、精界に入れるのは契約者か精霊だけである。普通の人間が間違っても入ってこれるはずは無い。

「でもまさか、本当に釣れるとは思って無かったわ」

「それは私も」

 二人ともやっぱりそう思ってたんだ。

 大体この大規模な精界は全て風鏡の復讐相手を誘い出すためのエサにすぎない。もし周辺に赤沼を殺した精霊が居ればこれほどの精界に興味を持つだろうと、何も根拠の無いシエラの思い付きでやった作戦だ。それが成功するなんて誰も思っていなかったのだろう。

 そして白衣の男はとうとう昇達の前までやって来た。

「おやおや、まさかこんなな場所で契約者と精霊に出会えるとは思っていませんでしたよ」

「私もこんな場所に精霊が居るなんて思ってなかった」

 それは明らかに嘘なのだが、それが通じているのか通じていないのか分からないよな笑みを白衣の男は浮かべるのだった。

「まあ、いいでしょう。では先に名乗るとしましょうか。私はエルク・シグナル、アッシュタリアで開発技術者をやってます」

「アッシュタリア?」

 聞き覚えの無い単語に昇達は顔を見合わせるが、それがよほど不思議なのかエルクまでもが不思議そうな顔をした後に笑いだした。

「おや、まさかアッシュタリアを知らないとは、やはり辺ぴなところに居る契約者は違いますね」

「なんですって!」

 相手の挑発に乗りそうになった琴未を押し留めると、昇はエルクと向き合う。

「とりあえずあなたに一つだけ聞きたい事があります?」

「おや、いきなりぶしつけですね。まあいいでしょう、答えられることなら答えてあげますよ」

「赤沼さんという方をご存知ですか?」

「……赤沼?」

 エルクは不思議そうな顔をしながら首を傾げる。

 ……えっ、まさかこいつじゃないの?

 エルクの反応に戸惑う昇だが、それはすぐに逆転する事になる。

「赤沼ねえ、まあ、人間なんて実験体の名前なんて覚えている物じゃないですからね、もしかしたら心当たりがあるのかもしれませんね」

 実験体!

 さすがにこの単語には昇達は動揺を隠せなかった。だがそんな昇達を無視してエルクは続ける。

「まあ、中には実験体に名前を付けて可愛がる精霊も居ますが、私にはそんな趣味は無いんですよ。実験が失敗して死んだら捨てる、それが科学者のやり方だと持ってますから」

 ……なんだって

 今までに見た事が無いほど昇の顔は怒りをあらわにしていた。

 人間が実験体で、そかも用事がすんだらゴミ扱い。こんなのに、こんなやつに風鏡さんの恋人は殺されたのか。

 たぶんそれが真実であろう。だからこそ、昇はこれ以上は抑えることが出来なかった。

「あなたは人間を、命を何だと思ってるんだ!」

 昇が叫んだ言葉にエルクは軽く笑いながら答えるのだった。

「命、そんなのはその辺に適当に転がっている物ではないですか。そんな物を実験体に使って何がいけないんですか。いや、適当にある物だから有効活用してるのですよ」

「貴様!」

 一瞬にして武装する昇。その力は今まで以上に凄まじく、火の粉のように黒い力が飛び散っていた。

 そして昇が攻撃態勢に入ろうとした時だった。突然昇達の後ろから竜胆が姿を現し、炎を灯した巨大な斬馬刀をエルクに振り下ろそうとしていた。

「エルク―――!」

 叫び声と共に斬馬刀は大地に叩きつけられて巨大な砂煙を巻き起こすのと同時に、斬馬刀が直撃した砂はマグマとなりエルクの方に襲い掛かった。

 それから竜胆は昇達の前に着地する。

 だがこれぐらいでエルクを倒せたと思っていないのだろう、斬馬刀を構えたまま昇達の声を掛けてきた。

「悪いとは思ってたけど、あんた達のこと監視させてもらってたのよね」

「大丈夫、そうだと思ってた」

「そう、なら話は早い。あいつが風鏡の敵だよ。けど、まさかこんなでかい精界を張ってあいつをおびき寄せるなんて思って無かったよ」

「私達も引っ掛かると思ってなかった」

 斬馬刀を構えながら笑う竜胆、だが微塵も隙は見せない。そんな事をすればやられるのがこっちだというのが分かっているから。

 そんな竜胆に昇は近寄り話しかける。もちろん、エルクを警戒したまま。

「じゃあ、あいつがやっぱり赤沼さんを殺したんですね」

 さすがに驚きの表情を浮かべる竜胆。だがそれと同時に昇達に向かって投げつけられてくるナイフ。咄嗟に避ける竜胆、だが昇は違った。

 この程度なら。

 ナイフの本数とスピードを的確に捉えた昇は銃口を向けると全てのナイフを撃ち落してしまった。

 竜胆もこれには感嘆する。まさかあれを全て撃ち落すとはかなりの命中精度を示しているからだ。

 そんな昇に今度は竜胆から近づいていった。

「その腕も凄いけど、よく拓也の事まで調べたね」

「普通の殺人事件だと精霊と契約する意味がないから、だからこいつが絡んでいるかと思って罠を張ってたんです」

「なるほどね、そこまでしってるんじゃあちょっと付き合ってもらおうかな。さっき常磐が風鏡に連絡を付けに行った。だからもうすぐ風鏡たちも来るはずだよ」

 そっか風鏡さん達も……あっ、そういえば。

「ちょっと聞いていいですか」

「なに?」

「竜胆さんと常磐さんはなんで風鏡さんと契約をしたんですか?」

 昇がそれを聞くと竜胆は都合が悪いように頬をかいた。

「最初はね、私達は風鏡の終焉が見たかったの。復讐出来ても、出来なくても人間は地獄に落ちていくって聞いたから。だから見てみたかったのよ。風鏡がどんな地獄に落ちていくのか」

 確かにそうかもしれない。復讐なんてしても救われる者なんて居るのだろうか。いや、どちらにしても苦しむ事になるのだろう。人の命を奪う事に変わりはないのだから、違いはただ一つ、大義名分があるということだけに過ぎない。

 だからだろう、竜胆達が聞いた話で復讐は人間を地獄に落ちるというのは。人殺しという罪を背負うのだ。まともに生きていけるはずがない。それどころか今度は復讐される立場に立ってしまう。まさに殺しの輪。どこまでも続く怨念の輪は断ち切ることが出来ないのだから、それはまさに地獄といっていいだろう。

 どうやら竜胆達は風鏡が復讐を遂げようと遂げまいと、どんな地獄に行くのか見たかったのだろう。

 だが竜胆は照れるようにまた頬をかいた。

「けどね、長い間を風鏡と過ごしてきたからね。今では風鏡に幸せになって欲しいとか思っちゃってるんだよね」

 すこし茶化すように語る竜胆。たぶんこれが本音なのだろう。昇はそう理解した。だからこそ選ばなければいけなかった、これから進むべき道を。

 一つは風鏡に復讐を遂げさせてやり、閃華の無念を払う道。

 二つ目は風鏡に復讐をやめさせて、閃華を説得する道。

 たぶん、普通ならこの二択を選ぶだろう。だが昇には他に考慮しなければいけない者が居た。それがエルクだ。

 人間を実験体として命を弄ぶ狂乱者。こいつをこのままには出来ない。だからどちらにしろエルクだけはこの場で倒して行きたいのだが、このまま風鏡に復讐させるわけには行かない。昇も風鏡の復讐を遂げても救われないと思ってるからだ。

 だからこそ、第三の道を取る。

 それは風鏡に復讐させる事なく、自分達の手でエルクを倒す事。こうすれば風鏡に罪を負わせることなく、エルクという狂乱者を始末する事が出来る。それにまあ、閃華の事は後で考える事になるけどしかたない。

 風鏡さんの手を汚させるわけには行かない。だから僕がやる、僕ならもうすでに汚れているから問題ない。だからこそ、これ以上は誰かの手を汚させちゃダメなんだ。

 それが昇が決めた道だ。後は突き進むだけ。

「ごめん、竜胆さん」

「えっ、どうしたの?」

 昇がいきなり謝ったので竜胆は少しだけ動揺を見せる。

「このまま風鏡さんに復讐を遂げさせるわけには行かない。どっちにしても風鏡さんは救われないから。けど、このままあいつを見逃す事は出来ない。これ以上は犠牲者を出すわけには行かないから。だから! あいつは僕達が倒す」

 はっきりと宣言する昇。

 シエラは頷き琴未も笑みを浮かべている。これこそが、今の昇こそが二人の大好きな昇なのだから。

 だが当然のように竜胆は反論してくる。

「ちょっと、勝手に決めないでよね。こっちにだって事情って物があ」

 竜胆の言葉を遮り再び襲い来るナイフ、今度は砂煙もすっかりとなくなっており狙いやすかったのだろう。全員に数本ずつ投げつけてきた。

 当然、避ける竜胆とシエラ達。昇はもう一度銃口をナイフに向けるとトリガーを引く。だが発射された弾丸はナイフに当たる事はなかった。いや、ナイフの方が弾丸を避けた。

 なっ!

 さすがにこれには驚く昇。慌てて体を動かしてナイフを避けるが、ナイフは旋回すると再び昇に向かってきた。どうやらシエラ達に襲い掛かっているナイフも同様のようだ。

「琴未!」

 そんな中で昇は琴未を呼び寄せる。なんとかナイフを交わしながら昇と背を合わせることが出来た琴未。昇はそのまま琴未に指示を出す。

「ごめん、ちょっとの間だけ僕を守ってて、あのナイフを全部落とすから」

「分かった、気をつけてね」

「うん、大丈夫だよ」

 それから琴未は自分達に襲い掛かってくるナイフを雷閃刀で打ち落とそうとするが、寸前のところで避けられてしまい。旋回して再び迫ってくる。

 その間にも昇は全ての意識を銃身に集中させる。それと共に力を辺りに放出してナイフの位置とスピード、それから軌道などを確認すると一気に行動に出る。

「これでどうだ!」

 大の字に両手を開いた昇は銃身から幾つもの弾丸を同時に発射する。それはナイフに向かって飛ぶのだが、やはり寸前で避けられてしまった。だがそれで終わりではない。

 昇が放った弾丸は旋回すると今度はナイフを追いかけ始めた。そしてスピードは弾丸の方がはるかに早い。ナイフと弾丸は一気に距離を縮めていく。もちろん、ナイフは弾丸を逸らそうと急旋回を繰り返すが、弾丸は正確にナイフの後を追っていく。

 そして遂に弾丸はナイフに激突、飛び交っていた全てのナイフを撃ち落した。

「昇すごい、いつの間にこんな事が出来るようになったの」

「あははっ、いつもシエラと琴未に鍛えられてるからね」

「日頃の成果ってやつだね。じゃあ、そのお礼でもしてもらおうかな」

 昇に抱きつこうとする琴未、だがその直前に二人の間にウイングクレイモア振り下ろされた。

「どさくさ紛れに何やってるの?」

「いや、昇が私に感謝してくれてるからそのお礼を貰おうとしただけよ」

「普段の修練は私もやってる」

「……ちっ、聞こえてたか」

 あの、琴未さん、本音が怖いですよ。

 そんな昇達に竜胆も合流する。

「凄いね君、まさかあれを撃ち落すなんて」

「そんなことないですよ」

 一応謙遜する昇。そしてその場にいるもう一人の人物も近づいてきた。

「いやいや、謙遜する事はないよ。なにしろ私が操るナイフを撃ち落したのだから」

「エルク!」

 全員がエルクに向かって戦闘体勢を取る中でエルクは笑みを浮かべている。

「思い出しましたよ。そういえば私を狙っている復讐者が居ましたっけね。あなた達がそうだったんですか」

「残念だけどそれは違う。お前が言っている復讐者の仲間はこの竜胆さんだけ、僕達は僕達の意思でお前と戦う事を決めた」

「ほう、なぜそんな事を思ったのか興味深いですね」

 余裕の笑みを浮かべるエルクに昇は銃口を向けるとはっきりと宣言する。

「命を弄ぶお前の行為をこれ以上は見逃せないかからだ! だからこそ、僕達がお前を倒す」

 まるで大将のような雰囲気と鋭い意気込みを言葉にして叩きつける昇だが、エルクはそんな昇を笑うと狂気の笑みを向ける。

「面白い、あなたは本当に面白い。見てみたくなりましたよ。あなたというものを。それにあなたの本当の力を」

「本当の力?」

 言っている意味が分からない竜胆は昇を見るが、昇はエルクから目線を外すことなく睨みつけている。

「そのエレメンタルジャケットとエレメンタルウェポン以外にあるのでしょう。あなたの本当の能力が」

「なにを……」

 聞きなれない言葉に昇は聞き返そうとするが、その前にエルクが手を横に大きく振るとエルクの目の前に多数の魔法陣が現れた。

「さあ、見せてください。あなたの本当に持っている能力を」

 魔法陣からは機動ガーディアンがせり上がってきた。どうやら数の不利を悟ったのか、それとも昇を本気にさせたいのか、どちらにせよ数多くの機動ガーディアンが昇達の目の前に現れたのは確かだ。

 くっ! まさかこんな戦力を持っていたなんて。

 この機動ガーディアンが居なければ昇達は直接エルクと戦えただろう。だが目の前に現れた機動ガーディアンは確実に五〇以上はいる。この状態でエルクと直接戦うのは無理だし、こっちの戦力だけでは機動ガーディアンだけで精一杯だろう。

 だが昇には逆転の手がある、それがエレメンタルアップ。能力が限界値を超えたシエラと琴未なら機動ガーディアンを何とかできるし、竜胆と共同戦線を組めばエルクと直接戦える。だがそれでは風鏡が来た時に介入の口実を与えてしまう。

 つまり今の昇達は自分達だけで機動ガーディアンとエルクを相手にしなくてはいけなかった。

 足りない、足らないものが多すぎる。

 ミリアもそうだが、閃華すらもこの場には居ない。その状況で昇が進む道はかなり困難になっていた。だが立ち止まるわけには行かない。

「とりあえず、あの機動ガーディアンだけでもなんとかしよう!」

 昇の言葉に頷くシエラと琴未。足りないものが多すぎる中で昇達は不利な戦闘に突入していくしかなかった。







 そんな訳でお送りしました六十七話ですが、いかがでしたでしょうか。まあ、最初の方にちょっとだけラブコメを入れてみたつもりでしたが……失敗したかな? とか思っております。

 まあ、そんな事は一切気にせずに行きましょう。

 そんな訳で新たに現れた敵エルクとアッシュタリア。これについては次回……には無理っぽいので、その次あたりに与凪が説明してくれるでしょう。……たぶん。

 そしてやっと話も現代に戻ってきました。う〜ん、なんかちょっとだけ違和感があるのは私だけでしょうか。まあ、今までが時代小説っぽい書き方をしていたからでしょうかね。でもまあ、これでいつものエレメが戻ってきましたよ。

 さて、話も一段落しましたし、この辺で終わりにしておきましょうか。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想、そして投票と人気投票もお待ちしております。更に投票してくださっている方々、おかげさまで一時だけですが一位を取る事ができました。ここに心から感謝させていただきます。

 以上、このままエレメの一位をキープしたいなと思った葵夢幻でした。

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