第六十二話 長篠精霊戦
どこにそれだけの力があったのかは分からないが、小松と閃華の中から自分の力以上の力が沸きあがって来る。
「こ、これは?」
突然の事で戸惑う小松、敵が迫っている中で閃華は口早に説明する。
「御館様の能力じゃ、この能力は精霊と契約者の戦闘能力を限界以上に高める事が出来るんじゃ。小松、思っている以上に自分の能力が上がっておるから注意せい」
「は、はい!」
とはいえ、さすがは御館様じゃな。エレメンタルアップの発動条件はかなり難しいんじゃが、触れただけで発動できるとはのう。どうやら完全に能力を使いこなしておるようじゃのう。
特殊型の能力は人それぞれ発動条件が違う。昇の場合は契約した者を大事に想う事が発動条件だが、信長は触れただけで発動できるようだ。
それは一見簡単そうに見えるが、実はかなり難しかったりする。エレメンタルアップ程のレアスキルとなれば発動条件にかなりの規制が付く。それを触れるという簡単な行為だけで発動させるのだから、エレメンタルアップを完全に使いこなして規制を緩めないと出来ない技だ。
三人にエレメンタルアップを掛け終えた信長は、地面に突き刺した刀を抜くと敵に備える。
「お下がりください、御館様」
長尺刀と呼ばれる太刀より遥かに長い刀を手にしている蘭丸が後ろに居る信長にそう言って来るが、信長は笑みを浮かべて答えた。
「あの程度の精霊に信長は倒せぬ、第六天魔王の力、とくと見せてやろうぞ」
信長は刀を振るうと一陣の風が吹き、戦闘開始の合図となる。
まずは六人、信長の元に辿り着いた精霊達が襲い掛かってくる。
真っ先に飛び出したのは閃華と小松。エレメンタルアップの効果でスピードもかなり上がっているため、敵に対応する暇を与えずに一気に攻めかかる。
敵の懐に飛び込んだ閃華は方天戟を振るい二人を後方に吹き飛ばし、近くに居る敵へと切り込んで行った。
小松も一人だけ弾き飛ばし、もう一人の精霊と交戦している。
くっ、一人捕り逃したようじゃ。
さすがにこれだけの人数を閃華達だけで倒すのは無理。だから閃華達は最初に何人かを弾き飛ばして最前線の戦力を削ったのだが、一人だけ捕り逃してしまった。
閃華達を突破した精霊が信長に迫り、一気に信長を狙うが蘭丸の姿が一瞬にして消えると敵の精霊は切り伏せられた。
なるほどのう、縮地じゃな。確かにこれだけの数じゃ、出し惜しみしておっては防げまいのう。
武田の精霊達は続々とこの場に到着しており、その数は最初の三倍になっている。すでにまともに戦っていては防げない数になっている。そのうえ敵にはまだ到着していない戦力があるのだから、ここで削らないと手詰まりなってくるは必至だ。
四の五の言ってはおられんようじゃな、こっちも戦用の技を出して行かんといけないようじゃ。
「龍水閃」
龍水方天戟に巻き付いている水の龍が大量の水を勢い良く吐き出すと、数人の精霊が押し流されて閃華に一瞬だけ隙を与える。
「龍水舞闘陣」
水の龍が方天戟から離れると、今度は閃華の周りを巻き付くように漂い、体の大きさも数倍になっている。
そして一気に斬り込んで行く閃華。閃華の攻撃にあわせて水の龍も別の敵へ攻撃をしていく。
だが武田の精霊は閃華を囲んでいるのだから、いつまでも閃華の好き勝手にはさせない。閃華の死角より一人飛び込んでくる。
槍を突き出してくる精霊を閃華は視界の片隅で確認するが、それだけで別の精霊を一気に突き刺した。
閃華に迫る槍。取った、とその精霊も思ったが槍の切っ先は閃華に届くことなく水の龍に阻まれる。龍の胴体に突き刺さった槍はそれ以上は押す事も引く事も出来ず、完全に捕らえられていた。
閃華は体を反転させると槍を封じられて身動きが取れない精霊を突き刺す。
だがそれで終わりではない、矢継ぎ早に別の精霊が閃華に迫る。方天戟を振るう閃華、おしい事に紙一重でかわされてしまった。だが閃華は微かに笑みを浮かべる。
閃華の攻撃をかわした精霊はここぞとばかりに一気に迫ってくる。だがそれこそ閃華の狙い、自分が優位に立ったと思った隙を付き、水の龍がその精霊に爪を振るう。
完全に死角から入ったので精霊に爪痕を残すほどの攻撃が出来た。そしてその攻撃は精霊の心を一瞬怯ませる。
その隙に閃華は一気に攻める。水の龍も攻撃の合間に爪と牙を振るい相手に立て直す隙を与えない。閃華と水の龍は更に数回攻撃を入れると、遂に相手は手詰まりになり一瞬の硬直状態に陥ってしまう。龍水方天戟が突き刺さると光の粒子となって精霊は消えて行った。
小松も閃華と同様にすっかり囲まれていた。
足元から数本延びる影。これで今まで防いでいたが、そろそろキツクなってきたようだ。
さすがにこの人数は辛いですね。大半は私と閃華で押さえていますが、とうとう御館様の所にも数人辿り着いてしまったようです。
小松は少し目線を外して信長を見る。数は少なく、蘭丸が奮闘しているため、まだ大丈夫そうだが油断は出来ない。
そして小松の意識が逸れた事を感じだろう、小松を囲んでいた精霊は一気に攻勢に出る。
前から一、後ろから二とタイミングを合わせて精霊達が一気に小松に迫る。
「くっ!」
小松は影を後ろに集中させると一気にせり上げて闇の壁を作り出し、後ろの攻撃を防ぎ。前から来た敵には影潜薙刀で応戦する。
剣戟音を立てて薙刀と青龍刀がぶつかり合う。最初は拮抗していたのだが、次第に小松の薙刀は押され始めていた。
「ぐっ……うっ!」
押し返したいが小松の力では無理なようだ。しかたなく自ら引いて相手を崩す小松。すぐさま攻撃に転じるが、別な精霊が割り込んできたため、しかたなくその場から大きく後ろに跳ぶ。
なんとか攻撃をかわした小松。だが着地の瞬間を狙い別な精霊が小松の後ろから斬りかかって来た。
小松はその場から動こうとはせず、薙刀の刃だけを後ろに向けると精神を集中させる。
ここ!
刃とは反対側の石突を持ち、勢い良く後ろに突き出す。
確かな手ごたえと短い呻き声が聞こえ、小松はそのまま上に斬り抜く。そして精霊は消えて行った。
何とか切り抜けた小松はだが、現状はあまり変わっていない。倒した精霊は一人だけ、周りにはかなりの数が残っている。
もう出し惜しみしている状況ではありませんね。これが有効なのは一回だけ、次からは警戒されますから……機会は一度だけです!
小松を囲んでいる精霊は確実に倒すチャンスを狙っているようだ。様子を窺いながら小松の隙を狙っている。
そんな精霊達の動きを読み、小松は一気に力を解放する。
「影鎖縛符!」
精霊達の足元に存在する影から闇の鎖が一気に伸びて精霊達を拘束する。それと同時に小松は一気に走り出し、次々と精霊達を切り抜いていく。
武田の精霊達が闇の鎖から逃れた時には、すでに三分の二が小松によって切り伏せられていた。
攻撃の手を緩めない小松は更に数人の精霊を切り伏せる。だがその時だった。突然背後に気配を感じた小松は影で壁を作り出すのと同時に振り向き、背後からの攻撃に備える。
だが背後からの襲撃者は壁を簡単に切り裂くと、その刃は影潜薙刀に当たり小松もろとも吹き飛ばした。
二回ほどバウンドして地面を転がり、ようやく止まる小松。かなりの人数を切り伏せたため、追撃は無かった。
痛む体にムチを撃ってすぐに起き上がる小松。そして襲撃者に目を向けると、その精霊は偃月刀を持っている、どうやらこれで壁を切り裂いたようだ。偃月刀の形状は薙刀に似ているが刃の長さと厚さは明らかに違う。
「こいつは俺がやるから、お前達は信長を狙え」
偃月刀を持った精霊の言葉に従い、今まで小松を囲んでいた精霊達はその場から離れて信長の元へ向かう。
いけない!
少しでも多く斬り捨てようと小松は精霊達の後を追おうとするが、走り出す前に偃月刀が小松の首を捉える。
「くっ!」
なんとか薙刀を首まで上げて偃月刀を防ぐ。だがこれで完全に足を止められてしまった。
頭二つ分ぐらい上にある相手の顔を睨み付ける小松。だが相手は笑みを浮かべると、小松もろとも偃月刀を振り抜いてしまった。
とっさに踏み止まれないと感じた小松は自ら跳んだ事で、吹き飛ばされるのは防いて無事に着地するが、完全に道は塞がれてしまった。
「慌てるなよ、ちゃんと魔王の首は取ってやるよ」
「ぐっ!」
挑発とも取れる相手の言葉、小松はその挑発に乗った訳ではないが焦りがあるのは確かなようだ。
目線を一瞬だけ信長に向ける小松。そこにはかなりの精霊が集まっており、蘭丸一人では防ぎきれずに信長自身も刀を振るっている。
なんとか御館様の元へ行かなくては、けど、この精霊はそう簡単に通してくれそうにありませんね。……しかたありません、ここは一気に決めます!
出来る限りの力、それは小松が持っている以上の力を最大限に引き出す。エレメンタルアップで集められるだけの力を影潜薙刀に集中させた小松は、目の前の精霊に向かって一気に駆け出す。
小松!
閃華が戦闘の合間に一瞬だけ小松に目を向けると、小松は大柄な精霊と対峙していた。
エレメンタルアップで強化された小松の力を知りながら、あの精霊に任せるとはのう。どうやら相当の手練れのようじゃな。なんとか小松の援護に向かいたいんじゃが、こちらも手を抜けん。ここで緩めてしまっては御館様が危ない!
ここへ辿り着いた精霊達は当初の倍以上の数になっている。どうやら信玄亡き後の武田はかなりの精霊を新たに加えたらしい。
まさかここまでの精霊を確保しておようとは思わんかったのう。じゃがここを下がる訳にはいかん。小松、ここが正念場じゃぞ。
閃華はエレメンタルアップで強化された力を一気に解放する。
「龍水刃舞」
閃華を取り巻いている水の龍は大きく口を開けると、勢い良く水を撃ち出す。撃ち出された水は先程物とは違い、円形に高速回転している水の刃だ。それが細かく、幾つも撃ち出される。
更に龍は首を動かし、閃華の周りにいる精霊達に攻撃を浴びせていく。武田の精霊達は防ぐだけで精一杯のようだ。
その隙を付き、閃華は水の龍から離脱。一気に斬り込んで行く。
武田の精霊達は龍水刃舞を防ぐために作った防壁を切り裂かれて無防備の状態になっている。そこに閃華は突っ込み、突き刺し切り伏せて次々と精霊達を倒していく。中には特攻してくる精霊もいるが、全て龍水刃舞の餌食となってしまった。
そして精霊達が体勢を立て直した時には、かなりの数が閃華によってやれられていた。
再び水の龍を巻く閃華。水の龍を警戒してるのか、武田の精霊達は水の龍を攻略出来ずに手詰まりになってしまった。
これで大分楽になったのう。後はこやつらを切り伏せて小松と代わるだけじゃ。
だが閃華の元にも襲撃者が襲来する。
鋭い殺気を感じた閃華はとっさに体をずらす。それは水の龍を貫き、閃華が居た所を通り過ぎて地面に突き刺さった。
矢じゃと! 一体どこから?
矢が飛んできた方向に目を向けると、そこは前方上空。しかも相手は更に三本の矢を引き絞っている。
放たれる矢、閃華はとっさに再生した龍を前面に出すが、またしても貫通されてしまった。
方天戟を振るい矢を叩き落す閃華。
二本じゃと!
だが叩き落した矢は二本だけ、もう一本は見当たらない。閃華がもう一本の矢を見つけた時には、すでに回避不可能な距離まで迫っていた時だ。
影矢か!
最初に放った矢と同じコースを辿り相手から隠す二本目の矢、それが影矢。
なんとか体を動かす閃華。だが矢は閃華の肩に矢じりを食い込ませる。
ぐっ! じゃがこの程度。
肩に刺さった矢を抜こうとする閃華だが、手が途中で止まり体を移動させる。そして閃華が居た場所には新たに矢が突き刺さった。
まずいのう、こっちも手練れのようじゃな。水龍で止められんとは、一本一本にかなりの力を込めておるようじゃのう。
地上に着地して弓を引き絞り閃華を狙っている精霊は、あごだけを動かして周りの精霊達に指示を出す。そして閃華を囲んでいた精霊は一気に信長の元へ向かう。
やはりそう来たか。追いたいところじゃが、一瞬でも気を逸らせば射貫かれるからのう。……切り伏せるしかないじょうじゃな。
水の龍を方天戟に戻す。本来の姿に戻った龍水方天戟を構え直すと、閃華は弓の精霊へと一直線に駆け出した。
この精霊……相当できるようですね。
荒い呼吸をしながら小松は影潜薙刀を構え直して次に備える。切り傷は無いものの、小松の服はかなり砂にまみれていた。
防げば確実に吹き飛ばされますし、避けるだけで精一杯なので手詰まりになってしまいます。なんとか決め手がほしいところですが。
横目で閃華を見るが、こちらも相手にしている精霊は一人だけ。どうやら弓という飛び道具に苦戦しているようだ。
援軍は期待できそうに無いですね。やはり、私一人でどうにかしなくては。
影潜薙刀を八双に構え直して相手を睨みつける小松。だが相手は小松が格下だと思っているのだろう、笑みを浮かべながら小松の攻撃を待っている。
その余裕が命取りです!
一気に飛び出す小松。あっと言う間に相手を間合いに捉えて薙刀を振るうが、これは避けられてしまった。
避ける動作から攻撃の動作へとそのまま移行して、小松が態勢を立て直さないうちに偃月刀が襲い掛かってくる。
受ければ吹き飛ばされる事は必至。倒れるように肩を地面に打ち付けて避ける小松。これでなんとか避ける事ができた。そしてそのまま足払いを掛ける。
だが小松の足は虚しく空を切る。すでに相手は中に跳び、偃月刀を小松に向けている。
落下してくる偃月刀、小松は転がりなんとかそれを避けて、勢いを使って一気に立ち上がる。
だが立ち上がった小松の眼前には相手の精霊が迫っていた。
くっ!
薙刀を構えて攻撃に備えるが、小松の体に当たったのは重い偃月刀ではなく相手の拳だった。
重さがある武器では小松を捉える事が出来ないと判断したのだろう、素早く攻撃が出来る拳に切り替えて小松を吹き飛ばした。
自分の意思とは関係なく地面を転がる事になった小松。もちろん先程のように立ち上がることは不可能、止まるまで地面を転がるしかなかった。
やっと止まり、地に伏せた小松は顔だけ上げると相手の精霊は余裕の笑みを浮かべながらゆっくりと小松に迫っていた。
小松は薙刀の刃を地面に向けて、もたれながらなんとか立ち上がる。
これで終わりです!
だが崩れ落ちる小松。
膝が地面に近づくたびに、影潜薙刀も小松の影に潜る。
小松は力尽きるフリをしながら影潜薙刀を影に押し込んだ。そして影と影を繋ぎ、影潜薙刀が相手の影からその姿を現す。
それは丁度相手の真後ろ、その下に写っている影から飛び出してくる影潜薙刀。この距離、しかも完全な不意打ち。確実に相手を捉えられるのは間違いなかった。
取った!
完全に相手を仕留めたと確信する小松。だが相手の素早い反応が小松を驚愕させる。
……まさか、そのような事が。
目の前の出来事が信じられない小松。
影潜薙刀は確実に相手を仕留めるはずだった。だが現実には少ししか傷つけることが出来なかった。
影潜薙刀が飛び出したその時、相手の精霊は瞬時のそれを察知して後ろに手を回して影潜薙刀を掴んだ。見事としか言いようの無い一瞬の早技、だが少しだけ遅かったようで影潜薙刀は相手の精霊に切っ先を少しだけ食い込んでいる。
背中から影潜薙刀を抜き取ると小松から離れたところに捨てる相手の精霊。
「残念だったな、今のが最後の手段だったろ」
「くっ!」
悔しさを隠し切れない小松。確かにそのとおりだった。影潜薙刀を手放す技は危険が大きすぎる。だから小松は最後の決め手でしかこの手段は選ばない。だからそれが失敗した以上、小松に打てる手はもう無かった。
「さて、魔王が残っているんでな、そろそろ観念してもらおうか」
すいません、旦那様。
ここに来ても思うことは道勝の事。いつ死んでも構わない、だが道勝に迷惑を掛ける死に方だけはしたくなかった。
今ここで死んで、御館様が傷つくような事になれば道勝にまで累を及ぼす。それだけは避けたい小松だが、影潜薙刀を失った今ではどうする事も出来ない。
どうする事も出来ない現実が悔しくて涙が出てくるが、涙目になりながらも小松は相手を睨みつける。
せめて一矢報いなければ!
武器ならある、それはいつも懐に入れている懐刀。だがそれを使うには精霊武具を解かなくてはならない。そうなれば当然、エレメンタルも信長のエレメンタルアップも消えて普通の人間になる。そうなれば確実に殺される。
だが小松は死ぬと分かっていても怯みはしない。
どこまで出来るか分かりませんが、せめて旦那様のために功績を立てなくては。
全ては道勝の為。それで相手は倒せないと分かっているが、手傷を負わせれば誰かが倒すきっかけとなる。それだけでも手柄としては十分だ。
道勝は褒められはするが、責める者は誰も居ないだろう。そしてそれは信長も同じだと、小松は確信していた。
確実に傷を負わせられる距離まで近づけて、一気に攻めます。
ゆっくりと近づいてくる相手を睨みつけながら、小松はエレメンタルを解く機会を狙っている。
出来るだけ多くの傷を負わせられれば。
それだけを考えながら、小松は地に伏せながら懐刀がある場所に手を当てて、いつでも走り出せるようにしている。
来なさい!
小松が意を決しようとした時だった。
突然小松と精霊の間にある地面に亀裂が走り、勢い良く炎が立ち上る。
思わず後ろに飛んだ精霊は亀裂が走ってきた方向へと振り向く。
「誰だ!」
炎が治まり姿を現す一人の武将。
あの方は!
しっかりとした体、相手を射抜く強い眼差し、存在だけで相手を怯ませる事が出来るその雰囲気。そして地に突き刺さっている蜻蛉切と呼ばれる名槍。
「何者だ!」
この精霊は知らないのだろう。この武将こそ、戦国最強だと。
蜻蛉切を地面から抜き、構えると名乗りを上げる。
「本多平八郎忠勝、ここに推参!」
名乗りだけで空気を震わせ、圧倒的な威圧感が迫ってきた。
忠勝の存在感に押され、偃月刀の精霊は完全に小松から意識が反れた。そして小松の元に一人の精霊が舞い降りる。
「大丈夫ですか?」
「あ、あなたは?」
「忠勝の精霊で朱蘭と申します」
小松に回復術を掛けている女性がそう名乗ってきた。どうやら朱蘭も生まれは閃華と同じところらしく、閃華と似たような精霊武具を身に着けている。
おかげで体の痛みが消えた小松が立ち上がると、朱蘭はいつの間にか手に入れていた影潜薙刀を差し出してきた。
「ここは私と忠勝様が、信長公の元へお急ぎください」
「ですが……」
小松は影潜薙刀を受け取ると閃華へと目を向ける。慣れない飛び道具を相手に苦戦をしているみたいで、閃華の体には三本ほどの矢が刺さっている。
「私一人で御館様を守りきれるかどうか、せめて閃華がいてくれれば」
「それなら大丈夫です」
笑みを浮かべる朱蘭に小松は不思議そうな顔を向ける。
「あちらにもすぐに援軍が来ます、信長公の危機を放って置く我等の主ではございません。ですから今は信長公の元へ、ここを乗り切れば武田を下せます」
「……はい」
多少戸惑いながらも朱蘭の言葉を信じる事にした小松。仮にも家康がよこした援軍でだから、そう悪いようになるとも思えなかった。
「では、お願いします」
それだけ言って走り出す小松。影潜薙刀を手に信長を囲んでいる精霊達に突っ込んでいく。
やれやれ、随分とやっかいな相手じゃのう。
押し出すと引き、引くと押し出してくる相手の精霊。閃華と一定の距離を取り、それを縮めも伸ばしもしない相手のやり方に閃華は苦戦していた。
一定の距離を確実に確保しつつ、命中精度の高い矢を放つとはのう。さて、どうしたものかのう。
今までいろいろな攻め方をしてみたが全て失敗。逆に新たな矢を二本食らってしまった。
閃華の腕と腹に突き刺さった新たな矢。一本一本は大したダメージにはならないが、何本も食らうとキツクなってくる。そのうえ矢を抜こうとすると、その瞬間を狙い打ってくる始末だ。
せめて動きを制限している矢を抜ければのう、一気に攻められると思うんじゃが。それはさせてくれんじゃろ。それにさっきの戦いで大分力を使ってしまったからのう、ここでまた大幅に消費すると御館様の援軍にはいけんじゃろ。……まいったのう、手詰まりじゃな。
目の前の精霊を倒せば良いだけじゃない。閃華にはその後、信長の救援と言う仕事が残っている。そのためにはここで力を温存しておかねばならないのだが、目の前の精霊は全力で戦わないと倒せない相手だろう。
そうなってくると頼みの綱は家康だけであった。
先程小松の救援に入ったのは本多忠勝殿じゃな。徳川殿が本多殿一人だけをよこすとは思えん。なにしろ武田の精霊は全てここに向かってきておるんじゃからのう。となると、今出来る事は時間稼ぎじゃな。
たぶん来るであろう、家康の援軍を待つことにした閃華。だがそんなに時を置くことなく、家康の援軍は来てくれた。
突如弓の精霊を蹴り飛ばす一人の人影。その人影は蹴りの反動で再び大きく跳び、閃華の目の前に着地する。
「遅くなった」
「半蔵殿か!」
家康と契約を交わした精霊であり、影でもある服部半蔵。どうやら家康は最大限の援軍を出してくれたらしい。
体に刺さった矢を一気に抜き去る閃華。そんな閃華に半蔵は振り向くこと無く言葉をかける。
「ここに来る途中でだいぶ精霊を叩いてきた。残りの数少ないだろう。そっちは動けるか?」
「大丈夫じゃ、それよりここを任せて良いか?」
「そのために来た」
「ありがたい、では頼む」
背を向けて信長の元に走り出す閃華。その顔は勝利を確信した事をはっきりと表していた。
半蔵殿に本多殿、徳川家中でこれ以上の精霊はおらんからのう。これで武田の精強な精霊は倒せるはずじゃ。後は御館様に群がっておる三下のみじゃな。それに、織田の精霊は私達だけでないぞ。
絶対にここに来るであろう新たな戦力を計算に入れながら、閃華は信長と蘭丸、そして小松が戦っている戦場へと切り込んでいった。
ぐはっ!!! 本来なら一話にまとめるはずだった今回の長篠精霊戦。やっぱりまとめる事が出来ずに次に引っ張る事になりました。……いやね、閃華の過去もいい加減に長くなってきたものだから、そろそろ一気に話を進めたいんだけど、そのためには長篠を終わらせないといけないんだよね。
……よし!!! 後四話で閃華の過去を終わらせよう! うん、たぶん無理だと思うけど頑張ります。というか、いい加減に昇達に戻らないと純情不倶戴天編が終わらない。今更だけど、現代の方は話があまり進んでないんだよね。風鏡とか竜胆とか常磐とか覚えてますか? 忘れてませんよね? 覚えていて――――――!!!
というか、俺が覚えているか怪しんだけど!!!
そこでツモるか!!!
さてさて、花粉症やら花粉症やらで話を上げるペースが落ちていますが、なんとか来月辺りからまたペースを上げて行きたいですね。う〜ん、花粉症もそうだけど時間の関係上で書くペースが落ちてるのも確かなんですけどね。そんな訳で、見捨てないで!!!
さてさて、懇願も終わった事ですし、もういいでしょう。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想、そして投票、人気投票をお待ちしております。それからいつも投票をしてくれている方、ありがとうございます。
以上、うわっ、今回の話エレメの中だと一番長いんじゃね、とか思った葵夢幻でした。