第五十七話 野田城潜入
野田城が落ちた翌日、閃華はある人物と会っていた。だが相手は人ではなく精霊だ。徳川家康と契約した精霊、服部半蔵である。
半蔵は他の徳川家臣と変わりない格好ではいるが、独特の威厳ある雰囲気と気をつけないと見失ってしまいそうな気配の薄さが只者ではない事を示している。
閃華と半蔵は人があまり来ない奥の一室で密やかに会っていた。
「それで頼んでおいた物は手に入ったのかのう?」
近くに人も精霊も居ない事を確認した閃華は半蔵に尋ねる。半蔵は頷き、懐より紙を取り出して広げた。
「野田城は元より我らの城、その絵図面なら手中に収めるのは容易い」
「そうじゃったな」
閃華は半蔵の前に広げられた絵図面に目を通しながら半蔵に尋ねた。
「それで信玄の寝所はどこじゃ?」
半蔵は城の奥にある一角を指し示す。
「だがまだ確実ではない、今でも探索を進めている」
「そうか、広範囲でも良いから確実に居る場所を知りたいんじゃ」
「承知」
半蔵は閃華に頭を下げた。
これも御館様のお蔭じゃのう。
閃華達が浜松城に入ってからというもの、家康は表向きには何もしないが閃華達を厚遇していた。
それにしても半蔵殿だけではなく、まさか乱波衆を丸ごと貸してくれるとはのう。三方ヶ原での敗戦か応えたようじゃな。それに徳川様もこれ以上武田の好きにはさせたくないんじゃろ。
確かにこれ以上武田が西進すれば確実に信長と当たる事になる。そうなると武田を止められなかった家康の面子は丸潰れ。織田との盟友的立場を守るためにも、家康はこれ以上失態を見せるわけには行かなかった。
そんな時に現れたのが閃華達だ。閃華達は信長がよこした織田方の兵、つまり閃華達が失敗しても家康の責任ではない。それどころか、充分に協力をしたという事実があれば万が一の時にも明文が立つという物だ。
だから家康は閃華達に協力を惜しまなかった。
私達の来訪は徳川様にとって天の助けじゃったろうな。信玄暗殺という命を帯びている以上、成功しようと失敗しようと三方ヶ原は薄れるからのう。徳川殿にとっては敗戦を消す良い機会という事じゃな。
「閃華殿」
半蔵が口を開いたので閃華は目を向ける。
「んっ、なんじゃ?」
「閃華殿が着てから半月、今まで動かなかったのは三河の城が落ちるのを待ってからか?」
「まあ、そんなところじゃ」
その言葉に何も反応しない半蔵。だが閃華は半蔵から不機嫌な気配が出ているのをはっきりと捉えていた。
「半蔵殿、今の徳川に武田は止められたか?」
「無謀」
「確かにのう」
半蔵が機嫌を悪くしたのを察したから閃華はその質問をぶつけてみたのだが、半蔵は今の徳川が武田に敵わないのをちゃんと理解していた。だから閃華は安心して次の言葉を口に出来る。
「じゃから武田を引き込む必要があったんじゃ。野営している武田本陣に侵入するのは不可能じゃからのう。じゃが野田城なら話は別じゃ。城に居れば油断もある、全ての兵に緊張感を持たせるのは無理じゃからのう。そこに付け入るわけじゃ」
「……」
半蔵は無言のまま頷く。
「後は精霊達じゃ、精霊は眠らずとも二三日は活動できるからのう。特に信玄に付いてる者はなおさらじゃろ。じゃが城という鎧に守られておるとどうしても油断が生まれる物じゃ。そしてそこを一気に攻め落とす。そこで半蔵殿に頼みたい事があるんじゃが」
閃華は袂から扇子を取り出すと半蔵を呼び寄せて自らも身を乗り出す。口元を扇子で隠しながら小声で話し、伝え終えたら二人とも離れた。
「出来るかのう?」
「承知」
「では頼むとしようかのう。これで精霊は最小限に抑えられるはずじゃ」
「後は?」
「そうじゃのう、兵はよいから出来るだけ精霊の情報が欲しいかのう」
「承知」
「では絵図面は貰っていくぞ」
閃華は絵図面を懐に仕舞うと部屋を後にする。そして閃華が障子を閉めると半蔵の気配も部屋から消えた。
小松も元へ戻る閃華にまだ冷たい二月の風が吹き付ける。
まだ風が冷たいのう、じゃが暖かくなってからでは遅い、時はそう無いようじゃな。じゃが事ここに至ったからこそ慎重にならんとな、焦って攻めるは匹夫の勇じゃからのう。
じゃが時が無いのも事実じゃからな、信玄の寝所が分かり次第決行することになるじゃろ。
半蔵殿は優秀じゃ、おそらく数日中には調べ上げるじゃ。となると、数日後には決行。この事、小松にも伝えておかんとな。
閃華は浜松城の一角、人気がまったく無い方へと消えて行った。
そこは浜松城の隅にある一角、閃華達は人が来ないその一角に家康から部屋を借りていた。
閃華がその部屋に入ると小松は自ら閃華の為に茶を出した。
「寒い中ご苦労様でした。それで首尾は?」
「上々じゃ、数日後には野田城の信玄を討てるじゃろ」
「そうですか」
安堵の表情を浮かべる小松。閃華はお茶をすすると小松に厳しい顔を向ける。
「安心するのはまだ早いぞ小松。我らが相手にするのは武田じゃ、例えうまく忍び込めたとしても返り討ちに遭う可能性が高いんじゃからのう」
「そこは頼りにしてますよ、閃華」
「やれやれ、まいったのう」
たいして困った顔をしてない閃華は懐から絵図面を取り出して広げる。
「これが、私達の戦場ですか」
食い入るように野田城の絵図面を見る小松は、先程閃華が半蔵に尋ねた事を閃華に尋ねる。
「信玄の寝所は?」
「今は詳しく調べてもらっている最中じゃ」
「そう、ですか」
「じゃが数日中には調べがつくじゃろ、そうしたら時を移さずに決行じゃ」
小松は絵図面から顔を上げて閃華を見る。その顔はすでに戦場に出向いているような、凛々しい顔をしている。
「分かりました」
「後は敵の戦力じゃな。相手にするのは精霊だけじゃが、詳しい数は分かっておらん」
「私達より少ない、という事は無いでしょう」
「じゃな、少なくとも二〇、もしくはそれ以上じゃな」
「十倍以上ですか」
「こっちは二人じゃからのう。信玄は確実にそれ以上の精霊を用意してるじゃろう」
「それにしても、信玄はよくそれだけの精霊と契約が出来ましたね」
「それは信玄の能力じゃな」
「というと?」
「確証は無いが信玄の能力はおそらく仮契約じゃろ。仮契約は契約した精霊よりかは劣るが精霊を実体化できる能力じゃ。おそらく信玄は仮契約で多数の精霊を実体化させたんじゃろ」
閃華の説明に小松は情報を整理して尋ねる。
「つまり信玄は契約ではなく能力で精霊を実体化させているのですね。閃華、精霊が劣ると言いましたが、どれぐらい劣るのですか?」
「それは個人差じゃな、本契約と近い力を出せる者もいれば、激しく制限を受ける者も居る。まあ、それを決めるのは信玄じゃがな」
「そうですか」
「この仮契約は数で責める能力じゃ。じゃから数をそろえてこそ意味がある。信玄は能力の本質を理解しておるようじゃのう」
「対抗策は?」
「考えてある。じゃが短時間で決めねばならん。下手に時が過ぎれば増援が来るじゃろう、そうなれば失敗じゃ」
「時間はどれぐらいです?」
「半刻もないじゃろう」
「そんな短時間で……」
半刻といえば三〇分も無い、閃華達はその短時間で信玄を倒さなければいけない。時間と信玄、この二つの敵に閃華達がやろうとしている事は明らかに無謀ではある。
だが閃華にははっきりとした勝算があった。いや、この時間制限こそ勝算の一つだった。それほどの計画を閃華は立てていた。
この戦、時と信玄が敵じゃ。信玄を討ち取れないのはもちろん、時が過ぎても私達の負けじゃ。奇襲は奇襲に過ぎないという事じゃな。じゃが奇襲なればこそ得る物も多い。短時間でどれだけの物が得られるか、そこが勝負じゃな。
だが厳しい事に変わりは無い。仮にも戦国最強といわれてる武田軍団に奇襲をかけようというのだ。楽に事が進むわけが無かった。
それが分かっていても小松は決意を固める。
「ですが、やらねばならぬのですね」
「そうじゃな」
「御館様はもちろん、旦那様の為にも討ち取らないとですね」
「……後悔しておるか」
「えっ?」
閃華の質問に小松は驚きの声を上げる。
「私と契約をしなければこんな大任を受ける事も無かった。普通の女子としていられたんじゃ」
だが小松は首を横に振って閃華に笑顔を向ける。
「そんなことはありません。いいえ、それどころか感謝しているぐらいです。閃華のおかげで私は旦那様の役に立つ事が出来る。それだけで私は満足です」
「そうか」
やれやれ、どこまでも健気じゃのう。まあ、その健気さがあったから契約したんじゃがな。
一途過ぎるほど夫を思うその思い、閃華が小松を契約者として選んだ最大の理由がそれだ。そしてその思いは曲がらず折れずに小松を支えている。まあ、すぐに折れる思いなら閃華は小松を契約者として選ばなかっただろう。
そしてその思いを持っているから、閃華は小松に全てを委ねる事が出来る。
「さて、では策を披露するとしようかのう」
「お願いします」
閃華は練りこんだ策を小松に説明する。最初は静かに聞いていた小松だが、その顔は徐々にこわばっていく。
そして閃華が全て話し終えた後でやっと口を開いた。
「本当に、それでうまくいくのですか?」
「分からん。じゃが分の悪い賭けではない、こちらにも充分勝機はある」
「……綱渡りですか」
「敵はあの信玄に武田じゃ。こっちの戦力からすればどうしてもそうなってしまうからのう」
「それにしても、精霊を一人も倒さずに措くというのは敵の手中に飛び込むのと同じではありませんか」
「手中に入らねば信玄の首は取れん。それに自ら敵の手中に入る事で刹那の勝機が生まれるんじゃ。私達はその刹那の瞬間に賭けねばならんのじゃ」
小松は目を閉じて黙り込んでしまった。閃華も目線を外して小松の出方を見る。
さて、小松はどう決断するかのう。このまま引き去るという事は無いじゃろうが、別の策を考えねばならんかのう。
そんな憂いを持った閃華に小松は静かに話しかけた。
「閃華」
「なんじゃ?」
「信玄を討った後はどうするのです?」
「それなら心配ない。信玄さえ討てば精霊は全て消えるじゃろ、じゃから後の脱出は楽なもんじゃ」
「そうですか……」
再び目を閉じる小松を閃華は笑みを浮かべながら待ち続けた。
「閃華」
「どうした」
「探索を急がせてください。いつ信玄が動くか分かりませんから」
「そんなにすぐには動かんと思うが、まあ少し催促してみよう」
「頼みます」
その場から立ち上がる閃華。小松に目を向けるとまた目を閉じて何かを考えているようだった。
決めたか小松。なら私も少しは動いてくるかのう。
閃華は静かに部屋を後にした。
そして三日後、牛の下刻。閃華達は浜松城の北西にある野田城の裏手前に潜んでいた。
辺りは闇の帳が覆い隠し、城の篝火でなんとか警備の様子が分かるぐらいだ。
そんな中で閃華と小松は息を殺しながら待っていた。
「ふむ、遅いのう」
「何かあったのでしょか?」
小松の問いかけに閃華は首を横に振る。
「仮にも徳川の乱波衆じゃ、下手な事はすまい」
「ならいいのですけど」
冬の冷たい空気が噛み付いてくる中で二人はじっと待っていた。
そして突然気配が現れると音もなく二人の前に一人の乱波が現れた。
「遅かったのう」
乱波は閃華達に頭を下げる。
「申し訳ございません」
「それで、見つかったか」
「はっ、すでに御頭がお待ちです」
「そうか、小松」
「ええ」
閃華と小松は顔を見合わせると乱波の案内に従って城を迂回するように歩き始める。
警備の者に見つからぬように茂みに身を隠しながら進む閃華達。だが警備は門の所だけで後は音に気をつけて進めばいいだけだった。
そして乱波が足を止めて城の塀を示す。
「ここです」
「そうか、それで半蔵殿は?」
「すでに中におります」
「分かった。では小松、行くぞ」
「ええ」
閃華と小松は一気に茂みから飛び出すと、閃華は塀を背にして両手を腰の前で組む。そこに足を掛けて一気に塀を跳び越す小松。閃華もそのまま塀を背にして跳び、一気に塀を乗り越えて城の内側に着地する。
そこには大量の植木があり身を隠すには充分だった。
さすが半蔵殿じゃな、しっかりと侵入場所を心得ておる。
そして二人の元に人影が音も無く飛び降りてきた。
「閃華殿」
「首尾は?」
最小限の会話をする二人。半蔵は目の前の建物を指し示す。
「あの家屋の一つ向こう、そこに信玄が居る」
「分かった。では後を頼むぞ」
「承知」
半蔵は姿を消し、閃華達だけが残る。
閃華はすぐに精神を集中させると、信玄が居るであろう場所に光の柱を生み出して一気に広げる。
そして世界は青く染まる。
そんな訳で狂乱のフィーバータイムが続いてる私の頭。ホームページでこんな事をやってみました。それは……エレメンタルロードテナー人気投票―――!!! ワ―――、パチパチ。……え〜、何やってんだこいつは、とか思わないでください。私の頭は常に狂乱の宴なのですから。
まあ私の頭はさておき、ホームページ冬馬大社はエレメのトップにある作者紹介から行けるようにしておきました。PCサイトですが一応携帯でも見られるようです。そしてホームページのアンケートに人気投票がありますので、気が向いた方は投票しておいてください。
ちなみに、人気投票に意味はありません。強いて理由を挙げるなら『やってみたかった』ということですね。それから人気投票には昇達六人と自由欄があります。お好きなキャラを書いて投票してください。もし、意外なキャラに投票されるようなら、次に出そうと手抜きな事を考えております。……まあ、そんなもんですよ。
さて、余談はここまでにして少し本編に触れますか。とりあえず読み直してて『あれ、これって忠臣蔵を思いださね?』とか思いました。……終わり!
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想、そして投票、最近では投票してくれる人が増えて嬉しいです。などなどをお待ちしております。
以上、最近ではニコニコ○画のスキマツアーを聞きながら書いている葵夢幻でした。