第五十六話 信長謁見
岐阜城に登城した閃華を始め小松と道勝。三人は謁見に用いられる部屋に通されると大人しく信長を待っていたのだが、どうも道勝は落ち着かないらしい。
先程から明にソワソワしており、膝がどうにも落ち着かない。まあ道勝にしてみれば、妻が信長に会う事など予想も出来なかったみたいで、何かあっては大変だと気を揉んでいるのだろう。
逆に小松はすっかり落ち着いたものだ。
「旦那様」
「なんだ!」
小松が道勝に話しかけると道勝は声を大きくして答えるが、小松は逆に笑顔を道勝に向ける。
「そんなに心配しなくとも大丈夫です。御館様の前で決して粗相などいたしません。どうかご安心ください」
ほう。
閃華は小松の言葉に改めて感心する。
普通は逆に夫が妻を気遣う物だが、小松は自分が余裕を見せる事で逆に道勝を落ち着かせた。
それに小松も御館様が気性の荒い一面を持っていることは知っているはずじゃ。それなのにこれほど落ち着いているとはのう。かなり肝が据わっているようじゃ。
すっかり落ち着いた道勝。小松はそんな道勝に向かって微笑むのだった。
それからしばらくして、戸が開き一人の小姓が姿を現した。
「御館様のおなりです」
それだけ告げると小姓は身をどけて、閃華達三人は平伏する。
そして入ってくる信長。信長が座に着くと扉を閉めた小姓も隣に控える。
「面を上げい」
顔を上げる三人。閃華は久しぶりに信長の顔を見た。
閃華が信長を見るのはこれが初めてではない。小松と契約をする前、未だにこの国を彷徨っていた時に信長の戦を見たことがある。それから信長の噂を聞きつけて岐阜城下を彷徨っている時にも何度か見かけた。だから閃華は少なからずも信長を知っていたわけだ。
だが閃華は小姓の方に注目する。
あの小姓、精霊じゃな。
信長の隣に控えている小姓はかなりの美少年である。そして閃華はその少年から精霊の気配がするのをしっかりと捉えていた。
そして信長は小姓に言葉を掛ける。
「蘭、そなたは下がっておれ」
「はっ」
信長の言葉どおりにその場を後にする小姓。
なるほどのう、あれが森蘭丸か。森可成殿のご子息と聞いておったが、精霊じゃったか。となるとあの噂も本当のようじゃな。
その噂というのも重要な物ではない。ただ単に大名は精霊を人間の養子にしているというものだ。これによって精霊と人間の区別は余計に付きにくく、精霊は自由に動けるという事だ。
どうやら精霊の力を最大限に発揮するために、このような手を使うのが常識らしいのう。確かに相手が精霊じゃという事は人間には分からんからのう。うかつに斬り込めば痛い目を見るのは確かじゃ。くっくっくっ、本当にこの国は面白いのう。
今までの争奪戦では人間と精霊の区別ははっきりとしていたが、信長を始め強国の武将はそういった物を取り払っているらしい。
確かに精霊の戦闘能力は凄まじく、人間ではまったく敵わないだろう。その戦闘能力を持っている精霊が人間に混じって戦場にいるのだから、その事を知らずに戦場に居る物は精霊の餌食となるだけだ。
しかも人間の養子にする事で素性をしっかりとしておる。これはちょっと調べただけでは精霊かどうかは分からんな。なるほどのう、どうりで各国の大名が精霊を求めるはずじゃ。精霊に対抗できるのは精霊だけじゃからのう。
閃華がそんな考察をしている間に信長は道勝に問いかけるのだった。
「道勝」
「はっ」
「武田の事、聞き及んでいよう」
「はっ、二万の兵を率いて上洛を開始したと」
「うむ、これで北に浅井、朝倉、西に本願寺、そして東から武田が来る。さて、どうしたものか」
随分と言葉を濁しておるのう。
それは本来の信長とはまったく違う印象を受ける物だった。信長はまるで道勝から何かを言うのを待っているような。そんな感じを閃華は受けていた。
もっと直接的に来ると思っておったが、一体どういうつもりじゃろうな。
信長が武田をの話を持ち出した時点で閃華には信長の言いたい事が分かっていたが、あまり出しゃばるのも道勝の心証を悪くすると思い、あえて黙っていた。
だが信長は少し声を張り上げながら道勝に問いただす。まるで道勝の態度に業を煮やしながら。
「道勝、この状況を打破するにはどうしたらよいと思う!」
「はっ、その……」
言葉に詰まる道勝。そんな道勝を見かねて小松がとうとう口を開く。
「御館様」
小松が口を開いた事に道勝は自重するように言うが、信長はこの時を待っていたかのように小松に発言を許した。
「御館様、武田が事、この私にお任せくださいませ」
その言葉に道勝は目を丸くするが、信長は大いに頷いて見せた。そして閃華も見えないように笑みを浮かべる。
とうとう言い出したようじゃな小松。さて、御館様はどうするかのう。
「バカな! 小松、お前は何を」
「よい」
信長が許した事によりしかたなく引き下がる道勝。そして小松を見詰める信長はゆっくりと口を開く。
「小松、武田の事を任せよと申したが、どうするつもりだ?」
「はっ、信玄が首、御館様の元へ持参いたします」
その言葉に道勝は大いに驚くが信長は笑ってみせる。そして信長が小松に命を下そうとした時。
「では小松、信玄」
「御館様」
閃華が信長の言葉を遮る。
道勝は閃華に自重するように仕草で伝えるが、閃華は信長を信長は閃華を真っ直ぐ見詰める。
「そなたが、小松と契約した精霊か?」
「はっ、閃華と申します」
「では閃華、申してみよ」
「はっ、信玄が首は我ら二人では取れはしないでしょう」
「出来ぬと申すか?」
「いいえ、決して出来ぬわけではありません。ただ、信玄が首を取るために御館様のお力をお貸しください」
あまりの申し出に道勝はもう驚く事にも疲れたらしい。じっと事の成り行きを見詰めるようにした。
そして信長はじっと閃華を見詰める。普通の者ならその重圧に耐え切れずに意味無く喋り続けるだろうが、閃華は黙って信長の答えを待っていた。
「……儂にどうしろと?」
重く冷たい声。閃華は笑みを浮かべる。
「たいしたことではございません。ただ徳川様に我らの御助勢をお頼みくださいますか」
「だが家康は武田に当たるだけで精一杯だ。とても助勢など出せんだろう」
「兵は要りません。裏で動く精霊を動かしていただければよいのです」
「……家康の元にそのような精霊がおったか?」
「おります。服部半蔵、徳川家きっての乱波と聞き及んでおりますが、その正体は間違いなく精霊。彼の者に武田の詳細を探っていただきたいのです」
「……ずいぶんと家康の事を知っておるな」
「徳川様だけではございません。私は契約をする前に諸国を渡り歩きました。ですから各国の事情には詳しいつもりです」
その言葉に信長の顔に笑みが戻る。
「なら武田の事も詳しいのだな」
「はっ、信玄は人間精霊分け隔てなく登用し、それぞれに適した場所へ付かせます。ですから信玄の護衛には精霊が多くなります。そこが信玄に付け入る最大の好機でございます」
信長は遂に笑い出し、再び閃華に目を向ける。
「面白い、実に面白い精霊だ。よかろう、家康には半蔵を貸してもらえるように言って置こう。閃華! 小松と一緒に信玄の首、信長の前に持って来い」
「はっ」
こうして道勝の心臓に悪い信長の謁見が終わった。
その夜、小松と閃華が準備に追われている中に道勝が姿を現した。
作業を中断する閃華達、道勝は座り小松がお茶を出すと今日の事を話し始めた。
「それにしても、今日ほどこの身が冷えた事はなかったぞ」
その言葉に小松は笑みを返す。
「ですが此度の命、見事果たせば旦那様の名は大いに高まりましょう」
やれやれ、しかたないのう。
閃華は大きく溜息を付く。別に呆れてるわけではない。小松の度胸と胆に呆れるのを通り越して大きく息をついただけだ。
まさかこれほどの大任を二つ返事どころか自ら引き受けるとはのう。それにしても……。
「何故御館様はあのような回りくどい言い方をしたんじゃろ?」
突然ぶつけられた質問に道勝は目を丸くするが、小松は笑って閃華の質問に答えた。
「御館様は私に命を出しづらかったのでしょ」
「そうか、そんなお方とは思えんが?」
「そういうお方なのですよ、御館様は」
「ふむ、ずいぶんと確信を持っておるようじゃのう」
「閃華、私は織田家家臣の妻を何年もやっているのですよ。ですから自然と御館様の話は耳に入ります。昔から織田家に居る妻の間では御館様は女の気持ちがよく分かると評判です」
「ほう、そのような一面があったんじゃな」
「それは本当か、小松?」
どうやら道勝もその話を聞くのは初めてのようで、小松に問いかける。
「はい、ですから御館様は私にそのような過酷な命を出すのに戸惑ったのでしょう。だからあのような回りくどい言い方をして私自身から言い出すように仕向けたのです」
「なるほどのう」
「だが本当にいいのか小松?」
今更心配になってきたのか道勝は小松に心配そうな顔を向ける。小松は道勝の手を取ると改めて笑みを向ける。
「大丈夫です旦那様、此度のお役目を見事果たして旦那様のお役に立ちます」
「……小松」
閃華は溜息を付く。
「やれやれ、私は邪魔なようじゃから出て行くとするかのう」
「いや、閃華!」
「待て待て閃華!」
まるで新婚生活をちゃかされたかのような反応する小松と道勝。閃華が笑うと二人とも顔を赤くしながら離れてしまった。
「くっくっくっ、まあ、夫婦仲が良いのはいい事じゃな」
「閃華!」
更にちゃかす閃華に小松は怒った様な声を出すと、そっぽを向いてしまった。
くっくっくっ、やはり女は誰かを好いておるといつまでも若いのう。じゃが……。
閃華はこの家に来てからずっと気に掛かっている事があった。
夫婦の仲は悪くないんじゃが、それでも子がおらんという事は、小松は石女ようじゃな。
石女とは妊娠できない女性、つまり子供が出来ない女性の事を言う。この時代は石女と分かれば側室を持つか、下手すれば離縁もありえたのだが、道勝はそのどちらもしなかった。
それほどこの夫婦の中は良いようで、閃華は二人を見ていると時々微笑ましくなる。
まあ、本人達があまり気にしておらんなら私が口を出す事でもないからのう。それにさしあたっての問題は武田じゃな。
閃華は東に待っている強大な敵に思いを馳せる。
精強な武田軍団、じゃが私達の敵は信玄一人じゃ。なんとか信玄の首を討ち取れればよいのじゃが。徳川がどう動いてくれるかじゃな。
それから二日後、閃華達は信玄暗殺の為、岐阜を後にする。
道中で年を越して閃華達が家康が居る浜松城に入ったのは一月末の事だった。そして途中で聞いた三方ヶ原の真偽を確かめる。
三方ヶ原詳細はこうであった。信玄は家康が籠もる浜松城を無視してその先にある堀江城を目指して進軍を開始、三方ヶ原を通過していった。この報を聞いた家康は籠城から一気に打って出るが、武田は途中で反転して家康を待ち構えていた。
結果、徳川と織田の援軍はほぼ壊滅、家康はたった一騎で命辛々浜松城に逃げ帰ったようだ。
そして現在、三河の野田城は武田に包囲されたいた。
このままでは徳川が敗れるのは時間の問題。だが閃華はあえて時節を待ち続けた。信玄の首を確実に取れる時を閃華は待ち続ける事にした。
そして二月十五日、遂に野田城は落ちた。
何をとち狂ったのでしょうか、小説家になろうの秘密基地、そこの新イラストコーナーにイラスト投稿。シエラのキャラデザをアップしてみました。
だが、自分の携帯で見てみると、やっぱり見れなかった。……やっぱり画像が大きすぎたな。ちょっと反省。まあPCの方は暇な時に見てやってください。そんなにうまくはないですが。
さて、戯言はここまでにして、少し本編にでも触れますか。そんな訳で森蘭丸と服部半蔵は精霊だということが発覚しました。……まあ、この二人は精霊でも問題ないでしょ。ちなみに本多忠勝は契約者という設定です。……ここでこんな事を書くということは、本多忠勝の出番がないということです。まあ、気が向いたら登場させます。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想、そして投票もお待ちしております。
以上、永○亭にいる兎の目を見たらしく、かなり狂ってる葵夢幻でした。……このネタは分かる人にだけ分かればいいです。