表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エレメンタルロードテナー  作者: 葵 嵐雪
純情不倶戴天編
54/166

第五十四話 炎の記憶

 炎の中を閃華が走る。どうしても行かないといけない、その場所に向かって。

「小松!」

 閃華の叫び声も炎が渦巻く音に消えて建物が崩れ落ちてくる。

 落ちてくる炎をまとった瓦礫を避けながら閃華は走り続ける。

「小松!」

 そして開かれる最後の障子。奥には炎の中に座り込む人影。

 閃華は炎を掻き分けて奥へと向かい、その人影を目の当たりにする。

「こ……まつ」

 炎の奥に座り込む女こそ、閃華の契約者だった小松。だが小松は血まみれになりながら、すでに息絶えていた。

 止められなかった。いや、私は気付きもせんかった。……無様じゃな。

 閃華に襲い来る激しい後悔。だが世の中はもっと無常に出来ているらしい。

 閃華の足元に魔法陣が現れると、黒い闇が広がっていく。そして閃華を飲み込み始めた。

 そうか、私も同罪と言う訳じゃな。それもしかたないじゃろ。なにしろ小松は……エレメンタルロードテナーを殺したんじゃからな。

 閃華の意識は完全に闇に沈む。



 目を覚ますとそこには見慣れぬ天井があった。

 ……夢じゃな。

 閃華がその結論に達するまで時間は掛からなかった。

 だが夢の割には酷い疲労感が閃華を襲い。しばらく起きる事はしないで、天井を見上げるだけだった。

 まいったのう。まさか夢にまで見るとはのう、結構重症じゃな。

 自分を笑いたくなるが、それほどの元気は出なかった。

 そして天井を見上げるのも飽きた閃華は、まだ疲れが残ってる体をゆっくりと起こす。

「あっ、閃華ちゃん起きたのね」

「……奥方」

 部屋には彩香だけが居て、他には誰も見当たらなかった。

「……琴未達は、もう出かけたようじゃのう」

「ええ、何かやることがある、って言って出て行ったわよ」

「……そうか」

 琴未達が何をやっているかなど気にならなかった。それ以上の喪失感が閃華の中にあり、今はそれを埋める事だけで精一杯だ。

 生気の無い閃華の顔。彩香は気付かないふりをする。

「閃華ちゃん、ご飯食べるでしょ。時間はちょっと遅いけどちゃんと閃華ちゃんの分もとってあるから」

 閃華が時計に目を向けるとすでに十時を過ぎていた。だが閃華は首を横に振る。

「いや、今は……」

「ダメよ、ちゃんと食べないと」

 精霊である閃華は二三日食べなくとも全力で活動できるが、彩香はそんな事情は知らない。だから閃華にしつこいほど勧める。

「そうじゃな、では頂こう」

 根負けする閃華。彩香が閃華の朝食を取りに部屋を出ると、閃華は窓から空を見上げる。

 今日も暑くなりそうじゃのう。……んっ?

 閃華は自分が大量の汗を掻いてたことにやっと気付いた。

 やれやれ、まいったのう。そんなに気にしてないつもりじゃったが、体と心は素直に反応するもんじゃのう。

 肌に張り付く浴衣が気持ち悪くて閃華は少しだけ浴衣を肌蹴る。

 ……どうしたもんかのう。昨日昇に話して振り切ったつもりじゃったが、そう簡単には振り切れないという事じゃな。……こういうのはトラウマというんじゃったかな。なかなか厄介じゃな。

 思い通りにならない自分の心。閃華が対処法を考えていると彩香が朝食を持って戻ってきた。

「お待たせ」

 朝食は彩香自身が持ってきてそのままテーブルに並べる。さすがにここまでやられてはいつまでも布団の中にはいられない、閃華はゆっくりと布団から出るとテーブルに付く。

 そしてゆっくりと食事を口に運んで行くのだった。



「それじゃあ温泉に行きましょう」

「いや、奥方……」

 朝食を終えた閃華に笑顔で誘う彩香。そして閃華の返事を待たないで手を取ると、そのまま引っ張って行く。

 結局、閃華は彩香と一緒に温泉に浸かっている。まあ先程大量の汗を掻いたから丁度良かったのだろう。

 隣に居る上機嫌な彩香の顔を見詰める閃華はおもむろに口を開く。

「奥方」

「んっ、どうしたの閃華ちゃん?」

「いや、……私は、かなり気を使わせてるようじゃのう」

 彩香は上機嫌な顔を崩すと真面目な顔になる。だがその顔をもすぐに崩れて笑顔に戻った。

「自覚はあるのね」

「なんとなくじゃがな」

「そう、……昇達も、表には出さないけど結構心配してるみたいよ」

「……そうか」

「……」

 水音がはっきりと聞こえるほど二人の周りからは音が無くなり、沈黙の空気が流れる。

 それでも彩香は何かを聞こうとはしない。待っているのだろう、閃華が話してくれるまで。それは閃華も充分分かっていた。

 だからと言って素直に話せる話ではないからのう。そもそも全ては終わっておる。今更何か言っても詮無き事、過去が変わるわけでは無いからのう。……じゃが、私は未だに過去に囚われておるようじゃ。

 それを証明するかのように、閃華の脳裏にはあの風鏡の笑顔が重なってならない。

 風鏡殿は、たぶん昇達を利用してくるじゃろう。じゃが深くは関わらせないつもりじゃな。その辺りは風鏡殿の優しさか、それともそこまで踏み込めないのか、そのどちらかじゃろ。……あやつも、私を深くは関わらせんかったからのう。……くっくっくっ、本当、風鏡殿は小松と似ておるのう。

 閃華は湯船の淵に首を当てると頭を後ろに倒す。

 私は……また傍観者に過ぎぬのじゃろうか。また、何もできぬのじゃろうか。……私は、一体何がしたんじゃろ。

 だがいくら考えても閃華は答えを導き出す事は出来なかった。

「閃華ちゃん」

 彩香の呼びかけに閃華の思考は中断されて彩香に目を向ける。

「なんじゃ、奥方」

「……忘れないでくれる」

「んっ、何をじゃ?」

「昇達が……誰の為にいろいろとやってるか、をね」

「……そうじゃな」

 分かっておるんじゃがな。どうも自分の気持ちに決着が付かん。

 んっ? 昇達がいろいろとやってるじゃと? ……そうか、昇が動いたか。何も進んで首を突っ込まなくてもいいもんじゃが。いや、昇をけしかけたのは私じゃからな、何も文句を言う権利は私には無いじゃろ。

 話せばこうなる事は分かっていた筈だが、いざ昇が動いたと知ると閃華は複雑な気持ちを感じざる得なかった。

 本当なら昇はこの事に首を突っ込むべきではないと思ってたんじゃが、風鏡殿はそれを許してはくれんじゃろ。昇が首を突っ込まなくても何かしらの手を講じてくるはずじゃ。

 んっ、ということは、どっちにしろ昇はこの件に関わる事になるのう。なんじゃ、ということはどの道昇が巻き込まれる事は確定しておるようじゃのう。

 そう思うと閃華は急に可笑しくなり、声を殺しながら笑う。そんな閃華を彩香は不思議そうに見詰める。

 ……そうか、どっちにしろ私がこの事を避けるのは無理みたいじゃのう。ならこれからの事を考えてみるかのう。

 閃華はあまり波を立てないように立ち上がる。

「閃華ちゃん、もう出るの?」

「うむ、先に上がらせてもらうぞ奥方」

「そう、頑張ってね」

「……うむ」

 閃華を見送る彩香。一人残された彩香はゆっくりと温泉を満喫するのだった。



 そして部屋に戻った閃華の目に飛び込んで来た物は、何故か不機嫌で部屋に寝転がっているミリアだった。

 ミリアはこれでもかというほど不機嫌な顔をしており、不貞腐れている様に大の字になって寝転がっていた。

「……どうしたんじゃ、ミリア?」

 閃華が声をかけるとミリアは顔を向けることなく答える。

「別に」

 明らかに不機嫌な声。閃華は呆れたように息を吐くと、ミリアの傍に座る。

「何かあったのか?」

 少し黙っているミリアだが、閃華に顔を向けると口を開いた。

「琴未が意地悪なんだよ」

 その言葉に閃華の頬が緩む。

「また何かやったんじゃないのか?」

「う〜、閃華まで。何もやってないよ〜。ただ琴未が邪魔だから帰って閃華を監視しとけって」

 ミリア、それは私に言ってはならぬのではないか。

 だがミリアはそんな事には一向に気付かないで、言いたい事だけを閃華に告げる。

「だいたい琴未は昇と一緒に居られないからって私に当たりすぎだよ。だいたいこうなったのもシエラの策略を見抜けなかった琴未が悪いんじゃないか」

「やれやれ、またやっておるのか」

「今回はシエラの一人勝ちだった」

「しょうがないのう」

 それはいつもと同じ光景のはずだった。だがミリアは久しぶりに閃華が微笑んでるのを見たような気がした。

 だからか、ミリアは頭を閃華の膝の上に移動させる。

「んっ、どうしたんじゃ?」

「……別に、なんとなく〜」

 自分でやっておいて急に恥ずかしくなったミリアは閃華と目線を逸らせる。

「そうか」

 そんなミリアの頭を優しく撫でる閃華。その心の中には別な想いが生まれた。

 もし、小松に子さえおれば、あんな事はしなかったじゃろうな。……というか、ミリアを膝枕してこんな気持ちになるのもどうかと思うが、まあ本人に言うわけではないからよいか。

 何気に母親の気持ちを少しだけ体験する閃華。

 その時、閃華を見上げながらミリアは話しかけてきた。

「閃華」

「んっ、なんじゃ?」

「閃華は争奪戦初めてじゃないんでしょ?」

「うむ、そうじゃが。ミリアは初めてか?」

「うん、これが初めてだよ。閃華は前の争奪戦にも参加したの?」

「いや、最後に参加したのはぐらい五〇〇年前の争奪戦じゃ」

「じゃあ五〇〇年も争奪戦は無かったの?」

「いや、その間に二度の争奪戦が行われたが、私は参加する気になれんかった」

「じゃあなんで今回は参加したの?」

「……琴未に、琴未を見つけてしまったからのう。じゃから琴未と契約をしたわけじゃ」

「なんで琴未?」

「何処となく似ておったからじゃよ」

「誰と?」

「……」

 閃華は急に口を閉ざして明後日の方向へ目を向ける。どの瞳は何処となく寂しくて懐かしい物だった。

 そんな閃華をミリアは不思議そうな顔で見続けると、閃華は決心したようにミリアに顔を向ける。

「……小松。私が五〇〇年前に契約した女子おなごじゃ」

「どんな人?」

 そう聞かれると閃華は急に考え込んでしまった。

「どうしたの?」

「いや、どんな人と聞かれてものう。どう答えてよいやら」

「答えにくい人?」

「いや、そういう訳でもないんじゃが」

「けど琴未に似てるんでしょ」

 ミリア、それは琴未が答えにくい人と言ってるのか?

 そんな疑問を感じながらも閃華はなんとか言葉を繋げる。

「そうじゃのう。外見は、まったく琴未に似ておらんのう。それに性格も……重なる点がないのう」

「それって、何処が琴未に似てたの?」

「ふむ、あえて言うなら……志かのう」

「こころざし?」

「うむ、琴未は昇の為ならどんな事でもやるじゃろう。小松もそうじゃった。夫の為にどんな事もでもやった。そこが二人の似ている点じゃのう」

 それを聞いてミリアは急に不機嫌な顔になる。

「どうしたんじゃ?」

「別になんでもないよ」

「くっくっくっ」

 閃華にはミリアが不機嫌になった理由がはっきりと分かった。

「大丈夫じゃよ。昇の為にどんな事でもやるのはミリアもシエラも一緒じゃ」

「えへへっ、そう」

「うむ」

 要するにミリアは自分も昇の為にどんな事も出来ると認めて欲しかっただけだ。その気持ちをしっかりと理解した閃華はミリアに微笑みかける。

 同じくミリアも微笑を返す。

「ねえ、閃華」

「なんじゃ」

「その小松って人の事話して」

「随分と唐突じゃのう」

「だって閃華だけにそんな過去がるなんでずるいよ」

 随分と子供染みた言い分だが、閃華は何かを思い出したような懐かしいがる顔になる。

「あまり面白い話ではないんじゃが、それに時代背景も複雑じゃぞ。それでも聞くか?」

「うん!」

 元気良く返事をするミリア。閃華はミリアの顔を見詰めると大きく息を吐く。

 やれやれ、しかたないのう。

 ミリアの期待する視線を下から感じながら、閃華はゆっくりと語り始めた。昔出会った女性の事を、そしてその女性が犯した契約者にとってもっとも重い罪の事を。







 さて、いよいよ次から閃華の過去についての話になります。……というか、未だに過去の話のプロットが上がってない。いいのだろうか?

 サイン! コサイン! タンジェント!!! ……いや、意味はないです。偶然テレビでそんな事を言ってたので叫びたくなりました。本当に意味はないです。

 さて、話が脱線しましたね。まあ、いつもの事ですけど。そんな訳で本編にちょっと触れたいと思います。

 閃華がミリアを膝枕する絵。……なんか、凄く似合ってると思うのは私だけでしょうか。というか、閃華は大人びてる。いや、かなり昔の人っぽい。そしてミリアは子供っぽい。というかガキなので、二人が一緒だとどうしてもそんな展開になっても不思議はないと思ったりもします。

 ……そう思うのは私だけでしょうか。違うと思う人はぜひ意見をください。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想、そして投票もお待ちしております。

 以上、しばらく昇達の出番はなくなりますが、忘れずにいてくれる事を切に願う葵夢幻でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ