第五十三話 目覚ましは爆発で
海に着てから慌しい初日を過ごした昇はぐっすりと休んでいたのだが、まさか翌朝からこんな目に遭うとは思って無かっただろう。
それは午前七時ちょっと前だった。突然昇が寝ていた部屋が爆発起こすのと同時に爆発の勢いが部屋の窓を吹き飛ばして、爆煙が部屋中に立ち込める。
「げほっ、げほっ、なんだ一体!」
ワケも分からず部屋の片隅に飛ばされた昇は辺りを見回すと、まるで爆弾が室内で爆発したように部屋の中はボロボロになっており。世界は白く染まっていた。
あれ? もしかして、いつの間にか精界の中にいる?
どうやら昇が寝ている間に精界が張られたらしい。昇は精界を張るような事態になったのかと思って警戒するが、騒がしい声が昇の警戒心を和らげる。
「げほっ、シエラ! あんたね、いきなりなにするのよ!」
「琴未が抜け駆けしようとしたから攻撃しただけ」
「それにしてもこれはやりすぎでしょ!」
「大丈夫、ちゃんと精界を張った」
「そういう問題じゃない!」
「シエラ? 琴未?」
昇の呼びかけにシエラと琴未が部屋に入ってきた。
「おはよう昇」
「おはよう」
「うん、おはよう。それで、これは一体どうなってるの?」
「どうもこうも無いわよ! シエラがいきなり攻撃してきたのよ!」
「琴未が抜け駆けするから」
「私が悪いみたいに言うな!」
「じゃあなんで琴未はこっそりと昇の部屋に入ろうとしたの?」
「そんなの決まってるじゃない。昇が朝一で与凪に連絡する言ったから起こしに来たのよ」
「えっと、それがなんでこんな事に?」
「シエラに聞いてよ!」
昇はシエラに目線を移すと、シエラは悪びれた様子も無く、当たり前のように答える。
「琴未がこっそり部屋を抜け出したから、気付かれないように後を付けて様子を見てたら昇の部屋に入ろうとした。だから精界を張って一気に攻撃!」
親指をグッと立てて満足げな顔をしているシエラを見て、昇と琴未は溜息を付いた。
いや、シエラさん、さすがにこれはやりすぎだと思うけど。
「はぁ、とりあえず精界を解こうか。シエラ」
「分かった」
シエラが意識を集中させると世界にヒビが入り、一気に崩れ去る。そして爆発が起きる前と寸分変わらない部屋に戻った。
昇は部屋が元通りになったことに一安心すると、気になった事を尋ねる。
「そういえばミリアは?」
「ああっ、ミリアならまだ寝てるわよ」
ミリアは相変わらずだね。というか、こんなに朝早くからは行動できないか。
妙に納得する昇を余所にシエラは自らの携帯電話を取り出した。
「それじゃあ昇、与凪に連絡する?」
「そうだね、この騒ぎで目が覚めちゃったからね。でも、こんなに朝早くに連絡して大丈夫かな?」
「こんな朝早くだから簡単に攻め落とせる」
「シエラ、なに物騒な事を言ってるのよ」
同感です。
だがシエラは呆れた目線を琴未に送る。
「私が言ってるのは心理戦、だから物騒じゃない」
いや、シエラさん、そう言われても意味が分からないです。
「それで昇、どうする?」
昇はちょっと考えると、すぐに結論を出した。
「そうだね。とりあえず連絡してみようか。出なかったらまた後で電話すればいいし」
「分かった」
シエラは携帯の発信ボタンを押して顔の横に当てる。
少しの間無言で待っていたシエラが電話に向かって喋り始める。どうやら与凪が出たようだ。そうしてシエラが状況を説明すると突然電話が切れたようで、顔の横から電話を離した。
「与凪なんだって?」
電話の内容を確認する琴未。シエラは簡単に伝えるだけだった。
「専用回線で改めて連絡するだって」
「専用回線って何?」
昇がその事を聞くとシエラは呆れた目線を昇に向けた。
えっ、なに、なんでそんな目で見られるの?
ワケが分からないまま昇は琴未に目線を向けるが、琴未も分からないと首を横に振った。どうやら琴未も分からないようだ。そんな中でシエラは口を開く。
「昇、この前のロードキャッスルの一件、覚えてる?」
「うん、覚えてるけど」
「あの時使った通信手段。あれは与凪が用意した私達と連絡を取るための専用回線」
「じゃあ、あのモニターを使った連絡方法の事?」
「そう。与凪はバックアップが本領だから、いつでもその回線を開けるようにしていたらしい」
「そうなんだ」
そうこうしているうちに昇達の目の前に突然モニターが現れて、そこに与凪の姿を映し出した。
思わずモニターに食い付く昇。それもしかたないだろう。なにしろ映し出された与凪の姿はワイシャツ一枚で、しっかりと胸の谷間が見えているのだから。
一点に集中される昇の視線。それは普通の男の子なら仕方の無い事なのだが、昇の隣にはそれを許さぬ者が二人。
シエラと琴未の一撃が同時に昇の後頭部を捉えて、昇は畳に突っ伏す事になった。
頭を擦りながら起き上がってくる昇を無視してシエラは与凪と話を始める。
「ごめん、こんな朝早くなら」
「はぁ〜、私なら構いませんけど、なんかそっちも変な事に巻き込まれたみたいですね」
まだ眠い目を擦りながら与凪は答える。
「それで与凪、事態はさっき話したとおり、こっちに来られる?」
「う〜ん、私は構わないんだけど亮ちゃんがなんて言うかな?」
「それと来る時はちゃんと水着を持ってきて、全部終わったら海で遊んで帰るから」
「いや、シエラさん、いきなりそんなこと言われても行けるかどうか」
「大丈夫、行こう!」
突然モニターに現れた森尾がそんなことを言った。
というか先生、何でそんなに意気込んでるんですか?
昇がそんな疑問を抱いても不思議は無いほど、森尾はモニターに身を乗り出さんとばかりにそう言ったからだ。
そんな森尾にシエラは確認する。
「じゃあ先生、来てくれるんですね」
「もちろんだともシエラ君。大事な教え子の頼みだ、ここで行かないでどうする。なあ、よっちゃん!」
「いや、いきなり言われても……」
「それに海だ、海はいいな〜」
そのままうきうきとしながらモニターの外へ移動する森尾。そこまであからさまな態度を取れば森尾の狙いも察しが付く
(水着目当てか!)
昇と琴未と与凪は同時に心の中で森尾に突っ込む。
というか先生、与凪さんの水着姿を目当てに来るんですか。……もしかしてシエラ、こうなる事を計算してた。
疑念の眼差しをシエラに送ると、シエラは満足そうに頷いた。
やっぱりか!
そして与凪も呆れたように溜息を付くと昇達に目線を戻した。
「亮ちゃんがもの凄く乗り気みたいだし、そっちに行くことが出来るみたいよ」
「分かった。待ってる」
「……ところでシエラさん」
「なに?」
「今朝早く亮ちゃんに電話があったみたいなんだけど、もしかしてシエラさんが?」
「さあ、私には何の事だか」
……シエラ、すでにそこまで手回ししてたんだ。なるほど、確かに森尾先生を落とせば与凪さんも従うざる得ないよね。
与凪は呆れたように溜息を付く。
「ここまで手回しされたのなら行きますけど、わざわざそこまでしなくても」
どうやら与凪にもシエラが手回しした事に気付いているようだ。
「念には念を入れただけ」
「まあ亮ちゃんがいいなら、私は構いませんけど。事態はそんなに悪いんですか?」
う〜ん、どうなんだろ。僕もよく分かってないんだよね。
それは琴未も同じようで二人が言葉に詰まっていると、代わりにシエラが口を開く。
「とりあえず閃華がまったく使えなくなった。だから閃華の代わりに補佐をしてくれるのが欲しい」
「シエラ! それは言い過ぎなんじゃない!」
「けど事実、琴未も今の閃華を見て突然の事態に対処できると思う」
「そ、それは……」
言葉に詰まる琴未を見て与凪は確信を得る。
「それにしても珍しいですね。あの閃華さんがそこまで思い悩むなんて、一体何があったのかしら?」
「出来れば与凪、それも調べといて」
「簡単に言ってくれますね。相手はあの閃華さんですよ、そう簡単に分かるとは思いませんが」
「大丈夫、いざという時には琴未がいる」
シエラは琴未の肩に手を置いて強調するが、琴未はワケが分からないとばかりにシエラの手を払いのけた。
「ってシエラ、なんで私なのよ?」
「琴未は閃華と契約を交わした人間。だから閃華の事は一番分かってると思う」
「そう言われても分からないものは分からないわよ」
「なら琴未は閃華をこのままにしておくの?」
「うっ、それは……」
「閃華が琴未を契約者に選んだのには必ず理由があるはず。だから一番大事なところで閃華の力になれるのは琴未しかいない」
「……そう、なのかな?」
「大丈夫、自信を持って。その間に私は昇との一時を大事にするから」
「って、それが目的かい!」
「当たり前」
「はぁ、シエラの言葉に懐柔されそうになった自分が悔しいわ」
「けど琴未、シエラの言った事は間違いじゃないと思う」
「どういう意味よ、昇?」
「たぶん、今一番閃華の力になれるのは琴未だと思う。それは閃華が風鏡さんの中に何かを見つけたように、琴未の中にも何かを見つけたからだと思う」
「そう言われても私には心当たりなんて無いわよ」
「別に特別な事はしなくていいと思うよ。琴未は琴未らしくしていればそれが一番いいんじゃないかな」
「昇……はぁ、やっぱり敵わないな」
「えっ、何が?」
「別に、なんでもないわよ」
そのままハテナを浮かべる昇。まあ昇には琴未の心情は分からないだろう。
なんだかんだ言っても琴未は閃華と居る時間が一番多かった。だからこんな事になって閃華を一番心配してるのは琴未だ。だから琴未は自分と閃華の関係をよく分かっている昇の言葉が嬉しかった。
ちなみに、シエラの言葉は琴未には届かなかったらしい。まあ、例え届いたとしてもシエラは喜ばないだろう。ある意味ではひねくれてるシエラだった。
そして再びモニターに森尾が現れる。
「じゃあ滝下、準備できたからこれからそっちに向かうぞ」
「って亮ちゃん! 私はまだ準備できてないわよ!」
「なら早く準備しないと、滝下達を待たせるのもあれだろ」
というか先生、そこまで意気込まなくても。
与凪はモニターから森尾をどかす。
「はぁ、そういう事みたいだから、今日中にそっちに着くと思うわ」
「そうしてくれるとありがたい」
「じゃあ準備するから切るわね」
「分かった」
「与凪、ありがとうね」
「まあ別に構わないわよ」
そう言って与凪は笑顔を浮かべると回線を切ってモニターも消えた。
再び三人になって静かになる室内。昇はシエラに視線を向ける。
「というかシエラ、なんか凄く手回しが良かったね」
シエラは昇と目線を合わさずに明後日の方向を向きながら答える。
「昨日昇の話を聞いて私なりに考えて結論を出した。現状では閃華を参加させると逆効果になる。だから今は閃華の悩みを解決するのが最優先。そのために最善な手段を取っただけ」
「へぇ〜」
「なに?」
妙にニヤ付きながらシエラの言葉に感心する昇に、シエラは疑念の眼差しを送る。
「別に、なんでもない」
「なんでもないという感じがしない」
変に突っ掛かってくるシエラ。昇にはそのシエラの行為が照れ隠しだとちゃんと分かっていた。
なんだかんだ言ってもシエラはちゃんと皆の事を考えてくれてるんだな。まあシエラは否定するかもしれないけど、それでも嬉しいかな。
昇にも察しが付くぐらいだ、当然琴未もそれぐらい分かっていた。だから琴未はシエラに貸しを作ったみたいで、素直にシエラの気持ちを喜ぶ気にはなれなかった。
というかいつも喧嘩してる二人だから素直になれないのだろう。
琴未が複雑な表情でシエラを見ていると、部屋の戸が開いて思いっきり眠そうなミリアを彩香が引っ張って来た。
「って母さん、どうしたの?」
「んっ、朝起きたらシエラちゃんと琴未ちゃんがいないでしょ。だから昇の部屋かなと思ってミリアちゃんを連れてきたの」
「閃華は?」
「閃華ちゃんはなんだかうなされてるみたいだったわね」
「えっ!」
閃華がうなされてる!
全員予想もしなかった事だけに驚きは大きかったようだ。
というか母さん、うなされてる閃華を放っておいて来たの?
昇がそんな事を思いながら彩香を見ていると、急に彩香の足が昇の顔面にヒットする。
「失礼ね、閃華ちゃんを起こすのも良くないと思ったから、こっそりと部屋を出てきたんじゃない」
心読まれた! というか母さん、いきなり蹴るのはやめようよ。
鼻を擦りながらそんな事を思っていると、更に彩香が告げる。
「それから、朝食はこっちの部屋に運んでもらうから」
「えっ、なんで?」
「閃華ちゃんを起こすのもあれでしょ」
いや、まあ、そうかもしれないけど、いいのかな閃華を放っておいたままで。
だがそんなことに関係なく。彩香は部屋の外に待っている仲居さんに声を掛けて、朝食を部屋の中へ運んでもらう。
そうしていつもの朝が始まるのだが、そのころ閃華は夢の中で炎に包まれていた。
今更ながら、長かった。はいそこの方、いきなりなに言ってるんだと思わないように。もうこれ私の中ではパターンの一つに入ってますから、今更文句を言われても困ります。
そんな訳で次回からやっと閃華の過去に触れたいと思います。やっとだよ、やっと。なんかここまで来るのに長かったな。
それではちょっと予告でも入れたいと思います。炎に包まれたある場所、それは歴史が変わった瞬間。閃華はその場所に着いた時には、もう何もかも終わっていた。
はい察しがいい人はもう何処を舞台にしてるか分かりますね。分からない人はこれからの展開を楽しんでください。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想、そして投票もお待ちしております。
以上、最近サブタイがまったく思いつかず、適当になってきてると思い始めた葵夢幻でした。