第四十九話 地の利無し
「いくわよ!」
最初に飛び出したのは琴未。勢いよく先陣を切って走り出した琴未は常磐に向かって疾走する。そして……コケた。
それはもう豪快に転ぶ琴未。勢いよく走り出したのはいいが、おうとつがある岩場に足を捉えられ、それに走り出した勢いも加わり二転、三転と豪快にコケる琴未。
そしてやっと止まって起き上がろうとする琴未に常盤の十文字槍が迫る。
今の体勢だと十文字槍を避ける事ができないと判断した昇は、一瞬で十文字槍の穂先に狙いを定めると力の銃弾を発射して弾丸はピンポイントで十文字槍を捉えた。
そして十文字槍が琴未の横に突き刺さる。なんとか十文字槍を逸らす事が出来たようだ。
そこにすかさず閃華が飛び込み常盤に方天戟を振るうが避けられてしまう。
だがそれでよかった。閃華は琴未から常磐を離せればよかったのだから。
「大丈夫か、琴未」
常磐を警戒しながら琴未を心配する閃華。
琴未は思いっきり顔面を打ちつけたらしく、鼻を摩りながら起き上がる。まあコケただけだからそんなに心配するほどでもないのだろう。
「大丈夫よ。それにしても、ここって思いっきり走りずらいじゃない」
「それがやつらの狙いじゃからのう」
「えっ?」
「慣れておるんじゃよ。あやつらはこういう場所に」
簡単に説明する閃華だが琴未は分からないって顔をしていたらしく、常磐は笑いながら琴未に説明してくる。
「昔から言うでしょ。戦に勝つには天の時、地の利、人の輪って」
「なにそれ?」
それを知らない琴未に閃華は溜息を付くと一つ一つ説明していく。
「人の輪とは自軍の人間関係と数じゃ。つまりどれだけの人数がいて、どれだけの信頼しておるという絆じゃ。
そして天の時はタイミング、どんな策もタイミングというものがある。その時を逃すと策は失敗して逆に漬け込まれる事になる。
そして最後に今のあやつらが持ってる地の利じゃ。これはその地形をどれだけ知っており、またどれだけ慣れておるかじゃ。簡単に言うと今の琴未がこの足場に慣れておらぬが、あやつらはここをよく知っておるし、こういう足場にも慣れておる。じゃからあやつらはこういう場所でも普通に動けて、私達は動きを制限されるわけじゃ」
そうか、だからこんな場所にまで僕達を誘い出したんだ。
自分達の状況をやっと理解する昇。確かに人数では昇達は大いに勝っているが、この場所での戦いは完全に常磐達に有利。それは人数差を埋めるには充分な理由だった。
人の輪は僕達にあるけど地の利は完全にあっちがもってる。状況は僕達が有利なんじゃない。五分五分なんだ。
昇は琴未に近づくとそのことを伝える。
「琴未、油断しないで僕達は完全にあの二人にはめられたんだから」
「それはどういう意味よ?」
「ここに僕達を誘い出したのは精界を張るためだけじゃない。自分達が有利に戦える場所を選んで僕達と対等に戦えるようにしたんだ。その証拠にここだと僕達は動きずらいだろ」
「確かにそうね」
「ふふっ、だから言ったでしょ。人数だけが戦闘を決めるんじゃないって」
「くっ」
常磐の言葉と完全に罠にはまった事に悔しがる琴未だが、今更悔しがっていてもどうにもならない事は充分承知だった。だからこそこれからの事を考える。
「それで昇。どうすればいいの?」
「……なるべく閃華と一緒にいるように戦って」
「昇は大丈夫なの?」
「うん、ちょっとやってみた事もあるしね」
「分かったわ」
「では行くか」
「そうね」
「分かっておると思うが、さっきのように闇雲に突っ込んで行ってはならんぞ」
「分かってるわよ。閃華、フォローをお願い」
「うむ、任せておけ」
琴未は足場を見渡してから常盤への進行ルートを見極めると、そのルートに従って走り始めた。
動きは遅いが琴未は確実に常磐との距離を詰めて行き、常磐もまるで琴未が辿り着くのを待っているようだ。
琴未は最後の一歩で大きく跳ぶと一気に常磐の懐に潜り込んで琴未の刀を振るうが、刀は空を斬り常磐を捉える事が出来なかった。
だが琴未の目はしっかりと常磐の動きを見ていた。
すぐに追撃に移る琴未だが、慣れない足場が琴未の動きを一瞬だけ鈍らせる。
その一瞬に反撃に出る常磐。琴未はその一撃をなんとか防ぐが、どうしても慣れない足場では下半身の踏ん張りが利かずに押し切られそうになる。
徐々に押されていく琴未。だがそこに閃華が飛び込んできてくれたおかげで常盤は一旦琴未から離れる。
「ヘリオスシュート」
常磐の着地点をを見極めてそこに攻撃を放つ昇。
それでも常盤は昇の攻撃を簡単にかわしたが、昇の弾丸は急に止まると再び常磐に向かって飛んで行く。
「なによ、それ!」
さすがに一度かわした弾丸が再び戻ってくるとは思ってなかった常磐は慌てて弾丸を回避するが、それでも弾丸は消滅することなく再び常磐に向かっていく。
昇は一度発射した弾丸をコントロールしてしつこいほど常磐に攻撃を仕掛けるが、常磐は弾丸の軌道を見切ると十文字槍でなんとか打ち落とす。
しつこい攻撃から開放されてやっと一安心する常盤だが、昇が笑みを浮かべるのと同時に力を感じる。
「えっ、上!」
常磐が上を見上げると、そこにはすでに急速落下してくる弾丸が迫っていた。
そして着弾すると同時に爆発する。
……残念、逃がしたか。
そう、昇が放った弾丸は二発。一発はしつこく常磐を追って気付かせないようにして、もう一発はかなり上空で待機させていた。そして常盤が一発の弾丸を打ち落とすのと同時にもう一発は常磐に向かって急速落下させた。
昇としては一発の弾丸を打ち落とした隙をついたつもりだったのだが、常磐の反応が思っていたより早かったのか、それとも気付かれないように上にやりすぎたのか、どちらにしても常磐が攻撃を回避したのは確かだ。
そして爆煙の中から常磐が姿を現す。
そこに素早く切り込む閃華。それでも常盤は閃華の攻撃をさばいてその場をしのぐが、琴未も加わり完全にはさまれてしまう。
「ふふっ、思っていた以上にやるわね」
「当たり前よ」
「そうじゃぞ、琴未と昇の愛を前にして敵う物などおらん」
……あの〜、閃華さん、いきなりなにを言ってるんですか?
だが常盤は閃華の言葉に意外なほど興味を示した。
「へぇ〜、あなた達はそういう関係だったのね」
いや、その、なんといいましょうか。
「ふふっ、やっぱり人間は面白いわね。あなた達の将来も見てみたくなっちゃった」
「んっ、それはどういう意味じゃ」
「ふふっ、あなたには関係ないことよ」
笑いながらそう言って来る常盤。だが昇はその常磐の笑みが誰かに似てると思う。
……なんだろう。この人の笑い方、誰かに似てるんだよな。……そうだ! ミリアだ。ミリアが興味本位で僕に笑いかけてくる時に似てるんだ。
思いついたことで目の前の戦闘に集中する昇。だが常磐の笑みが示す本当の意味を昇は分かっていなかった。
一方、シエラ達は完全に苦戦していた。
なにしろ竜胆の武器はシエラのウイングクレイモアを上回るほどの大きさを持つ斬馬刀、それに慣れない足場がミリアの動きを制限する。
シエラはというと足場の不利を真っ先に感じ取り、すでに宙に浮いている。そして足場が気にならないように常に空中から攻撃を仕掛ける。
そしてぶつかり合うクレイモアと斬馬刀。
「なるほどね。確かに空中からの攻撃なら足場は関係ないわね。それに私の斬馬刀を受け止めるために、その羽根の力を最大にしてるってワケね」
「こうでもしないとさすがに無理」
シエラは斬馬刀とぶつかり合う時は必ずブーストを全開にしていた。そうして少しでもウイングクレイモアに推進力をつけないと大きさと重量で上回る斬馬刀には対等にやり合えない。
だがその戦い方は本来スピードを重視するシエラの戦い方とは大きく違っていた。
シエラは斬馬刀とぶつかり合う中でちらちらとミリアを見ていた。
そのミリアはというと先程から戦闘をシエラにまかせっきりで精神を集中している。どうやらシエラ達には何らかの策があるみたいだ。
そのためシエラは戦闘開始から一人で竜胆の相手をしている。
精界を広げすぎた。もう少し小範囲に絞っておけばミリアも時間が掛からなかったはず。そこは失敗だった。
だが今更そんな事を思ってもしょうがないとシエラは竜胆と刃を交えている。すべてはミリアが術を発動するまでの時間稼ぎのために。
だが竜胆はそんなことをまったく気にすることなく、斬馬刀と対等に渡り合ってくるシエラとの戦闘に集中していた。まさか竜胆もシエラが一人でここまでやるとは思ってはいなかったのだろう。
それに斬馬刀と対等に渡り合う相手も始めてのようで、竜胆はそんなシエラとの戦闘を楽しんでいるようだ。
だがシエラにそんな余裕はない。斬馬刀と対等に戦うためには常にフルブースト状態を維持しなければならない。シエラは力の消耗を顕著に感じながら竜胆と戦っているのである。
こんなことなら、さっき琴未と喧嘩しなければよかった。
シエラは先程の琴未との喧嘩を入れれば二連戦で、そのうえ今は力の消耗が激しいフルブースト状態を維持しないといけない。さすがのシエラもこの状況は厳しかった。
そしてとうとうシエラは斬馬刀の威力に負けて吹き飛ばされてしまうが、なんとか空中で体勢を立て直す。
そこに追撃を入れる竜胆。リーチの長い斬馬刀だから例え距離を置かれても移動距離が少なくてすむ。だからシエラが体勢を立て直した時はすでに竜胆の間合いに居る事になってしまった。
迫ってくる斬馬刀。シエラは翼を羽ばたかせて急上昇するが、竜胆も斬馬刀が空を斬るとすぐに構え直してその場からシエラを追うために上空に跳ぶ。
少しでも回避距離を取りたいシエラだが力の消耗が激しくスピードにキレがない。そのため跳び上がった竜胆の間合いに入ってしまう。
すかさず斬馬刀を振るう竜胆。
シエラは斬馬刀を受け止めたが支えきる事が出来ずに押し切られてしまい、今度は地面に向けて弾き飛ばされてしまった。
高威力の斬馬刀が放つ一撃はシエラに体勢を立て直す事を許さず、シエラは背中から地面に激突してしまう。
重低音と共にシエラの周りにある岩場も吹き飛んで斬馬刀の威力を物語る。
そこへ追撃を入れるために竜胆は斬馬刀をシエラに向けて落下していくが、落下先には大きく翼を広げたウイングクレイモアがあった。
「フェザーショット」
羽の弾丸が発射されて空中にいる竜胆に迫る。
空中では自由に動けない竜胆は格好の的になるはずだったのだが、竜胆は刃を横に向けて斬馬刀の上に乗った。
そのため竜胆の体は完全に斬馬刀の影に隠れてしまい、シエラの攻撃は斬馬刀に当たっただけで竜胆に届く事はなかった。
そして斬馬刀の上に乗ったままシエラを目指して落下してくる竜胆。そして轟音と共に斬馬刀は地面に激突して衝撃を辺りに撒き散らす。
危なかった。
再び空中に戻ったシエラは斬馬刀の衝撃に改めてその威力を垣間見る。
シエラが無事に斬馬刀から逃れられたのも、竜胆が斬馬刀の刃を返してその影に隠れたおかげだ。
刃を返した事により巨大な盾と化した斬馬刀は落下の空気抵抗もまして落下スピードが大幅に低下して、そのうえ竜胆が斬馬刀に隠れたおかげでシエラの姿を捉える事が出来ずにそのまま落下してきたからだ。
もし竜胆が怪我を覚悟でそのまま落下してきたらシエラは避ける事すら困難だった。
けど、うまく行ってくれてよかった。
なんとか難を逃れたシエラは再びミリアに目を向けると、そこにはすでに術式を完成させたミリアの姿があった。
やっと、これで私達の不利は無くなる。
ミリアはハルバードを思いっきり地面に突き刺す。
「アースウェーブ!」
ミリアが術式を発動させると精界内部は巨大な地震が起こり、ミリアのハルバードを中心に地面を吹き飛ばしていく。
その様子を逸早く察した閃華が叫ぶ。
「いかん! 昇、琴未、合流するんじゃ!」
閃華は琴未の手を取ると昇の元へ戻り結界を張る。
「閃華、この地震はミリアがやってるの?」
「ああ、そうじゃ。まったくミリアのやつめ、こっちに声をかけてからやればいいものを」
「というか、シエラ達はなに考えてんのよ!」
「ミリアは地の精霊じゃ、じゃからこの不利な状況を何とかできるんじゃよ。だがその前にこっちに声をかけん事は後でしからんとな」
「えっと、それってどうい」
昇が閃華に問いかける前にミリアの放った衝撃が昇達にも直撃して、結界の内部にも伝わるほど振動を巻き起こす。
その衝撃は竜胆達にも直撃するが、竜胆と常磐はそれぞれ結界を張ってなんとか持ちこたえる。
そしてミリアは精界内部にある地面を全て吹き飛ばすのだった。
攻撃をやり終えたミリアの元にシエラが舞い降りる。
「お疲れ様」
「シエラ、これ、結構、疲れるんだけど」
「だけどこれで私達の不利は無くなった」
まだ息の荒いミリアをよそにシエラは先程の成果を見渡す。
そこには足場の悪い岩場が全て吹き飛んでしまい、まっ平らな更地が広がっている。
「うん、上出来」
足場の不利が無くした事に満足そうに頷くシエラ。だがミリアは先程の攻撃がよほど疲れたのかハルバードにもたれかかるように立っていると、そんなミリアの頭を石が直撃する。
涙目になりながら石が直撃した箇所を摩りつつミリアは石が飛んできた方向に目を向けると、そこには怒りながら迫ってくる琴未の姿があった。
「ミリア! あんたいきなりなにやってんのよ!」
「う〜、だって、シエラがやれって」
「シエラ!」
「私は足場の不利を無くす為にそうしただけ」
「だったら、あんな攻撃をする前に私達にも声をかけてよね! 私達が巻き込まれたらどうするのよ!」
その言葉にシエラは少し考えるとポンッと手を叩く。
というかシエラさん、僕達の事を忘れてました。
「まあ結果オーライってことで」
「それだけで済ませるな!」
「琴未、過去にこだわってはダメ」
「なにいきなり人を諭そうとしてるのよ!」
「ほれほれ、そこまでにしておけ琴未」
「閃華まで」
「まだ終わっておらんのだぞ。先程の攻撃でどうにかなる相手ではあるまい」
「そうね、先にあっちを叩かないと」
「シエラ、私はちゃんとこのことを根に持ってあげるからね」
「あまり根に持ちすぎると早く老けるよ琴未」
「やっぱり今殴るわ」
「琴未、その時は加勢してやるから落ち着けい」
「そうだよ琴未、今はあの精霊達をなんとかしないと」
「昇がそうやってシエラを甘やかすからつけあがるのよ!」
いや、甘やかすとかそういう問題じゃないかと……。
「まあ、とにかく今は目の前の戦闘に集中せい琴未」
「……分かったわよ」
「やれやれ、今日はいろいろと反省すべき点が多いいのう」
そうですね。もちろん閃華を含めてだけど。
昇達がそんな漫才をやっている頃。竜胆と常磐の二人ものんきにこの様子を楽しむような会話をしていた。
「あ〜あ、すっかりまっ平らにされちゃったね」
「あの精霊が地の精霊とはね。白い精霊に気をとられてまったく気付かなかったわ」
「っで、どうする竜胆?」
「う〜ん、本気でやってもいいんだけど。けど風鏡がいないとさすがにキツイかな」
「そうだね。さすがに私もこのままじゃキツイかな」
「まあ、今回は挨拶代わりだし、この辺で退いても問題ないかな」
「う〜ん、私としてはあの人間二人の関係が気になるんだけどな〜」
「なに、また何か面白い物でも見つけたの?」
「ふふっ、そうね。私が見たところかなり面白そうなのよね。もしかしたら精霊を含めた三角関係かもしれなね」
「くすくすっ、あなたも本当にそういうのが好きね」
「そういう竜胆だって気になるでしょ」
「まあね」
「けど、今日はこれまでかな?」
「そうね。けど楽しみが増えただけでもいいじゃない」
「そうだね〜」
楽しげに会話をする竜胆と常磐。
だが二人は気付いていない。精界の隙間から二人に伸びてくる影を……。
そんな訳で2008年、一発目の投稿です。
それと気付いている人は気付いていると思いますが、私はこりずに再び連載物を始めました。しかも内容が恋愛物風、去年の年末からチャレンジし始めました。
これで再び連載を二本抱える事になり、エレメの更新が遅れる事が確実です。しかも、実は他にも考えてたりして。なんか自分で自分の首を絞めてる気分です。
まあ、そんな訳なのでエレメを楽しんでいる人には悪いのですが、これから更新期間が長くなると思いますがどうか見捨てずに付いて来て下さい。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想、そして投票もお待ちしております。
以上、おみくじを引いたら中吉だった葵夢幻でした。