第四十七話 閃華の企み・真夏の誘惑
ぐったりとしながら歩いてきた昇は崩れ落ちるように閃華の隣に座った。
「はぁ〜」
そして溜息。さすがこんな昇の態度に彩香も呆れて新しいビール缶を開けて一気にあおり、閃華は笑っている。
「くっくっくっ、そうとうお疲れのようじゃのう」
「というかシエラ達に引っ張りまわされた」
「開放的な場所じゃからのう、琴未達が騒ぎたくなるのも無理は無いじゃろ」
「というか、最初は一応皆で遊んでたんだけど、そのうちシエラがいつものようにいろいろと画策して、それに琴未が反応したり、ミリアが便乗したりと大変だった」
「くっくっくっ、今の琴未達はいつもよりも元気じゃからのう、それに付き合うのも大変じゃったろ」
「うん、かなり」
「はぁ〜、情けない。男だったらそれくらいで根を上げるな」
「いや、さすがにあれは無理」
というか母さん、そこに転がってるビール缶の数々はなんですか。どうやら全部が空のようですけど、まさかこれ全部を飲みました。
「さて、それじゃあ今度は私に付き合ってもらうとしようかのう」
いやいや閃華さん、いきなり何を言い出すんですか。というか休ませてください。
閃華は昇の心情を見抜いてるかのように笑うと、手の平サイズの何かを投げ渡して昇は慌ててそれをキャッチする。
「うわっっと、なにこれ?」
「見て分からぬか」
「……日焼け止めクリーム?」
「うむ、そのとおりじゃ」
「っで、これをどうしろと」
「私の背中に塗ってくれ」
「……はい!」
「さすがに背中は自分では塗れんからのう。じゃから昇に塗ってもらおうという訳じゃ」
……なんですとーーー!
閃華の突然な申し出に昇は大いに驚き戸惑うが、その間にも閃華は横になるとビキニの紐を解いて背中を昇にさらすのだった。
「では頼んだぞ」
いや、そう言われても困るんですけど。
「ほらほら、閃華ちゃんが待ってるんだから早くしてあげなさいよ」
いやいや母さん、なにいきなり急かしてるの。
というか、やっぱりこういう時は塗らなきゃいけないのかな。
昇は決心を固めるとクリームのふたを開けて中身を手の平に出した。そして改めて閃華の背中に目を向ける。
……うわっ、今まで閃華の背中って見たこと無いからな、というか閃華の肌自体ほどんど見てないから今まで分かんなかったけど閃華って肌が白いんだな。というか、なんか凄く緊張してきたんだけど。
昇は高鳴る胸の鼓動と震える手を抑えながら少しずつ閃華の背中にクリームがついたてを近づけていく。
というかいいのかな、いいんだよね。だって閃華が言い出したことだし、というか閃華の背中って凄く綺麗なんですけど、それに左右に分けた髪がなんというか、……ハッキリ言って邪魔。って僕は一体何を思ってるんだ!
まあ確かに左右に分けた閃華の長い髪が体を横から隠しているのが残念だ。
そして昇の手がゆっくりと閃華に近づいていく。
「って閃華、何やってんのよ!」
そこに閃華の行動を見つけた琴未が駆けつけた。その声に思いっきりびっくりする昇と何故か笑みを浮かべる閃華が琴未の到着を待っていた。
「というか昇も何やってるのよ」
「いや、だって、閃華が……」
まるで言い訳を言う気分で琴未に事情を説明する昇。そして事態を理解した琴未は閃華に問いただす。
「というか閃華、なんで昇にそんなことをやらすのよ」
「それは自分では出来んからのう」
「だったらおばさんでもいいじゃない」
「いやいや、昇にもたまにはサービスしてやらんと」
「そんなサービスやらなくていいわよ!」
「そうか、じゃが昇もたまにはそういう事をしたいと思っておると思うんじゃが」
「そんな訳ないでしょ!」
「そうかのう。じゃが昇も男じゃぞ、そういう事を言われて嬉しいはずがなかろう」
いや、結構困ってましたけど。
「だとしても閃華がやらなくてもいいでしょ」
「なら琴未がやればよいか」
「へっ」
閃華の発言に驚く琴未だが、閃華は素早く水着を着直すと琴未を横に寝かせてビキニのひもを解いて素早く位置を入れ替えるのだった。
「って、ちょっと閃華」
「動くと見えるぞ」
「うっ」
しかたなくその場に横になり続ける琴未。そして昇はというと展開について行けずに呆然とするばかりだった。
というか、どうなってるの?
「さて昇、琴未の閃華に日焼け止めを塗ってやるがよい」
「へっ」
「何を呆けておる。琴未がお待ちかねじゃぞ」
……そうかーーー! そういうことだったのか!
やっと閃華の企みを理解する昇。
そう閃華は最初から琴未にこの状況を作ってやるために、最初は自分に日焼け止めを塗ってくれと言い出したのだ。そしてそんな状況を琴未が黙ってみているわけがなく必ず止めに入る。そしてそこにすかさず自分と琴未の位置を入れ替えて琴未にチャンスを与えるのが閃華の企みだったのだ。
そして全ては閃華の思い通りに事は進んだ。
といか、僕の状況はあまり変わってないんだけど。
昇は今度は琴未の背中を目の前にする。
……というか、なんかさっきよりもドキドキするんだけど。というか琴未は髪が短いから横から少し……いやダメだ。そこは見ちゃダメだ。
そう思いながらも昇の目はスタイル抜群の琴未から目が離せなかった。特に胸の辺りとかは。
ぐっ、というか閃華は長い髪でよく見えなかったけど、琴未は邪魔な髪が無いからそこら辺はよく見えって僕は何を思ってるんだ。
昇はクリームが付いてない方の手で自分の頭を殴ってなんとか理性を保とうとする。
「ほう、やはり理性が勝ったか」
「まったく、そのまま襲っても良かったんじゃないの」
閃華も母さんもなにをいいだすの、特に母さん!
「ほれほれ、琴未がお待ちかねじゃぞ。早く塗ってやらぬか」
「ついでだからいろんなところも触りまくってあげなさいよ」
勝手な事を言い出してくる閃華と彩香を無視して昇は目の前の事に集中する事にした。
というかこれ以上に勝手な事を言われるのを聞いてると洗脳されそうになる気がしてならない。
そして昇の手がゆっくりと琴未の背中に近づいていく。それに連れて昇の鼓動は高鳴るのだが、それは琴未も同じようで高鳴る鼓動を抑えながら今か今かと昇が日焼け止めクリームを塗ってくれるのを待っていた。どうやら琴未もこのチャンスをそのまま見逃す気は無いらしい。
うわ〜、今まで気付かなかったけど琴未も結構肌が白いんだ。というか琴未は背中から見てもしっかりと腰の辺りがくびれてるな。……というか、どこから塗っていけばいいんだろう。
昇は少し戸惑うがそれでも覚悟を決めると琴未の背中に手が近づく。もう昇の手に乗っているクリームは気温と昇の体温ですっかりドロドロに溶けている。
そして指の間からクリームの一滴が琴未の背中に落ちる。
「んっ」
敏感に反応する琴未の声に昇の緊張は更に増して行く。
そして昇の手が琴未の背中に触れようとしたその時、突然津波が昇達だけを直撃して昇と琴未は思いっきり津波に飲み込まれてしまった。
そして津波が収まると琴未は一体何事が起きたのか確かめるために立ち上がりあたりを確認する。
「って、一体なに?」
「残念じゃのう、もう少し昇の決断が早ければうまく行ってたんじゃが」
いつの間にか閃華は琴未にビキニを着せてひもを結んでいるところだった。
そのことに琴未の顔は一気に赤くなる。
「安心せい、誰にも見られておらんからのう。その前にちゃんと隠しておいてやったぞ」
「……ありがと、閃華」
「なに、元は私の策が失敗したせいじゃからのう。当たり前じゃ」
「それにしてもあの津波ってなんなの?」
「先程の状況を黙って見てるワケには行かないのが、あそこに二人いるじゃろ」
「……シエラね」
「まあ、力自体はミリアがやったんじゃろ。たぶんシエラに脅されてのう」
「はぁ、まったくいいところだったのに」
というか、僕の事は放っておくんですね。
昇は自力で立ち上がると改めてシエラ達に目を向けるとこっちに向かって歩いてくる。
「はぁ〜」
昇はもう溜息しか出ないようだ。
そしてシエラは琴未と対峙する。
「シエラ、あんたね。よくもやってくれたわね」
「琴未達と一緒に遊ぼうと水をかけただけ」
「ほほう、あの津波はただの水遊びだと」
「そう」
「それにしては随分と威力があったわね」
「迫力があったほうが楽しい」
「へぇ〜、迫力ね」
「そう」
「なら今から迫力がある水遊びでもする」
「じゃあ勝った方が昇に塗ってもらうという事で」
「分かったわ、それでいいわよ」
「それなら本気でやった方が楽しい」
「そうね。どうせなら本気で楽しみたいものね」
あの〜、話が変な方向に行っているのは僕の気のせいでしょうか。
「昇」
呆けてる昇を閃華は手招きしてパラソルの下に呼び寄せる。そこにはいつの間にかミリアも座っていた。
「というか閃華、どう収拾するつもり」
「……海は開放的でよいのう」
考えてなかったんですね。それともシエラ達がここまで本気になると思って無かったのかな!
「閃華」
昇はジトッとした目で閃華を見詰めるが閃華は決して昇と目を合わせようとしなかった。
「ふむ、策士策に溺れるとはよくいったもんじゃのう」
「それで言い逃れたつもり」
「まあ、良いではないか。たまにはこんな事があっても」
「閃華」
「んっ、どうしたんじゃミリア」
「シエラが精界を張った」
「……」
昇達の目には波打ち際に張られた精界がしっかりと見えている。範囲はそんなに広くは無いが白く張られた精界はその中を遮断するように真っ白で中の様子は見えなかった。
「たしかにあの色はシエラだね」
「やれやれ、どうやら開放的すぎたようじゃのう」
「全部閃華のせいだけどね」
「まあ、たまにはそういう事もあるもんじゃ」
開き直りましたか。
「けど中の様子が見えないな」
「ああ、それはのう昇、目に力を集中させるんじゃ。そうすれば精界の中を見ることが出来るぞ」
「そうなんだ」
昇は言われたとおりに目に力を集中させると精界が薄くなり、中の様子がよく見えるようになった。
精界の中では二人とも精霊武具を着用しており、すでに本格的な戦闘に入っていた。
「……なんか、二人とも本気でやりあってるように見えるんだけど」
「まっ、こうなってはしかたないからのう」
そう言って閃華は昇とミリアの肩に手を掛ける。
「我らはここで温かく見守っておこうではないか」
つまり放っておくんですね。
「あ〜、まだ口の中が塩辛いわ」
そこに先程の津波に巻き込まれた彩香が戻ってきた。
「母さん大丈夫」
「あ〜あ、なんか頭がクラクラするわね」
それは飲みすぎただけなんじゃ。
「彩香、大丈夫」
彩香を心配するミリア。そんなミリアの頭を撫でながら彩香は素直に答える。
「あまり大丈夫じゃないかも。私先に旅館に戻ってるわ、後のことは任せていい?」
「うむ、任せておけ」
「それじゃあ、お願いね」
「母さん、あまり飲みすぎちゃダメだよ」
「嫌よ。だって旅館に戻ったら温泉に入りながら飲む予定なんだから」
というか、母さんが大丈夫じゃないのは津波の所為じゃなくて飲みすぎてるだけなんじゃないの。
昇はそんなことを思いながら母親の背を見送るのだった。
「ふむ、思っていたより奥方は酒豪のようじゃな」
「母さん飲む時はとことん飲むからね。それより閃華」
昇は改めて精界に目を向ける。
「本当にあのまま放っておいていいの?」
「じゃあ、昇が二人を止めるために精界に飛び込んでいくというのはどうじゃ」
「心の底から遠慮します」
「では見守るとしようか」
「それより昇、私そろそろお腹すいた」
「おや、もうそんな時間みたいじゃな」
「といっても、二人をあのままには出来ないし」
「まあ、二人とも本気でやりあってるわけではないんじゃから。飽きたら戻ってくるじゃろう。それまで我らはここで待っておるとしよう」
「それじゃあ、二人が終わったらお昼にしようか」
「はぁ〜、シエラも琴未も早く終わらせてくれないかな」
結局、二人の喧嘩が終わるまで見守る事になった。
だが昇達は気付いてはいない。精界が見える者が他に居た事を。
その者は海岸よりはなれた道路で何かを探していたようだが、見つけたのはシエラが張った精界だった、
「ねえねえ竜胆、あれって精界じゃない」
「えっ、あっ、本当だ。規模は小さいけど確かに精界ね」
「どうする?」
「常磐、ちょっかいを出したいって顔に書いてあるわよ」
「そういう竜胆も同じでしょ」
「まあ、確かにね」
「だから風鏡の事は後にして先にあっちを見学してみようよ」
「そうね、それも面白そうかもね」
竜胆と常磐の二人は自分の存在を隠しながら静かに海岸へと下りていくのだった。
……忘れてました。前々回の後書きでこの純情不倶戴天編の読み方を前回の後書きで発表するつもりだったんですけど、私もいろいろな人から風邪を移されてすっかり忘れておりました。
そんな訳で今回の章は純情不倶戴天編と読みます。まあ、それなりの意味があってこんな難しいタイトルをつけたんですけどね。ちなみに意味を調べてもいいですけど、もしかしたらネタバレになるかもしれませんね。だからそこら辺は読者の方々に判断を委ねますので調べたい人は調べてください。
ちなみに、調べてネタバレになっても私は一切責任を持ちませんから、そこは自己責任でお願いします。その手の苦情が来たら無視しますんで、そこら辺はよろしくお願いしまーす。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想投票もお待ちしております。
以上、平熱が低い所為で調子が悪くても風邪だと気付くのに二、三日かかる葵夢幻でした。