第四十六話 母心
昇の後ろから近づいてきた一団の一人が昇の頭に蹴りを入れた。
「いつっ!」
昇が頭部に軽い痛みを感じながら振り向くとそこには彩香の姿があった。
「お待たせ、ドラ息子」
「なんだ、母さんか」
「ああっ、なんだいその言い方わ」
「酒臭っ、母さんまだ飲んでるの」
「だから昼間っから飲んじゃ悪いかってーの」
「まあまあ、おばさんその辺で」
そこへ救済の手を差し伸べてきたのは琴未だった。
「……」
思わず生唾を飲み込む昇。そんな昇に琴未は自分をアピールする。
「どう昇、似合ってるでしょ」
確かに。
琴未が着ている水着は黄色のビキニ。琴未にはぴったりと合っていた。なにしろ琴未は普段から鍛えられている所為か出るところはしっかりと出て、引っ込むところはしっかりと引っ込んでいる。
まさに文句のつけようが無いスタイルを損なう事の無いビキニ姿なのだから、昇が琴未に見とれるのも無理は無い。
というか琴未ってこんなにスタイル良かったんだ。いつもはあまり気にしてないというか、よく見る姿は制服か巫女服だけだったからな。琴未がこんなにもスタイルが良いなんて気付かなかったよ。
すっかり琴未の水着姿に見とれてる昇の視界が急に塞がれた。
「だ〜れだ?」
「っていうかシエラ、なにやってるの?」
「うん、昇が琴未に見とれてるから今度は首を絞めようかと」
いやいやシエラさん、いきなり何を言い出すんですか!
昇はシエラの手をどかすと振り向いて硬直する。
そこにはちょこんと座ったシエラの姿があったのだが、シエラの水着は白のワンピースでそれがいつものように白く輝く髪と一致してシエラの清楚な雰囲気を更にかもし出していた。
確かにスタイルでは琴未に大きく劣るが、シエラは自分の雰囲気を更に押し出す水着で昇にアピールしてくる。
「昇、私の水着はどう、似合ってる」
……抱きしめたいです。……というかもうシエラのそういう雰囲気に慣れたつもりだけど水着だとまた別な雰囲気があるな。
それに座って上目使いで見られるとなんかこう、抱きしめたくなるようなとかもう胸に飛び込んできてと言いたくなってくる。
そんなにシエラに見とれてる昇に突然後ろから抱きついてきたのがミリアだ。
「昇、昇、どう、私に水着は似合ってる?」
「いや、後ろから聞かれても分からないよ」
「ああ、そうか」
ミリアは昇の背中から降りると今度は目の前に立つ。
……ミリアさん、それ本気ですか。
「というか、なんでそんな水着を選んだの?」
「んっ、彩香が選んでくれたの。どう、似合ってる」
別の意味で凄く似合ってます。
昇が呆然とするのも無理は無い。なにせミリアが着ている水着は何故かスクール水着なのだから、しかも胸のところにはしっかりと『ミリア』と書いてある。
いや、母さん。なんとなく分かるけどさすがにこれはどうかと思うんですけど。
昇は呆気に取られてもう言葉も出ないようだ。
「どうどう昇、似合ってる?」
「うん……別の意味でよく似合ってるよ」
その言葉を素直に受け取り喜ぶミリアを昇は温かい目で見守っていると、そこに荷物を持たされた閃華が来た。どうやら荷物持ちに選ばれたらしい。
「はぁ〜」
そんな閃華の姿に昇は感嘆の声を上げる。
「んっ、どうしたんじゃ昇」
「いや、なんというか、新鮮というか意外というか」
「くっくっくっ、残念ながら琴未を泣かす事は出来んぞ」
「いや、そんな意味じゃ」
慌てて弁解をする昇だが閃華の水着姿はそれほど似合っていた。
青いビキニだが腰に巻かれているパレオと普段は束ねている髪を下ろしているものだから、普段の閃華とは違った魅力が引き立っていた。
こういう所って普通は髪を上げるか束ねるんじゃ。だけど髪を下ろした閃華も綺麗だよな。う〜ん、普段はそんな事を感じないのにやっぱり海で水着姿となると別の魅力が出てくるな。
一応四人の美少女に囲まれながら昇は改めて思う。
う〜ん、いつの間にか僕の周りってこんなに女の子がいたんだな。それもさっきから浜辺にいる男達がシエラ達をちらちらと見てるしなあ、四人とも一応美少女なんだな。というかそんな女の子に囲まれてる僕っていったいどんな目で見られてるんだろ。
というかさっきから時々痛い視線が僕に向かってくるのは気のせいだよね。そうですよね、誰かそうだと言って下さい。
だが現実は確実に美少女に囲まれている昇に男達は恨みやら嫉妬やらの念を込めて昇に視線を向けていた。
だがそんなことをまったく気にしない美少女四人は閃華と彩香を残して昇の手を引っ張って海に入っていくのだった。
パラソルの下で片手にビール缶をもってる彩香は同じく日陰で休んでる閃華に問いかける。
「閃華ちゃんは行かないの?」
「な〜に、こう見えても結構歳なんでな、あそこまでの元気は無いんじゃよ」
「ふ〜ん」
とてもそういう風には見えないが彩香は適当に返事をしてからビールをあおる。
「そういえば閃華ちゃん」
「んっ、なんじゃ」
「最近なんだか昇が急に成長した気がするのよね。何かあったの?」
「そうじゃのう。まあいろいろとな、それに昇もいろいろと経験して覚悟を決めたからのう、じゃからそういう風に見えるんじゃろ」
「ふ〜ん。覚悟ってどんな覚悟なのかしら?」
「くっくっくっ、奥方はお分かりにならぬか」
まるで彩香をからかうように閃華はいうのだが、彩香はまったく気にせずに昇が成長した理由を考えたがまったく思い当たらない。
「う〜ん、やっぱり分からないわね」
「昇は父君に似たと聞いておるが」
「そうね。そういえばあの人に似てる部分が多いわね」
「なら奥方は父君の何処に惚れたんじゃ」
「……なるほど、そっか、昇もあの人のようになったのね」
彩香は海外出張中の旦那を思い出しながら昇が父親に近づいた事に気付いたようだ。
「父君もやはり自分より他人のために力を発揮するタイプかのう?」
「そうよ。あの人は頼まれもしないのに自分から首を突っ込んで、なんでもかんでもやっちゃう人よ」
「やはりそうであったか」
「昇もあの人みたいになってきたのかしら」
「そうじゃな。まだまだ未熟じゃが徐々にそうなりつつあるようじゃのう」
「……そっか」
彩香は海で遊んでいる昇を改めて見てみると、そこに旦那の影を少しだけ見ることが出来た。それは昇が成長した証拠でもあるのだが母親としての感覚からか昇が少し遠くにいったような気がするのも確かだった。
「ねえ、閃華ちゃん」
「なんじゃ」
「今昇達がやってる事が昇を成長させたのかしら?」
「そうじゃろうな」
「それってどういうことなの?」
「ふむ、それを説明すると長くなるのでな。それに奥方を巻き込むのは昇としても気が引けるじゃろ」
「それって、昇が危険な事をやってるって事?」
「確かに危険はある。じゃが昇はその危機を何度か乗り越えて、この前大きな壁を乗り越えたというところじゃろ」
「……そっか」
「奥方は止めないんじゃな」
「そうね。確かに危険な事なら止めさせたいけど、昇の姿を見てる限り悪い事はしてなさそうだし。それに昇が決めた事なら私が言うことは何も無いわ」
「……そうか」
「でも少しぐらい相談はして欲しいわね。そこら辺は寂しいわ」
「くっくっくっ、そいつは悪かったのう。じゃが最近では落ち着いたがあの時は忙しかったんでのう。じゃから相談する暇も無かったんじゃよ」
「そっか。……けど、そこまで昇が真剣に打ち込めることならいい事なのかしらね」
「……そいつは分からんが結果は昇次第じゃな」
「そうね。昇がどんな道を進んでるのかは分からないけど、その道が昇を成長させてくれるなら結果なんてどうてもいいのかもね」
「奥方がそう思っておるなら私から言うことは無いな」
「けどそろそろ何をしてるのか教えてくれても良いじゃない」
「そうしてもいいんじゃが、やはり昇の口から聞くのが一番良いのではないのか」
「そうかもしれないけど、あの子はなかなか話そうとしてくれないのよね」
「くっくっくっ、まあそこには深い事情があるわけじゃからのう」
「それは話してくれないの?」
「無理じゃな。これは私達の間でも極秘事項じゃからのう、そう簡単には話せんのじゃよ」
「そう、じゃあ無理には聞けないわね」
「そうしてもらうと助かる」
「じゃあ閃華ちゃん、シエラちゃん達と一緒に昇の事をお願いできる」
「無論じゃ、昇が絶対に死ぬような事にはさせん。その事だけは約束しよう」
「死ぬ事って、そんなに危険なの!」
「時と場合によってじゃが、その可能性もあるということじゃ」
「……」
「やはりここまで聞かされると心配のようじゃのう。だから昇も黙っておったんじゃろう」
彩香はビールを一気にあおると缶を空にする。
「はぁ〜、あのドラ息子はどうしようもないわね」
「それで奥方はどうするつもりじゃ」
「別にどうもしないわ。どうやら私が出来る事はあのドラ息子を見守る事だけみたいだからね」
「さすが賢明じゃのう」
「ふふっ、そうでもないわよ。こんな事は飲まないと決心なんて付かないわ」
「酒の付き合いをしても良いんじゃがこのナリじゃからのう。今はうるそうてかなわん」
「別にいいわよ。例えどんな道でもいつかは昇も私から離れていくんだから」
「まあ、男というものはそういうもんじゃろうな」
「本当に男って勝手よね」
彩香は新たにビールの缶を開ける。
「あの人もあの人で勝手に世界を飛び回ってるし」
「それに昇まで離れるとなると寂しいもんじゃろうな」
「分かってたんだけどね、いつかはこんな時が来るって。なにしろ私とあの人の息子だもの」
「……そうか」
「昇が目指している物は……そうとう厳しい物らしいわね」
「うむ、かなりのう」
「昇はどこまで進めるのかしら?」
「やはり心配かのう」
「それは母親だからね。心配するのが当然でしょ」
「確かに昇の進む道は険しくて厳しいじゃろう。じゃがそういう道ほど見ているほうが辛い時もあるもんじゃよ」
「はぁ〜、黙って見守るのがこんなに辛いとは思わなかったわ。今までは私が厳しくしてたから楽だったけど、もうその必要も無いのね」
「進むべき道を見出した者にはもう見守るしかないからのう」
再びビールをあおる彩香。閃華には酒をあおる彩香の姿が立派に見えた。
やはり昇の母親じゃのう。やり方は違うがやるべき事が見えたらしっかりと見据えておる。まあ奥方の事じゃからこのまま酒におぼれる事は無いじゃろう。
私達できることは奥方になるべく心配をかけないことだけじゃな。まあそれも昇が成長すれば大丈夫じゃろうが。
再びビール缶を空にした彩香に閃華は尋ねる。
「それで奥方はこれからどうするつもりじゃ?」
「別に、いつもと変わらないわよ。私は昇の母親として昇を見守るだけよ」
「そうか」
やはり母親というのは強いものじゃのう。……そういえばあやつもそういう意味では強かったのかも知れんな。じゃが子供がおらんかったから夫への思いが強すぎたんじゃろうな。じゃからあんな事を……。
くっくっくっ、やれやれ奥方の姿を見ていたら久しぶりにあやつの事を思い出してしまったのう。もう忘れたつもりじゃったが、やはり忘れられんのかのう。
もう五〇〇年ぐらい経とうというのに未だに私は引きずっておるのかも知れんな。あの時あやつを止めておればあんなことにはならんかったじゃろう。それが出来なかったのはこの身の未熟じゃな。
今更で分かっておるんじゃが、やはりあれは悔やんでも悔やみきれんみたいじゃな。まあ、あれだけの出来事じゃからのう。今更全てを忘れるのは無理というものか。
なにしろ今でも思い出そうとすればはっきりと思い出せんじゃからのう。あの炎に包まれたあの場所を。
「閃華ちゃん」
閃華が昔の事を思い出していると急に彩香が話しかけてきた。
「んっ、どうしたんじゃ?」
「今度から昇に根性を叩き込んであげて」
「いきなりどうしたんじゃ」
「あのドラ息子がもう根を上げたみたいね」
「んっ」
閃華が海の方へ視線を向けるとそこにはぐったりとしながらこっちに歩いてくる昇の姿があった。
なるほど、そういうことか。
「まったく、シエラちゃん達はまだ元気に遊んでるのにあのドラ息子はもうへばったみたいね」
「くっくっくっ、まあそんなに攻めたもんでもないじゃろ。なにしろ琴未達が元気すぎるんじゃからのう」
「それでももう少し女の子をエスコートできないものかしらね」
「一人ならともかく三人もエスコートしてきたんじゃ。昇が根を上げるのも無理は無いじゃろ。それに女性のエスコートは昇がもっとも苦手な分野じゃからのう」
「はぁ〜、情けない」
「くっくっくっ」
まあこうなる事は最初から分かっておったがのう。さて、琴未のために一肌脱いでやるかのう。
すっかり疲れきった昇は閃華が何かを企んでいる事を未だに知る由も無かった。
え〜、私のホームページにあるプロフィールを見てくださった方には分かると思うのですけど、私は現在は病人と書いてあります。というかうつ病を酷くして自律神経失調症にまでなってしまったんですけどね。
そんな訳でときどき病気が酷くなる時があります。つまり眠れません。この後書きを書いてるときもまったく眠れなかった後です。つーか、ほとんど徹夜明けに近いです。でも眠れない、……キツイ。
まあ私のことはこれくらいにして少し本編に触れておきましょうか。そんな訳で水着姿になったシエラ達、もしうまい絵描きさんがいてくれればいいサービスシーンになったんですが、さすがに私にはそんな知り合いもいないし、私自身も絵はうまくありません。
そんな訳でそこのところは脳内補完しといてください。まあ、そこまでうまく書けた自信は無いんですけど皆さん頑張ってください。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想投票もお待ちしております。
以上、病院にいきたいけど今日祝日じゃねえかと思った葵夢幻でした。